「現在、少年少女が眠り続けるという事件が発生しています」
教室に集まった灼滅者たちに、祝乃・袖丸(小学生エクスブレイン・dn0066)が、事件について切り出した。
「この事件は、高位のシャドウ、慈愛のコルネリウスの仕業と思われ、20名以上の少年少女が覚めることのない夢を見続けているのです。
話に聞いた様子からして、慈愛のコルネリウスには、悪意はあまり無いのかもしれません。しかし放っておくわけにもいきません。
慈愛のコルネリウスの夢の中から、少年少女達を救い出してあげてください」
袖丸が何やら複雑げな表情なのは、コルネリウスが少年少女に見せているという夢が、悪夢、と言われてすぐに想像してしまうような内容とはかけ離れているからだ。
「夢の中は、まるで、現実のようなリアルな世界になっていて、その夢を見ているひとの為に特別に作成されているようです。
夢に囚われたひとは、夢の中を『現実である』と思い込んで生活していて、自分が夢の中にいるとは思っていないようですね。
その夢の中でも、ちょっとした不幸などは降りかかってきますし、努力しなければ良い結果は生まれないのも現実と同じです。
ただ、違っているのは、本当の不幸に陥る事は無いし、努力すればしただけ報われるということ。
……幸福な夢、ですよね。怖いくらい。僕の個人的な感想ではありますが、本人の主観としては、完璧な幸せを得ている状態だ、と、言えるかもしれません」
それはきっと、平穏でありながら充実感のある生活だろう。文字通り、夢のような。
「幸福というものについては、各個人、それぞれの考え方があると思います。
本人が幸せであるならばそれでいい、という考えもあるかもしれません。
しかし、だからといって放置するわけにもいかないのです。
慈愛のコルネリウスの慈愛の心は、とても広いので、今回の20名の夢が成功したら、今度は、規模を広げて更に多くの人間を夢に捕らえるようになっていくでしょう。
最悪、都市の住人全てが眠り続ける……といった事件に発展するかも知れません」
そこまで大規模な事件になれば、コルネリウスに悪意がないとしても脅威だ。
「武蔵坂学園としては、この幸福な悪夢の蔓延は阻止するべきでしょう。
夢を見ているひとに、それが夢であり現実では無い事を理解して貰って、現実に戻る決意をさせれば、夢から連れ出す事ができると思いますので、お願いします」
袖丸はぺこりと灼滅者たちに頭を下げた。
「皆さんに向かっていただきたいのは、ちょっとの努力でダイエットに大成功するという幸福な悪夢を見ている、中学生女子の方のところです。
夢を見ている本人に接触するためにはソウルアクセスを行う必要がありますよね」
けれど、今回はまずその前に障害がある、と袖丸は告げた。
「慈愛のコルネリウスの配下のシャドウが、眠っているその方の傍らに出現して、邪魔をしてくるんです。
ご存知の通り、シャドウは現実世界で活動できる時間に制限がありますが、その強さは、他のダークネス達と比べても、かなりのものです。
普通に戦って勝利するのは不可能だと思われます。
しかしまずこのシャドウを排除しなければソウルアクセスを行うことができません」
幸い、シャドウも、眠っている少女を傷つけるような事はしてこないので、戦闘には支障がない。
しかし正面切って戦っても勝機がないとなると、作戦を工夫せねばならないだろう。
「シャドウは危機に陥ると夢の中に逃げ込みます。それを元に戦略を立てると良いと思います。
命を捨てて戦闘を仕掛けてこられると強敵ですが、危険になれば逃げるという方針である以上、つけ込む隙は充分にあります。
皆さんのお力が一番生きる方法を考えて、がんばってください」
袖丸は祈るように言う。
「現われるのは、典型的な姿をしたシャドウが1体です。
ぶよぶよと闇が凝固したような身体から、カマキリのような脚を生やしていて、それを使ってシャドウハンターの方々の使うサイキックに似た攻撃をしてきます」
配下は連れておらず相手はこのシャドウ1体のみだが、攻撃はどれも強力であるし、回復する術も持っているので充分に気をつけて欲しいと告げると、袖丸は真剣な顔で灼滅者たちと向き合った。
「先程も申し上げましたように、今のみなさんが普通に戦って勝利できる相手ではありません。
ですが、今回の目的は、シャドウを倒すことではなくて、悪夢に囚われているひとを目覚めさせることです。
まずはシャドウを現実世界から撤退させて、ソウルアクセスのできる状況になるところまで、なんとか持って行って下さい。
とはいえ、現実のシャドウは本当に危険な相手です。
あまり、ご無理はなさらないで下さいね。
……以上です。お気をつけて」
袖丸はそう締めくくると、心配そうにしつつも、灼滅者たちを教室から送り出したのだった。
参加者 | |
---|---|
水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750) |
安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186) |
嵯神・松庵(星の銀貨・d03055) |
ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427) |
皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155) |
高峰・紫姫(心の迷い人・d09272) |
下総・水無(フェノメノン・d11060) |
土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371) |
●現れ出でる関門
カーテンの閉まった寝室で、少女は昏々と眠っている。その寝顔は安らかで、微笑さえ浮かべているけれど。
「何が慈愛のコルネリウスですか……」
高峰・紫姫(心の迷い人・d09272)の呟きは、怒りに震える。
「いくら夢の中で幸せになれたとしても所詮は夢よね」
「心配してる周りの人達の為にも放っておく事はできないの」
水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)とピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)も、今の少女の状態が幸せであるとは思えない様子だ。
「例え悪意がなかろうと、一般人に害を及ぼすものは放っては置けない」
土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371)が言う通り、少なくとも眠らされた少年少女の家族にとってみれば、これは被害に他ならないだろう。
少女は一体どんな夢をみているものか。
しかし、それを今すぐに知ることはできない。
安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186)がベッド際に歩み寄り、ソウルアクセスを行おうとした瞬間に、影をぶよぶよとこごらせたような怪物――シャドウが現れたからだ。
「女性の寝室に不法侵入とは中々に大胆な所業だな」
乃亜はスレイヤーカードを解放し、黒を基調とした冬服姿に変じた。足元からのびた影業が、薔薇の蔓のようにくるりと右手首に巻きついたかと思うと、黒いレイピアのような形になって乃亜の手に従う。
「第一の関門、といったところかな」
嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)は灰色のインバネスコートの裾を捌くと、身を低めて腰の日本刀の柄を握った。居合いの構えだ。
「夢の中での幸せは、コルネリウス様からの素晴らしき賜物だ。何故邪魔をする」
その身を震わせながら、シャドウは灼滅者たちを睥睨した。ぶよぶよとした塊から、カマキリのような脚が生える。実際カマキリを習った姿なのか、ギチギチと軋りながら1対の鎌も現れた。
現実世界でシャドウと対峙する機会は稀であるし、エクスブレインからその強さも聞かされている。それでも、灼滅者たちは恐れを抱くことなく向き合った。
「死の境界、さあ、狩りの時間だ!」
皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)は漆黒の地に桜の柄の描かれた夜桜を思わせる振袖を揺らし、カードに封じた力を解放する。夜桜の柄と優美な長い袖はそのままに、着物が動きやすい戦闘装束へと変化した。
「では、開演と参りましょう!」
下総・水無(フェノメノン・d11060)が、波打つ金の髪をひとつ揺らして情熱的にギターを掻き鳴らしはじめる。
その音色が、開戦の合図。
「コルネリウス様の邪魔をする、無粋な連中にしては気が利いた音だ」
シャドウがその身にまとうトランプのマークはスペード。
「参る、例えどんな強敵が前にあっても誰一人欠けさせはせんぞ」
佐那子はその決意をぶつけるかのように、巨大な異形と化させた片腕をシャドウに叩きつけた。
●耐える戦い
「現実世界だからといって勝てると過信はしない方がいい」
乃亜がシャドウの前に迫る。銀十字のネックレスが、薄暗い室内でちらりと光った。その瞳に宿した意思の光と共に。
「過信? 自信と言うべきだろう」
乃亜の影業から伸びた触手に絡まれながら、ふるふるとシャドウは身を揺らす。笑っているのだろうか。
ガギンッ!
松庵の繰り出した速く重い斬撃を、シャドウは脚で受ける。
手応えの浅さに、松庵はふむ、と鼻を鳴らした。
「やはり強敵だね。じっくりと行こうか」
「あちらが撤退を選ぶまで、耐え忍ぶ方向ですね。頑張りましょう」
桜夜は松庵に頷き、右手に日本刀、左手に大鎌という二刀流を鮮やかに操りシャドウの懐へと飛び込んで行った。
「時間稼ぎをするだけの戦い方なんて不本意だけれど、仕方がないわね。でも、別に倒してしまっても構わないわよね」
鏡花が笑む。倒せるとは思っていない。けれど強気なその発言に仲間たちは笑みを交わしあう。
倒してしまえ! それくらいの気持ちでいないと、ディフェンダーを中心とした防御の布陣を取っているとはいえ、耐え切ることさえできないだろう。
「戒めと縛め。彼の者を律する枷とならんっ!」
青い宝玉の輝く槍を掲げ、鏡花は制約の弾丸を撃ち出した。
(「絶対に誰も、死なせたりしません」)
紫姫は決意を胸に、純白の縛霊手、可能性の獣をふるう。自分の考えが甘いことはわかっている。それでも誰にも傷ついてほしくない。縛霊撃で放射された網状の霊力が、一部ながらもシャドウの身体を縛った。
「邪魔者にはお引取り願いましょう! 守りを固めます!」
水無はギターで奏でる曲に乗せて、リングスラッシャーから次々と小光輪を射出し、前衛に立つディフェンダーたちの盾としてゆく。
「頑張るの! 回復は任せてなの!」
ピアットが、制服のスカートをふわっと揺らして、WOKシールドを展開した腕を胸の前に構えた。戦闘開始と同時に、ピアットはヒーリングライトを使って自分の回復の能力を上げてある。
「お願いしますね」
松庵は頼もしいメディックたちに頷くと視線をシャドウに戻し、制約の弾丸の撃ち出すべく、指輪のきらめく指で方陣を描いた。
(「気になるけど、今は目の前の敵に集中……!」)
紫姫はベッドで眠っている女の子にちらと目をやったが、シャドウがコルネリウスの命令あってのことかベッドを巻き込まない場所で戦うつもりなのを見て取ると、シャドウへと向き直り、契約の指輪を胸の前に構えた。
灼滅者たちがどれほど撃ち、打ち、斬っただろうか。全力は尽くしている。それなのに、シャドウのぶよぶよとした影の身体に、目に見えてわかるほどの衰えは感じられない。
対して、灼滅者たち、殊に矢面に立っているディフェンダーたちには徐々に癒しきれないダメージがかさんできている。
「これは中々に痛烈……だが負けるわけにはいかない」
乃亜は白い肌を伝い黒い制服に染みてゆく赤をかえりみることなく、レイピア状に形取った影業を、トラウマと共にシャドウへと突き込む。
「音よ、響きよ、昏き残滓を撃ち払え!」
水無が力を込めてギターを奏でる。闇を称えた紫水晶の瞳は、まっすぐに見据えたシャドウの体の闇色を映してますます暗く美しい。リバイブメロディが乃亜をはじめ、ディフェンダーたちを癒しトラウマや毒を取り除いていった。
「全く、無粋な上に鬱陶しい連中だ」
すぐに蹴散らせるつもりでいたのであろう、シャドウは声音に忌々しさを滲ませながら、胸部にスペードのマークを浮かび上がらせる。ダメージを回復し、自らの攻撃の破壊力を上げてたたみかけるつもりだろう。しかし。
「させん!」
リングスラッシャーや拳による攻撃を続けていた佐那子が、すかさず鬼神変に攻撃を切り替えて、シャドウのエンチャントを打ち砕いた。
「生意気な……」
ぎちぎちと、シャドウが脚を軋らせながら振り下ろしてきたカマキリ鎌を、桜夜は頭上に【クロノスケィス】を掲げて受ける。ぎちり。大きな2つの刃の間で軋みを上げたカマキリ鎌に、桜夜はは純白の日本刀【黎明】を振り下ろして叩き斬った。二刀流ならではの防御と反撃。しかし次の瞬間に、もう1つの鎌が横凪ぎに桜夜の腹を襲う。
「っ、……!」
「「!」」
運悪くまともに食らい、床に膝を着いた桜夜を、あと一撃受ければ危ないと見て取り、乃亜と松庵がすぐに庇えるよう素早く身構える。
しかし、次は来なかった。
この戦闘ではシャドウを倒すことを目的としていないため、敵には行動を阻害したり攻撃の威力を落としたりするバッドステータスをメインに与えていっている。
特に紫姫と鏡花、2人のジャマーの働きもあり、乃亜の斬弦糸の効果もあって、パラライズや捕縛の嵩んだシャドウの動きは鈍っていたのだ。
その間に体勢を整えることができる。
「痛いの痛いのとんでけーなの!」
ピアットが桜夜に駆け寄り、ソーサルガーダーの中に包み込んだ。大きな回復の力に癒されて、よろめきつつも立ち上がる桜夜。
「やっぱり、正面をきって戦っても勝機はない……少し悔しいの。でも、ここさえ耐えきれば!」
ピアットの力づける声に、仲間たちは頷く。
「立っていましょう、最後まで!」
「ありがとう。……負ける、かぁあ!」
肩に触れた佐那子の掌から流れ込んでくる集気法の癒しの力を感じながら、桜夜は頷き、自分自身もシャウトで可能な限りの回復を果たした。
恐らく、シャドウを撤退させることはできる。
しかし、全員無事で耐え切れるか、それとも誰か倒れてしまうのか。
今が、その境界だろう。
闇の凝固したようなシャドウの身体から、漆黒の弾丸が打ち出される。弾道の先にいたのは鏡花。
「く……! 大丈夫! 今まで前の皆に守ってもらってたんだもの!」
鏡花はここまで無傷でいられていた。それに、シャドウに重ねてきた武器封じも効いている。鏡花は傷口に毒の滲む痛みを女神の名を冠した魔導衣の下に押し込めて、同じ女神の別名を冠する魔導槍を掲げた。
美と戦いを司る女神の名に相応しく槍の宝玉と刃は共に輝き、鏡花の魔力を輝くプリズムの十字架へと変換する。セイクリッドクロスから放たれた無数の光条が、身体を守ろうとしたカマキリ脚ごとシャドウの身体を貫いていった。
「なんたることだ……コルネリウス様の配下たるこの私が、これほどに手間取るとは……」
脚を軋らせながら、シャドウがブラックフォームで回復する。
声音からはまだ余裕が感じられた。恐らく、ここから死ぬ気で向かってこられたら、灼滅者側が敗北を喫することになるだろう。しかし、主であるコルネリウスの慈愛故に、部下であるこのシャドウは、命をかけてまで灼滅者たちを止めようとすることはない。
「コルネリウス様の慈愛にひれ伏さぬ者共を、野放しにしたくはない……しかし……」
シャドウは思案するように、影の凝った身体を震わせている。その前に飛び込んだのは雲煙の如き外套姿だった。
「さて、押し通らせてもらうとしよう」
松庵が鞘から抜き放った日本刀が冴え冴えと一閃し、放った月光衝がシャドウの前に浮かび上がったスペードマークを切り裂く。
「……く……」
悔しげなシャドウの声。
ぎしり。カマキリ鎌がシャドウの身体の中へと吸収され、ぶよぶよとした身体が少女の眠るベッドの方へと引いた。
バッドステータスを回復する術を持たず、自らを有利にするためのエンチャントはかける度に打ち砕かれ、そして戦闘はいたずらに長引いており、灼滅者は1人も倒れていない。
今回の条件では、シャドウが撤退を選ぶのに充分な状況だった。
「撃ち抜け、蒼雷っ! ――Blitz Urteils!」
「こいつはオマケよ!」
鏡花が撃ち出したマジックミサイルが雷のように魔力を迸らせて飛んだのを、水無の掃射した音符型の魔法の矢が追う。
シャドウの姿は、それらの着弾と同時に掻き消えた。
少女の夢の中へと。
●幸せな悪夢の中へ
「……後で100倍にして返してあげるから、覚悟しておくの!」
ピアットの声はシャドウに届いていただろうか。
「よし、上手く撤退したようだな」
シャドウが消えたのを確認し、松庵が日本刀を腰の鞘に納める。
メンバーたちは負傷具合を報告しあい、少し休憩すれば夢の中に出発して問題ないと確認してから、ベッドの周りに集まった。
充分な広さがあったとはいえ、戦闘後の室内は乱れていたが、部屋の主の少女が眠るベッドはきれいなままだ。
「むにゃ……マイナス5キロ……!? すごいわ、ステキ……夢みたい……」
少女が目を閉じたまま幸せそうに微笑み、寝言を漏らす。
「綺麗になりたい気持ちは同じ女子として解りますが、しかしやはり現実で達成してこそでしょう」
「ええ。どのような理由であれ夢はただの幻。覚めない幻など地獄でしかないと思うのですが……」
水無と桜夜は少女の寝顔を眺めて苦笑した。
「前回の不死王といい、今回のシャドウと言い、敵についてわからない事が多すぎますね……」
「でも、ま、そんな事関係なく最善を尽くすだけね」
佐那子の呟きに、鏡花がからりと言う。
「確かに」
鏡花の前向きな言葉に、佐那子は少し笑って、頷いた。
「さあ、彼女を助けにいこうか」
「はい。……待っていなさい……この子を救出してみせますから。そしてコルネリウス、アナタの考えを全否定してやります」
少女の額にそっと手を差し伸べた乃亜に、紫姫が深く深く頷く……。
作者:階アトリ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2013年4月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|