デモノイド化したのに誰も気づいてくれなかった件

    作者:J九郎

    「年明はまだ部屋に籠もっているのか」
     リビングルームで夕食に箸を伸ばしながら、父親が母親に問いかけた。
    「ええ。一応、部屋の前まで運んでいる食事は食べているようですけど……」
     母親が、二階の方を見上げながら、心配そうに答える。
    「お前がそんな風に甘やかすから、年明が高校にも行かずに引き籠もりになってしまうんだ。全く、あいつはいい年して世間体というものも考えられんのか。私が近所でどれだけ肩身の狭い思いをしているか……」
     父親がここにいない息子への恨み言を続けようとしていた時。二階でガタッガタッと大きな物音が響いた。
    「? 何の音だ?」
    「年明の部屋からみたいでしたけど……」
     母親の心配そうな声を受けて、父親が立ち上がり、階段に向かう。
    「年明、何だ今の音は。騒々しいぞ、少しは近所迷惑を考え……」
     父親の言葉が止まったのは、二階から現れたのが、息子ではなく、青い肌をした巨大な――化け物としかいいようのない存在だったからだ。
    「なっ!?」
     何が起きたのか分からず絶句して階段の中ほどで動きを止める父親。
    「ヴォオオオオッ!!」
     そんな父親に、青い化け物は階段一気に飛び降り、巨大な腕を父親に振り下ろした。
    「一般人が闇堕ちしてデモノイドになる事件が発生しようとしているわ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそう語り出した。
    「鶴見岳や阿佐ヶ谷で遭遇した人もいると思うけど、デモノイド化した人は理性も無く暴れ回り、多くの被害を出してしまうわ。でも、その人がデモノイド化した直後、事件を起こす前なら阻止できる可能性があるの」
     そのデモノイドは、ある一軒家で誕生するらしい。
    「デモノイド化するのは武藤・年明(むとう・としあき)くん。高校1年生なんだけど、一度も高校には行ってないみたい」
     なんでも年明は子供の頃から神童と呼ばれるような天才少年で、本人も一流高校から一流大学に進学し、将来は国家公務員になるのが夢だったらしい。
    「それが、高校受験で第一志望の学校に落ちちゃったらしいの。今まで挫折を知らなかっただけに相当ショックだったらしくて、それ以来引き籠もりになってしまったの」
     そういった鬱屈した思いが、闇落ちを呼ぶことになっちゃったのかも、とまりんは自身の推測を語った。
    「デモノイドになったばかりの人間には、多少人間の心が残っている事もあるってことが阿佐ヶ谷で確認されているわ。その人間の心に訴えかける事ができれば、灼滅した後に、デモノイドシューマンとして助け出す事が出来るかもしれない」
     そして、救出できるかどうかは、デモノイドとなった人間が、どれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかに掛かっているという。
    「でも、デモノイドとなった後に人を殺してしまった場合は、助けるのは難しくなってしまうから、なんとか彼が両親を手にかける前に阻止してあげて」
     それからまりんは、年明のデモノイド化の状況について語り始めた。
    「年明くんは一日中部屋に籠もってるけど、デモノイド化するのは家族が夕食を食べ始める今夜の午後7時半頃。でも、デモノイド化前にどうにかしようとしても予知が崩れてデモノイド化のタイミングが変わってしまうから気をつけて」
     あと、狭い家の中で戦うと家が崩壊して結果として両親を巻き込んでしまう可能性があるから、戦いになったら庭まで誘導した方が安心ね、とまりんは付け加えた。
    「できれば年明くんを救ってあげてもらいたいけど、それが無理ならせめて犠牲者を生まないうちに灼滅してあげて。年明くんだって、両親や近所の人を殺したくなんてないはずだから」
     そういって、まりんは灼滅者達を送り出した。


    参加者
    鬼無・かえで(風華星霜・d00744)
    ジュラル・ニート(マグマダイバー・d02576)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    輝鳳院・焔竜胆(獅子哭・d11271)
    氷見・讓治(彷徨う魂・d11731)
    ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    アルクレイン・ゼノサキス(治癒魔法使い・d15939)

    ■リプレイ


     午後7時半。年明の母親は、玄関の前に並ぶ8人の少年少女の姿に目を丸くしていた。
    「まあ、みなさん年明のお友達なの?」
    「ええ。年明先輩が塞ぎ込んでると聞いて、みんなで励ましに来たんです」
     8人を代表して、深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)がかわいい笑顔を浮かべて答えた。
    「あの子にこんなに友達がいたなんてねえ。さあさあ上がってちょうだい。あの子も喜ぶと思うわ」
     るるいえのESP“プラチナチケット”の効果で、母親は全く疑いを抱くこともなく、灼滅者達を招き入れてくれた。

     年明の部屋がある二階への階段を昇りながら、アルクレイン・ゼノサキス(治癒魔法使い・d15939)は、先程の年明の母親の嬉しそうな顔を思い浮かべていた。
    「一度の挫折で挫けて両親を殺めてしまうなんて悲しすぎます。なんとしても止めてみせます」
     一方で、氷見・讓治(彷徨う魂・d11731)は全く別の事を考えていた。
    (入試って、闇落ち者を出すためにダークネスが作ったシステムだったりするんだろうか?)
     ソロモンの悪魔なら、それぐらいのことはやりかねないと、譲治は思う。
    「なんにせよ、立ち止まってる人間を見ても、つまらないですよね」
     彼にもまた、歩き出して欲しいものだと譲治が言うと、仲間達も頷いた。
    「そろそろ時間だが、大丈夫か?」
     懐中時計を見て時間を確認していたジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)が、エクスブレインの予知した時間が来たことを告げる。
     同時に、年明の部屋の中から、くぐもったうめき声が聞こえた。
    「年明君がドモノイド化した、よ」
     そっと部屋を覗いていた鬼無・かえで(風華星霜・d00744)がささやく。それからかえでは“サウンドシャッター”を展開した。戦いの音が外部に漏れないようにするためだ。
     その間に、輝鳳院・焔竜胆(獅子哭・d11271)は素早く年明の部屋に駆け込んでいた。
    「一度の挫折で闇墜ちとはとんだ軟弱者だな」
     そこにいたのは、もはや武藤年明という少年ではなく、青い肌を持つ四肢の膨れ上がった怪物――デモノイドだった。
    「ウ……グォォォッ」
     その口から漏れるのは、獣のような唸り声。
    「自然発生したデモノイドといっても、元はソロモンの悪魔が生み出したものだしな。魔法使いとして放ってはおけん」
     続いて部屋に進入したジュラル・ニート(マグマダイバー・d02576)は、万一にも両親が近づいてこないよう殺気の結界を形成しつつ、デモノイド化した年明から目を離さない。
    「人生ってなげーからなー。挫折も多く経験するだろうが、それを乗り越えてこそだもんなー。ということで、だ! 天才にちと喝をいれてやらないとな!」
     ジェラルと並んで部屋に入った赤威・緋世子(赤の拳・d03316)の体からは、既に炎のような赤いオーラが立ち上っている。
    「さて、まずは庭への誘導が第一だな」
     邪黒と名付けたシールドを構えた焔竜胆が、一気にデモノイドへ突撃を駆ける。
    「ガアアアッ!」
     正面からの突撃を胸部に受け、怒りの雄叫びを上げるデモノイド。そのことを確認すると、焔竜胆は窓を開け放ち、一気に庭へと飛び降りた。
    「どうした? 遠くからしか攻撃できない臆病者なのか!」
     焔竜胆の挑発に、窓辺に歩み寄るデモノイド。と、今度はその背後から、
    「インスマス名物、邪神ビーム!」
     るるいえの放った名状しがたい色彩の光線が、デモノイドを撃つ。そのまま、るるいえはデモノイドの脇を駆け抜け、焔竜胆の後を追って庭へと飛び降りた。そして、窓から見下ろしているデモノイドに手を振る。
    「部屋にばっかり籠もってると身体に悪いよー、先輩?」
    「グッ、ガアアッ!!」
     デモノイド化していても、からかわれていることは分かるのか、デモノイドはその巨体を窓枠から乗り出させる。
    「飛び降りるつもりか? なら協力しよう」
     そんなデモノイドの背後にぴたりとくっついたジェイが「initiate!」と叫ぶと、スレイヤーカードからWOKシールドが実体化する。ジェイはそのままWOKシールドを、デモノイドの背中に思いっきり叩きつけた。
    「ガ、グオオオオッ!?」
     半分窓から身を乗り出していたデモノイドは、その衝撃で窓枠を突き破り、庭へと落下していった。


     武藤家の庭では、デモノイドの後を追って飛び降りた灼滅者達が、デモノイドを包囲していた。
    「前回戦ったデモノイドは助けてやれなかったからな。今回は何とか助けてやりたいところだ」
     かつての阿佐ヶ谷での戦いを思い出し、ジェラルは今度こそはと説得の機会を伺う。だが、誰かが説得の言葉を口にするより早く、デモノイドが動いた。
    「グガアアアアッ!」
     猛り狂ったように振り回されたその豪腕は、前衛に立っていた焔竜胆、ジェイ、かえで、緋世子の4人をまとめて吹き飛ばす。
    「問答無用か。いいだろう、その貧弱な根性、叩きなおしてやる。……ゆくぞ」
     咄嗟にガードしてダメージを最小限に抑えた焔竜胆は、まずは力尽くでも話を聞く状態に持っていく必要があると判断し、拳を連続でデモノイドに叩き込んだ。
    「僕は……救えるものを見過ごして生きていくのは嫌だから……。お節介させて貰うね!」
     同じように、かえでがオーラを拳に乗せて、息つく暇もない連打を浴びせる。
    「年明ー、お前はここで終わるような奴じゃないって分かるぜ! なんせ神童だからな、成功だろうが失敗だろうが全てをその先へ繋げられる! だから自分を信じろ! 少なくとも俺達は信じるぜ!」
     緋世子は自らの思いを炎のオーラに変えて、デモノイドの腹部に拳を叩きつけた。緋世子の纏っていた炎のオーラがデモノイドに燃え移り、その肉体を少しずつ焦がしていく。
    「グ、ヴァアアッ!」
     デモノイドはその丸太のような豪腕で緋世子に殴りかかろうとするが、
    「人の話を聞かないのはよくないな」
     そこに、緋世子をかばうようにジェイが割り込んだ。ジェイはWOKシールドで身を守っていたが、デモノイドの豪腕はそのまま振り下ろされ、ジェイの体を地面にめり込ませた。
    「ぐっ!」
     ジェイの口から、血が吹き出る。
    「私は、誰も死なせたりしません!」
     そんなジェイに、天星弓を構えたアルクレインが、癒しの矢を飛ばす。癒しの力が、ジェイに再び立ち上がる気力を与える。
    「失敗は取り戻せる。私達も協力はする。でも、今のあなたの手では……差し伸ばされた手を握り返すこともできないよ?」
     るるいえが牽制するように風の刃を放つと、デモノイドはビクッと腕を振り上げた姿勢で動きを止めた。それは、風の刃を警戒したためか、それとも、るるいえの言葉が心に届いたためか。さらに、ジェラルの援護射撃がデモノイドの動きを阻害する。
    「今が好機ですね」
     動きの鈍ったデモノイドに、譲治の影から伸びた無数の触手が絡みついていった。デモノイドは影を振り解こうとあがくが、まとわりついた触手はそう簡単には剥がれない。
    「年明さん、高校受験が貴方の目標じゃ無かった筈です。貴方の夢はその先に有った筈です」
     アルクレインが、動きを封じられたデモノイドに語りかける。
    「国家公務員になるっていう立派な夢があるんだろう?  望んだ通りの道筋にはならなかったけど、まだ夢が叶わなくなったわけじゃない。諦めるには早いよ」
     続けて、ジェラルがデモノイドに呼びかけ、
    「貴方は何のために国家公務員になりたかったんですか?」
     根本的な問いかけが、譲治から発せられる。
     いつしか、デモノイドはあがくのを止めていた。まるで、灼滅者達の呼びかけに耳を澄ませているかのように。
    「夢を持てる貴方は素晴らしい人間だと思いますよ。……少なくとも、私よりもね」
     灼滅者としての生き方を模索している譲治にとっては、それが何であれ、夢に向かって進んでいる人間の姿は眩しかった。
    「戻れるチャンスがあるならば、戻ろう? 君を大事に思う人達の為にも。君のこれからの為にも」
     かえでが、そっとデモノイドの青い皮膚に触れる。デモノイドは、まるで苦悩しているかのように震えていた。
     多分、戦っているのだ、闇落ちした自分の弱い心と。
    「私は、皆ほど優しい言葉はかけられないぞ」
     焔竜胆は強い意志を秘めた目で、デモノイドを見据える。
    「人で無くなり、そのまま終えて良いのか? お前の人生はそんな物か? 自分の弱さを受け入れろ。そして強くなるが良い」
     いかにも武人らしい力強い言葉に、さらにデモノイドの震えが大きくなる。
    「お前、運が良かったな」
     そんな中、ジェイは飄々とデモノイドに声をかける。
    「お前が挫折したことで、私たちがやってきたんだ」
     そう、彼が挫折していなければ、灼滅者達と彼の運命も交わることはなかった。
    「面白い世界を見せてやるよ。だから、早く戻ってこい」
     挫折したことで、新たに開ける世界もあるはずだから。
    「本当の一流って、挫折から乗り越えたときに認められるものだって思う」
     デモノイドに触れたまま、かえでが言葉を続ける。
    「信じて。君の持っている力を」
     その、かえでの言葉が届いたのか。デモノイドの青い外皮に覆われた頭部から、一滴の涙が滴り落ちた。そして、
    「オレハ……マダ、オワリタク……ナイ!!」
     デモノイドの唸り声が、確かに意味のある言葉として、灼滅者達の耳に届いたのだった。
     

     だが、デモノイドが年明としての心を取り戻したのはほんの一瞬だった。
    「グガアアアッ!!」
     次の瞬間には、デモノイドの口から迸ったのは人の言葉ではなく、獣の咆吼。デモノイドの太い四肢がさらに膨れ上がり、絡みつく影を強引に引きちぎる。
     自由を取り戻したデモノイドは、狂ったように豪腕を振り回して近くにいる灼滅者をなぎ倒し、溢れる力をオーラに変えて、四方八方に撃ち放った。
    「きっと、年明さんもデモノイドの中でダークネスの魂と戦っているんです」
     その無秩序な暴走は、アルクレインの目にはそう映った。
    「なら、後は拳で語り合おうぜ!」
     緋世子がデモノイドの拳に自身の拳をぶつける。拳と拳が激突し、激しい衝撃が庭を駆け抜ける。だがデモノイドは緋世子ごと拳を振り抜き、その一撃は近くにいた焔竜胆をもなぎ払う。
    「ハハハ! 中々良い一撃ではないか! ほら、もっとかかってこい!」
     焔竜胆は獰猛な笑みを浮かべ、流れる血をぬぐった。
     出来る限りの説得はした。後はデモノイドを灼滅するのみだ。
     その時、年明の心がダークネスの魂に打ち勝っていれば、必ず年明は人間に戻ることが出来るはず。
    「世界の真理の前では、受験の成否なんて等しく無価値……。成否に至るまでの魂の輝きこそが重要。これ、邪神の巫女からの人生のアドバイス」
     邪神ビームでデモノイドを狙い撃ちながら、るるいえがそっと囁く。年明の魂の輝きが、ダークネスを凌駕することを信じて。
     次いで譲治の導眠符がデモノイドをさらに惑乱させ、ジェラルのバスタービームがデモノイドの青い皮膚に穴を穿つ。
     デモノイドの力任せの一撃をジェイが受け止め、傷ついた仲間をアルクインが癒していく。
    「年明君、戻ってきて!」
     最後に、かえでがデモノイドの腕に組み付き、その巨体を思いっきり投げ飛ばした。
     ドウッ!!
     庭に叩きつけられたデモノイドの青い皮膚にヒビが入り、その巨体が崩れていく。
     そして――崩れたデモノイドの体内から現れたのは、意識を失った年明の姿だった。
     

     戦いは終わった。
    「どうでもいいけど、これ後の掃除が大変そうだよね」
     ジェラルは仕事終わりの一服としてトマトジュースを飲みながら、周囲を見回した。荒れ果てた庭、完全に壊れた年明の部屋の窓枠――確かに被害は大きかった。
    「……まあ、ご家族に任せりゃいいか。はっはっはー」
     ジェラルは深く考えないことにした。もう、自分たちの仕事は終わったのだから。
     一方、ジェイは気を失った年明を担ぎ上げていた。
    「お前も私たちの学園にくるといい。一流高校だけがお前の夢を叶えられる場所とは限らない。かわいい女の子もたくさんいるぞ」
     ジェイは相手には聞こえていないのを承知の上で年明に語りかける。
    「もちろん、イケメンもいる。私みたいにな」
     余計な一言も付け加えるが、当然気を失っている年明は反応しない。
     るるいえも、年明が目を覚ましたら武蔵坂へ誘おうと考えていた。ひたすら勉強漬けの学校生活もいいが、刺激的な学園生活も悪くないから、と。
     焔竜胆などは、一度の挫折で闇墜ちするような軟弱者は、武蔵坂で鍛えさせる必要があると考えている。 
     これから年明がどういう道を選ぶかは分からない。再度国家公務員を目指して進むのか、武蔵坂で灼滅者になることを選ぶのか。
     もしかしたらその両方を成し遂げようとするかもしれないし、全く別の人生を歩むのかもしれない。
     でもそれが出来るのは、彼が人間に戻ることが出来たから。
     灼滅者達の思いが、一人の少年の未来を取り戻したのだ。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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