はなよりだんご

    作者:高遠しゅん

    「桜もよいが、団子がないのは寂しいと思わないか」
     春休みの空き教室。なんとなく窓から見える桜を眺めながら、何の前フリもなく唐突に呟いた櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)。
     頭の中に春でも来たのか、それはめでたい。なんて事を思われているとはつゆ知らず。伊月は安っぽいチラシを差し出してきた。
    「近所の公園で、こんな催しがある。よかったら行ってみないか?」

     なんでも、桜並木の下でお茶席だそうな。
     お茶席と言っても堅苦しいものではなく、公園で和菓子と抹茶を楽しもうという気楽な会らしい。学園の近所の町内会が主催している。
    「和菓子は花見三色団子や桜餅、抹茶は苦手な者もいるから、抹茶ラテにしてもらうといい。少し渋いが、甘くて小学生でも美味しくいただけるそうだ」
     住宅地の真ん中、ご近所の皆様も参加するので大騒ぎはしちゃいけない。加えて、時間はおやつどき。そう広い公園でもないので、恋人同士ふたりきり、とろり甘い雰囲気でというわけにもいかないけれど。

     ぼんやり空でも眺めながら、気の合う仲間とのんびり甘いもの。
    「入進学の時期ではあるが、宿題があるわけでもなし。たまには羽を伸ばして、頭を空にするのもいいと思うぞ」
     ご一緒に、いかがですか?


    ■リプレイ

     そろそろ桜も見納めの時期。
     葉桜も目立ってきたこの時期にも花は次々と咲きほころび、そよ吹く風に花びらを泳がせては人々を魅了する。
     初老の婦人が伴侶と共に空を見上げ、幼い子供達が歓声を上げて駆け回り。母親達の笑顔が子供達を見守る。
     春の休日、おやつの時間。

    「ん、苦くて頭が冴えるわ。和菓子も美味しいし」
     律花は桜餅をかじってから、抹茶をひとくち。隣の春翔を横目でちらり。
     話したいことが沢山あるのだが、うまくまとめられず言葉を継ぐことができない。
    「……言いたい事、聞いてほしい事がたくさんあったはずなのに。花の前では霞んでしまって、言葉にならないね」
     これからのこと。進路や進学、家のこと。それから……
     やっとそれだけ紡ぎ出した言葉、春翔は言葉にせずとも理解しているという様子で、一瞬ためらった後、ぽん、と励ますように彼女の背を軽く叩いた。
    「言葉に出来そうな時に話してくれればいい。それまで待つから」
     ふわり微笑む律花、その言葉が一番嬉しいと。
    「ありがとう、側にいてくれて」

     抹茶ラテとお団子と、桜餅。紫にはどれも美味しそうで選べない。
    「うーん……殊亜くん、別々の頼んで一口交換しない?」
    「じゃあ俺は桜餅にしようかな。もらってくるね」
     抹茶ラテ片手に桜餅と花見団子、両方を小皿に乗せて持ってくる。
     二人でいただきますと手を合わせ。串に刺さった花見団子、一番上の桃色団子をひとくちで頬張る。
     中身はとろり桜ソース、見た目は花見団子でも手を抜いていない証。口に広がる春の息吹に幸せそうに頬を赤らめると、そういえば、と隣の殊亜にあーんと差し出す。
     あーんと白団子の中には甘さ控えめ白練り餡。食べさせてもらうと殊更美味しいのは何故だろう。
    「はい、ひとくち」
     差し出した桜餅を、紫がかぷりとひとくち。
    「! 半分以上も!! このほっぺかー?」
     柔らかなな餅よりもふわふわな頬をむにむにむに。
     二人笑っていると、ふと目の前で見上げる小さな子供の顔に気がついた。
    「ご近所の人達もいるんだっけ!」
     慌てて高校生のお兄さんお姉さんに戻り、二人目を合わせて照れ隠しに微笑んだ。

    「花より団子とは……誰が言った言葉でしょうかねぇ……」
     【忘れられた一室】のひとり、流希はのんびりと抹茶をすする。女の子達を連れて芝生にレジャーシートを敷いた、年下の少女ばかりの顔ぶれの中、一人の高校生男子では引率のお兄さんだろうかと思いながら。
     お盆に大量の桜餅を山積みにして、幸せそうにもぐもぐするのは黒那。智も隣でほんわりと桜を眺めながら団子をもぐもぐ。
    「水晶さん……どうです? 桜餅団子ですよ~。はい、あーん」
     団子の串に桜餅をみっつ刺して黒那にそっと差し出せば、もぐもぐと黒那が釣れた。
     そんな様子を夏枝はほのぼの見つめ、ミルクに抹茶と砂糖を溶かす。まろやかなラテは苦さが苦手の少女達に大人気。
    「皆さん、お菓子もいいですが桜も綺麗ですよ?」
     誰も聞いちゃいないのは承知の上。
    「大目標はオリンピック優勝よ!」
     とても大きな将来の夢。加古は抹茶ラテ片手に力説する。
     中学に進学したら部活に入って、体を作りつつ技術を身につけて……夢は大きくたくましく。目標を高く持ち努力すれば、なれないものなどなにもない!
    「自分の将来の事となると考えたことも……」
     感心しつつ、真琴は首を傾げて思案顔。
     甘い甘い抹茶ラテと桜餅、お腹がいっぱいになってくると考え事より早く睡魔が襲ってくる。難しいことを考えるのはあとにして、今を楽しんだっていいよね。
     ころりころがった先には宗無のひざまくら。
     桜を愛でながら無心にお団子をほおばっていた宗無、ぐ、と喉を鳴らして咳き込んだ。
    「……いくら食べようとも、柳生にとっては、これくらい、造作も……」
     喋るたびに苦しげに息をつく宗無の背中を流希がさすり、微苦笑する。
    「春ですねぇ……」
     ひらり花びらが彼らの上に降りそそいだ。

    「隣、空いてます?」
     片隅のベンチ。ぼんやりと抹茶ラテ片手に空を見上げていた伊月は、瑛の姿を見ると遠慮なくと端に寄った。教室で見た顔はしっかりと覚えている。
     淡い色をした空と木々を渡るそよ風、舞い散る桜の花びらに、しばし言葉を交わすことなく茶菓子を口に運ぶ。
     何も考えず平穏の中にいられることは、灼滅者にとってもエクスブレインにとっても貴重であることは同じだった。
    「……血の繋がった家族って、どんなものなんでしょうか」
     ふとした瑛の呟きに何かを察し、伊月はそうだな、と小さく呟きラテを飲む。
     先日の戦いで、倒すしかなかった青の巨獣。彼もまた家族と共にこんな日々を過ごしていたのだろうと思うと、胸が痛むのも変わらない。
    「時々電話がくるのだが、何を話していいかわからなくなる時があるよ」
     伊月の答えに瑛もまた察したのか、深く問うことはしなかった。

    「ゆっくり話すのも久しぶりな気がするでゴザルな」
     ウルスラは日本の春は初めて、初桜に初花見。親友と一緒となれば胸も弾む。
    「お菓子に桜の葉を巻いてしまうなんて、面白いことを考えた人もいるものですわよね」
     桜餅と団子の乗った皿を手に、しげしげ眺める由良。ふたり仲良く桜餅と団子を分け合いながら、はずむ話は自然と恋の話に流れていく。
    「それで、気になっている相手のかたと進展はありましたの?」
     由良にストレートに訊かれ、ウルスラは一瞬呼吸が止まる。視線をあさっての方向に逃がしながら、
    「せ、拙者の、その、気になる人でゴザルか……」
     顔は真っ赤、声が裏返るのもご愛敬。由良は愛らしい様子を微笑ましく見守っている。
    「まだまだ憧れている、という距離感でゴザルなぁ」
     恋に恋するお年頃。
     頑張れ、というように花びら混じりの風が二人の髪を撫でた。

     なんだかすごい緊迫感。
     前髪で隠れた之裕の顔を一目見ようと、朝恵は真剣なまなざしだ。
     飲物を飲む時がチャンス、と思えば
    「マイストローなの……!?」
     どこから前を見ているのかもわからないが、之裕はどこからか取り出したストローで抹茶ラテを飲み始める。
    「いやぁ便利だよねストロー。顔を出さなくて良いんだから」
     桜餅は小さく切って準備して、
    「あ、あっちの空にヒヨコ形のUFOが!」
    「ふええ! どこどこ!?」
     余所見の隙に、華麗に髪の隙間からいただきます。
    「ああっ!」
     実は心臓ばっくばくいってるのは秘密です。
    「甘い甘い! 私の素顔を見ようなんざ80年早いね」
     むむむと唸る朝恵も、ふーと息をついて桜餅をぱくり。
    「わかったの、いつか見せてくれればいいの。今日は桜見るほうがんばるの!」
     見上げれば花。二人はいっしょに微笑んだ。

     花の下にシートを敷いて集まった、真新しい中学制服を着込んだ一団は、井の頭キャンパス中学1年C組。学校が始まるよりほんの少し早く、制服を着てお花見に。
    「みんなすごく、おにいさんおねえさんぽくなった!」
     憧れていた中学制服。千佳は瞳をきらきらさせてクラスメイトたちの姿を堪能する。
    「みんな似合ってるよ! かわいいかわいい!」
     天花も自分と友人たちの晴れ姿を心に焼き付けた。新学期から毎日この制服で学校に通うのが、楽しみでしかたない。
     ひとつ大人になった記念に、お抹茶をいただく者数名。思いきってひとくち飲んでみて、
    「あ、やっぱり苦い」
     呟く希紗に同意の手が上がる。でもこれがきっと大人の味。お抹茶が苦いから、桜餅がいっそう甘くて美味しい。
    「制服変わると中学生になったんだなーって気がするよね」
     リコが桜餅をぱくつきながら、そろり抹茶を口にする。ラテにしないのは彼女の意地。だって中学生になったんだから!
     そうして話題は中学生になった抱負について。
    「身長は、これからですよ。成長期はこれからです」
     あともっとカッコイイ男になると、抹茶ラテを飲みながらアンリエルは拳を握る。大丈夫、男子の成長期は女子より少し遅れてくるものだから。
    「あ、あの、その……もう少し、運動できるように、なりたい、な」
     着慣れない制服、苦い抹茶に少し戸惑いながらも、雅歌が囁くように口にした。声は小さくとも、決意は固い。
    「それと……今日みたいに、いっぱいおでかけしたいな」
     全員の顔が輝く。桜を見ることも忘れるほど、今日はとても楽しいから。
     またみんなで遊びに行こう、春も夏も、秋も冬も。

     そっとベンチの隣に座れば、伊月は日差しにうとうとしている様子。静佳は小さく微笑み、抹茶の椀を両手に包んだ。
     かくりと頭が落ちそうになり、慌てて隣に目をやる伊月、眼鏡が少しずれている。
    「すこし寝不足なのかしら、目の下に……ほら」
    「かもしれない。昨日はつい夜更かしをしてしまった」
     気を使わせまいとするエクスブレインに、静佳は小さく、微かな声で。
    「……見つけてくれて、ありがとう」
     ひとこと感謝を伝えたかったと、囁くように。
    「私の力ではないよ。君の声はとても強かった。君と灼滅者の皆の力だ」
     残り少ない抹茶ラテを飲み干し、伊月が微笑む。
    「あの、もし、もしも……よければ」
     きゅ、と抹茶の椀を包む手に力が入る。
    「ともだち、になりたい、の」
     それは本当に小さな声だったが、強い意志を感じる声。
    「私でよければ、喜んで」
     伊月は迷うことなく答える。
     ふわり飛んだ花びらが、静佳の椀にひとひら浮かんだ。
     
     芝生の上に緋毛氈。
     本格的な茶会風に仕立てた席で【電脳部】の二人は、場を仕切る部長のアレクセイの長い長い説明を聞いていた。
    「こういうときは正座するんです正座、桜餅を食べるときは端から切るように……」
     立て板に水とはこのことか。途切れることのない蘊蓄と礼儀作法指導に、沙雪とティナーシャは少々あきれ顔。
    「リョーにぃ、ありがとうございます」
     沙雪が皿を受け取り、いただきますとばかりに桜餅に手を伸ばすと、
    「齧り付いちゃいけません」
     そろそろ聞き流したくなってきたので、はいはいと生返事のあと思いきってかぷり。
    「甘くておいしいのです。ゆっくり味わうのです」
    「さすが部長はいろいろと詳しいのです」
     そろそろ足が痺れそうだけど、ティナーシャは頷きながら真剣に聞いている。抹茶をいただきながら空を見上げれば、散る間際いっそう咲き綻んだ桜が目に飛び込んでくる。
    「いつかロシアの春と比べてみたいのです」
     故郷の短い春も美しい。長い冬があるからこそ、春が待ち遠しく咲く花も美しいのだ。
    「はー、よくしゃべりました。茶がおいしいですね」
     長い長い説明の間に冷めちゃったけど。
     ひと息に飲み干すと、アレクセイはお茶とお菓子のおかわりを取りに行く。見送る部員二人、なんだか部長の足がふらついているように見えたのは気のせいか。
     しばらくの後、両手に盆を持った部長が戻って――
    「うぉわっ!!」
     膝がかっくんして転んだ! 宙を舞うお盆二つ。
    「ああっ!!」
     ティナーシャが灼滅者の動体視力と反射神経で、お盆二つをとっさにキャッチ。周囲の一般人さんたちから歓声が上がる。バベルの鎖さんありがとう。
     だが、慣性の法則までは止められない。浮いた桜餅ひとつが、悲鳴に振り返った沙雪の口にホールインワン。周囲から拍手喝采。バベルの鎖さん本当にありがとう。
    「はー……これは我ながら神業なのです」
     ご近所の子供達にかっこいいと憧れのまなざしを向けられるティナーシャ、の隣で。
    「……リョーにぃ。何か言い残す事あるですか?」
     沙雪は桜餅をもぐもぐしながら、地を這うような低音で訊く。
    「……特にありません。それじゃ」
     アレクセイは逃げた。後ろを振り向くことなく、本気で逃げた。

     ここは【大帝都草野球クラブ】の面々が賑やかに談笑している。
     大人数、桜も花を主張してはいるのだが、どうにも食い気の方に走る面子が多い。
    「さあ、沢山もらってきましたよ。どんどん食べてくださいね」
     ご近所のお茶処を手伝ってきた団長の鋼人は、団員のためにお盆に山ほどの茶菓子をいただき満面の笑顔。
    「公式戦始まったら結構忙しいもんねー、ノンビリしてていい感じ!」
     南が桜を見上げ、手を伸ばした先の桜餅を僅かの差で先に取ったのは武道の手。
    「って、たけちゃん横から掠め取らないでよね!」
    「俺は団子が怖い。和菓子が怖い」
     見ないようにしてぱくぱく。今度はお茶が怖いらしい。
    「俺、軟式野球ってのは透明ランナーとか走者にボールをぶつけたらアウトとか、特殊ルールがあるもんだと思ってたぜ」
    「ありませんよ」
     スポーツマンスマイルの団長が、爽やかに突っ込んだ。
    「今月から公式戦が始まって、僕らの野望……全国優勝する第一歩を踏み出しました」
     なんか演説し始めた。
    「およ? 室武士さんから公式戦に向けて一言あるようです。もぐもぐ」
     団子番長を自称する真澄が、両手に花ならぬ団子で解説まで始めた。
    「まあ、今の僕等はCクラスなので、数年は縁はありません!」
     団長の真夏の青空に浮かぶ雲のように真白な歯がきらりと光る。
    「なあなあ、知ってる? 球みたいに丸い物をいっぱい食うと、野球上手くなるんだぜ!」
     もっともらしい嘘八百を並べ立て、周囲に花見団子を勧めてまわる和己。もちろんそんな訳はないけれど、信じていれば上手くなったりするかもしれないじゃないか。
    「見てください、緑の串団子並べたらスリーボールです! ピンチですよピンチ!」
     真澄は解説どころか実況まで始めてしまう。
     ふわりとしたノースリーブワンピースにカーディガンを重ねた織姫が、花を見上げて笑った。
    「もうすぐ草野球大会があるんだよね! 楽しみだね!」
     大会は私のロマンなんだよと、ひとしきり語って渇いた喉に抹茶はやはり苦かったけれど。
     賑やかな集団からそっと離れ、セシリアは桜の花を見上げる。花の季節が巡るたび、集って楽しむ日本の文化。この目で見て、この身で経験してみるのも悪くない。
     少し息をついて、空は周囲を見渡した。
     またこんな風に一緒に出掛けたりする事があるなんて、思ってもいなかった自分。
     先の戦いで闇に堕ちたとき、駆けつけて助け出してくれた人たちがいる。このクラブからも、何人も来てくれた。彼らに報いるにはどうすればいいのか、よく分からないけれど。
     居場所を作ってくれた仲間のためにも、できる限り力になろうと思う。
    「……僕も、野球は結構好きみたいだしね」


     夢は大きく、果てしなく春の空に広がり溶けていく。
     武蔵坂学園、春爛漫。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月10日
    難度:簡単
    参加:34人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 8
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