夜の無慈悲なメタモルフォーゼ

    作者:南七実

    「ふう、ちょっと休憩」
     鉛筆を放り出し、ばたんとノートを閉じてから蒼太はぐーっと伸びをした。
     時刻は深夜0時。
    「……もうこんな時間か」
     柄にもなく勉強に集中していて、時が経つのを忘れていた。小学生の彼にしてみれば、かなりの夜更かしだ。しかしこれには深い理由があった。
     今日学校で、先生が「明日の小テストで点数が悪かった者は今度の休みを返上して補習するぞ」と宣言したのだ。
     当然、教室は騒然となる。特に勉強が苦手で教科書を見る事すら苦痛な蒼太は、あまりの無慈悲な言葉に「うげっ!?」と声を上げて仰け反ってしまった。
    「そ、そんな」
     今度の休みには友達同士で遊園地へ行く約束をしている。しかも、蒼太が秘かに思いを寄せているエミちゃんも参加するのだから、補習など受けている場合ではない。
    「何もこんなタイミングで……せっかくの休みを潰される事だけはゼッタイに避けないと!」
     焦る気持ちを抑え、一夜漬けの勉強をしようと決意して、現在に至るのであるが。
    「さて、続けるか」
     軽く頭を振って机に向かう蒼太。普段使わない脳を酷使したストレスからか、なんだか体中が痛い。
     そして『それ』は、何の前触れもなく唐突に起こった。
    「……? あ……くああっ……!?」
     みしり、と体が軋む。心の底から湧き上がってきたのは、今まで彼が抱いたこともないような、激しいまでの暴力的な感情。
    「な……っ、なんだってんだ?」
     めきめきめき――自分の腕が青く変色し、岩のように膨れあがる異様な光景を目の当たりにして、蒼太はパニックに陥った。
    「うわあ、なんだよこれっ、嫌だあああっ! 誰か……誰か助けて――グオオアァァァァァァッ!」
     自分が得体の知れない何かに変わってゆく。恐慌状態に陥り、状況を理解できないまま蒼い怪物――デモノイドに変貌してしまった少年は、手近にいる人間を抹殺するべく、無骨な腕を振り上げて自室の扉を破壊した。
    『グォロロオオオォォォ……』
     怪物が目指すのは、蒼太の姉がいる部屋。
     血腥い殺戮がはじまる――。
     
    ●蒼色の呪縛
     蒼の王コルベインが倒れた事による影響で、一般の方々が突如デモノイドに闇堕ちしてしまうケースが多発しているようです――五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は深刻な表情でそう言った。
     デモノイドとなってしまった人間は理性を失い、凶暴な本性の赴くまま見境無く暴れ回って多くの被害を出してしまう。
    「私が見た未来予測の中でデモノイドになってしまうのは、湖川・蒼太という名の少年です。深夜、破壊衝動に突き動かされた彼は、隣の部屋で寝ているお姉さんを真っ先に襲撃し、それが済むと街へ繰り出して周辺の住人を襲い始めます」
     灼滅者達が今から出発すれば、蒼太が姉を殺害してしまう直前に現場へ突入する事ができるだろう。
    「皆さんにお願いしたいのは殺戮を未然に防ぐ事と、デモノイドの灼滅となります」
    「う……」
     阿佐ヶ谷でのやるせない悲劇を知っている灼滅者は、思わず眉を顰めた。
     だが――蒼太を救う手だてはある、と姫子は言う。
    「デモノイドになったばかりの状態であれば、人間の心が僅かに残っている事があるようです。そう……蒼太君はまだ、人としての心を完全に失った訳ではありません」
     つまり、こちらから何らかの言葉を投げかけて彼の心にうまく訴えかける事ができれば、戦って倒した後に灼滅者『デモノイドヒューマン』として生き残れる可能性があるのだ。
     それが上手くいくかどうかは、デモノイドとなった蒼太が、どれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかにかかっているという。
    「休日の遊園地、友達、好きな女の子……心残りはたくさんあるでしょうね」
     なお、デモノイドとして人を殺してしまった場合は、人間に戻りたいという願いが弱くなってしまう。姉が殺害されぬよう、充分に配慮しなければならないだろう。
    「ですから、現場に飛び込んだら戦闘と同時進行でお姉さんをどこかに避難させて下さい」
     恐ろしい雄叫びで目を覚ました姉は、何事かと自室の扉を開き、廊下へ出てきてデモノイドと対面してしまう。灼滅者が現場に飛び込むタイミングは、まさにその一瞬。
    「このチャンスを逃さないようにして下さいね」
     姉を部屋に押し戻して扉を閉めてしまえば、とりあえず戦闘に巻き込む心配はなくなるだろうが、悠長に説明している余裕はない。迅速かつ的確な行動が全てを決する事になるだろう。
    「デモノイドは視界に飛び込んできた人間全てを殺害しようと、攻撃を仕掛けてくるでしょう。岩のような右腕の一撃は苛烈ですし、刃物と化した左腕の一閃は複数の対象を一気に切り裂いて毒を与えてきます。戦いは避けられません。用心して下さい」
     戦いながら声をかけるのは少々厳しいかもしれないが、蒼太が人の心を取り戻せるよう手伝ってやる行為は決して無駄ではあるまい。
    「説得がうまくいかなかった場合は、デモノイドとして灼滅せざるを得ないのですが……助けられる可能性があるのなら、簡単に諦めたくはないですよね」
     学園に来て最初の依頼で勝手がわからず、それまで教室の隅で黙って話を聞いていた雫石・ノエル(高校生魔法使い・dn0111)が、静かに頷く。
    「うん。救えるものなら救いたい」
     皆さん、蒼太君の事をどうぞよろしくお願いします――そう言って、姫子はそっと頭を下げた。


    参加者
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    結音・由生(夜無き夜・d01606)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    橘・清十郎(不鳴蛍・d04169)
    アスル・パハロ(幸せの青い鳥・d14841)
    飛鳥来・葉月(中学生サウンドソルジャー・d15108)

    ■リプレイ

    ●蒼い悪夢の夜
     玄関の扉をこじ開け、一気に突入する。ザッと周囲を見回した結音・由生(夜無き夜・d01606)が階段を視認するのと同時に、猛獣の如き激しい咆哮が灼滅者達の耳をつんざいた。
    「始まったようですね……今、行きますよ!」
     手摺を蹴る勢いで真っ先に二階へ駆け上がった村上・忍(龍眼の忍び・d01475)の瞳に飛び込んできたのは、猛り声に飛び起きて自室から出てきた姉が、強烈な殺意を漲らせた異形の怪物を呆然と見上げる――そんな、戦慄すべき光景。
    「その襲撃! ちょっと待ったーなのですよー!」
     姉と怪物との間に割って入った日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)が、デモノイド寄生体に支配された蒼太をビシッと指差す。その後ろから滑り込んできた由生は、そのまま勢いをつけて蒼い巨体に体当たりを仕掛けた。
    「大丈夫ですか蒼太さん、みんなで助けに来ましたよ!」
    「サフィア、行け」
     壁を蹴って天井まで飛び上がった霊犬サフィアの刃に切り裂かれたデモノイドに、刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)の鋼糸がふわりと巻きついてゆく。突然現れた人間達に対し、怪物は激しい怒りの声を発した。
    『キシャアアッ!』
    「な、何なの?」
     突如目の前で始まった出来事に目を見開く姉。蒼太の攻撃を警戒し、いざとなったら身を盾にするつもりで走り寄った飛鳥来・葉月(中学生サウンドソルジャー・d15108)が、部屋の奥に入るよう彼女を急かした。
    「ここは危険なの! さあ早く」
     箒に乗って仲間を飛び越えた朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)が姉の前に舞い降りて「急げ!」と怒鳴る。だが異様な怪物と謎の侵入者、そして超常現象を目の当たりにしてしまった姉はおろおろと狼狽えるばかり。
    「そーた、助け。きました」
    「ああっ、蒼太……ど、どこにいるのッ!?」
     アスル・パハロ(幸せの青い鳥・d14841)の一言で我に返った姉は、弟の姿が見当たらない事に気づいて恐慌状態に陥ってしまう。
    「悪いが時間がないんでな。おとなしくしていてくれ」
    「ひ……っ!」
     クロトによる王者の風によって威圧された姉を、雫石・ノエル(高校生魔法使い・dn0111)が部屋の中へそっと押し戻した。
    「また呼びにくるから、そこから絶対に動くなよ!」
    「呼ぶまで絶対に扉を開けないで、弟さんを助け出す邪魔になりたくないなら!」
     しっかりと念押ししてから、クロトと忍が扉を閉める。
    「戦いが終わるまで、そこで静かに隠れていてくれよ」
     祈るような気持ちでそう呟くやいなやデモノイドに躍りかかった橘・清十郎(不鳴蛍・d04169)が、蒼太の注意を自分に引きつけるべくシールドによる殴打を思い切り叩き込んだ。霊犬の鯖味噌が、相手の動きを牽制するように威嚇の声をあげる。
    「ウォンッ! グルルルッ」
    「このまま彼を部屋に押し戻し……橘さん、危ない!」
     ガツンッ! 怒りの感情に捕らわれた蒼太の鉄拳に打ちのめされた清十郎を包むのは、忍が展開したエネルギーの障壁。
    『グオロロロォォ!』
     蒼い巨体がこちらに躙り寄ってくる。怪物は灼滅者達が想像していたよりも強大な力を秘めており、力業で押し戻す事はままならないようだ。さりとて、怯んではいられない。
     高ぶる感情を抑え、忍は穏やかに相手を見つめる。
    「……訳が判らなくて怖いんですよね。だからお姉さんのところに行こうとした」
     自らの防御を固めつつ、かなめも口を開いた。
    「蒼太くん! 大事なお友達との約束を思い出してくださいなのです! ワケの解らないものに負けちゃダメなのです!」
    「いきなりデモノイドになるとか、訳わかんねぇよな」
     眉根を寄せて嘆息するクロトの足元から伸びた影が漆黒の触手となり、蒼太に絡みついてゆく。
    「だけど、お前にまだ戻れる可能性があるなら……その力、出来るだけ使わせたくねぇんだ。窮屈なのは我慢しろよ」
     清十郎の魂を込めたビームが、低い唸り声をあげるデモノイドを真っ直ぐに貫いた。
    「蒼太、お前がやりたいのは大事な家族を傷つける事なのか? 家族を手にかけちまったら道が断たれちまうぜ!」
     灼滅者達の突入があと少し遅ければ、姉は弟の手によって無惨に屠られていた筈。だが、悲劇の未来は既に回避されている。それならば――。
    「お前はまだ引き返せる。自分の記憶を取り戻せ!」
     サウンドシャッターを発動した由生も、心をこめて蒼太に呼びかける。
    「お休み、楽しみにしてたんでしょう? エミちゃんに会いたいんでしょう?」
    『グォ……オオ』
     エミちゃんという名前に、怪物がぴくりと反応した。サフィアの古銭射撃の援護を受けつつ相手の死角に飛び込んだ渡里が、強烈な斬撃を繰り出しながら諭すように語りかける。
    「友人や大好きな子と、遊びに行くのだろ? あきらめたら、がんばってきた努力が無駄になるぞ」
    「お友達と、お出かけ。皆、大事で。特別な、約束。やぶる。したら、だめ」
     姉の部屋を護るように立ち、前衛を担う仲間に小光輪の盾を付与しながら、アスルが不得手な日本語を駆使して辿々しく言葉を紡ぐ。
     友達との約束は何よりも大切なのだ。だから絶対に蒼太を助ける、と彼は決意する。
    「そーた、人間。だいじょぶ。怖がる、しないで」
    「そうた君、そうた君! 目を覚まして、みんなが待ってるよ!」
     デモノイドの動きが鈍った一瞬の隙を突いて、葉月は蒼太の部屋へ飛び込んだ。
    (「何か、彼の心を取り戻せるようなものは」)
     室内をざっと見渡す葉月。ランドセルや写真、あるいはつい先刻まで使っていたものを見せれば、人間の時の記憶を呼び覚ませるかもしれないと彼女は考えたのだ。
    『グオオォッ!』
     再び活発に動き出したデモノイドは依然として凶暴なままに見える。魔法の矢を撃ち込みながら、ノエルも力の限り叫んだ。
    「闇に屈しないで、戻ってくるんだ!」
     ザンッ! 蒼い左手の一閃が前衛を担う仲間達を一気に切り裂く。禍々しい毒の呪縛を消し飛ばすのは、忍が巻き起こした清めの風。
    「大丈夫……私達は、そんなふうに変身した人をもう助けています。恐れる事はありません。男の子でしょう? 好き勝手にされちゃダメ」
    『グウォ…オオ…ク…ルシ……イ』
    「!」
     対峙して初めて、デモノイドが意味の通じる言葉を発した。こちらの声はしっかり彼に届いているようだと判断したかなめが、防御から攻撃へと転じる。
    「電光一閃、逆竜門ッ……なのです!!」
     低い姿勢で滑り込んだかなめの拳が、デモノイドの顎にクリーンヒットする。
    「ダークネスさんには引っ込んで貰いますよ!」
     制約を与える魔法弾を撃ち出したクロトは一転、防御の姿勢を取って、腕を振り回して暴れ続ける蒼太に呼びかけた。
    「お前の望んでる世界にその感情は必要か? そんな力はお前にとってはいらないだろうが。苦しい、と言ったな。だったら、そんな力任せだけの感情に負けてんじゃねぇぞっ」
    「よし、鯖味噌。もうちょっとそのまま引きつけておいてくれ」
     回復兼囮役として戦場を駆け回る鯖味噌に声をかけながら、清十郎は次の攻撃に備えてシールドの障壁を拡げた。
    (「後で壊しちゃったところを修理しませんとね」)
     由生はヴァンパイアの魔力を宿した霧を展開し、両親が帰宅したらさぞかし驚くだろうと思いながら蒼太へ警告を放つ。
    「ここはあなたのおうちですよ! 壊したら帰る場所なくなっちゃいますよ!」
    『グガ…ッ!?』
     残された理性が刺激されたのか、更に壁を破壊しようと腕を振りかぶっていたデモノイドが、そのままの姿勢でぴたりと止まった。
    「どうやら効いているようだな」
     壁や床に落書きをして親に叱られた記憶でもあるのだろうかと苦笑しながら、渡里が黒死斬を繰り出す。主の動きに併せてサフィアが跳躍し、鋭い刃で敵を斬り下ろした。
    「人に戻りたいと、強く願え」
    「ルーたちが、助けて。あげる、から。頑張って」
     扉越しに姉の息遣いを感じつつ、アスルが切々と言葉を紡ぐ。彼の護りとノエルの癒しの光が仲間へ向けられるなか、葉月もまた蒼太の部屋の中で天使の歌を奏で、戦場の援護に当たっていた。
    「……あっ。これなんか、いいかも」
     蒼太を人間に戻すために使えそうなものを葉月が手に取ったのと同時に、デモノイドの腕が強かに鯖味噌を打ち据えた。しかし、その威力は先刻より明らかに衰えている。
    「魂の拳……行っきますよー!」
     鯖味噌に庇われるかたちとなったかなめがバトルオーラを滾らせ、巨大化させた腕を振り翳して反撃に出る。
    「奥義、爆烈徹甲拳ッ!……なのです!!」
     デモノイドの蒼く硬い皮膚が、ボコンと派手に陥没した。
    「貴方は小学5年生の湖川蒼太くんです! 化物なんかじゃ……ないッ!」
    「戻りたいと、唯強く願って。そうすれば必ず助けます」
     ごうっ。忍の炎が怪物を包み込む。熱さに悶える蒼太の巨体に押し潰されぬよう用心しつつ、クロトが両手を広げて全てを受け止める姿勢を取る。
    「破壊衝動は俺らにぶつけて構わねぇから、いらねぇその気持ちはっ倒して、戻ってこい!」
    「好きな子がいるんだろう? お前の大切な日常の記憶を、心の中に呼び起こして繋ぎ止めろ!」
     再びシールドバッシュを叩き込む清十郎。次いで由生が凄まじい拳の連打で蒼い巨体を攻め立てた。
    「大丈夫です、ちゃんと戻れますから、ちゃんと戻れますからね!」
    『グオ…オオ…タ…スケ…テ……』
     咆哮の中に聞こえたのは、確かに――蒼太の魂の悲鳴。
    「俺達は、助けに来た。大丈夫だ、任せろ」
     渡里の放った鋼糸が幾重もの弧を描き、蒼い躯をギリリと締め付けてゆく。
    「そーた、痛いの。我慢、ね」
     アスルも影の触手を伸ばして、両腕をぐわっと振り上げたデモノイドの体を絡め取った。
     その時、横合いから飛び出してきた葉月が蒼太を見据え、手に持っていたものをすっと前に差し出した。
    「そうた君、これを見て!」
     鮮やかな色彩で印刷されたそれは――遊園地のガイドブック。
    「みんなで出かける日が待ち遠しくて、この本で乗り物チェックをしていたのよね。何箇所もマルが書き込んであるもの」
     そう、彼は次の休みに出かける遊園地に思いを馳せ、勉強中にも本を開いてヤル気を高めていたのだ。
     本を前にして、デモノイドの動きが再び止まった。葉月は言葉を続ける。
    「驚いたよね。こんな不思議な力。でもね、そうた君。私たちもあなたと同じなんだよ。だから、絶対。大丈夫だから。ね? 絶対にニンゲンに戻してあげる」
    『ウウ…ホン…ト…ニ……?』
    「うん。そして友達になろう!」
    「ルーも、そーたと。お友達、なりたい」
     葉月とアスルに手を差し伸べられた蒼太は、頭上に掲げていた腕をギシギシと下げた。これまで投げかけられた言葉の数々に勇気づけられ、自分の意志で破壊衝動を抑えたのだ。しかし彼を支配する闇の力は今なお強く、無骨な腕は再び禍々しい動きを見せ始める。
    『グ…ググ…カラダガ、カッテニ……ウゴク、ヨ』
    「いいぞ蒼太、よく抵抗した。あとは俺達がやる。少しだけ我慢しろ!」
     不敵に微笑んだ清十郎がデモノイドへ突撃する。追い討ちをかけるように四方から灼滅者達の全力攻撃が降り注いだ。
    「これで最後ですよ。あーたたたたたたたた……あたぁ!!」
     オーラを拳に集中させたかなめの連打が、蒼い体を粉々に打ち砕く。周囲に四散した怪物の残骸は、ぐったりと廊下に横たわった蒼太を残して、虚空の彼方へと消えた。

    ●賑々しい勉強会の夜
     何かが頬を嘗めている。ふっと目を開けた少年は、顔の直ぐ脇にあるサフィアの鼻面に驚き、飛び起きた。
    「……わ! あ、あれ?」
     立ち眩みに襲われて倒れそうになった蒼太を抱きとめた忍は、よしよしと優しく彼の背を叩く。
    「もう大丈夫ですよ」
    「自分の身に何が起きたのか、判るかい?」
     ノエルの問いかけに蒼太は弱々しく頷き、掠れた声で言った。
    「僕が怪物に変身して、姉ちゃんを襲おうとしたのを……みんなが止めて、人間に戻してくれたんだよね」
    「そう。そして、デモノイド寄生体の制御に成功したそうた君も、灼滅者……デモノイドヒューマンになったんだよ」
     葉月の言葉に首を傾げる蒼太。どうやら、彼に教えなければならない事は山積みのようだ。
     鯖味噌の頭を撫でながら、清十郎は蒼太へ親しげな笑顔を向けた。
    「蒼太、お前はこれからどうする?」
    「え?」
     灼滅者となった以上は、自らの力と向き合って生きなければならない。今まで通り家族と共に普通の生活を続けるのも良いが、困った時の解決策として提案しておくかと、クロトが口を開く。
    「力の使い方に迷うようなら、俺たちの学園に来たらいい。お前と同じような境遇の奴らがたくさんいるからな」
    「その気になったら、いつでも来いよ。俺達の学園は、いつでもお前を歓迎するぜ!」
     そう言って、清十郎は爽やかに白い歯を見せた。
    「あー、そうだ。お前の姉貴閉じ込めたままだった。無事なこと知らせておけよ」
    「そーた、入って」
     クロトの言葉を聞いたアスルが、それまで背で護っていた扉をゆっくりと開く。
     暗がりの中、蒼太の姉は携帯電話を握り締めて震えていた。家の中で怪物が暴れているとあちこちに電話で助けを求めて、悉く失笑されたといったところか。
    「姉ちゃん」
    「そ、蒼太!」
     部屋に飛び込んできた弟の姿を見て、彼女は大声で泣き出してしまった。
    「先程はきつく言ってごめんなさいね。緊急でしたから」
     精神的に追い詰められて疲弊しているであろう姉弟をそっと労った忍が、事の仔細を語り出す。
    「ともあれ、これで一つの戦いが終わりました! 次はテストっていう戦いを頑張りましょうね!」
     びしっと指を立てるかなめの言葉にうげぇと頭を抱えたものの、蒼太の顔色はすぐれないままだ。暴力的な感情に支配され怪物になるという恐怖から受けたダメージは、やはり相当なものだったのだろう。
     場の空気を明るくするべく、由生は敢えて朗らかに胸を張った。
    「みんなで遊びに行くんでしょう? 一夜漬けには熱血指導! 灼滅者の体力なら朝まで猛勉強ですよ!」
    「……僕、やる」
     彼女の容赦ない発言と、遊園地へ出かけるという断固たる意志が、蒼太の心を奮い立たせたらしい。さすが灼滅者、新米でもタフである。
    「では、頑張ったご褒美に、私はテスト前でもすぐ復習できるようにお勉強内容を纏めましょう」
     忍も妙にノリノリだ。どうやら本気で徹夜の勉強会をするらしい。
     ダークネスや灼滅者、学園について詳しい話を聞かされて驚愕している姉を後目に、渡里は廊下へ出た。派手に壊された壁や床、天井。そして灼滅者になった息子。旅行から帰ってきた両親が腰を抜かすだろうなと彼は悪戯っぽく微笑む。
    「……後片付けがチョットばかし大変だな」

     こうして、無慈悲な運命は回避され――悲劇が訪れる筈だった夜は、明るく賑やかに更けてゆくのだった。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ