温みの雨

    作者:

    ●悔恨
     ―――ごめん、父さん。

     自分を責める何かの声が、頭の中にガンガンと響いている。
     目の前に立つ父の瞳は、かつての温かな榛の色を失い、血の様な赤さを湛えていた。
     素直になれずに、帰って来るとろくに挨拶もせず部屋に引っ込んでしまったりした。
     父と顔を合わせない特別な理由があったわけではない。意味なんて無かった。ただイライラしていたその原因は、自分でもよく解らない。
     どんなに疲れていても辛い時でも温かく微笑んでいてくれた、優しい人であったのに。
     悩ませていると知っていた。自分が悪いことも。ごめんと言えなかった臆病な自分を、今更悔いても遅くて。
     闇に呑まれていく体を見つめる。目尻に、冷たい雫が落ちた。
     何が起こったのかは解らなかったが、自分を蝕むその闇に、もう勝てる気はしなかった。
     
    ●雨の夜
    「向かって貰うのは、秋田の私立高校よ。そこで、長崎・莉央(ながさき・りお)くんを――救出できなければ、灼滅して欲しい」
     教室の椅子に腰掛け、唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は机上のノートに目を落とした。
    「彼のお父さんは穏やかな人で、反抗期の莉央くんにも優しい笑顔で接していたし、会社でも人当たり良かったみたい。でも、だからって日々何も感じていないわけじゃない」
     莉央の父も人。仕事、家庭、様々なことに悩んでいた。
    「お父さんの闇堕ちは、別に莉央くんだけが原因じゃないと思うわ。心の中のいろんな原因が絡み合ってしまったんだと思う。ただ、お父さんの人格を奪ったダークネスがヴァンパイアだった為に――」
     ヴァンパイア。元人格の血族や愛する者を、一緒に闇堕ちさせる性質を持つダークネスだ。
    「――莉央くんも、巻き込まれて一緒に闇堕ちしようとしているわ。今すぐ彼の元へ向かって欲しいの」
     莉央は、夜の校庭に現れる。天候は小雨だが、見通しは良く、明かりの点でも視界は十分。校庭の土の状態も問題無い。
     別人格のヴァンパイアが凶暴なのか、人と見れば確実に攻撃を仕掛けてくると姫凜は言う。
    「校庭の中央に立っていれば、彼は校門から現れるわ。人を殺そうと徘徊している様だから、あなた達を見つけさえすれば仕掛けてくる。……救出ができるかは、私には解らない」
     莉央は今、戻らぬ父への懺悔に心を強く囚われている。自分を責めるダークネスの言葉を、ある意味で受け入れてしまっているのだ。
     しかしもしも、彼が灼滅者としての素質を持つならば、闇に打ち勝ち、自分を取り戻すことができるかもしれない。
    「……東京は、雨なのね」
     不意に、姫凜は教室の外を見て呟いた。今日の東京は雨。例年よりも早く咲き始めた桜が散ってしまうかもと、生徒達も気を揉む残念な天気。
     折角春なのに、と呟いた生徒へ姫凜は微笑み、私は、と返す。
    「私は、雪が雨に変わった時に冬の終わりを感じるわ。……雪融けの、季節だものね」
     雪融かし、静か静かに雨は降る。
     送る姫凜は願う――どうか彼の冷え切った心にも、雪融かす、温みの雨を。


    参加者
    杉下・彰(祈星・d00361)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    皇・銀静(中学生ストリートファイター・d03673)
    倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)
    水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)
    エフェリア・エヴァレット(絹薔薇・d11080)
    桜木・和佳(誓いの刀・d13488)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)

    ■リプレイ

    ●遠い春
     差しかける傘を傾け、久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)は雨模様の空を見上げた。
     秋田は、桜花の春にはまだ早い。校庭に立ち並ぶ木には『ソメイヨシノ』とプレートが掲げられていたが、蕾は固く、視界には未だ残雪も見える。
     もしも桜咲いていたなら、何処か寂しい夜雨の景色は華やかに見えたのだろうか――花も盛りの東京から一転、未だ冬気配残るその地に、灼滅者達は立っていた。
    (「血族まで巻き込むとか性質が悪い……」)
     空よりなお強い青を瞳に湛え、水無瀬・楸(黒の片翼・d05569)は校庭の真ん中から少年・莉央の現れる校門を見つめていた。
     ダークネスの存在を厭うのは楸にとっても当然のことではあったが、彼を蝕んだダークネスの性質には、心穏やかでなど居られない。
     ヴァンパイア。闇の貴族たる彼らは、元人格のみならず、血族や愛する者をも巻き込み闇へと堕ちる。
     そして、今日対峙するのは、その宿命から救い出せるかもしれない命なのだ。
     ぱしゃん。
     静けさを割って鼓膜を揺らした水音に、エフェリア・エヴァレット(絹薔薇・d11080)は伏せていた銀の睫毛をそっと開いた。
     校門を見遣れば、エフェリアのアメジストの瞳が、水溜まりを踏む赤い瞳の少年の姿を捉える。
    「……愛されていたから道連れになるなんて、悲しいわ」
     言いながら正面から少年を見据え、向き合った。
     必ず救える、とはエクスブレインは言わなかった。でも、救けたいから此処へ来た。その心は今居る灼滅者全員が抱く思い。
    「……『我が血は刃なり』」
     手にしたスレイヤーカードを掲げ、桜木・和佳(誓いの刀・d13488)は戦いの時を告げる解錠の言葉を発した。徐々に速度上げ近付いてくる人影の虚ろな瞳に、好戦的な光が宿ったからだ。
     倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)が静かに1つ、溜息を落とす。心の中抱く葛藤を捨て――戦う自分へと移ろうための、それは儀式。
     間近に迫った莉央を見て殺界を敷く楸の後ろ。弓を手に佇む杉下・彰(祈星・d00361)は、瞑目によって落ちた涙をそっと拭う。
    (「……言葉に、ならない……」)
     押し寄せる、感情の波。この切なさが何なのか、心に問うても答えは出せなかったが――1つだけ確かなこと。
     戦わなければならない。
    (「彼を、このままにしておきたく無い。だから……」)
     自然溢れた涙はそのままに。決意を胸に彰が顔を上げた時、跳躍した莉央が、血の様な緋色のオーラを手に慎悟朗へと踊りかかった。
    「私の推理が正しければ、長崎・莉央さん。貴方が今回の事件の犯人、ヴァンパイアですね!」
     慎悟朗の盾に弾かれた攻撃に後退した莉央へと、探偵コートを翻す星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)は声を張った。
     対し、莉央は戦いを愉しむ歪んだ笑顔を浮かべ、応じる。
    「当たり。ヴァンパイアの莉央くんでーす」
     雨音の中、にぃ、と笑む少年から軽薄に声は響く。
     『今は』、ヴァンパイア。その奥に潜む莉央の気配を掴むべく、灼滅者達の戦いが幕を開けた。

    ●波紋
     莉央の放つ緋色の逆十字を無敵斬艦刀で受けた皇・銀静(中学生ストリートファイター・d03673)は、拮抗した力を後ろへと受け流し、身を翻した。
     ぐらりと態勢を崩した莉央へ、両側からエフェリアと和佳、2つの影が襲い掛かる。
    「貴方の悲しい顔、見たくない」
     指先1つで影を駆ったエフェリアの声を耳に、銀静は注意深く莉央の様子を窺う。
    (「自分の所為で…… その悔恨に、どう向き合えばいいか……」)
     目前で影の呪縛を受けた莉央からは、闇堕ちした父への懺悔の念など到底感じられない。
     つまり、表に出ているのはダークネスだ。莉央へ掛けるべき言葉を探りながら、確実にダークネスを追い詰める手を講じなくてはならない。
    「闇に身を任せる……その選択は本当に正しいのですか!」
     銀静は拳に雷の闘気を宿し、左脇腹へと撃ち出した。確かな手応えに、もう一撃を回り込んで右脇腹に撃ち込むと、莉央から煩わしそうな溜息が落ちた。
    「もー、邪魔しないでよ。折角あと一歩なのに」
     莉央のその言葉から人の心は感じられない。
     しかし、『あと一歩』という言葉が莉央への支配を指すならば、掛ける言葉は莉央へと届いているということだ。ならば、今は続けるしか無い。
    「親父さんを『奪った』闇に身を委ねちゃうの? やり返してやるってコトすら思わずに?」
     死角から飛び出しティアーズリッパーを見舞いながら、楸が耳元で放つ言葉は、否定だ。
    「うだうだ後悔するコトもなくなる。闇に身を委ねちゃえば楽だよねー。……つまり君は、手に負えなくなったから逃げるんだ? 自分の感情から」
     挑発的に言いながら、一閃して即、後方へ飛び退る。空いた空間へ間を置かず綾が飛び込み死鎌を降り抜くと、莉央の体から鮮血が飛び散った。
    「仕方無いよ。だって最低だもんコイツ」
     しかし、斬り付けられて尚けらけらと酷く愉快そうに莉央は笑った。
    「解ってたんだよ? 自分が父さんを傷つけてることも、悩ませてたことも!」
     マジックミサイルを繰り出しながら、彰は莉央の放つ言葉に悲しく顔を歪める。慎悟朗もぐっと手に持つ斧を握り締めた。
     父親が闇堕ちしてから莉央はずっと、こうして1人ダークネスに責められ――受け入れ続けていたのだろうか?
     魔法の矢の着弾にも笑みを崩さぬ莉央へと、暫し逡巡した後、綾ははっきりと思いを告げた。
    「――そうですね、貴方は最低ですね長崎さん」
     綾の率直な言葉に、灼滅者達も一瞬驚いて顔を上げた。肯定されると思わなかったのだろう、驚きの表情を浮かべた莉央へと、綾は更に言葉を続ける。
    「お父さんだって人の子です、……時には嫌な思いをすることもあったでしょう」
     仕事で辛い思いをすることも、冷たく当たる家族の事で悩むことも。
     生きる人ならば当たり前の感情を、莉央の父だけが持っていないことなどあり得なかった。闇堕ちするほどに1人悩み苦しんだ事実を、綾には否定などできない。
     しかし、それでも莉央の父がずっと笑っていたというのなら――ダークネスへの追い風かと思われた綾の言葉は、一瞬にして反撃へと変わる。
    「でも、お父さんが貴方のことを嫌いだったなんて事は絶対思わないでください。辛い思いを飲み込むのも、悩みを見せずに微笑むのも……全部家族を、貴方を愛していたからに決まっているじゃないですか」
    「………!」
     一瞬、莉央がぐっと息をのむのが解った。
     追い詰めるなら今。ビハインド・黒薔薇がサーベルを降り抜く中、エフェリアは祈るように瞳を閉じる。
    「貴方はまだ、自分を責めなければならないようなことはしてないわ」
     胸奥に抱く記憶を手繰っては、瞳に悲しみを湛えて。愛する人が闇に堕ちた莉央の悲しみが、自分のそれと重なる。
     やめろと呟く莉央の瞳に、人形の様に静かに佇むエフェリアが映った。美しい銀糸の様な髪が、落ちる雨粒にぱたりと鳴る。
     ――雫が、まるで涙の様。
    「ねぇ、まだ間に合うよ。本当に後悔してしまうことはしないで」
    「黙れ……黙れ!!」
     叫びながら、頭痛にでも苛まれる様に頭を抱える莉央――ダークネスからは、明らかに余裕が消えていた。

    ●心へ寄せて
     楸の炎が莉央へと奔る。呼吸を合わせて前へ飛び出した和佳は、炎から逃すまいと足元の影をずるりと伸ばし、莉央の足を絡め取った。
    「お父さんが変わってしまったのは、あなたのせいじゃ、ない」
     言いながら影手繰る少女の、表情こそ変わらない。
     しかし、ダンピールである和佳は知っている。ヴァンパイアの闇堕ち、その性質が持つ理不尽も、悲しみも。
     決して人事では無いからこそ、届けたい思いがある。
    「莉央さんを闇が蝕むのは、お父さんが誰よりあなたを愛していた、から。だからこそ、お父さんはあなたが闇に飲まれること、望んでない」
    「父さんのことを思うなら一緒に闇堕ちしちゃだめだよ」
     続いた声は、織兎だ。和佳の影から解放された莉央へと、追尾する様に織兎の影が迫り、飲み込んでいく。
    「父さんが闇落ちして嬉しい? ……嬉しくないよな。同じことだよ。莉央くんの闇堕ちなんて、そんなの元の父さんは望まないよ」
     影に喰われ苦しげな表情の中にも笑みを浮かべた莉央は、はっ、と鼻で笑う。
     まるで自分に言い聞かせる様に、対の言葉を吐き出した。
    「莉央のせいじゃ、ない? 何言ってんの、莉央だって立派な理由の1つだ! 勝手貫いてたんだよ、苦しめてるの知っててさぁ!」
     叫んで、莉央は魔力の霧で体を包む。刻んだ傷が癒えて行くのを見て、慎悟朗は前へ駆けた。
     事実、そうだったかもしれない。当たり前に過ぎる日常の中、当たり前だからこそ莉央が自分に許した父への甘えが、父の心を追い込む理由の1つであった可能性を、もう確かめる術は無い。
     でも、―――それでも。間合いを詰めた慎悟朗は、怒り誘う盾の一撃を真正面から打ち込むと、肉薄そのままに、莉央の心へ訴える。
    「……君が暗い衝動に突き動かされているのは君の父親の影響だ。だが、それは彼が望んでそうしているわけではない」
     己がどんなに辛くとも息子の甘えを許した莉央の優しき父が、莉央の闇堕ちを望む筈は無いのだから。
    「恐らく父親とはもう会えない。……君は後悔だけを胸に抱いて終わりたいのか?」
     ダークネスの責めに折れてしまった莉央をこのままで終わらせない為に此処へ来た。
     真っ直ぐな慎悟朗の言葉に、莉央の表情が一層険しく怒りを刻む。
    「……煩い! お前のせいだ莉央! お前の……っ」
     後方へ吹き飛んだ体を立て直し、叫びながら頭を掻き毟って苦しむ莉央。
     しかし突然、その動きがぴたりと止まった。
     ――空気が変わる。
     もしかしたら。身を震わせて腕を下ろす莉央が戦っている様な気がして、彰がそっと、確かめる様にその名を呼びかけた。
    「……長崎、さん?」
     小雨降りしきる戦場へ響く、柔らかな彰の声。振り向く莉央の瞳は、変わらず紅。
     しかし、続き放たれた彼の言葉こそ、灼滅者達が待っていた声だった。
    「……やっぱ……り、父さんは、もう………帰って来ないんだね……?」

    ●温みの雨
    「長崎さん!」
    「莉央くんっ!」
     雨音の中確かに聞こえた声は、苦しげではあったけれど――それまでの莉央の声とは明らかに違う、人の温もりを帯びていた。
    「俺は、莉央くんに闇落ちから戻ってきてほしい!」
     安堵の柔らかな笑顔で織兎が掛ける言葉に、莉央の表情が切なく歪んだ。
    「戻ってくれたら、すごく嬉しいよ」
    「……!」
     ダークネスの責め苦に1人耐え続けて来た莉央へ送る織兎の優しさと笑顔が、莉央の心を掴み、更に現実へと引き戻す。
    「長崎さん、あなたは知っています。お父さんは優しい人だって……!」
     癒しの風を戦場に喚び起こして、彰は一際大きな声で訴えた。
     救け出せる――そう確信したから、溢れる涙に負けず、心で叫ぶ。
    「お父さんの笑顔は、誰かの……長崎さんの幸せを願う笑顔だって知っているから、悲しくて寂しくて辛くて、どうしようもなかったんでしょう?」
     莉央を見て感じる、この切なさの正体は自分でも解らない。でも彰は、莉央のためにも、自分の為にも彼を救い出さなければならない気がしていた。
     願い乗せて吹く彰の癒しの風は、前に並ぶ仲間達の傷を瞬く間に塞いで行く。
    「真に後悔し償うのであれば! 貴方は生きなくてはいけない!」
     吹く風にも、降る雨にも負けない様に声を張り上げ、銀静が莉央へと肉薄した。無敵斬艦刀の薙ぎの一撃が、莉央の体を打ち、吹き飛ばす。
    「『それ』の言葉に従うな! 誰も貴方の死を望んではいません! 当然貴方の『本当の』お父さんも!」
    「莉央さんが、お父さん、好きって気持ち、残ってるなら抗ってほしい……!」
     喋るのが苦手な和佳が、伝えるべく自分の渾身で思いを叫んだ時――かくんと、ついに莉央の膝が折れた。
    「……親父さんは息子である君を道連れにするコトを望むような酷い人だったのかい?」
     楸が、軽やかに跳躍する。
     オーラの集束する拳を掲げて、戦意を封じ震える少年へと打ち出した連打。それが、彼を救う最後の一撃となった。
    「違うって言うなら証明してごらん? 君を蝕む闇に抵抗するコトで。そして、生きるコトで、さ」
     笑んで繰り出した楸の拳が、ひゅっと音を立てた。
     灼滅者も莉央もずぶ濡れだ。動いていたとはいえ冷え切った体は、早々に温めなければ風邪をひいてしまうかもしれない。
     ―――でも、何故だかこんなにも胸が温かい。
    「……貴方のお父さんが愛した貴方を、どうか助けてあげてください」
     探偵帽をきゅっと被り直して。微笑む綾が見守る中、とっさに差し出された織兎の腕の中に倒れた莉央は、ボロボロでも確かな命の温もりを宿していた。

     目を覚ました莉央は、柔らかな榛色の瞳をしていた。
    「溜め込むのって辛いでしょ?今ココで思いっきりぶちまけちゃいな」
     被せたタオル越しに莉央の頭をポンと撫でて、楸は笑った。織兎がその後を引き継ぎわしわしと髪を拭いてやると、莉央は漸く少し微笑んで、ありがとう、呟いた。
     今日莉央の身に起こったことは、既に説明されている。一緒に行くかと差し出された銀静の手を、莉央は驚くほど迷わず取った。
    「俺は忘れない。今日のことも、……俺が父さんにしたことも。忘れちゃ、いけないんだ」
     涙を堪えているのだろうか、肩を震わせて莉央は言う。
     灼滅者として生きれば、ヴァンパイアとなった父に会うことはあるかもしれない。しかし、そこに莉央の愛した父はもう居ない。
     その現実は、これからもずっと莉央を責め続けるのかもしれないけれど。
    「……負けちゃ、だめです」
     そっと、彰がその背に触れて言葉を紡いだ。
     思いを伝えるに遮るものは今、雨音くらいしか無いから――言葉の中に確かな温もりを宿して、その心へと、彰は直接語りかけた。
     地に染む、この雨の様に。
    「優しかったお父さんの、笑顔に報いる方法は……幸せになることしか、無いじゃないですか……っ」
     涙に震える彰の声を背に、慎悟朗は空を見上げた。
    (「此処にはまだ、桜は咲いていない」)
     空は暗く、景色はモノクローム。この景色が満開の桜に彩られるのは、あと半月ほど先のこと。
     しかし今――大地に残る雪融かし、静か静かに雨は降る。
    「……そのうち桜が咲くように、きっと良い事もありますよ」
     生きるのならば。今は雨でも、時は、季節は平等に、誰にも絢爛の景色を見せる。
     やがて、春は訪れるのだ。
     強くなろうと堪える少年の涙の代わりに、温みの雨は降り注ぐ。
     地へとあとからあとから落ちるそれは、白き景色を虚ろと化して、春の訪れを待ち望む。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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