幸福な悪夢～ウタウタイの憂鬱

■リプレイ

●幸せな夢は
　少女の眠る部屋は、とても広かった。
　アンティーク調のワードローブ、それと揃いのドレッサーにベッド。ふかふかの絨毯に豪華なソファーを見れば、裕福な家庭であると推測できる。
　これならば、戦うのにも充分だ。
　部屋は静かで、かすかな少女の寝息だけが響いている。
「隊列を整えてからソウルアクセスできそうだな」
　急ぎ敵をおびき出す必要はないと判断し、逆霧・夜兎（深闇・d02876）が皆を見た。
「……ああ、同意見だ」
　結城・桐人（静かなる律動・d03367）は言いながらディフェンダーの位置につく。
　部屋を見渡していた千布里・采（夜藍空・d00110）と浅葱・カイ（高校生ダンピール・d01956）も、同様に頷いた。采は自身の霊犬と共にジャマーとして中衛に、カイはディフェンダーに位置する。
「しあわせな夢、でも、しあわせってなんだろう？」
　すやすやと眠る少女の表情は穏やかなものだ。
　自分は、しあわせって何だか分からない、と天瀬・麒麟（中学生サウンドソルジャー・d14035）は眠る少女を見つめる。
「寝ているこの子はちゃんとしあわせな夢を見ているのかな、……でも、それはしあわせなこと？」
　誰に問うでもない問いかけ。
　麒麟はディフェンダーの位置についた。
「現実味のある幸せな夢、か。でも俺は、押し付けられた作り物の幸せで幸福感が得られるなんて思えないなぁ」
　麒麟の言葉に、カイが肩をすくめ苦笑いを浮かべた。
「慈愛……ねぇ、それにしてもちょっと過保護過ぎやしないかしら？」
　花京院・雅（宵闇の道化師・d08941）が呆れたように言葉にする。
「アタシは嫌よ、そんな鳥籠の中で飼われるのは」
　願う事全てが叶う世界じゃない、努力が全て報われる訳じゃない。そんな世界だからこそ、本当に大切なものに出会えるのだと思うのだけれども。
「何が慈愛なのかわからないが、シャドウの好きにさせるつもりはない」
　フライトジャケットのポケットに突っ込んでいた両手をおもむろに出し、伊丹・弥生（ワイルドカード・d00710）は前のジッパーを開く。ガンナイフを２丁構え、皆を見た。
「さぁ、さっさと片付けて帰ろうぜ！」
「そうよね。盛大なモーニングサービスと行きましょうか！」
　雅が答える。
　二人は共に後衛。弥生がスナイパー、雅がメディックだ。
「準備は完了してますことよ！」
　大祓凶神・乙女（剣の花嫁・d05608）が、武器を構える。
　乙女はジャマーの位置取りだ。
「大きな怪我なく、次に繋げられるように、行きましょか」
　宿敵相手で緊張すると言いながら、采は普段通りの表情で立っていた。
「ほな」
　ぞろり影が現れる。
　準備は整った。
　皆の隊列を確認し、夜兎が片手を少女へと伸ばす。
　現実に現れたシャドウと戦うのははじめてだ。なかなか大変そうだけれど、放っておくわけにもいくまい。
　夜兎は意を決し、
「さぁ、始めようか」
　ソウルアクセスを実行しようとした。
　そして。
「……ィ」
　それは、現れた。

●開幕
　黒い闇でできている。甲殻類を思わせる足に、腕の先は鎌状。
　ギチギチギチ。
　シャドウは不快な音を立てながら、ゆっくりと灼滅者達に顔を向けた。
「気色悪い格好、こんなのが楽しい夢を見せてくれるなんて、絶対ウソ……」
　麒麟が素直な感想を口にする。何が最悪かといえば、見た目だ。色も形も気味が悪い。
「……、そうね、嫌だわ」
　まったくもって可愛くない。雅も眉をひそめ、あからさまに嫌な顔をした。言いながら、自分に癒しの光を当てる。出来る限り、癒しの力を高めたい。
「やれやれ……、侵入者を、排除する」
　二人の言葉を聞いているのかいないのか。
　シャドウは鎌状の腕を、大きく振り上げた。
「……来るぞ」
　言いながら、桐人は黒い波動のなぎ払いに備える。
　１０分耐えること。
　持久戦を念頭に置き、けっして仲間を傷つけない、守る、という意思を胸に桐人は戦う。
　横から来るシャドウの鎌は、払われたというよりも根こそぎ持っていかれたと言う感覚。
　同じ前列に居たカイや夜兎、麒麟をも巻き込んだ、激しい一撃だった。
「大丈夫、そこまでの衝撃じゃない、よな？」
　カイはニコリと笑顔を浮かべ、すぐに体勢を立て直す。
　確かに重い攻撃だったけれども、しっかり備えて対峙していたので、今はまだ一撃で沈むほどではない。余裕を見せた素振りで、分裂させた小光輪を盾になるように飛ばした。
「さて、守りをかためるか。そっちはどうだ？」
　カイの掛け声に、桐人が頷きで答える。ちょうど、傷を癒し終わったところだった。
　他の仲間も一斉に動き出した。
「見た目はともかく、まさか、期待はずれなんてことはないよな？」
　メディックに配置したユキ（ナノナノ）に回復を任せ、夜兎は指先をシャドウへ向ける。
　指輪から放たれた魔法弾は、しっかりシャドウへ命中した。
「……どんなに強くたって、好き放題はさせないんだから」
　続けて、麒麟は剣になっていたエナジーを爆発させ、シャドウにぶつける。
　二人の攻撃は、的確にシャドウを捉えていた。
「はは。この程度の力で、私に対抗できる、とでも思ったか」
　だが、シャドウはギタギタと笑い声を上げるばかりだ。押し返すことも、大きな傷をつけることもできなかった。
「ふぅん。結構硬いんやね。見た目通りいうわけや」
　守りが堅いとは聞いていた。これも想定の範囲内だ。
　采は影を触手のように伸ばし、シャドウに絡みつかせた。
「まだまだ行くなのだわ」
　近くから、乙女が飛び出す。
　その片腕は巨大に異形化している。
　采の影はまだシャドウの足に纏わりついている。その隙に、力いっぱいシャドウの胴体を殴りつけた。
「ふふふ。はは」
　シャドウが笑う。
　相手を叩き潰すつもりで力を込めたが、シャドウの身体にすべて受け止められてしまった。
　すぐに地面を蹴り、シャドウと距離を取る。
　入れ替わるように弥生がシャドウを斬りつけた。
「お前は何者だ？　コルネリウスは何を企んでいるんだ？」
　弥生の問いかけに、シャドウが首を傾げる。
「お前達は、質問して良い立場だと、思っているのか？」
　ただ純粋な疑問が返って来た。
　自分が絶対的に有利だと、信じて疑わない。それだけの力を、シャドウは持っているというのだろうか。
　ともあれ、両者は睨み合うように距離を取りながら戦い続けた。

●持久戦
　戦いは続く。
　シャドウの攻撃は苛烈だった。一撃一撃が重く、気を抜けば吹き飛ばされてしまう。
　前衛を対象にしたなぎ払いはもとより、中衛、後衛にもロングレンジの攻撃が飛んでくるのだ。
　だが。
「……大丈夫か？」
　桐人の歌声が夜兎を癒す。
「ああ」
　短く頷き、夜兎はシャドウを見据えた。
「ったく、大人しくしてろよ」
　癒えない傷もあるけれど、まだまだ戦える。
　いや、むしろ。こうでなくては面白く無い、と。夜兎の影が大きく膨らみ、シャドウを飲み込んだ。
　その様子を確認し、桐人がカイに声をかけた。
「麒麟を、頼む！」
「了解。さ、この盾を守りにしな」
　カイは光輪を分裂させ、麒麟の傷を癒す。
「ありがとう。まだ、大丈夫だよ」
　シャドウが繰り出してきた拳は重くて痛かった。
　高らかに笑い自分達を容赦なく攻撃するダークネスを見て、麒麟は思う。
（「しあわせな夢を見る事は、しあわせな事じゃないのかな」）
　やはり、ダークネスというものは誰かを幸せにしたりはしない。自分も淫魔だった時に誰かを幸せになんてしなかった。だから、これはきっと良くないことなのだ。
　足に力を込め、しっかりと立ち上がる。麒麟は再びシャドウに向かっていった。
　時間にして５分が経った。まだ誰も倒れていない。持久戦を考えた作戦は、概ね成功していると見て取れた。
　だが、守りを重視した作戦だけに、シャドウの体力を削り切れない。
「はは。理解に苦しむな。敵わないと分かって何故戦う？」
　苦笑を漏らしながら、シャドウはまとわり付く影を振り払った。灼滅者達の攻撃など、意にも介さないといった風だ。
「さあ、それはどないやろか。それより、前にもおイタしはったやろ？」
　采が再びシャドウに影を伸ばす。合わせるように、采の霊犬が六文銭射撃を行った。
　言葉は完全にカマかけだが、少しでも相手の情報を引き出したい。
　しかし、シャドウはつまらなさそうに、腕を振り上げる。
「何故問いかける？　無駄なことを……。黙って消えればいいのだ」
　なぎ払われ、采と乙女の体力が大幅に奪われた。
　大きな技を繰り出したシャドウの懐に、素早く飛び込んだのは弥生だった。
「余所見しすぎだぜ」
　ガンナイフを器用に操り、一つ、二つと殴りつける。
　流石に無視できないのか、シャドウが弥生の攻撃を腕で捌く。
　その間に、雅のギター音が力強く采と乙女を癒していった。
「采ちゃんに乙女ちゃんも、大丈夫？　まだ行ける？」
　気遣うように二人を見、傷の具合を確かめる。
「おおきに。えらいごっついのが来はったね。せやけど、相手の動きも随分鈍ってきたんと違うやろか」
「そおねぇ。って、いやぁぁぁ、アレコッチを見たわ！」
　雅は本当に嫌なものを見たと言わんばかりに顔をしかめた。
　ちょうど、弥生がシャドウから離れたところだった。
　仲間とともに、シャドウの行動を制限するようなサイキックを選んで攻撃している。
　事実、シャドウの攻撃は最初に比べれば鈍く感じるし、直接の攻撃以外にもダメージを負っているようだ。
　采の戦況把握に乙女も頷いた。
「乙女は、まだ大丈夫ですことよ。そろそろコレの出番なのだわ」
　随分沢山、状態異常がシャドウに纏わりついていると思う。
　乙女はチェーンソー剣を振りかざし、シャドウに迫る。
「じーぐざぐなのだわよー！」
　敵が油断しているうちに、どんどん相手に不利な条件を稼ごうと思う。
「……チッ」
　チェーンソー剣の刃が小さな傷口を開いていく。
　その時確かに、シャドウが舌打ちを漏らした。

●一旦閉幕
「理解に苦しむ。戦うなど無駄なことはせず、幸せな夢を見ると良いのでは？」
　ほら、あの少女のようにと、シャドウが言う。
　つまり、自分達の都合の良いように搾取されろと。
　話す内容は、理解できるものではない。けれど、はじめてシャドウが動きを止め、イライラとした態度を見せた。
「お前達のような者の相手をしなければないなど、本当に憂鬱だよ」
　動きの止まったシャドウを見て、麒麟がサイキックソードを構えた。
「深追いするなよ。この状況を維持するのが、最優先だ」
　夜兎がそっと麒麟に囁く。
　見たところ、シャドウのダメージはまだまだ軽微だ。様々な状態異常で足止めしているとはいえ、不用意に突っ込めば返り討ちに合うかもしれない。
「そうだな……、慎重に行こう」
　誰ひとり欠けずに、最後まで立っていたい。
　桐人の言葉に麒麟が頷いた。
「油断することなく、ダメージを蓄積させてやるさ」
　弥生も同じ意見だった。
　遠くから弾丸を発射する。
　それは迷うことなく、自動的にシャドウへ向かっていった。
　これを皮切りに、再び両者が激突する。
　一旦動きを止めたシャドウは、攻撃に移ればやはり強力だ。
　人数の固まっている前列を狙い、なぎ払いをかけてくる。
　そのたびに癒し、再び攻撃する。
　１分１分が、ずっと長く感じられた。
「……まだなの、１０分が長いよ」
　お互いカバーし合い、回復は足りていると思う。
　けれど、ダークネスと長時間対峙するのはそれだけでしんどい。麒麟の口から思わず愚痴が溢れる。
「ああ、鬱陶しい。何故私が、これほど長く戦わなければならないのか」
　そこへ、シャドウの攻撃が飛んできた。
　瞬間、麒麟を庇うように夜兎が割って入る。
「ああ、それが、お前の本音か」
　嘲笑し、夜兎は漆黒の弾丸を撃ち出した。
「そやねぇ。たいしたことないて思てる相手やのに、なかなか倒されへんのは、確かに辛いやろなぁ」
　采もまた、同情するようにシャドウを見、影の先端をシャドウに向けた。
　つまりは、自分よりも格下の相手に、長時間の戦いを強いられるのはプライドが傷ついたと。
　そういう事だ。
「……」
　余裕を見せていたシャドウがはじめて黙る。
　ギリと、どこからか不快な音を立て、ピタリと動きを止めた。
「……そろそろ、時間じゃないのか……？」
　夜兎の言葉に、仲間達が頷いた。
　戦闘開始から１０分。
　少女の部屋に、沈黙が訪れた。
「……。不愉快だ。私は、帰る」
　捨て台詞を一つ残し、シャドウはするりと消えて行った。

「ひとまず、皆無事ってとこか」
　カイは様子を確認するように、ぐるりと皆を見回した。
「あの様子だと、すぐにこの子をどうこうしようと言うわけではないと思うのだわ」
「休憩、していったほうがいいよね？」
　急を急がないと判断した乙女と、休息の提案をする麒麟。
　異存はないのか、皆頷いた。
　戦いのダメージはあるが、少し休めば回復するだろう。手厚く回復を行なっていたおかげで、更に回復を重ねる必要は無さそうだ。
「ああ、だが……」
　桐人はすやすやと眠る少女をちらりと見る。
「悪夢はあと少しでおしまいだ。夢の中、追いかけるぜ」
　弥生の言葉に、ぴくりと麒麟が反応した。
「……さっきのよりは弱くなってるってことだけど……」
　もし先ほどのままならば、シャドウの撃破は難しいと、ちょっと弱気を見せる。
「大丈夫よ。夢の中だもの。それに……そのために、皆居るんじゃないの」
　励ますような雅の言葉に、麒麟は頷く。
「ほな、お願いします」
　采の声掛けに、夜兎は再び夢への道を開いた。

作者：陵かなめ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年4月17日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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