アイドル淫魔シンデレラストーリー?

    作者:刀道信三

    ●アイドル候補生養成所
     ここはアイドル候補生達がデビューを目指して汗を流すレッスン場。
     一人の少女のダンスが、その場にいる者達の視線を釘づけにしていた。
    「すごいじゃないか、杏子! この調子ならデビュー間違いなしだ」
     彼女のプロデューサーも、素晴らしいパフォーマンスに興奮した様子である。
    「しかし家まで迎えに行かないと事務所にも出てこないお前が、いつの間にこんな上達を?」
    「杏子、いつも明日から本気出すって言ってたじゃない。まあ、私が本気出したらこんなもんよ」
     杏子と呼ばれた少女は踊り終わったら速攻で壁に寄りかかりながら座り込んでダラダラとしていた。
    「あ、プロデューサー、疲れたから飴と飲み物ちょーだい」
     踊っている間はダンスに目を奪われていたが、他のアイドル候補生達がレッスン用の動き易い服装でも可愛らしいものを着ている中で、杏子だけはガチ部屋着だった。
     ブカブカでヨレヨレの白地のTシャツに『職業・自宅警備員』と書かれている。
    「アイドルになったら印税生活できるって言ったのはプロデューサーでしょ。CDデビューと同時に引退って新しくない?」
     横暴極まりない態度ではあるが、先ほどのダンスを見た後では誰も口を出すことができない。
     彼女がこの場にいるアイドル候補生達の中で、最もデビューに近いということは、ここにいる誰もが認めざるを得ない事実だからである。
    「あー、踊って疲れたから、もうお家帰って寝ていい?」

    ●目指せアイドル
    「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者達が教室に集まったことを確認して説明を開始した。
    「とある芸能事務所に所属しているアイドル候補生が闇堕ちしそうになっています」
     名前は若葉・杏子(わかば・あんこ)、高校2年生だが一見すると小学校高学年に見えるほど小柄な少女である。
     働かず楽に生きることを信条としているが、アイドルになれば印税で一生楽に暮らせるという言葉に釣られてスカウトされた。
    「まあ、CD1枚の印税で生活なんて出来ないんですけどね」
     ダークネスの力で歌やダンスの実力を楽して上げているが『働きたくない』という彼女の強い意志はまだ残っているようだ。
    「でもこのままダークネスの力を使い続ければ、いずれ彼女は完全にダークネスに闇堕ちしてしまうでしょう」
     まだ彼女に人間としての意識が残っている内に救い出さなければならない。
    「杏子さんの所属している芸能事務所は割と手当たりしだいにアイドル候補生をスカウトしているようですので、事務所の前を歩いていればスカウトされて中に入ることができます。武蔵坂学園には容姿が整った方が多いですしね」
     私でもスカウトされてアイドルになれるでしょうかと姫子は小首を傾げた。
    「杏子さんにダンスバトルで負けを認めさせた上で倒さないと助け出すことができないのですが、正面からダンスバトルを挑んでも面倒くさがって受けてくれないでしょう」
     まったく困った要救助者である。
    「彼女にとってデビューすることが重要ですので、ダンスでプロデューサーさん達の注目を集めることができれば、杏子さんも焦って逃げずにダンス勝負も戦闘も受けてくれます」
     彼女にダンスもアイドル業も情熱が必要であるという現実を教えてあげよう。
    「このまま放っておいて彼女を新たなダークネスにするわけにはいきません。皆さん、彼女を助け出してあげて下さいね」
     そう言って姫子は笑顔で灼滅者達を見送った。


    参加者
    天塚・箕角(天上の剣・d00091)
    河本・鷲見歌(女の子と睡眠が好きな・d00660)
    待宵・沙雪(ちびっこアルテミス・d00861)
    御幸・大輔(イデアルクエント・d01452)
    弓塚・紫信(煌星使い・d10845)
    アルレット・ルルー(アンステイブルジェンダー・d12026)
    籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)
    本郷・雄飛(はご当地ヒーローである・d15712)

    ■リプレイ

    ●釣り堀アイドル候補生スカウト
     灼滅者達は未来予測にあった芸能プロダクション事務所の入ったビルの前に到着していた。
    「正直話を聞けば聞くほど放っておいた方がいいんじゃないかって気がするけど、闇堕ちするとなればさすがにそういうわけにもいかないわよね」
     天塚・箕角(天上の剣・d00091)は事務所を眺めながら、エクスブレインから聞いた未来予測を思い出して溜息を吐く。
    「ふふ、アンニュイ系アイドル救出大作戦なんだよ!」
     対して待宵・沙雪(ちびっこアルテミス・d00861)は通常運行でテンションが高くパッションな感じである。
    「アイドル候補生! つまり女の子の園ということでテンションは最強ですよ! 今の私は誰にも負けません! いきますぜぇ!!」
     こちらはテンションが高いというより、振り切ってしまっている女の子が大好きな河本・鷲見歌(女の子と睡眠が好きな・d00660)は、アイドル事務所を前に暴走気味だった。
    「これって、男の子もスカウトしてくれる……のかな?」
     本郷・雄飛(はご当地ヒーローである・d15712)は不安げにそう呟くが、念のためプラチナチケットを持って来ていたり、準備万端である。
    「ダークネスの力で認められる。それはかつて私もしでかした間違い……今度は私が彼女を助ける番です」
     かつて籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)も、ダークネスの力で店の人気ナンバーワンの座を得たという過去があった。
     だからこそ同じように道を踏み外そうとしている杏子を放って置くことができない。
    「やあ、君達、ウチの事務所からトップアイドルを目指してみないか!?」
     そうこうしている間に、ビルから出てきたプロデューサーが、興奮した様子で灼滅者達に食いついてきた。

    ●働いたら負けだと思っている
    「あら、プロデューサーさん、早かったですね」
    「ああ、トレーナーさん、事務所を出たところに学生の集団がいてね。ティンときて彼らを早速スカウトしてきたんだよ」
     玄関開けたら大金が落ちていたみたいな出来事に、プロデューサーは未だ興奮冷めやらぬといった感じである。
    「ここがレッスン場だよ。今日はまだ見学だけでいいけど、デビューまではまずここに通ってもらうことになる」
     杏子がいるだろうレッスン場に案内してくれるよう灼滅者達はプロデューサーにお願いして連れて来てもらっていた。
    「僕、女子じゃなくて……女装男子……なのですが、僕でもアイドルって大丈夫でしょうか?」
     弓塚・紫信(煌星使い・d10845)はおずおずと心配そうにプロデューサーに質問した。
    「大丈夫さ。お客さんの求めるアイドル像は多種多様だ。君には君の魅力がある!」
     プロデューサーは紫信の瞳を真っ直ぐ見つめながら、力強くそう断言する。
    「ちぇ、それならオレもいつもどおりの格好で来ればよかった」
     普段は男装しているが、ドレスコードを意識して今日はボーイッシュな服装に身を包んでいるアルレット・ルルー(アンステイブルジェンダー・d12026)はそう呟いた。
    「ねえ、プロデューサー、今日はもう一回踊ったし、打ち合わせも終わったから、帰っていい?」
     そこへアクビをしながら、ウサギのぬいぐるみを引きずりつつ、杏子がプロデューサーのところへやって来る。
     未来予測で話は聞いていたが、高校生の割に目測で10歳女子の平均身長くらいしかないほど小柄だ。
    「相変わらずだな、杏子。彼らは今日からこの事務所に所属することになった新しい仲間だよ」
    「ふぅん、プロデューサーは相変わらず仕事熱心だね。杏子はたまには休むことをオススメするよ。具体的には一週間くらい」
    「ははは、こんなでも驚くかもしれないが、デビュー秒読みのウチの有望株なんだ」
     乾いた苦笑を浮かべながら、プロデューサーは杏子を灼滅者達に紹介した。
    「…………!」
     目を瞑ってレッスン場に流れる音楽に耳を傾けていた御幸・大輔(イデアルクエント・d01452)が、目を開いてステップを踏み始め、短い即興のダンスを披露する。
    「どうです? 歌とダンスには自信あるんです。俺、デビューできますか?」
     踊り終えると大輔は杏子に聞こえるようにプロデューサーに問いかけた。
    「スゴイ! 君はどこかでダンスを習っていたのかい? もしかしたら杏子より上手いかもしれない!」
     プロデューサーだけではなく、本職であるトレーナーも、その短いパフォーマンスだけで目を見開いて息を呑んでいる。
    「いやいやいや、ここでアイドル候補生としてレッスンを続けている杏子よりう……」
    「はいはいはい! ボクはダンスの心得はないけど、明日と言わずに今日からレッスンしてみたいっ!」
     杏子の言葉を遮り気味に沙雪が元気よく手をあげながらそう言った。
     正直、杏子のモチベーション管理は難しいので、特技がなくてもこういう子の方がプロデュースし易いということもある。
    「僕らでユニットを組ませて、デビューさせるのもありだと思いますよ? 今は単体アイドルよりも、ユニット売りの時代ですから」
    「ふむ、それも一理あるな……」
     紫信の提案にプロデューサーが関心を示す。
    「うぐぐ……」
     他人とのコミュニケーションに労力を割かない杏子にとって、グループで売り出すという方法は向いてない自覚というか、やりたくもなかった。
     徐々に杏子は新入りアイドル候補生である灼滅者達に脅威を感じ始めていた。
    「…………」
     タイミングを見て美鳥に頼まれた箕角がレッスン場に流れていた音楽を止める。
     周囲の注目が集まる中、アカペラで歌いながら、美鳥は振り付けを踊り始めた。
     曲は誰でも知っているような、美鳥達の親世代が聴いていた時代のアイドルソング、ともすれば古臭くなってしまいそうだが、美鳥の持つ清純なイメージが曲とマッチして、その曲がヒットした当時の人達と同じような感動を観客にもたらす。
     最後のサビに入ったところで美鳥はプリンセスモードを使用、プロデューサーやトレーナー達一般人の心を鷲掴みにした。
     しかし真面目にダンスに打ち込んでいる美鳥の踊りは、ESPを抜きにしても、杏子よりアイドルらしいと誰もが思ったであろう。
    「私の勤めていたピュアクラブには、トップアイドルではないですが、本業が読者モデルさんやグラビアアイドルさんという方もいたんですよ」
     踊り切った後で一息吐いてから、美鳥はそう呟いた。
    「『ピュアクラブ』だって!?」
    「知っているんですか、プロデューサーさん?」
    「ああ、選ばれた会員しか入店できないメイド喫茶で、従業員にも常連客にも業界人が多くいるという噂を聞いたことがある……」
     意外と業界でも有名だったピュアクラブ。
    「……………」
     杏子は俯いて肩から力を抜いて立ち尽くしている。
     杏子にとって状況は崖っぷちであった。
     このままではデビューの話をこの新入り達に持って行かれてしまう。
    「なあ、先輩のダンスも見せてくれないか?」
     大輔は杏子の肩に手を置いて、その表情を覗き込もうとする。
    「……やらない。ダンスは杏子の負けでいい……だから、よし、殺そう」
     その瞳からはスッと人間らしい温度が消え去った。

    ●あんこのうた
    「げ、火事だ!? 逃げろ!」
    「何だって!? みんな、早く避難を!」
     戦闘の空気を察したアルトレットがパニックテレパスを使用し、プロデューサー達が火災と勘違いして、レッスン場にいるアイドル候補生達を建物から避難させていく。
    「さぁ、女の子を救うヒーロータイムの始まりだ!」
     一般人達の避難する時間を稼ごうと、雄飛はご当地ビームを撃って杏子を牽制して注意を引こうとする。
    「あんた達のせいで、杏子の夢の印税生活が……!」
     大輔の手と雄飛のビームをスルリと抜けると、杏子はウサギのぬいぐるみをダンスパートナーに見立てるように振り回しながら、パッショネイトダンスで密集していた紫信、沙雪、アルレット、美鳥を攻撃した。
    「俺はこれしかなかった。踊ることが俺の全てだった。だから死ぬほど努力してきたし、今もしている」
     ダンス勝負に応じて貰えなかった分とでもいうように、大輔はパッショネイトダンスの情熱的なステップで杏子を追いかける。
    「人は人、私は私って名言だよね。杏子はダラダラ生きるって決めてるんだ。だから絶対にがんばらないし、働かない」
     小柄な体を活かして、杏子は大輔のダンスから繰り出される手や足を器用に潜り抜けた。
    「チョコマカとすばしっこい!」
     横から箕角のマテリアルロッドが杏子を捉え、受け止めたぬいぐるみの綿を飛び散らせながら、杏子はレッスン場の壁に激突する。
    「芸能というものは、それでお金を得るのではなく、心の豊かさを得るものではないでしょうか? それに大金を得るには、どうであれ働かなくてはなりません」
     紫信の斬影刃が壁にぶつかって動きを止めた杏子に殺到し、盾にしたぬいぐるみを更にボロボロにした。
    「杏子はただ寝て起きて寝る……そんな生活を送りたいだけで、大金なんて必要ないし、心の豊かさより平穏が欲しいだけ」
     ブンっとぬいぐるみを振るって杏子は紫信の影業と割れた鏡の破片を振り払いながら立ち上がる。
    「だったら実力でアイドルになって、働かない系アイドルと言う新路線を開拓すればいいのよ!」
     沙雪は身軽に動いて射線を確保すると、天星弓に白い矢をつがえて放った。
    「アイドルを続けるなんて、お断りだ!」
     杏子はぬいぐるみで矢を打ち落とそうとするが、勢いを殺し切れずに再び壁に押し返される。
    「あはは! とぉつげきぃ!!」
     鷲見歌は無敵斬艦刀を担ぐようにしながら、レッスン場を駆け抜け、壁ごと叩き斬る勢いで杏子に振り下ろした。
     それを杏子はぬいぐるみの振り上げで受け止める。
     ウサギのぬいぐるみの足からロケット噴射が発生し、無敵斬艦刀の質量を押し返した。
     しかし鷲見歌の戦艦斬りの衝撃に、杏子の足がレッスン場のフローリングを割って沈む。
    「薄っぺらい芸なんか、すぐ見抜かれるもんだぜ?」
     アルレットのデッドブラスターが杏子を容赦なく狙撃する。
    「今日までは上手くいってたし、あんた達を殺せばまた上手くいく!」
     杏子は咄嗟にぬいぐるみを正面に構えて急所を隠すことで漆黒の弾丸を耐えた。
    「闇の力に踊らされないで! ダンスとは……自分自身を表現するためのものなんです!」
     美鳥は手足のバトルオーラにレーヴァテインの炎を宿しながら舞うように攻撃を繰り出す。
    「杏子にとってダンスはアイドル印税生活のための手段だし、楽に生きようとすることの何が悪い!」
     それを避ける動きに合わせて再びウサギのぬいぐるみがロケット噴射、杏子はそれに引っ張られるように回転しながら美鳥を吹き飛ばし、そのまま紫信、沙雪、アルレットのところに突撃した。

    ●だだっ子お姫さま
    「お前の中にある可能性の芽、自分で摘み取ってしまわないで。その力に頼らないで、その可能性の芽を咲かせられるのはお前だけなんだ。だから逃げないで」
     大輔は祈りを歌に込めて放つ。
    「杏子はアイドルがしたいわけじゃない。ずっと寝て過ごしたいだけだって言ってるじゃない!」
     歌声を打ち消そうと杏子はぬいぐるみをブンブンと振り回した。
    「でもその力は、そんな自堕落な生活を願う貴方自身を食い尽くす力よ」
     箕角の振り下ろしたマテリアルロッドを杏子はぬいぐるみを掲げて受ける。
    「何それ? そんなの聞いてない!」
     ぬいぐるみの中で魔力が弾けて綿が二人の周りを雪のように舞った。
    「大丈夫、そんな力を使わなくても、絶対アイドルになれるのよ!」
     足許から沙雪の斬影刃が伸びるのを杏子は飛び退いて回避する。
    「だからそんな力を使わなくてもいいんですよ!」
     続く鷲見歌の燃え上がる無敵斬艦刀も、レッスン場を水面を跳ねる石のような連続ステップで避けた。
    「はぁはぁはぁ……そんなこと急に言われたって、わからない」
     しかし杏子の威圧感は急激に萎縮し、肩で息をし始める。
    「ダークネスの力に頼らなくても、あなたはアイドルとして立派に輝けますよ。がんばりましょう!」
     物理的に熱い想いがこもった美鳥の拳が、今度はぬいぐるみで防ぐことも出来ずにまともに入り、見た目どおり軽そうな杏子の体は風に吹かれる木の葉のように吹き飛んだ。
    「よし、相手が弱りましたよ!」
    「イッキに畳みかけるぜ!」
     それを見て鷲見歌が指をさして叫び、雄飛がそれに続く。
    「ちょっ……や、やめろぉー! 手加減すればいいってもんじゃないし、もう抵抗する気ないからーっ!」
     数分後、手加減攻撃を活性化してきた灼滅者達にKOされた杏子がレッスン場の床に転がっていた。
    「はぁはぁ……ひ、ひどいめにあった……」
     もう立ち上がる気力もないのか、大の字に寝転がった状態で灼滅者達から武蔵坂学園についての説明を受ける杏子。
    「杏子はもう、その『灼滅者』っていうのをやめることはできないの?」
    「はい、だから杏子さんも僕達の学園に来ませんか?」
     そう言って紫信が杏子を学園に誘う。
    「んー……」
    「……やっぱり学校も、踊るのも面倒くさいか」
     考え込む杏子に大輔が質問する。
    「いいよ……あと、もう一回くらいならアイドルを目指してあげなくもなくなくなくなくないよ」
     そう言って杏子はニッと笑みを浮かべるのだった。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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