目覚めの朝

    作者:西灰三


     どこにでもある普通のコンビニエンスストア。今の時刻は朝早くを指しており、仕事や学校に早めに出る客が立ち寄るようなありふれた店だ。来る人間はまばらだけれど朝の爽やかさを身にまとった感じの客が多い。そんな平穏な一日の始まりを突如壊す自体が起きる。
    「金を出せ」
     一人の男が包丁を片手に言った、もう片方の腕には買い物をしていたのだろう女子学生が人質にされており包丁の切っ先は彼女に向けられていた。彼女の瞳は恐怖に震えており動けないようだった。
     店員はレジを開けて中をしめすと男はその中身を掴む、手早く紙幣を集めていく男に捕まった少女が微かな声を絞り出す。
    「嫌……」
     それは誰にも届かない、いや届いたとしてもこの後に起きる状況は何一つとして変わらなかっただろう。男が金を集め終えて店を出て行こうとする所で少女がその場から動かない。それに対して男が何かする前に目の前の状況に意識を奪われる。
     少女の体が膨れ上がり、青き魔人デモノイドとなる。男はボロ切れのように破り捨てられ近くにいた店員も等しいものになる。そして惨劇は始まった。
     

     デモノイドの事件が起きるんだ。有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)はそう口を開いた。
    「一般人が闇堕ちしてデモノイドになるんだ。それでその後は大暴れしちゃう。だからデモノイドが生まれた直後に突入して灼滅して欲しいんだ。このタイミングを逃すと次はどこで闇堕ちするかわからなくなっちゃうからここでぜったい何とかしてね」
     彼女はこのデモノイドについて話を続ける。
    「でね、このデモノイドになった子なんだけれどひょっとしたら助けられるかも知れないの。この子の心に言葉を伝えることが出来れば灼滅してからもデモノイドヒューマンになるかも。助けられるかどうかは……名前は秤・奈央って言うんだけどこの子がどれだけ強く人間に戻りたいと思えるかどうかにかかってるんだ。もしデモノイドの状態で人を殺しちゃうと、人間に戻りたいと思えなくなっちゃう。だから助けるのは難しくなるだろうね」
     そうなったら灼滅しても何も残らないだろう。クロエはデモノイドの発生する状況を説明する。
    「きっかけはコンビニ強盗、朝早くに部活の朝練に行く途中に人質になってそれでストレスが溜まってって感じだね。デモノイドになった瞬間は近くに強盗犯とカウンターを挟んで店員が一人。そのままにしておくと戦闘に巻き込まれるから気をつけてね」
     きっとそれは彼女を助けるのにも関わってくるだろう。
    「あとデモノイドは前みんなが戦った時と同じように力任せに殴ってくるよ、ダークネスと同じくらいの強さだから気をつけて。灼滅者のみんなが力を合わせて戦える相手だからよく考えてね」
     全てが上手く行けば灼滅した後、彼女をデモノイドヒューマンとして助けることが出来るだろう。
    「考えることはたくさんだし場合によっては辛いかも知れないけれど……、みんな頑張って来てね。それじゃ行ってらっしゃい!」


    参加者
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)
    素破・隼(時代劇好きな道化・d04291)
    緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037)
    楪・奎悟(不死の炎・d09165)
    八坂・善四郎(アセロラリスの健気なチャラ男・d12132)
    柊・司(普通の高校生・d12782)

    ■リプレイ


     春になってしばらく経っての朝。日が出るのが早くなり道のあちこちに咲く花々は、その光を受けて色とりどりに輝く。それだけを見れば平和な、新しい一日が始まるにふさわしい状況だろう。
    「……デモノイド化か……」
     だが灼滅者達は知っている。これよりすぐ後にこの情景を打ち壊すような事が起こることを。八坂・善四郎(アセロラリスの健気なチャラ男・d12132)は目をつぶる。脳裏に浮かぶのはその青い巨体、助けられなかったその姿。
    (「……しなかった、できるとは思ってなかった」)
     結果と後悔。それが灼滅者の因果といえばそれまでなのだろう、それでもその時の苦い記憶が蘇る。
     灼滅者達の視界にその救出対象と思わしき少女が現れる。スポルディングバッグを肩にかけて走る姿はこの朝の様子に相応しい。
    (「今度は、今度こそは」)
     善四郎は顔を上げる。今度はどこか挙動不審な男がコンビニエンスストアに足を踏み入れる。コンビニの中には西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)がすでに入っており、入ってきた男に視線を向けられている。
    (「……アラ、もしかして警戒されてる?」)
     男は周りを伺うように店内を見回している、強盗をするのなら店内の人数を把握しなければ事にかかれないだろう。成人男性と同じ姿の麦秋がいたのではエクスブレインの未来予測から外れてしまうかも知れない。そう判断し、男とすれ違うように店の外へ出て行く。彼が振り返れば少女がレジに向かい、男がそれに近づく所。タイミングは残り十数秒というところか。
     沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)は足に力を込める。既に中では店員と強盗が彼女を交えてやり取りをしており、店先に備え付けられた緊急用照明が赤く光る、同時に彼女の体がデモノイドへと変じていく。それを察すると同時に虎次郎は駆け出す。
     ガラス製の自動扉をぶち破り、そのままデモノイドへと体当たりする。その穴を通って他の灼滅者達も雪崩れ込む。
    「そこまでっすよ!」
     デモノイドの目前に張り付きながら虎次郎は相手の動きを阻む。素破・隼(時代劇好きな道化・d04291)と緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037)が彼の隣に立ち気を引くように声をかける。その間にも他の仲間達が店内にいる一般人を退避させる。
    「痛い目遭いたくないだろ。さっさと遠くへ逃げな! ……Tuning!」
     楪・奎悟(不死の炎・d09165)の怒鳴り声に促され、因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)に手を引かれて麦秋の指す方に店員は目を白黒させたまま店外へと連れて行かれる。他方強盗犯の方は善四郎が相手をしていた。
    「死ぬよりマシってコトっすよ死ぬよりは!」
     彼のバトルリミッターをかけた全力の手加減ボディブローは男の体を吹き飛ばし、それを店外で柊・司(普通の高校生・d12782)が受け止める。
    「申し訳ございませんが、ここは危険なので出て行っていただけませんか。 これ以上店に留まるなら、痛い目に遭いますよ」
     一緒に飛んできた刃物を空中で掴みつつ強盗犯に語りかける司。もっともその言葉には有無を言わさないものがあった、痛みと混乱で朦朧とする男は否定する気力もないままその場を離れていく。
     辺りはサウンドシャッターの効果によって静かだ。バベルの鎖があれども騒ぎになる前に終わらせなければならない。司は数メートル先の戦場へと飛び込んで行った。


     司が店内に入ると戦いは本格的なものとなっていた。商品のあった棚は砕かれ床に伏せ、カウンターは壁際に吹き飛ばされている。
     そんな荒れた戦場の中で隼と愛希姫、虎次郎は大きく傷を負っていた。デモノイド、いや奈央の動きを止めるためにその身を呈していたのだ。特に隼と愛希姫の傷が深い、捨て身で相手に声をかけ続けていたせいだろう。その間にも彼女の豪腕は振るわれて彼らを深く傷つけていく。
    「話を聞いてくれ。助けに来たんだ」
     隼の言葉に彼女の腕は止まらない、彼自身多くの事を考えて来たがいざ巨体を前にして如何な言葉で伝えるかが上手く出てこない、気をつけなくては行けないのは立ち振舞だけではない。ましてや戦場、一度に多くの事や複雑なことを伝えるには難しい。
    「大丈夫、落ち着いて」
     愛希姫は振り下ろされた腕を受けながら落ち着いて口を開く。体の奥にまで響く衝撃に耐えながら彼女は次の言葉を吐く。
    「……貴方を助けに来たんですよ」
     決して浅い傷ではない。しかしそれにも耐えながら彼女は言う。
    「怖かったんだよね。突然の事でびっくりしちゃったんだから物にあたってもしょうがないよね」
     亜理栖が声をかける。
    「でも、もう大丈夫よ♪ 奈央ちゃんに怖い思いさせたバカは、お兄さん達がぶっ飛ばしといたから。店員さんも無事よ★」
    「はーい、はじめまして奈央さん。自分は八坂善四郎くんっす! 君を傷つけるフラチな輩はぶっ飛ばしておいたっす!」
    「柊司と言います、先ほどの方はぶっ飛ばされた後、歩いて帰られました。もう、大丈夫です」
     奈央に店内にいた一般人が無事にこの場を離脱したことを伝える麦秋ら。少しは奈央の動きは鈍っただろうか。
    「まだ何かに当たるんなら僕達に当たってよ、僕達なら簡単に壊れることは無いし、貴方は僕達を壊すことをしないと信じてる」
    「大丈夫、こう見えて僕達は頑丈なんです」
     亜理栖と司はその暴力衝動を自分たちが受け止めるという。確かに彼らが声をかけている間にも奈央の動きは止まらずに何度も攻撃を受けていたはずだ。
    「それで、思いっきり物に当たってすっきりしたら、元気な子に戻ってくれるかな?」
     この後、戻れると彼は言う。
    「モ……ドレ……」
     デモノイドの身は暴れ続けるものの、その巨体の奥から掠れるような声が漏れる。
    「秤・奈央さん。貴方の人としての心、手放してはダメ」
     愛希姫が傷を抑えつつ話しかける。
    「やりたい事、思い描いてみて……あなたが、望めば、それは叶うのよ」
    「今ならまだ引き返せるんすよ!」
    「君が人になりたいと真に願うなら絶対に戻れる!それは自分らがお墨付きをだせるっす!」
     虎次郎と善四郎が彼女の言葉に大きく頷く。彼ら自身が身の内に宿る闇を克服してきたわけだから。
    「バスケット、好きなんだろう? 俺らと勝負するなら、バスケ勝負にしようぜ?」
    「学園で一緒にバスケをしよう? 奈央」
     奈央の記憶に働きかけるように奎悟と隼は彼女を誘う、彼女の望む場所へ。
    「……モド……リ、タイ……」
     先程よりも明瞭に、か細いけれど確かに。デモノイドではなく奈央の言葉としてはっきりとした意志を彼女は言葉にする。
    「ここまで来たら気が済むまでトコトン殴り合うっすよ!」
     武器を構えて虎次郎は態勢を整える。後は彼女の助けを呼ぶ声に応えるだけだ。
    「こんな辛いコトは早く終わりにして、カフェとかで茶ぁでも飲みつつ話しようぜ? 絶対、楽しいから」


    「それじゃさっさと助けて見せちゃうわ★」
     麦秋が槍を手にさっそうと駆けて巨体を貫く。身を捩るようにデモノイドは身悶えすると近づいた彼を振り払う。だがその巨腕を亜理栖が鋭い刃で受け止める。
    「大丈夫、全力で受け止め返すから」
     そのまま白いバラの鍔で相手の腕をかち上げると刃を振り下ろす。鋭い刃が見の深くまで突き刺さり、デモノイドは咆哮する。痛みの元となる存在を破壊せんと全力で振り下ろされる攻撃。それを受け止めるのは虎次郎。
    「これ以上好き勝手はさせないっすよ、奈央自身の為にも!」
     ここで自分たちが倒れてしまっては彼女を助けることはできない。歯を食い縛りながらデモノイドの攻撃に耐える。
    「痛いよな? 怖いよな? ごめんな。でも、お前を助けるために必要なことなんだ」
     自分たちが力を振るい自らを攻撃する様子を彼女はその巨体の中から見ているはずだ。その奥にいる奈央に向かって奎悟が叫ぶ。
    「絶対に助け出す。約束するから、今は耐えてくれ!」
     奎悟は炎を振るいデモノイドの体を裂いていく。
    「僕たちは諦めません、だから秤さんも負けないでください」
     デモノイドの腕を鬼と化した腕で掴み司は力ずくでそれを返す。デモノイドの巨体が床に叩きつけられて大きく罅が入る。よろめきながらも立ち上がるデモノイドを隼は見る。そこから視線を逸らさずに機巧指輪の嵌められた指を動かしてデモノイドの体を糸で捉える。動きの鈍ったデモノイドに愛希姫がすっと寄る。
    「大丈夫……怖くないから、ね?」
     腕に炎を纏わせた愛希姫が相手の腕を包み込むように掴む。途端に掴んだその場所から炎が燃え上がりその巨体を焼き尽くしていった。


     青い肌が焼け落ちると同時に奈央の元の体が現れてくる。衰弱しているのだろう、デモノイドの姿が全て消えると同時に彼女はその場にへたり込む。その体を亜理栖がそっと受け止める。
    「悪夢は朝と共にさめるものですね… …おはようございます、秤さん」
     司の声を聞き、小さく呻いてから彼女は周りを見回す。激しい戦闘のあとの店内、先程まで武器を振るっていた灼滅者達。
    「夢じゃ……ない……」
     ぎゅっと奈央は拳を握る。忘れがたい感触が残っているようだ。そんな彼女に麦秋が言葉をかける。
    「奈央ちゃんはデモノイドヒューマンに目覚めたの。それが幸か不幸かは分からないけれど……」
     麦秋の言葉を引き継いで亜理栖が彼女に灼滅者、そして武蔵坂学園の事を説明する。自分たちも同じ存在だと。
    「俺達の学校なら、奈央が得た力で人を助ける事ができるんす。俺達が奈央を助けようとしている様に」
     虎次郎は言う、それは数ある一つのあり方。今まで無かった力を持ってしまった者の。うつむく彼女に一つの言葉が駆けられる。
    「……手に入れた力を恐れないで欲しい。その力は、間違いなく君のことを守ってくれるものだから」
     奈央は顔を上げて善四郎を見る。戦闘の時にさえ見せなかった真顔だ。その彼女に隼が武蔵坂学園への誘いをかける。
    「……え……?」
    「心配しないで、アタシ達も一緒だからね」
     麦秋は笑う、すぐに結論は出さなくてもいい。時間はできたのだから。
    「どんな答えを選んでも大丈夫。貴方は秤・奈央……強い心の持ち主だから」
    「奇跡を勝ち取れるくらいのな」
     愛希姫の言葉に奎悟が微笑みを浮かべる。灼滅者にとっては当たり前の、本人にとってはとても重要な奇跡。それを呼び込めるのならどんな未来であっても彼女は越えていくことが出来るだろう。
     目覚めの朝は終わり、太陽はいよいよ街全体を照らそうとしていた。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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