幸福な悪夢~君と僕の覚めない夢

    作者:藤野キワミ

     春のうららかな風がエクスブレインの漆黒の髪をなびかせた。
     少年は「よ」と小さく挨拶をして、灼滅者たちを迎え、そしていつものように淡々と語りだす。
     彼の告げる言葉を聞き逃すまいと、灼滅者たちは集中した。
    「慈愛のコルネリウスが起こしていると思われる事件だ」
     今、二十名ほどの少年少女たちが眠りから覚めない事件が起きている。
     慈愛のコルネリウスに悪意はないようだが、このまま放っておくわけにもいくまい。
     したがって、夢から解き放ってはくれまいか。――エクスブレインはそう言って、返事を待たずに先を続ける。
     夢の中の世界はまるで現実のようにリアルで、夢を見る一人ひとりのために用意された特別なものらしく、この夢に囚われた者は、今いる世界を『現実』だと思い込んで生活している。
     なぜならば夢の中であるにもかかわらず、些細な不幸や理不尽が存在し、努力しなければ達成できない困難があるのだ。
    「だが夢は夢だ。現実世界にある『本当の不幸』は訪れることはないし、努力は必ず実り成功する――」
     そしてため息。
     実際眠っているだけなのだから大騒ぎをすることではないように思えるが、そう簡単なものでもない。
     慈愛のコルネリウスの慈愛の心はとても大きく深い。今回の二十名の夢が成功したら、次は規模を拡大することは必至。そうなれば、都市が眠りに落ち、目を覚ますことを忘れるだろう。
    「夢を見る者に、夢であるということを分かってもらい、現実に戻る決意をさせれば夢から連れ出すことができるだろう」
     これが依頼内容だ。
     エクスブレインの少年は静かに瞬きをして、灼滅者を見回した。
    「もう少し、詳しく話そう」
     みなに助けてもらいたいのは少年――有川晴也、三年生になったばかりの中学生だ。
     ソウルアクセスを行おうとすると、それを邪魔するよう慈愛のコルネリウスの配下のシャドウが彼の傍らに出現する。
    「すでに知っていると思うが、シャドウは現実世界において活動可能時間に制限がある。しかしそのマイナス要素を差し引いても、やつらは強い。他のダークネスの比ではないくらいにな」
     エクスブレインの言葉に、灼滅者たちは深く首肯する。
     だが――と彼は続ける。
     幸い、シャドウは眠る晴也に危害を加えることはないため、こちらの戦闘に支障はないだろう。
     そして、そのシャドウは危険に陥ると夢の中に逃げ込むため、戦略を立てやすい――捨て身で戦闘を仕掛けられると強敵だが、危機的状況になると逃走する以上、つけ入る隙はいくらでも捻出できる。
    「それで、その逃げたシャドウはどうする?」
    「ああ、夢の中へ追いかけてもらうことになる。ただし、その時点での戦力が致命的に減っていなければだが」
     闇堕ちした者がいた場合、即刻撤退。また重傷者が複数人いる場合も然り――いずれも夢の中でシャドウと戦うのが困難な場合だ。
    「有川晴也のことも大事――ひいてはその他大勢の一般人のことも大事だが、俺はみなに無事で戻ってきてもらいたいんでな」
     エクスブレインは、滔々と言葉を紡いだ。
     出現するシャドウの特徴は、シャドウハンターと同じようなサイキックを使用すること。そして手にした大鎌で遠距離攻撃を仕掛けてくるだろう。
     そして、たった一体で向かってくる。
     ただし、先刻エクスブレインが言った通り、非常に強敵だ。戦略を立て、全力で戦ったところで太刀打ちできない。
     弱っている者を集中的に狙い、己の傷を癒し、防御に長けている――ポジションはディフェンダーで間違いないだろう。
    「有川晴也は自身の部屋で眠っている。昼間なら共働きの両親は仕事で不在、リビングの掃き出し窓は鍵がかかっていないだろう。不用心だが、今はありがたいな」
     戦闘が始まる晴也の部屋はひどく散らかっていて、とても戦える環境ではない。屋内で戦うのなら、リビングが一番広いだろう。ただし、生垣で目隠しされた庭の方が広く戦いやすい。どちらで構えるかは、みなに任せる――少年は怜悧な双眸をそっと伏せ、
    「個人的には外の方が良い。部屋の中がぐちゃぐちゃになるのは、さすがに気が引けるからな」
    「追ってくるのか?」
     灼滅者の一人が訊けば、エクスブレインはその顔を見ながら、二度ゆっくりと瞬きをして、
    「……ああ、シャドウか? 追いかけてくる、邪魔する者を排除しようとな」
     エクスブレインは首肯し、頬をもう一度引き締めた。
    「この世界に現れたシャドウと戦う――みなに危険が及ぶのは自明の理で、それを承知で頼む。有川晴也を叩き起こしてきてくれ」
    「ああ、もちろん」
    「ただし、無理はするな。危険な依頼だ。作戦を立ててくれ、いつもよりも慎重に、幾重にも……そして、無事に帰ってこい」
     少年は薄い唇を引き結び、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    月宮・白兎(月兎・d02081)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    聖江・利亜(星帳・d06760)
    テン・カルガヤ(黒鉄の猛将・d10334)
    水縹・レド(焔奏烈華・d11263)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)

    ■リプレイ

    ●早朝の残り香
     閑静な住宅街――影が短くなった、家々の専業主婦は優雅にくつろぐ昼下がり。
     有川家の庭に立つのは、聖江・利亜(星帳・d06760)ら、灼滅者の八人だった。
     鍵のかかっていない窓を開け、リビングを見回す。
     使った食器が残されたダイニングテーブル、椅子には脱ぎっぱなしのエプロン、ソファには男物のパジャマがあって、センターテーブルに投げ出された読みかけの新聞、毛足の長いラグに埋もれるテレビのリモコン――慌ただしかった朝の様子が見て取れる。
     そして、走り書きのメモ。
    『晴也へ ご飯は冷蔵庫にあるからチンして食べること 母』
     起きてこない息子に対する母の優しさがぽつねんと残されていた。
     この日常を壊してしまうことになってはいけない。
    「先に窓を外しときますか」
     庭にあった鉢や自転車を端に寄せて、戦場となるであろうそこの広さに安心した月宮・白兎(月兎・d02081)は、利亜を見る。
    「そうですね、やりましょうか」
     首肯して、手分けをして四枚ある大きな窓を外し始める。存外重い窓ガラスを割らないように、勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)は慎重に部屋の隅に運んだ。
     彼女と一緒に運んでいた司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)が、
    「怪我しないでね、幸乃先輩」
    「心配ご無用よ。あなたこそ、あたしより小さいのだからお気をつけなさい」
    「小さい…!」
    「あら、気にしていたの? そのうち大きくなるわよ」
     小さな鼻を鳴らして幸乃。その吐息にあらゆる感情が内包されていた。
    「えっと…、これ置いても良いですか?」
     アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)が窓ガラスを持って二人に言えば、はっとなった幸乃はその場を譲り、銀河は手をさしのばした。
    「これで終わりね」
     テン・カルガヤ(黒鉄の猛将・d10334)が最後の一枚を外して持ってくる。それも慎重に立てかけて、
    「晴也の部屋を探しに行こうか」
     銀河がふうと息をついて、ふわりと歩き始めた。

    ●白昼の秘め事
     テンと銀河、そしてアイスバーンが晴也の部屋を探しに行く。その他の五人は庭で待機している。
     そして見つけた晴也の部屋を見て、三人は愕然となる。エクスブレインの言った通りだ。ここで戦闘となると大変だろう。
     テンがスレイヤーカードを解放して、銀河は《αOri Betelgeuse》をその身に纏う。
    「setup……"Hello world"」
     アイスバーンの言下、殲術道具が出現する。
    「それじゃあ司城殿、頼んだよ」
    「はーい」
     あっけらかんとした銀河の返事に、テンは不足の事態に備える。
     刹那、散らかった狭い晴也の部屋に禍々しい気配が満ちる。銀河のアクセスを拒否したシャドウが、精神世界からその身を現したのだ。
     ひょろりと縦に長い痩身は、ローブのようなもので覆って、感情の読めない能面のような顔――虚ろを映し出す双眸が捕らえたのはアイスバーン。
    「移動するよ!」
     急げ! とテンが発破をかける。ひゅっと息を飲んだアイスバーンは階段を駆け降りる。
     その後に銀河、そしてテンと続いている。
     シャドウは胸元に黒く燻らせるダイヤを浮かべる。それが闇の破壊の力を高めるものであると彼女らは知っている。
    「みんな、連れてきました、よ!」
     アイスバーンの声は、庭で万全の状態で待機する仲間に、しっかりと届いた。

    ●影魔の足音
     殺気を噴き上げる。
     戦場に無音の帳を下す。
     そうして邪魔者を遠ざけたのは、黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)と水縹・レド(焔奏烈華・d11263)の二人だった。
     庭のコンディションは申し分ない。障害物は白兎があらかた片付けた。
     そして、屋内にドタドタと大きな足音が響き渡る。それが、シャドウ出現を知らせていた。
     メンバーの中で唯一の男性たる蓮司は《兇鳴【迅】》を握り締め、
    「ほな、いこか」
     白兎が縛霊手を解き放ち、
    「レドはやれることをやるだけ」
     言ってレドも大弓を構える。
    「鳥かごよ、開け――うふふ、とっちめてやるわ」
     アドレナリンが溢れているのがわかる。
    「悪夢など、追い払ってやりましょう」
     利亜が走ってくるアイスバーンらを見つめ、その後ろ姿を追う凶悪な大鎌を引きずるシャドウに視線を転じる。
     レドは眼前のシャドウを睨み据える。
     守る。守る守る、仲間はレドが守る、晴也も助ける、絶対負けない――強固な意志が燃え上がる金色の双眸に、シャドウははふらりと揺れ、感情を読めない顔のようなものを歪ませた。
    「怪我はないっすか?」
    「ああ、ない!」
     短く安否確認。
     己と仲間の無事に、蓮司はこっくりと頷いて、《兇鳴【戒】》をざわつかせる。
    「利亜、耐えよう」
     レドが利亜の眼前にシールドを展開させれば、彼女はにこりと笑んで礼を述べる。
    「有川さんを助けるために、ですね。司城さんも、無事で良かったです」
    「うん、ちょっとドキドキしてるかな」
     銀河に利亜のやわらかな光が降り注ぐ。彼女もまた盾を展開させてる。
     アイスバーンは、みなと合流すると胸元にスートマークを浮かび上がらせて、
    「お疲れさんです」
     蓮司が彼女らを迎え、そして幸乃もまたシールドを自分の目の前に構える。
    「さあ、耐える戦いだ!」
     テンはソーサルガーダーで自分の守りを高めた。
    「怪我のないよう、頑張りましょう」
     白兎が鼓舞する。情報処理能力を高め、バスターライフルの銃口を醜いシャドウへと向けた。
     ひょろりとしたシャドウのローブがひらりと風でめくり上がった。そこにあったのはダイアのマークがびっしりと浮き出た薄気味悪い足。
     ぞっと背筋が粟立つ。
    「とっとと引っ込んでもらいますよ、彼の夢ン中まで」
     蓮司の影手を伸ばし、シャドウを捕まえる。ぎりぎりと締め付けられ身動きが取れなくなった闇は、それでもその手に持った巨大な鎌を閃かせる。
     守りを固める少女らに無数の刃が降り注いだ。

    ●耐え忍ぶ戦い
    「なるほど、これが具現化したシャドウの力か……確かに重い、な!」
     にやりと獰猛に笑ってテンは拳を鋼のように固め、ひょろ長いシャドウへ叩き込む!
     ぶよぶよの感触に眉を顰めるも、シャドウの破壊の力は掻き消えている。
    「俺たちも行きましょうか、白兎さん」
    「そうですね」
     前衛には頼りになるディフェンダーがいる。後衛にも心強いメディックがいる。
     守られているからこそ、その役目を全うして、仲間が守りやすくなるようにサポートする――だからこの攻撃を外すわけにはいかない。白兎の思いは銃口に集まり、精緻に織り込まれた力が収束していく、臨界点を突破、蓮司が刀を手に疾駆するその横を、一直線に空気を焼きながらシャドウへとビームが炸裂した。
     その衝撃で生じた僅かな隙を蓮司は見逃さない。素早く斬りおろした白刃の煌めきに闇の持つ大鎌にひびが入る。
     バトルオーラを纏って闘志を剥き出しにするレドはシールドを張り巡らせる。
    「守るよ。だから、皆しっかり」
    「もちろんよ」
     幸乃は大きく頷き、レドを振り返る。強い眼は、大きな力になる。後ろを任せられる仲間がいることに、どれだけの安心感を幸乃にもたらしているのだろう。
     降り注ぐ白刃はシャドウが召喚したもの――その刃に全身を斬られるも、己の持つ癒しの力で傷を塞いでいく。
     戦いは始まったばかりだが、シャドウの放つ一撃は、確かに脅威だ。仲間が一人でもかければ、それは大きな痛手となる。
     だからこそ、フォローの手が重複しないように声をかけ、名を呼び、傷を少しでも塞いでいく。
     大鎌が振るわれ、黒の波動がうねりを上げてテンたちを飲み込んでいく。その瘴気は瞬く間に殲術道具へと浸食していき、その足枷はじわりと効き始める。
     それを打破したのは、利亜の放ったヒーリングライトだった。
     降り注ぐやわかな光りを受けて幸乃の武器の枷は消える。紫瞳が映すのは同じ前線に立つディフェンダーの仲間――そのもっとも近くにいる銀河だ。
    「治してあげるわ、銀河」
    「ありがとう、幸乃先輩」
    「別にお礼なんて」
     武器が封じられていた最後の一人が解放されたところで、アイスバーンはどす黒い殺気を噴き上げ、それはシャドウを足元から飲み込んでいく。
     その領域を引き裂く無数の刃の驟雨は、中衛の二人を狙ったものだった。
    「蓮司さん!」
    「分かってますって…!」
     降り注ぐ刃をまともに食らえば大ダメージは免れない、全身全霊を傾け躱そうとする――
    「なんのための盾ですか…」
     白兎の前に立ちはだかった銀河の声、小さくても頼りになる背中、張り詰めたシールドを突き破って銀河に突き刺さる刃の猛攻――それでも彼女は折れない。
    「怪我はな、いで…!?」
    「な!?」
     絶句した。
     蓮司を守ろうとしたテンの姿に一瞬間時が止まる。ぽたりと落ち地面にぶつかり弾ける水滴は、蓮司を庇ったテンの命だ。
    「これが、わたしの仕事、だから」
     彼女はぐうっと喉奥を唸らせる。
    「今、癒すから!」
     凄惨な姿に蓮司はオーラを治癒のものへと変化させ、彼女の体に流し込む。
     傷ついた仲間の姿に利亜は口を開く。
    「有川さんは、現実では不幸だったのですか?」
     シャドウが応えるはずはない。それでも利亜は尋ねる――否、尋ねなければ気が済まなかった。
     シャドウがいなければ、コルネリウスがいなければ――テンはこんなにも傷つくことはなかった。
    「夢の方がマシだと、彼は言ったのですか? 望んだのですか?」
    「利亜、おしゃべりは後。テンをお願い」
    「……ええ、そうですね、ごめんなさい」
     レドの冷静な声――だからこそ落ちつける。取り乱しかけた自分を繋ぎとめることのできる声に、彼女は傷ついたテンを優しく照らす。
     連続して繰り出される列攻撃は、前衛のディフェンダーたちをターゲットにして、その凄まじい破壊力でもって彼女らを苦しめる。
     白兎と蓮司の攻撃が効いていないわけではないが、それをものともしないシャドウの力に、怖気を覚えた。
    「ッ…! 耐え凌ぐ戦いが、こんなに大変だとは、思いもしませんでしたね」
     白兎が毒づく。
     アイスバーンも己の回復に手をまわして、銀河の盾も彼女を守るように展開した。
     その瞬間、シャドウが生み出した漆黒の弾丸が、テン目がけて飛翔、そして破裂した。

    ●癒しの手
    「カルガヤさん!?」
    「――っ!」
     漆黒の弾丸を撃ち込まれた彼女はその強烈な瘴気に晒され、立っていることすら困難な状態へと追い込まれた。
     だがその窮地から脱させようと手を差し伸べるのは、利亜とレド、そして銀河だ。
     レドの盾、利亜の優しい声、銀河のオーラ――それに合わせて届く癒しの力は、一気に彼女の糧となって体を駆け巡る。
    「くっ……!」
     テンは小さく毒づく。己の治癒のオーラも集め、なんとか立ち上がる。
    「まだまだイケるっしょ、テンさん」
    「もちろん!」
     蓮司の治癒も受け取って、テンは気丈に笑む。ここまできて倒れるなんぞ、みっともなくて出来るか。
    「あと少しだ!」
     レドの檄が飛ぶ。
     何度シャドウの攻撃を受けただろう、何度シャドウの猛攻を耐えただろう――そうして受け止め、受け流して、また回復して、耐えて耐えて耐えて……
     目標とした十分のタイムリミットまで、もう秒読みに入っている。
     耐えるだけだ。
     疲労は溜まっている。ダメージの蓄積は無視できないが、あと少し、みなが懸命に回復に努めればシャドウを追い返すことができる。
    「これ以上、あなたの好きには、やらせないわ!」
     幸乃がシールドを眼前に展開させて、
    「精神世界の方が快適じゃないですか?」
     アイスバーンの呟きは、彼女の胸元のスートマークとともに揺れる。
    「助けにいくって決めたんだよ…!」
     燻ぶる記憶に胸を疼かせる銀河は、揺らめくオーラを治癒の力に変えて己に打ち込む。
    「早く夢の中に帰りたくしてあげます!」
     白兎の術式が織り込まれた魔法光線が一直線に照射され、
    「っ!」
     短く鋭く息を吐いた蓮司の刃がシャドウを一閃した。死角からの激しい刺突に、よろりと闇がよろけるも、それ以上体勢を崩すこともなく、じろりと白兎に面を向けた。
     そして、突き付けられた鎌の切っ先に、漆黒の奔流が収斂――解き放たれた弾丸を、白兎は見切って躱した。
     シャドウの様子が変わったのは、その一瞬後だった。
     漆黒の残滓すら消え、灼滅者たちの息遣いがはっきり聞こえるほどの、違和感を凝縮させた沈黙が帳をおろす。
     シャドウの持つ大鎌は狂気を収め、表情の読み取れない奇妙な面はふらりと屋内を振り返る。
     そして、ふわりと静かに消えた。
     音もなく、何事もなかったかのように、シャドウは八人の前から姿を消した。
    「……終わった?」
     幸乃が息も絶え絶えに呟く。
    「そう、みたいですね」
     銀河の声、そして、安堵が充満した。

    ●悪夢へ
     シャドウとの壮絶な持久戦を終えた八人は、疲労と安堵のため息をついた。
     しかし、のんびりしているわけにもいくまい。これからまだやるべきことは山とある。
    (「……どんなにリアルでも、結局夢は夢。偽モンで塗り固めた幻」)
     救出対象の有川晴也の部屋は二階にあった――銀河が案内した部屋を見て、蓮司はひっそりと眉根を寄せる。
    (「その先にはなんもありゃしねーのに」)
     そこは確かに狭くベッドがのさばり、勉強机が幅を利かせ、僅かに残った壁にはクローゼットが埋め込まれていた。そこから溢れだした服、本棚に入りきらなくなった少年マンガ、学校のプリント、教科書、ノート、ありとあらゆるものが床に散乱していた。
    「……うーん」
     蓮司は小さく呻いた。
     この部屋から推察できる有川晴也はかなり整理整頓のできないい人間で、ギャグマンガが好きで、ファッションにはとんと興味のない子のようだ。
    「ん?」
     蓮司はふと眼をやった勉強されることのなくなった机の上に、異彩を見つけた。
     ひそかに飾られた女の子の写真。可憐に微笑む女子とベッドの中で眠りこける晴也とのツーショットだ。
     楚々とした日本美人のその子は、客観的に見ても可愛らしく、その隣で硬直する晴也は明らかに照れてる。
     単に女性に耐性がないのか、それともガチガチに意識しまくっているのか――本当のところは分からないが、この写真は収穫だろう。
    「……ふーん」
    「カノジョさん、かな?」
    「どうだろう、だったら言ってやりたいこともあるけど……利亜さん、どうっすか?」
     テレパスで晴也の表層思考を読み取ろうとしていた利亜は小さく首を振った。
    「眠っているから、無理みたいです」
     残念そうにしていた彼女だが、できないことはできないと切り替えた。
    「ソウルアクセス、お願いね」
     テンに声をかけられたアイスバーンは、「は、はい」と返事をして、
    「じゃあ、いきますよ」
     晴也の枕元へ一歩踏み出した。
    (「……もう一仕事といきますかね」)

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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