●鳥籠の少女
一番古い記憶は、大きな鳥籠の中から見た雪。
それから長い長い間、わたしは鳥籠の中にいたのです。
いいえ、『鳥籠のような環境』でも、『鳥籠に似た何か』でもありません。
それそのもの、私は五メートルほどの大きな鳥籠の中で、長い長いあいだ暮らしていたのです。
たとえば古い小説の中で、私のような語り出しをする人が居れば、多くは抜け出したい気持ちや、自由への憧れをもつものでしょう。
けれど私は満足していたのです。
片親の父は、私をとても大事に愛して下さいました。
この高さ五メートル幅五メートルのドーム状が私が望む世界のすべてで、格子の外に執着はないのです。
だからでしょうか。
父が青い薬を飲み干してしまったときも、父が動かぬ血肉の塊になってしまったときも、大きな動揺はなかったように思います。
だから私は、このままでいいのです。
●死を幕とする物語
歪神・漣美(ゆがかみ・さざみ)。
生まれて間もなく鳥籠へ入り、大事に大事に育てられてきた12歳の娘である。
彼女を育てていた父は三ヶ月前に死亡。
同時期に一般人からノーライフキングへと闇堕ちした彼女は、父の屍にかりそめの命を吹き込み、少しばかりの小動物を囲って鳥籠の世界を引き続いでいるという。
放置すればいずれは恐ろしいノーライフキングへと成長してしまうことだろう。
そうなる前に手を出さねばならない。
まだ彼女に、自分の心があるうちに。
彼女の家は深い山里の、更に奥深くにあった。
古い屋敷の大きな部屋に、ドーム状の鳥籠にこもるようにして暮らしているという。特に鍵がかかっているということもなく、出入り自体は自由のはずだが、彼女自身がその場を出ようとしないのだとも。
アンデッド化した元父親と、三匹ほどのアンデッド犬を門番代わりにして、彼女の世界は今も続いている。
父や犬が、「かつての誰か」ではなく、血肉を再利用した別物だということも理解した上で、である。
もし彼女に灼滅者の素質があるならば、新しい人生を送ることになる矢も知れない。そうでなければ死ぬだけである。
どちらにしろ、望まぬ限り生き残ることはありえない。
参加者 | |
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森本・煉夜(斜光の運び手・d02292) |
星宮・詩穂(名もなき星の一欠片・d03106) |
結城・真宵(轟け女子高生・d03578) |
天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417) |
鳴神・千代(星月夜・d05646) |
ナハトムジーク・フィルツェーン(道化師二十六時五十分・d12478) |
キッチングリル・カダバー(ププッピドゥヒーロー・d13469) |
フェオドラ・グランツヴァルト(エンゲルグナーテ・d16137) |
●ワールド・エンド・ワールド
スポットライトにも似た直接照明をうけて、五メートル大の鳥籠は鎮座していた。
格子は細かく、腕がようやく通る程度のものだった。
その中心に、綺麗なドレスを着た少女が一人、膝を抱えて座っている。
歪神漣美。鳥籠の少女である。
がしゃんと格子を揺らされる音がして、彼女は横目で『彼』を見た。
「や、お嬢ちゃん。本は読むかい?」
ナハトムジーク・フィルツェーン(道化師二十六時五十分・d12478)が、ハードカバーの本を格子に軽くぶつけたのだ。
鳥籠の外周をゆっくりと歩きながら、楽器でも奏でるように、格子をがしゃがしゃと撫で鳴らしていく。
「俺も著作や版権を気にするタチなんでね、著者もタイトルも言えないが、鳥籠に満足した女の子の話がある。そういうのって、どう思う? 読んでみたいと思わない?」
漣美の正面に立ち、本から手を離した。
地面に落ち、挿絵のページが開いたままのそれを、彼は土のついた靴で踏みにじった。
「ま、愛玩動物(ペット)には必要ないよねえ」
「……」
僅かに上がった漣美の顔。深く影のかかった顔だ。
相手の体を揺するかのように、格子を強く掴むナハトムジーク。
「ペットは嫌かい?」
小さく開く少女の口。
彼女が声を発するその前に、ナハトムジークの首筋にアンデッドの犬が食らいついた。
凄まじい力で押し倒される。
彼の上にのしかかり、今こそ喉元を食いちぎらんと牙をむき出しにした犬はしかし、それ以上顎を閉じることはなかった。
「悪いけど、動きは封じておくよ……」
声がしたかと思うと、さらなる糸束が犬をがんじがらめにしていく。
視線をやる漣美。
下りたライトの下で、天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)が糸の束を掴んでいた。
「君は、感情を殺しているんじゃ無いのか」
複数に増えたライトが、鳥籠を囲んで立つ少女たちを照らし出した。
面を上げる鳴神・千代(星月夜・d05646)。
目を開けるキッチングリル・カダバー(ププッピドゥヒーロー・d13469)。
顔をそらしたまま佇むフェオドラ・グランツヴァルト(エンゲルグナーテ・d16137)。
ぐるりと囲み。
「鳥籠の中で満足してるなんて、嘘だよ」
ぐるりと囲み。
「空が丸く見えるのを知ってるか。春になると風が緑を帯びるのを、雪しか無い平原がまぶしい銀色をしているのを、知らないだろ」
ぐるりと囲み。
「あなたは、純粋で、優しすぎる……の」
ぐるりと囲む。
一拍をおいて、彼女たちは語り出した。
「キミの言葉は知ってるよ。そんな言葉の端々から声が聞こえてくるんだよ」
「閉ざされた世界はおれさまも知っている。けれど、外には楽しいことがいっぱいだった」
「つらい過去を背負っても、前を向いて歩けるひと、いっぱいいる……の」
目を閉じる漣美。
「――キミも」
「――『外』へ」
「――いこう」
漣美は耳を塞いで、膝に額を埋めた。
「いや」
吊り上げられていく鳥籠。
その影から、一人の男が姿を見せた。
アンデッドの男。父親だった肉界である。
火かき棒を握った彼の腕を、キッチングリルが押さえ込み、もう一方を千代と千代菊が押さえ込む。
しかし彼は強引に二人を振り払うと、フェオドラへと火かき棒を振り下ろした。
彼女の顔をさび付いた鉄の爪が傷付けてしまうのか。
否である。
「『お前』はそこで満足だったかもしれない。俺がその立場であったなら、同じことをしたやもしれない……」
森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)の刀が間に挟まり、火かき棒を受け止めていた。
彼の言う『お前』が少女を指しているのか、それとも別の何かなのか。恐らく漣美に向けてのことだろうとは思う。
「求めるべきものを知らぬがゆえの満足。幸せは、ここで終わってなどいない。願っていい、求めていいんだ……」
火かき棒を強引にはねのけ、父親だったものを組み伏せる煉夜。
けたたましい足音と共に、大きなライトが下りる。
星宮・詩穂(名もなき星の一欠片・d03106)と結城・真宵(轟け女子高生・d03578)が屈めた身を跳ね上げ、宙へと飛んだ。
吊られた鳥籠へとしがみつき、扉を開く真宵。
「こんにちは、会いに来たよ」
「……」
「この鳥籠には、何があるの」
「……て」
「ここにいて、何があるの」
「……えって」
「愛されていた日々に、保証された未来に、こんな寂しい格子の中に、何があるの」
漣美は立ち上がり、髪を振って叫んだ。
「帰ってください!」
ライトがまばゆく光り、影が長く伸び、真宵は鳥籠から打ち払われる。
光と影を突き抜けて、されど飛び込む少女があった。
詩穂である。
彼女は鳥籠の中へと転がり込み、キラリと光る片目を晒した。
「鳥籠は自分を守ってくれる。お母さんは言ってました……こうも」
幸福を求めすぎたが故の不幸があるように。
不幸を消しすぎた世界には幸福もまた無い。
「世界は『きれい』ばっかりじゃないよ。でもそうじゃなきゃ、『うれしい』も『かなしい』も、ずっとそのままになるの。大きくも、小さくもなれないんだよ。ずっと」
ずっと。
「『このまま』だよ」
「…………!」
漣美の影が小鳥の群れへと変貌し、詩穂を飲み込み、鳥籠から放り出した。
だが『このまま』では、なかった。
鳥籠を吊っていた鎖が千切れ、破壊的な音と共に落下した。
四方へと飛び退く煉夜たち。
起き上がり。
小さく笑った。
「そうだよ、そうだ……」
ぺたりと、裸足の少女が歩を進めた。
まるで咲いた花のように、大きく拉げた鳥籠の格子。
籠の下で潰れ、今こそただの屍に還ったアンデッドだったもの。
ぺたりと、少女の足が鳥籠のふちを踏んだ。
「外は怖くて」
「外は悲しくて」
「外は楽しいんだ」
少女、歪神漣美は、鳥籠を出た。
「ようこそ」
●エンド・ワールド・エンド
籠を出た鳥のよう。
そう表現するのはふさわしくないだろうか。
スポットライトに照らし出され、四方に広がった影は浮かび上がり、漣美の背を包むように、守るように広がった。まるで鳥の翼のように、影が大きく広がっていく。
「私は満足していたのです」
羽根を千切ってゆくように、いくつもの影が刃となって飛来する。
「嘘だな!」
赤い十字架がプリズムの十字架へとぶつかり、お互いに砕け散る。
漣美を照らしていたライトが消え、キラキラと破片が飛び散っていく。
ナハトムジークは片手で自らの顔を覆って、内側だけで笑った。
今度はできた。今度はできたのだ。
あともう少しでいい。
フェオドラが胸に手を当て、細い声で歌い始めた。
――小説の登場人物を合わせ鏡にして、自分を偽っていたのだと。
清らかな振動の中に、彼女の心が絡まっていく。
千代菊の浄霊眼を背に受けて、千代が縛霊手を腕へとはめ込んだ。
「出たいって。『そこ』から出たいって、思っていたはずだよ!」
羽根の刃を振り払い、漣美へと殴りかかる。影の翼が挟まり、彼女を大きくぐらつかせた。
「お父様は、とても大事にして下さいました」
「それはいいわけだ」
刀に影業を螺旋状に纏わせ、煉夜が急速に飛び込んでいく。
かれの打ち込みはもう一方の翼で受け止められたが、しかし吹き出る影が漣美の翼を切り裂いた。
咄嗟に腕を突き出し、光の鳥を放つ漣美。鳥は煉夜の胸を貫通するが、しみこんだ歌によってふさがった。
――父の偏愛を正当化したがゆえのいいわけだと。
「父の死にも、私は動揺しませんでした」
「自分を押し殺しているだけだ」
舞い散る羽根の中を、氷上を滑るように駆け抜けていく真宵と飛鳥。
飛鳥の刀が翼を貫き、地面へと押し倒す。
標本のようになった翼は粉々に散り、代わりに頭上から焼けるような光が降り注いだ。
ほんの僅かに顔を歪めた飛鳥を、漣美は強引に押しのける。
「おっと」
起き上がったばかりの彼女に、真宵の蹴りが炸裂した。
影を纏った蹴りである。ボールのように跳ね飛び、鳥籠に激突する漣美。
しかし即座に地面を叩き、影を高速で伸ばす。
真宵の周囲から格子状の影が突き出し、鳥籠のように彼女を飲み込んだ。
彼女の後ろから弓を引く詩穂。放った魔矢が、漣美の肩を貫通した。
すぐさま頭上で光をちらす漣美。キラキラと散った光が雪のように積もり、彼女の傷口を塞いだ。
目を細める詩穂。
「雪は外への憧れなんだよ。あなたはずっと、外を忘れられなかったんだ」
「違っ……」
再び広がる影の翼。
鳥の群れが襲うが如く、それは詩穂へと殺到した。
間へ割り込み、外套と両腕を広げるキッチングリル。
「キッチングリルは寛容しない!」
腕や足を食いちぎられる。
しかし膝はつかなかった。
まだ見ていないものがある。
外に出て、空の広さを見て、風の色を、雪のまぶしさを、沢山のものを見たが。
彼女の笑顔を、まだ見ていない。
「鳥籠も、退屈も、諦めだって、おれさまは寛容しない……!」
ここぞとばかりに脇から飛び出した葉隠が影の鳥を食いちぎり、反対の脇から出現した影の犬が別の鳥を食いちぎった。
機関銃を取り出し、どっしりと構える。
「おれさまと来なよ、丸い空から降る雪を、きっと見せてやるから!」
激しいブレイジングバーストが鳥の群れを蹴散らし、漣美の体を焼き焦がした。
ぐらりを揺らぐ、漣美の体。
鳥の翼も、鳥籠も、降る雪すら無くして。
前のめりに倒れる。
そんな彼女を、詩穂は己の胸で受け止めた。
「外に出るのは、どんな気持ち?」
漣美は小さく。細い声で言った。
「怖い」
●鳥籠はもうない
俯き、帽子を深く被るキッチングリル。
「死んで、しまったんだな……」
放り投げた花束が、ぱさりと石の上に落ちた。
平たくて広い石と、十字の形をした碑。
それは洋風の墓石だった。
「……」
屋敷の庭はとても広いものだった。
丁度、歪神漣美の鳥籠から、大きな窓を挟んで見渡せるように、四季折々の花と小さな噴水が綺麗に並んでいた。
アンデッドになっても手入れを命じられていたのだろうか。父親の死後から三ヶ月は経っているのに、花も木も美しい姿を保っている。
煉夜もまた、摘んできた花を石の上へと放った。
「鳥籠の姫か。家の事情とはいえ、ダークネスにでもならなければ人知れず餓死していたのかもしれない。そう思うと、皮肉なものだ」
詩穂は石碑に新しく名前をたし終えて、ノミを上げた。
彫り込まれた名前を指で撫でる。
父の名と、犬の名と、そして……。
「さよならじゃなくて、またねって思いたいな。いつか生まれ変わって、きっとどこかで会えるように」
「まあ、まるで私が死んでしまったみたいに言うんですね?」
最後に母の名を撫でて、詩穂たちは振り返った。
大窓を開く、漣美の姿がそこにはあった。
青いドレスを着込み、つば広帽子を被っていた。
「持ち出す荷物は、それだけでいいの?」
窓の縁に背をもたれさせ、腕組みをする飛鳥。
顎で彼女の足下をしめす。
鳥籠のような形をしたトランクケースがひとつだけ。それだけである。
彼女の脇から顔を出す真宵。
「マシュマロ食べる?」
「真宵、今はそのテンションじゃない」
反対側の脇から顔を出すナハトムジーク。
「じゃあちくわ食べる?」
「君も君で便乗するな」
飛鳥は仕方ないという顔をして真宵とナハトムジークにアイアンクローをかけつつ引きずっていった。あとナハトムジークは気絶した。
一足先に庭に出て、振り返る千代とフェオドラ。
手を伸ばす。
「さ、雪を触れにいこう」
漣美は手をとって、庭の土を踏んだ。
両足でしっかりと踏んで、息を吸い込む。
「それで? 外に出てみた感想は?」
問いかけられて。
漣美は微笑み。
こう言った。
「怖いです、とても」
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 18/キャラが大事にされていた 1
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