砂に抱かれ眠るが良い

    作者:飛翔優

    ●砂上の楼閣
    「……して、砂の収集量はいかほどになっている?」
    「はっ! 現在の目標量の十パーセント程であります」
    「ふむ……」
     本堂の裏手に止まっているトラックを前にして、豪奢な僧服を纏っている老人が白いひげを撫で上げた。
     しばし黙考した後に説明を行なっていたスーツ姿の男へと向き直り、しわくちゃの瞼の中からギラつく眼を差し向ける。
    「今後の見通しは」
    「信者数の増加により、以後はもう少し早いペースで収集できるものと思われます」
    「よしよし」
     視線を外し、目元を緩め、老人はうんうんと頷いた。
     改めてトラックへと向き直り、邪悪な笑顔を浮かべていく。
    「その調子で砂を集めい! 儀式により神砂へと昇華した後、神の名の下に浄化を行おうぞ!」
     ――老人の名はサジン。砂を崇める者たちの教祖。ソロモンの悪魔に魅入られ、その力により人々を支配し始めた男……。

    ●ひと気のない静かな教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな声音で説明を開始した。
    「未来予測により、ダークネス・ソロモンの悪魔の行動を察知しました」
     ダークネスには本来、バベルの鎖の力による予知がある。しかし、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐりダークネスに迫ることができるのだ。
    「ダークネスは強力で危険な敵。しかし、ダークネスを灼滅することが灼滅者の宿命。厳しい戦いになるとは思いますが……どうかよろしくお願いします」
     もっとも……と、葉月は静かな息を吐き出した。
    「今回の場合、事件の発端となったソロモンの悪魔と遭遇することはないでしょう」
     ソロモンの悪魔は強大、かつ狡猾。主に一般人に力を与え、悪しき方向へと導いている。
     今回の相手は新興宗教の教祖、サジン。砂で世界を覆い尽くし、乾きを与えることで救済を行う、と言った教義に従い行動している老爺。ソロモンの悪魔の力を貰い受けたこともあってか、既に十名の一般人が入団している。
    「さらに、サジンは砂を用いて街を覆い尽くすと言うテロを計画しています。なんとしても防がなければなりません」
     幸い、サイキックアブソーバーの助力により計画が実行に移される前に接触することができる。そこでサジンを打ち倒してしまえば、当座の危機はさるだろう。
    「当日、彼らは山中の寺院跡で日課の祈祷を行なっています。その祈祷に乱入する事となるでしょう」
     乱入した後は、基本的には戦えばいい。
     だが、サジンが状況を理解する前ならば信者たちに言葉をかける余裕はある。
    「信者の中には少し魔が差しただけ……そんな、本来ならばテロといった行為を行うことが本意では無い方も含まれています。ですので、適切な言葉をかけることさえできれば後の戦いを有利に進めることができるかもしれません」
     その後に、改めてサジン率いる教団との戦いとなる。
     戦力はソロモンの悪魔の幹部たるサジンと、強化一般人が五名。その他の後名は力を得ていないため、戦いとなれば説得の結果次第で周囲で見守っているか、あるいは逃げ出してしまうだろう。
     サジンの力量は、一人で八人を相手取れる程度。
     砂を弾丸に変えて連射する攻撃や、指定した空間に砂嵐を起こし石化に似た状態へと追い込む攻撃を仕掛けてくる。また、どの攻撃も命中精度が高い。
     一方、信者五名の力量はそこまで高くないが、防御面に優れている。自分を浄化し傷を癒す祈りといった力も持ち合わせるため、純粋に邪魔な存在となるだろう。
     そして、相手の陣形は信者が前衛、サジンが後衛である。
    「以上が今回の依頼に関する説明になります」
     葉月は現地までの地図などを手渡して、締めくくりの言葉へと移っていく。
    「未来予測の優位がありますし、ソロモンの悪魔自身が相手というわけでもありません。しかし、それでも強敵であることに違いはありません。ですので、決して油断せずに灼滅して来て下さい。何よりも無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)
    龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    伊崎・唯奈(蒼き魔性のアルテミス・d13361)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    鶴見・まどか(爆走マジカルギャル・d15681)

    ■リプレイ

    ●砂の儀
     春も麗らかな昼下がり、鮮やかな緑に染まる山の中。寺院跡の裏手へと到達した灼滅者たちは砂の敷き詰められたトラックを発見した。
    「……」
     砂塵対策のために念のため用意したゴーグルをかけ直し、一・威司(鉛時雨・d08891)は目を細める。並べられている台数から積量を計算し、静かなため息も吐き出した。
    「各所から砂を片っ端から集めてくるとは……まるで豊臣秀吉の水攻めだな。まぁ、秀吉の場合は砂ではなく土を買い集めたのだが……」
    「へー、んなパネェことしてたんすか秀吉は」
     感心したような言葉を紡いだ後、長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)は耳を済ませていく。
     表側で儀式は行われているのだろうと勘案し、率先して歩き出した。
     寺院の表側では、ローブを被った十人の大人たちが中央部を見守っている。
     中央部では白いひげを蓄えた老人……サジンが、おおよそ膝丈ほど積まれた砂の前で何やら小難しい呪文を唱えていた。
     止めるためにこの場に来たが故、蛇目は周囲警戒を始めていく。
     続いて鶴見・まどか(爆走マジカルギャル・d15681)が声を上げ、信者やサジンを振り向かせた上でサジンの計画などの説明を行った。
     サジンは元より、信者たちの反応も薄い。
     故に、霧月・詩音(凍月・d13352)が声を上げていく。
    「……テロ行為を放棄し、この下らない教団から脱退するのであれば見逃すと言っているのです。痛い目にあいたくなければ、今すぐに出て行ってください。それとも、実際に体験しなければ分かりませんか?」
    「なんだと!!」
    「安心せい、砂は見捨てたりなどせん。救済を願うお前たちを導いてくれる!」
     信者たちから上がったのは反発、怒り。サジンの煽動も重なりあい、意志は頑なになっていく。
    「自分でよく考えて。砂は僕たちに何もしてくれないよ!」
     龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)も声高らかに呼びかけたが、反応は概ね冷ややかなもの。サジンが打ち消す言葉を紡ぐことはなかったけれど、信者たちが大きな反応を返すこともない。
    「っ……?」
     仕方ない、と力を用いて強制的に排除する段階へと移ろうとした時、千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)が一歩前に踏み出した。
    「今ならまだ間に合うわ……。お願いだからこんな恐ろしいこと……やめて……」
     両手を前で組み合わせ、瞳を潤ませ上目遣いに。
     咎めるではなく、心に訴えかけるように。
     幼い子どもの言葉とあってか、信者たちの一部にも動揺が走っていく。あるいは、偽りの良心に塗りつぶされながらも残っていたかすかな良心に想いが届いたからだろうか。
    「何が恐ろしいじゃ! 砂は救済ぞ……否。奴等こそ悪魔の化身! 皆の者、であえであえぇ!!」
     己への求心力を強引に引き戻すためか、サジンが杖を片手に立ち上がる。
     戦えぬ信者たちは急いで横へとどこうと動き出すが、その動きは鈍い。
     微かな混乱を突くために、灼滅者たちもまた動き出した……。

    ●教祖・サジン
    「……創めよう、終末の、時」
     静かな声音でワードを唱え、伊崎・唯奈(蒼き魔性のアルテミス・d13361)は武装を整える。
     杖を握りしめながら瞳にバベルの鎖を集わせて、己の集中力を増大させた。
     その上で、魔力を練り上げながら戦場の観察を開始する。
     幸いというべきか、灼滅者たちが戦闘意志を見せたことにより信者たちの混乱はより深いものとなっていた。力も用いて誘導したからか一般信者の逃亡はスムーズになっているけれど、力ある信者は得物を抜くことすらできていない。
     酷いたくらみを、ソロモン絡みの事件を捨て置けないと参戦した唯奈は、静かな息を吐くとともに一旦彼らからは視線を外す。確実に動いてくるサジンへと意識を向け、どう動かれても対処できるよう備えていく。
    「魔法ギャルショー、かーいえーんっ」
     まどかもまた敵陣の目の前で武装を整え、火花散る手裏剣を引き抜いた。
     一呼吸の間も置かずに投げつけて、混乱する力ある信者たちへの中心へと投射する。
    「先に強化一般人を片付けるぞ」
     手裏剣を中心とした爆風をくぐり抜けるかのように、威司の弾丸が力ある信者たちへと降り注いだ。
     その合間を巧みにかわし、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)はサジンの下へと到達する。
    「これは挨拶代わり。お釣り入りません!」
    「ぐぬ!?」
     勢いのまま盾を基軸とするタックルをぶちかまし、己を印象づけた上で後方へと飛び退いた。
     慌てた様子で放たれた砂の弾丸は、掲げたままの盾で弾き飛ばす。
    「その程度の攻撃なんて効きません!」
    「ぐぬぬ……」
    「見えてる」
     前線でなつみとサジンと睨み合っているさなか、唯奈の放つ魔力の矢が力ある信者の一人を貫いた。
     唯奈は静かな吐息とともに杖の先端でその信者を指し示し、狙うべき対象と示していく。
     痛みを覚えたからだろう。その頃になってようやく力ある信者たちの混乱も収まった。
     灼滅者たちが機先を制した上で、本格的な戦いが開幕する。

    「人の夢は儚く、野望は果たされぬもの。その手から零れ落ちる砂の如く、妄執は跡形も無く崩れ去り――」
     詩音は歌う高らかに。
     強化された信者の心に届くよう、その音色で仮初の力を削るため。
     力を注ぎ込んだ後も歌声を途切れさせることはなく、サジンを潜り抜けながらふらついている強化信者へと近づいた。
    「――」
     ゴーグルの奥、冷たい瞳で信じるしか無い者たちを見据えていく。心に抱く黒い感情を隠そうとする素振りすらなく、ただ冷徹に影を放つ。
     無慈悲にその信者を縛り付け、仮初の力から開放した。
    「イェーイ一人目! 次いっちゃうよーっ!」
     即座にまどかが向きを変え、信者たちの様子を確認した。
     動作は変わらず手元から数本の手裏剣を取り出して、次々と投げつけていく。
    「マジヤバなのが一人ー。狙うべきは奴、だねっ」
    「ええい、その耳障りな言葉をやめんか!」
    「あ?」
     サジンから放たれた言葉に反応し、まどかの表情から笑みが消える。座った瞳で睨みながら、周囲の音頭を氷点下まで下げていく。
    「何つったテメェ!」
    「口は災いの元、ってね!」
     表念する仲間の様子などなんのその、飛鳥は示されるがままにふらつく信者の正面へと回りこみ、槍に捻りを入れて突き出した。
     避けられることこそ本望と一歩前に踏み出して、笑顔を信者に向けていく。
    「灰は灰に、土は土に、炎をこの手に!」
     吹き上がる炎で周囲を焼き、氷点下まで下がった気温を温める。
     破れかぶれの反撃を受け流し、握る斧に赤いオーラを走らせた。
    「二人目! っと」
     なぎ払い、仮初の力を打ち砕く。
     次なる対象を見定めようと踵を返した後、静かな息を吐き出した。
    「そんな妙な力に頼らなくたって皆今まで何とかなってたんだ。これからも自分の足で進めばいい」
     サジンの教義を否定して、事実だと力でしらしめる。
     何やら反論じみたことを喚いていたが……もはや勢いはそこまではない。強化信者たちはただただ盲信的に戦い続けているだけだった……。

     砂嵐に晒された結果、体を硬直させて隙を晒してしまった飛鳥の前に、なつみは素早く飛び込んだ。
    「っと、無駄ですよ!」
    「くっ」
     砂の弾丸を受け止めて、サジンに静かな笑みを向けていく。
     お返しとばかりに巻き起こされた砂嵐を受けながら、蛇目は仄かに唇を尖らせた。
    「あー……この砂嵐の音、イヤっすねー」
     若干抑えた声音で不満を零しながら、素早く周囲に目を走らせる。
     先ほど固まった飛鳥の他に大きな呪詛を受けていたものはいない。
     静かな息を吐き出しながら、彼女に熱いオーラを注ぎ込む。
    「ありがとっ」
    「こんなノイズ、とっとと終わらせましょうぜ!」
     感謝を受け取り、明るい声を響かせて、蛇目は再び戦場観察へと移行した。
     嫌がらせのように新たなサジンが巻き起こったから、溜息と共に活力のオーラを集めていく。
     動きを若干鈍らせた唯奈へと、想いと共に注ぎ込んでいく。
    「ん、ありがと」
     ぺこりとお辞儀し、唯奈は狙いを定めていく。
     早くも残り一人となっていた強化信者に狙いを定め、魔力の矢を発射した。
    「こっち……!」
     固めた腕で弾いていく信者の世界から、ヨギリが暴力的なオーラを撃ちだした。
     ふらついていく様子に張り詰めていた緊張を若干ゆるめ、静かな息を吐いていく。
     サジンは元より、強化信者たちも引き返せるのかは解らない。けれど、もしも引き返すことができるのなら、戻れない道を歩む前に止めると彼女は来た。
    「……!」
     希望を後に繋げるよう、飛び上がり首元に手刀を叩き込む。
     昏倒する強化信者から視線を外し、ただまっすぐにサジンを見据え……。
    「強敵だけど最後まで諦めずに……頑張りましょ……」
    「当然ですぜ」
     ヨギリの言葉に呼応して、蛇目がなつみにオーラを注ぎ込んだ。
     対するサジンは拳をわなわなと震わせながら、再び砂嵐を巻き起こす。

    ●砂に魅入られ抱かれて
     幸いにもというべきか、サジンは逃げる素振りを見せなかった。
     砂嵐を巻き起こし、時に弾丸を撃ちだして、灼滅者たちに抗っている。それでも一度傾いた天秤をひっくり返すには程遠いと、威司は背後に回り込んだ。
     上から斜めにナイフを振るい、深い傷跡を刻み込む。
     意識を引きつけたのなら、表情を変えずに静かな声音で問いかけた。
    「一つ聞きたいことがある」
    「何じゃ……?」
    「お前はあのアモンや、それに連なる配下の勢力の手の物か?」
     アモン。武蔵坂学園と事を構えているソロモンの悪魔の一人。
     念のためといった質問に、サジンは小首を傾げていく。
    「……誰じゃ、それは。何れにせよ……お前たちに教えることなど、無い!」
    「構わない。どちらにせよ、するべきことは変わりないからな」
     さしたる興味もない風に威司はにじり寄り、影を触手に変えて伸ばしていく。
     反撃といった形で巻き起こるサジンをより分け、蛇目は飛鳥にオーラを差し向けた。
    「流石にもうだいぶ辛いはず、一気に決めてしまいましょうぜ!」
    「ええ!」
     呪いも消えて元気一杯! 飛鳥は斧に赤きオーラを走らせて、空高々と飛び上がる。
    「そんなふざけた幻想は、砂に抱かれて沈めー!」
    「終われば、だいじょうぶ。だから……今は、がまん」
     赤き閃光がサジンの肩を砕いた時、ヨギリも重い体を持ち上げた。
     深い息を吐くとともに溜めていたオーラを解き放ち、サジンの体を撃ちぬいた。
    「ぐ……じゃが、じゃが……!」
    「……言い残したいことは、それだけですか」
     新たな言葉を遮って、詩音が影を差し向けた。
     縄のように分裂した影に縛られて、サジンは力を失っていく。
    「ががが……ぐ……じゃが、儂が滅びようとも砂は残る。いずれ、我が意志を継ぐ者が……」
     影が詩音の元へと戻る頃、サジンは砂に抱かれ永久の眠りに導かれた。
     灼滅者たちは静かな息を吐いた後、得物を収め戦いの終幕を世界に示し……。

    「皆さん無事ですねー、良かったです」
     序盤戦でサジンを抑えた後、危うくなった仲間をかばって回っていたなつみが、各々の状態を確かめ微笑んだ。
     己を治療する彼女が言ったように、灼滅者達の側に怪我といった怪我はない。概ね万全な状態で、戦いを終えることができていた。
     一方、良心への訴えが効いたのか強化信者たちもこちら側へと戻れた者は多い。本堂にでも寝かせておけば、恐らくは日常へと帰ることができるだろう。
    「おつかれ、さま」
     改めて、唯奈が仲間たちを労いお辞儀した。
     まどかがその頭を優しく撫でていく。
    「マジお疲れ様! それじゃそろそろ帰りましょっか! あ、後……」
     手をつないで踵を返そうとした後に、振り向き朗らかに微笑んだ。
     一期一会であるが故、会話をしないのはもったいない。女の子とはお喋りを、男の子には逆ナンを?
     春の空に楽しげな喧騒を響かせて、灼滅者たちは帰還する。
     平和な世界を祝福する暖かな陽光に抱かれながら……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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