幸福な悪夢~抗いがたきもの

    作者:篁みゆ

     灼滅者達が教室を訪れると、待っていた神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)が柔らかい表情で出迎えてくれた。
    「やあ、よく来てくれたね」
     瀞真は和綴じのノートを開きながら椅子に座るよう促す。
    「現在、少年少女が眠り続けるという事件が発生しているよ。この事件は高位のシャドウ、慈愛のコルネリウスの仕業と思われる。20名以上の少年少女が覚めることのない夢を見続けているんだ」
     慈愛のコルネリウスには悪意はあまりないのかもしれないけれど、このまま無視をするわけにはいかないと瀞真は言う。
    「つまり、慈愛のコルネリウスの夢の中から少年少女達を救い出してあげて欲しいんだ」
     瀞真は全員を見回してひとつ、頷いて続ける。
    「夢の中はまるで現実のようなリアルな世界になっていて、その夢を見ている者の為に特別に作成されているようだね。夢に囚われた者達は夢の中を『現実である』と思い込んで生活していて、自分が夢の中にいるとは思っていないようなんだ」
     夢の中だからといっていいことずくめなわけではないらしい。ちょっとした不幸などはあるし、努力しなければ良い結果は生まれない。だが本当の不幸に陥ることは無いし、努力すればしただけ報われて、幸福な夢になっていく。
    「この事件は一見、放置していても問題がないように見えるかもしれないね。けれどもそう単純な話ではないんだ」
     慈愛のコルネリウスの慈愛の心はとても広い。今回の20名の夢が成功したら、今度は規模を広げて、更に多くの人間を夢に捕らえるようになっていくだろう。
    「最悪、都市の住人すべてが眠り続ける……と言った事件に発展しないとも限らない」
     そうなってからでは遅い。今が動く時なのだ。
     夢を見ている人にそれが夢であり、現実ではないことを理解してもらい、現実に戻る決意をさせれば夢から連れ出すことができるだろう。
    「君達に向かってもらうのは、楓香(ふうか)という名の少女の元だよ。けれどもソウルアクセスを行おうとすると、それを邪魔するべく、慈愛のコルネリウス配下のシャドウが眠っている楓香君の傍らに出現するんだ」
     シャドウには現実世界で活動できる時間に制限があるが、その強さは他のダークネス達とくらべてもかなり強力である。
    「幸い、シャドウも楓香君を傷つけるようなことはしないから、その辺は戦闘には支障がないよ。また、シャドウは危機に陥ると夢の中に逃げこむから、それを元に戦略を立てるのがいいと思う」
     命を捨てて戦闘を仕掛けてこられると強敵であるが、危機になれば逃げるという方針である以上、つけ込む隙は充分にあると瀞真は言う。
    「現実側でシャドウを撃退することに成功したら、改めてソウルアクセスで夢の中に入ることになるよ。ただし闇堕ちした者がでてしまったり、重傷者が複数でた場合など、夢の中のシャドウと戦うのが難しい状況になった場合は、一旦撤退することになるだろうね」
     そうならないことを祈っているよと告げ、瀞真はノートを繰る。
     現れるシャドウは、ぷよぷよしたひょろ長いゼリーのような姿形をしているが、攻撃する際には鳥のような翼に身体の一部を変化させる。この翼から鋭い羽根を飛ばす攻撃は『ガトリングガン』相当の攻撃となる。
     また、当然のことながら『シャドウハンター』の使うサイキックと同じ物も使用してくるので注意が必要だ。
     ただ、翼があるとはいえ飛行することはない。
    「現実に出て来たシャドウと戦うという危険な任務になる。勿論、成功して欲しいと思っているけれど、同じくらい無理をしないで欲しいとも思う」
     瀞真は真剣な表情で、灼滅者達を見渡す。
    「みんなでしっかり協力して、無理せず頑張ってきてほしい」
     ぱたん、音を立ててノートが閉じられた。


    参加者
    杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)
    支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112)
    平田・カヤ(被験体なんばー01・d01504)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    深見・セナ(飛翔する殺意・d06463)
    鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    桐山・明日香(風に揺られる怠け者・d13712)

    ■リプレイ

    ●拒むもの
     楓香という少女の家は世間一般の一戸建てよりは断然大きく、従って彼女の部屋も12畳ほどあり、そこそこ広かった。広い部屋の中の棚のひとつには幾つもの高価そうな人形が飾られており、お金持ちの娘の部屋と言われれば納得できそうだった。ただ気になるといえば、同じ人形が何体かあることだ。
    (「普通、こういうのは同じ物をたくさん集めるのではなく、違う物をコレクションするものではないのか?」)
     何か彼女に関する手がかりはないか、そう思って室内を眺めていた新沢・冬舞(夢綴・d12822)だったが特に気になったのはそのくらいで、後は高価なものをたくさん与えられている典型的なお金持ちの娘の部屋のように見えた。
    「星界に煌めく星々よ……リリース!」
     解除コードを口にして封印を解いたのは、ソウルアクセスを試みる予定の杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)だ。彼女は『シューティングスター』に軽くキスをしたあと楓香の眠っているベッドに近づき、次々と封印を解除して戦闘準備を整えた仲間達を振り向いた。
    「準備はいい? 行くわよ……」
     仲間達が頷いたのを見て、沙紀はそっと楓香に手を伸ばす。誰かが息を呑む音が聞こえた。まもなくシャドウが姿を現すはず。嫌でも緊張が走る。
     沙紀の手が楓香に触れようとしたその時、それを阻むかのように何かが沙紀の腕を穿った。
    「っ……!」
     沙紀が血の流れる腕を抑えながら、反射的に後ろに飛んでベッドから距離をとる。武器を構えるようにして警戒態勢を取った灼滅者達の前に現れたのは、ひょろ長い、不気味な形をした影の塊。そう、シャドウである。ゼリーのようにぷよぷよしていて一見弱そうではあるが、見た目通りの実力ではないことは確かだろう。油断するわけにはいかない。
    「我が主の邪魔をしようとする者……我が主コルネリウス様の命において、このカナフが成敗して差し上げましょう」
     カナフの声は一見穏やかそうに聞こえるが、その言葉の端々から威圧感のようなものが滲み出ている。肌が、粟立つ。
     それでも灼滅者達は怯むわけにはいかない。一番最初に動いたのはオデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)だ。
    「甘いキャンディみたいに見せかけて、ほんとうは苦い毒なのね。女の子の夢の中から、真っ黒な影は出て行ってもらうわ!」
     オデットは前衛陣の前に盾を広げ、防御を固める。次いで沙紀が自身に癒しの力を込めた矢を放ち、力を高めた。
    (「これ以上被害を増やしたくはないです。楓香さんを助けることが目的なので、気を引き締めねばなりませんね……」)
     深見・セナ(飛翔する殺意・d06463)は分裂させた小光輪を沙紀の前に展開し、彼女の傷を癒しながら思う。そう、楓香を助けるには今ここでカナフを撤退させなくてはならないのだ。
    (「どんなに幸福でも、楓香さんが囚われている世界は彼女の夢という閉ざされた世界に過ぎない」)
    「刻の悪魔よ、刹那の理を我に示せ」
     自らを覆うバベルの鎖を瞳の集中させて己の力を高めるのは鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)だ。
    「私達もやられるわけにはいかないんでね」
     闘気を変換した雷を拳に宿し、桐山・明日香(風に揺られる怠け者・d13712)はカナフに接近する。そしてアッパーカットをお見舞いした。
    (「自ら望んででは無いとはいえ、夢の中だけで幸せになってもダメなのです」)
     支倉・月瑠(空色シンフォニカ・d01112)は自身に暖かな光を浴びせ、治癒力を高めていく。
    (「辛いことがあっても現実世界で人と触れあって生きていくのが、素敵なことだと思うのです」)
     だから幸福な夢の中で眠り続けるのがいいことだとは思わない。
     冬舞はまだなかなか手に馴染まない日本刀をしっかりと握りしめ、中段の構えから早く重い斬撃を繰り出す。厳しい戦いだが、闇堕ちすることなく次のステップへと繋げたい。夢の中の楓香を救うのも大事だと思うからこそ。
    (「今の段階では放置しても大丈夫とは云え、ボクたちは夢の中よりも現実で幸せになる努力をしないと」)
     楓香にもそうあって欲しい、平田・カヤ(被験体なんばー01・d01504)は龍の翼のごとき高速移動でカナフをなぎ払う。
    「引くつもりはないということですね。あとで後悔しても遅いですよ!」
     カナフはひょろひょろの身体の背に、影の翼を造り出した。そしてその翼から、弾丸のような勢いで大量の鋭い羽根を撃ち出していく。その羽根は前衛の四人へと次々と刺さっていった。
    「鳥の形はしていても空は飛べない……あなたの姿はあなたの夢と同じね。見せかけだけの偽物ばっかり!」
     オデットは痛みを顔に表さず、盾で思い切りカナフを殴りつける。
    (「二度とわたしと同じ境遇の人を出してはいけない……必ずシャドウを退けて、楓香さんを助けてみせるわ」)
     沙紀は自らの片腕を異形化させ、カナフに振るう。家族を失い、自身がシャドウと化した時以前の記憶は無いが、二度と同じ境遇の人を出さないという思いは強く、誓は固い。
    「今、清めます」
     セナが招いた浄化を齎す風が、前衛を癒し、浄化していく。
    (「人は人と関わり合う事でもっと幸せになれる。友や愛する人の幸せを嬉しいと思えるように、手強い敵が相手でも仲間と力を合わせれば立ち向かえるように」)
     玖耀の、上段の構えからの鋭く重い斬撃がカナフを襲う。続いて明日香が盾でカナフを殴るも、やはりこのくらいでは敵は動じた様子もない。それほどまでに強力な相手なのだ。
     月瑠はギターを掻き鳴らし、前衛の傷を癒していく。カナフが撤退するまでの長丁場となる以上、余裕のある時に少しでも傷を癒しておきたかった。
     冬舞はカナフの死角に周り、そこからの斬りつけで傷を負わせて。カヤは雷を宿したアッパーでカナフを打った。
    「まだまだ……といった様子ですね」
     それは自分もだ、とばかりにカナフはハートのマークを胸元へと具現化させて、傷を癒す。
     まだまだ戦いは始まったばかりだった。

    ●拒む者の余裕
     前衛が盾となり、中衛以降を守る。中衛以降は回復専念と、ダメージにプラスαを与える。そうして整えられた陣形は未だ崩されていない。かわりにカナフに深い一撃を与えることも出来てはいなかった。けれどもそれでいいのだ、一番大切なのはカナフが撤退に至る時まで誰一人脱落せずに耐え切ることだから。
     灼滅者達も傷を追っているが、回復をしっかり備えてきたため、まだ大事には至っていない。表面上はわかりづらいが、カナフとて傷を負っているはずだ。あれだけ攻撃を与えたのだから、無傷だなんて言われたらたまったものではない。
    「そろそろギブアッブしますか?」
     カナフの影の羽根がオデットを狙う。羽根は刺さると爆炎を上げた。
    「するわけないわっ!」
     その炎を振り切るようにして、オデットはカナフに迫り、マテリアルロッドで殴りつけるとともに莫大な魔力を流し込む。
    「愚問ねっ!」
     沙紀の弓から彗星の如き矢が放たれ、軌跡を描いてカナフの身体に突き刺さる!
    「オデットさんの傷を癒します」
     回復先が被らないようにと意思表明をして、セナが小光輪をオデットの前に広げた。玖耀の繰る鋼糸が更に結界を展開し、カナフを取り囲む。明日香のアッパーカットがカナフの顎らしき場所に炸裂した。ぷるんと揺れるその反応が、なんだか挑発のように思える。
    「沙紀さんっ」
     月瑠は柔らかい旋律を奏で始める。紡がれていくのは天使の歌声。沙紀の傷を癒し、その歌声は流れていく。その隙に死角に入った冬舞が解体ナイフでカナフを切り上げる。だが、残念ながら手応えはそれほど大きくはない。
     カヤは影を操り、その触手でカナフを縛り上げる。カナフは少しばかり不快そうな顔を見せたが、ニヤリ、口元を歪めてみせた。
    「耐えてみせて下さいね?」
     漆黒の弾丸は真っ直ぐにカヤを目指し、飛んでいく――。

    ●拒む者の……
    「負けるわけにはいかないのです」
     玖耀が高速で糸を繰ると、カナフの身体が切り裂かれる。表面の影をそぐように鋭い糸が滑っていく。
    「まだ、倒れてもらうわけにはいかないんだよ」
     明日香はオーラを癒しの力に転換し、沙紀の傷を癒していく。
    「もう少しがんばってくださいね」
     ギターを掻き鳴らすのは月瑠。力強いメロディが、盾と成っている前衛の皆に立ち上がる力を与えていった。
     冬舞の日本刀での一閃。最初こそ使い慣れていなかった感のある日本刀が、だんだんと手に馴染んできているような気がする。合わせるように彼我の距離を詰めたカヤは、零距離でカナフを思い切り蹴りつけた!
    「く……時間が……。こうなったら一人でも多く倒して……」
     カナフが大きく闇の羽を広げた。それを見た灼滅者達は身構える。その羽根は飛ぶためのものではないと彼らは知っている。恐れるのは飛翔ではなくその羽根から繰り出される高威力の攻撃。
     ぶわさっ!
     羽ばたくようにして、無数の羽根が灼滅者達を襲う。雨のように降り注ぐ羽根は鋭さを増して前衛へと突き刺さる。
    「……っ!」
     口から漏れそうになる悲鳴を抑えて攻撃に耐える前衛の四人。羽根の豪雨が去ったあとにはその手足や頬には血の線が無数に走っていた。だが、誰ひとりその目は死んでいない。諦めてはいない。
     これまでのカナフの攻撃で、盾となっていた前衛の皆は特に傷が深かった。癒しても癒しきれぬ傷が身体蝕み、今にも膝を付きそうになっている者もいる。だが、負けてなるものか、楓香の救出を諦めてなるものかという思いが彼ら八人を未だ、その場に立たせているのだ。
    「くっ……」
     自らの攻撃で誰ひとり屈服するものがいないと知ったカナフは悔しそうに呻いた。その隙にオデットが思い切り魔力を叩きこむ。合わせるようにして沙紀が異形化させた腕による攻撃を繰り出した。
     セナの喚んだ清浄なる風が前衛を暖かく包み込み、傷と穢れを癒し、玖耀の指が器用に繰る糸がカナフを責め立てる。明日香の攻撃が、ぐにゃんとした身体にめり込んだ。
     月瑠は歌う。今度は神秘な歌声で。伝説の歌姫を思わせるその歌声は、カナフのすべてをじわじわと侵食していく。
    「そろそろ帰る時間なのだろう?」
     死角に入った冬舞が、ナイフで切りつけながら揶揄するように告げた。
    「まだ続けるのかな?」
     カヤの影が、カナフを弄ぶ。
    「く……我が主コルネリウス様よ……私はまだ戦えるというのに……」
     戦闘は、カナフが思っていたよりも長期戦になったのだろう。長期戦になってしまう前に灼滅者達を倒すことの出来なかったカナフの自業自得だといえばそれまでだ。悔しそうな表情を浮かべながら、カナフは灼滅者達を睨みつける。
    「我が主の命だ……ここは引くとしよう」
     そう告げると、双翼の影は空気に溶けるようにして消えていった。

    ●そして
     カナフが消えた時、誰も追いすがろうとしなかった。それは彼我の力の差を実感していたからでもあるし、追いすがっても無駄なことがわかっていたからでもあるが、実際問題的に追おうとしても追えなかったのが事実。守勢に回っていたから、回復を厚くしていたからなんとか耐えられたのだろう。それでもあともう一、二度攻撃を受けたら、誰かが倒れてもおかしくなかった。
     ほっとしたら力が抜けたのか、数人がその場に座り込んで。息をついてから皆で傷を治療しあう。
    「物は壊さないで戦闘できたら、いいなとおもってた、けど……」
     カヤは部屋の中を見回す。12畳ほどあるとはいえやはりすべてが無事ではすまなかったか。ただ、人形のある棚は無事だったようで、少し安心する。
    「そろそろ準備はいい?」
     束の間の休息を終えた灼滅者達は、沙紀の呼びかけで眠っている楓香の元へと近寄る。あれだけの戦闘があっても何事もないかのように眠っている彼女を見ると、やはり異常さを感じた。
    「いくわよ……」
     仲間達が頷いたのを見届けると、沙紀はそっと楓香に手を触れて、ソウルアクセスを開始した。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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