
●わけもなく壁を叩きたくなる時ってありませんか?
日の落ちて校舎がオレンジ色に染まる時間。冬から春になりかけのこの時期はその時間が長くなっていく時期だ。
たまたまそんな時間、同級生だろうか男女が共に校舎から出てくる。二人が一緒に行く姿は親しげであり、それでいてどこかぎこちなさを含む微妙な間が周りからも見て取れた。見る人が見ればはやしたてて二人の仲を促そうとする人間もいるだろう。それくらいに甘ったるくじれったい、思春期の時期独特の恋愛の雰囲気を初々しいカップルは垂れ流していた。
「………」
そんな二人を見やる少年が一人。微笑ましく見るのではなく、かといって憎々しげな眼差しを向けるのではなく、なんともいえない表情を見せていた。近いのは諦観か寂しさか。
「ちくしょう……俺だって……」
青春ってあーゆーもんじゃないのか。どこいった俺の青春。彼の胸にこみ上げこのやるせなさ。それを腕に込めて校舎の壁を叩く。
「どうして……、どうしてだよ……!」
それに答える人間はいない。その代わりに壁が答えた、拳で。壁からにょきっと生えてきた腕が少年に襲いかかった。
●いつまでも殴られてばかりだと思うなよ。
「カップルのラブラブとか見てると壁を殴りたくなる時ってない?」
「いえ、特に」
有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が真顔で言うのに、水藤・光也(中学生エクソシスト・dn0098)もまた真顔で返した。
「まあそれは置いといて」
クロエはものを置くゼスチャーをしてから話を始めた。
「っていう壁の形した都市伝説がとある学校に生まれちゃったんだ。簡単に言うと殴ると反撃してくるの」
普通の壁は反撃してこない。当たり前である。
「で、被害者が出る前にこの都市伝説を倒して欲しいんだ」
シンプルである。これ以上無いくらいに。
「それでこの壁の出現条件なんだけど……だいたい分かるよね?」
「……壁を殴ること?」
「おしい。『悔しかったり嫌な気持ちを込めて壁を殴ること』だよ」
場が冷えた気がする。どーするんだこの空気。
「仕方ないんだよ! 本当にそうなんだから!」
「つまり壁に向かってストレス解消をしろって事ですね」
「………うん」
目を背けるクロエ。要するにストレスのはけ口にするんなら何でもいいらしい。とりあえず都市伝説が出現すれば分かるらしい。ついでに倒しても元の壁は無傷だから気にしなくてもいいそうな。
「恋人ができないでもお金が欲しいでも成績が悪いでもなんかそういうのを込めればいいんじゃないかな!」
どことなく開き直った口調でクロエは言う。
「一応、反撃もしてくるよ。トラウナックルっぽい攻撃で、あとシャウトで回復もするよ」
基本的に固いだけで攻撃力は高くないようだ、まさに壁。
「まあこの機会に思いっきりストレス解消に殴って来ればいいんじゃないかな! それじゃ行ってらっしゃい!」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100) |
![]() 沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361) |
![]() 梅澤・大文字(手乗り番長・d02284) |
![]() ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839) |
![]() 雪片・羽衣(春告げ蝶々・d03814) |
![]() 石動・勇生(投げる男・d05609) |
![]() 今川・克至(月下黎明・d13623) |
![]() 石川・銀(アーベントヴォルフ・d14887) |
●
校舎の灰色のコンクリートが夕日の橙に染められて色鮮やかになる時間、灼滅者達は都市伝説が現れるという場所に向かって進んでいた。
「ひいふうみいよ……」
雪片・羽衣(春告げ蝶々・d03814)が自分たちの人数を数え始める。果たしてどれだけの人間が(建前上)あの都市伝説を倒そうとしにきたのか。
「合計14人、男子11人、女子3人だね。あ、やっぱり女の子少ない……」
心の片隅にちょっとした切なさを感じる羽衣、でもきっと普通の女の子ならこんな依頼を受けないと思う。しかもわざわざ夕方に時間指定までして。
「驚異の男子率、まさに壁の解体工事にピッタリですね」
そのように言う今川・克至(月下黎明・d13623)は女連れである。もっともその女子は既にまとっているオーラの勢いが違う。
「夕日ってのは男にこそ似合うもんだ」
それは黄昏って意味に取ってもいいのだろうか、梅澤・大文字(手乗り番長・d02284)が腕を組んで背中を見せている。ぶっちゃけ頼り甲斐の無さそうな背中である。
「……ここかね」
石動・勇生(投げる男・d05609)が当該の場所を見つけた。校舎の影にして体育器具庫の前を望めるポイント。数多くの甘酸っぱい思い出と、それを遠巻きにした苦味と塩味のする記憶がニアミスするポイント。
「うわなんかイラッとした」
すでにここに来るまでにいちゃつくカップルとか見てきたのにその発生の場所まで見ることになるとは。沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)はぐっと拳を握る。
「これは蹴っても効果あるのでしょうか?」
「俺は頭突き派なんだけど、壊すんなら拳かね。どっちでもいいんだろうが」
音を遮断するESPを使いつつヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)が疑問を呟き八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)が答える。まあ古来から何かを壊してストレス解消ってのは色々あるので、皿割るとかマシンガンぶっ放すとか。こまけぇことはいいんだよ。
「さてもうそろそろ始めましょうか」
水藤・光也(中学生エクソシスト・dn0098)は斧を手に取った。ここまで来るのに生徒らしき姿に色々見られたりしたけれどきっと大丈夫。ビババベルの鎖。
「虚しさのがでかくなる前にさっさと見つけてボコって倒すぞ」
石川・銀(アーベントヴォルフ・d14887)が拳を構える。
「おら出てこいや!」
銀の手が壁を殴ると同時に都市伝説は現れた。どでん。
●
「壁は殴る、ぶち破る。何故かって?……そりゃお前、目の前に立ちはだかる壁があるからだよ!」
現れたが直後、壁は突然震えた。いきなり宣言された勇生の言葉もそうだが、周りから発せられるどす黒いプレッシャーに晒されたから。怒り、嘆き、憎しみ等々入り混じったそれは見えない力となって壁と灼滅者を飲み込んでいく。生きてれば色々あるよね。ゆらりと虎次郎が壁の前踏み込む。
「駅や路上でイチャついてるカップル! 人前で恥を知れ!! 家でやれ!!!」
光り輝く拳の連打を壁に向かって放つ、彼らはきっと自分の幸せな様子を他人に見せたくて仕方ないんだろう。拳を振るえば振るう程に壁は衝撃以外の何かで震えている気がする。無論それだけで終わらせるような人間はここにはいない。
「リア充爆発しろ!!」
ほぼそれだけを念じながら勇生は殴る殴る。他に恨みでも無いかのごとく、ある意味一途である。ちなみに彼の闇堕ち条件はパーティのリア充度は半分以上ならだ、心配するなそんなことはありえない。だってこんな依頼だから。「いないからこの依頼に入ったんですよっ!」とは克至の弁。
「彼女だの彼氏だの恋人だなんだと!身共等は勉学に勤しむべき学徒だろうが!!!」
サポートだってこんなんである。十三は魔力式ミンチ製造機なる物騒な得物を振りかぶってフォースブレイクってた。
「………べ、別に羨ましいとかそういうわけんじゃないんだからね!!」
うん、そういうことにしておこう。
「おらァ!」
ドゴォっとやっぱり拳を振るう貫、思う所は色々。今は中年男性にありがちな頭部に関わる悩みを込めて拳を振るったようだ。頭にバンダナをしているのがいつものことなら仕方ないかもしれない。ところで毛根は押さえつけ過ぎると痛むということを彼は知っているのだろうか。
「……みんな潔いよね」
羽衣が呟く。何故ならばここにいるのはほぼ全てクラッシャーである。みんなやる気、慈悲はない。というわけで。
「色々やるせないことはあるのよさーーー!!」
彼女もまたここに集うに相応しい人物だったのです。鬼や鬼がここにいる、鬼神変的な意味で。色々と灼滅者達のやり方に耐えかねてきたのか壁はなんとか状況を好転させようと反撃を試みる。そのなんだかわからない灰色の平面からにょきっと腕らしきものが伸びてきてべしん。
「って、うわぁぁん。壁がなぐったぁぁ~~っっ」
泣きながらも殴り返す羽衣、威力が収まるどころかもっと攻撃が激しくなった。理不尽である。灼滅者たちの割り切れない何かを受け止めているのだから仕方ない。
「………」
例えば司のなんとも言えない感情とか。無言で殴り続ける彼にもやはり思う所はあるのだろう。勇生のリア充レーダーにうっすらと引っかかっていたような気もするが色々大丈夫。むしろ青春的なサムシングな気もしなくはない。
「やい、壁! おれこそが! 姓は梅澤、名は大文字! 人呼んで業炎番長、漢・梅澤だ!押忍!」
違う意味で青春の人が来た。
「喰らえ、漢の炎の拳!」
鉄拳にして燃える一撃を叩きこみ、燃え盛る都市伝説を背にマントを翻す漢。だがやっていることはただの八つ当たりである。硬派はどこへ消えた。
「………」
彼とは逆にクールなのはヴァン、なんか見下ろすように壁に蹴りを入れている。他の灼滅者には蹴られたこともないのに!
「塩少々とか胡椒少々とか曖昧な書き方するな」
げしげし。
「こっちは料理なんて、やった事ないんだ。はっきり書け」
とは言われましても。壁も困惑、とりあえず料理の得意な人に聞いてみたらどうだろうか。お好みで、とか適宜とかもあるよね。とりあえず料理本に対する不満を足に込めて蹴り続けるヴァンははたと光也の様子を見る。
「学園はダークネス退治だけしていればいい場所じゃなかったんでしょうか。面倒なんですよ、テスト勉強とか」
学生よ勉強しろ。
「……何でちょっと苦手科目があっただけで最下位付近にいくんだー!」
克至、お前もか。
「そうだよな、ダークネスは絶対倒さねえとな。……トール!」
ダークネスの有り様に思うところがある銀。彼は貫を呼びコンビネーションを仕掛ける。
「分かったぜ先輩! ……我が名は『雷神』!」
ヤールンなんとかと名前もはっきり覚えていない縛霊手に力を込める貫、ちみっと心の片隅で壁相手に格好つけてる自分に疑問を覚えたりしたが気にしない。
「いくぜ!」
二つの抗雷撃が壁を襲う。したたかに殴られた壁はもう少し耐えようとシャウトを行う。べこん。
「………」
あれだ、カップやきそばのお湯を流しに捨てるときに出るあの音。その音と同時に壁の傷が癒えた。灼滅者達が微妙な顔をしている間に壁も反撃を行う。
「……ロックだと思ったらメタルでしたね。壁には違いないですが」
克至はぼそっと。もう少しだけ戦いらしきものは続くようだ。
●
「……貴様の失敗を勝手に俺に擦り付けるな! 良い大人が失敗を認めないで擦り付けるとか恥ずかしくないのか!? 御ふざけだとしても限度があるだろうが! 貴様のせいでどれだけの人数に迷惑、信用の損失が出たと思ってるんだ! 金融システムのシステムエラーがどれだけ影響出るか分からないのか!? 偉そうに椅子に踏ん反り返ってる余裕があるなら貴様が全て直せ!」
何があった流人。閃光百烈拳の一発一発に思いの丈を込めているっぽい。とりあえず大変なのは分かった。
「さて、やっちゃって下さい聖さん!」
克至は闘気を蓄えていた聖を呼ぶ、この中でおそらくはもっとも直近でどす黒い何かを抱えて来た女だ。
「うらぁぁぁぁ! 失恋したんじゃくそぼけええええ! どうせどうせ、チビだもん。どうせどうせ女らしくないもん!!」
美少女設定をゴミ箱にダンクシュートしつつ聖は拳を叩きつける。振られたのは背が低いとかそういう所が問題ではないのではなかろうか。
「壁破壊してやるです。怪人出たら八つ当たり的に殴ってやるです!!」
「げ、元気だせよ……」
大文字が余りの惨状に声をかける。克至はあまりにこの依頼の似合う彼女を見て意を得たような顔をしている。
「はぁ……みんな大変ねぇ」
羽衣さん、あなたもその仲間に入っています。ちなみにもうそろそろ灼滅者の皆さんがトラウマによってひどい目に合う頃合い。
「大丈夫なんでもない」
「空から女の子振って来ないっすかね……この際TVから出てくる黒髪の女の子でも構わないっすわー……」
貫は脂汗垂れ流して全く大丈夫じゃなさそうである。虎次郎にいたっては妄想吐き出し始めた。
「てゆか、ぷにって言うなーーーーー!!!」
トラウマに苛まされながらも羽衣は一発殴っていく。そして戦線をはなれた後膝を抱える。
「うわぁぁぁん、ばかーーーっっ!!!」
そんなシャウト。色んな意味で。なんだかんでもうそろそろ皆現実に戻ってきた感じである。
「君が泣くまで殴るのをやめない!」
まず勇生がひたすら殴りつける。壁は泣かないので殴られ続けるだけ、ひどい。次に戻ってきたのは大文字、加えていた葉っぱは青しさを取り戻し全力状態に戻る。
「ふっ、効いたぜ……さっきのは」
口元を手の甲で拭って立ち上がる。そして改めて拳を握る漢。
「おれは漢だし硬派だし漢だから色恋なんざこれっぽっちも要らねぇ漢の悩みはそんなちっぽけな事じゃねぇ」
そういうのが見えていたと。
「おれは漢として在る為に日々体を鍛えぬき牛乳も毎朝飲んでいる」
下駄を鳴らし漢は壁に近づく。
「のに!」
目をカッと見開き大仰な構えを取る。
「伸びない身長! 増えない体重! 付かない筋肉! 何故だァチキショー! マッチョになりたいよォ! 漢の威厳を体格から発していきたいよォ! モテたいよォ! 彼女欲しいよォ!」
本当に硬派はどこいった。彼に同調して貫も殴る。一緒に友へと自分の思いも込めて。……それ一緒でいいんだろうか。顔は笑っているから大丈夫なんだろう、うん。強くなりたいって言うのは大切なこと。
(「……強く」)
より早く、より強く。銀にはそこまで至れない苛立ちがあった。ダークネスから誰かを守るのに必要なものなのに。彼が振るう拳は壁ではなく彼自身に跳ね返ってきているような気がした。彼にしか見えない何かが彼を襲う。
(「だがな、お前には俺を殴る資格ねーんだ、残念だったな」)
その攻撃を振り払って銀は最後の一撃を壁に向かって放つ。
「お前倒せばきっともっと強くなれるんだ、俺は」
彼が言い終えると同時に都市伝説は消え去っていった。
●
「……ふぅ」
ヴァンは戦闘中は外していた眼鏡を取り出しかけ直す。見る限り都市伝説の気配はもう無いようだ。
「いやー強敵でしたね」
克至のセリフはこの戦いの惨状を示していたと言っても過言ではない。
「……すっきりした!」
「残念ながら壁との友情は芽生えなかったすけど、良いストレス発散になったっす。思いを壁にぶつけて来たんで気分爽快っすわー!」
「友情なんか芽生えたら困るよ」
羽衣と虎次郎は晴れやかな顔で夕日を眺めている。
「すっきり……した……? すっきりしたと思っておこう」
「……すっきりしたというか、心が空虚になったというか……」
「おかしい、ストレス解消のはずが自分の黒い部分自覚してなんか気分が重い。でも楽しい……」
銀と漢、貫はどこか引っかかるところがあるようなないような。まあ当面の不安は何処か行ったようなので良しとしよう。うん。
「ところで今更なんですが物に八つ当たりする位なら体を動かしてストレス発散する方が健康的な気もしますが……」
「ま、まぁ身体を動かすのは(思惑はどうであれ)悪い事じゃないですから! 帰ったらお風呂入ってさっぱりです」
ヴァンの疑問に克至が答える体を動かしたのには違いないから、違いないから!
「帰ってひとっ風呂浴びて、きっと飯が美味いっすよね!」
虎次郎がにこやかに言いつつ一同は解散する。その夜、大文字はしょっぱいご飯を食べたらしいがそれはまた別の話。
| 作者:西灰三 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
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