レイニーデイ　死屍幻想曲

■リプレイ

●『死んでしまうから悪いのだ』
　その日は午後から通り雨が降っていた。
　民家の屋根から落ちる水滴が少年少女の足音に混じる。
　波紋の広がる水たまりに、水原・愛璃（小学生エクソシスト・d01128）の顔が映った。
　どんな日常でも本人にとっては大切なものだと、彼女は思っている。
　それが痛みや苦しみであれ、自分の一部なのだと知っている。
　だがどうだろう。
　他の世界を知らないから、『彼女』は閉じこもっているのではないか。
「助けたい」
「うん……」
　水たまりを踏む小さな脚が波紋を広げ、やがて澄んだ水面にアイティア・ゲファリヒト（見習いシスター・d03354）の足が沈む。
　この先に住んでいるという、一人の少女のことを考えた。
　たとえばこうだ。
　両親がいないというのはどういうことか。
　ひとりぼっちとはどんな気持ちか。
　アイティアは、一人ぼっちだったことはない。
　だが両親がいたこともなかった。
　不幸だとまでは思わないが。
　そうだ、たぶん……。
「死んでしまうのが悪い、か」
　カーブミラーの湾曲に、白瀬・修（白き祈り・d01157）が映り込む。
　死そのものを憎めるのは、すごいことなのだと思う。
　修にとって両親の死とはひとつの人災であり、『誰かのせい』で起きたことだった。
　それは見ようによっては一つの救いであったし、彼がその『誰か』を憎むことで悲しみは紛れた。
　不思議なことを言うようだが、ある側面において憎しみは癒しと同じものなのだ。
　だが彼が『死そのもの』を憎めただろうか。いや、彼女は憎んですらいないのだ。
　彼女は死を認めた上で、闇を飲んだのだ。
　けれど。
　けれどだ。
　理容店の看板に、神凪・朔夜（凄烈なる烈風・d02935）が映り込み、通り過ぎる。
　朔夜にとって家族とは温かい物であり、両親は睦まじく、兄弟もまた同じように、疎ましくあることもあれば、いがみ合うこともあるだろう。
　しかし。死体になって歩いてほしいとは、思ったことはない。
　彼女はそれを願った。
「あの子は、僕と何もかも反対だ」
　これを同情と呼んでも、いいだろうか。
　洋服店の窓ガラスに、オデット・ロレーヌ（スワンブレイク・d02232）の姿が映った。
　手を翳し、立ち止まる。
「でもね。あなたがなろうとしているのは、一人ぼっちの王様なのよ」
　そんな悲しい物にはならないで。
　オデットは、ここに居ない彼女へ、そう語りかけた。

　家は、二世帯住宅の二階にあった。
　暗いリビングにインターホンの音が鳴る。
　カメラ映像が表示され、ディスプレイにジェーン・ホームズ（コズミックライダー・d04640）と東雲・由宇（神の僕（自称）・d01218）の顔が映り込んだ。
『こんにちは、死屍くんのクラスメイトなんですけど、プリントを届けに来ました』
　がちゃんと受話器が置く。
　リビングを出て、玄関へと歩く。
　扉の前に立って、ドアノブに手をかけた。
　ゆっくりと捻り、音もなく開ける。
「……妹さん？」
　チェーンのかかったドアの隙間から、橘・散里（夏ノ君・d01560）の顔が覗いた。
　目を細める。
「プリントを頂戴。そうしたら、帰って」
　少女、死屍死体は僅かな隙間からそう告げた。
　扉を閉める……その寸前。
　靴の爪先がドアに挟まる。
　次いで、チェーンが素手で引きちぎられた。
「ごめんね」
　ドアを大きく引き開け、十八歳体になった藍理が手を翳した。
　一条の光が飛び、死屍死体の右目に刺さる。
「ああ、そう」
　かくんと首を仰向け、死体は表情も無く口を開けた。
「嘘、ついたんだ」
　少女の目の色が、変わった。

●『誰も悪くない』
　リビングに転がり込んだ少女死体を、藍理と散里は駆け足で追いかけた。
「待って、死体さん！」
「ついてこないで。私の家よ」
　木製の椅子を掴み上げ、振り向きざまに投げてくる。
　それを横から受け止めたのは、アイティアの細い腕だった。
　途端、ぶかぶかの袖が急に張りつめ、椅子の脚が握り潰された。
　キッチンで包丁を叩く母親が、隣の部屋で雑誌を広げる兄が、幼い妹が、テーブルにつく父親が、どこか緩慢な動きで立ち上がり、一斉にアイティアたちを見る。
　誰もが死んでいて、腐り落ち、目の光は少しも無かった。
「それじゃ、ダメだよ」
　めきりと椅子の足を握り潰す。
　アイティアは弾かれたように飛び出すと、死屍死体の首を強引に掴んだ。
「死んじゃった辛さはわかるよ。でもダメだよ、死んじゃったらそれまでなんだよ。あなたは――」
「知った風に言わないで」
　手を翳す死体。
　まるで娘のわがままを聞くように、家族のアンデッドはにこやかにアイティアの背中や首に包丁を刺した。
　痛みに片目を瞑るアイティア。
「ッ――あなたは、自分が作ったお話の中で、死んじゃった皆を操ってるだけだよ！」
　歯を食いしばり、アイティアは死体の小柄な身体を放り投げた。
　窓を破り、大量のガラス片を散らして落下する死体。
　アルミ柵に腰を強打し、バウンドするように道路へと転がり出る。
「…………」
　よろりと立ち上がる死体の周りを、修たちが囲んでいた。
　目を鋭くして見回す死体。
　修は圧縮詠唱によって掌大の矢を生み出した。
「僕だって死ぬのは嫌だ。自分でも、誰でも……だけど無かったことにはできない。元には戻らないんだ！」
「知ってるわ。だから何だって言うの」
　飛来した矢を素手で受け止める。掌を貫通したが、死体は眉のひとつも動かさずにいた。
「今のままじゃキミは前に進めない。そんなのは」
「あなたには関係ないでしょう」
　凄まじい光線が放たれ、修の身体へ殺到する。
　修は両腕を顔の前で交差して全てを受け切った。
「そんなのは、僕が嫌だ！」
「……わがままを言わないで」
「わがままを言ってるのはあなたよ」
　激しいバスタービームが打ちこまれ、死体は素早く飛び退いた。
　窓から身を乗り出し、庭へと飛び降りてくる由宇。
「人は死ねば終わり。自然の理よ。悪いのは、理をゆがめて自分の道具にしたあなた」
　生え放題になった雑草の上に降り立ち、由宇は垂れた前髪をあげた。
「死人に口なしよ。操られてるご家族、生きてたら何て言うかしらね」
「…………」
　遅れて飛び降りてくるジェーンと愛璃。
　そこへ、死体は薙ぎ払うような光の連射を放った。
「『死人に口なし』、その通りね。あなたたちだって、死ねば喋らなくなるでしょう」
　恐ろしいまでの精度で由宇たちを襲う光の群。
　だがそれに混じって、治癒の光が彼女達へ降り注いだ。
「これは」
　顔を上げる由宇。
　割れた窓に足をかけ、散里が空中へと躍り出た。
　先刻の光は、彼女のヒーリングライトだったのだ。
「荷葉！」
　護符とカードを重ね持ち、散里は霊犬の封印を解除する。
　散里の肩の上に現れた荷葉（霊犬）は、一直線に死体へととびかかった。
　その直後、散里は窓から遅れて飛び出してきたアンデッドに脚や腕を掴まれて落下する。
　組み伏せられた状態のまま、散里は無理矢理顔を上げた。
「家族が、皆さんがバラバラになって、悲しかったんですよね」
「違うわ」
　死体は俯く。
「一人ぼっちになったようで辛かったんですよね」
「違うわ」
　死体は俯く。
「あなたが辛いなら、私が受け止めます。だから一緒に」
「違う！」
　ブチンと死体の唇から血が噴き出た。
　大量の光を召喚し、散里へと放つ死体。
　そこへ朔夜が割り込んだ。
　殺到する光を身体で受けつつ、周囲に護符を展開。一斉に発動させ、五星結界符を放つ。
「もうやめよう。家族が酷い姿のままじゃ安らかに眠れないよ。そういうことは間違ってるんだ。家族の皆が、大好きなんだろ」
「やめてよ、勝手なこと言わないで。関係ないでしょう！　あなたに関係ない事でしょう！？」
　護符によって築かれた防壁を吹き飛ばし、死体が飛び掛る。
　朔夜の額を掴むと、そのまま地面に押し倒した。
「つらいなら」
「黙って！」
　朔夜の後頭部をアスファルトに叩きつける。
「僕にぶつけて来て」
「黙ってよ！」
　何度も叩きつけ、血が広がった。
「助けたいんだ、君を」
「黙れって言ってるでしょ！　聞こえないの！？」
　朔夜の頭を地面に押し付け、ゼロ距離でジャッジメントレイを叩き込んできた。自分の放つものとは圧倒的に違う、頭蓋骨ごと吹き飛ばさんばかりの衝撃だった。
　それでも、朔夜は死体の手首と肩を掴んだ。
「僕と君とは、全部が反対なんだ。だけど」
「…………」
　広がる血。
　朦朧とする意識の中で、朔夜は胸に落ちる温かい雫の存在を感じ取った。
　しゃくりあげる声がする。
「同じなんだ、僕らは」
　朔夜の胸に額を押し付け、死屍死体は声を上げて泣いた。

　たとえばあなたが死んだとして、一体何人の人が泣くだろうか。
　もし誰も泣いてくれなかったとして、その『誰か』はどう思っているのだろうか。
「愛する人を人形にしてはだめよ、死体。辛くても、安らかに眠らせてあげましょう」
　ゆっくりと歩み寄り、オデットは弓を引いた。
　同じく弓を手に、ジェーンが口を開く。
「アタシもパパが死んだとき、『そう』なりそうだった。でもね、よく見て」
　窓から転げ落ち、腕や足を折りながらもジェーンに組み付いてくるアンデッドがいる。
「これは『死にぞこない』なの。苦しいはずよ、アンタも」
「…………」
　死体は顔を伏せたままだ。
「泣いてもいいし、悔やんでもいい。全部受け止めてあげられる。分かるから」
　ジェーンは父親のアンデッドに組み伏せられたまま、死体のほうを見た。
　愛璃が自らの腕に噛付く赤子を抱いて立っていた。
「本当は、責任感の強い、優しいお姉さんなんですよね。皆死んでしまったら、普通は逃げ出してしまう筈なのに。家族の死を受け入れられなかったのは、優しかったからでしょう」
　自分を見失い、思い出を捨て、ついには人間であることも捨てようとした彼女。
「家族を救えるのは、家族だけなんですよ。だから……」
　オデットが、死体を見下ろす位置まで歩いてきた。
「あなたには、その強さがあるって信じてるわ」
「……買被りよ」
　顔を上げ、死体は美しく笑った。
「私は、弱いから闇に堕ちたのよ」
　光条が飛び、死体の額を貫いた。

「その闇は、今壊したわ」

●死屍死体。
「あなた方に安らかな眠りを」
　遺体の服は綺麗に整えられ、花に飾られていた。
「ローズマリー？」
「花言葉は追憶よ」
　目を閉じ、オデットは手を合わせた。
　同じように、胸の前で十字を切って手を合わせる由宇。
　散里は自分の胸を強く握り、掠れそうな声で言った。
「もう、あなたは一人じゃないですよ」

　雑草が生い茂る庭に、アイティアは腰掛けていた。
　二世帯住宅の筈だが、一階は空家になっている。
　縁側の木材が朽ちはじめ、端の方で蟲が這っていた。
「教会で暮らしたんだ、私。みんなには凄くよくして貰ったし。幸せだったと思う。でも、お父さんやお母さんに会いたいとは、思わなかったわけじゃないんだ」
　脚をぶらつかせるアイティアの隣で、ジェーンは俯いていた。
「アタシのお父さんは……どうだったかな、死にたくなくって、もがいちゃって。アタシも同じようになったらいいかなって、思ったこともある」
「……うん」
　二人に並んで、愛璃は自分の掌を見つめた。
「お父さんと、お母さん……か。死体さんは、どうだったんだろう」
　目を瞑る愛璃。
　そして。
「ウジウジしないで。まるで私が死んだみたいじゃない」
　二階の窓を開け、死屍死体が顔を出した。
　その後ろでガラス片や椅子を片付けていた修が、家族写真を見つけて手に取る。
　両親と兄が寄り添い、死体が幼い妹を抱きかかえている写真だった。
　笑顔でこそなかったが、仲睦まじい家族がそこにはいた。
　もはや、過去のものだ。
「その写真は捨てていいわ。この家も、もう出ないと」
「いいの？」
「私一人でどうやって家なんて維持するのよ」
「冷静にそこまで考えられるならなんで闇落ちなんか……」
「弱かったのよ。今でも弱いわ」
　振り返り、腰の後ろで手を組む死体。
「ねえ、あなた」
「えっ」
　朔夜はびくりとして背筋を伸ばした。死体の視線ががっちりと彼に向いている。
「なんとかして」
「なんとかって……僕、たぶんキミと同じくらいの年だと思うんだけど」
「見たら分かるわよ。でも全部受け止めるんでしょ。言っとくけど『僕と一緒に暮らさないかい』とかいうのは認めないから」
「うっ……」
　胸を抑える朔夜。若干だが胃が痛んだ。
　死体はおかしそうに笑うと、口元に手を当てた。
「あと、そうね」
「何？　もう何でも言ってよ」
　肩をすくめてため息をつく朔夜。
　死体は窓の外を見やって言った。

「お葬式（おわかれ）のしかたを教えて」

作者：空白革命	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2012年9月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 14／素敵だった 33／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。