玻璃をうすく透いた空。
桂川、鴨川、琵琶湖から流れくる水の音は、街の喧噪でもなお鮮明で、気まぐれにふうわりとそよぐ風の随には、鶯の声が時折混じる。
石畳を擦る音。砂利の啼く音。くぐる鳥居の朱に、朝露の染む土の香りと、社を守る森の静謐な空気といろ。
カラカラと、引き戸。チリンと鳴ったのは、古めかしい自転車の呼び鈴。賑やかな市場の、その裏路地で聞こえるささやかな音と、格子の生んだ柔らかな影。
──それが、小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)の識っている、京都という街の春の姿。
「今度、一緒に行きませんか」
丁度、桜の綺麗な時期なんです。
記憶を手繰るように、少女はそう言葉を添える。
朝に発てば、昼頃には着くだろう。そこから宵の口まで遊べれば、上々。
北や、八重桜を主とする場所はまだ蕾のところもあるけれど、市内の桜は概ねどこも見頃。
川縁でのお弁当。街中のカフェ。路地での食べ歩きや、温泉に浸りながら。今の京なら、花はどこでも楽しめよう。
ならば勧めの桜はと問えば、寧ろ、見つけたらこっそり教えて下さい、とエマは悪戯めいて春草色の瞳を細めた。
さあ、春うらら。
ぶらり、桜を愛でにゆこう。
●風光る
さやさやとと花の音。春の陽も音奏でそうな静寂──。
「きーくん京都ってすごいね抹茶味っぽいね!」
「……を歩きたいんだけどな姉さん!?」
はしゃぐ姉に溜息零すも、ここは大好きな和雑貨溢れる産寧坂。片手には少し重たい土産袋に口端緩めば、
「ねぇねぇ花びらキャッチできそう!」
「ほら姉さん! アイス落とすよ」
お喋りな口へはすかさず団子を。代わりに取った姉のアイスも美味しくて、次は八つ橋交換こ、と九鳥と木鳥は綻び合う。
花片の奥に響く鶯の囀り。日本の良さを感じつつ、迷子になんじゃねぇぞ、と差し出されたねむの手に、かしこが零す。
「……そんなに頼りなく見えるかな」
「いや、しっかりしてるが……まぁ、繋ぐのは癖みたいなもんだ」
そう桜仰ぐねむ。そんな彼女の気遣いは、素直に嬉しい。
「食いたい物があれば遠慮すんなよ?」
「え、奢ってくれるのかい?」
静かに驚くも、その言葉は礼と共に甘受して。
ぶらり巡る甘味処は、お腹だけならず心も幸せで満ちてゆく。
この日の為のお手製グルメマップを手に、双子の沙月と華月も花を愛でつつ食べ歩き。色々な種類を食べたいからと、2人別々を少量注文。
「これ、美味しいわ。沙月にもあげる」
「華月ちゃん、いいの?」
「勿論よ。ね、沙月、そっちのはどんな味?」
「濃厚抹茶味だよー」
藤色の暖簾を背に、歩きながら交換こ。華月の黒糖わらび餅の、そのほっとするような程良い甘さに、長閑な春風と桜色の路地。そして何よりも隣には大切な片割れ。これほど素敵な春の始まりはない。
桜や和菓子で弾む話。身近に可愛い女の子がいる2人をにやり見て、
「狭霧君とみをき君の方がイケメンだから!」
先輩肩身が狭いわ! なんて笑う颯音に、
「花凪先輩は格好良い頼れる先輩ですし、十七夜は可愛らしい。男3人でも、俺は2人と来れた事が何より嬉しいです」
「そうですよ、センパイ」
みをきの言葉に、狭霧も笑顔。変わらぬものがある、その歓びを胸に杯を鳴らす。
「うん、ほうじ茶が香ばしい」
満開の桜の下、紅緋は桜ほうじ茶をのんびり味わう。お茶請けには、さらりとした味わいの八つ橋。やっぱりお茶と八つ橋の組み合わせは落ち着きますね、と隣でエマもほわり。
語るのは他愛もない日常のこと。学園に戻っても、また。そう交すのは、近い未来のお茶の約束。
ふうわり、くるくる。踊る一片に誘われた哲学の道の先、桜のトンネルはまるで古の都に続いていそう。
桜に映す古今の邂逅。カメラを下ろし見入っていた篠介は、ぶらり甘味処へと足を向けた。
皆で来るのはいつぶりだろう。こんな気持ちで帰れるとは思わなかった、そう零し想希は友へと礼を添える。
「想希おにーちゃん、ゆーちゃん、すごいよー!」
咲き続く桜道に、栗きんつばの袋も忘れて駆け出す陽桜。待ってと名を呼びながら、勇介はお釣りを貰うまでたんたん足踏み。
甘味一欠頬張り飲み込み、仰ぐ先で溢れる彩にはただ圧倒。そんな笑顔の2人へは、テストを頑張ったご褒美に豆かんを。想希の提案に更に重なる笑顔の向こう、満ちる桜に瞳を細める。
2人の間からひょいと陽桜が顔覗かせて。
「ねーねー、一緒に桜おっかけよー?」
「ほら想希にーちゃんもっ」
「2人とも、急がなくっても、桜は逃げませんよ」
伸ばされた手に掌重ね、3人並んで歩き出す。
エマは周を連れて、今出川通沿いの白川疎水へ。
「たしか……落花流水だっけ」
ぱっと咲いて時合わせて正しく去る綺麗さが好きだと言う周に、何か周さんと似てるかもです、とエマも笑う。
「さて、じゃあ和菓子奢るぞ! 団子系がいいかな?」
「それじゃあ、歌舞伎だんごを」
甘味処まで、花続く道をのんびり散歩。
●花衣
鞍馬の裾野もまた、春の彩り。温泉でぐでんとのんびり桜を愛でる真樹の山向こう。八瀬比叡山口駅を背に、戒が案内する先は瑠璃光院。意気揚々と歩く兄と、彼女の弥咲。そんな弥咲に失恋したばかりの礼は、2人の背から目を逸らした。花弁を追って沈む視線。けれど吹っ切り顔上げれば、そこには昔の八瀬話に花咲く家族の姿。
「茶屋で茶を飲みつつ花見と行こうぜ!」
「おぉ、茶屋か。良いな良いな」
団子をあーんしてやると続ける弥咲に、立候補する戒。
「お茶屋! 俄然元気出てきた僕!」
服に留まった花弁が桜餅みたいとはしゃいでいた宮古は、さり気なく気遣い礼の手を掴んで駆け出した。
「分かったから走るな……!」
感傷に沈む暇なんか、ありゃしない。それが、良いのだろうけど。
これってデート!? 火照るまぐろに、どうしたんですか、なんて仲次郎は飄々。鴨川の桜の下で手製の卵焼きあーん。偶にはゆっくりまったりも悪くない。
塩漬の桜散る豆おこわに焼き桜鯛等々。友の為の久方振りの弁当は、めちゃうまですー! と司にも大好評。この幸せそうなお顔をご覧下さいな、とくすり笑ってエマを誘えば、皆で食べるから美味しいのですと司も続く。
あーんしあって満喫したら、桜の影で満腹笑顔の司がごろん。良い場所見つけましたね、と言うエマに、忍は司の傍らでごろり伸びる猫をひとつ撫で。
「この子に入れて貰いました」
「ふふ、猫さん気持ち良さそう~」
ボクも撫でてと甘える妹のような娘に、忍も柔らに微笑んだ。
お帰りなさい、と降る花吹雪に、ただいまと灯倭は笑った。ぱちんと額を打つミカエラからのデコピンも喜びの証。闇落ちから戻り、今ここに在ることが凄く嬉しい。
約束の花見は下鴨神社から。着物姿でぶらり、桜愛でつつ悟が案内する。
朱鳥居に添う桜の下。相生社で参拝終えると、烏芥は絵馬を手に連理の賢木を仰いだ。
縁を結ぶという神様へ、託す願い。
言葉は苦手。だから絵馬へと夢描く。『人形』ではなく──笑顔の『人』が手を繋ぐ、そんな子供の絵を。
灯倭達も絵馬を綴り、皆、仕来りに倣って社や神木の周りをくるりと周回すれば、
「そや! ミッキー、ぐるぐるや」
悟とミカエラはそんな2人の周囲をぐるぐる。回るたび叶うようで、嬉くて、楽しい。
「『縁』はだいじだよね! 灯倭、帰ってきてくれたもん!」
ミカエラが笑う。皆との縁が繋がり続くように。柄じゃないけれど、手放したくない縁もあるからと、悟もまた皆と同じ願いを抱く。
桜雨降る中、次の行く先は甘味処。──また皆で、出掛けようね。
上賀茂神社の鳥居を潜れば、忽ち紅と白の枝垂れが出迎えた。初めて訪れた花咲く頃。斎王の紅は流麗で力強く、御所の白は優美で儚い。胸時めかせるまりの隣で、日本人が愛する理由にエイジも合点する。
続く白砂、奥に広がる新緑に神所の朱は尚美しく、息を飲む。
「……私、おふたりとご一緒できて凄く、幸せ、です」
独りなら吸い込まれそうと零せば、みんなとならいっそ吸い込まれても良いかも、とエマも笑う。
社を背に、問われた京菓子の勧めには、日本最高峰とも謳われる上生菓子を推薦。共に食べれば一層味も深まろう。
響斗が誘った原谷苑の桜はエマも初めてで、広がる紅海にただただ感嘆。
今までのお礼代わりの手製弁当は次の楽しみに。誘いの礼に、これからもよろしくと響斗が添えれば、こちらこそと返る声。
懐かしい彩を見たかったけれど、独りではきっと揺らいだろうから。そう桜色の指先に触れると、滲む憂いを払うように少女は笑った。
●舞桜
西にある嵐山は、一層緑が近く色深い。
咲いて散り、落ちても尚水面を彩る桜は綺麗。散り際を心得ている潔さ、それを真似る度胸が欲しいか否かと悩む絢に、人は足掻けるんだし真似る事もと悠埜は微笑む。
視界に溢れる桜と人に、くいっと掴まれた掌。慌てて名を呼ぶけれど、尚も引っ張り先ゆく絢に、あーもうまぁいいか、と苦笑ひとつ。
「アヤ、カフェでお茶しつつゆっくり見よう?」
「は、カフェ!行きたい!」
偶には舵取りをと思って掛けた言葉。結局今度はカフェへと引かれるのは、きっとお約束。
渡月橋の袂で見つけた人力車で、るりかと香乃果はいざ桜巡りへ。天竜寺、竹林を経て、二尊院。宝筐院は桜だけじゃなく、三つ葉躑躅の紅も綺麗。
車夫から市内の桜名所を訊きながら細道ゆけば、いつもと違った視線から見える塀向こうの彩はどれも近くて、鮮やか。
降りた後は、大堰川の桜の影で桜餅とほうじ茶ソフト。
「とっても美味しい。関東の桜餅と違うのも面白いね」
「やっぱりこっちの桜も大好き。花より団子かな、ボク」
えへへと照れ笑うるりかに、香乃果もほわり花の様な笑顔を零す。
澄んだ青空に満開の桜。一緒に見られて、幸せ。
想像以上の天竜寺の混雑に、白焔と緋頼は静かに瞬いた。どうにか見つけた静寂に一息吐いて、2人、緑茶手に紅を眺める。
潔く終わるものは死の尊さを知る。故に桜も散り際こそ美しいと思うけれど、どうにも世は違うらしい。さて隣人はと見遣れば、何故皆桜が好きなのかと降る問いかけ。
「常態となれば気にしなくなるのだろうな」
当たり前になれば興味も抱くまい。そう言いつつ、つまりは彼女に常より興味を向ける己は状態ではないのだと、白焔は静かに悟る。
「魅力的なものは常に変化するものなのでしょうか」
零れる声。
わたしは今、変化しているのでしょうか──自問する緋頼の黒髪が花に揺れた。
多くの世を見てきた大樹。それを見られるのは凄い事なのかも、と西行桜を仰ぐ真墨。幾世の 詩人を知るか 京桜──やや離れた場所で流希も一句綴った同じ刻、古都の音と温もりに触れた煉は、先輩の言う枝垂れ桜に触れ桜雨を想う。
名所を尋ねられたエマが答えたのは、和菓子の名所。麩饅頭にわらび餅。花見団子に上生菓子。初めての菓子達に、アインホルンの瞳もきらきら。
一杯のお菓子を手に、向かう先は二条城。
「指輪……食べる時汚れたりしない?」
「心配してくれてありがとう」
ちょっと見るだけで察してくれるから、くろーは不思議。大丈夫と返る微笑みを娘が見上げれば、
「迷子にならないように、手でも繋ぐ?」
彼女の指を痛めぬようにと仕舞われた指輪達。差し出された掌に静かに驚くも、力を加減しながら、少女は九朗の指先をちょこっと握った。
フィールドワークと称して巧は御金神社へ。金色鳥居を潜って参拝、ぐるり巡って売店へ。
「小判がでるか、カエルがでるか……あとは何だったかなぁ?」
資料用に買ったお守りとお神籤。銀杏型の絵馬を奉納しつつ、研究資金が回りますように、と神頼み。
冴のお勧め二条城。夜桜も良いけれど、青空の花は一等綺麗。
「繊細で優しくてさ、綺麗だよね。俺、こういうの大好き」
「おいでおいでって、春がやさしく手招きしてるみたいやわ……はっ」
枝垂れ桜を前に零れた声。思わず照れて慌てるあすかに笑みつつ、司は目敏く売店発見!
「冴君、奢ってください」
「司君の方が年上でしょー!?」
「え、関係ないです。ねえあすかさん。桜の下でお菓子食べたいですよね。ねー」
「はーい! わたし、みたらし団子がいいなっ」
元気よく手を上げたあすかは、司と見合わせにっこり。
「俺も、司おにーさん!」
「……解った解った解りました。年長者ですから奢りますー」
可愛い2人に苦笑して。お礼の桜唄を愉しみに、司は2人を追いかける。
「建物も庭園も本当に美しいだろう? 日本の建築美そのものという感じもするな」
「お城に桜、どちらも日本文化を見るには最高って感じかしら」
明の流麗な説明を聞きながら、美しい彩にセシリアもほわり。そんなのんびりした一時を経て、少女は瞳を煌めかせる。
「まだ時間はあるのね。ほらっ、次に行きましょう?」
「ああ、喜んで案内するよ」
教えて貰った京の好い処。全て回ると意気込むセシリアに、明も眦を細めた。
●春の燈
片手には四条の裏路地で買った苺とチョコのクレープを。もう片手には雛の手を包み、孤影は桜の色を追う。
穏やかな陽に、心地良いそよ風。久方振りの日本の桜を共に見たかったと、雛も笑う。
お洒落なケーキのような甘い桜色。どんな味だろうと思っていれば、空から一片、クレープにひらり。
「どう、ヒナ?」
「セ・ブレ? ……ムッシュ、食べていいの?」
本当に? と首傾げつつ、含んだ一口は春の味。娘は幸せそうに微笑むと、お裾分けにと優しく口づけた。
土産を手に、祇園、島原、伏見稲荷。稲荷寿司ぱくり、輩の獣・深宵と共に懐古する伊織。手を繋ぎ、2人が訪れたのは川の畔の八重桜の下。親がプロポーズした此処で、再会した許嫁が告げ合うのは心からの想い。赤らむ楼華を、愁慈はそっと抱きしめる。
わざわざの花見は初めてで新鮮。祇園の饅頭お伴にぶらり高瀬川をゆく紅介の川向こう、都璃とエマは逆に祇園へと足を向ける。
猫カフェのお礼に、と誘った都璃。エマの選んだ町家カフェの2階、撮ったばかりの桜の写真を2人見ながら本物の桜も満喫する。
「……その、これからも、仲良く、して貰えたら。……嬉しい、な、と思って」
「ふふ、都璃ちゃん可愛い……!」
私の方こそ。言いながら咲く、2つの笑顔。
円山公園でのんびり花見の後、八坂さんにお参りして四条河原町でお買い物。
「というか、花見って1人でするもんじゃないよね……よし、こうなったら買い物で憂さ晴らし!」
今度は皆と。地元人ならではのプランを立てた八鹿は、意気揚々と歩き出す。
「せやなー……俺は八坂さんとこの円山公園の枝垂桜が好っきゃねー」
そう言って右九兵衛が案内した大樹の前で、千巻も大感激。
「枝垂桜見たかったのー。うくべークンやるじゃん!」
彩と風情をまったり満喫した後は、これまた右九兵衛お勧め、南座近くの店でにしん蕎麦。ちょこっと高いけれど、真面目で丁寧な味に千巻も満面笑顔。
「って、あれ?」
見れば同じく蕎麦すするエマの姿。今度おいしい甘味処教えてね。自己紹介と感謝を交して、笑い合う。
馴染みの多い猪鹿蝶の面々にとって、京都は庭のようなもの。
花見弁当には鯖寿司を。兎形に感嘆しながら、オデットは初めての街並みに瞳を煌めかせる。
「おい、本当にこんな細い路地にあるのか……?」
賑わう祇園の大通りを折れて、不意に身を包んだ静寂の先には浅葱の暖簾。ビックリでしょ? と笑う茶子に、千早も静かに驚きを見せる。
四色最中を手に、立ち寄った店で買った華丸の友禅染アロハシャツは『助六』揚巻の打掛柄。似合いだと頷く千早の隣、茶子も都をどり柄Tシャツを探し。
宵桜の下、千早の伝で貸し切った店の庭先で始まるのは花の宴。時折過ぎる芸子舞子にオデットがはしゃぎ、華丸が営業がてらに手を振り送る。
白川と をどり枝垂れる 桜かな。
何もない日を特別に染め上げて 桜のダンス 今アレグロに。
清らかな 白川の瀬に流るるは 花の筏と かけがえ無き日。
白川の川音と花灯り。仲間達に続き、華丸が最後に詠う。
花街の 揺れる簪 花灯り。
花のかんばせ 並びなき春。
作者:西宮チヒロ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月20日
難度:簡単
参加:62人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 4
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