ラッキー☆ガール

    作者:邦見健吾

     運がいい、と彼女はよく言われる。道を歩けばお金を拾い、おみくじを引けば必ず大吉。あやかりたいと、いつの間にか多くの人が彼女の周りに集まった。
    「田中、俺500円拾ったぜ」
    「ぼたちゃん聞いて! さっき尾崎先輩と話せたんだよ!」
     彼女と仲良くなれば運がよくなる。それが学校ではいつしか常識になっていた。逆に、彼女の機嫌を損なえば運が悪くなるとも言われている。
    「いやー、私に言わないでよ。偶然だってば」
     照れ笑いを浮かべ、左に結った髪をいじる女の子。今では幸運の転校生。
     彼女の名は、田中牡丹。

     冬間・蕗子(中学生エクスブレイン・dn0104)は湯呑のお茶を一口すすり、説明を始める。傍らには、おはぎが二つほど乗った皿。
    「闇堕ちしかけた一般人を見つけました」
     一般人の名は田中・牡丹(たなか・ぼたん)。中学二年生の少女で、ソロモンの悪魔になりかけている。
    「彼女は周りの人間に幸運を振りまいています。ですが、それは他の人の不幸の裏返し」
     例えば、お金を拾わせるために他の人から財布を盗んだり、憧れの先輩と話させるためにその先輩を脅したりする。
    「まだ田中さんは自我を失っていません。ですので、灼滅者の素質があるなら救ってください。完全に闇堕ちしてしまうようなら、その前に灼滅をお願いします」
     牡丹はいつも友達という名の取り巻きとともに下校する。その時を狙えばバベルの鎖の予知をかいくぐれる。人気の少ない道なので、他の一般人のことは気にしなくていい。
     牡丹は魔法使いのサイキックを使用するうえ、5人の友人達は強化されて殴る蹴るなどの単純な攻撃をしてくる。なお、取り巻きは戦闘不能にすれば元に戻る。
    「説得が上手くいけば、田中さんの力を弱めることができるかもしれません。少し前は転校したばかりで友達がおらず、その寂しさが闇堕ちのきっかけだったのかもしれません」
     蕗子は澄ました顔でお茶をもう一口飲んで、皿にのったおはぎを見やる。
    「彼女のことをどう思ってもらってもかまいませんが、油断は禁物です。堕ちかけとはいえ、ダークネスの力を持っていますから」
     そこまで言うと、自分の仕事は終わったと言わんばかりに、蕗子はおはぎに手を伸ばした。しかし、おはぎの寸前で、手がピタリと止まる。
    「もう一つ。田中さんは人間関係を損得で勘定する傾向があります。説得のヒントになるかもしれません」
     灼滅者たちの方を向いて一言付け加えると、今度こそおはぎに手を付け始めた。


    参加者
    茅森・妃菜(クラルスの星謡・d00087)
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    樹・咲桜(ガンナーズブルーム・d02110)
    白鐘・衛(白銀の翼・d02693)
    志藤・勇(勇輝炎情・d03333)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    高峰・緋月(頭から突撃娘・d09865)

    ■リプレイ


     灼滅者たちは先回りして牡丹を待つ。エクスブレインが指定した時間にはまだ余裕があった。
    (自分も牡丹さんのようになってしまう可能性もあったのかしら……?)
     ユニス・ブランシュール(淡雪・d00035)は牡丹に少し昔の自分を重ねながら、今の自分を振り返る。引っ込み思案な性格もあり、ユニスも入学したての頃はなかなか友達も出来なかった。そんな自分と親しくしてくれている人達へ感謝するとともに、牡丹にもそんな友達ができるようにと願う。
    「人間関係は損得じゃないと思う……。ボクみたいな子供が偉そうな事はいえないのかもだけど……」
     小さく呟いたのはミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)。まだ小学生のミルドレッドには、自信を持って言えることではない。だが、それでも牡丹の考え方はどこか違うと思えた。
     その時、数人の足音と、女の子の話し声が灼滅者たちの耳に聞こえてきた。牡丹とその取り巻きだろう。
    「ま、ちょっとお痛が過ぎたようだから、そこはお灸据えてやんねーとな」
     友達が欲しいと言うのは、確かに照れくさい。白鐘・衛(白銀の翼・d02693)は牡丹の気持ちも分からないではないと思いつつ、だからこそ救い出してやらなければとも思う。闇堕ちから救うだけでなく、友達ができるようにしてやりたい。
    (牡丹さんはきっと寂しかったんだと思うんだ……。それで人の気を引きたくて始めて、やめられなくなっちゃっただけ。だから牡丹さんに教えてあげなくちゃ)
     人との絆は損得を越えて、もっと素敵な関係になれるんだと、高峰・緋月(頭から突撃娘・d09865)は思う。照れたりすると髪の毛をいじるのは緋月もよくやること。絶対に友達になれる。そんな気がした。
    「ハロー、君が幸運の女神って噂の牡丹ちゃん?」
     牡丹の集団まであと数メートルというところで、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が声をかけた。
    「……確かに私が牡丹だけど」
     牡丹は眉をひそめて、いぶかしむように朱那たちを見た。取り巻きの女子たちも何かヒソヒソと話をしている。朱那の奇抜な色彩もさることながら、年恰好がバラバラの少年少女がこれだけ集まっていれば不審に思うのも無理はないだろう。
    「周りの人の役に立ちたいっていうのはとてもいいことだと思う。……でも、そのために無理をしたり、小細工したりはよくないと思うよ」
    「……何のことかな?」
     ミルドレッドの言葉に、牡丹は首を傾げながら答えた。表情こそ普通の中学生だが、灼滅者たちには無言の殺気が感じられた。
    「作り出された幸運の裏で起きた不幸は、運が悪かった……ワケじゃないよネ。そうやって得たトモダチ、いつまでだまし続けるつもりなん?」
    「……意地悪な人達はお仕置きしなきゃだね。お願いしてもいいかな?」
     朱那はできるだけ優しく聞いたが、牡丹は問いには答えようとはせず、笑顔で取り巻き達に命令を下した。


    「ぼたちゃんをいじめる人は許さないんだから!」
     取り巻きの女子たちは、牡丹の命令に従い、灼滅者たちに攻撃を仕掛ける。堕ちかけとはいえ、人を惑わし従わせる力は人外のものだ。
     灼滅者たちは説得に邪魔な取り巻きをどかすべく、それぞれ反撃していく。
    「牡丹さんは他の人を幸運にしていたけど、牡丹さんが振りまいていた幸運は見かけだけで、本当の幸運じゃない。でも本当に牡丹さんはみんなから好かれているんだよ。だからお願い! 目を覚まして、牡丹さん!」
     樹・咲桜(ガンナーズブルーム・d02110)は左手をかざして熱を奪いつつ、牡丹に呼びかける。できれば戦いたくはなかったが、戦いとなれば手を抜いてはいられない。
    「目なら覚めてるよ? こんなこともできるようになったし」
     牡丹は咲桜にウインクすると、掌に魔力を集中させ、一条の光にして放つ。マジックミサイル――ソロモンの悪魔が武器とするサイキックだ。咲桜に迫る魔力の矢を、衛が割って入って受け止めた。
    「こうやって自分から他の仲間を思いやるのを、損得関係……いや、共存ってーのかもな」
     ダメージに顔をゆがめながらも、衛は牡丹をまっすぐに見据える。
    「犬の前に餌ぶら下げて、粋がってるようにしか見えないがね? 確かに損得勘定も有りだぜ? だがそれは、損の部分も受け入れられてこそだ。お前さんは得の部分ばかりを与えて、損の部分から目をそらしてるよな。全てを受け入れてこそ、友情なんだ」
     衛の言葉にも耳を貸さず、牡丹は余裕の表情を崩さない。その間にも灼滅者たちは攻防を重ね、取り巻きを一人、また一人と倒していく。
    「損だから切り捨てて、得だから無理して取り入る……そういうのってお互い疲れちゃわないかな? 友達ってもっと気楽で、でも強い結びつきがあると思うんだ。悪い事して繋いだ関係なんて、お互いを傷つけるだけの偽物だよっ! 心のどこかで後悔してる……よね?」
    「少なくとも、後悔はしてないかな。損はしてないし」
     志藤・勇(勇輝炎情・d03333)が呼びかけるが、牡丹は意味が分からないという顔だ。
    「……人の価値ってそれだけ、なのかな。人の想いって、それだけじゃ計れないものがある……だから、私は、羨ましいし、その気持ちを護りたいと思う。灼滅者として。あなたも」
     心の闇を祓う光になる。それはエクソシストの使命にして茅森・妃菜(クラルスの星謡・d00087)の目指すもの。舞いながら語った妃菜の思いは届いただろうか。
    「牡丹さんは最初から見返りを求めて友達を作ろうと思ったの? 本当は自分はここにいるって知って貰いたかっただけだよね? ……それがいつの間にか自分の行動に対して相手が応えるのが当たり前になっちゃった。でもそれだけの関係は寂しいよ」
    「……うるさい人達」
     緋月の説得に、牡丹はとうとう苛立ちを露わにする。
    「じゃあ、バイバ――」
    「SHOOT!」
     牡丹が戦闘を取り巻きに任せて離脱しようとした時、咲桜のバスターライフルが最後の一人を捉えた。光線を浴びて女の子は気を失う。
    「……今日はアンラッキーかも」
     牡丹は短く舌打ちし、バベルの鎖を己の瞳に集中させた。


     牡丹はダークネスの力を駆使して灼滅者たちを排除しようとしている。そこに一切の容赦はない。しかし、灼滅者は臆することなくサイキックを駆使して立ち向かう。
    「幸運だけを求めてよってくる人は本当の友達なのかな……? そんなことしなくても、周りのためになにかしたいって気持ちをわかってくれる、友達はきっとできるはずだよ?」
    「うるさい」
     ミルドレッドは、牡丹のマジックミサイルを大鎌の一閃で切り払いながら問いかける。牡丹は怒りの表情で拒絶するが、灼滅者が引くことはない。
     マジックミサイル二射目、朱那がとっさに盾になる。小さくないダメージを受けたが、おかげで話すチャンスができた。
    「……寂しかったんだヨネ。損させて欲しい、なんてヒトはいないと思うケド、それが全てじゃ気持ちが、寂しくないカナ。一緒に泣いて笑って、時には損得超えて助けてくれる。そういう繋がりの方が、あたしはあったかいと思うヨ」
     牡丹と視線を交わしながら、朱那は言葉を送る。牡丹はきゅっと唇を噛むと、戦うことも忘れ、大声で叫んだ。
    「じゃあ私は、どうすればよかったの!? 私なんて誰も……」
     緋月は首を振って牡丹の言葉を否定し、自分の想いを返す。
    「私は知ってるんだ。出会ったきっかけはどうあれ、いつの間にか人は、見返りなんかなくても相手に喜んでもらいたいと思うって。それは今の牡丹さんからすると変なことかもしれない」
    「うるさいうるさい!」
    「……そこに絆があるなら笑顔が返って来るんだよ。それほど嬉しいお返しはないんだよ。だから――」
    「私はこれでいいの!」
     牡丹は緋月の言葉を遮り、叫びながら魔法の光を放った。しかし、狙いの定まらない光の矢は、滅茶苦茶な方向に飛んで虚空に消える。
    「転校したての頃は親しい人がいなくて心細かったりしますよね……。私も入学したばかりのときは寂しかった。でも、こちらが心をひらいていけば、少しずつですが友達も出来ていきました」
     途切れた緋月の言葉の先を紡いだのは、ユニスだった。
    「牡丹さん、心をひらいて接すれば、この人の為になら、自分が損をしてでも助けてあげたい、そんな人も現れると思うのです。そんな心の繋がりって本当に素敵で深いものだと思うのです。これから一歩、踏み出してみませんか?」
    「寂しさに負けないでほんの少し勇気出そうよ。素直な気持ちで『友達になろう』ってさ」
    「いいか、ほんとに友達になりたいなら、こうやって言やぁいいんだ。『俺は白鐘・衛だ。よろしくな!』ってね」
     優しく諭すように語りかけるユニスに続いて、勇と衛もそれぞれの言葉で呼びかける。
    「私は……私は……!」
     闇に堕ちかけた心は、一度その力を奪わなければ元に戻すことはできない。心身ともに消耗している牡丹の様子を見れば、あまり悠長にはしていられないだろう。早急に決着をつけるべく、咲桜と妃菜が攻撃を叩き込む。
    「ごめんね、ちょっと痛くするよ」
     ミルドレッドが右手に携えるのは、身の丈には長大すぎるほどのチェーンソー剣。ミルドレッドは迷いなく刃を振り抜き、牡丹の中の悪魔を打ち倒した。


    「ん、んん……」
     ゆっくりと牡丹が目を覚ます。その様子を、灼滅者たちは優しく見守っていた。
    「……」
     牡丹は灼滅者たちの姿を見ると、言葉を失って黙り込んだ。どうしていいか分からない、そんな顔だ。
    「説明がまだだったね」
     ミルドレッドはさっきまで牡丹が置かれていた状況について説明を始める。ダークネスのこと、灼滅者のこと、そして武蔵坂のこと。
    「……そんなことになってたんだ」
     今までのことを悔いているのか、人を超えた力を失ったからか、牡丹の表情はひどく沈んでいて、まるでこの世の終わりのようだった。
    「……ともだち、なる」
     そんな牡丹に、手を差し伸べたのは妃菜だった。ひとりぼっちは、寂しい。それを妃菜はよく知っている。けれど昔、全てを失った時、手を差し伸べてくれた人がいた。だから、今度は妃菜の番だ。
    「牡丹、お前の気持ち一つだが、俺達は友達だぜ?」
    「……友達?」
    「そう、友達!」
     衛の言葉を聞き返す牡丹に、勇が頷く。
    「私、何もしてあげてないよ? それどころか、あんなこと……」
     しかし牡丹は首を横に振るばかり。
    「それでも。牡丹さん……ううん、牡丹お姉ちゃんとボクたちは友達だよ」
    「細かいことは気にしちゃいけないヨ!」
     けれども、咲桜と朱那は笑ってみせる。
    「牡丹お姉ちゃんは嘘をついてたけど、こうやって出会えたことは運が良かったんだってボクは思うな」
    「確かにあたしもそう思うナー」
     そんなやりとりを繰り返して、次第に牡丹も押し負けたようだ。
    「わかったからっ! こう言えばいいんでしょっ? ……私と、その、友達になって、ください」
     牡丹は左に結った髪をいじりながら、右手で灼滅者の手をとった。そっぽを向いているので表情を見ることはできないが、きっと真っ赤になっているのだろう。
     この出会いはきっと巡りあわせ。こうやって出会えた彼女は、もしかすると、本当に幸運の女の子。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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