時間は深夜。その乗用車はそのみすぼらしい旅館を見つけた。
「いやぁ、こんなとこに宿があるとはなぁ」
男は安堵したように息をこぼし、一台も止まっていない駐車場に乗用車を停める。
カーナビの誘導で渋滞につかまってしまい道を逸れたら――ここまで来てしまった。明らかに人気のない山の奥であり、男のカーナビには記されていない道に潜り込んでしまった。
「道を聞くなり、最悪泊まるなり、何とかなりそうだな……」
夜の山道ほど危険なものはない。特に整備されていない道など、文字通り暗闇の中を進むようなものなのだ、慣れていない男にしては賢明な判断だったろう。
「すみませーん、いらっしゃいますかー?」
あ、開いてる、と男はガラリと扉を開けて奥へと声を上げた。
そう、男は賢明な判断をしたはずだった――ただ、不運はその旅館は数年前に潰れており、今はネズミバルカン達の住処となっていた事だった……。
「踏んだり蹴ったり、とはこの事っすね」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は深々とため息をこぼした。
今回、翠織が察知したのははぐれ眷属、ネズミバルカンの動向だ。
「その旅館は立地の問題から数年前に潰れてそのままだったんすけどね? 無人になったそこにネズミバルカンの群れが住み着いてたみたいなんすよ」
そして、未来の出来事だがそこに道に迷って深夜に訪れてしまった男の人が犠牲になってしまう。
「そうなる前に、旅館の中にいるネズミバルカンを駆除してやって欲しいっす。もう朽ちていくだけの旅館っす、ネズミバルカン達に荒らされてるし遠慮なくバカスカやっちゃって欲しいっす」
ネズミバルカンの数は全部で十一体。平屋建ての旅館の中にばらばらに住んでおり、戦闘が始まれば集まってくるだろう。
一体一体の戦闘能力は大した事はない。確実に倒して欲しい。
「人気のないとこっすし、昼間にちゃちゃっと挑んで欲しいっす。ただ、油断だけはしないできっちりと準備を整えて駆除してくださいっす」
じゃあ、頑張ってくださいっす、と翠織は締めくくった。
参加者 | |
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白・理一(空想虚言者・d00213) |
鷲宮・密(散花・d00292) |
龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176) |
本堂・龍暁(伏虎・d01802) |
糸崎・結留(巫女部部長・d02363) |
織元・麗音(ピンクローズ・d05636) |
メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
●
――寂れた元旅館を見て鷲宮・密(散花・d00292)は小さくため息をこぼした。
「旅館をやってた頃は、此処も静かで良い所だったのでしょうね。一度来てみたかったわ」
周囲の光景は絶景だ。日本の四季を楽しめる自然に溢れている。一番の問題は溢れすぎている事なのだが。
確かに密が語る通りに静かな良い所だ。都会の喧騒が遠い。遠すぎる。ここまで来ると人界と隔絶した、と言った方が正しい。
かろうじて繋がる道も整備はしてないのかボロボロだ。唯一の救いかアスファルトで舗装されてはいるが、むしろ舗装されていない方が迷い込まなくて結果的に良かったのではないか? そう思わせる程の僻地だ。
だからこそ、その無人の廃墟と化した平屋建ての旅館は広い。
「廃れた旅館にネズミの群れ……って何かちょっとしたホラーだよね。まあ、人骨とか出て来ても困っちゃうんだけど」
「辺鄙な所っていうのはいいけど元居た人達はちゃんと逃げたのかしら? 死体で見つからないと良いけど」
深束・葵(ミスメイデン・d11424)がしみじみと呟くのに、メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)も何の気なしにこぼす。確かに、そう思わせるのに充分な雰囲気のある状況ではある。
「問題はない。とっとと終わらせるだけだ」
「ええ、そうしましょう」
本堂・龍暁(伏虎・d01802)が短く言い切ると、龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)も柔らかい笑みで同意した。
「よいしょー! 今日は害獣駆除のお仕事なのですよー!」
糸崎・結留(巫女部部長・d02363)が張り切ってマテリアルロッドを振り回した。ちなみに「よいしょー!」の部分で、宿の扉を快音を立てて破壊したのだ。
一転、二転、ガラスの割れた枠が宿の中へと転がっていく。目の前を吹き飛んでいくその枠を玄関を覗きに来ていたネズミバルカンが見送った。
『…………チュ?』
「さくっと倒してさくっと帰ろうー」
「思う存分に狩って狩って狩りまくりましょう」
間延びした口調で白・理一(空想虚言者・d00213)がのんびりと言い、織元・麗音(ピンクローズ・d05636)がこれから起こる出来事にうっとりと微笑みながら続ける。
「ただ暴れて来い、というだけだなんてとても素敵ですね?」
『……チュチュ?』
麗音の笑顔と言葉に、ネズミバルカンが小首を傾げた。灼滅者達はそれぞれの武器を構える。
――ここに、害獣駆除が始まった。
●
板張りの廊下の上で銃弾の雨が飛び交う。柱を削り、壁を撃ち抜き、襖に穴を開ける――その物騒な雨の中を結留は迷わず駆け抜けた。
「さー、ネズミ退治の時間なのですよ!」
加速した結留の小柄な体がネズミバルカンの懐へと潜り込む。そこは例えるならば台風の目だ、両肩のバルカンの下にはその鉛玉の雨は届かない。
『チュ!』
ネズミバルカンはそれを知識としてではなく本能として理解している。だからこそ、後方へと跳び射線を確保するべく動いた。
「はぁーっ!」
だが、結留の踏み込みは防御であると同時に攻撃だ。ダン! と強く床を踏み締めたその瞬間、あふれ出した影が刃となり走る――その刃は深々とネズミバルカンを切り裂き柱を切り落とした。
「……あれ?」
ゴトン、と足元に落ちた柱の一部に結留が目を白黒させる。
「あわわ、これって柱なのですよ……?」
「柱に一本や二本、大丈夫よ」
結留が柱を元の場所に戻そうとわたわたするのを見て、メルフェスがそう鷹揚にうなずいた。ちなみに大丈夫である根拠は一切ない、しかしその自信に満ち溢れた態度は説得力だけは充分にあった。
「そうですか、よかったのです!」
その結留の笑顔こそメルフェスにが眼福であり説得力の報酬だった。ちょっと柱の傾きが増えたのに気付いたが、彼女の笑顔に引き換えられるなら軽いものである。
『チュチュ!』
切り裂かれながらも跳んだネズミバルカンは客間で身構えていた。両肩のバルカンを構えるネズミバルカンの姿を一瞥して、メルフェスは迷わず客間へと踏み込んだ。
「本物のNINJAは使えない術らしいけど……」
ネズミバルカンのガトリング連射が放たれた瞬間、バン! と畳が跳ね上がりその視界を覆った。メルフェスのマテリアルロッドが歪んだ畳の縁へと潜り込み、畳を跳ね上げたのだ。
『チュ!?』
「遅いわ」
「――なのです!」
畳み返しによって視界を奪ったメルフェスと結留が両端から回り込み、同時にそのマテリアルロッドを振るう。唸りを上げて叩き込まれたそのフォースブレイクのコンビネーションに、体を大きく震わせながらネズミバルカンが崩れ落ちた。
「あれで三体目ね」
メルフェスと結留が倒したのを確認して密が呟く。襖の向こうにネズミバルカンの影を見て、小さくこぼした。
「させると思って?」
振り向きざま密が刀を投げ放つ。脇腹に受けてよろけたネズミバルカンへ密はすぐさま間合いを詰めた。
突き刺さった刀を逆手で引き抜く。ネズミバルカンはそのままバルカンを撃ち込もうとして密へと向き直るが――ガン! と鈍い打撃音と共に大きくのけぞった。
それは巨大化した異形の拳、密の鬼神変だ。それを顎にまともに受けて、ネズミバルカンがもんどりうって畳の上を転がった。
だが、ネズミバルカンは素早く立ち上がる。そして、その爆炎を宿す銃弾が密へと放たれた。
密は薄紅色の蝶の群を眼前に集中させ、その銃弾を受け止める。銃弾の衝撃そのものを殺しきれる訳ではない――だが、炎を舞い散らせながら動く余裕が生まれた。
『チュ!?』
バン! と畳が跳ね上がる。その畳み返しによって視界を遮られたネズミバルカンが息を飲む中、畳がネズミバルカンの前で吹き飛ばされた。
「食らっておけ」
龍暁のフレイジングバーストとライドキャリバーの伍朗による機銃掃射がネズミバルカンを襲う。ネズミバルカンも銃弾による相殺を狙うが、受け止めきれない。胴体を、手足を撃ち抜かれ大きく体勢を崩したネズミバルカンへ大上段の斬撃が放たれた。
「――四体目」
畳と銃弾を目くらましに真横へと回り込んだ密の雲耀剣だ。その斬撃に真っ二つに切り裂かれ、ネズミバルカンは畳の上に倒れ伏す。
「次はどの鼠にしましょうか」
刀の血を払って無表情で密が言い捨てた瞬間、無数の銃弾の雨が廊下の奥から撃ち込まれた。物陰に身を潜め、柊夜がこぼす。
「大したことのない相手とはいえ、数が多いのは面倒ですね」
戦闘の気配に気付いたのだろう、三体のネズミバルカンの姿がそこにあった。これからは続々と集まってくるだろう、一網打尽にしたいこちらとしては願ったり叶ったりだが。
その一体へ柊夜は影を走らせる。それは雄々しき龍の形となり、ネズミバルカンの体を締め上げた。
「……ガドリングはこうやって撃つものだよ!」
そして、ガトリングガンを構えた葵のバレットストームとライドキャリバー の我是丸の機銃掃射が三体のネズミバルカンを捉える。その激しい銃弾の嵐を堪えているネズミバルカンの一体へ理一が風の刃を繰り出した。
渦巻く風の刃は容赦なくネズミバルカンを切り刻む。自身の風が巻き起こす大量の埃に理一は軽く咳き込んだ。
「うわっ、埃っぽい……床抜けたりしないかなぁ……」
「そうなる前に終わらせるぜ」
理一のぼやきに葵はそう笑って言い捨てる。同じガドリング持ちの葵としては、こんなホラーの情緒も介しないようなネズミなんて早々に滅んでいい相手だ。ホラーがスラップスティック・コメディになる前に仕留めたいところである。
互いの銃弾が止んだその瞬間、麗音が戦場を駆け抜けた。長い髪Tとドレスをなびかせ、その大鎌を振るい龍の影に締め上げられていたネズミバルカンを突き刺す!
『ヂュ――』
串刺したまま、麗音はそのままネズミバルカンを壁に押し付けながら大鎌を振り抜いた。ガリガリガリガリ! と壁を貫通させた切っ先で削りながら死を宿した刃は文字通りネズミバルカンの命を断ち切る――その感触と飛び散る血に麗音は艶やかに微笑んだ。
「次はどなた?」
その問いかけにネズミバルカンは答えない。ただ、銃弾で応戦した。
●
戦場は大広間へと至っていた。恐らくは宴会会場か何かだったのだろう――だが、今はそこは銃声鳴り響く戦場となっていた。
(「所詮は烏合の衆、ですか」)
銃弾を黒狼牙の黒い刃で弾きながら柊夜は言い捨てる。目標通りに完全に集まりきる前に四体倒しきれたのは大きい――全部のネズミバルカンが集まった事は確認済みだ。
もしも、ネズミバルカンが連携してこちらに対抗してきたのならばその数は脅威となっていただろう。しかし、それぞれが個々で思う思うに襲ってくるだけならば対処出来ない相手ではない。
『チュ!!』
伍朗の突撃をネズミバルカンはその銃弾の雨で相殺する。勢いを失い伍朗は軌道を逸らされるが、その時には龍暁が既に間合いを詰めていた。
「――ォオッ!」
気合いを込めて、龍暁がその拳をネズミバルカンの胸元へ豪快に叩き込む。ミシリ、と骨が軋む音を響かせ、ネズミバルカンが体勢を崩したそこへ柊夜はフリュスケータをはめたその指をかざし、制約の弾丸で撃ち抜いた。
「八体目」
崩れ落ちたネズミバルカンを見下ろし、柊夜はそう呟く。
「うぅ、早く帰りたーい!」
いたいのいたいの飛んでいけー! と理一が清めの風を吹かせる中を結留が走り出した。牽制するようにバルカンを連射する相手へ結留はその右手をかざす。
「どっこいしょー!」
まるで重いものでも投げつけるかのような動作で結留はそのオーラの砲弾を撃ち込んだ。そのオーラキャノンは襖と柱を吹き飛ばし、ネズミバルカンが顔面を捉え大きくのけぞらせる――そして、その背中に我是丸が体当たりをかました。
『チュチュ!?』
ギュガ! とタイヤが背中を嫌な音を立てて削る。そのキャリバー突撃にネズミバルカンの体が宙を舞った。二度、三度、と転がって壁に叩きつけられたネズミバルカンは立ち上がろうと壁に手をつく。だが、立ち上がるよりも早く葵がガトリングガンの銃口をその背中に押し付けていた。
「今度生まれて来る時は、情緒を学んで来な」
ガガガガガガガガガガガガガガッ! と零距離での葵のガトリング連射がネズミバルカンを撃ち抜く。銃声を音楽に踊るように体を跳ねさせたネズミバルカンは、そのまま立ち上がる事はなかった。
その仲間が撃ち倒された光景に、一体のネズミバルカンが身構える。葵へと撃ち込もうとしたその瞬間だ。
「あれで九体目ね」
その声にネズミバルカンが振り向く。その瞬間、障子の影から繰り出された槍がネズミバルカンの腹を刺し貫いた。
「早くあなたも十体目になってしまいなさい」
そして、麗音はその障子ごと大鎌でネズミバルカンを切り裂いた。ネズミバルカンはよろけるように下がりながら麗音へブレイジングバーストを射撃していくが、麗音はそれをオーラを集中させた両手で弾き落として、防いでいく!
「往生際が悪いわよ?」
そして、そのネズミバルカンを処断銃『ブロー・エキャルラット』の魔法光線の一射でメルフェスが撃ち倒した。
「これで十体目、後一体は――」
メルフェスが言い切る前だ。大広間、宴会用のステージの上へと躍り出た最後のネズミバルカンがそのバルカンを構え、撃ち込もうと身構える――!
「させないわ」
だが、それは果たされない。ダン! と畳を強く踏み締めステージへと駆け上った密が一気に間合いを詰めてからの居合いの一閃で射撃体勢だったネズミバルカンの胴を切り裂いたのだ。
『チュ……!』
「ほい、おしまいー」
理一がその神薙刃を解き放つ。渦巻く風の刃はネズミバルカンを容赦なく切り刻んでいき――ついに、最後のネズミバルカンが崩れ落ちた。
「十一体目――」
「そうね」
刀の血を振り払い振り返った密のカウントに、メルフェスはうなずく。
「十一体、駆除完了です」
柊夜がそう、戦いの終わりを静かに告げた……。
●
「崩れなかったのです、意外に丈夫なのです」
戦いを終え、結留は旅館を見上げて感心したように言った。確かに崩れはしなかったが、その時を早めたのは確実だったろう――麗音などは思う様に暴れられて満足な笑みを浮べていた。
「こうしておけば、入ろうとは思わないでしょう」
メルフェスは一枚の紙を旅館の入り口へと貼っておく。『この旅館は移転しました』と書かれた文字の下に最寄りの人工施設までの簡単な道程の書かれた地図が書いてある。事前にこの周辺を調べて、用意しておいたのだ。
こうして、灼滅者達はその旅館を後にした。人がいなくなれば後は朽ち果てるのみだ――それがいつになるかはその豊かな自然が見守ってくれる事だろう……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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