春風の日

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     凍てる冬がようやく過ぎ、暖かな春の日射しが街を覆い始めた今日この頃。
     今年の桜の季節は駆け足でやってきた。例年よりも早く桜が満開となった河川敷の小さな公園には、花見がてらに散歩をする人々がちらほら訪れている。
    「ほら見て、みぃちゃん。お花がキレイだねー」
    「きれいだねえ!」
     幼い少女と母親が、仲良くベンチに座って公園の桜を眺めている。母親のひざの上のバスケットからサンドイッチを取って、少女はぱくりと一口かじった。おいしそうにもぐもぐと頬を動かす少女の後ろから、なにか小動物のような影が忍び寄る――。
    「ブヒィィッ!」
    「あっ!」
     肌色の小動物が、ジャンプしながら茂みから飛び出てきた。母親の持っていたバスケットを素早く口にくわえると、そのまま全速力で遠くに走っていく。その後ろを、一回り小さい動物たちが追っていった。
    「ママー、ぶたさんー」
     少女は豚が消えた先をのんきに指さし、きゃっきゃとはしゃいでいる。母親は青ざめた顔で同じ場所を見つめていた。都心ではないといえ、こんな市街地に豚がいるのも、まあ変だ。だが、それよりも気になる事があった。
    「私、疲れてるのかしら……」
     母親は額を抱える。優しい春の風が桜の木を揺らし、花びらの雨を降らせた。こうしていると、やはり幻覚かもしれないと思う。
     豚の背には、奇妙な兵器が積まれていた風に見えた。
     
    ●warning
     こんな時期に市街地に迷い込んだ空気の読めないバスターピッグがいる。
     ちょっと行って倒してきてくれないかと、鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)は言った。
    「あの野豚は、本来は自然豊かな場所にいるものなのだが……恐らく移動中なのだろう」
    「鷹神さん、0点です。もうすこし夢を持ちましょう! イヴはわかります。きっと、ブタさん達もお花見に来たのですよ」
    「……そういうキラキラした夢見がちなアレを俺に振るのはよして頂きたい」
     イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)のふわふわした解釈が合っているかはさておき、鷹神は話を続ける。
    「豚はどうやら、だいぶ腹を減らしているようでな。移動ルート付近にある小さな公園で、食べ物など広げつつ待っていれば誘いだす事ができる筈だ」
    「あっ! つまり、お花見の用意して待ってればいいんですか?」
    「う……ん。或いはそうとも言える。だがな」
    「わぁ! やりましたよ皆さん! お弁当は何にしますかっ」
    「こら、話は最後まできちんと聞くのだ!」
     作戦の決行日時は平日の昼。一般人は予知に映った母娘を含め、両手の指で数え足りる人数が来る程度だろう。
     出現するバスターピッグは5体。
     ずんぐり大きい個体がボスで、小さいのが4体それに従っている。
     使用技は全てバスターライフルのESPだが、ボスは全体的に配下より能力が高いようだ。
    「……以上の点に気をつけ、勝つ為の作戦を考えた上でなら、花見なり何なりして遊んで帰ってくるのを許可する」
     それを聞いたイヴはこくこくと頷き、頑張りますと元気よく返事をした。
    「……でも、珍しいですね? 『こんな時に遊んでいる場合か!』って怒られるかと思ってました」
    「君は何か勘違いしているようだな。こんな時だから息抜きも必要だ」
     彼は相変わらず中学生らしからぬ事を言う。
     当日は少し風がある。戦っている最中にも、花はどんどん散るだろう。 
     今年の桜は早く過ぎてしまう。桜はとても潔い花なのだ。
     春なのに、桜も見ないなんて勿体無いだろう。そう言ってエクスブレインは笑った。


    参加者
    雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)
    立見・尚竹(貫天誠義・d02550)
    辛・来彌(ソウルボードサーファー・d06001)
    九重・藍(伽檻・d06532)
    森村・侑二郎(無表情イエスマン・d08981)
    天壌・契(喋繰り蝶々・d10607)
    柴・観月(別れのユーレカ・d12748)
    北澤・瞳(覇謳曖胡・d13296)

    ■リプレイ

    ●豚も鳴かずば
     今年の東京は花冷えが随分と長い。幸運にも暖かい一日となった今日、灼滅者たちは件の公園にやって来ていた。
    「どうしたの庵胡。……あっ、もう、鼻に桜つけちゃって」
     北澤・瞳(覇謳曖胡・d13296)の霊犬、庵胡が鼻を鳴らしながら駆けてきた。瞳が花弁を掃ってやると、庵胡はくしゃっと笑って尻尾を振った。彼女を誘導するように、再度道を引き返す。
     柴・観月(別れのユーレカ・d12748)の王者の風と、立見・尚竹(貫天誠義・d02550)の殺界形成、サポートの協力もあって園内の人払いは穏便に済んだ。庵胡はいい場所を見つけてきたようだ。公園内が広く見通せる桜の下にシートを引き、その上に持ち寄った弁当を広げる。
    「わ、すっごい豪華だね。どれも美味しそう!」
     春めいたスカートを揺らし、雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)は皆のお弁当を覗いていた。戦場の音を遮断しても弾む声は止められない。持ち寄った自慢の一品と、辺りを彩る桜色。はしゃがずにはいられない。イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)も手を叩いて嬉しそうだ。
    「お花見って、実は初めてなんだよね」
    「イヴもですよ! 楽しみですねっ」
     無邪気に喜ぶイヴとは対照的に、観月は常の無表情でぽつりと呟くだけだ。忙しかったですかと問われ、彼は首を振る。
    「ううん。俺もちょっと、楽しみだ」
    「ちょっと、ですか?」
     辛・来彌(ソウルボードサーファー・d06001)が弁当箱の蓋を開けながら、こくりと愛らしく首を傾げる。桜景色にも似合いの着物に身を包み、長い黒髪を揺らす姿は少女にしか見えないが、彼は少年だ。
    「……うん。嘘。実は大分、かな」
    「良かった! みなさんのお弁当も楽しみですね。……あ、でも楽しむのはちゃんとお仕事してからかな」
     来彌はほわりと笑む。箱に詰められたおにぎりを九重・藍(伽檻・d06532)が一つ取り、豪快にがぶりと齧った。
    「あっ、それは茎わさびですよ! ……大丈夫ですか?」
    「道理で鼻に来る訳だ。ま、腹が減ってっと戦も風流も十二分には楽しめねェからな。なあ」
    「ですよね。俺もいただきます、ハイ」
     森村・侑二郎(無表情イエスマン・d08981)も藍に倣っておにぎりを取った。中身が普通に梅干だった事に内心安堵する。ごちそうさんと軽く笑い、藍は持ち場に戻った。
     その時、花見準備をしながらも周囲を警戒していた天壌・契(喋繰り蝶々・d10607)が、あらと声を上げる。彼女が示す先には、茂みの間をざっと移動する肌色の影がちらりと見えていた。
    「なの、準備して!」
     来彌はカードを開放する。ナノナノのなのが現れ、隣に寄り添った。
     風が木を揺らし、桜を散らす。
    「……何処かしら、桜も泣いている様な気がするわ」
     契は枝を見上げた。扇子に桜の雨が降り注ぎ、金の蝶の翅を濡らしては滑り落ちていく。地に落ちた花を見やりながら、尚竹は槍と愛刀を構えた。視線を戻した先には、一直線に弁当へ突撃してくる5匹の豚。
    「バスターピッグも桜の魅力に負けて興奮してしまったのか……。本当にそうだとしたら、それはそれで複雑だな……」
     手伝いに駆け付けた流人が呟けば、尚竹もやれやれという顔をした。
    「人のテリトリーに来なければ討たれまいに。致し方ないか」
     皆の言葉に一通り相槌をうち、侑二郎が手近な豚へ駆けた。桜の樹に被害は出させない。銃の斜線から外すように動く。
    「花見の邪魔は、させませんよ」
     腰に下げた赤の太刀を走りながら抜き打ち、小さな豚を一文字に斬る。大豚は怒ったようにぶひぃと吠えると、前衛に円盤状の光線を放った。藍が前方へ飛び出し、尚竹と観月への攻撃を遮る。
    「九重さん、すごいわ!」
     同じ初依頼組の藍の奮闘を見て、瞳も緊張を吐きだすようにふっと息を吐いた。
    「回復するわよ。庵胡、イヴさん、支援お願いね!」
    「はい!」
     瞳の支持を受け、庵胡が短く吼えた。踏ん張っていた後ろ足で強く地を蹴ると、斬魔刀を構え飛びかかっていく。タイミングを合わせたイヴの弾丸が敵を痺れさせた隙に、瞳は藍へ癒しの矢を放った。
     藍の放つ狂化の霧が桜の木を霞ませ、幻想的な空間を作る。豚を貫いた槍を引き抜き、尚竹は辺りを見回した。
    「ふむ、これは風流な」
     その美しさにはやはり満足気に微笑みながらも、敵を見やる契の眸は凛として厳しい。
    「無作法な豚さんには過ぎた舞台ね。ご退場願わなくてはね?」
     駆ける。黒と金の美しい長髪が、桜風の中泳いだ。桜風中段で構えた太刀を太った豚に振り下ろせば、金の鞘にぷつりと赤が跳ねた。
    「ひよりと来彌は他の仔を宜しくね」
     刃を返しながら、契は優雅に笑んだ。
    「……お花見のおかずにできるでしょうか」
     斬られ、転がる大豚を見た侑二郎が、小豚のビームをオーラでかき消しつつ真顔で物騒な事を呟く。彼の刀に宿るは、炎の血の力。
     案外、実物を食す機会はなかったりする――豚の丸焼き。
     変な間が流れた。
    「だ、だめーっ、食べられないよっ!」
     お弁当防衛をサポート隊に頼み、ひよりが慌てて駆けてきた。淡紅色の花を模った杖に力を籠めれば、巻いたリボンが桜の花弁と共に風に揺れる。耀く十字架の光は桜を避け、中衛に居た小豚4匹をまとめて打ちすえた。
    「ぶっきー!!」
     立て続けに武器へ攻撃を喰らい、背中の銃が黒い煙をあげている。豚達も怒り心頭の様子だが……よく見るとよだれが垂れていた。
    「……お腹空いてたのかな。ちょっとだけ、可哀想かな……」
     ひよりは思わずしゅんとしてしまったが、銃に光が集まるのを見て警告する。
    「瞳ちゃん、気をつけて!」
     幾らか威力の弱まった光線は、癒し手の瞳を狙ってきている。藍が後退し斜線に割り込む傍ら、暖かな光を放つ杖を握った観月が前に出る。
    「アンタらが花見を楽しみに来たご同類、って意見が正しかろうとも、他人様の席を食い散らかす行儀悪さは頂けねェだろう。ましてや銃器を背負っての狼藉なんてのは、危なっかしくて堪らんね」
     藍の鋭い眼差しが豚達をぎろりとねめつけたかと思うと、瞬時に死角へ移動し肉を斬る。190センチに迫る長身に雑な言葉運びは、本人に気が無くとも剣呑に映るのだろう。イヴも案の定若干怯えていたが、その一言を聞いてぱっと顔を輝かせる。
    「信じて下さるんですね!」
    「俺も、結構良いと思うよ、それ」
     観月はそう言いながら杖を豚にかざした。
     ――少し、痛いかもしれない。
     だからせめて一瞬で。ぱん、ぱんと花火が響くように速く激しく、二段階に分け魔力を暴発させた。1匹目の豚が倒れると同時、癖のある髪に絡んだ桜が爆風ではらりと落ちる。
    「本当にお花見に来たブタさんたちなら悪いけど、迷い子はそっと、片付けないと」
     眼鏡の奥の黒目が少し哀しそうに見えるのは、彼の泣きぼくろのせいだろうか。
    「麗らかな陽気に誘われて一緒にお花見……出来る相手なら良かったのにね」
     大袈裟にほうと息を吐く瞳を、庵胡が心配げに見る。悪戯っぽく笑い返し、瞳は天使の歌を奏でる。藍に積み重なっていたプレッシャーと傷が癒えた。一行は手を休めず、次の豚への集中攻撃に移る。
     ひより、契、来彌の三人が敵の妨害をする間に各個撃破していく作戦だ。2匹目、3匹目と順調に討ち取るが、回復の手も緩められない。
    「なの、お願い!」
     来彌が命じれば、なのがぴょんと飛び、ふわふわと尚竹にハートを飛ばす。来彌の影に飲まれた最後の豚は、恐怖にもんどり打ちながら倒れた。
    「……バスターピッグのトラウマってどんななんでしょうね?」
     来彌に聞かれ、なのは首を傾げた。隣のひよりは影の触手を花咲く枝のように広げつつ、つい侑二郎の方を見る。
    「お花見に乱入なんて本当に空気読めないですね。社会じゃ空気読めない人間は淘汰されるんですよ」
     彼は辛辣な台詞を吐きながら、最後の豚を遠慮なく焼き豚にしていた。あ、人間じゃなかった。スミマセン。などと言っているが、反省はしてなさそうだ。ひよりはそっと目をそらす。
    「ううっ、ごめんね……」
     ひよりの触手が焼き豚を縛り上げ、更に契が後ろから肉をさばいた。九人と2匹の集中砲火を受け、大豚はたまらず癒しの術を使ったが、重なった状態異常は治せず炎が身を蝕んでいく。
    「さて、そろそろ本格的な花見の開始といこうか!」
     尚竹が観月に目で合図を送った。観月は頷くと、さっと駆け出す。
    「ごめんね。ばいばい」
     別れの言葉と共に突き出した槍が豚の胴を貫いた。大きく吼える豚の声を聞き、尚竹は構えていた大太刀を一度鞘へと収めた。
    「この一太刀で決める」
     静かな殺意を研ぎ澄まし、敵の断つべき個所に全神経を集中させる。
    「我が刃に悪を貫く雷を」
     二度雷を斬ったという太刀に願いを籠め、一気に抜き放つ!
    「居合斬り――雷光絶影!」
     陽光を受けた太刀が、稲妻のように駆け豚の喉元を斬った。どうと倒れ込んだ豚は暫く痙攣していたが、やがて動きを止めるとゆっくりと消滅していった。
     迷い子を送るように、さわりと一陣風が吹く。先程まで巨体の転がっていた場所に桜の花弁が降る様子を、一行は暫し眺めた。
    「――さあさ、お花見を再開しましょう」
     口元を金の扇で隠し、契が淑やかに告げる。宵と暁が交わるような色の眸が、どこか遠くを見るように細められた。

    ●春風の日
     桜の下で文庫本を読んでいた弥太郎が、顔を上げ皆に会釈をする。
     花見の席に戻ると、そわそわと待っていた縁が出迎えてくれた。
    「皆さん、お疲れさまでした。……こういった大切な時間や物を守るのが、私達のお仕事なんですね」
     誰か気の利いた者がアフタヌーンティセットを置いていったようで、彼女は支援に訪れた皆へお茶を煎れている。離れた場所で物思いしつつぽつんと花見をしていた天音にお茶を運べば、淋しかったのか彼女ははにかんで笑った。
     戦闘を手伝っていた榮太郎は、桜を見ると思い出す詩があると言った。緑茶入りの水筒と団子を取り出し、一人静かな場所へ彼は向かっていく。
     曰く、風が花を散らすように好事は去りやすい。
     花と、友と、別れる前にせめて美しい今日を思い出にとどめる為。花見とは、そういうものなのかもしれない。

     いよいよお待ちかねの花見、そして自慢の一品交換会だ。取って置きだというほうじ茶を皆へ回し、尚竹がカップを高く掲げた。
    「今日の任務もお疲れ様。それでは、乾杯!」
    「かんぱーい!」
     暖かいほうじ茶を飲みながら、イヴは立見くん社長さんみたいですと笑う。
    「イヴの自信作は何なんだ?」
    「お料理は修行中なのです……クラスのお友達が代わりにこれを持たせて下さって。柴さんにもよろしくだそうです!」
    「俺?」
     観月はお重を覗く。2種類の豪華なちらし寿司は料理上手ないろはからの差し入れだ。
    「……凄いな。御免、俺料理下手で。その、玉子焼きぐらいしか用意できなかった。……こんなので、いいのかな」
     観月が恐縮しながら玉子焼きを出せば、巧い者も初心者もほぼ全員が玉子焼きを出した。
    「いいんです。俺なんか料理サイト見ながら頑張りましたから、ハイ」
     侑二郎が少し不格好なだし巻き卵を見せながら言った。意外と奥が深いのよねと瞳が笑って、各家庭の味を交換し合う。
    「柴さんの玉子焼きは懐かしい、ほっとする味がしますね。ふむ、おふくろの味という奴か」
    「尚竹さんのも、凄く美味しい。ほんのり甘い味に出汁がきいて……もう一つ頂こうかな」
    「あ、俺も頂きます」
     侑二郎と観月の表情はどちらもあまり変わらないが、二人とも箸は止まらない。一番沢山食べているのは藍だ。皆楽しそうで良かったと思いながら、尚竹はゆっくりと茶を啜る。
     中でも一際変わり種は、契の作った薄紅色の玉子焼き。どうやって作ったのかと、料理の心得ありなひよりや瞳も興味津々に見つめる。
    「桜田麩を入れてみたの。イヴ、宜しければ如何かしら? 僕の作った玉子焼き」
    「いただきます! 桜の味、しますか?」
    「ふふ、食べてからのお楽しみね」
     他にも肉団子やサンドがあるからと契は皆に勧める。
    「みんなお料理上手だねーっ。わたしのも食べて!」
     瞳の唐揚げをつまみながら、ひよりは春野菜のサラダを添えた鶏のグリルを皆に配る。オリーブ油とハーブの良い香りにつられて口に運べば、ぱりっと軽い皮の食感で幸せが広がる。
    「こりゃ旨ェな。皮の焼き加減が絶品だ」
    「本当? えへへ、頑張ったから嬉しいな」
     藍や、皆の顔を見てひよりは照れくさそうに笑った。なのと庵胡も、主人に分けてもらった分を美味しそうに食べている。
    「さァて、動いたあとはやっぱ飯だ飯。腹もくちくなりゃァ眼福も一層だろうさ」
     調理には疎いモンでよと、持ってきたのは美味いと評判の出来合いの桜おこわ。いろはのちらし寿司と一緒に藍は少しずつ皆に取り分け、配っていく。
    「こういうのは賑やかな席にこそだろう」
     三色のご飯が並べば成程、皿の上まで花が咲いたように賑やかだ。更に来彌と瞳のとっておきのおにぎりが、皆の真ん中へ並べられる。
    「今日はちょっぴり緊張したけど、皆本当にありがとう!」
     桜の塩漬け、菜の花、桜海老に錦糸卵、筍に木の芽を飾った瞳の春爛漫な手鞠おにぎりは、見た目も華やかで食べるのが勿体無くなってしまう。これが技術家庭のテスト満点の実力だ。来彌が目を輝かせる。
    「すごいです……! 私は難しいものはまだ作れなくって」
     来彌の出したシンプルなおにぎりは、葉唐辛子、梅干、高菜、ゆかり、野沢菜、茎わさびと意外にも渋い具が入っている。高菜のおにぎりを齧り、ほうじ茶にぴったりねと瞳は笑顔を浮かべた。
    「イヴさんも沢山食べてね♪」
    「うーん、食べきれません!」
    「駄弁りながらゆっくり食やァ良いンだよ」
     可愛い手鞠おにぎりを幸せそうに頬張るイヴへ、藍が笑う。まだ団子やわらび餅の甘味も待っているのに、幸せな悩みだ。
     ふと、観月は視線を感じる。振り返れば件の幼い少女と母親が居た。羨ましげな少女に団子を2本あげたら、お礼にサンドを貰った。一口齧りながら、上を見る。
     過ぎる風が桜木を揺らし、皆の頭上に一際沢山の桃色の花弁を降らせた。
     皆、揃って箸を止め、その一瞬に魅入る。
    「……桜、綺麗ですね」
     侑二郎がぽつりと言う。
    「うん。すごく素敵」
     一斉に咲く薄桃色の花、舞い散る花弁。それはひよりの心を捉えて離さない。掌に桜のひとひらを掬い上げ、来彌は幸せそうに笑みを浮かべる。こんなにもわくわくするのは、桜が儚いから、だろうか。
    「今年も花見が出来て良かった。来年もまた出来る事を願うよ」
     花弁の浮かぶほうじ茶をこくりと喉に流し込み、尚竹は穏やかに笑んだ。
    「まるで皆に恵みを与える慈雨の様ね」
     儚いからこそ、桜の記憶は心の奥へ染み入っていく。
     髪に絡む花弁を、契は愛おしそうに撫でた。
     儚い花であろうとも――僕は深く、愛しているわ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 2
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