春の風は甘く薫る

    作者:零夢

    「こういうものに、興味はないか?」
     そう言って、アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)がそっと差し出したのは一枚のチラシだった。
    『春・和菓子フェア  老舗の味から新作まで、一挙勢揃い!』
     そんな文字がでかでかと見出しを飾っている。
     どうやら、学園からそう遠くないデパートでそんなフェアをやるらしい。
    「様々な店が集まって、春をモチーフにした和菓子を出すそうだ」
     しかも、今週末限定。
     桜餅、桜餡を使ったお菓子は勿論、ヨモギの薫るお饅頭、薄桃色の葛、春色のきんとん、求肥、羊羹、練切、大福、どら焼き、和三盆、金平糖…………ずらっと並んだお菓子の写真は、キラキラと輝き、チラシの裏まで続いていた。
     どうやらちょっとした製作体験もできるらしく、そんな写真もある。
     さらに、喫茶コーナーでは、桜の他、梅や桃などをテーマにした和風パフェやタルトなどの和洋折衷菓子が味わえるのだとか。
    『ご来場の皆様に、桜湯を無料サービス!
     あらゆるお菓子があなたをお待ちしております』
     広告はそんな風に締めくくられている。
    「良ければ、どうだろう」
     春を甘さにのせて感じることも、きっと悪くない。
     短い季節が終わる前に、皆で一緒に行ってみないか?
     


    ■リプレイ

    「おっ買い物ーおっ買い物ー」
     人と和菓子で賑わう売り場を、樂はふらりふらりと楽しげに巡っていた。
     たまに試食を摘んでは、家族のお土産を物色する。母さんは桜の練切、親父には俺が食いたい桜の葛を……なんて選びながら、最後に買うのは金平糖。迷うことはない、これはわかり易い幼馴染のため。
     そんな彼の後ろを翡翠が颯爽と通り過ぎる。
     右手で志命の裾を引き、目指すは苺大福と抹茶スイーツ。これだけは譲れない。
     早速お目当ての品を手に入れると、彼女はそっと志命を振り返った。
    「あの……僕の好みで、引っ張ってきてしまいましたけれど……先輩は和菓子、お好きなのでしょうか……?」
     気遣うように窺うが、和菓子を前に瞳の輝きは隠しきれない。
     志命は頷き、表情を和らげた。
    「見ていて飽きないし、何より美味いからな。……誘ってくれたことに感謝する」
     言って近くの試食を口に放れば、期待通りの甘さが口に広がる。試した分だけ買いたくなるのは実に困る。
    「……好物の芋羊羹があると嬉しいんだがな」
     ぽつりと洩らすと、翡翠がぎゅっと裾を握る。
    「それじゃあ……探しましょう」
     先輩の大好きなお菓子も見つかるように。
     二人が人込みに紛れると、一方では葛を頬張った雪緒が幸せオーラを放っていた。
    「美味しいです、購入候補です! 水希も食べ……って、そんなにどうするのですか!?」
     振り向き驚愕。
     水希のカゴには堂々たる和菓子山が出来ていて、どうやら片っ端から入れたらしい。
    「え? ど、どうするって、食べる、んだけど……」
     駄目、なの?
     小首を傾げる水希に、たまらず雪緒は笑い出す。
     どう見ても一人分ではない量も、さすが水希、さすが甘党だ。
    「でもご飯もちゃんと食べないと、めーなのですよ?」
     一応の忠告をして、雪緒は自分の買い物もまとめていく。
    「じゃ、私は桜餅と薄桃色の葛、春色きんとんを――」
    「……え。薄桃色の葛、春色きんとん、何処?」
    「まだ買うのです!?」
     二人の買い物は、まだまだ終わらない。

    「いやはや、童心に返ったかのようで、楽しいですねぇ」
     流希はのんびりした口調で、てきぱきと作業に勤しんでいた。
     春に桜は少々定番。なもので、彼がせっせと作っているのは紅色の春蘭だ。
     写真でしか見たことはないが、出来上がっていく花は緻密そのもの。どうやら凝りに凝るつもりらしい。
    「……え。生地を桜の型で抜くだけじゃなかったのか?」
     なんて、ぽけっと言ったのは慧樹だ。
     上生菓子はクッキーじゃない。
     ともあれ、「ザ・和菓子」を目指して格闘を始めれば、隣の司も真剣に餡と向き合う。
    「まずここを軽く凹まして……」
     へちょんっ!
     ……ゆ、歪んだ……。
     餡と一緒に心も凹む。
     手を休めて両脇を見ると、花弁の数が怪しい慧樹はともかく、日方の方は歪ながらも花っぽい何かが出来ていた。
     丁度、ヘラで模様をつけるところらしい。
    「……」
    「……」
    「……ああっ!」
     えぐれる花。
     何というか、似た者同士だった。
    「くっ、美術のテストかコレは……」
     指で直す日方に、まあまあと司はフォローする。
    「可愛いと思いますよ、梅の花」
    「これでも桜だっ」
    「あれ?」
     それでもどうにか、花は咲く。
     上から下への桃と黄緑のグラデーションが鮮やかな斬新かつ前衛的な形の慧樹の桜。
     多少凹むも何とかまとまった司の桜。
     歪でも可愛い日方の梅、もとい、桜。
    「二人とも上手い……まっ、味は一緒だけど!」
     慧樹の負け惜しみに、日方がくすりと笑う。
    「でも、こうしてみると食べるの勿体ないよな」
    「なら僕が頂きますよー」
    「ちょ、司、俺の取るなーっ!」
     ……と、賑わう彼らの隣卓では、かえでが小さく唄いながら桜を作っていた。
     ご機嫌なのは、和菓子作りが楽しいからだけじゃない。
     二人一緒のおでかけが、すごく嬉しい。
     彼女の横では紘疾が白い餡を桃色の練きりで包んで、くるっと丸める。
     切り込みを入れると、あっという間に花弁ができて、シンプルな花がふわりと開く。
     ま、見えなくはねぇか――なんて彼は言うが、かえでからすれば立派に桜だ。
     かえでも、ちらちら見つつまねっこすれば、ちょっぴり拙くて小さな桜が、ほら、咲いた。
    「おっ、良い出来栄えじゃん。美味しそうに見えるしさ」
     ひょいと覗いた紘疾の言葉に、かえでは汗を拭って笑顔を見せる。
    「この完璧すぎる和菓子に見ほれるんだよ」
     不格好でも気にしない。
     一緒に作れば、楽しい想い出。
     また別の卓では、花夜子がたどたどしくも指を動かす。
     一生懸命なのに、餡がはみ出たり窪んだり、上手くいかない。
    「どんな感じ? アタシは全然ダメ」
     そう窺った桐人の手には、薄紅の花弁が一片。
     既に皿には同じものが四つあり、最後一枚がそこへ加わる。
    「桜の花が咲いた、ってね」
     微笑を零した桐人が向き直ると、花夜子はそっと自身の餡を見せた。
    「桜色の雪うさぎがイメージなんだけど……」
    「桜色の……うさぎ? 素敵なアイディアだね!」
     苦笑する花夜子を桐人が励ます。
     優しく見守られ、何とかうさぎが完成すると、花夜子は桐人に差し出した。
     それは日頃の感謝の印。
     そして桐人が返すのは、恋人の笑顔を重ねた桜花。
    「大好き!」
    「僕も、大好きだよ。花夜子」
     どちらからともなく、笑顔を交わした。

     カフェの一角では、焔がお菓子に埋もれるように、幸せそうに頬を膨らませていた。
    「ああ……おいしいです……」
     一押しはどら焼きとパフェ。
     この際お財布が寂しくなるとかは気にしない。
     そんな焔の脇を、双子の姉妹が通り過ぎる。
     迪琉の手には妹のようにもちもちな苺大福、柚莉の手には姉によく似た春色の桜餅。
    「おねーちゃんっ。はんぶんこ、しよっ」
    「きゃー、ゆず大好き! みちの苺大福も半分こしよーねっ!」
     席に座ると、早速仲良く半分こ。
     柚莉の頬についた餡を迪琉が笑顔で拭えば、柚莉はハッと何かに気づく。
    「ゆず、和菓子食べすぎたらお餅みたいになっちゃうのかな……」
    「……もちもちゆず……」
     思わず想像して、迪琉はほわんと和む。
    「その時はみちも和菓子になるよ、仲良し双子和菓子だよう!」
     なんて言えば、メニューを見つけた柚莉がわわっと声を上げた。
    「おねーちゃん、パフェもあるんだって!」
    「みちも食べたーいっ」
     ばしばしメニューを叩く柚莉に、迪琉がはいっと手を上げる。
     勿論それも、半分こ。
     甘い甘い双子の近くでは、朱里が桜パフェと桃タルトを楽しんでいた。添えられた湯呑に揺れるは八重桜、相席するのはどこか和風な黒髪の女性。
    「そういえば何を注文されました?」
     朱里が訊くと、微笑とともに彼女は答える。
    「西王母だ。よければ食べてみるか? えっと……」
     迷ったように先を濁したのは、名前を求めているらしい。
    「朱里、と申します」
     くすりと笑んで名乗れば、彼女は頷く。
    「そうか、朱里か。私は――」
    「帚木ー!」
     ――不意の呼び声に小さく反応し、やはり笑って彼女は続けた。
    「……夜鶴というんだ」
     よろしくな――言った夜鶴が振り向くと、そこには和菓子を抱えたクラスメイト達が立っている。
    「一緒にどうかな? 皆と話すの楽しいよ」
    「いいのか?」
     ヴェリテージュの誘いに、夜鶴は問い返しながらも荷物をずらして場所を開ける。
    「当然!」
     大きく頷いた桃弥を筆頭に、皆が席に着けば一気に場は賑わう。
     各々が買い込んだ和菓子で机は埋まり、更には注文の品々も運ばれて。
     桃弥の前には桃のタルト、ヴェリテージュが桜のロールケーキで、ロイとマキシミンは和風パフェ。なかなか壮観だ。
    「皆のもうまそうだなー……俺の買ってきたもんは適当に食っていいから好きにどーぞだ」
    「俺のも食べていいぜ」
     感心する桃弥に続き、マキシミンも葛やきんとんを差し出せば、ヴェリテージュは桜クッキーを、ロイは桜餅を広げる。色んな味が楽しめるのは大人数の特権だ。夜鶴も横からお相伴にあずかる。
    「和菓子もそうですけど甘い物は好きなんですよね」
     そう顔を綻ばせたロイに、「今日のロイは可愛らしいね」とヴェリテージュが笑顔を向ける。
    「いつもの服も格好いいけれど、今日はとっても素敵だよ」
    「ほんと、可愛いのも似合うよなー……っと、マキシのパフェ一口くれ。んで、食い終ったらヴェルのもプリーズ!」
     同意しながら次々甘味を摘む桃弥にロイが笑みを洩らす。
     随分食べて、成長期?
    「たまには教室以外で集まって出かけるのもいいな」
     小さな笑顔とともに、マキシミンも皆のお菓子を貰う。また一緒に行きたいな、なんて。
     そして話題はお土産に移る。
    「何がいっかねー?」
    「たくさん和菓子を買いたいですね」
    「桜の砂糖漬けとか珍しくて良いかも」
    「金平糖にしようかな」
     繰り広げられる他愛のない会話が、なんだか幸せだった。
     その横を、二つの桜パフェが運ばれていく。
     注文の主は鈴、彼女の前には葉。
    「ちくしょう。おめーのラリアットのせいで未だに首がいてぇ」
    「私だってお前の手刀で死にかけたわ、女子の腹だぞ何考えとんねん」
     なんて言葉の応酬も、出されたパフェで一時中断。
     アレ、と葉は思う。今日はとことん奢らされる覚悟だったのに。
    「ンだよ、それだけで良いのかよ? 好きなだけ食って食って肥え太れよバーロー」
    「そんなに食えるかバーローお前も食べなさい絶対おいしいから」
     売り言葉に買い言葉、それでも勧められたそれに葉の目元は緩む。優しい桜色が大切な記憶と重なった。
     鈴も桜色に何か思うらしく、葉を見てにやけている。
    「……ありがとな、鈴」
     少しだけ素直な葉に、鈴はくふふと声を洩らす。
    「迷子んなったら呼んで。ね」
     ちゃんと引っ張ってあげるから。
     色々な戦いが終わって、平和な時が訪れて。
     だが、今ここに新たな戦争が始まろうとしていた。
    「よーし、勝負だっ!」
    「俺に負けて後悔するなよ?」
     ずらりと並んだ和菓子を挟み、ミカエラと烈也が対峙する。
     十種類以上のそれらを持ち込んだのはミカエラだが、敗者が全額負担する以上、絶対負けられない真剣勝負である。大食いの。
    「よーい、スタート!」
     瑛の合図で二人は同時に動き出す。
     水分を抑え少しずつ咀嚼していく烈也に、小さな金平糖などから平らげていくミカエラ。まずは互角といったところか。
     瑛は二人の個数をメモしつつ、自分が味わうことも忘れない。
    「あ、瑛ちゃんはどんなの? ちょっと頂戴~」
     シェレスティナの頼みに、瑛は「どうぞ」と笑顔で和三盆ロールケーキを差し出す。ケーキのお礼は葛桜。包み込む葛から透ける桜色は涼しげで、これからの季節を思わせる。
     あとは飲み物かな、とメニューをめくる彼女の隣では、翠が多くのお菓子に囲まれていた。菜種きんとん、引千切、あんこシューに葛プリン。
    「ね、ちょっと貰ってもいい?」
     訊ねた綾音に、翠は喜んで首を振る。
    「もちろんです! えと、私もちょっといいですか?」
    「うん、いいよ! どうぞどうぞ!」
     答えた綾音が桜と桃のタルトを勧め、早速食べた翠が嬉しそうに破顔する。
    「これも、こっちも美味しいですー♪」
    「ん、分け合って食べるとさらにおいしく感じますよね」
     桜餅を食べながら、瑛は幸せそうな翠の声に頷く。
     次第に広がる交換の輪。
     違う味を少しずつ、皆でお菓子を味見合い。
    「たまにはいいね~、こういうの」
    「ね、色んなお菓子が楽しめて幸せ!」
     シェレスティナの言葉に綾音が笑えば、
    「あ、あたいも欲しいー!」
    「って、ミカエラちゃん!?」
     ……とかなんとか、真剣勝負中の彼女も混ざったりして。
     そんなこんなで結果発表。
    「えーと。8対9で、ミカエラさんですね」
    「くっ……!」
     瑛の言葉で、烈也が机に倒れ込む。
     最後に全力で気が散った割に、ミカエラの小粒作戦は功を奏したらしい。
    「卑怯じゃないよー、烈也も同じの食べられるよう、3個ずつ買ったもん!」
     なので、まだまだ和菓子は残っている。
     それでも皆で分け合えば、あっという間に時間は過ぎて。
     次はお土産をと喫茶を出る頃、入れ違いに訪れた三人組が席に着く。
    「しろちゃん、すずちゃん、どれにします、か?」
     露がメニュー越しに窺うと、二人はすんなり答える。
    「わたしは西の桜餅。道明寺さん」
    「すずはね、桃のタルトが食べたいなぁ。あと大福!」
     迷ってるのは、露ひとり?
     それでも何とか桜パフェとマカロンに絞ると、
    「どれも美味しそうね」
     クラッシャー女子上等、なんて冗談交じりに鵺白が笑う。
     やがて揃った注文はみんな春色。
     早速、涼花はタルトを切って二人に差し出し、幸せいっぱいの笑顔でお願いだ。
    「先輩たちのも一口ください!」
     すると鵺白も露も、桜餅やパフェを器用に分けて。
    「はい、わけっこ」
     言った露の顔が綻ぶ。幸せのお裾分けみたいで、なんだか嬉しい。
     三人で分け合う幸せは、ほんのり甘くてほっこり落ち着く春の味。
    「そういえば、先輩たちはお菓子って作れるの?」
     次は作るのもいいかも、と訊いた涼花に露が頷く。
    「はい、お菓子はいつもお手伝いさんが作ってくれます」
     にこっ。
     え。
     ……え?
    「あらま」
     鵺白が笑うと、涼花が一つ提案する。
    「じゃあさ、今度、皆で簡単なの作ろうよ!」
     先生は料理好きの鵺白。
     新たな約束を交わす三人に、離れた席では青もまた、お菓子作りに思い巡らせていた。
    (「……レシピが気になるな」)
     家が和菓子屋なせいか、アンジュの桜モンブランを前につい考えてしまう。
    「なぁ、美味いか?」
     訊けば、短い首肯が返される。
    「すごく美味しい。自分でも作ってみたいな、これは」
     なんて、やはり彼女もカフェの娘だ。
    「アンタが嬉しそうで、オレも嬉しいよ」
     そして青は自分の桜きんとんに楊枝を通す。幾重もの繊細な桜花が何とも愛らしい。
    「たまにはのんびり過ごすのもいいな。ありがとう、青」
     馴染み深い洋菓子もいいけど、優しい感じの和菓子も好き――アンジュは手元の金平糖と苺大福を眺め、穏やかに笑う。
    「いつも世話になってるから、まぁその……」
     お礼も兼ねて――らしい。
     あとは、帰ったらお土産を従姉や幼馴染に渡すだけ。
     のんびり流れる他愛ない時間。
     そんな中、悟もアレクシスと気楽な時を過ごす。
    「悟も、食べないか?」
    「……もらおうか」
     甘い物はそれなりに好きなのだと、悟は差し出されたパイを摘む。
    「虚もどうだろう」
     同じく勧めたアレクシスに、虚は頷き、長い熟考の末に頼んだ桜の蜜のスコーンや桜湯と合わせゆっくり味わう。既に大量の菓子を買ったが、和洋折衷は未知の領域、別物だ。
    「……アレクシス、闇の中でもお前の声は十分響いた。感謝をする」
    「――」
     不意の草礼。
     アレクシスは少しだけ驚き、けれど小さく、ああと応える。
     辺りを満たすのは歓談の声、お菓子の周りに広がる笑顔。
     それは、花が見えずとも。
    「賑やかだな」
     虚はそっと呟き、何かを想うように目を細めた。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月11日
    難度:簡単
    参加:36人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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