闇はケモノ達の神域

    作者:波多野志郎

     ――その山は自然豊かな山だった。
     歴史を遡れば、人が踏み入る事を禁じられた神域として扱われた事もあったという。だが、それは何もこの山に言えた事ではない――人は古くから自然に畏怖と敬意を抱き共に歩んできたのだ。
     そして、自然は人が挑むのにはあまりにも厳しい世界でもある。だからこそ、神聖視され踏み入る事無く過ごしてきた――だが現代、その均衡は大きく崩れている。
     その山に開発計画が持ち上がったのも歴史の流れだろう。あるいは、自然にとってさえそれは自分の変化の一部に過ぎないのかもしれない。
     しかし、人は想う。自然への畏怖と敬意を忘れないものは、その自然の恐ろしさに空想で形を与えてしまう。
     それがケモノ――自然の深い闇に潜み、踏み入る者を食い殺す自然の代弁者だ。
     今、その山にはそれがいる。踏み入る者を容赦なくその牙にかける恐ろしいケモノが……。

    「実際、昔は山に入るのも命掛けだったはずっすよ? 今ではバスで一本っすけど」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう神妙な顔で告げると、解説を続けた。
     今回、翠織が察知したのは都市伝説の存在だ。
    「その山は昔から周囲では険しいと知られた山っすね。神域として扱われたのも、登ろうとしても危険を伴ったから、だと思うっす」
     だからこそ、その険しさに昔の人間は神を見たのだろう。だが、時代は流れ山に開発の手が及ぶ事となった――それが今回の引き金だ。
    「山の伝承では、山に入ったものはその山に住むケモノに食い殺された、と言われていたらしいっす。実際に山で亡くなってしまえば、山に住む獣に……というのはあったと思うっすけど」
     それを昔の人は神罰と捉えたのだろう。その伝承が都市伝説として現代に蘇ってしまったのは、皮肉な事だが。
    「このままだと山を開発する工事業者の人が犠牲になってしまうっす。だから、その前に対処して欲しいんすよ」
     このケモノに会うには夜、まだ開発されていない山の中に踏み入る必要がある。深い森となった山は相手の領域だ、慎重に進むべきだろう。
    「光源は必須っすよ。一寸先も闇、とはよく言ったもんっす。とても、明かりがなくちゃ戦えないっすよ」
     警戒しても相手は不意を突いてくるだろう、だからこそ必要なのは大勢をいかに立て直すか? そのチームワークとなる。
     ケモノは三体。二体は真っ黒な狼のようなサイズだが、そのボスであろう一体は二回りは大きい。この数をどう裁ききるかも鍵となる。
     実力そのものは都市伝説であり、数もいるためにさほどではない。しかし、戦場は相手に有利だ――油断すれば、痛い目を見るだろう。
    「自然は大事に、というのはわかってるっす。でも、こういう形で人の命が奪われるのだけは違うっす。みんなの力で止めて欲しいっす」
     よろしくお願いするっす、と翠織は真剣な表情でそう締めくくった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    雨積・熾(イチゴ王子のフシギナチカラ・d06187)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    小川・晴美(ハニーホワイト・d09777)
    弓塚・紫信(煌星使い・d10845)
    源・市之助(高校生神薙使い・d14418)
    紺夜・銀子(赤音繚乱・d14905)
    海条・友里恵(雨空と砲烟・d15924)

    ■リプレイ


     その夜の闇は、ひたすら深かった。黒い、のではない。それは無数の色で塗り潰したような濃い濃い闇だ――関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が紅刃のナイフを握り締め夜空を見上げた。
    「今宵の月は紅くないな……」
     そこにあるのは三日月だ。気が狂いそうになるほど細い刃に良く似たそれを見て、峻は目の前の闇へと視線を戻した。
    「なんかこう、もっといいもんなかったもんかねー」
     工事現場でよく使われるヘッドライト式のヘルメットを被りながら紺夜・銀子(赤音繚乱・d14905)が不満げにぼやく。年頃の少女としては、進んでしたいと思ういでたちでもないのだが、文句を言っても仕方がない。
     光源をいくつも用意してなお、夜の山は見通す事は出来ないのだ。それは木々が光を遮り、折り重なるように自然が影を作るからだ。
     この闇の中に獣は潜んでいるのだ――小川・晴美(ハニーホワイト・d09777)はため息混じりにこぼす。
    「神狼って呼ばれるモノかしらね。人に優しい守り神なら良かったんだけどね……」
    「自然への畏怖と敬意は、人間が忘れちゃいけない心のひとつなんだろうね」
     隠された森の小路で開く自然の道を見回しながら、海条・友里恵(雨空と砲烟・d15924)も呟く。
     人間の手によって日々奪われていく自然、それを出来る事なら守りたい。だが、このままでは家族のために一生懸命働く工事業者の人達の命が奪われる――友里恵には、それを見過ごす事は出来ない。
    「夜の山って何だか不気味だよな、何かが出て来てもおかしくね?」
     幽霊的な、と雨積・熾(イチゴ王子のフシギナチカラ・d06187)が目の前の枝をどけようとした――その時だ。
     違和感があった。その手触りは植物と言うには柔らかく、温かみさえあった。何より、隠された森の小路で植物は自らこちらを避けるはずではなかったか――?
     その違和感が確信に変わった瞬間、熾は叫んでいた。
    「で、出たあああああぁぁぁ! って、敵じゃん!」
     自分で自分にツッコミを入れつつ、喉元へ迫る牙へ熾は咄嗟に左手のシールドを割り込ませ受け止めた。それでも牙は受け止め切れない、腕へと食い込む牙を熾は前蹴りを放ち相手を蹴飛ばしながら振り払う。
    「来たぞ」
    「Hope the Twinkle Stars」
     紅刃のナイフを構え峻が警戒を促し、弓塚・紫信(煌星使い・d10845)が解除コードを唱える。光源の輝きを反射するShooting Starを展開しながら、頭上へ視線を向けた。
     神秘的な炎が揺らめくランプを頭上へと掲げ、源・市之助(高校生神薙使い・d14418)は静かに呟いた。
    「なるほど、木の上ですか」
     落ち着き払ったその声に驚きはない、むしろ納得したそんな響きがある。こちらの動きを察知し、頭上からの奇襲を仕掛けてきたのだ――光源に照らされた二体のケモノが無数に分身して襲い掛かってくるのに六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)が血染刀・散華を手に言い捨てた。
    「こんな暗闇に潜む卑怯モノ程度に負ける私達ではありませんよね?」
     それは強い信頼の言葉だ。決して崩れる事のない陣形と仲間を誇るように静香は告げる。
    「血染斬闇――神域に入り込んだ闇のケモノを斬りましょう」
     深き神域の闇の中で、人とケモノの戦いの幕がここにあがった。


    「ハニーホワイトフラッシュ」
     闇からの襲撃を受ける寸前、解除コードを唱えた晴美がペンライト型の光源を周囲へと振り撒いた。
    『グル……!』
     着地し、身構える三体のケモノの姿がやみの中から浮かび上がる。狼にも似たフォルムを持つその姿に、熾が気付いた。
    「尻尾か、アレ」
     自分が触れたのがあのケモノの尻尾だったのだと気付く。そのフワフワとした尾が今は逆立っている、明らかな殺意をこちらに向けるケモノに市之助は素早く印を組む。
    「まずは、体勢を立て直すとしよう」
    「了解!」
     シールドを展開する市之助に、銀子がバオレンスギターを爪弾く。その立ち上がる力を呼び起こす音色が闇を震わせ響き渡った。
    「どんな闇の中でもあたしの音は響くんだよ!」
    「サンキュー助かる!」
     そのリバイブメロディの中、熾が駆ける。その足元は晴美のばら撒いたペンライト型の光源のおかげで動く分には支障がないのが幸いだ。
     そのまま一際大きいボスへと間合いを詰め、熾はその左手で裏拳を放つ。シールドに覆われたその拳の一撃に、ボスが大きくのけぞった。
    「闇払う赤き閃光の刃として、参ります」
     その真横を地面を一蹴り走り抜け、静香が居合いの構えから鯉口を切る。引き抜いた血染刀・散華を黄昏色の赤い斬気をまとわせ雑魚の一体を切り裂いた。
    『ギャン――?』
     静香の紅蓮斬に切り裂かれ悲鳴を上げたケモノが息を飲む。闇が急速に冷えていく――その左手をかざした紫信が静かに呟いた。
    「凍て付いてください」
     キィン! と光源に氷がきらめき、輝きながら散っていく。紫信のフリージングデスに合わせ峻が駆け込み、そのIce-Whiteのシールドに包まれた拳でケモノの顎をかち上げた。
     きらめく凍気を蹴散らすように、ボスが動いた。
    『オ――ッ!』
     咆哮と同時に分身し、灼滅者達へと襲い掛かる。その中を晴美が駆け抜けていく――長崎は島原の地に江戸時代から眠る魔力を元に、白玉に蜂蜜水をあえたご当地スイーツ「寒ざらし」の使者であるご当地魔法少女ハニーホワイトは怯まない!
    「ハニーホワイトクラッシュ!」
     ボスの分身を踏み越えた先、振り下ろした晴美のマテリアルロッドの一撃に雑魚が地面を転がる。転がりながら大きく跳躍、木を足場にケモノは体勢を立て直す。
    「来るよ」
     自分の中の闇を呼び覚ましその胸元にスペードのマークを浮べながら友里恵が呟く。その瞬間、再び闇へ紛れた二体の雑魚が分身し灼滅者達へと襲い掛かった。


    「神域、故に侵すべからず、立ち入れば神罰が下る、ですか」
     静香は血染刀・散華を構え、静かに言い捨てた。
     夜の山、その闇に静寂はない。大気の流れる音が、闇の奥に潜む生き物の気配が、まるで闇そのものが一つの生き物であるかのように息づいている。確かにその闇に神を見出す者がいてもおかしくはない、そんな実感が静香にもあった。
     ザザ、と不意に草を蹴る音がして静香は振り返り、地面を蹴った。
    「その感覚は理解出来ますが、今回は闇の獣。神聖さも尊さもない、ただ凶悪な殺戮の獣よ」
     その瞬発力から生み出される加速は一歩目から最大速へと到達する。死角へと回り込もうとしたケモノの牙を刃で受け止め、そのまま軌道を逸らすと静香は更に加速した。
    『グ……!?』
     その一瞬、ケモノが静香の姿を見失った。その姿に気付いたのは、ケモノの視界の外側から静香が刃を切り上げた、その時だった。
    「そこだ」
     そこへ印を組んだ市之助がその指を突きつける。直後、魔力を凝縮させた生み出された魔法の矢が放たれ、ケモノを刺し貫いた。
    『ガッ』
     ケモノが貫かれ、地面を転がる。なお起き上がろうとしたケモノから市之助は視線を外した――その瞬間、爆炎を宿す銃弾の雨がケモノに降り注ぎ燃やし尽くした。
    「まずは一体ですね」
     ガトリングガンを構え直し、ブレイジングバーストを射撃した紫信が呟く。その呟きを受けて晴美がもう一体の雑魚へと駆け込んだ。
    「寒ざらしの白さ、教えてあげる!」
     その純白のオーラが晴美の両手に集中し、拳打となって繰り出される。純白の軌跡が闇に刻まれ上から繰り出される閃光百裂拳に、ケモノが四肢を踏ん張った。
     その足元で突然影が溢れ出す――それはボスと対峙していたはずの友里恵の影食らいだった。
    「止めは、よろしく」
    「任された」
     友里恵の言葉に峻が短く答え、地を蹴った。その手に構えたBlood-Redの紅刃に緋色のオーラを宿し、素早くケモノへと突き刺す!
    『オ、オ――』
    「闇の中で眠れ」
     突き刺した刃は止まらない。刺したまま駆け抜ける勢いのまま振り抜くとケモノの体が宙を舞い、鮮血と共に地面に倒れ伏した。
     紅刃のナイフを振るい血を払う峻の姿を視界の端に見て、傷口からクリエイトファイアで炎をこぼしながら熾が言い捨てた。
    「残るはお前だけだぜ?」
     熾の言葉に最後に残ったボス格のケモノは答えない。ただ、応えるように闇に紛れるように駆けその牙を振るうだけだ。
    「く……ッ」
     その牙は鋭く、受け止めるのも至難の技だ。しかし、食いつかれ傷を負った熾へ銀子のバイオレンスギターの音色が傷を癒す。
    「心配いらねぇよ、あたしのセッションに途中退場はねぇぜ?」
    「当然!」
     銀子に笑みを向け、熾がそのサイキックソードの光刃を射出する。軌跡を残し一条の閃光となった光刃が大きくケモノの毛並みを切り裂いた。
    (「ああ、いいな。やはり」)
     峻がナイフの柄を握る手に力を込める。強い相手との戦いは心が燃える。その高揚する気持ちを抑える必要もないのだ――ケモノを前に、死を振り下ろす存在と峻は紅刃のナイフを手に闇の中を疾走した。
     その仲間達の姿を一人一人確認しながら市之助はランプを戦場に放つ。友里恵もまた、それに合わせて設置系スティックライトを配置した。
     見通せない闇ならば、見通せるようにすればいい――それは、人間の文明が歩んできた歴史だ。だからこそ、市之助は静かにケモノへと告げた。
    「人がただ、闇に恐怖するだけだと思うな」
     ケモノの移動方向へと回り込み、市之助は素早く印を組む。そして、マジックミサイルを猟犬のように繰り出した。
    「ここ!」
     魔法の矢が突き刺さり、ケモノの動きは一瞬止まる。そこへ晴美が駆け込み螺旋を描く槍の刺突でケモノの身を貫いた。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     怒りの咆哮を轟かせ、ケモノは槍を引き抜き疾走する。
    「へっ、力を貸すからにゃあ、絶対にぶっ飛ばしてこいよ! それで貸し借りゼロだからな!」
     やや不満げではあるが激励と共に銀子の闇の契約を受けて追随するのは静香だ。瞬発力の勝負で僅差で勝り、静香は居合いの構えから斬撃を繰り出した。
    「闇夜をその鮮血で染めましょう」
     非力な分を相手の加速を利用して補い仲間からの支援も受けて、紅蓮斬が深々とケモノを切り裂く。
     ケモノが地面を転がる。二転、三転、と駆けた勢いそのままに地面を跳ねたケモノは木を足場に方向転換、大きく跳躍した。
     その跳躍に、紫信は星が流れるが如くきらめきを放つ鋼糸を繰り、刃と化してその黒い毛並みを切り刻んだ。
    『ガ、ア――!』
     それでもケモノの跳躍は止まらない――しかし、紫信の表情にあるのは一つの確信だ。
    「一瞬で、充分です」
     その一瞬を自分が生み出せば、仲間が次に繋げてくれる。慎重な性格の紫信だからこその選択だった。
     そして、それに熾が応える。大きく跳躍しケモノの前へと跳び込むと連続の拳打をケモノへと叩き込んだ。
     ドドドドドドドドドドッ! と拳が打ち込まれるのは毛並みが切り裂かれた箇所だ。正確に叩き込まれる熾の閃光百裂拳を受けて、ケモノが失速する。
     そして、峻がその紅刃のナイフを喉笛へと突き刺し振り抜いた。
     ケモノが地面へと落下する。体勢を立て直し四本の足で着地したケモノへ友里恵が刀を大上段に掲げ踏み込んだ。
    「申し訳ない」
     口からこぼれる謝罪の言葉が、ケモノへは届いただろうか? 友里恵の雲耀剣がケモノの体を一刀両断し、切り伏せた……。


     刀を鞘に納め、友里恵は深い吐息と共にその手を合わせた。都市伝説へ黙祷を捧げたのは、友里恵だけではない。
    「さよなら」
     あのケモノ達が何を守っていたのか? もはやその答えを知る術はない。だからこそ、峻は冥福を祈るように静かにそう告げた。
    「人も自然の一部。自然との住み分け……というか、神域に踏み込んではいけないのでしょうね」
     紫信も周囲を見回し、その実感を込めて呟く。
     この闇を拒むのは、人間だけなのだ。多くの生き物がこの闇の中、自然の中で生かされている――だが、人間はその自然と決別した道を歩んだのだろう。
     それに正解の間違いもない。あるのは、ただそれそれの立場だけなのだ。
    「帰るとしよう、迷わないように気をつけて」
     友里恵のその言葉に仲間達もうなずく。神域を侵す事なく、灼滅者達は自分の帰るべき場所へと帰還した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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