ついに来た! モテ期!~久宝城 百合子さんの場合

    作者:桂木京介

     淫魔になりかけの一般人と言ったら色っぽいお姉さんとか読モにスカウトされがちな美少女とか、ともかくそういう、『ちょっとそこら辺にはいないよ』的な天与の美貌を誇る存在を想像しがちだ。もうね、歩くだけでオーラどばどば出ちゃう、という感じの。
     ところが、久宝城(くぼじょう)百合子はそうでもないのである。
     というか、むしろ目立たない容貌なのである。
     黒髪は黒が黒すぎて量もなんだか多くて、度のきつい眼鏡との相性はかなり良くない。しかもそれを「まさか自分で切ったのか!?」風ぱっつんにして、この季節なのにまだタートルネックのセーターで、悪い意味で刺激的なスカートにあわせており、おまけにトータルコーディネートはダークカラーときたものだ。
     じゃあ、百合子は魅力的ではないのか? お呼びじゃないとか?
     否、とお答え申し上げたい。
     世の男性は皆ゴージャスお姉さまだけが好きなのか。もろびとこぞりて妖精のような美少女だけを追い求めるのか。そうではあるまい。
     地味、といえば本当に地の底を這い回りそうなほど地味な百合子であったが、それだからこそ、地味だからこその美しさを開花させていた。たとえるならば日陰の花、ちょっと目立たないがそれだけに見つけたときの喜びは大きい。そんなところだ。
    「ねえ……」
     夜の公園を歩く百合子。彼女は上着を投げ捨ててしまった。するとタートルネックの胸元が、見間違いではないかというほどにせりだしていた。そう、隠れ巨乳だ。
     生温かい風が髪を解き流し、眼鏡の奥から切れ長の瞳が覗いた。比喩的にも実際にも普段日の差さないところにいるせいか、夜目にも白い肌の色がなまめかしい。
     垂れた髪の一房を、形の良い指でかき上げる。
    「私のこと……好き?」
     いつもの彼女であれば天地が逆さになっても口にしないような言葉を彼女は口にしていた。憧れていても決して手が届かない、自分には無縁と思っていた世界――恋愛。
     今、その世界の勝者たる位置へと昇りつめようとしていることを百合子は知っていた。
     ついに来た。自分にも来た。本当にあったんだ。
     モテ期って。
     
    ●それはモテ期とは違うと思います
    「よろしくお願いします」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった顔ぶれを見回した。
     緑がかった長い髪を指でなでつけ、悠然と微笑する姫子なのである。しかしその自然な物腰を崩すことなく、彼女はなんとも不自然な事件について語り始めた。
    「いたたまれないことです。一般の方が闇堕ちしてダークネスになろうとしています」
     その少女の名は久宝城百合子という。
     高校二年生、集合写真ではいつも端っこだけに写っていそうで、趣味が読書で、風邪で欠席してもクラスメートは誰も気づかないような目立たぬ少女だったのが、なんの因果かそれとも潜在的願望が呼び寄せた運命か、淫魔の力に目覚めようとしているという。
    「通常の場合、闇堕ちした人間はたちまちダークネスとしての意識を持ち、人間の心は消失してしまうものです。ですが百合子さんからは元の人間としての意識が消えていません。ダークネスの力を有しながらダークネスではない……なりきっていない状態と言っていいでしょう」
     ここからは仮定の話だ。
     百合子に灼滅者としての素質があるのなら、彼女を闇堕ちから救い出すことができるだろう。
     素質がないのなら……。
    「彼女は完全なダークネスになるほかないでしょう。だとすれば、完全なダークネスになる前に灼滅するしかありません」
     姫子はきっぱりと言った。もうその唇に笑みはなかった。
    「彼女と接触できる状況を説明しましょう」
     いくらかビジネス調で、淡々と姫子は言葉を紡いだ。
    「春の日、それもとりわけ暖かい晩に、百合子さんは大きな公園を徘徊します。彼女は恋愛にたいして貪欲になっています。男性であれば誘惑しようとするでしょう」
     百合子はとりわけ優等生タイプが好きなようなので、引きつけるにはそういった風貌の人が適任かもしれない。どんな外見が優等生っぽいか? それはひとつ、考えてみてほしい。
    「かつての百合子さんは引っ込み思案な性格だったようですが、現在は大胆です。際どい迫り方もしてくるかもしれません。なぜなら彼女は自分が『目覚め』て魅力的になったものと信じていますから」
     しかしその部分にこそ隙があると姫子は言うのだ。
    「彼女はそれまでの自分が嫌いで、変身して魅力的になったと思い込んでいるようです。だからそこを否定すること……そうですね、前のほうが良かったとか、元々魅力的だったのにと言うとか……そんな風に、現在の姿を否定するような発言がいいでしょうか」
     少々難しいかもしれない。正面から戦うほうが楽だという見方もあるだろう。
     しかし、人間の心が残っている百合子だからこそ説得は効果的だということも憶えておいてほしい。首尾良く彼女の自信を崩すこと、あるいは意気阻喪させることに成功すれば、その戦力は大いに減退するはずだ。
    「淫魔になりかけている彼女は、戦いとなれば背中から翼を出現させます。飛ぶことはできませんが跳躍力は高まり、前方の広範囲、それも遠距離まで届く多数の羽を放つことができるようになるはずです。羽に傷つけられると心は暗い気持ちになり……肉体はパラライズ状態となることでしょう」
     暗い気持ちになるのは嫌だな、と思うのであれば気をつけよう。
     百合子は長い爪が手に生えるようで、これで切りかかってくることもあるそうだ。
    「心に揺さぶりをかけることができれば、撃破するのに苦労する相手ではないでしょう。しかし説得に失敗した場合は、そう上手くいかないかもしれません。いずれにせよ、朗報をお待ちしています」
     そう締めくくったとき、ふたたび姫子は微笑していた。しかし、なんとなく、寂しそうな微笑だった。
     この一件は百合子にとって、はかなく短いモテ期となるのか、それとも……。


    参加者
    平・等(は最近メガネ酔いが激しい・d00650)
    水無月・飛鳥(高校生ストリートファイター・d00785)
    碓氷・亮輔(暁闇・d00881)
    華菱・恵(ランブルフィッシュ・d01487)
    山城・大護(高校生ダンピール・d02852)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)
    舞阪・美桜子(夢見草・d14925)

    ■リプレイ

     広い公園は深閑としているが、生温かい春風がときおり、得体の知れぬざわつきを呼ぶ。
     寿命の尽きかけた街灯が、カチカチ、カチカチ、点滅を繰り返していた。
    「参ったな」
     山城・大護(高校生ダンピール・d02852)は顔を上に向けた。
     これじゃ、参考書がうまく読めないじゃないか。
     そんなことを呟いてみたりする。
     大護の服装はパーカーにジーンズ、スニーカー履き。派手すぎず清潔感に満ちた服装だ。図書館か予備校の帰りについ、陽気につられ公園に立ち寄ったとでもいう雰囲気でベンチに腰を下ろしている。なお参考書の教科は『地学』だ。渋い。
     彼は待っていた。
     碓氷・亮輔(暁闇・d00881)も待っていた。
    「ダルイ」
     思わず言葉が洩れた。
     じっと待つというのは亮輔の性に合わない。カチカチの街灯に背を預けぬるい欠伸を洩らした。
     性に合わないというなら今夜の扮装もだ。シャツは丁寧にボタンを上まで留め、裾はしっかりスラックス(パンツじゃなくてスラックス!)に入れている。眼鏡は円形に近い、いわゆるロイド眼鏡というやつだ。
     かっちりとした……というより少々野暮ったいくらいの変装だった。今の亮輔であれば実の親でも、他人と見間違ってしまうのではないか。
     親でも見間違うといえば、華菱・恵(ランブルフィッシュ・d01487)も際立っている。姿勢がいいのは以前から、けれど黒の学ラン&七三分けは本邦初公開。カジュアルとは言い難い実用性に長けた眼鏡も、お蔵出しビジュアル解禁という状態だ。今の恵は道を尋ねたら駅への道順ではなく、『人の生きる道』を語りはじめてしまうようなタイプに見えた。
    「子宣わく『咄嗟の思い付きが事態を好転させることもある』と……」
     恵のこの男装、事前の計画にはない電撃公開であるという。彼女は『数学X』なる分厚い書を片手に公園内を練り歩いた。
     水無月・飛鳥(高校生ストリートファイター・d00785)は茂みに身を隠していた。これが真夏だったら茂みに蚊が多数お呼ばれしてきたりしてえらいことになるところだが、現在はちょうどいい隠れ場所だ。
     飛鳥も男性であるが囮はあえて避けている。
     切れ長の眼に宿る知性の光こそ年相応とはいえ、全般的に童顔の容姿もあいまって優等生タイプに見えないだろう――と自分で判断したためだ。

     待機を開始して二時間ほど過ぎた頃だろうか、
    「あれよね?」
     やはり茂みに潜む笙野・響(青闇薄刃・d05985)が、飛鳥にそっと囁いた。
    「まず間違いないだろうね……なんだかギラギラしてて嫌な感じがする」
     飛鳥の声に影が落ちていた。
     そう、ギラギラしていた。
     人生初のモテ期が到来した久宝城百合子は激しくギラギラしていた。なんというか獲物を狙うクーガーのような。
     だがそのギラップラーぶりとは対称的に、百合子の細身のシルエットはかつての名女優のごとく、フェロモンを放出しながらしゃなりしゃなりと歩いているのだ。
     百合子が止まった。
    「何か用かな?」
     三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)は、傍らに百合子が佇立したことに気づいて本から顔を上げた。
     弦路は亮輔たちとはいくらか離れたベンチに腰掛けている。
     書物は『長唄歳時記』なるその道の研究書だ。
     書生風の伊達眼鏡、前髪は両目を出して、後髪は少し下で一房にまとめている。二昔も前なら文士とでも呼ばれそうな今宵の弦路だった。
     百合子は上着をするりと脱ぎ捨てた。猫のようにしなやかな仕草で眼鏡を外すと、やや半目、潤んだような瞳で問う。
    「隣、座ってもいいかしら?」
     熱っぽい口調だ。細身なのに巨きな胸を、たわわに寄せるようにして屈んだ。
    「動きに硬いところがある。初めてだろう? こういうことをするのは」
    「えっ」
     ナイフで切り込みを入れたような鋭い眼で弦路は言った。
    「確かに魅力的だ。豊かで黒々とした髪。同性も羨むであろうスタイル。白磁のような美しい肌。涼しげで理知的な瞳……どこを取っても充分すぎるほどに、な」
     一拍おいて彼はすっくと立った。
    「だが勿体ない。素のお前が持つこれらの魅力を、その仮初の、品のない色香が台無しにしている」
    「私見を述べていいですか」
     と姿を現したのは、舞阪・美桜子(夢見草・d14925)だった。
     美桜子は百合子同様の眼鏡女子だが、まるで似て非なる姿といえよう。暗く妖艶な百合子に比べ、美桜子の美はもっとずっと健康的な輝きがある。
    「あなたはつい最近、イメージチェンジされたのではありませんか?」
    「そんな事は……あるけど」
    「女の子ですもの。綺麗になりたいという気持ちは誰でも持ってるものです」
     言いながら美桜子はしっかりと百合子を見つめ、距離を縮めていく。
    「もてたいって気持ちもよくわかります。けど、相手を食べちゃうのは勿体ないと思います」
    「あなたに私の何がわかるっていうの! 私は……」
     だが美桜子はかぶりを振った。
    「百合子さんは、もともと綺麗だと思います。大げさに、力を使って変身しなくても、そのままで、ほんの少しだけ手を入れれば……もっと、素敵になれると思うんです」
     一歩、百合子は後退した。
     このとき、
    「くっくっく、オレはそう思わないね」
     茂みをかきわけ出てきたのはツンツン頭、つづいてオレンジのバンダナ、なんとも大きなグリグリ眼鏡&白衣姿。彼こそ平・等(は最近メガネ酔いが激しい・d00650)だ。
     頭を軽く振って等は熱弁をふるう。
    「自信を持つんだ。オレはお姉ちゃんみたいな人は好き好き大好きだぜ。特に、真面目そうなのにちょっとイケナイ子はソソるね、くっくっく」
     渦潮っぽい眼鏡の下はうかがえないが、彼の口元は怪しく歪んでいる。
     追って出てきた飛鳥が慌てて何か言おうとするが、得たりと響が応じた。
    「百合子さん、今があなたの『モテ期』ね……けれど、見た目にだまされるような男にモテて嬉しいかしら?」
     あんな風な、と響きは等を指す。
     それは打ち合わせ通り、等はいっそう強い調子で、
    「逆に問おう。こんなクソマジメなオレ様小学生は好きかい?」
     両手をワシワシやりがなら含み笑いした。
    「えっ……そ、それは」
     やはり悪女になりきれていないのか、百合子はたじろぎ、
    「君、二年の久宝城さん……?」
     その背を、すらり背の高い大護にぶつけた。
     いきなり名前を呼ばれ戸惑い気味の彼女に彼は告げる。
    「ええと、俺三年の山城って言うんだけど。学年違うから知らないかな。塾帰りにちょっと寄ったら会えるなんて奇遇だな。家に着く前に少し授業範囲確認したくなっちゃって……」
     大護の口調は早口、しかもつっかえつっかえである。
     緊張しているかのように。
     もう少し具体的に書くと、意識していた女子の前でアガっているかのように。
     立ち尽くした百合子は最初驚き、頬を赤らめ、次に、
    「うふふふ……」
     突如別人に豹変したかのごとく、蠱惑するような微笑を浮かべた。
    「ねえ山城先輩、こんなところで出会えたのも奇縁。私と付き合ってみない……?」
     百合子は白い手で大護の左胸に触れた。
    「私のこと……好き?」
     勝利を確信したかのような百合子の表情は、しかし急転直下することになる。
     なぜなら大護が、
    「好きじゃないな。今の君は」
     きっぱりと拒絶したからだ。
    「久宝城さんはもっと清らかで、素敵な人だって思ってた」
     一呼吸して彼は続けた。悔しそうに。地面に視線を落としながら。
    「いつもの、たおやかな君が……好きだったのに」
    「信じられないわ!」
     眉を吊り上げ百合子は首を巡らせた。
     そして見つけたのだ。恵(男装中)と亮輔を。
    「だったらあなたたちでいいわ。どちらでも……好みのタイプだし」
     ねえ? と亮輔の肩に両手を乗せ彼女は吐息を吹きかける。
    「早い者勝ちよ。お二人さん、どちらの彼でもいいわ。私を好きにしたいと思わない……?」
     もうなりふり構わないな! と恵は思ったのだが亮輔のほうは違った。
    「う……」
     亮輔には、こういう風に迫られた経験があまりない。いや、多分、ない。
     だから窮した。
     本気で。
     近くで見ると百合子はドキドキするほどの美人、特に眼が綺麗で吸い込まれそうだ。しかも彼女、肩に手を置くと同じくして彼の肘に、その柔らかな双つの膨らみを当ててきたのだ。ふんわり柔らかいではないか。甘い香りがするではないか……!
     据え膳食わぬは男の恥という。
     正直、状況が状況だったらコロリといったかもしれない。
     けれど亮輔には意志がある。
     依頼を達成しようという鉄の意志がッ!
    「おい、よく聞けよ」
     心を鬼にして彼は、百合子を突き放した。
    「追えば逃げ、逃げば追うのが恋愛の妙……だ、だから今みたいに迫られたら逃げたくなるってのが人間の心理ってヤツだ。それに山城の言う通りだと思わないか」
     話すほどに語気が強まる。そう、これは亮輔の本心、魂の声なのだ。
    「今の百合子より、以前の本が大好きな百合子の方が可愛いと思うし、ずっと魅力的だと俺も思う!」
    「よく言った!」
     恵は眼鏡をクイッとやって百合子を指さした。
    「足りない、足りなさ過ぎる!」
     大袈裟なくらい演劇的なポーズで、華麗に、気高く宣告する。 
    「品性、知性、そして恥じらい! 今のキミには全てが欠落している!」
     恵は言い切った。言葉の爆弾を投げつけたのだ。
     ピアノの鍵盤を全部、一気にバーンと叩いたような音……が頭の中で轟いたかのように、百合子はよろよろと後退した。
    「許さない!」
     瞬時に百合子の背から、鴉のように黒く大鷲よりも雄大な翼が飛び出した。
     翼がはためくと大量の羽根が飛んでくる。マシンガンさながらの勢いで。
     だがその狙いはかなり不正確だ。大半が外れていた。
    「ショックを受けるというのは心がまだ死んでいないという証拠だよね」
     飛鳥の足元から伸びた濃い影が、彼に向かった羽根を叩き落としていた。
    「聞いて、百合子さん。今の百合子さんて凄く気持ち悪く感じる。無理してるというか、見栄のために自分の血を抜いてるとかそんな感じがする」
     きっぱりと飛鳥は言った。
    「言い方は悪いけど、僕はそんなの嫌だ」
    「どうしろって言うのよ!」
     百合子は……泣いていた。涙の跡に沿ってマスカラが黒く流れ落ちていた。
     飛鳥は胸に痛みを覚えた。百合子の悲哀が自分のことのように感じられる。
     ――彼女を虐めることが目的じゃない。
     目的は、救うこと。それを確認しながら飛鳥は言う。
    「百合子さんに似ている女の子、僕の友達にいるけど、その女の子は凄く元気だよ。無理とかしてないし何時も楽しそうで、すごく羨ましいんだ」
     いつしか飛鳥の胸の痛みは薄れている。
     しかも、話すうちにどんどん笑顔になる。
    「その子はモテないけど気にしない。いつもマイペースでいて、それがすごくかわいいんだ」
    「そうね」
     響が言葉を継いだ。
    「お話を聞いただけだけれど、地味でも中身のしっかりしていたあなたのほうが素敵だと思ったわ」
     さらに弦路が大護を片手で指し示した。
    「こうして素のお前を好いてくれる者だっている。そんな力に頼らずとも、お前にとって恋愛は、手が届かない憧れでも無縁のものでもないんだ」
    「でも私は、もう……」
     しかしその言葉は等に遮られている。
    「くっくっく。諦めるのはまだ早いのではないかな。助けてやろう。灼滅はしないつもりだぜ。……ただ、おイタには相応の報いをさせてもらうが」
     言いながら彼はペトロカースで彼女の石化を狙った。百合子は身をよじる間もなく冷たい石へと変わる。
     即座に恵が行動を見せた。
    「その羽が厄介だな、悪いが剥ぎ取らせてもらうぞ」
     恵は剣を握らない。そのバトルオーラが、剣以上の切れ味を持つから。
     オーラの光を帯びながら、恵は百合子を掴んで投げた。
     大回転だ地獄投げ。ぶっ飛ばす、翼から落ちるように。
     バキッと石が砕けた。折れたのだ。百合子の右の翼が。
     そこに叩きつける大護のシールドバッシュ、今度は左の翼が砕け飛んだ。
    「彼女の攻撃を受けたら暗い気持ちになることがあるらしいな……」
     二の腕に突き刺さった羽根を引き抜いて亮輔が言った。
    「だが今は全然そんな気持ちじゃないね。良い流れになってるのが判るから」
     亮輔は中空に輝ける十字架を呼び出す。放射された光は百合子の爪を封じるだろう。
     さっと黒い前髪をかきあげ響は凜然と声を上げた。
    「ここは一気にカタを付けるべきね。戻ってね……もとの百合子さんに」
     ここで響がシールドバッシュを繰り出す。
     殺すためではなく、救うための一撃。
    「ハルカ!」
     美桜子が叫ぶと、顔を見せず下半身の霞がかった存在が、さっと刃を抜いて百合子を突いた。これぞハルカ、彼女のビハインドだ。
     そして弦路が三味線をかき鳴らす。
    「これは再誕の旋律だ。百合子、お前にとってのな」
     旋律の名はソニックビート。触れなば切れん音の刃だ。
     これが命中するや、ぱっ、と石が砕けた。
     砕けたその場所には、素の百合子が座り込んでいたのだった。
     匂い立つような色気はもう、消え去っていた。しかし彼女の血色は回復している。
     消え入りそうな表情をしているが、それでも、年相応に可愛らしい姿だった。
    「やっぱりな。今のほうが、ずっと魅力的だ」
     亮輔が静かに微笑した。
    「気分はどうですか?」
     美桜子がしゃがんで、彼女の肩に手を置いた。
    「百合子さんは素が綺麗なんだから、焦らなくてもいいと思います」
    「オレは焦ってくれてもいいがね」
     等はくっくと笑った。まあ、百合子が助かったのはなによりだ。でも、
    (「そのボデー、闇墜ちするには勿体なさ過ぎるのでね!」)
     という本音は言わないでおこうか。
     百合子の様子を眺めつつ、恵はなんとなく微妙な気分である。
     どうも、男装の麗人だったことはバレずじまいだったようだ。この路線、もうちょっと極めてみてもいいかもしれない……? 幸か不幸かバストのほうはあまり工夫しなくても男装でき……ゲフンゲフン。
    「よく闇の誘いに打ち勝ったな。……大した女だ」
     弦路としては珍しいことだった。こう素直に微笑むのは。
    「素のお前が魅力的だと言ったのは本当だ。見せ方次第で更に磨きも掛かる事だろう……な?」
     という弦路の言葉を受けて、
    「例えるならあなたは竜舌蘭」
     響は百合子に呼びかけた。
    「知らなければ見逃してしまうし、時間はかかるかもしれないけれど、でもとても魅力的。気づかない男を、笑ってあげればいいのよ」
    「最後に、ひとつ残念なお知らせをしようか」
     と、百合子に手をさしのべたのは大護だった。
    「俺は君の学校の先輩でもないし、今日が初対面で特別恋愛感情も抱いてない。
     でも本来の……日陰の小さな花のような君のほうが、ずっと好ましいとも思うよ」
    「ありがとう…………ございます」
     彼女は、彼の手を握った。
     百合子の瞳に宿った寂しさと憧れと、はじけた小さな灯に、大護は気づいただろうか。

    作者:桂木京介 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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