「よしお前ら、肉を食うぞ! バーベキューだ!」
初めに言ったのは誰だったか。
とある場所に、「泳ぐのOK火器OK、ただしゴミは持ち帰ってね」と、実に都合のよい川がある。そこでバーベキューと洒落こもうじゃないか――。
あれよあれよと話は広まり、気付けば学年問わず何人もの生徒が集まるイベントとなっていた。
君がそのバーベキューの噂を耳にはさんだのは、折しも下校中、橋上から流れる川を見下ろしていた時である。
参加は自由。
食べ物(主に肉。肉である)は持ち込み制。
バーベキューセットは貸して貰えるらしいので、食材さえ持っていけばいいらしい。
もう6月。そろそろ半袖ばかりが目立つ時分だ。
クラブの友人たちと親睦を深めるのにちょうどいいかもしれない。
それとも、一人でふらりと参加して、適当に賑やかしてみるのも楽しいか。泳ぐのはまだ少し寒いかも知れないが、渓流を覗いてみれば、小魚や沢蟹くらいは見つかるかもしれない。
そんな事をつらつらと考えながら、君は家路を急ぐのだった。
じゃーん、と鋼は肉のパックを取り出した。
抑揚に乏しい声だったが、恋人である鷹秋には、彼女が得意になっているのがよく分かった。
「この日のために、ちょっとフンパツしていいお肉ゲット」
「やべ、鋼の肉もうまそーじゃねーの。こりゃ楽しみだ」
2人で肉を焼いていく。爆ぜる火の粉に驚く鋼、そのぼさぼさ髪を、鷹秋は優しく撫で回す。
「ふーふーして、アーン」
鋼のつまんだ肉を、躊躇いなく鷹秋は食べた。咀嚼するたび肉の旨みが口の中で広がっていく。
「…ん、うめーわ。ほら、鋼も口開けろ。あーん」
「あー」
差し出された肉を鋼も頬張る。自然に目元が緩んでしまう。
月子は水の滴る髪を払い、串に刺した肉と野菜を湊に渡した。
湊の手際も見事なものだ。じゅうじゅうと美味しそうに焼けた物を選別し、笑顔で月子の皿によそう。
「えへへ、上手に焼けました~♪」
美味しそうに食べる彼女の顔を見ていると、湊は知らず知らずのうちに笑顔になってしまうのだった。
「…そういえば水着のご感想は?」
月子が悪戯っぽく頬をつついてくる。
慌てながらも、湊の視線は月子の魅惑的な水着姿にいってしまう。
「う、うん。もっと見ていたい、です」
「うん、ありがと」
赤くなって俯く彼が可愛らしい。少しだけ照れながらも、月子は嬉しそうに微笑んだ。
キラキラ銀色に輝く川に、宗汰は持ってきたスイカを沈めた。
…誰かのサンダルが浮いている。流されたのだろうか。
「ちょっと持ち主探すついでに、デザートのトレード行ってくるわ」
了解、とシルバは笑顔で送り出し、飯炊きの準備に戻った。
「アウトドアは登山部のほうが慣れてるもんね」
部長としてのささやかな誇りもある。バーナーの火を調節してしばらく待つと、米の炊ける美味しそうな匂いが漂ってきた。蒼介が鼻をひくつかせる。
「いい匂い…」
「でしょー。ってうわすげえ料理研の二人美味しそうなの作ってるううう!」
金網の上で、陽己特製のホイル焼きが香ばしく焼けている。
BBQは初めてという陽己だが、とてもそうは思えない。無骨な見た目からは想像もできないような繊細な手つきで、陽己は次々と料理の品揃えを豊富にしていく。その隣では陽生が、豪快に自家製野菜を丸焼きしている。
「こうすると、中が蒸し焼きになるんです。お味見どうぞ」
「ん…甘いな。いい野菜だ」
「ちょ、ずるい! 俺も食べる!」
「待てシルバ。先に燻製作るんだろーが」
愉快そう皆を眺め、秀憲はクーラーボックスから冷えたボトルを取り出していく。
「頑張れ頑張れ、茶飲め。安藤ちゃんも、ほれ」
「ありがとう。…部長が首筋にお茶当てられて飛び上がってるけど」
「当ててんだよ。で、このすげー霜降りの、何の肉?」
「鹿と猪。実はな、マタギの正体は俺だったんだ」
「喜べみんな、焼きリンゴとゼリー、それに塩カルビ貰ってきた」
戦利品を抱えた宗汰を拍手で出迎え、みんな揃って手を合わせる。
じゅうじゅうと焼けた鹿肉、これが実に美味かった。シルバは言うに及ばず、秀憲も「うめぇ」と連呼してがっついている。
陽生は幸せそうに舌の上の味を楽しみ、蒼介に笑いかけた。
「昔は僕の田舎でも食べてたんです。懐かしい」
「そして安藤ちゃん、タジ君のマリネだ。はい、あ~ん」
半信半疑でかぶりついた蒼介の目が、うまいじゃん、と丸くなる。
「たじ君! あきお! 今度一緒に山登ろう! んで飯作って!」
ああ、と陽己は口端で笑う。
「…外で料理をするのも、偶には良いものだな」
一人焼肉は最高である。
「塩カルビ、うまー」
マリスは舌鼓を打っていた。さっぱりとした味ながら、強烈な満足感を与えてくれる塩ダレ。肉質は柔らかく舌で溶け、一噛みするごとに満足中枢が際限なく刺激される。
思いがけぬ出会いがあった。デザートトレードに来ていた宗汰と塩カルビで交渉し、スイカを一切れ譲ってもらったのだ。楽しみが一つ増えた。
「見よ、あたしの赤ビキニに包まれたナイスバディ♪」
水着姿で麻美はじゃぶじゃぶと川に入る。弥咲が気づいて声をかけた。
「魚でも取ってきてくれると嬉しいぞー?」
了解、と元気に手を振り返す麻美だが…、ずるっと足を滑らせた。
気を取り直して焼肉である。
金網の上で、炭火で炙られた肉と野菜がいい焼き色だ。
「はい、乙女はあーんだ、肉だぞー」
「水無月様…あーん」
小鳥のように口を開き、乙女は心底嬉しそうに頬張った。口いっぱいに肉の旨みが広がっていく。自分でもどんどん箸を伸ばしてしまう。
「あぁン、あたしのお肉、食べないでー!?」
「はっ、これは七里様の分でしたかしら?」
お詫びにと、乙女があーんと肉をさしだす。もちろん躊躇いなどあろうはずもない。
んー! と頬を押さえ、感激。2人の気持ちのいい食べっぷりに、弥咲はにこにこと微笑んでいる。
「って、あれ? わ、私の肉は、どこだ…?」
「あ、ならお返しです。あーん」
「うぅ、お腹空いたよう」
綾音のお腹が、くう、と鳴った。
鉄板が温まったころを見計らって、悠矢が肉を焼こうとする。
「えっと、最初は野菜から焼いていくんだっけ?」
和奏も一瞬首をかしげるが、歌菜は頓着しなかった。
「いーじゃない適当で」
だばだばっと肉を、そして玉ねぎを大量に投入していく。
肉の焼ける臭いが香ばしい。じゅうじゅうと焼ける光景に、弥々子と満希の目が輝いた。
「わあ、わあ…とってもおいしそう、なの…!」
「満希、こんなに1度にたくさんのお肉とかお野菜を焼くの初めて見たよ~」
次第に焼き目がこんがりしてくる。綾音はそわそわと落ち着かない。
…最高の焼き加減だ。和奏は綺麗な焦げ目のついた肉をひっくり返す。
「焼けたよー! はい、皆食べて食べてー」
「いただきます! …んー、おいしい!」
綾音、満悦のご様子。
肉を取ろうと手を伸ばして唸っている弥々子に、歌菜はひょいっと肉を取り分ける。もちろん自分の玉ねぎを確保する事も忘れない。
「あ、歌菜ねえ。ありがと、なの」
「相変わらずよく食べるわね、ていうかお皿が空くの早すぎよ」
この小さな体のどこに入っていくのだろう。幸せそうにお肉を食べる弥々子を眺め、歌菜は甘い新玉を味わっていく。
お肉は満希のママ特製のタレに漬け込んであり、舌をとても濃厚な味わいが楽しませてくれた。箸休めのキュウリ漬けは、和奏のお墨付きでとても美味しかった。
醤油の焼ける香ばしい香り。ようやくできた焼きおにぎりを、悠矢は「うま~!」と頬張った。
エビやホタテ、それにトウモロコシも食べ頃だ。満希が醤油を塗ろうと格闘していると、ケチャップでホタテを食べていた綾音が手伝いを申し出た。
焦がした醤油は、どうしてこんなにも食欲をそそるのだろう。
「えへへ~、おいしいねっ」
「デザートまであるとか幸せすぎるよー」
和奏はうっとりと頬を撫で、こうして友人たちとバーベキューをする幸せに、しばし身を預けるのだった。
「よーっし、皆!」
雛子がコーラを天高く掲げると、彼ら、修学旅行あぶれ組は口々に叫んだ。
「友人達の無事を祈って…」
「皆のネタ溢れる旅路を祈って!」
「前途に幸あれでござるよちくしょー!」
「向こうよりも楽しいBBQにするぞっ! 乾杯ー!!」
グラスを打ち鳴らし、楽しいBBQの始まりだ。
「で、なんで素破君はマタギの格好してんの」
「新鮮な山の幸を振舞おうと思ってね。ほら、鹿肉でござる」
どや顔で肉を魅せる隼に、木菟はフフフと不敵に笑う。
「こちらはホタテ。勝った…!」
「なんの勝負?」
というか、と雛子がもむもむ肉を食べる。
「くろは人の格好にツッコんじゃダメな? アロハにサングラスだぞ?」
「どうせ沖縄に未練タラタラですよ!」
「超悔しいでござる!」
「高3の拙者に修学旅行の記憶がないのは何故!」
「世界の選択なのだっ!」
「生まれるのが早過ぎたんだよ」
「拙者なんてお土産に借金の連帯保証書でござるよ?」
「よーし飲め、みんな飲め!」
「高橋殿…!」
酔ってるのだろうか。コーラなのに。
「よし、皆わたしにお肉食べさせるといいな? あーん♪」
雛鳥のように愛らしく口を開ける雛子に、くろは和みつつ焼きパイン投入。果汁クッソ熱い。
木菟はエビを食べさせて、隼は…、
「フフフ、ナイショでござる」
「ふおお、何かコリコリしてる…!?」
「う…つ、つめたい…」
準備作業からこっそり離れ、千達は川で涼む事にした。小さな沢蟹を探すのも目に楽しい。
沢蟹遊びからなゆたが戻ってきたのは、ちょうど良太がセットを設置し終えた時だった。
(かえって浮いているな、僕)
真面目な彼の苦悩には気づかずに、透流たちは持ちよったお肉を出し合った。
「限界まで、豚肉、買ってきた」
「拙者も…明日からの食費は考えぬ」
「私も結構持ってきたつもりだけど…これなら足りそうだね」
神羅となゆたの肉も合わせるとかなりの量だ。尤も、残る事はないだろうが。
網が熱したら焼肉開始だ。
光がまず野菜、そして鶏肉を焼いていく。透流はお構いなしにどんどん肉を乗せていった。良太は注意した物かどうか計りかね、「あ、えーと」とおろおろとするばかりである。
(もぐもぐ…)
我関せずと千は肉を口に放り込んでいく。人見知りの彼女にとって、会話より肉が優先なのだ。
透流も負けじと口を動かすが、生焼けの肉にも手が伸びて…慌てて神羅が止めに入った。
「待たれよ鳴神殿! それは未だ生焼けであるからして!」
「あ、ありがとう。えっと、どれが…?」
おろおろする透流だが、そこに救いの手を差し伸べたのは良太であった。
「このベーコン、美味しいよ。もう焼けてる」
「こっちの肉も食べごろだぜ」
光が幾つか見繕って肉を寄せた。自分の鶏皮は巧みにキープしながらである。
突然千が涙目になった。喉に肉を詰まらせたのだ。
「水っ、水を!」
なゆたの対応は素早かった。コップ一杯の水を飲ませると、千は咳き込みながらも持ち直した。
「げほっ、ごほっ! …あ、ありがと…」
「もう、一気に食べ過ぎだよ」
千が照れて頬を赤らめると、皆が笑った。気づけば良太も笑っており、
(少しは馴染めたのかな)
と温かい気持ちが満ちる。光は南瓜を焼きながら、
「やっぱり皆と一緒だと何でも楽しいな!」
「ああ。先程よりも美味な気が致すな」
いかにも美味そうに、神羅が肉をつつくのだった。
「朧木。それはオレが食うべき肉だろう。という訳で頂き!」
「おい、一! 人の育てた肉まで食うんじゃねぇ!」
一とクロトの熾烈な肉争奪戦に、ほわほわ笑顔のユークレースが参戦する。
「むむ、マコトには負けないのですよー…!」
「お? やんのかユル、肉はわたさねぇ!」
修学旅行はぐれ組、その鬱憤を晴らすかのように大変な盛り上がりであった。
「ただでさえ暑いのに暑苦しいな…」
溜息をつき、イヅルは我関せずと焼きおにぎりにとりかかる。そこにそろそろと迫る一の箸。イヅルはすすっと肉を移動させた。
見る間に肉が消費されていく。上機嫌に野菜を摘まんでいた麦秋も、これにはさすがに苦笑い。
「って、ちょっと! 人が感激してる横で早々に争奪戦始めないでよっ!」
「野菜嫌いはでっかくなれないってばあちゃんが言ってたぞ」
麦秋と暁吉によって一の皿に野菜が放り込まれるが、既に彼にはこんがり焼けた肉達しか見えていない。
「野菜? 知らん! そんなことより肉だ!」
かっこむ。この舌触り、堪らない。白いご飯が欲しくなる。
忍はこんがり焼けたラムを美味しそうに咀嚼する。噛むたびじゅっと甘みが溢れ、んー、と自然に目尻が緩んでしまう。
「美味しい…。それにマシュマロを炭火で焼くのは初めてです」
「ああ、こういうのもアリかなと思って」
クロトが牛肉を頬ばりながら言う。タレが実にいい味をしている。
「ユルに鴛海も、デザート持ってくるとはナイスだ。あとで貰うよ」
「はい、バナナと、りんごー…!」
「焼きバナナ、楽しみですね。ゼリーも冷やしてありますから…」
「流石女子は目の付け所が違うな」
無表情に言う暁吉だが、彼の容姿はどこからどう見ても女の子である。
暁吉が配った麦茶を皆で飲んでいると、宗汰がデザートのトレードを申しでてきた。焼きリンゴとゼリーを少し渡して、よく冷えたスイカを手に入れる。
ユークレースが幸せそうに頬を綻ばせた。
「スイカ、貰いました!」
「食いきれるか?」
「甘い物は、別腹、なのです!」
イヅルが魚のほくほくした身を摘まみながら、
「しかし、このタレは美味いな。オーギュストのだったか」
うん、と微笑むリュシール、その瞳がかすかに赤く、潤んでいる。ユークレースが気づかって声をかけた。
「あ…何でもないですよ? ちょっと煙が目にね」
忍から渡されたハンカチでそっと目を拭う。懐かしかったのだ。この賑やかな食事風景が。
麦秋がこんがり焼けた肉を取って、
「さ、リュシールちゃんも食べましょ♪ はい。あ~ん」
「あ、その…あーん…」
その後、一に先導された彼らは、川で時間いっぱいまで遊びつくした。
まな板の上に転がる不揃いな食材を見て、春陽は潔く頭を下げた。
「…七海ちゃん、お願いします」
こくりと頷き、メイド服の七海が目にも止まらぬ早業でカットしていく。
『個別にサイズ受付可』
メモを見せる七海は、どことなく誇らしげであった。
「シギー、肉だけじゃなくて野菜もモリモリ食えよ!」
宣言通り、砂地が水を吸うかの如き食欲を発揮しているのは巨漢のクレイだ。そうよと春陽も追従し、シグマの皿にひょいひょい野菜を盛っていく。
「こう言うのはバランスが大事なのよ?」
「盛るのやめろ! 俺は肉食いに来てんだよ!!」
ただでさえ少ない胃袋の許容量を草で埋めようなどとは言語道断、許しがたい狼藉である。梛もげんなりした顔でナスを焼いている。
「野菜食えっつってる奴らが一番食べてねぇじゃん」
「成長期だからカルビ食べたいのよ。あ、飲み物いる?」
「悪いなハルピー。お茶貰えるか?」
「シグマ、ほれこっち焼けてる」
「お、サンキュ…また野菜かよ!」
梛の焼きおにぎり、七海の焼きトウモロコシから漂う、焦がした醤油の匂いは絶品であった。
いいだけ食べた残りはクレイがもりもりと完食し、食後のデザートの時間となる。梛の焼きマシュマロにみんな興味津々だ。
「七海は好きそうな? ほれ、こうやって焼いて挟む」
…美味しかったらしい。はふはふ言いながら食べた七海は、お返しにと自作の杏仁豆腐を披露してくれた。
『自信作、皆食べて』
「よし、川で遊ぶぞ! ついでにゴミ拾いしよう!」
「クレイは元気だなー。俺も眠くなってきた…」
賑やかな仲間達の声を遠くに聞き、シグマはふと虚空を見上げた。
「…このクラスで良かった」
なにやら笑顔で手招きするクレイに苦笑して、シグマは腰を上げるのだった。
作者:リヒト |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月17日
難度:簡単
参加:44人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 9
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