セイレーンの残虐遊戯

    作者:

    ●陶酔
     ――マリア。彼女は、本当に綺麗だ。
     その揺れる金の髪も。薔薇色の唇も。しなやかな指先も、すらりと無駄の無い四肢も。
     何よりも、その蠱惑的なアメジストの瞳と、いっそ人の物では無いかの様な魅惑の歌声。
     彼女が歌手などでなくて本当に良かった。
     あの日公園で歌う彼女に出逢えなければ、俺はきっと、つまらない日常に今も身を沈めたままだっただろう。
     手の届く場所に無くて、何の意味があろうか。
     俺の、マリア。
     ――絶対に、誰にも渡さない。

    ●非道の歌姫
    「灼滅して欲しいのは、マリアという名前の淫魔よ」
     机上に差し出されたノートには、既に全能計算域からアウトプットした未来予測が書き連ねられている。
     唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は手に持つボールペンでとん、とノートを叩くと、今回の依頼の概要について説明を始めた。
    「勿論、淫魔だからこその、抗えない魅力はあるのでしょうけど……普通に聞いても歌声は魅力的。ぱっと浮かんだのは、神話の歌姫・セイレーンね」
     淫魔でさえなければ、きちんと聞いてみたかった―――そう言いながらも、姫凜の表情は微笑みすら浮かべない。
    「美しい歌声で舟人を惑わし、難破や遭難を誘った神話上の美しい怪物・セイレーン。……同じ様なものだわ、ダークネスである以上、その存在には人を惑わす力がある」
     マリアは歌詞の無い歌を歌う。
     『A―A―A―』や『LA―LA―LA―』と、小細工無しの美しい歌声で人々を魅了し、取り巻きを確実に増やしている。
    「マリア自身歌うことは好きみたいだけど、その性質は極めて残虐よ。集めた一般人が自分に心酔して取り合って戦う様に愉悦を感じているの。要は、配下一般人同士に殺し合いをさせている。その都合上、一度に配下は2名までしか持たない」
     姫凜が指定するその夜、マリアは2人の配下を引き連れ埠頭を訪れる。気持ち良く歌った所で、いつもの様に配下同士に殺し合いをさせる腹積もりだ。
    「戦闘に介入するのはマリアが歌っている間よ。マリア自身もクセなのか瞳を閉じて、歌を気持ち良く歌っているし、配下も陶酔している。これはかなりの隙よ。事前に埠頭に潜んでおいて奇襲を仕掛ければ、配下はさほど苦戦せず倒せる筈」
     月の明るい夜だという。埠頭は物陰も多く、月明かりの作る影に潜む場所は多くある。
     逆に、月明かりのお陰で視界も戦うには困らない。
     姫凜の予知によってマリアの立ち位置までもがはっきりしているので、奇襲後海に向かって囲い込むことも可能だ。
     灼滅者で言うサウンドソルジャーのサイキックと、基本戦闘術を使用するマリア。戦闘配置の関係か、その歌声には強い誘惑の力があると言う。
     そして、2人の配下は殴る蹴るの近接攻撃を使ってくる。
     既にマリアを取り合い言われるがまま殺し合うほどに強化が進んでいる以上、配下一般人は救出できないだろうと姫凜は付け加えた。
    「もうかなりの数の一般人が、マリアの非道な遊戯によって命を落としてる。……強力なダークネスだけど、これ以上放置はできないわ」
     お願いね、と。そう語った姫凜の紅の瞳は、命を弄ぶ歌姫への怒りに燃えていた。


    参加者
    春宮・さくら(暴走機関車・d00185)
    伊舟城・征士郎(銀修羅・d00458)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    駒形・ニゲラ(薄墨夜叉・d04554)
    望月・結衣(ローズクォーツ・d09877)
    壱越・双調(倭建命・d14063)

    ■リプレイ

    ●月隠れ
     月明かりの埠頭に、3人分の影が伸びる。
     望月・結衣(ローズクォーツ・d09877)は、現れた者達の正体を知っている。息を殺し月の生む影に身を隠せば、見目麗しき女の鈴の様な声が耳に届いた。
    「……さぁ、戦うあなたへ勝利の凱歌を送りましょう」
     そう告げ微笑む女こそ、淫魔・マリア。魅惑の歌声で人を惑わし、自分を巡る殺戮の愉悦に浸る、心醜き獣の女。
     笑んで蠱惑的な紫の瞳をゆるりと閉じると、華奢な体の何処から出るか、よく通る歌声を響かせた。
    「んん、言ってた通り、綺麗な歌声……」
     函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)は、その歌声に素直な賛辞を述べた。
     良く伸びる高い声は、儚さ、繊細さを帯びながらも、確かな存在感を持っている。思わず聞き入る、絶対的な魅力も。
     人を惹き付ける魔性の歌声。それは、奏でるが人ならば美しい物で在ったのだろう。
    「……でも、魅了して、人同士で殺し合わせる、なんて、趣味悪いよ」
    「うん、歌を殺し合いをさせるとかそういうために使うのは絶対に許せないよ!」
     静寂に潜める声の中に強い決意を湛え、春宮・さくら(暴走機関車・d00185)が答えた。名をそのまま表すような春色の髪が海風に揺れ、さらりと音を立てる。
     神凪・朔夜(月読・d02935)は、不意に隣の相棒、壱越・双調(倭建命・d14063)へと視線を送った。誇りを胸に、強き視線でマリアへと向かう双調の瞳は決して揺らがず、月を映して輝いている。
    「……朔夜。我が信念の為に、共に戦ってくれますか」
     視線こそ交わさない。しかし感じた朔夜の視線を受け止め、双調は囁いた。
     その声に込められた思いを、自分はよく知っている。朔夜は女へ視線を移すと、肯定の言葉の代わりにマリアへの決意でそれに応えた。
    「……貴女の舞台はここで終わりだよ」
     それが合図。一斉に、灼滅者達は飛び出した。
     うっとりと歌に聞き入り、未だその気配にも足音にも気付かぬ2つの影へと、駒形・ニゲラ(薄墨夜叉・d04554)が迫り、そっと囁く。
    「――わたくしも、見てくれませんか?」
     気付いた時にはもう遅い。伊舟城・征士郎(銀修羅・d00458)の跳躍からの日本刀の一振りが、月光に煌き手前の黒髪の男を打った。
     突然の痛みと飛び散る鮮血に轟いた男の呻き声に、マリアの歌声はふつりと途切れる。
    「相変わらず、淫魔は趣味が悪いですねー。というわけで、手加減はしませんよー」
     もう一方の茶髪の男を盾の一撃で吹き飛ばして。足元にふかふかの毛並みを持つ霊犬・コセイを従えた香祭・悠花(ファルセット・d01386)の勝気な笑みが、月明かりの中に浮かび上がった。

    ●穿音
    「どきな!! お呼びじゃないんだよ!!」
     奇襲の最中にも先ずマリアを守るべく立つ黒髪の男へと、朔夜の異形の腕と鋭い声が放たれた。
     殴りつけたその体がよろめく暇も与えず、続く双調が嵐なる弾丸を一斉射出する。
    「……私も長唄の歌い手たる誇りがございます」
     縦横無尽なガトリングガン『氷華』の軌道が、平時冷静な双調の今の心を現すかの様に男へと突き刺さった。
    「どんどん撃ってやれ!! 黙らせてやりたいだろ!!」
     足を止めぬ朔夜の声を受け再び白銀の銃を構えた双調の隣には、黄金色の光輪をその手から放つニゲラ。
    「戦うのはまだ上手ではありませんけれど、わたくしもがんばりますよ」
     ふわりと、巻いたミントの髪を揺らして甘く柔らかく微笑んだ。刹那、刺す様な鋭さで光の輪は空を駆ける。
     そして、風を切るその速さにも等しく前へ飛び出す、ゆずるの螺旋の槍。
    「助けてあげられないのは、残念だけど」
     光輪と槍が黒髪の男を穿った。まるで風穴から月光の中に融けるかの様に1人の青年が空へと消えて行く。
     ゆずるに合わせ放たれたナノナノ・しまださんのシャボン玉が、僅かな時間差でさくらが対峙する茶髪の男の周囲で弾け散る。
     その爆発に紛れる様に舞い降りた小光輪は、さくらを守る光の盾だ。
    「確かに美しい歌声だけど……もう、人を惑わせたりなんてさせない」
     結衣の思いが、仲間を守る力に変わる。包み込んだ光の温かさに笑んで、さくらは殲滅の為の黒鉄の銃を構えた。
     標的を定める大きな目が、引き金は今と強く輝く。
    「歌はみんなを幸せにするための物なんだよ! だから、ビシッとここで押さえるからね!」
     トリガーを引いた銃から、逃れる隙を許さない超速連射が男を襲う。
     撃ち抜く背に飛び散る弾丸が、男の体を紅に染め上げていった。
    「―――ミス・マリア」
     閑かな声が、戦場に響いた。
     征士郎の、その幼さから発せられたとは思えぬ落ち着いた呼び声に、出所に迷うマリアの瞳が一瞬辺りを彷徨った。
     しかし、閃いた銀の刃の輝きに、視線は縫いとめられたかの様に目前に散る鮮血に注がれる。
     アメジストの美しき瞳を、怒りに醜く見開いて。
    「……例え貴女がどれほど見目麗しくとも。どれほど、素晴らしい歌声でも」
     どさりと、茶の髪の男が地に落ちた。居合いを降り抜き一度刃を収める征士郎の傍らには、主と同時に霊障を放ったビハインド・黒鷹。
    「人を狂わせてしまうだけの歌なんて、私はちっとも凄いとは思わない。残念ですが、本日をもって貴女のラストコンサートとしましょう」
     隔てるものは、何も無い―――2人の男の呪縛を解き放ち魂を見送った今からこそが、この戦いの正念場と思われた。

    ●惑わす旋律
     紡がれる心地良い響きに充足感が心を満たし、さくらの体が一瞬、ぐらりと傾いた。
    「……守らなきゃ、わたし、マリアさんを……」
     マリアを背に庇い立つさくらへと、ニゲラは癒しの光を注ぐ。
    「甘い歌、わたくしは歌えないから羨ましい……」
     小さく囁いて、放たれたその三度目の癒しの力によって漸くさくらの魅了が完全に解ける。
    「……あれ、なんで私……」
     はっとして、ふるりと首を振る。救ってくれた仲間へと春の様に朗らかな声で礼を告げたさくらは、そのまま果敢に前へと飛び出した。
    「マリアさんの歌声はきれいだけど。使い方、間違ってる!」
     言うが早いか左から薙ぎ倒す様に振るわれた超弩級の一撃が、マリアの歌声を遮り、その体を豪快に吹き飛ばした。
     エクスブレインに、セイレーンと言わしめたマリアの歌声―――立ち位置を選び、より強く強くと魅了を強いてくる歌声は、響く度甘美なまでに優しく灼滅者達の精神を揺るがし、惑わしにかかる。
     度々仲間から受ける攻撃も、マリアへの癒しも――やはり簡単では無いが、それでも癒し合い、守り合う灼滅者達に対し、マリアは1人。
     誰1人、負ける気などさらさら無かった。
    「わたくしは甘い甘いものが好きですよ。……ころしてしまうのは、もっとすき」
     ひぅん、と風切る音を響かせ、ニゲラの波紋持つ槍『Loreley』の穂先が、マリアの肌を緋に彩りながら滑った。
     悪意を持って主へ向かう女の視線。それを遮るように、ビハインド・ヘンリエッタがニゲラの前へと躍り出る。
    「……エッタ、たおれないで」
     背で受けた主の言葉に応えるか反するか、ヘンリエッタはマリアへ肉薄すると、己を包む霊気を衝撃に変え撃ち込んだ。
    「まだまだぁ、攻撃ごーごー!」
     一瞬静けさを取り戻した埠頭に、明瞭なる声が響いた。同時コセイが飛び出し、斬魔刀でマリアを斬り付けた時――コセイが主・悠花の快活な歌声が響く。
     確かに、マリアの歌は儚くも魅惑的だが―――同じ立ち位置に立つ悠花の歌は、強く生命力に満ち、マリアとはまた違う強い誘惑を齎す。
     真っ直ぐな金の髪を風に散らす女の紫の瞳が、恍惚にうっすらと光を失った。
    「ごめん、あ・そ・ば・せ♪」
     歌い切って、その表情にしてやったりと笑んだ悠花が伏せる。すると、空いた隙間に爆炎齎す無数の弾丸が飛び込んだ―――ブレイジングバースト。
    「我が誇りにかけて貴様を撃つ!! 消え去れ!!一刻も早く!!」
     大切な存在の為に、討ち果たすと誓った―――双調が抱く、その思い、その視線の先には朔夜が居る。
     マリアを包んだ着弾の炎と煙の向こうから、『玉兎』と名付いた魔杖が差し出された。
     弾痕に添うた杖から、膨大なる魔力が体内へ注ぎ込まれる。
    「その唄、聞くだけで胸糞悪いんだよ……力尽くで黙らせてやるよ!!」
     朔夜はそのまま、すれ違う様に体を捻り、離れる。
     一瞬の間の後、マリアの肌を引き裂いて、体中を燻った魔力が激しく弾け飛んだ。

    ●セイレーンへの葬送歌
    「―――ぎゃあああああああ!!!」
     歌声はどれほど美しく響くとも――痛みに悶えるその声はいっそ化け物じみて醜い。征士郎は、全ての声から仲間守るべく『氷紋六華』――雪結晶様の紋が美しい盾の白銀光を広げた。
     よくも、よくもと呪いの様に呟き、マリアは再び、セイレーンの魅了の歌を紡ぐ。
     戦場に幾度と無く繰り返されたその歌は今、幼い頃から歌と共に生きてきた結衣の耳には届かない。――マリアは、自信持つがあまりに、繰り返し過ぎたのだ。
     そして、その歌声に心酔し身を捧げたマリアを守る命も、既に此処には無い。
    「……本当に歌が好きなら、こんなひどいことして喜ぶなんて、おかしいよ」
     終始僅かも表情を変えず在ったゆずるが、微かにその瞳を細めた。どこまでも真っ直ぐな黒髪が、前進する体に遅れてさらりと揺れる。
    「……おやすみなさい……」
     前へ駆けるゆずるの背を見送ると、マリア同様、陽色の瞳を伏せ、結衣は歌った。
     どこまで響くか解らない。試される様で緊張するけれど――自分の精一杯で、仲間を癒す歌を。
     ―――それは、透明感のある、包み込むような優しい歌声。
    「歌は誰かを傷つけるためのものじゃない……!」
     歌の温もりに包まれながら。確かな怒りを宿しゆずるが紡いだ言葉と、死角に回り込み繰り出した殺しの超絶技巧がマリアを貫いた。
    「……お休みなさいミス・マリア。続きは生者のいない世界でどうぞ」
     征士郎の声は聞こえたか。戦場に咲いた美しきセイレーンは、その白い肌を真紅に染めて、海を前に月光の中に散った。

    「朔夜、怪我は?」
     互いの無事を確かめ合う朔夜と双調の傍らでは、さくらが浅いながらも悠花の傷を癒して行く。
     続いて癒しの光に包まれたニゲラは、傷の痛み消えた腕で、ピンクのくたびれた兎のぬいぐるみをぎゅう、と抱き締めた。
     戦いは、滞り無く灼滅者達の勝利。標的を失った刃を鞘に収め海を見つめる征士郎に、結衣が静かに歩み寄った。
     名も知らない死者達の冥福を祈る彼の隣には、波音だけが響いている。
    「舟人を惑わす歌声は、もう聞こえない、かな」
     不意に、後ろでゆずるが囁いた。
      陸に生きたセイレーンの誘惑はお終い。これで生きる人も、犠牲者も、彷徨わなくて済むだろう。
     水面の月も、空に映ゆる月も美しい今夜。いっそ怖いくらいだが―――月光の中に散った命を思えば、最期の光が美しい月で良かったとも思う。
     一度瞑目して、再び顔を上げた結衣は、空の月へと託す様に囁いた。
    「おやすみなさい……月がきっと、安らかに導いてくれるから」

     夜の帳。救えぬ命へ抱く微かな切なさを包み込む様に、波音が囁きかける。
     静寂の月夜に、歌声はもう聞こえない。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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