乙女の誕生日 ~花と乙女~

    作者:矢野梓

     東京は春が早い――。
     3月に白木蓮の花が咲き始めたかと思えば、すぐに桃、桜と目白押し。4月を迎える頃には百花繚乱の候となる。もちろん武蔵野も例外ではなく、歩道を歩けばたんぽぽにハナニラが揺れ、学園の花壇ともなればとりどりのチューリップが今を盛りと青い空に笑っている。
    「春だでばなあ……」
     高村・乙女(天と地の藍・dn0100)はのんびりと流れゆく雲を眺めた。ところは学園の中庭、お供は誰の飼い猫かとも知れない三毛の猫。丸い背中にふわりと1枚桜の花びら――本当に東京は春が早い。新庄節ではないけれど、乙女の故郷はまだ雪の季節なのである。4月にこんな風景が広がっていること自体が、彼女にとっては信じがたい。
    「誕生日に桜が散ってるなんてなあ」
     乙女は再び空を仰いだ。
    「つか、お前さんが16歳っつー方が信じられねぇよ」
     4つも年上ってーのがさ――打ち合わせの迎えに来た水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は白衣の袖をまくりあげた。この季節、昼間は時に初夏の陽射しを思わせる。
    「えーっと、15歳の次は~16歳に決まってるんですよ~。のへさん~」
    「のへじゃねっつの」
     すかさず慎也がつっこむも乙女には訂正する気配などまるでなし。ちなみに『のへ』とは乙女が慎也の苗字『水戸』を『みずのへ』と読み違ったことに由来する。
    「いいじゃないですか~、呼びやすいですし~、可愛いですし~」
     のんびりとろとろ、春の日だまり。
    「可愛くなんてねえっ! つか、とろとろしゃべんなよ」
     ちゃきちゃき江戸っ子の慎也には時にイライラの種になってしまう乙女の口調。慎也は時になんでこいつの闇堕ちに自分が関知することになったのかと天に問いたくなったものだが。
    「…………ねまれ」
    「は?」
     乙女の目が座っていた。
    「そごさ、ねまれ」
     そう言われても慎也には何のことかさっぱりわからない。動けずにいると乙女がすっと立ち上がり――慎也の白衣の襟をつかみ……。
    「おらだってはやぐしゃべれんだ! はやぐゆんなら×××××××××!!」
     そもそも『ねまれ』が判らない慎也に、乙女の言葉はマシンガンのように突き抜けていく。
    「……わかった、わかった。俺が悪かった」
     要するに方言なら早いんだよな――もうこれは長期戦で慣れて行ってもらう以外に道はない。
    「ゆっくりでいいから共通語しゃべってくれ」
     でないと誕生日会の話ができねぇ――慎也は乙女を座らせる。そう、そもそも今日の待ち合わせは間近に迫った彼女の誕生日に関する打ち合わせを行うためのものなのだから。

    「で、やってみたいのは学園花めぐり、でいいんだっけ?」
     慎也が確認すると、乙女は勢いよく頷いた。頃は学園の花盛り。花のある誕生日というだけでうきうきしっぱなしの乙女は、どうやら学園中の花を見に行きたいらしい。
    「学園に……こだわりはしないのですが~」
     いろんなキャンパスに咲く花や町の桜並木など、まだ自分が知らない風景をぜひ教えてもらいたいのだそうだ。
    「ああ、キャンパスは一杯あるからな」
     慎也も大きく頷いた。誰彼つかまえて案内してもらうのもいいし、行き当たりばったりでそぞろ歩くのも楽しいだろう。
    「判った。じゃ、ティーパーティーの準備はこの中庭にしとくから……」
     慎也はゆっくりと周りを見渡した。とあるキャンパスの中に作られたその庭には1本の八重桜。ちょうど花の盛りでもあり、周囲は芽吹きの木々に溢れていることもあり、春先のお茶会にはぴったりである。
    「はい~。では気に入ったお花、幾つかもらってきてもいいですか~」
     共に周囲を見渡して、乙女もにこりと頷いた。今のままでも十分に美しいけれど、鉢植えやアレンジで飾りつけられればここは天上の苑のように美しくなることだろう。
    「わたしの湖も綺麗ですけど~向こうにはこんな花は咲きませんから~」
     確かに乙女の故郷には色鮮やかな花畑は作られていない。
    「いつからあそこがお前のになったんだよ」
     憎まれ口を叩く慎也ではあるけれど、まあ東京の花が気に入ったというのならそれはそれで悪い気はしない。乙女が会場を飾る花を選びたいというのなら、そうしてもらうのもまた一興。科挙の宴ではないけれど、一番の花を探して臨むというのも趣向だろう。
    「じゃあとにかく好きに歩き回ってこいや」
     慎也はその間にテーブルセッティングなどなどの準備である。メインのケーキは地元のケーキ屋さんに頼むとして、紅茶の選定はこれからだし、そもそも少年には女の子の誕生日会なるものがよく判ってはいない。まあ調べれば何とかなるだろうとは思っているのだが……。
    (「多分、こいつに聞いたって明確なビジョンなんてぇのはねぇだろうし……」)
     まあとにかく花を愛でて、ケーキを食べて、人並みのティーパーティーになることを祈っていよう――そんな慎也の向かいでは乙女が早速学園の見取り図を描きだしている。
    「××××……」
     お花マップとかなんとかろくに聞き取れない言葉を呟いてはいるけれど、目はキラキラと輝いている。
    「ちなみに『ねまれ』ってどんな意味?」
     慎也はふと問うてみた。
    「ねまれ? ああ、座れ、ですよ~」
     作りかけの見取り図から乙女はにこやかに顔をあげる。そのどこまでも能天気……いや、穏やかで爛漫な笑みに、慎也はそっと春の空を仰いだ。学園は今日も平和である――。


    ■リプレイ

    ●花の名を数えあげ
     春の空は淡く青く、地上のものをふわりと包むように広がっている。武蔵坂の町も勿論その庇護のもとにあった。高村・乙女(天と地の藍・dn0100)の前には春の盛りの花という花。今東京は遅れてやってきた春の只中にある。気をつけてな――円の一言が杏の花に彩られると、優志もルーナティアラの背をとんと押した。今日はこの町の花巡り。
    「この時期だったら藤につつじに、山吹、チューリップ、れんげ草……」
    「蒲公英、菫、連翹の花……」
     ルーナティアラが数え上げる花の名をさなえも笑顔で引き継いで。校門をくぐればそこはもう春の町――。

    「あっだけぇなぁ……って暖かいですね」
     重そうに枝を揺する八重紅の下で乙女は思い切り伸びをする。薄いカーディガン1枚でもまるで寒さを感じないことが彼女には不思議な気がしてならない。
    「その気持ち何となく判るわ」
     確かに東京って春が早いわよね――仙台出身のクラレットも溜息をつく。桜前線を待ちわびる東北民同士2人はすぐに意気投合。乙女が広げた街の地図に早速八重の桜の花びらが貼られた。そこからは少女達の花逍遥。並木の枝から店のプランター、はたまた子犬のじゃれる庭先で。本当に東京の花は多種多様。世界中の春がここに集まっているようなこの町では初めて会う花も十指に余る。
    「杜の都出身の私にかかれば……う、結構名前わからない花多いかも」
     クラレットが詰まればルーナティアラは携帯を構えて写真をパチリ。こうしておけば後で調べるのも楽になる。
    「ほえぇ……はいてくですね~」
     花マップといえばイラストか押し花かと思いこんでいた乙女は目を丸くし、合流したばかりの流希はその素朴さに小さく微笑む。
    「それはエビネランですよ」
     借りた携帯を懸命に操作しながら白い花にピントを合わせる乙女。流希が声をかければきょとんとした瞳が彼を見上げる。
    「海老?」
     花の形と名前とに違和感を覚えたのだろう。
    「たしか根っこが海老のような形をしているので、この様な名前が付いたとか……」
     薀蓄を披露すれば乙女の目はますます丸く。お詳しいんですねえ~と感心している間にもルーナティアラが道端で可憐な花を見つけたと呼びかけてくる。
    「ほんとに次々見つかんだげなぁ」
     我知らず故郷の言葉に戻った乙女を信も微笑ましげに見守った。同じクラスになって以来この賑やかな友には少なからず興味を抱いていたのだ。
    「乙女さんの故郷はどんなところですか?」
     以前信がテレビで見た光景は雪の中に咲く桜の花。雪にも劣らぬ白い花びらは凛として、こことは違う春を感じさせたものだ。
    「湖の春は新緑から始まるんですよ」
     街には桜の並木もあるけれど、乙女の思う春はあらゆる緑の萌え出ずる時。その春紅葉の色合いに比べれば、この地の春は華やかという言葉だけでは到底表し切れない。
    「……乙女さん、こちらへ」
     通りを越えればそこは再び学園のキャンパス。由乃が袖を引くままに案内されたのは構内の片隅に作られた花壇。秘密基地みたいなのでお気に入りの場所、と由乃がいうのももっともなこと、校舎の合間の陽だまりには花の群れ。
    「誰が育てているのか見た事がないので、私も知らないのですが勝手に楽しませて頂いています」
     今咲いているのは松葉菊。乙女は早速花マップを広げ。秋には一面の秋桜がこの辺りを飾るのだと聞けば楽しみは更に増す。
    「お誕生日、おめでとうございますね。素敵な一年を過ごせますように」
     花の上で手渡された贈り物をそっと抱いて、乙女はふわりと微笑んだ。由乃が松葉菊の一株をそっと鉢に移すと信が受け取った。祝いの席を飾る花――自分達もこれからこんな花を咲かせていきたい。そう思わせるような一鉢だった。

    ●中庭花飾
     同じ頃中庭はティーパーティーの準備でごった返していた。哀歌が日除けのテントを鮮やかな手際で張ってゆくと、
    「力仕事とかあったら任せろー? それなりに体力あるし」
     暁仁がテーブルを運んでくる。傍では水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は『緻密なバランス』とやらに基づいて配置の指示を――それは決して体力のなさ故ではなく、と言わずもがなのことを付け加える少年にあすかは笑いをかみ殺す。
    「そういえば『のへさん』って水戸君のことなの?」
     真っ白なテーブルクロスをふわりと広げながらあすかが問えば、慎也はこれ以上ないくらいの渋面を。
    「あいつ、最初に読み間違えて以来直さねーんだよな」
     確か旧南部藩には一戸から九戸(四戸は存在しない)があるし、戸来(へらい)さんという苗字もごく当たり前にあるらしい。だからってなあと膨れる少年の肩を優志はポンと叩いた。
    「まぁ、思う所は色々あるんだろうけど、楽しそうだったから良いんじゃないか?」
     今日の主役は高村なんだし――そう言われてもすぐには納得できないのが慎也の若さ。膨れた頬が収まらない慎也に結衣奈もからりと笑って見せて。
    「まあ、乙女先輩とお話しするのは大変そうだけどね」
     桜草の鉢植えを飾りながら続けると、慎也は大きく溜息を。そう彼と乙女の間には未だ言葉と文化の壁がある。
    「共通語ってちゃんと覚えると大変だしね」
     あすかも学園に来た当初を思い出すと何とはなしに汗の出る思いがする。だが同時に生まれた土地の言葉も忘れたくはないけれど。
    「一度火が付くと大変な人だしねえ」
     結衣奈の遠い目に乙女の帰還に備えて花器の類を選んでいた円がこらえきれずに噴き出した。そう、確かあのご当地ヒーローはじょっぱり(頑固者)の典型でもあったか。
    「けどまあ、せっかくの誕生日だし楽しくやりたいよな」
     どんな花と共に帰ってくることやらと笑う円の傍らで、騰蛇もそっと肯う。手元には模様が透けそうなほどのティーカップ。苺の葉と果実を使用したお茶に花びらを添えて。振り仰げば頭上の桜は葉桜だけれども。
    「今年は桜も早かったですし……」
     今頃どんな花を摘んでいるんでしょうかね――騰蛇の言葉に慎也は盛大に肩を竦めた。今頃放言バリバリで周囲の人を煙に巻いているに違いない。
    「その方言もなんだか可愛らしいですけどね」
    「それ、あいつに言うなよ」
     勿論慎也は太く長い釘をさすことを忘れない。まあまあ、と再び優志と暁仁がなだめにかかる。
    「ほら桜蜂蜜を使ったクッキーと焼きメレンゲ」
     暁仁は少年の口に花の香りのするクッキーを放り込む。花は散ってしまったけれど少しでも雰囲気をというわけで――準備は着々と進んでいった。

    ●花を巡り、花を選び
     陽気は柔らかく風は花の香を運び。華やかな少女達の笑い声が雄飛のひそむ雪柳に近づいてくる。
    「花を愛でる乙女、いやはや良い画がとれそうじゃあないか」
     花より団子ならぬ、花より女の子とばかりにカメラを向けた刹那、哀れ彼の襟首は何者かに掴みあげられた。
    「あ、これは決して盗撮などというけしからん行為ではなく……」
     言うなれば芸術活動の一環といいますかですね――するすると出てくる言い訳を鋭い目で見返してくるのは伏姫。
    「いささか無粋だな」
     通報するか――その一言に無論雄飛は手足をバタバタと。少女達(約1名を除く)の冷たい視線にさらされたのは言うまでもない。
    「あはは~。クラスメイトさんですよ~」
     事態を目撃した乙女が罪もなく笑い出し、雄飛は滝のような冷汗を盛大に拭った。
    「折角ですからお花のお写真撮ってくださいね~」
     屈託もなく頼まれれば勿論いやとは言えない。最初の写真は伏姫が見つけたムラサキハナナの群生。大根の花としても知られるこの花はこの時期あちこちで見かけるものではあるけれど、その一群ともなれば……。
    「「……」」
     誰もがしばし言葉を失くした。緑の波の中に紫のアクセントが揺れる。これは武蔵野市の花でもあるそうだ。
    「……5月ならば丁度横浜の花となるバラの時期であったが」
     伏姫は残念そうに付け加えたが、それならばそれ、5月が来たら横浜へ行けばいいだけのこと――。

     ここからはパーティーに飾る花を探しての本気モード。既にあちこちの花屋で蝶々のように花から花へ買い集めてきたものは雄飛に運んでもらうとして、少女達が次に目をつけたのは寧々が手入れしている花の苑。
    「乙女さんお誕生日おめでとうございます。学園には慣れましたか?」
     白い台の上には切ったばかりと思しき春の花。乙女の知らない花の名をあげながら寧々は花冠を編み始める。
    「よかったらご一緒にどうぞ」
     誘われて乙女も赤いガーベラを選び取った。故郷ではめったに見ることのない鮮やかな赤。目を射る如くのその色は人を引き付けずにはおかないものらしい。
     花冠を作り終えたら今度は青々と茂る小道に突き当たる。星子が茶室の縁から手を振って招いてくれるのが見えた。
    「紫陽花?」
     まだ固く小さな蕾に乙女はそっと手をふれた。星子によれば6月にはこの茶室から眺められるのだという。
    「風流だと思いませんか?」
     問われて乙女はただこくこくと。なるほど風流とはこういうことなのか……早速花マップを広げて、乙女の指が色鉛筆の上を彷徨う。星子はそっと笑って深い蒼色を指差した。
    「まあ、咲くのはもう少し先なので……」
     地図に青い花を描き終えた乙女の手に星子はカランコエの鉢植えを。誕生日の贈り物は星のように小さく鮮やかに己の存在を主張している。そんな様子を遠目に眺めながら哀歌は満足げに伸びをする。信がそっと近寄って行けば、会場の準備はもう整っているという。ならば花めぐりもひとまずは一段落か。
    「随分集めたみたいですね」
     哀歌が声を潜めると信もくすりと笑って乙女達一行を振り返る。そこにあるのは平和と安寧の大切な日常。

    ●花の宴
    「「誕生日おめでとう~!」」
     花の宴はクラッカーの破裂音と幾重にも重なった祝いの言葉で始まった。最初のブーケは結衣奈の杏の花束。はにかみという花言葉のままに乙女の頬がうっすらと上気する。こんなに沢山の人にお祝いをして貰ったことは初めてなのだ。
    「春が来て 花を纏いて 咲く乙女。やはり、女の人には花が似合いますねぇ……」
     流希もそっと呟くと乙女のグラスに並々と桜色のノンアルコールカクテルを満たし。
    「「誕生日おめでとう、高村。乾杯――」」
     音頭はクラスメイトの哀歌と信。響きあうグラスの音は遠い故郷に春を知らせる氷の音。乙女は懐かしさにそっと目を閉じた。
    「ようこそ武蔵坂学園へ」
     ここの環境が気に入ってくれたようで何よりです――改めて歓迎の挨拶を述べて摩那は花で一杯のテーブルへ乙女を誘う。山程の花の名は摩那にも覚えきれなかったけれど、その美しさは忘れようがない。
    「乙女さんお誕生日おめでとうございます」
     最初のお茶は柊夜のサーブで薔薇のフレーバーティー。あの冬の湖のほとりで顔を合わせた時にはまさかこんな風に春を愛でる日が来るとは思っていなかった。
    「あのまま堕ちなくてよかったと思いますよ~」
     乙女もしみじみと振り返る。東京の生活はまだ驚くことばかりだけれどこうして皆がいてくれるからには。
    「乙女さん、お誕生日、おっめでとーございますみゃッ!」
     こすずもぴょこんと2人の会話に混ざってくる。こすずは両手に抱えたツツジの花束を乙女の腕に。こっちはもうこの花なんですね、あったかいですみゃ――たちまち2人の間に始まる南部弁の応酬は柊夜にはなんとも懐かしい図。
    「乙女っち、誕生日おめでどーごし!……合ってる?」
     負けじと雄飛も参戦し、場は一気ににぎやかになる。こすずにとっても乙女にとっても方言全開は力の抜けるおまじない。慎也にとっては最早宇宙人の会話としか思えないけれど。
    「まあ、大目に見てやれ」
     優志は慎也を手伝いに桜の紅茶を淹れ始め。
    「花に囲まれてたお茶会で器にも花、ってのも悪くないだろ?」
     琥珀色の紅茶を注ぐと硝子の器の中では塩漬けの花がゆっくりと開いてゆく。溜息を殺すように眺める乙女に周囲の者達の温かな視線が集まる。
    「なら、花が咲いたところで、これね」
     クラレットが披露したのはずんだロールケーキ。綺麗な緑色に東北者が歓喜の声をあげたのは無論のこと。摩那はにこりと笑って林檎の香りのお茶の用意を始めた。青森では桜が終われば林檎の花なのだ。
    「おいしい1日を!」
     皆の笑いが一際暖かく大きくなった。

    ●花と乙女
     花に埋もれた中庭におめでとうが溢れる中郁生と慶も祝いのグラスを傾けて。贈り物は桜の花のクッキーに4月の誕生花を合わせた桃色の花束。乙女の嬉しそうな顔は2人にとっては何よりのお返し。だが郁生には花に見惚れる慶の姿もまた大切な想い出で。自分でも気づかぬ内に郁生の手には一枝の八重の花。
    「うん、綺麗、綺麗」
     髪に飾られた花を慶もそっと指で触れ。互いに交わした微笑には愛しさと優しさとが絡み合い。時に踏みにじりたくなるような気がしないでもないけれど、今ここにある花こそが最高の――。
    「こういうお花はどうでしょうか?」
     ない花は無いくらいの会場に翡翠が新たに披露したのは梅のゼリー。さっぱりとした清々しさが喉を通る。そういえばもうすぐ梅の実のなる季節。学園にも梅の木はあっただろうか。
    「ありましたよ~。立派な梅林が~」
     乙女は地図を広げると猫の足跡のような模様を指さした。来年は是非梅の花を――そんな約束ができるのも当然のこと。
    「巴衛さんもそろそろお席に……」
     それまで給仕に徹していた円に騰蛇とさなえが声をかける。そろそろボーイやメイドも交代の時間でしょう――さなえがサンドイッチの皿を運んでくるとテーブルからは歓迎の拍手。
    「私の故郷も、春はまだまだ先の事ですから……」
     この風景はとても新鮮に感じられますよね――しみじみと周りを見渡してさなえは見事なアレンジを乙女の腕に。ではとばかりに寧々も乙女の髪に花冠を乗せた。緑がかった彼女に髪に合わせて選んだ白バラにはうっすらとグリーン。乙女作の花冠とは雲泥の差だ。
    「なら、こっちもね」
     胸元には結衣奈の杏の花のブローチ。
    「12日の誕生花ってあんずなんだってな?」
     だから俺からはアプリコットティーの茶葉。優志に手渡され、瞬く間に出来上がった花の乙女は顔を真っ赤に染めたまま右往左往。
    「改めて誕生日おめでとさん。どうだ、楽しんでるか?」
     円の言葉に、
    「へ、へえっ」
     乙女の声が裏返る。それがまた初々しいのか仲間達の拍手はさらに大きく。完成した花マップもルーナティアラの手で公開されて、今度は花の地図に祝杯を。今が盛りの花達に、そしてこれから咲く花達に。そして再びこの地図を頼りに花の旅を。
    「季節ごとのお花散策ですみゃっ」
     こすずの宣言に三度グラスがかかげられる。じゃあ皆で誓いをこめて写真をね――結衣奈がカメラをセットすると皆は花の乙女の周りにわらわらと。

     ――にぎやかな宴はいつ果てるともしれなかった。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月22日
    難度:簡単
    参加:23人
    結果:成功!
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