人類失格

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     ひょっとして、俺は恥の多い人生を送ってきたのだろうか。
     そう考えるようになったのは、つい最近のことだ。
     
    「クビ……ですか?」
    「ああそうだ、明日から来なくていいから」
     バイト先のコンビニの店長に冷たく告げられた俺は、目の前が真っ白になった。
     何がいけなかったのだろう。思い返せば、幾つか心当たるふしはある。
     昨日は、釣り銭を間違えて怒られてしまった。
     一昨日は、商品の補充をうっかり忘れていて怒られてしまった。
     そういうミスがちょくちょくあるから駄目なのか?
     それにしたって、まだ研修中だというのにクビは少し……ひどいような気がする。
    「どうしてですか。理由を教えてください……山岡さん!」
    「俺は山本だって何べん言ったらわかるんだ、このドジっ子がァーーーーッ!!」

     ドジっ子……。
     俺はまさか、ドジっ子なのか?
     
     4歳の時、買ったばかりの三輪車を坂道に放置して大破させたのも。
     9歳の時、買ったばかりの自転車に鍵をかけ忘れて盗まれたのも。
     14歳の時、親父が買ったばかりの車の鍵を犬のエサに混ぜてしまって、大変なことになったのも……。
     すべては、俺がドジっ子なせいだというのか? 教えてくれ山下さん!
     そう言ったら荷物を顔面に叩きつけられたので、拾って駆け出した。従業員室の扉を開け、店内に足を踏み出し――。
     俺は、思いっきり転んで飲料コーナーに突っ込んだ。
     がっしゃあああんと硝子扉の大破する音。陳列されていたペットボトルが転がる。血がどくどく溢れてきた。どうやら頭とか、色々なところを切ったようだ。痛い。とても。
    「ちょっと、狩生くん!?」
    「狩生ゥゥーー!! 最後の最後まで何してくれやがる、テメェは!!」
     それよりも、他の店員や客のひいた目線が痛い……。
     恥とは、こういう事を言うのか。やっと理解した。ああ消えてしまいたい……。
     もう生きていたって仕方がない。
     俺はきっと、一生ドジっ子なんだ――。

     その時、一人の少年の意識と引き換えに一体のデモノイドが誕生する。
     『彼』はコンビニと、その場に居た者のすべてを叩き潰すと、どこぞへと消え二度と戻ってはこなかった。
     
    ●warning
    「……この狩生光臣なる男が、闇堕ちしてデモノイドに変貌してしまう。元は別のダークネスとなる素質を持っていたようだが、どうやら先日撃破したコルベインのサイキックエナジーの残滓が影響したものと見える」
     デモノイドは、堕ちた直後からすぐ理性を失って暴れ出す。
     辺りの被害は甚大となるだろう。
     それを未然に阻止するのが、今回の依頼であるらしい。
    「アブソーバーが弾き出した突入タイミングは『闇堕ちが発生し、事件が起こる直前』……つまり狩生君が飲料の棚に突っ込み、死にかけた後だ。君達も小耳に挟んだかもしれんが、呼びかけにより、デモノイドをデモノイドヒューマンとして救出できた事例がある」
     救出可能なことは好い報せのはずだったが、鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)はなんとも小難しい顔で息を吐く。
    「救出するには、狩生君自身が強く『生きたい、人間に戻りたい』と願ったうえで彼を倒す必要がある。そこで彼の情報だが……」
     鷹神は、黒板に救出対象の顔写真を貼った。
     高校1年生の男子らしい。いかにもクールでデキる奴という感じの、背の高いつり目の美形が写っている。
     鷹神は沈痛な面持ちで、重々しく告げた。
    「奴、ドジっこなのだ……。それはもう途方もないレベルのだ」
     
     一通りの道具は壊し、一通りの貴重品は落とし、一通りの障害物にはぶつかり。
     そんなドジっこ人生を送ってきた光臣は高校に入学(ちなみに受験でもドジを踏んだらしく、すべり止めの高校だ)し、無謀にもコンビニ(よほど人手不足だったようだ)でバイトを始めてしまったという。
     だがそこでも比類なきドジっこぶりを発揮し、ついに己のドジぶりに気付いて闇堕ちしてしまう。
    「……いままで気づいてなかったのか」
    「そのようだな」
     そんなわけで光臣は凄まじいショックの淵におり、もう人間やめた方がマシみたいな精神状態だという。
     デモノイドとなっても彼のドジぶりはなおの事光り輝き、イケメンらしく日本刀っぽいサイキックで応戦してくるものの、その命中率はかなり低い。
     そのぶん、当たった時のダメージは非常に大きいようだが……。
    「いたたまれん」
     鷹神はため息をつく。
     灼滅者たちも曖昧に頷いた。
    「上から目線で説得やフォローをする、もしくは死者が出る。そうなると彼の傷ついた心にトドメをさしてしまうだろうな」
     もし彼を助けたければ、説得の内容や方法はひとひねりする必要がある。
    「濃い人間揃いの武蔵坂であれば、彼も悪目立ちせずやっていけるかもしれない。今後更生する可能性もまあ……なくはないと思う」
     何かと手厳しい鷹神にしては、少々意外な見解であった。
    「古人曰く、人間は誰でも猛獣使いだというぞ。己を律するには、まず猛獣の正体を知るべし、か」
     獰猛な鳥類に似た色の眸を細め、エクスブレインは皮肉な話だと一言呟いた。


    参加者
    花凪・颯音(幽幻エトランゼ・d02106)
    各務・樹(ルプランドル・d02313)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    櫛名田・まゆみ(八咬・d03362)
    シャーロット・ファルアーノ(好戦ビスクドール・d08536)
    神木・璃音(アルキバ・d08970)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)
    空戯・宵(夜にはお終い・d16260)

    ■リプレイ

    ●1
     突如コンビニに現れた青い怪物に、店内はたちまち騒然となった。
     最悪のタイミングで店に入ってきた若者の姿に『どけ』と『逃げろ』が混ざった怒号が次々投げられる。
    「俺達に任せて、落ち着いて避難して下さい」
     花凪・颯音(幽幻エトランゼ・d02106)の穏やかな声は、混乱の中不思議と一般人達の耳に届く。殺界形成を使用した各務・樹(ルプランドル・d02313)と共にそのまま奥へ進み、怪物――闇堕ちし、デモノイドと化した狩生光臣に対峙した。
    「申し訳ございません。早々に外へ!」
     入口脇から声をかけるレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)と神木・璃音(アルキバ・d08970)は、何となく関係者と思われる。それなりに落ち着いた一般客と店員は、順に退避を始めた。
    「わ、わ、私の店が……」
    「早く立ち去って。……死にたくないのなら、ね」
     オーナーでもあるらしい店長だけが真っ青な顔で突っ立っていた。
     明らかに異常事態だが、パニックとショックで逃げられないようだ。樹の忠告も耳に入らずといった彼を後背に隠し、璃音は光臣の動向に目を配る。
    「きますか」
     太刀を構えた。目の前の陳列棚を無造作に壊していた光臣が、突然店長のすぐ脇の棚を殴った。
    「ひいっ!?」
     狙ったのかたまたまかは不明だが、間一髪危機は免れた。
    「しょうがねえなあ。よっと!」
     櫛名田・まゆみ(八咬・d03362)が腰を抜かした店長を強引に担ぎ上げ、店外へ運び出す。
    「『その闇を、祓ってやろう』」
     レインが力を開放する。影が赤黒い炎を描き、炎は獅子の形を成す。影の獅子は光臣に飛びかかり、闇の焔が青い腕に纏わりつく。
     ――狩生が蒼い獣なら、私は紅い、黒い獣になろう。
     異国の藍を宿した眸は、どこか悔恨の色を含んで蒼い獣を見据える。一般人の退避が何とか完了し、入れ替わりに残りの灼滅者たちが中へ入る。
    「狩生光臣くん、わたしはあなたに用があるの」
     樹は、何かを探るような眸で光臣を視た。理性を失った光臣は太い腕を振り上げ、肘に生じた刃で樹を叩き斬ろうとする。
     前に出た颯音の肩に刃は重く食い込み、脊柱まで軋む衝撃と共に血が流れ出した。シャーロット・ファルアーノ(好戦ビスクドール・d08536)が光臣の肘に刀を打ち下ろし、隙が生じた間に颯音は傷を癒す。
     守りを固め、颯音もまた真剣な面持ちで光臣と向き合った。傷つく事は辞さない。他でもない君を、助けたいから。
    「颯音くん、大丈夫? 回復はまかせて、みんなを傷つ……わあっ!」
     走ってきた小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)が、何もない場所でころりと後ろに転んで、尻もちをつく。
    「えへへ……ぼくも良く失敗するよ。何もないところで転ぶし、良く忘れものするもん」
    「グ?」
     癒しの矢を射ながら愛らしくはにかむ仕草は微笑ましいが、これも光臣に共感してもらうための作戦だ。
     光臣デモノイドは一瞬そうなの? という風に首を傾げたが、我に返ったように暴れだす。
    「グオー!」
    「だめだめっ。今度こそ、みんなを傷つけさせないよ」
    「……あんまりデモノイドらしくないっすね」
     ヘッドフォンを片手で素早く外し、首にかけると、璃音の耳に奇妙な音が入ってきた。ガリガリガリガリと世にも不吉な音だ。
     後ろを見れば、女子高生が持つには似つかわしくない無骨な斧を引き摺り、床を思いきり傷つけながら走ってくる仲間の姿があった。
     猪突猛進に駆ける二つの影。空戯・宵(夜にはお終い・d16260)と、彼女の兄でありビハインドのアルバートだ。
    「アルくん、いくよ! せぇーのっ!」
     斧を大きく振りかぶり、一気に打ち下ろす。身をかわした光臣の体にアルバートの霊撃が叩きこまれた。宵の斧の大きな刃は豪快に菓子コーナーを直撃し、スチール制の陳列棚は軽妙な音を立て大破した。宵はちろりと舌を出す。
    「あやー壊しちゃった!」
     光臣が反撃に出た。腕を振るい生じた無数の衝撃波はあらぬ方向へ飛び、シャーロットが璃音を庇った一撃以外はコピー機や肉まんケースなど、色々駄目な所に当たった。
     ――心の中で店長南無、と皆が思う。
    「グゥゥ」
     光臣ノイドが心なしかしょげている。いたたまれない。
    「何はともあれ深呼吸、落ち着いて一拍置いてみれば失敗だって減るさ!」
     そんな彼の前で宵は言葉通り深呼吸し、斧を構え直す。元気に互いの失敗を笑い飛ばしてみせるのだった。

    ●2
     ただでさえ攻撃が当たらないのに、皆に捕縛や武器封じを重ねがけされたデモ臣の攻撃は散々たるものであった。
    「グオー!」
     今一つ決まらない奇声をあげる光臣の、威力だけ半端ない攻撃がまた棚を潰す。騒音が殺界形成と相まり、恐れをなした一般人は全く近寄ってこない。
    「……そういえば、こういうイケメンなのにドジっ子ってもしかしてギャップ萌えって奴?」
     そんな中、璃音が淡々とした調子で突拍子もない事を呟く。
    「女性陣にウケが良さそうっすけど、実際どうなんでしょ」
     氷のように動かない表情でそう呟く彼も中々のギャップだと思う。だが話を振られたシャーロットは困惑もせず、いっそ躊躇なくこくこく頷く。
    「ドジっ子いいよ!」
     力説。合わせて樹も頷く。
    「光臣くんは光臣くんでしょ? 他のひとよりちょっとだけドジが多いかもしれないけど、でもそれがなければ光臣くんじゃないと思うのよ」
    「グゥゥゥ……ウガァ!!」
     人形のような美少女達にこう言われ喜ぶべきだ。だが動きを制限された事で本来以上のダメぶりを発揮していた光臣は、一層咆哮をあげ暴れだした。
     怒りに任せて刃を薙ぎ払う。突然の一撃で、怒りの矛先である颯音が深い傷を受けた。
     ――ほんとうは、指輪の力を使いたくなかったけど。
     金の睫毛を伏せ、樹は俯いた。白い指先に嵌った漆黒の石は、闇へ誘うように鈍く輝いている。
     煌めきを打ち消すように首を振るう。力は利用する。だが、闇に心は渡さない。瞳を伏せ、心を研ぎ澄ます。
     ――ただいま、ってちゃんといわなきゃ。
     強い決意で己の意識を保ち、闇の力を魔法弾へ変える。光臣を救いたいが為の決意だ。撃ち抜かれた光臣の腕が痺れ、震える。
     足元に蠢く八つ頭の蛇にぎろりと睨まれた気がして、まゆみは下を見た。
    (「猛獣なあ……、いつか取って食ってやりてえぐらいだぜ」)
     黒い衝動は蛇の姿を成し、いつでも彼を闇に引き摺りこもうと口を開けて待っている。
     憎らしさを殺して顔を上げると、獅子を従えるレインに、渡り鴉を肩にとまらせた璃音の背がある。
     視える獣はいずれも影業だが、彼らや光臣もまた心に猛獣を飼っているのだろうか。そう思うと、少しは気が楽だった。
     リヒャルト。
     レインが影の名を呼べば、猛獣たちが異形の獣を襲った。
     夜を跨ぐ獅子が勇猛に疾駆し、飛びかかる。羽ばたきながら無数に分裂した鴉の大群がその身を激しく啄み、地を這ってきた八の蛇が全てを覆い、絞め上げる。
     トラウマが異形に見せるは人の記憶なのか、哀しげな慟哭が響いた。獣は素早く散り、影で繋がれた宿主の元へ帰っていく。
     辛いんすね。颯音がぽつりと零す。
    「俺も決して確りしてる方じゃないから、気持ちはわかる気がします」
     申し訳ないし、呆れられるのもキツいっすよね。共感をこめ、優しく穏やかに語りかける。
    「人間、変わろうと思えばどうとでもなるとオレは思ってるぜ。お前が今その姿でいるのは過去の自分を恥じて変わりたいと思ったからだろ?」
     まゆみも口調の荒さを抑え、探るように話していく。
    「まぁ、なんだ、ちょっとばかし悪い方向に変わっちまったけどよ……っつうことは良い方向にも変われるんじゃねえかな?」
     気づけたなら、変われる。
     その言葉に颯音と宵も頷いた。
    「つまり、成長できるということだ。そう……飼いならせるのだ、その心を」
     獅子の頭を撫でながら、レインが言葉を継ぐ。
     一月ばかり前、地獄の街に消えた無数の命。そのうちひとつを奪ったのが、彼女だった。今度こそ救いたいと願い、再び同じ状況に立った。
     胸に燻る哀悼と悔恨は、名も知る事がなかった男の人生を預かった証かもしれない。
    「自分の事に気付くって中々難しいんすよ? 特に自分の短所になると目ぇ背けたくなるし」
     確かに見事なドジっぷりですけどと、璃音は大した事ではないかのように言う。
    「このまま絶望してる方が楽かも知れない。でも、それじゃ解決しないっしょ」
     変わりたいなら、俺達と一緒に来れば良い。彼らしい気取らない言葉で告げる。気怠く映る金の眸の奥にも、やはり光臣を助けたい想いがあった。

    ●3
    「カワ……ル……?」
    「そう、変われる。怒られたり、冷たくされた分だけ、誰かに優しくなれるんすよ」
     人らしい反応を見せた光臣に颯音が言葉を返す。亜樹は再び、彼の傷に向ける癒しの力を矢に籠め始める。皆の攻撃が決まる中、光臣は言葉を拒絶するように強く全身を揺すり、四方に衝撃波を放った。
     これ以上壊させない。宵が、シャーロットが颯音を庇うように駆け、衝撃を受け止める。
    「カワレナイ……カワラナ、イ」
     光臣の声は仕草と裏腹に、嘆くようだ。
    「変わらなくてもせいいっぱいやってれば、そのことはみんな認めてくれるよ!」
     言葉と共に、亜樹は癒しの矢を射る。幼い亜樹の中にもまた、阿佐ヶ谷の一件は繰り返してはいけない事件として深く心に刻まれていた。
     仲間を守りたい。救える命をなくすのは、いやだ。幼いなりのせいいっぱいの想いを籠めた矢は颯音の傷に届き、染み込んでいく。
     ぽこん。
     シャーロットは、鞘に収めた刀で軽く光臣を殴る。自分の攻撃で傷を負った彼女を、光臣は心なしか不思議そうに見た。くるんとした緑の眸が、異形の顔を見上げる。
    「んー……キミさ、大事な人はいる? 一緒にいたいって思える人はいる?」
     私の母様、キミに負けず劣らずドジっ子なんだよ。
     狙撃の練習で屋敷蜂の巣にしちゃった人だからと言って、シャーロットはどこか遠い目をした。けれど小さな唇は嬉しそうに笑う。
    「それでも母様は大事な人がいるから頑張れるって言ってるんだ。私も他の皆も、そんな母様が好きなんだよね」
     彼にも大事な人がいるならそうなれるだろうし、なってくれれば嬉しい。
     例えドジでも優しくて、大好きな母だからと彼女は笑う。
    「ウゥ……ワカラ……ナイ」
    「いなくても、これから作ればいいよ」
     当たり前かのようなシャーロットの言葉に、彼ははっとしたように見えた。
     刹那、異形の咆哮が轟く。背を丸め、意固地に頭を振るう光臣の頭に今度はオーラを纏ったげんこつが下る。大きな瞳を楽しそうに輝かせ、宵が悪戯っぽく笑った。
    「変われる、って言ったよね。宵たちだって手伝うよ?」
    「オレ達が、オレが幾らでも助けるよ」
     まゆみがどんと胸を叩くのを見て、宵は元気よく頷く。
    「ここで諦めたら全部終わっちゃう。これから絶対楽しいこと一杯あるのに、そんなの勿体ないよ!」
     ねーアルくん、と傍らの影に話す彼女は本当に楽しそうだ。自由で愉快な毎日を生きていそうな空気は魅力的に映る。
     光臣の心が揺れていた。闇へと誘う迷いを断ち切る炎を刀に籠め、璃音は斬撃を放つ。
    「ぶっちゃけ、うちの学園に来ればドジっ子も霞む様な個性派の面々が沢山揃ってますし」
    「ガク、エン……? ウウ……でモ、オレ、マた、どじスル」
     楽しいこと一杯って本当なんだよ。宵が言い、樹も魔の矢を撃ちこんで、柔らかく笑む。
    「今のままの光臣くんを見せてほしいわ」
     オーラを滾らせ、颯音は拳を撃ち込んだ。身体を支えきれず倒れこんだ光臣の太い腕を、杖を置き両手で掴む。
    「……俺、狩生君と友達になりたいな」
     友達なら、迷惑掛けるのも掛けられるのも、当たり前だから。
     仲間より、もっと近くで君を知りたい。
     真っ直ぐ目を見て、一番近くで伝えた言葉。傷を刻んだ手の暖かさは光臣に届いただろうか。

     ウウ、ウウとすすり泣くような異形の声。
     顔を伏せうずくまる光臣に、槍を手にしたレインが歩み寄る。
    「狩生は、今日まで生きてきた。つまり、狩生の生を否定した者はいない」
     変わっても、変わらなくても、友でありたいと言う者達がここには居る。
     だから狩生――人として、生きるんだ。
    「……どうか、差し伸べた蜘蛛の糸に縋ってくれ……生きたいと、思ってくれ……!」
     想いを籠め、回転の力を加えた槍を真っ直ぐ突き刺した。
    「おねがい! 人に戻りたいって強く願って!」
     獣の咆哮に負けじと、亜樹が力いっぱいに叫び、光臣の意識に声を届ける。
     槍の穂先に巻き込まれるように蒼い肉がぐずぐずと崩れ落ち――いた。
     写真で見たのと同じ少年が、中にいた。
    「えへへ、やっと会えたね。私と友達になろ、光國!」
    「……み、光臣だ。よろしく」
    「あっ、えっ、うそっ! ごめんね!?」
     母様のドジがうつったかもと慌てるシャーロットを見て、ばつが悪そうに視線を伏せていた光臣は微かに笑みを浮かべる。
     そう。ドジなんて、誰だってやる事だ。

    ●4
    「わー……すごいね」
     灼滅者達は大体上手く抑えていたが、光臣の攻撃で店は見るも無残な状態と化した。歩き回る宵はやはりどこか楽しそうで、アルバートがその後ろをついていく。
    「どうしよう。弁償かな……。これは俺のせいなんだよな?」
    「多分何とかなるんじゃないかしら?」
     流石に光臣史上最大級ドジだったのか、事の重大さは解ったようだ。樹が適当な返事を返す。
     過去のデモノイド事件を思い返し、樹は救出された光臣の腕や首に何かの痕跡がないか確認していた。
     特に何もなかったようだし、光臣自身にも覚えはないようだ。一応鷹神に報告はしようという事で話はまとまった。
    「しかし、本物はますます男前じゃねえか。やっぱり勿体ねえよなあ!」
     上機嫌なまゆみにばしばし肩を叩かれると、光臣は何故かますます真っ青になった。彼の目線は潰れたチョコの欠片に向けられていた。
    「勿体ない……そうなんだよな。そのお菓子は確か春限定で」
    「いや、そこじゃなくてだな」
     璃音は無言で大破したコピー機を見やる。
    「な、な、何だこれは……」
     震えた声が耳に入った。やはり店が心配だったのか、戻ってきた店長が顔を真っ赤にして立っていた。素早くヘッドフォンを装着し耳を塞ぐ。
    「狩生、全部お前がやったのか! この……この、ドジっ子がァーーー!!」
    「ドジっ子で何かまずいの?」
    「……は?」
     シャーロットのむすっとした声に、店長は思わず呆気にとられる。
     一緒に学園に行こう。そう言って、皆は駆け出した。
    「が、学園? ……あっ」
     ――待ってくれ。
     全力で逃げる皆を、光臣は必死で追っていく。今までの彼なら途中で転んだり、その背を見失っていたかもしれない。
     はぐれずに済んだのは、彼らが振り返ってくれたから。
     それから、光臣は気付いていないが――彼自身が頑張ったから、だろう。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 7
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