獣よ、ただ本能が望むままに

    作者:波多野志郎

     獣が、地を駆ける。
     一番近いのは猫科の狩猟動物だろう。獅子や虎に近いフォルムを持ち、その大きさも存在感を圧倒的なまでに巨大だった。
     その赤く燃える毛並みから火の粉を撒き散らしながら駆ける巨獣は大きく跳躍し、そこへたどりついた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     それは山を越えていく小さな線路だ。線路を踏み締めひしゃげさせながら巨獣は、その気配に振り返った。
     ――それは、三両編成の電車だ。
     金切り声のような音を立ててブレーキをかける電車へ、巨獣は一直線に走り出す。運転手が息を飲むそこへ、巨獣は真っ直ぐにその炎を宿した鹿のように立派な角を突き刺した。

    「……という、『事故』が発生するっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は真剣な表情でそう告げた。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
     普段は山を根城にするイフリートがたまたま山間を走る電車の線路へとたどりついてしまったのだ。
     そして、運悪く通りかかった電車に遭遇し――イフリートはその本能に従い、電車を破壊してしまう。
    「運転手と数名の乗客が犠牲になるっす。何としてもそうなる前に食い止めて欲しいんす」
     翠織は一枚の地図を広げるとそこに描かれた線路に青いマーカーで線を引き、今度は赤いマーカーで一本の線を引いた。
    「これが線路で、この赤いのがイフリートの進行ルートっす。で、ここで電車とイフリートが接触する前に止めに入って欲しいんす」
     青と赤の線が交わる場所に×を記して、翠織はそう告げる。
     ここに至るまでは険しい山の中だ。斜面となった足場に森、戦場としては最悪といってもいい環境だ。
    「でも、それは相手も同じっす。むしろ、ここで戦う覚悟を決めていくのならば、策を練れるこっちの方が有利に状況を進められるはずっす」
     とはいえ、相手はダークネスであり、イフリートだ。強敵には違いない。イフリートはイフリートのサイキックと龍砕斧のサイキックを使いこなす。その攻撃力で押し切られれば苦戦は必至だ。
    「何としても犠牲を出す前に止めて欲しいっす。強敵と状況の悪い戦場と厳しい条件が揃ってるっすけど、頑張ってくださいっす」
     翠織はそう真剣な表情で締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)
    千鳥・要(フェイルノート・d05398)
    回道・暦(中学生ダンピール・d08038)
    千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)
    阿久沢・木菟(忍者もどき・d12081)
    ジャンゴ・ミナヅキ(残念すぎるハイクオリティ・d14519)
    ベリザリオ・カストロー(高校生ファイアブラッド・d16065)

    ■リプレイ


     そこを山道と呼ぶべきではないだろう――足を踏ん張り道なき道を進む、その中で阿久沢・木菟(忍者もどき・d12081)は呟いた。
    「……ここで良いのでござろうな」
     ただ立つのにも意識する必要がある。視界も決して木々によって言い訳ではない。そこを戦場として最良だと判断する事が、道のりの険しさを物語っていた。
    「何があるかわかんないもんね、備え有ればなんちゃらら~♪ だよ~☆」
     しっかりとした登山用具一式を用意して登山ブーツで足場を固めたジャンゴ・ミナヅキ(残念すぎるハイクオリティ・d14519)が鼻歌交じりにそう笑う。普段なら大げさと言うべきだろうが、この状況ではむしろ適切な装備だったろう。
     御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)は腕時計を確認する。電車のダイヤは頭に入れてきた。
    「最初の電車の後は五十分は時間がある。まずは、最初の電車を乗り切るのが一つの山場だな」
     その後は今は考えるべきではないだろう――それは、自分達が抜かれてしまったという事であり、被害が確定する事を意味しているからだ。
    「下手をすれば大事故になってしまいますからね。気を引き締めてしっかり挑みたいです」
     力生の言葉に回道・暦(中学生ダンピール・d08038)はうなずく。イフリートをここを抜けさせる事の意味を痛いほどに理解出来るからだ。
    (「イフリート……わたくしと同じ炎の獣。マードレとパードレを殺した償い。センセイ達への弔いですわ」)
     それをより理解していたのは、ベリザリオ・カストロー(高校生ファイアブラッド・d16065)だろう。その悲劇を繰り返してはいけない――ベリザリオの紫色の瞳に強い決意を宿す。
     そこで用意を整えてしばし――その気配に千鳥・要(フェイルノート・d05398)が視線を上げた。
    「来ましたね」
    「そのようだ」
     力生も肯定する。遠くからでもわかる、巨獣が駆けて来る足音やその気配に要は何の気なしにこぼした。
    「森の中にイフリートですか、燃え移ったりしないんですねぇ」
     あ、いえ、なんか燃え盛ってるイメージがあったので、と自分に向けられた視線に気付いた要の言葉に微笑み、アンネスフィア・クロウフィル(断罪者・d01079)は自身のスレイヤーカードへ軽くキスを落とし唱えた。
    「freizugeben」
     音もなくその漆黒の大鎌を手にアンネスフィアがうなずきを一つ、地面を蹴る。仲間達も散開し、イフリートを迎え撃つべき行動を開始した。
    『――ガ?』
     斜面を下っていたイフリートが不意に目を細める。自分の進行上、そこに立ち塞がる一つの影に気付いたからだ。
    「…………換装(コンバート)」
     呟きと共に 千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)がその左手に雅凌天清を引き抜き、右手に別の刀を掴む。
     イフリートが志命へとその牙を剥こうとした――その瞬間だ。
    「ともかく、戦闘開始、ですね」
     そこへ要が殺気を放つ。黒く視認出来る鏖殺領域にイフリートは止まれない。
    「臨兵闘者皆陣列前行ッ!」
     そして、素早く九字の印を組み、スレイヤーカードを開放した木菟がそのまま違う印を組んでいき気合いと共に石化の呪いを放った。
     ビキリ、とイフリートの爪先が石化していく――その事にイフリートの動きが鈍った間隙を逃さず、後方へと回り込んでいた力生が爆炎の宿る銃弾の雨をイフリートへと叩き込んだ。
    『ガ――!?』
     それにイフリートが反応しようとして――足をもつれさせる。この斜面の足場でイフリートの加速を考えれば、急激な方向転換をしようと試みればそうなるのも当然だ。
     だが、獣は巧みな体重移動でそれを拒もうとする。その体重を乗せようとした足を斜面を駆け上がった志命が雅凌天清で切り払った。
    「……お前に恨みはない。……だが、斬らなければいけないんだ。悪いな」
     その志命の呟きが届いたかどうか、足を斬られたイフリートがもんどりうって斜面を転がっていく。草を潰し土を巻き上げ転がりながらもイフリートは素早く立ち上がる――そこへ暦とライドキャリバーが同時に動いた。
     ライドキャリバーの機銃掃射がイフリートの足元へ着弾していく中を暦が斜面を下る勢いを利用してシールドに包まれた拳を叩きつける!
    「こっちですよ!」
     そう暦が言い捨て、木を足場に後方へと跳ぶ。
    「よっし! 悪~いイフリートには、正義のヒーロー☆ワンニャー(チェイン)がせーばいしちゃうよ!」
     そのレコード型のリングスラッシャーをクルクルと巧みに操り、ジャンゴがシールドリングをアンネスフィアへと放つ。そのレコードと共にアンネスフィアが木を潜り抜けシュヴァルツイェーガーを横一閃した。
    「こういう戦いには職業柄慣れてるんですよ。何せ、殺し屋は場所を選んでられませんのでね」
     その大鎌の一閃に切り裂かれ、火の粉が宙を舞う。ティアーズリッパーの斬撃を受けながら、イフリートは自身の周囲へと炎を吹き上がらせた。
    『ガアアアアアアアアアアアアアア!』
     その炎は翼のような刃を形成し、イフリートの周りを振り払う。その龍翼飛翔の斬撃はイフリートの巨体もあり、前衛を切り裂いた。
    「許しませんわよ!?」
     だが、すかさず木陰に身を潜めたベリザリオが清めの風を吹かせる。同じく、霊犬の喜助も浄霊眼で暦を回復させた。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
     イフリートが身を低く構え、威嚇の咆哮を上げる。それを聞きながらジャンゴが軽い調子で言った。
    「あらあら、ご機嫌斜めかしら~♪」
    「気分よく走っていたのを邪魔されたんでしょうしね」
     暦はそう返して、思う。確かに自分も何処か気ままに気分よくライドキャリバーで道を走って居て、正面からそれを塞ぎ邪魔するように何かが走ってきたら思ってしまうだろう――退け、と。
     だが、それはあくまで思うだけだ。
    「道路では譲り合いが大事なのですね。そうしないと自分も相手もつまらない思いをすることになりますので」
     その暦の誰もが気分よくいられるためのマナーをイフリートは理解する事はない。
     だからこそ、退けない戦いがここに始まった。


    (「思ったとおり、厄介でござるな……ッ!」)
     斜面で止まる――それだけでかかる自分の足への負荷に木菟は思い知る。
     ただ足場が平らでないだけで、動きの一つ一つの勝手が変わる。止まる。立つ。動き出す。どれをとっても一筋縄ではいかない。
     木菟はそのまま木を背にした。ドン、と背中に衝撃があるが上手く体を固定出来た。
     そして、ガンナイフを構え木陰へと逃れようとしたイフリートの足を狙い撃ちする。スナイパーだからこそ出来るその精密な射撃がイフリートの足を捉え、そのまま木へと激突させた。
    「ふむ、やってみるもんでござるな」
    「ナイス! だよ~ッ☆」
     どーん! と口での効果音をつけてジャンゴが釘バットを魔法少女のバトンよろしく振るう――その瞬間、ヴォルテックスの竜巻がイフリートを飲み込んだ。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     だが、イフリートはその竜巻へ口から吐き出した炎の奔流をぶつけ、相殺する。熱せられた突風が破裂したように周囲に吹き荒れた。
     その中を真っ直ぐに志命が落ちていく。もはや斜面を下るのではない、一蹴りで間合いを詰めると雅凌天清の居合いを放った。
    『ガ、ア――!』
     イフリートは居合い斬りに斬られながらその炎を刃として大上段から繰り出す。志命は刀を抜いた体勢で反応しない――反応できないのではない、する必要がないと確信しているだけだ。
    「喜助、フォロー」
     要の指示に迷わず喜助が炎の刃へとその身を躍らせ志命を庇ったのだ。叩き落され地面を転がる喜助に、志命は短く告げた。
    「……助かった」
    「そこはお互い様です。でも……ああもう、一つ一つの攻撃が強すぎません?」
     喜助に変わって答え、要は眉根を寄せて言い捨てた。イフリートの攻撃力は一撃一撃がひたすら重い――だからこそ、ベリザリオの神経もすり減らされていた。
    「大丈夫ですわ、回復は任せてくださいの」
     自身でも傷を癒す喜助へと防護符を放ち回復させながら、ベリザリオは敢えて仲間達へと笑顔を見せた。
    (「弟もきっと同じように戦っていますもの」)
     同じように学園で戦っているだろう『家族』を想い、ベリザリオは意識を研ぎ澄ませる。ダークネスと戦い続け、犠牲になる人々を救う――その中には共に戦う仲間も含まれている、だからこそメディックの自分が倒れる訳にはいかないのだ。
    「裁きの光を浴びろ――」
     全身がまばゆい白い光に包まれ、力生が言い放つ。そのジャッジメントレイの光条をイフリートは浴びて、唸りを上げる――そこへアンネスフィアが無数に生み出した刃をイフリートへと射出、その巨体を切り裂いた。
    「――――」
     今です、とアンネスフィアの視線が告げる。それが誰に向けたものなのか、イフリートは意図にも気付かない。
     その視線を受けて、暦がうなずく。イフリートの背後、その木を一気に駆け上がりその変形した解体ナイフを振り下ろした。
     思わぬ場所からの攻撃にイフリートがその足をよろめかせる。そこへライドキャリバーが銃弾を叩き込む――!
    「やられっぱなしは趣味じゃ無いんですよ」
     そして、要はその足元から影を走らせ、イフリートの巨体を飲み込ませた。イフリートは地面を抉りながら、影を内側から食い破り疾走する。
     その姿を見ながら、暦はため息をこぼした。
    (「この戦場が助けになるんですね……」)
     それは、戦う前に何が出来たかの差だ。
     出来る限り自分達が戦うのに適した戦場を選択し。悪条件を覚悟して用意を整え――それで、今の戦況がある。
     現状、灼滅者達は有利に状況を進めていた。この地形で戦う用意をしていた、その事実は大きい。もしもこれが平坦な場所での戦闘であったなら、こうも行かなかっただろう――イフリートの攻撃力は、それほどに高い。
    「……通り過ぎたか」
     表面についた土を拭い、腕時計を確認して力生は呟いた。ダイヤから計算した時間では、もう未来予測で襲われる事になっていた電車は予想地点を通解している。
    「なら、後は倒すだけだよ~♪」
    「で、ござるな」
     ジャンゴの言葉に木菟が答える。ここで倒さなくては意味がないのだ――志命も無言でうなずき、イフリートへと駆けた。
     イフリートがそれに反応する。だが、それよりも一瞬だけ志命が速い。スライディングするようにイフリートの懐へと潜り込むと二本の刃を舞うように振るい、四本の足を切り裂いた。
     大きくそれにイフリートが体勢を崩す。そこへライドキャリバーと共に暦が跳び込んだ。
    「私の列車は小さくても、貴方を轢できるパワーはありますよ」
     頭を下へと叩きつけるように暦はシールドバッシュを放ち、その下がった顔面へとライドキャリバーが突撃する。
     鈍い激突音と共にイフリートがのけぞり、斜面を転がった。しかし、イフリートは土砂を巻き上げながら無理矢理急停止、大きく跳躍するとアンネスフィアへと炎の爪を振るう!
    「本能のまま暴れるのもまた一興でありますが、知性を使いなさい」
     それに浪泳ぎ兼光・蓮歌を構えたアンネスフィアが凛と言い捨てた。
    「殺意丸出しじゃ、攻撃なんて当たりませんよ」
     居合いからの一閃がレーヴァテインの爪撃を真っ向から迎え撃つ。その居合い斬りが爪の軌道をわずかに逸らし、地面へと深々と抉らせた。
     そして巻き上がる土の中を駆け抜け、アンネスフィアはシュヴァルツイェーガーへとすかさず持ち替え、死角からの横薙ぎを繰り出す。
    『ガ、ハ!?』
    「回復だけだと思うな!」
     そこへベリザリオが気合と共に放つ影の刃が降り注いだ。縦へ横へ、その燃える毛並みを切り裂かれながらイフリートは斜面を転がり落ちていく。
     そのイフリートが転がる先へ回り込む人影があった――木菟だ。
    「こんな時は拙者にお任せ……で、ござるッ!」
     繰り出すのは制約の弾丸だ。その魔法の弾丸に撃ち抜かれ体を硬直させたイフリートへと要が鋼糸を振るった。
    「全く、少しは落ち着いてくださいっての――喜助」
     要の鋼糸が森の中に作り出す結界糸の陣にイフリートが捕われた瞬間、喜助が駆け込みその刃を突き立てる。
     そして、ジャンゴが釘バットを肩に担いでそこへ跳び込んだ。
    「ジャンゴ君、大きく振りかぶって~♪」
     野球のバッティングフォームで地面を滑りながら間合いを詰めたジャンゴがおもむろに釘バットをフルスイング、イフリートの顔面を殴打した。
    「カッキーン☆」
     そんな効果音と裏腹に鈍い打撃音が響き、イフリートが地面を転がる。そして、ガトリングガンを構え、力生が言い捨てた。
    「終わりだ――!」
     鳴り響く銃声。力生のガトリング連射の銃弾が容赦なく降り注ぎ、そのまま内側から爆ぜるようにイフリートが四散した……。


    「いや危なかったですねぇ、髪が焦げると思いました」
     要の冗談めかした言葉に、仲間達もようやく笑みをこぼした。安堵と共に力を抜くと斜面を転げそうになる――その事に、木菟はため息をこぼす。
    「足場の悪いところで暴れるもんだから泥だらけでござる。帰って一風呂浴びるでござるよ」
     その木菟の言葉に、力生が思い出したように呟いた。
    「せっかくだ。例の電車、載っていくか? 少し歩けば駅がある」
     懐から取り出した地図を広げ、力生は一点を指差す。仲間達もそれを覗き込むと、確かに近い――力生は土に汚れた頬を拭いながら、人好きのする笑みをこぼして言った。
    「たまにはローカル線の旅もいいもんだぞ」
    「電車旅もいいかもねー♪」
     それにジャンゴも賛成する。何よりも自分達が守ったそこを堪能できるのだ――気分も格別だろう。
     歩き始める仲間達の中で、志命は背後を振り返る。
    「…………」
     幾度となくイフリートを狩った志命が、今回は思うところがあったのだろう――言葉にはせず、ただため息をこぼした。
     灼滅者達は春の装いとなった山を歩いていく。そして、自分達が守り抜いたその絶景を存分に堪能した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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