ヒトデ、アル、タメニ

    作者:日向環

     先ほど、突然降りだした雨は、勢いを増していた。
     薄暗いために、視界もあまりよくない。
    「やばい! 1時間の遅刻だ!!」
     手にしたスマホで現在の時間を確認した出門・比呂人(でもん・ひろひと)は、大慌てで目的地へと疾走する。傘など持っていなかった。
     下校間際に職員室に呼び出しを食らい、延々と1時間も担任の説教を聞かされた。だが、既にどんな理由で呼び出され、どんな内容の説教だったのかは覚えていない。それどころではなくなってしまったのだ。
     今日はカノジョの誕生日。祝ってやるからいつもの場所で待ってろと、昼休み中に本人に告げた。
    「くそっ。天気予報では降るって言ってたのか!?」
     毒づいてみるが、今となってはどうしようもない。
     比呂人は遅刻常習犯だったが、約束は必ず守る男だった。カノジョはそれを知っているから、きっと1時間の記録的大遅刻であるにも関わらず、いつもの場所で自分の到着を待ち続けているだろう。
     あそこに、雨をしのげる場所なんてあっただろうか。
     思い当たらないから、比呂人は焦る。
     交差点に差し掛かった。
     比呂人は全力疾走で突っ切る。
     横から強い衝撃を受けたと思った瞬間、体が宙に浮いたような気がした。

    「何だ!?」
    「どうした!?」
    「学生が大型トラックに撥ねられた!」
    「救急車だ、救急車!」

     周囲の声は、まるで幻聴のようにはっきりとしない。
    「……いかなくちゃ。……あいつが待ってるんだ……」
     比呂人はゆらゆらと立ち上がった。雨に揺れた体は、感覚がなくなっていた。
     自分の体の中で何かが弾けた。
     比呂人の意識は、激しい雨に押し流されていく――。
     
     
    「先日、学園に加わったデモノイドヒューマンから、事情を聞いている者もいるかと思うけど……」
     現在『一般人が闇堕ちしてデモノイドになる』事件が発生している。と、エクスブレインの少年は言った。
    「知っての通り、デモノイドとなった一般人は、理性も無く暴れ回り、多くの被害を出してしまう」
     しかし、予知によってデモノイドが事件を起こす直前に現場に突入することができることが可能になったという。
    「なんとかデモノイドを灼滅し、被害を未然に防いで欲しい」
     次いで、エクスブレインの少年は予知した事件現場を説明する。
    「場所は埼玉県の越谷市だ。現地へは問題なく到着できる。それと、今回のデモノイドなんだが、救出できるかもしれない」
     デモノイドになったばかりの状態ならば、多少の人間の心が残っている事がある。その人間の心に訴えかける事ができれば、灼滅した後に、デモノイドヒューマンとして助け出す事が出来るかもしれないという。救出できるかどうかは、デモノイドとなった者が、どれだけ強く、人間に戻りたいと願うかどうかに掛かっているようだ。
    「ただ、デモノイドとなった後に人を殺してしまった場合は、人間に戻りたいという願いが弱くなるので、助けるのは難しくなってしまうよ。だから、彼に人を殺させてはならない」
     彼――出門・比呂人は、カノジョとのデートに向かう途中の交差点で交通事故に遭った。このままでは、事件現場にいる一般人を虐殺してしまう。
    「残念ながら、交通事故そのものを防ぐことはできない。防いでしまうと、出門・比呂人の闇堕ちするタイミングが変わってしまうからだ。恐らく、彼より早く現場に到着することになるだろう。だけど、彼との接触は避けてくれ」
     事故が起きるのを分かっていて、その場に留まっていなければならないのは、精神的に苦痛だろう。
    「悪いが、我慢して欲しい」
     エクスブレインの少年は、念を押した。
     
    「現場には一般人がいる。出門・比呂人が闇堕ちし、デモノイドとなった後、速やかに退避させて欲しい」
     ただし、大型トラックの運転手は、事故を起こしてしまったショックで運転席から降りてこられないらしい。強制的に退避させるのは難しいので、トラックごと守るのが手っ取り早そうだ。出門・比呂人とトラックは7メートルほど離れているという。
    「左右の確認を怠って飛び出した出門・比呂人も悪いが、トラックの方もスピード違反だね」
     エクスブレインの少年は肩を竦める。けっこうなスピードを出して走行していたようだ。
    「事故を目撃する一般人は5人だ。まぁ、デモノイドの姿を見れば、勝手に逃げ出すとは思うけどね」
     一般人が逃げ切るまで、当然ながらデモノイドを引き付けておく必要がある。
    「あ、そうそう。事故を目撃した一般人が救急車を呼ぶ前に、みんなの中の誰かが連絡役を引き受けてくれ。もちろん、本当に連絡する必要はないからね。戦っている最中に、救急車にこられちゃうと厄介だろ?」
     サイレンを聞きつけた野次馬が集まってくる虞もある。戦いに集中するために、できることは事前に手を打っておきたい。
    「出門・比呂人はデモノイド化すると、デモノイドヒューマンのサイキックに加えて、ガトリングガンのサイキックも併用してくる。彼を救出するためには、戦ってKOしなければならない。ただし、救えるかどうかは彼の心次第だ」
     KOした時点で、出門・比呂人が人間の心を強く残し、かつ、人間に戻りたいと願うのであればデモノイドヒューマンとして生き残る事が出来るという。
    「危険な任務だけど、頑張ってくれ」
     エクスブレインの少年は、灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    ターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    金井・修李(無差別改造魔・d03041)
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    真田・涼子(高校生魔法使い・d03742)
    原坂・将平(ガントレット・d12232)
    神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)

    ■リプレイ


     間もなく5月を迎えようという時期だというのに、降りしきる雨は妙に冷たかった。
     少し落ち着かない様子で、金井・修李(無差別改造魔・d03041)は交差点近くで携帯電話を弄っていた。間もなく、この交差点で交通事故が発生する。事故が起こることを知っているにも関わらず、それを止めることができない歯痒さを修李は感じていた。交差点に背を向けて、彼女は携帯のディスプレイを見詰める。事故の瞬間は見たくない。自分から親を奪った悪夢が甦ってしまうから。
    「……見てなきゃダメ?」
     人がトラックに轢かれる瞬間は見たくないし、見るのも辛い。ターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)が、隣にいる真田・涼子(高校生魔法使い・d03742)の顔を見上げた。
    「無理に見ている必要はないよ。ボクだって、そんな瞬間見るのやだし」
     涼子も交差点に背を向けていた。任務とはいえ、その場面に直面しなければならないのは、やはり気持ちの良いものではない。
     道路を挟んだ向こう側には、傘を差して人待ち顔のミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)がいた。
    「比呂人がきた」
     合羽姿の原坂・将平(ガントレット・d12232)が駆け寄ってきた。言いながら将平は携帯電話を取り出し、素早くメールを打つ。道路の向こう側でメールを受け取った修李の背中が、ピクリと跳ねたように見えた。
    「トラックだ」
     どこからか、ヴィルヘルム・ギュンター(外道・d14899)の声が聞こえた。かなりのスピードで接近してくる大型トラックが見えた。
     何も知らず、交差点に向かって出門・比呂人が走ってくる。カノジョとの約束を守りたい一心で。
     来るなと、大声で制したい。来ては駄目だと叫びたい。
     だが、灼滅者達はその言葉を飲み込み、身を固くして運命の瞬間を待つ。
     事故は防げない。いや、防いではいけない。しかし、その後の比呂人の運命を、自分達は変えることができる。闇に堕ち、人としての心を失う前に、彼を呼び戻すことができるのは、自分達をおいては他にいない。
     比呂人が人である為に、自分達は最善を尽くす。

     ドーンという衝撃音が響いた。僅かに遅れて、タイヤが悲鳴を上げる音が続く。
     ドサリ。
     嫌な音が響いた。

    「何だ!?」
    「どうした!?」
    「学生が大型トラックに撥ねられた!」
    「救急車だ、救急車!」
     事故を目撃した通行人達の怒号が響く。
     目を瞑り、両手で耳を塞いでいた修李の肩をポンと叩き、久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)は交差点の中心に向かって駆け出していった。
     肩を叩かれ、我に返った修李は慌てて携帯電話を操作する仕草をする。
    「あ、あの! 交差点で交通事故が!」
     周囲に聞こえるように、修李は現場の交差点名を口にすると、更に声を張り上げる。
    「救急車をお願いします!」
     その声が聞こえたビジネスマン風の男性は、手にしていた携帯をポケットに戻した。
    「大丈夫……君はボク達が助けるよ」
     周りに聞こえないぐらいの声で、修李は比呂人の背中に向かってそう告げた。
    「ヒロヒト君大丈夫!?」
     比呂人の友人を装い、涼子が駆け寄る。絶妙のタイミングで彼女が駆け寄ったことで、事故の目撃者達は比呂人に近寄るタイミングを逸してしまった。
    「警察には私が連絡したわ。離れて場所を開けて!」
     神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)が、大きな身振りで人払いをする。彼女の勢いに気圧された通行人達が、トラックから離れていく。
    「出門君! 気をしっかり持って!!」
     振り返り、蒼慰は叫ぶ。比呂人がゆらりと立ち上がったところだった。
    「出門君!!」
     比呂人の体が一気に膨れ上がった。その肉体が、異形の化け物へと変貌していく。
    「諦めるなよ。彼女との約束があるんだろ?」
     ヴィルヘルムも声を掛ける。闇に負けるなと。
    「きっと彼女はまだ待ってるはずだ。だから踏みとどまってみせろ」
     しかし、始まってしまった「それ」は止められない。
    『おおお……!!』
     デモノイドと化した比呂人が、天に向かって吠えた。
     叫び声に驚いたかのように、雨の滴が周囲に弾け飛んだ。


     ヴィルヘルムが比呂人の視界に敢えて飛び込む。一般人の退去が完了するまで、自分に注意を引きつけておく為だ。
    「今すぐここから逃げろおおー!」
     パニックテレパスを使い、織兎が大声を上げた。訳も分からず、周囲にいた目撃者達が大慌てでその場から逃げ去る。それを見ていたターシアが殺界を形成し、野次馬達が集まってこないように予防線を張った。これでしばらくの間、一般人がこの一帯に入ってくることはない。
     大型トラックの運転手は、運転席に腰掛けたまま茫然としている。
    「助けが来る、おとなしくしててくれ」
     将平が運転席側のドアを叩いた。我に返った運転手は、ぎこちない動きで肯いた。
     運転手が肯いたのを確認すると、将平はトラックの前方へと飛び出した。デモノイドと化した比呂人が、トラックの存在に気付く。
    「これが運命なんて思わない。んなもんより比呂人の約束の方が重いぜ」
     将平は呟きながら身構えた。その横をミカエラがすり抜ける。ミカエラはそのまま、トラックの前面に背中を押し当てると、
    「えいやっ」
     怪力無双を発揮して、トラックを押しやる。
    「ぬぬぬぬぬー……!!」
     顔を真っ赤にしながら、ミカエラは大型トラックを事故現場から遠ざけようと試みた。

     比呂人が丸太のような腕を振り上げた。腕の巨大な刃が、降りしきる雨を斬り裂いて修李を襲う。しかし、修李は避けなかった。バルカンガン・M2A1とバスターライフルを盾にして、その攻撃を受け止めた。左肩がザックリと斬り裂かれた。威力を完全には殺しきれなかったのだ。それでも、修李は苦悶の表情を見せなかった。そればかりか、笑みさえ浮かべている。
    「大丈夫……比呂人君は人を殺したりしないよ……その証拠にボクは死んでない!」
     君に人は殺せない。真摯な眼差しを、修李は比呂人に向けた。
    「自分が今どうなってるかわかる? 私達あなたを助けるために来たの」
     蒼慰は、ミカエラが必死に押しているトラックの前方に立つ。誰も殺させやしない。殺させてなるものか。自分もかつてはデモノイドだった。デモノイドとして、武蔵坂学園の灼滅者達と戦った。だが、自分は人に戻ることができた。
    「……あなたは彼女の事を想って。その人の所に戻って、謝って、誕生日をお祝いする事を考えていて」
     だから貴方も元に戻れる。蒼慰は思いの丈を比呂人にぶつけた。
    「約束……守るん、で、しょ……? 守り、たいんで、しょ? ……なら、ちゃんと……人に、戻って……行かなきゃ……」
     バスターライフルの銃口を下げたまま、ターシアは声を投じた。まだ攻撃はしない。比呂人に元に戻ってもらう為に。人としての心が少しでも残っているうちに、自分達の声を届かせる為に。
    「デモノイドのままで倒すなんてしたくないな~。元に戻ってもらうぞ~!」
     のんびりと間延びした口調で、織兎は語り掛けた。
    『おお……!!』
     デモノイドが吠える。強酸性の液体を浴びながらも、それでも織兎は怯まない。
    「助けたい! だって人じゃないか」
     戦う前に自分の気持ちを伝えたい。俺達は敵じゃない。信じてほしいと。
    「突然現れて信じられないかもしれない。でも助けたいだけなんだ。このまま戻らないままだったら彼女はすごく悲しむかも。いつまでだって待ってるかもしれない。行ってあげなきゃだろ!」
     強酸によって服が腐食していく中、織兎は気持ちを吐き出した。
    『ぐおおおおお……!!』
     まるで苦しんでいるかのように、デモノイドが絶叫した。戦っているのだ。比呂人が自分自身の中の闇の力と。灼滅者達の声は、確実に比呂人に届いている。だから、デモノイドは苦しんでいるのだ。
    「急いで飛び出すなんて、無茶したな」
     将平がデモノイドの正面に立った。鶴見岳、阿佐ヶ谷とこの声は届かなかった。だけど俺は諦めない。助けると約束したから。
     届かなかったこれまでの想い。助けることの出来なかった悔しさ。将平は巨大な刀を「絆手」で受け止める。頬が裂け、血が吹き出たが構わなかった。
    「……お前!?」
     将平は気付いた。今、デモノイドは振り上げた自らの腕を直前で止めようとした。完全に止めることは叶わなかったが、だが、間違いなく攻撃を思い止まろうとしていたと。
     比呂人の心はまだ残っている。間に合う。まだ間に合う。今度こそ、助けられる。
    「それほど大事な約束、忘れちまったか? 行き先はそっちじゃないだろ。案内させてくれよ、帰り路のさ」
     ゆっくりと、落ち着かせるように言葉を掛ける。行き先はそっちではない。お前が行くべき道は、こっちなのだと。
    「キミ、急いでたよね。行かなきゃいけないとこ、あったんじゃないの!?」
     トラックを安全な位置まで避難させたミカエラが戻ってくる。
    「待たせてる人がいるの? 大事な人なんじゃないの? 雨だから、その人きっと、びしょぬれになっても、ずーっと待ってるよ。風邪引かせちゃっても、いいの!?」
    「比呂人君! 彼女さんは、きっと今も待ってるよ! こんな所で油売ってないで……早く行ってあげようよ!」
     ミカエラに続き、修李が言葉を投げ掛けた。
    『ぐぅぅ……。ううう……』
     苦しみ漏れる声は、デモノイドのものか、それとも比呂人のものか。
    「彼女さん……待ってる、の。雨の中……比呂人さんを、信じて……待ってるの!」
    「今日が何の日なのか、自分が本当にやりたいこと、しなくちゃいけないことを思い出して! こんなところで油売ってる場合じゃないでしょ! キミがしっかりしなきゃ、君を待ってる人が泣くことになるんだから!」
     ターシアと涼子が必死に声を掛ける。デモノイドの表情に僅かな変化が見られた。凶暴な表情が、心なしか薄らいでいるように感じられた。
    「彼女が待ってる。この雨の中で待ってるんだよ、応えろ出門・比呂人!」
     将平が全身全霊を込めて叫んだ。
    『ぐ……お、おれ……は……』
     デモノイドの中の比呂人の意識が強くなる。
    『ぐ……ぐあああ……!!』
     苦しみ、喘ぐ。まだ、デモノイドの支配を断ち切ることができない。だが、比呂人は自分達の声に答えた。
     灼滅者達が武器を構えた。
     比呂人は今、必死に闇と戦っている。ならば、自分達はそれを援護するまで。
    「超行くぞ~~」
     巧みなフットワークで、織兎がデモノイドの死角に回り込む。
    「悪いな! 我慢してくれよ! 絶対助けてやる……! 頑張れ!」
     表に出ているお前の闇は俺達が引き受ける。だからお前は、内にいる闇を始末しろ。
     それぞれが、想いを込めた一撃を放つ。


    「絶対に助けるよ…! だから我慢して!」
     修李がガトリングガンを連射する。苦しみ、悶えてデモノイドは闇雲に暴れている。
    「どうしても死にたくなくて、それで闇に乗っ取られちゃうんだね。そんなら、運命と戦わなきゃ! 応援するよ!」
     巨大な刃に腕を斬り裂かれた将平の傷を癒しつつ、ミカエラは比呂人に声を掛ける。
    「今のままだと、彼女は比呂人がわかんないまんまだよ。あたい、そんなのやだもん!」
     彼女は未だに姿を見せない比呂人のことを、ずっと待っているはずだ。もし、比呂人が完全に闇に堕ち、約束を破ってしまった場合、彼女は永遠にその理由を知ることはない。約束を守る為に、彼女の元に急ぐあまり、その身を闇に堕としてまでも必死になっていた比呂人のことを知る術はない。そんなのは嫌だ。助けたい。助けてあげたい。比呂人も、そして待ち続けている彼女も。
    「まったく運命ってのは野暮だよね」
     約束を必ず守る男の子は好感が持てる。ならば、今回も約束を守らせてあげなくてはならない。涼子は気を吐く。
    「大切な人がいるってホント幸せなことだと思うよ、多分、きっと! ボクはそういう経験ないけど。こんな事故くらいでそれを壊しちゃダメだよ、心を強くもって、さ! 女の子を泣かせちゃ、ダメなんだから!」
     バッドエンドでは終わらせない。自分達が来たからには、ハッピーエンドにしなくては。
    「絶対に止めてみせる。だから、帰ってこい」
     ヴィルヘルムがフォースブレイクを叩き込んだ。デモノイドが膝を突いた。
    「約束だけは破らないなんて、いい人なのね……」
     バイオレンスギターを取り込み、蒼慰の利き腕が異形へと変形する。人に救われた自分は人を救うために生きるべきなのだ。だから、その為なら忌むべき力を使うことも厭わない。彼女の腕から、DESアシッドが撃ち出された。
    『おれ……は、あいつの……とこ、ろに……』
     比呂人の意識がデモノイドを抑え始めた。もう少しだ。
    「彼女さん、力を借りるぜ!」
     将平がデモノイドに向かって跳躍する。
    「比呂人ぉぉぉ!!」
     比呂人と彼女の2人分の想いを込めた約束のご当地ダイナミック。
    「これが俺達の、誕生日プレゼントだ」
     凄まじい衝撃が、デモノイドに叩き込まれた。
    『……!!』
     声にならない雄叫びを、デモノイドは天に向かってあげた。


     雨は小降りになっていた。
     西の空には光が差し込んでいる。雨は間もなくあがるだろう。
     異形のデモノイドの姿は、そこにはなかった。そこにいるのは、雨に濡れた学生服の少年だ。彼の名は、出門・比呂人。
     蒼慰がホッとしたような笑みを浮かべる。ターシアは愛用のくまバッグを抱き締めて、その場にぺたんと座り込んだ。
    「早く彼女のところに行ってやりなよ~」
     織兎が比呂人の背中を叩いて促した。説明しなければならないことは山ほどある。しかし、その前に比呂人にはやるべきことがあるはずだ。
    「おかえり! さっ、早く行ってあげよう?」
     修李は笑顔を向けた。
    「これで、約束守れるな」
     将平が手を貸して、比呂人を立たせてやる。
    「あんたたちは……?」
    「まだよくわからないことだらけだろうが、先ずは彼女に会ってこい。説明はその後してやる」
     まだ放心状態の比呂人に、ヴィルヘルムは言った。顔を上げた比呂人に、ミカエラは肯いてみせた。
    「もう普通じゃいられないのは薄々感じてると想う。それを受け入れられたら、学園に来ないか?」
     将平は、真っ直ぐに比呂人の目を見た。
    「学園……?」
    「ああ、武蔵坂学園だ」
    「あなたのような人を受け入れてくれる。私も、そのひとり」
     蒼慰が補足した。
     5時を告げる役所の放送が聞こえてきた。
    「早く早く。彼女さん待ってるよ!」
     ミカエラが急かした。
    「いってらっしゃいだぜ~!」
     織兎が背中を押しやった。
    「と、とにかく行ってくる。悪いけど、ここで待っててくれ。聞きたいことがたくさんある」
    「ああ」
     ヴィルヘルムは肯いた。
     比呂人が駆け出していく。
    「うーん、青春って感じだね! 素敵!」
     遠ざかる比呂人の背中を見送りながら、涼子は嬉しそうに微笑んだ。


    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 2
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