●寝る子は育つのか
「ここに来たって事は、どっかで事情を聞いてるか既に知ってる奴がいるとは思うが。そいつを承知の上で説明させてもらうぜ」
腕を組んだまま鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は、灼滅者たちを眺め回して、口を開いた。
「もし、夢が現実と区別がつかねぇほどリアルだったら。不幸な目に遭う事もあるが絶対的に不幸にならず、努力さえすりゃそれに見合った結果が実る。そんな現実みたいな場所ならどう思う?」
居心地は最高とは言えないかもしれない。
だが、そういった日常こそ理想である事も事実だろう。
「そうだ。夢が現実と変わらねぇなら現実にいる必要はねぇ。お前達を呼んだのは、そういう現実のような夢から目覚めねぇ奴らを助けて欲しいからだ!」
万里が言うには、全体で二十人ほどの少年少女がこの夢を見続けているらしく、その内の一人を助けて来て欲しいのだという。
「幸せならそれでいいじゃないかって思う奴もいるだろうが、ドッコイそうはいかねぇ。このまま放置しとけば、同じ被害が拡がってくと予想されてる。あるダークネスのせいでな」
そのダークネスの名は、慈愛のコルネリウス。
高位のシャドウであり、その行動自体には明確な悪意はないとされているが。
「今はまだ、ほんの少しの人数だが。……規模がでかくなりゃ最悪、一都市全部が眠りにつくなんて馬鹿げた事が現実になるかもしれねぇ。だから頼む」
間違っても、それだけは避けなければならない。
「眠り続ける子供を連れ戻すには、本人に現実に戻るって事を決意させる必要があるんで、覚えておいてくれ。今はもう一つの問題が先だ」
そのまま、説明は続いていく。
「語りかけるには夢の中に入る必要がある。だからソウルアクセスだな、そいつをやろうとすると、コルネリウスの配下のシャドウが一体、現れるんだ」
それも現実に。
たった一体と侮ってはいけない。
普段、夢の中で戦うシャドウはいわばリミッターをつけた状態なのだ。それが現実に出てくるという事は、リミッターがなくなるという事を意味している。
単純な強さならば他のダークネス以上かもしれない。
「けどな、勝ち目がないわけじゃねぇ! シャドウどもは危なくなれば夢の中に逃げようとするんだ。そこを突けば勝てる!」
夢の中にさえ追い込めば再びリミッターがかかり、現実で追い詰めた分もあるので、倒す事は容易になるだろう。
しかも、夢の中という退路のため眠り続ける少年に危害を加える事はない。
戦闘は若干不利か、よくて五分五分あたりまで持ち込めるはずだ。
「あとは当然、お前達の頑張りしだいだ! ただし約束してくれ、怪我の酷い奴が何人か出るか、闇堕ちする奴が出た場合は帰ってこい! それ以上はどうしようもないはずだからな」
こればかりは厳しく言うが、現実に現れるシャドウは今の灼滅者たちで勝てるはずのない強敵なのだ。
少しの油断が命取り、とまではいかなくとも重傷は避けられないだろう。
仮に重傷者を多く引き連れたまま夢の中まで追いかければ、ミイラ取りがミイラになってしまう事も考えられる。
「それともう一つ約束だ。お前達の相手になるシャドウの見た目が酷いが、絶対に熱くなりすぎるな。あくまで冷静に確実に勝つんだ!」
シャドウは、頭にパーティ用のトンガリ帽を被っていたり、全身にイルミネーションを巻きつけていたり、どう見てもカニの足にしか見えない触手だったりと思ったら、全身が緑色に発光したりするが。
見た目と強さはイコールではない。それを肝に銘じて欲しい。
それらを言い切ると万里は間をおき、次に灼滅者たちに個人としての言葉を送った。
「……俺が言えるのはここまでだ。現実でシャドウを追い詰めて、その先まで行けてもまだ少年に対する説得が残ってる。どっちも一筋縄がいかねぇが、お前達ならきっと出来る! 夢なんてぬるま湯じゃねぇ。今を生きるお前達ならな!」
夢は寝て見るのではなく、現実に為し遂げるものなのだから。
参加者 | |
---|---|
東堂・汐(あだ名はうっしー・d04000) |
下総・文月(フラジャイル・d06566) |
リーファ・シルヴァーニ(翡翠姫士・d07947) |
ゼノビア・ハーストレイリア(ピースメイカー・d08218) |
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361) |
黄嶋・深隼(紫空を飛ぶ隼・d11393) |
レスティール・アルファルナ(くろねこ・d13482) |
三榊・社(再生の一手・d15871) |
●寝顔の傍
少年がすやすやと眠っている。その姿だけならば、特に変わった事はない。
むしろ、よほど良い夢でも見ているのか、微妙ににやけた寝顔なのが、腹立たしく思えるほどだ。
その夢こそが、少年の意識を繋ぎ止める原因であり、灼滅者たちの目指す場所でもある。
「んじゃ、そろそろ出すぞ」
ポケットに突っ込んだ手の片方を出して、下総・文月(フラジャイル・d06566)は確認をとった。
ただ、確認というよりは合図の意味合いの方が強い。台詞から間もなく、手を少年の頭上に寄せたからだ。
瞬間、感じた悪意のような気配に、敏感に反応した文月が飛び退き、合わせて灼滅者たちも殲術道具を構える。
位置的には少年のベッドの手前、そこの何もない空間からぬるりと出てきたカニの足のような部位。
「出オチもいいとこです……」
力なくネコミミを垂らした状態の、レスティール・アルファルナ(くろねこ・d13482)の呟きに、心中で賛同した者も多いだろう。
続けて、シャドウの本体が這い出てきて、ついにシャドウは現実に姿を現す。
『パーテぃーデぇ~すか~? おジャーマ虫デぇ~すかァー?』
くぐもった、それでいて間延びしたシャドウの声に合わせて、全身のイルミネーションがペカペカと点滅。
「話には聞いとったけど。どない、何狙ったらそんな、なんねんな……」
常識で捉えるには、色んな意味で通り過ぎた物体である。
しかし、黄嶋・深隼(紫空を飛ぶ隼・d11393)の言葉も、シャドウには関係ないらしく。
『イヤー、べッつに何だって、イイんデスけーどォ、ねェーッ!』
「ッ! 避けろ!」
ろくに問答もしない内に、シャドウはカニ足を振り下ろしてきた。
動きを注視していた吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)の勧告のおかげで被害はないが、速度や見た目的にも、破壊力は馬鹿にならないだろう。
『コルネリウス様のォ~、ジャーマ者はァ。ハウスゥ(家帰れ)、ハーウスゥ(家帰れ)!』
言動や外見からは想像できない脅威。
「帰りません……返してもらい……ます……」
だが、灼滅者たちの中に呆れた者はいても、油断する者は誰もいない。
覚悟を決めて来ているのだ。
正面から言い返したゼノビア・ハーストレイリア(ピースメイカー・d08218)は、人形を持たない左手を鬼のような拳に変化させていく。
「帰れと言うのならば、それはあなたでしょう。私達に退く意思はありませんよ」
「現実のシャドウがどれほど強力でも。……やられるつもりはないわ」
その間に三榊・社(再生の一手・d15871)と、リーファ・シルヴァーニ(翡翠姫士・d07947)の二人が縛霊手を使ってシャドウを殴り、霊力の網を放った。
『なァんデぇーすかァ~!? 動きヅラいコレ、なんでェ~すカぁ~!?』
見事に絡みついた霊力の網は、シャドウの動きに制限を与えてくれる。良いスタートと言えるだろう。
「強い代わりに、燃費が悪いんだってな」
そのまま勢いに任せ、東堂・汐(あだ名はうっしー・d04000)がシャドウのカニ足へと刀を振り下ろす。
かつてないほど硬い手応え。
さすがに切断は難しいかと、反撃されないうちに、汐は距離を取った。
「だったら、幾ら強くても関係ねぇ。テメェの限界まで付き合ってやる!」
それでも勝ち目がないわけではない。
今は耐え凌ぐ事。それが重要なのだ。
●制限時間は600秒
エクスブレインが予測した、シャドウが戦闘にかけるだろう時間は、約10分。
長いと言えば長いし、短いと言えば短い時間。灼滅者たちは、シャドウを撤退させるために、耐え凌ぐという作戦を選んでいた。
『アーレレ~、治っチゃッてマぁすかァ~? 治しちャってマすカー?』
頭につけたトンガリ帽子をミサイルのように撃ち出し、再び頭から同じ帽子を生やすという、奇妙な事をした直後。
確かに攻撃を当てたはずの文月が、平然とそこに立っている事に対して、シャドウは思わず疑問を口にする。
「そう簡単には、通さねぇぜ!」
文月の後ろで庇われる形となったゼノビアは、そのまま文月の背で、癒しの力を込めた矢を引いた。
「限界には……気をつけて……」
ダメージを喰らえば、即座に治療を行う。
単純だが時間稼ぎや長期戦では、確かに有効な作戦だ。
もちろん、その場で治療できる怪我にも限界があるので、ずっと続ける事は出来ない。ゼノビアの忠告はそういう意味がある。
「そんくらいなら、テメェでわかる。そっちこそ気をつけろよ」
ただ、文月の性格は素直にお礼を言うようなものでないので、ぶっきらぼうに言い返す。
『ナールホォド。ナルホドォ。それなら、コレでドーでェすか~!』
すると突然、シャドウの全身に巻かれたイルミネーションが黒い光を灯し。
そこから生まれた光線が、リーファとレスティールの二人を狙う。
シャドウの考えとしてはこうだ。
一人を攻撃して、ほとんどを治されるのならば。複数を攻撃して回復をまばらにしていけばいい。
「よし、間に合ったぁ!」
「っく、ぅ!」
咄嗟に汐がレスティールの前へと出て、光線を刀で受け止めたが、リーファの方は他のカバーが間に合わず。一人、シールドを光線を受け止める形になる。
どちらも、完全にダメージを殺せたわけではない。
「生意気な事をしてくれますね……。オブジェはオブジェらしくしていればいいのです」
その仕返しとばかりに、レスティールは指輪を掲げ、シャドウを罵る。
ちなみにオブジェとは、見た目からきた悪口である。
『ダぁレが、オブジぇ~デぇすかッて、ナンでェすかコレー!?!』
結果、シャドウの体の一部を石化させた。
当然、指輪から飛ばされた呪いの仕業で。
「あと、頭が悪いようなので近寄らないでください。馬鹿が移ります」
気のせいか、罵るたびレスティールのネコの部分が動いているように見えた。
●折り返して
布に水が染み込むようにして、シャドウの石化はじわじわと広がる。
その他にも、霊力の網であったり、カニ足への執拗な攻撃など。
様々な要素の積み重ねが、時間と相まって、灼滅者たちを有利な方向へと導いていた。
(段々、こいつの本質が、見た目のままな気がしてきたな……)
昴はシャドウとの間合いを詰め、右手に持った無骨な刀を振る。
『見えミエ、デぇすヨぉーッ!』
懐に潜りこむ形で放った一撃だが、シャドウは器用に石化したカニ足の一つを使い、弾き返そうとした。
瞬間、刀の軌道は逸れる。代わりに突き出される昴の左手に装着された縛霊手
『ってェ、……アイエエエ!!?』
確かに防げたはずの一撃に、混乱の叫びを挙げるシャドウ。
昴が繰り出したのは、無拍子と呼ばれる途切れ目のない動作である。
普通に見ただけでは、そもそも何をしたかすら分かり難いのだ。
「随分と、網も張り付けたな」
決定打を持つ破壊力がないため時間こそかかる。だが、むしろ攻撃に戦力を割いていない分、持久力は上だろう。
そこで、昴の背中がバンと叩かれた。
「ちょいと昴は頑張りすぎとちゃうかな。無理せんうちに下がっときや?」
朗らかに深隼は言うと、そのまま背中に貼り付けた防護符を擦り付ける。
「それはいいんだが。もう少し、別のやり方ないのか?」
「折角お守り貼っとるんやから、細かい事は無しや」
微妙に緊張感のないやり取りだが、シャドウの言動が言動なだけに、逆にリラックス出来たりする。
『マぁズいでェすネー。痛ァいデぇスヨ~。治しマぁスよ~』
そして、別の意味で緊張を感じさせないシャドウの声。
次の瞬間、イルミネーションではなく、その体自体がビカビカと、緑色に光り始めた。
うっすらとクラブのマークも見える気がする。
「恐らく、ブラックフォームですね。結構な時間が経った気もしますし。ラストスパートという事でしょうか」
社は、先ほどの攻撃を受けたリーファの治療をしつつも推測を口にする。
出来うる限りの妨害をして、その結果が互角か少し有利程度なのだから、予定通りではあるのだが、やはり悔しいものもある。
「実際には何分か程度でしょうけど。……この調子なら、問題ないと思うわ。あと少しよ」
そんな推測に、リーファは自分なりの判断を返すと。回復の礼を告げて縛霊手を着けた拳を握りしめた。
●
灼滅者たちは、決して攻めているわけではないのだが、そのおかげで時間的要素が追い詰められていくシャドウは、露骨に焦っていた。
『今のガソリン代、知ってまァすカぁ!? ワぁタしィの燃費、知ってマぁスかァ!?』
なぜ、使う事もないガソリンの値段を知ってるのか。
「燃費は知らないっすけど。いいから、早く帰るっすよ。ほらハウス、ハウスっす」
『それわァ、わァたシぃのネタでぇ~すっ!』
ゼノビアの左手で黒い山羊の人形が、しっしっとジェスチャーをして、シャドウの撤退を促す。
別に腹話術ではないので、声がゼノビアのものであることは丸分かりだが、誰もそこにツッコミは入れない。
「だったら、パワープレイっす」
パワープレイ、すなわち強攻策。
本来は勝ち目のない強さでも、燃料切れを真に恐れている今ならば、最後の追い込みをかける事で退いてくれるかもしれない。
ゼノビアは巨大に変化させた右手で、シャドウに真っ向から殴りかかる。
『ひョっホぉォ!? ダメ駄目だめよォッ! 痛いのダメでスねェっ!!』
腐ってもダークネスか、ここでシャドウは反撃という手段を選ぶ。単純な力比べならば、勝てると考えたのだ。
飛び出る、トンガリ帽子ミサイル。
「ダメダメなのは、どっちですか。現実に出れば強いと言ってる割に、まだ一人も倒せてないじゃないですか」
同時に、別の所で飛び出た鋭い棘のあるレスティールの言葉。
『アッらァー? ミサイルが、カッチカチでェすげほァ!!?』
レスティールの指輪の魔力により、帽子ミサイルは宙で石化して、その隙にゼノビアの拳がシャドウのボディを殴りぬく。
「こいつに本当に本質なんてあるのか……?」
「ブツブツ言ってねぇで、足だ! 足狙え!」
シャドウの態勢が崩れた、そこに刀を握る昴と汐の二人が駆ける。
片方は無拍子による滑らかな一閃、片方は鈍器でも振るかのような力任せの斬撃。
最初こそカニ足の部位は堅く、斬る事から難しかったが、今は違う。
「斬鉄剣じゃねぇが、名付けて斬岩剣だ!」
広がっていた石化効果が、足の大半を侵食していたため、結果として強度が落ちていた。そこを斬ったのだ。
二つの足を失い、シャドウは更に焦る。
『ま、マだマダまだよォ~! スゥぺしャるラいとアーップ!!』
慌てて全身のイルミネーションから光線を放つが、その判断は遅すぎた。
『ホーホほフぉ~!』
ご機嫌な笑顔を浮かべるシャドウ。その主観では今、光線が社の体を貫くという、幻覚を見ている。
「こうもあっさり引っ掛かってくれるとは思いませんでしたが、まぁ結果オーライでしょうか」
「さっきのビームは正直、運が良かったんちゃうかな……割と直撃コースやったで、ッとぉ!」
『ホ……ッ?!』
笑う門に繰り出された深隼のパンチ。ショックのあまり、シャドウの発光現象が消えてしまうほどだ。
「さてと。ここで選べ、潔く逃げるか、まだ戦うか」
ピクピクと床に倒れるシャドウの眼前、文月が足を振りかぶる。
さきほども言ったが、特別な決定打と言える攻撃力がない以上、このシャドウを現実で灼滅するには、相当の時間が必要になる。
更に、シャドウが燃費を気にせずに戦えば、ここまで有利に進む事もなかったろう。
現状、持てる限りの最善を尽くした結果の、最終通告だ。
そして……。
『ほ、ほひィぃぃ~! 逃ゲるよォー、逃げマスヨぉ~! 覚エてヤがれですヨぉ~!』
プライドの欠片も見せずに、シャドウは脱兎のごとく逃げだした。
態勢を立て直せば勝てると、言い残して。
「……アレ、相当、うるさかったのね……」
シャドウが去った後の部屋は、驚くほど静かになる。
元々灼滅者たちに無口な者が多いのもあるかもしれない。
だが本番は、これからなのだ。
夢の中で戦う分には、現実ほど厳しいものとならないだろう。
自然と灼滅者たちの視線は、未だ眠り続ける少年へと集まった。
作者:一兎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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