彼は、不機嫌だった。
それは女性に恋人が出来たからだ。
女性の機嫌はいい、しかしそれが彼には耐えられないほど不愉快だった。食事だって今までは遅れることなくありつけたのに、あの男と会う日は必ずと言っていいほど夕飯が遅れた。それでいて苛立ちのあまり食器を割ったり壁をひっかいたりすると、もれなく女性に怒られてしまうのだ。
「おかえり~、ミーくん」
彼の名を呼ぶのんきな声。今日もまた、こんな遅くになってから女性は平然と帰ってくる。
「いつもいつも……、そんなにあの男が大事かよ……」
だから、言ってやったのだ。こちらを見る女性は携えていた鞄を落とし、目を見開いている。
当然だ、そこに愛猫である黒猫の姿はなく、全く見知らぬ黒髪の青年が立っていたのだから。
「アンタは……、俺だけのものだっ!!」
「キャアッ!」
叫んで、彼は女性を抱き、窓から飛び出した。
月夜の晩。女性をさらって屋根を走る青年の影には、獣の耳と尻尾がついていた……。
「それじゃみんな、説明を始めるね?」
事件の解決の為に揃えられた灼滅者を見渡し、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は口を開く。
今回まりんの予知した事件とは、とある女性の飼っていた猫にサイキックが宿って都市伝説と化し、女性をさらい、その女性の恋人である男性に襲い掛かってしまう、という内容であった。
「事件は満月の晩。ターゲットが男性の家に向かうその道中に公園があるから、そこで迎え撃ってほしいんだ」
女性を抱いて男性の元へと走る都市伝説と化した猫……青年をその道中で押し留め、女性を保護、それから青年の説得、または灼滅が今回の目的となる。
飼い主と飼い猫。そのわだかまりを解いて負の感情から解放してやれば、青年はおのずとサイキックから解放され元の姿へと戻るだろう。
「女性には申し訳ないけど……女性がちゃんと家に帰ってさらわれなければ、都市伝説は出現しないわけだから、囮になってもらわなくちゃならないの」
だからこそ、責任を持って救出しなければならない。まりんは力強く声を張った。
「さて、青年……ネコ? の戦闘能力なんだけど……」
こういう場合どういえばいいのか……悩ましいが、ともかくまりんは咳払いをして説明を続けた。
いざ戦闘になれば、元より備わっている高い身体能力と、それに足してサイキックを纏った爪や牙による攻撃に注意しなければならないだろう。向こうは夜目が効く分、戦場となる夜の公園での多少の不利は仕方がないかもしれない。
「それでも、向こうは人の体にもサイキックにもまだまだ慣れてないし、冷静に対処すれば絶対大丈夫だから!」
まりんは自信を持って一同に告げ、今一度、まりんは事件に赴くことになる灼滅者たちの顔たちを眺めた。
「女性の名前は木下 由香。彼女と、その飼い猫である青年をサイキックの力から解放してあげて!」
参加者 | |
---|---|
山城・竹緒(ゆるふわ高校生・d00763) |
御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461) |
樋口・かの子(天爛桜花・d02963) |
赤威・緋世子(赤の拳・d03316) |
雪枝・つぐみ(ブルーノーツ・d08616) |
雨霧・直人(甘党ダンピール・d11574) |
細野・真白(ベイビーブルー・d12127) |
葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789) |
●
屋根から屋根へ。夜の闇の中を突き走る人影があった。猫が人と化した都市伝説。そしてその腕の中には、青年の飼い主である女性が未知の恐怖で目をぎゅっと絞っている。
自らの愛する飼い主にそんな顔をさせている罪悪感もなくはなかったが、それに気づいた時にはもう引くに引けない気分になっていて、青年は唾をごくりと飲み込みつつも今更立ち止まることは出来なかった。
「ハーイ、ストップ!」
「っ!」
間もなく目的の家。自分の鋭い爪で引っ掻かれ悶絶するあの男の顔を青年は想像したが、公園を渡る最中にて、颯爽と割り込んできた赤威・緋世子(赤の拳・d03316)に行く先を遮られ、足を止めざるをえなかった。
「っ! 何だよ、お前らっ!」
「へぇ……一応本物なんだ、けど、モフれない人型はやっぱダメだねぇ♪」
「!」
そんな青年の背後から、青年に生えた獣の耳や尻尾をまじまじと見つめる樋口・かの子(天爛桜花・d02963)。その気配に気付いて青年が振り返った、その瞬間。
「悪いが、彼女は保護させてもらうぞ」
「あっ!!」
「きゃっ……」
かの子の生んだ隙を縫うように雨霧・直人(甘党ダンピール・d11574)が青年の腕から女性を取り上げる。目を見開いている青年を尻目に、直人は女性を抱いて走り、青年からやや離れたベンチに安置する。
「あ、あなたたち……」
「あなたを助けに来たの」
青年に同じく、状況に理解の追いついていない様子の女性に、雪枝・つぐみ(ブルーノーツ・d08616)が頬にかかる髪をそっと手で払いながら答える。
「信じられないかもだけど、由香さんへの思いが強すぎて、人間の姿になっちゃったみたいなんだよねー」
「……?」
いっそ気楽な物言いの山城・竹緒(ゆるふわ高校生・d00763)だったが、聞いた女性は口を押え、その言葉を疑うしかなかった。
「申し訳ないけれど、ここで待っていてくれる? 細かな状況は今から説明するから」
そうはいっても、女性は心底不安そうにしている。それでもパニックにならなかったのは幸いで、つぐみも落ち着きのある声で説明を始めた。
「お前らっ、由香ちゃんを返せっ!」
「おっと!」
飛び掛かってきた青年へ、緋世子が槍を振りかざし牽制。直後に螺旋状に渦巻いたサイキックを刃の先に込めて、青年へと突き出した。
一刻も早く飼い主を取り返したい青年だったが、その一撃をかわすためには、歯痒そうな顔で後ろへ飛び退かざるを得ない。
「嫉妬は分かるけど、まずは話し合いだぜー! 拳で!」
挑戦的な笑みで緋世子は握った拳を突きつける。いよいよ一同の事を敵と認識したのだろう。青年はぎりぎりと歯を擦り合わせ、低く喉を唸らせた。
●
「ニャアッ!!」
「きゃっ!!」
突如、青年が吠えた。サイキックの乗った咆哮はそれだけで武器になる。不意を突くような音撃に一同と、細野・真白(ベイビーブルー・d12127)は目をつぶってその衝撃に備えた。
「大丈夫か、真白?」
「……うん、平気だよ」
真白が攻撃に晒される寸前、庇いに入った直人の背中に、真白は若干表情を苦めつつも、小さな首を縦に振って答えた。
「うぅ~、早く仲直りさせてあげなきゃ、こっちの身が持ちません……」
「あはは、ホントだね~」
若干目を回しながら呟く葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)だったが、いっそ気楽に竹緒は言って、サイキックを纏わせた槍を握りつつ青年へと駆ける。
「嫉妬しちゃったんだよねぇ。その気持ちとってもよく分かるよ?」
「! な、なんで……?」
エクスブレインによる予知の事を青年が知る由もない。竹緒の攻撃をかわすべく青年は四肢を地につき、後ろへ跳躍しつつも、その顔には驚愕を浮かべていた。
「貴方の気持ちをきちんと言葉で伝えて下さい! こんな力技じゃ伝わりません!」
竹緒に続き、御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)がチェーンソー剣を振りかぶる。青年に真摯に訴えかけるその言葉とその一撃を受け、青年は表情をしかめた。
「ぐう……、さてはお前ら、あの男のテシタだなっ! お前らに何が分かんだよっ!」
「……確かに、細かな事情は俺たちもよく知らない」
青年の勘違いをあえて正すことはせず、直人は日本刀を構えて駆動する。青年の鋭い爪による攻撃を払いつつ、言葉を紡ぐ。
「だが、せっかく人の言葉が話せるようになったんだ。口を突いて出るのが憎しみの言葉だけなんて、哀しすぎるだろ?」
「うっ……うるさい、うるさいっ!」
青年からの攻撃をいなしつつ、直人は日本刀を振り上げる。緋色のサイキックによる斬撃を受け青年は呻いたが、いつまでも怯む事はせず、果敢な表情で直人へと飛び掛かった。
「ぐぅ……!」
飛びついた勢いで直人を押し倒すと、腕を押さえ、颯爽と喉元に食らいつく。鋭い牙の立てられた首筋からは、間もなく鮮血が溢れ出た。
「な、なんだか倒錯的な気分だ……」
「おいおい、言ってる場合かよ」
青年に食らいつかれながら、頬を赤らめてのんきに言う直人に、緋世子は溜息交じりに言う。
その隣で、かの子は悪戯な笑みを浮かべ、腕から提げた籠に何やら手を突っ込んでいた。
「こういう場合はエサでつらなくちゃ。ほ~ら、鰹節だよ~」
「!」
籠から取り出したものを、見せつけるようにそのまま振りかざす。その物体の放つ香ばしい香りを機敏に感じ取ると、青年は直人から牙を離し、顔を向けるやその獣の耳と尻尾をぴんと突き立てる。
かごから出された物体は、削る前の棍棒状をした鰹節であった。
「…………」
誘われるがままに立ち上がった青年は、揺らぐことなく真っ直ぐにそれを見つめていた。その口の端からは、いつの間にやらよだれが見え隠れしていて……。
「えいっ☆」
「ニャッ!!」
ゆっくり、ゆっくり焦らすように青年へと近づいていったかの子は、次の瞬間、その鰹節を青年の脳天目掛けて振り下ろした。削っていない鰹節は食品といえどかなりの硬度を誇り、手痛い一撃に悲鳴を上げた青年は目に滴を浮かべて頭を抱え込んでいる。
「さ、今のうちに百花さん、お願い!」
「任せて下さい!」
凶器と化した鰹節を籠に直しつつかの子が声を張ると、女性の護衛も受け持ちつつ後衛に立っていた百花がその手にサイキックを漲らせつつ応えた。
百花が手をかざすと、温かな光が雪のように優しく降り注ぎ、立ち上がり体勢を整えていた直人の傷を癒す。
「悪い、油断したな」
「だ、大丈夫?」
唸りながらも、ふらふらと立ち上がる青年をサイキックを乗せた歌により牽制した直後に、真白が呟いた。ふざけたように見えてもその血は本物である。心配して駆け寄ってきた真白のその小さな頭を撫でてやって、直人は答えた。
●
戦闘は続く。前衛たちが青年と激しく対峙している中、後衛に待機していた女性は眼前にて繰り広げられる光景に目を見開くばかりだった。
「……以上が、あの猫耳の青年の秘密だよ」
「そんな……本当にあの男の子が、ミー君なの?」
仲間にかかろうとする青年の足元を、そうはさせじとつぐみの放ったサイキックの光弾が狙い打つ。
常時戦況に目を光らせ、必要に応じて攻撃と仲間の回復に勤しみつつ、つぐみはついにあらかたの説明を終えた。一同に牙を剥くあの青年は女性の飼い猫であること。そしてこれは、その飼い猫が抱く女性の恋人への嫉妬の念が招いた現象であること。
それでも、その横に力なく座り込む女性は、この衝撃的な事実を受け入れられない様子だった。
「私は、彼が木下さんに気持ちを伝えるために起こった、一夜の奇跡だって思う……」
戦闘の合間、真白は不安がる女性へと歩み寄り、その手を握ってやる。
「ミー君の……気持ち?」
「お互い言葉が通じる。いまなら気持を伝えられる。だから、彼と向き合ってあげてほしい。声をかけてあげて……」
この問題は戦闘だけでは決して解決しない。してはいけない。真白は祈るような思いで女性へと語りかけた。
「僕たちは構わないけど、いつまで続けるつもりですか?」
「っ!」
青年からの攻撃をいなす最中、裕也の冷静な、しかし確信をつく言葉に青年は気圧された。
こんなことを続けている場合ではない。分かり切っていたことを改めて口にされて、青年は立ち止まった。あわせて一同も、ひとまずは武器を下げてその場に落ち着く。
青年は何か言い返そうとする。しかし視界の端に、ひどく狼狽した飼い主の女性がこちらを見ている姿がちらつき、同時にこみ上げてくるどうしようもない罪悪感に、やはり口をもごつかせているしかなかった。
「ったく、こんなことしたって、何にも変わらないだろ?」
「…………っ!」
「飼い主のおねーさんが、悲しむだけじゃないかなー?」
「そんなこと、わかってるっ!」
続く緋世子と竹緒の言葉に、青年はじっと俯いて、かと思えば、激しく声を荒らした。
「わかってるよ! あの男を懲らしめたって、由香ちゃんが俺だけのものにはならないことも! どうせ由香ちゃんやあの男より、俺の方が先に死んじゃうこともっ!
それなら……、俺はその時まで、由香ちゃんの中にいたいんだっ!」
「なら、その思いを今伝えなくてどうするっ!」
その口から、本音が零れだす。聞いた直人は叱咤し、震える青年の肩を力強く掴む。途端に青年は目を見張ったが、その爪や牙で迎撃することはしなかった。
「……お前が人間になったのは、彼女に自分の想いを伝えるためなんじゃないのか? どこが好きで、何が嬉しいのか。彼女に伝えるなら今しかないんだぞ」
「確かに今の君なら、お姉さんを独り占め出来るかもしれない。でも言葉を話せる今の君だからこそ、他にも出来ることがあるはずじゃないかな」
直人が青年から手を放すと、つぐみが諭すように声をかけた。その隣にはつぐみに手を引かれた女性が、スカートのすそを握って、じっとこちらを見つめている。
「由香ちゃん……」
「…………」
女性は不安げな瞳でひたすらに青年を見て、その視線にじれるように青年は尻尾を垂れ、じっと俯く。双方とも、何をどう切り出せばいいのか、分からない様子だった。
「あれはサイキックで人間化したミー君なんです、今ちょっと興奮状態ですけど……怖がらずに、彼の言葉に耳を傾けてください!」
このままでは壁が生まれてしまう……そんな空気に耐えかねて、感情が露わになった裕也が言い放つ。女性はごくりと唾を飲み込み、目の前で手をもじつかせている青年の言葉を待った。
「ほらほら、洗いざらい全部話しちゃいなよー!」
「にゃっ!!」
竹緒は快活に笑い、黙りこくって煮え切らない青年の背中を叩いた。突き出された青年は女性の目の前にて転んでしまったが、そんな青年と視線を合わせるようにして、女性はその場に座り込んだ。
●
「ミーくん……なのね?」
女性は静かに語りかけると、地面に座り込んだ青年は一度だけ、小さく頷いた。
「…………」
「貴方の望む言葉が返ってこなくても、受け入れる気持ちが大切ですよ。貴方の大切なご主人様でしょう?」
口ごもる青年に、裕也はその背後からそっと耳打ちをした。良くない結末が脳裏をよぎり一瞬だけその表情に恐怖の色を浮かべたが、それでもその言葉で決意を固めたらしく、何もない地面から女性へと視線を移した。
「ミーくん……」
「俺は人間じゃないから、由香ちゃんを幸せにしてあげられないけど……」
震える声でも青年は言葉を紡ぎ、そして、女性へと思いをぶつける。
「でも俺、由香ちゃんの事が好きなんだ。だから俺の事、忘れないで、ほしい……」
言った後、青年は緊張の面持ちで女性の反応を待つ。聞いた女性はその長い髪を垂らして、力なく俯いた。
「……これは、夢なの?」
薄い唇が一言だけ開かれ、一瞬、青年の顔に絶望が浮かんだ。女性から拒絶されたのかと思った。
「知らなかったわ、ミーくんがそんな風に思っていたなんて、それに思ってもみなかった。ミー君とお話が出来る日がくるなんて」
しかし、そうではないとすぐに青年は悟る。女性は失望したのではなくて、怒っているわけでもない。
ただ、受け入れてくれたのだと、すぐに尻尾で感じ取れた。
「忘れる筈ないわ。それに、幸せならいっぱいくれたじゃない。あなたは私の、たった一人の家族なんだもの」
「由香ちゃん……!」
歓喜に耳を震わせ、青年は飛びついた。体重は一般男性のそれだろうが、女性は苦を見せることなく、優しい笑みでそれを受け止める。
「今まで淋しい思いをさせてごめんね。でも、とってもいい人なの。機会を作って、ミーくんにもきちんと紹介するから……」
「うん……うん」
頬を摺り寄せてくる青年の頭を、そっと女性は撫でてやる。二人の仲でペットと飼い主の関係は変わらないだろうが、はたから見れば、それは仲の睦まじい親子のような光景で。
「お家に帰ったら、エアンさんだけじゃなくて……熊ちゃんにもただいまのキスをしなくちゃ……」
目の縁に溢れ出た滴を拭い取りながら、百花は恋人とペットの名を呟く。思わず恋人の顔と、愛猫の姿を思い浮かべてしまう光景であった。
一同が完全に武器を収めた頃合いには、女性に抱きしめられている青年の体が、まばゆい光に包まれる。青年の人影はとろけるように消え、霧散し、後には小さな黒猫の姿が残った。
「元通りとまでは行かないかもしれないけど、ネコと飼い主の関係になってほしいな……」
二人に聞こえない程度の声で、かの子は呟く。この瞬間にサイキックが役目を終えたのだと、一同は確信をもってそう思えた。
作者:ゆたかだたけし |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 19/キャラが大事にされていた 1
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