幸福な悪夢～夢が奏でる音

■リプレイ

　かつて家族が集って居たはずの邸宅は、今は少し寂れた様相を見せていた。足を踏み入れた五美・陽丞（幻翳・d04224）は、手入れのされていない芝生や庭木に気づき視線を巡らせる。
　今は何も生えていない花壇は、母親が何かを植えていたのであろうか。
「人の立ち入らない庭は、なんだか寂しいね」
　陽丞が言うと、姫子松・桐子（稲荷の巫女・d14450）は目を細めて陽丞と同じように庭をじっと眺めた。放置している庭と、手入れする者の居ない庭とは格段に印象が違う。
　失われたものが、そこには見えていた。
「ともかく、中に入りましょう。凛子さんは二階に寝ているんでしたね」
　桐子が玄関の近くで鍵を見つけ、中へと入ってゆく。
　しんとした階段を上がり、そっと扉の一つを押し開けると真っ暗な室内にぽつんとベッドが一つ置いてあった。
「月風さん」
　桐子が声を掛けると、月風がふわりと周囲の音をかき消した。それから、そっと壁に手をやって灯りのスイッチに触れる。
　窓のある辺りにカーテンが引いてあり、月明かりが差しているのが分かる。すやすやと眠る凛子の表情が見え、
　月風・雪花（辺りを照らす透徹の光・d00014）はその光景に目を奪われた。
　眠り姫は穏やかな表情で、眠っている。
　しかし、いかに見ている夢が幸せでも夢は夢であると雪花は分かって居た。そこは現実ではなく、何も残してはくれない。
「灯りは付けても、多分目は覚まさないと思うけど」
　そう念を押すと、雪花はスイッチを入れた。
　室内に灯りが灯り、十畳ほどの凛子の部屋が視界に鮮やかに入ってきた。ベッド、小さな頃から使ってきた勉強机、そして音楽の楽譜が沢山詰まった本だな。
　真ん中には小さなテーブルが置かれていたが、桐子がのぞき込むと折りたたみのテーブルである事が分かった。
「テーブルを退ければ、邪魔なものはなさそうだな」
　ひょいとテーブルをたたみ、安土・香艶（メルカバ・d06302）が見まわした。決して広いとは言えないが、かえって相手に陣形を乱される事もなく気遣いしなくても良さそうだ。
　香艶がそう言うと、啄身・綴（弦菊・d03034）は窓に寄った。カーテンはしっかりと閉じられていて、窓から外を覗くと街路がぽつりぽつりと点滅しているのが見えた。
　人通りもなく、静かな夜だ。
「何も壊さないで終われるといいな」
　人は居なくなってしまったが、ここは凛子の育った家。玄関も部屋も、何一つ壊さずに終わる事が出来ればいいと綴は願う。
　ひとまず綴は、香艶や桐子たちと周囲のもので燃えてしまいそうなものをしまいこむと、ベッドの凛子を見下ろした。
「布団はどうしよう」
「凛子を背にして戦う事が出来ればあまり心配しなくてもいいけど、どこに出現するか分からないからな。……どう思う、月風」
　北逆世・折花（暴君・d07375）が雪花に伺うと、考え込む仕草をして雪花は室内を見まわした。おそらく、ソウルボードにアクセスしようとした瞬間を狙って出現すると思われる。
　場所は凛子からあまり離れては居ないだろう。
「敵は宿主を背にして出現……と考えるのが妥当だと思うけど、そもそもシャドウも宿主を傷つけたいとは思っていないはずだよ」
「最悪の場合、屋外まで引きずり出したい。……無理なら、割って入るしかないな」
　その時になれば、前衛の自分達がと折花は皆に促すと、殺気を漲らせた。サウンドシャッターと殺界で人払いを行うと、凛子はベッドの方へと向き直った。
　いつでも、戦う準備は出来た。
「さあて、現実のシャドウ戦……腕が鳴るね」
「あくまでも目的は、ソウルボードへ追い返すことだ」
　アイナー・フライハイト（ひとかけら・d08384）は低い声を洩らすと、折花に警告する。
　ソウルボードにシャドウを追い返す事、そして凛子が無事である事が最低条件である。じゅっと拳を握ると、アイナーは精神を研ぎ澄ませた。
　短剣を構えた
　阿々・嗚呼（剣鬼・d00521）が、ぐるりと見まわしながら出現に備える。
　陽丞が手を差しだし、凛子の頬に手を触れる。彼女の意識が開くように陽丞が力を使ったその時……。

　それは、凛子と陽丞の傍に出現した。

　出現から攻撃までのタイミングは速く、分かって居ても先手を打つことが出来なかった。嗚呼はとっさに、傍にいた陽丞へと声を上げた。
「五美先輩、下がってください！」
　嗚呼の警告と同時に、綴が陽丞の前に立ちふさがる。白い球体は床で弾むと、ふわりと浮いて槍状の指揮棒をこちらに差し向けた。
　陽丞をおし退けるようにして、綴は指揮棒を掴もうと握る。
　しかし強烈に突き出された指揮棒は、そのまま綴の肩を貫いた。
　左肩から血が滴り、床を染め上げていく。綴は呻き声を飲み込むと、背の陽丞に下がるようにと言った。
　嗚呼は即座に、綴を中心にして夜霧を展開させる。
「あなたの思うようにはさせません、『指揮者』。それでは、参ります」
　ドアの傍まで下がり、嗚呼は次の攻撃に備えて剣を構えた。綴の傷は塞がってはいないが、陽丞が綴へと治癒の光で包み込む。
　雪花、綴、香艶、折花、そしてアイナーが指揮者を囲むとその後方に残り三名が控え、治癒を行う。囲んだ五名は、指揮者が撤退するまで防衛に専念する策であった。
　桐子は腰の刀にそっと触れ、それから傍に控える『風花』に視線を落とす。指示を待つ風花の視線に気付いた桐子は、前へと指さす。
「風花、走り回って指揮者の気を散らして。凛子さんに火が移らないように、気をつけていてちょうだい」
　桐子の命に従い、風花が飛び出した。
　白い球体に浮かぶハートマークは、シャドウの特徴である。桐子はそれを睨み付けながら、その後ろで眠りに就く凛子に決意を固くするのであった。

　指揮者の攻撃は搦め手こそ無いが、その分攻撃力に勝っていた。こちらの動きよりも相手の方が遙に速く、正確である。
　ガトリングガンを構えたアイナーが指揮者の背後に回り込むと、正面に立った雪花もガトリングガンを構えて指揮者の胴体に叩き込む。
　指揮棒が狙うは綴、その綴に攻撃している隙を狙ってガトリングを撃ち込むアイナーと雪花。
「動きが速い……！」
　狙いが定まらないアイナーが、銃口を泳がせる。
　室内へのダメージを避けたいという思うもあったが、それ以上に指揮者への動きに対応しきれていなかった。
　ここは雪花と二人で、とにかく死角から弾を叩き込んで傷を増やすのが得策だ。
　アイナーの考えを察した雪花が、影をざわりと起き上がらせた。幾つもの刃が指揮者に襲いかかり、切り刻んでいく。
「こいつはどうだ！」
　雪花は、影で指揮者を切り裂き続ける。
　最善のタイミングと思って攻撃しても、指揮者はそれをするりと躱す。しかし雪花もアイナーも、倒す事は二の次だと思っていた。
　相手を怯ませる事が出来れば、それでいい。
「いまだカヅヤ、外すなよ」
「外すかよ！」
　香艶はアイナーに軽く言い返すと、白刃の斧を下から切り上げた。斧で指揮者に迫りつつ、炎を叩き込む香艶。
　ハートの印が炎に包まれると、指揮者が体を震わせて音を奏でる。りぃんと鈴に似た音が響き渡り、振動波が響き渡った。
　波状の衝撃が、折花を震わせる。
　鈍器で殴らせたような衝撃で、折花はふらりと体勢を崩した。音は体の中で幾重にも響き、強烈なショックを残す。
「悪いが……そういう音楽は好みじゃないんだ」
　折花はうっすら笑みを浮かべたように見えた。
　拳を握りしめ、腕にシールドを展開すると指揮者にぶつかっていく。しっかりと掴みかかると、折花は睨み付けた。
「お前の相手はボクだ。余所見をするな！」
　この波状攻撃を後衛が受けたら、それだけ治癒の手が必要になる。折花は自分達が耐えねばと、指揮者の気を逸す為に攻撃を仕掛けた。
　シールドで挑む折花は、正面から撃ち合う一対一の戦いのよう。
　指揮棒が体を穿っても折花は炎を撃ち返して、反撃する。後ろに控えた桐子は、シールドを折花に重ねながら治癒で支え続けた。
「北逆世さん、傷が深ければ後退なさる事もお考えになってくださいね」
　むろん折花の傷の具合を見ながらであるが、桐子がやんわりと言う。
　衝撃波と指揮棒とで折花が傷だらけになっている分、桐子や陽丞、嗚呼たちが支え続けていた。特殊攻撃を使う気配がない指揮者に対して、香艶は雷によるガードを止めて攻撃に転じる。
　折花に向けられた指揮棒を片手で受けながら、残った手で斧を叩きつける香艶。腕には指揮棒が無残に突き刺さっていたが、それを引き抜くと香艶は声を上げた。
「折り返しだ！」
　ようやく半分。
　時間的に、もうしばらくすると指揮者も撤退を考慮するはず。とすれば、今が一番攻撃が激しい時間帯であろう。
　香艶が斧を握りしめると、綴とアイナーがすうっと前へと飛び出した。折花のダメージを和らげようと、綴がシールドを展開する。
「血を止めろ、まだ倒れてもらっては困る」
　アイナーは折花に言うと、バベルの鎖の力を瞳に集めた。
　指揮者の体が震えるのを感じ、アイナーが炎を放つ。燃え広がる炎は背後のベッドをちらちらと照らしていたが、アイナーは手を休める事は出来なかった。
　合わせて、香艶が炎を更に撃った。
　燃え上がる炎が、体を覆い尽くしてちりちりと床を焦がす。様子を見ていた陽丞は、はっと指揮者の背後を見た。
「駄目だ、燃え移るよ！」
「……」
　アイナーはぐるりと周囲を見まわした。
　折花はここから引きずり出す事を考えていたが、恐らく窓から放り投げでもしないかぎり外に連れ出すのは困難だろう。
　すると綴が、ベッドと指揮者の間に割り込んだ。
「五人で包囲しよう。……それなら、俺達に燃え移る事はあっても凛子に移る事はないよ」
　とっさの綴の判断で、アイナーはふと笑みをもらした。
　ふらりと足をふらつかせている折花を後ろから支え、嗚呼が夜霧で覆い隠す。回復手が足りなくはないが、あともう少し猛攻を耐える為には折花は前衛に夜霧をかけ続けた方が賢明であろう。
「音、来ます！」
　嗚呼は皆に促すと、思わず耳に手をやった。
　塞いでどうにかなるものではないが、頭に響く甲高い音は耳障りでたまらない。衝撃を受け続ける前衛の傷もまた、徐々に広がりつつある。
　疲労と痛みを抑えて、香艶が斧を指揮者に叩き込んだ。炎が焦がす指揮者の白い体は、ぶるりと震える。
　そこで、ようやく指揮者の動きに陰りが見えた。
「一気に行くか！」
「はい。今攻めれば、追い返す事も可能かと思います」
　嗚呼は香艶に返事を返すと、短剣を構えた。
　陽丞と雪花の影から生じた刃が指揮者の体に斬りかかり、体の紋章を真っ二つにしていく。更に、嗚呼が担当を突き立てた。
　深く、刻み込む。
「戦闘時間は、短い方が被害が少なく済みますので」
　冷たく言い放つ、嗚呼。
　抵抗するように指揮棒を振り回すが、綴がそれを受け止めると糸で体ごと絡め取る。炎が燃え広がり、綴にも熱が伝わってきた。
　ああ、それでも部屋に広がってもえてしまうよりは……自分の傷はじきに治るのだから。綴は指揮棒を掴んだまま、離さなかった。
　折花と香艶が放つバーストは、指揮者の体をびりびりと震わせ炎で焦がし、燃やし続ける。
「ソウルボードの向こうに帰れ」
　アイナーはそう呟くと、自分も炎を放った。
　炎の残像を残し、指揮者の体が弾む。
　ぽーんと跳ねると指揮者は凛子の方へと飛んだ。燃え上がる炎を残像のように残しつつ、指揮者は安全な所へと溶け込んで消えていく。
　ゆっくりと、炎はソウルボードの向こうへと消えていった。
　ほっと息をつき、桐子がそっと綴の手を取る。綴も、折花も、香艶も、そしてアイナーも雪花もみな手を少し焼いてしまっていた。
「少し床も焦がしてしまいましたね」
　桐子が床やベッドを見て、沈んだ声で言う。
　ベッドの傍に寄ると、香艶は笑ってしげしげと顔を見下ろした。部屋の事はあとで謝ればいいと、桐子に言う香艶。
「それより、とっとと向かえに行ってやらないとな」
　もう在りはしない、幻の家へと。

作者：立川司郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年4月17日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 11／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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