幸福な悪夢~春、願わぬ少年

    作者:御剣鋼

    「新学期早々……お忙しい中集まって頂いて、ありがとうございます……」
     灼滅者達を迎えた園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は、深く頭を下げる。
     新しい節目と勝利と、初春を迎えた教室の外からは、活気が溢れんばかりで。
     ……けれど、顔を上げた槙奈の表情は、更にぎこちなくなっていく。
    「この春頃から、20名程の少年少女が眠り続けるという事件が……発生しているのです」
    「──!」
     高位のシャドウ『慈愛のコルネリウス』から宣戦布告を受けた件は、記憶に新しい。
     春の和らぎを迎えた教室の空気が一変し、張り詰めたものに変わった。
    「慈愛のコルネリウスの仕業か?」
    「……はい」
     集まった灼滅者の内の1人が呟くと、槙奈は控えめながらも、しっかり首を縦に振る。
     目を覚まし始めた春の息吹とは反対に、覚めることなき夢を見続けている、少年少女達。
     慈愛のコルネリウスからは、悪意はあまり感じられなかった、というけれど……。
    「このまま……無視するわけには、いきません」
     もう一度。
     集まった灼滅者の1人1人を見回した槙奈は、遠慮がちながらも告げる。
     慈愛のコルネリウスの夢から、1人の少年を救って欲しい、と──。

    ●幸福な悪夢~春、願わぬ少年
    「少年……コウジくんは、新学期を境に……都内の小学校に転入する予定でしたが……」
     少年にとって、馴染みある地域と友達と離れることは、想像以上に不安だったのだろう。
     そんな少年に、慈悲深きコルネリウスは、特別な夢を与えたのだと、槙奈は瞼を伏せた。
    「コウジくんの夢の中は、まるで……現実のようなリアルな世界になっていて、転校する前と変わらない生活を……送り続けています」
     夢に囚われたコウジは『夢の中を現実である』と思い込んで、生活しているという。
     ましてや、夢の中にいるということは、思ってもいないということも……。
    「コウジくんが見ている夢ですが……『あたかも現実であるように、幸せばかりの夢ではなく、ちょっとした不幸なことがあっても、結果的には幸せになれる、バーチャルリアリティーな幸せ世界の夢』になっています。
     一見すると、努力しなければ良い結果が生まれない、少し幸せな夢。
     けれど、本当の不幸に陥ることもなく、努力するだけで報われて、幸福になれてしまう。
     ……槙奈は首を横に振って、否定した。
    「この事件は……そのような幸せなものではなく、そして単純とも言いきれません」
     慈愛のコルネリウスの慈愛の心は、とてもとても広い。
     20名クラスの少年少女達を捕らえることに、成功したのなら──。
    「次は……もっと規模を広げて、更に多くの人々を捕らえようとすると、思います」
     ──最悪。都市規模の住民が眠りに陥る……と、いった事件に発展するかも知れない。
     過多な慈愛が巻き起こすのは、幸福ではなく悪夢。すうっと空気が重くなった。
    「……コウジくんも、そこまでは望んでいないと……思います」
     自分が見ているのは、夢であり、現実では無いことを理解して貰うこと。
     そして、現実に戻る決意をさせれば、夢から連れ出すことが出来るはず……。
     槙奈は一旦言葉を区切ると、更なる詳細を告げようと、遠慮がちながらも口を開く。
     傍らに添えてあった煎茶は、すっかり冷めていた。
    「コルネリウスは……夢の中の少年少女達と灼滅者が接触することを嫌っているようです」
     なので、ソウルアクセスを行おうとした、その直後──!
    「それを妨害しようと、配下のシャドウが……コウジくんの傍らに出現します」
    「──!」
     槙奈の告げた言葉に、灼滅者達の間にも一瞬、僅かな戦慄が奔る。
     現実世界にシャドウが現れること。それと交戦すること。どちらも未知そのものだ。
    「現実世界のシャドウと交戦か……かなり手強そうね」
    「シャドウが……現実世界で活動できる時間には……制限がありますが……」
     その強さは他のダークネスらと比べても、かなり強力な部類に入ると、槙奈は呟く。
     現実世界に現れるシャドウは、膨れ上がる闇のような不定形の塊をしているという。
     けれど、部分から具現化される闇は、かなりの破壊力を持ち合わせているとのことだ。
    「幸い、シャドウは……眠っているコウジくんを傷つけるようなことは……してきません」
     慈愛のコルネリウスによる、命令なのだろうか?
     他にも、このシャドウは、危機に陥ると夢の中に逃亡することを優先するという。
    「戦闘主体で仕掛けられると強敵ですが、このシャドウには、その傾向は見られません」
     ──活動できる時間に、制限があること。
     ──危機に陥ると、逃げこむという方針であるのなら、つけ込む予知は充分にありえる。
     言い換えると、何の策も無く漠然と戦えば、手痛い仕打ち程度では済まされないことも。
    「シャドウを撃退することに成功しましたら……改めて、ソウルアクセスで……夢の中に入ることが、できるようになります」
     ただし、闇堕ちした者が出てしまったり、重傷者が複数出てしまった場合。
     夢の中のシャドウとの戦いが困難な状況になった場合は、撤退することになるだろう。
    「現れるシャドウは1体だけですが……正攻法で挑んで勝利するのは、ほぼ不可能です」
     見た目は膨れ上がる闇のようなスライムのような塊だけど、その能力はかなり高い。
     使うサイキックは、シャドウハンターのものに似ているものの、どれも強力だという。
    「闇の一部を……弾丸に形成して撃ち出す、遠距離単体攻撃のほか……」
     闇を腕の形に伸ばして殴打し、精神に潜むトラウマを引き摺り出す、近接単体攻撃。
     また、生命力と攻撃力を同時に癒す、サイキックも使い分けてくるという。
     ……見掛けは、シュールかもしれない。
     でも、決して、あなどらないで下さいねと、槙奈は何度も念を押す。
     
    「私は見送ることしかできませんが……無理せず、お気を付けてくださいね……」
     そっと口元を閉じた槙奈は、もう一度、深く深く頭を下げる。
     現実世界に現れるシャドウと戦うという、危険極まりない任務を受ける、君達へ──。


    参加者
    安曇・陵華(暁降ち・d02041)
    天王寺・楓子(祈りの一矢・d02193)
    織部・京(紡ぐ者・d02233)
    立見・尚竹(貫天誠義・d02550)
    エミーリア・ソイニンヴァーラ(おひさま笑顔・d02818)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)

    ■リプレイ

    ●悪夢、現る
    「現実世界のシャドウかーめんどそうやけど、ちょいと面白そうやな」
     仲間と共に忍び込んだ狼幻・隼人(紅超特急・d11438)は子供部屋をぐるっと見回す。
     戦闘中につまずいたりすることがないように、おもちゃ箱などを部屋の隅に寄せていく。
     織部・京(紡ぐ者・d02233)も家族が起きて子供部屋に入ってこないよう、即座にサウンドシャッターで周囲の音を遮断した。
    「静かに寝ていますね」
     ベッドに横たわるコウジの身体には目立った異常はなく、穏やかに眠りに落ちている。
     エミーリア・ソイニンヴァーラ(おひさま笑顔・d02818)は、ほっと胸を撫で下ろすと、お見舞い用に持参した花束を少年の枕元に添える。
    (「『しあわせな夢』、か……」)
     マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)の脳裏に一瞬だけ過る、『しあわせな』過去。
     コルネリウスの主張に僅かな共感を抱くものの、賛同する気は皆無に等しい……。
     体勢を整えて迎え撃つ準備ができたと静かにサムズアップを決めた隼人に、立見・尚竹(貫天誠義・d02550)が無言で頷き、エミーリアに視線を移した。
    「頼む、エミーリア」
     仲間の視線を一点に浴びたエミーリアは、少し緊張した面持ちでコウジの傍らに屈む。
     少しづつ衰弱しているのだろう、青白い少年の額にそっと指先を当てた、その時だった。
     コウジから闇が溢れ、只ならぬ威圧感に多くの灼滅者達が反射的に身構える、が。
    「どのくらいの強さなのか、イマイチ分からないわね」
     現実世界のシャドウ、かなり強力だとエクスブレインは言っていたけれど……?
     天王寺・楓子(祈りの一矢・d02193)は、マイペースで淡々と状況を呟いていたりする。
    「強そう……でも、みんなと力を合わせれば耐えるだけなら何とかなる!」
     見た目は脆そうな、闇の塊。
     しかし、只そこに在るだけでも圧倒的な力と存在感を醸し出した闇に、日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は息を飲む。
     コウジの傍らに座した闇は、ぐにゃぐにゃと不定形に脈動を繰り返している。
     頭と思われる所には『クラブのスート』現実世界にシャドウが現れたことに他ならない。
    「何だかよくない予感がするけど……行こう、けいちゃん」
     ……夢は、自分で見るもの。
     そっと腹部に手を当てた京は、ひょろっと細っこく、いかにも頼りなさけな雰囲気で。
     しかしそれも一瞬。つり目がちの緑色の瞳の奥底に激しい炎が灯り、鋭利な刃と化す。
    「さて、少年共々皆で『帰る』ぞ!」
     安曇・陵華(暁降ち・d02041)の力強い言葉にスレイヤーカードも強く鳴動し、輝く!
     解放された灼滅の力と使命を帯びた陵華は、エミーリアを護るように龍砕斧を構えた。

    ●悪夢との戦い
     ──敵は1体。
     対する灼滅者達は前衛を全てディフェンダーで固め、後衛が支える守りの布陣だ。
    「時間制限まで耐えていこ!」
    「はい、わたしも頑張ります!」
     気合い優先、真っ先に闇目掛けて突っ込んでいくのは、隼人。
     シールドでの殴打で怒りを駆らんと試みるが、闇は身を変形させて鋭利な一撃をかわす。
     続けざまに脳の演算能力を最適化したエミーリアが、魔法の光線を撃ち放つ。
     ──が、これも寸のところでかわされてしまった。
    「引き籠りに現実の厳しさを教えてやろう」
     龍の翼の如く飛び出し攻撃を繰り出す陵華に闇はゴムのように腕を伸ばして迎え撃つ。
     骨の芯まで砕かんとする一撃と傷口から侵食してくる毒に、陵華の銀色の瞳が歪む。
     反射的に龍砕斧を降り下ろして反動で距離をとったものの、闇は鋼のように固かった。
    「行って」
     指先に護符を挟んで仲間の治癒に専念するマリアの命令に、傍らの霊犬が走り出す。
     その一言は、パートナーや相棒ではなく、まるで武器や道具を扱うような物言いで。
     しかし、霊犬もそれを是として忠実にディフェンダーに付くと、治癒優先で奔走する。
    「回復行きます!」
    「そう簡単に仲間を倒させはせん!」
     仲間の危機に戦況を観察していた京は即座に護りを高めて治癒を施す盾を生み出す。
     前に出すぎないように隼人と並んだ尚竹も、前衛の動きに注意しながら守備に徹する。
    (「──速い!」)
     しかし、相手は格上ともいえる、実力の持ち主。
     飛んで来た弾丸を尚竹は即座にシールドでいなそうとした瞬間、反射的に前で止める。
     弾丸というよりも戦車の大砲でもぶっ飛ばしたような破壊力に、身体の軸がぶれた。
    「戦闘力が未知数となると、耐えるのが一番現実的よね」
     ただ、相手もそれは分かっているはず……。
     果たして時間をかけていいのかと思いながらも楓子はカエデの形状をした大弓を引く。
     宙を裂いて放たれた治癒の矢は尚竹の傷を即座に癒し、さらに集中力を高めていく。
    「もう私は誰も傷つくところなんて見たくない!」
     シールドを広げて味方の耐性を高めた沙希も率先して前に立ち、鉄壁の一員となる。
     前衛の5人と1体に楓子とマリアが絶えず癒しを届け、エミーリアが後方から狙い撃つ。
     少しでもディフェンダーの負担が減るように、祈り、願いながら──。
    「できればこっちでちょっとでも消耗させてやりたいもんやけど」
     そして、夢の中でガツンとやれば、御の字だった、が……。
     別格の相手に攻撃力や動きを削ぐのは至難の上、怒り付与を狙わんと気魄重視の攻撃を繰り出す者も多かったため、隼人は見切り対策に影縛りを挟んでいく。
     余裕などない。同じディフェンダの京もシールドを前衛に施して支えるので手一杯で。
     治癒の重複を避けるように声を掛けるなど冷静な対応で奮闘していた、その時だった。
     闇が吐き出した高速の弾丸が、後方の楓子に向けて撃ち出されたのはっ!

    ●悪夢との攻防
    「──っお!」 
     ちょっと間が抜けた声を上げながらも間一髪、楓子と弾の間に入ったのは、隼人。
     後衛や弱った仲間に注視し、積極的に割り込むことを心掛けていたのが功を奏したのだ。
     しかし、ディフェンダーであり、護りが高い隼人を持ってしても、その一撃は酷く重い。
    「あなたの相手はこの私よ!」
     仲間を護ろうと間合いを詰めた沙希は自身に惹き付けるようにシールドで殴打する。
     渾身の一撃が不定形にうごめく闇の一部を掠め、初めて怒りの矛先を沙希に剥けた。
     その隙に、マリアが治癒の符を飛ばし、霊犬の眼が負傷した者に素早い癒しを届ける。
    「守護侍と化した俺の気魄見せてくれよう」
     その言葉通り、鬼神の如くシールドを前衛に付与し、守りを固めていくのは、尚竹。
     相手の実力は格上。怒り付与が困難であるならば、鉄の如く防衛に徹するのみ。
     ふと、視界の隅に、未だ目覚めぬ少年の面差しが、ちらりと入った……。
    (「これが慈悲か、コルネリウスよ?」)
     環境が変わるという、幼い少年の不安に付けこむとは……。
     後衛とも連携して治癒と守護に専念する尚竹に合わせて、京の影が揺れた。
    「わたし達は、自分の力で道は切り開ける!」
     ──夢は、自分で見るもの。
    「例えそれが悪路でも! 幻よりはっ!」
     戦う前に誓った己の言葉が、脳裏に鮮明に奔る。
     京が形成した癒しと守護を高めるシールドが、隼人の傷を瞬時に癒す。
     楓子も大弓から形成した小光輪で沙希の傷を和らげ、さらなる守りを高めていく。
    「はげしい猛攻ですが、本番は夢の中に入ってからです!」
     灼滅者の宿命という都合によって、故郷フィンランドから日本に来た、自分。
     都合により望まぬ転校を強いられたコウジとは、似通った想いがあるかもしれない。
    「ここで倒れたら、コウジくんに言いたい事が言えなくなってしまう!」
     ──彼に一言、言うためにはここで倒れることも、闇堕ちをするのも許されない!
     エミーリアが勢い良く撃ち出した魔法光線が闇の腕を掠め、僅かに怯ませた。
    「浄霊眼を」
     壁は手厚くても殺傷ダメージが蓄積すれば、あっという間に崩壊してしまうだろう。
     主人の命令を受けた霊犬は治癒を優先して立ち回り、マリアも敵の一撃に対して必ず治癒の符を1回飛ばすようにして、着実に味方を癒して行く。
     終始、無表情無感情ながらもその手は止まらず、むしろ鮮やかに治癒を施していた。
    「意地でも後ろには抜かせんぞ」
     小柄ながらも身を盾にした陵華が受けた衝撃を龍砕斧に宿る守りの力が軽減させる。
     ディフェンダーに布陣し、かつ徹底的に守護の力を高めていなかったらと思うと……。
     もう一度、龍砕斧に宿る力を解放した陵華の背筋に、すぅと冷たいものが流れた。
    「みんなの力があれば耐えられる!」
     闇が繰り出す攻撃1つ1つがディフェンダであっても致命傷に近いレベルで。
     しかし、沙希は背に感じる力を信じて守りを固めると、オーラを癒しの力に転換する。
    (「誰かが傷つくのは、もう見たくない」)
     ましてや自分が闇堕ちすることで、仲間を危険にさらされる所も、見たくはない。
     心が傷つくくらいなら、自身の肉体が壊される方が、まだマシだった。

    ●10分の悪夢
    「お前らの思い通りにはさせんぞ」
     同じディフェンダー同士でも庇い合い、背に癒しを受け続けてどれくらいたつのだろう。
     尚竹が見切り対策に挟んだ漆黒の斬撃を追うように、陵華も龍砕斧を大きく横に振う。
     織り交ぜた石化をもたらす呪いは掠り傷程度ながらも、的確に闇の体力を削っていく。
    「──っ、やっぱり強い!」
     瞬間。闇の弾丸が沙希の右肩を大きく抉る。
     紅の代わりに吹き出すのはルーツである炎、即座に楓子とマリアの癒しが同時に届いた。
     敵は1体。けれど自分の横には疲労を濃くしながらも、互いに庇い合う仲間がいる。
     後方から絶えず届く癒しと力が、遠距離からの支援が、前線の背を然りと支えていて。
    「だから、わたしはどんな肉体的な痛みだって耐えられる」
    「わたしも、痛くてもつらくても、がんばって立ち続けます!!」
     激痛から持ち堪えた沙希は態勢を立て直すと、シールドを構え直す。
     その姿に鼓舞されたエミーリアも仲間の負担を減らさんと魔法の光線を撃ち続ける。
    「わたしはまだ耐えられますから、もう1度沙希さんの回復お願いします!」
     ──残り、3分。
     闇の攻撃を受け続け、大体の威力把握に努めていた京が強く地面を蹴って飛び出す。
     距離を詰めると同時に。負けず嫌いな自分が、荒々しくシールドを振り回した。
    「あたしの影が、お前らごときにかき消されてたまっかよ!」
     渾身のシールドの殴打が、闇の一部を僅かながらも、へこませる。
     闇は怒りに駆られはしなかったものの、怯んだ一瞬を逃さず尚竹が間合いを狭めた。
    「この一太刀で決める、我が刃に悪を貫く雷を!」
     大太刀を鞘に納めると、さらに腰を深く沈め──、一閃!
    「居合斬り、雷光絶影!」
     渾身の居合斬りが決まったと思いきや、返す刀の如く伸びた豪腕が尚竹の鳩尾を捉える。
     苦悶を押し殺すように立ち上がった侍を陵華が庇い、マリアが治癒の符を即座に投げた。
    「活動時間に制限があるらしいのが幸いかしら」
     ──残り、1分。
     何時もなら一斉攻撃で支援を行うべきタイミングなのに、闇の一撃は計り知れない。
     前衛が総出で護りを固め、楓子とマリアの治癒が絶えず行き届いて持ち堪えている状況。
     たった1分。それがとてもとても長く感じられるのは、相手も同じなのかもしれない。
    「ほな、時間稼ぎに賭けてみよか!」
     ──イチかバチか!
     自身の回復は霊犬に任せ、隼人は闇を斬り裂くように紅の逆十字を撃ち放つ。
     ダイスの目が微笑んだのか否か、なんと闇の動きがぴたりと止まったのだっ!
     精神を損傷して動きが鈍った絶好の機会、直ぐに京が乱暴にギターをかき鳴らした。
    「人の夢にまで入ってくんな……そ、れ、に!」
     高い魔力を有したギターから奏でる音波が、闇を打つ。
    「押し付けがましいんだよ、てめーらは!」
     さらに激しく旋律が奏でられた、その刹那!
     闇はぶるっと身を振わせると慌てふためいた様子で、コウジの中に消えていく。
    「10分、立ったようね」
     闇がすぅっと消え、後衛の楓子の耳にもコウジの静かな寝息が聞こえてくる。
     長く長く、厳しい悪夢の10分が終わりを告げた刻だった……。

    ●Soul Access!
    「少しは休んでおきたいな」
     終始固い守備に徹した布陣と手厚い治癒が功を奏し、倒れる者はなく。
     だが、攻撃を惹き付けた前衛の消耗は激しく、陵華の提案に否を唱える者はいなかった。
    「念のため、サウンドシャッターを使用しておくわね」
     後衛に治癒に専念し、傷が浅かった楓子は軽く膝の埃を払い、立ち上がる。
     家族が入ってくるようなら魂鎮めの風にて眠って貰おうと、陵華も扉の側に向かう。
     ふと、傍らにあったぬいぐるみに視線をとめると、そっと近くに寄せようと──。
    「ん!?」「……」
     反対側を掴んでいたマリアと目と目が合って、流れる沈黙。
     そんな奇妙な光景を、忠実な霊犬だけが、静かに見守っていたのでした。
    「夢ってそんなにええもんかなぁ、コルネリウスもなんかこーずれとるっちゅうか」
     ダークネスだからなのか、もしくは元の人格等が関係しているのだろうか……。
     コウジの寝顔を眺めながら10分が過ぎ、隼人はぐるっと片腕を回してみる。
     問題ない。十分疲労から回復できたようだ。
    「さあ勝負の片を付けに参ろうか!」
     尚竹の声に、エミーリアは強く頷き、コウジの額に手をかざす。
    「わたしにまかせて! たぶんきっと上手くいくから!」
     態勢を整えた少年少女達を光が包み込み、沙希も眩い光に瞳を細める。
    (「私の力は、ちっぽけだって知ってる」)
     でも、それでも、この仲間たちと共に、無事に帰ると決めたから。
     だから、絶対やり遂げてみせよう──!

     向かう先にあるのが、幸福なのか悪夢なのかは、誰にも分からない。
     そして、夢見る少年が灼滅者達に光を見るのか、闇と捉えるかもしれないことも──。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月17日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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