となりのそうおんゆるすまじ

    作者:聖山葵

    「うあああああっ! もう一週間もないのにぃっ!」
     机におかれたノートパソコンの前で頭をかきむしっていたのは、一人の少女だった。
    「うぅぅぅぅ、あぁぁぁぁっ、だぁぁぁぁっ」
     壁にはいくつかのポスターに混じって〆切だとか何とか大賞と銘打たれた何かの募集要項が貼り付けてあることを除けば、ごく普通の女の子の部屋。
    「うっさいわよ、馬鹿犬っ」
     意味をなさない声に反応したのか、急に吠えだした隣家の犬に罵声を浴びせてみるが、静かになるどころか隣からの『騒音』はいっそうやかましくなる。
    「うるさいって――」
     激昂した少女が椅子から立ち上がり、再び叫ぼうとし。
    「……うぐっ」
     崩れ落ちるように膝をついて、身体が急激に膨張しだす。
    「ぐ、ガッ、アァァァァ!」
     急激な変化の末に身を起こしたのは、少女の時からすれば一回りも二回りも大きな蒼い異形だった。
    「グオォォォッ」
     犬が吠えだしたのはひょっとしたら隣家で起きようとしていた異常を動物的な本能が察知したのかもしれない、が。
    「グォゥ」
     異形化する前の憤りを覚えていたのか、それは隣家側の窓を叩き割ると、部屋を飛び出した。窓を壊した腕が次に壊すのは人か犬か、惨劇が起こるのは時間の問題だった。
     
    「気持ちはわかるんだよなぁ……っと、なんだ、もう来たのか」
     教室にやって来た灼滅者達に気づいたエクスブレインの少年は、姿勢を正すと一般人が闇堕ちしてデモノイドになる事件が発生しようとしていると告げた。
    「デモノイドになった一般人は理性もなく暴れ回る。放っておけば多くの被害が出るのは想像に難くない」
     が、弾き出した演算の通りに動けば事件を起こす直前に現場に突入することが出来るとも少年は言う。
    「流石に放置は出来ないんで、そこのデモノイドヒューマンじゃない方の和馬と一緒に現場に向かって欲しい」
    「や、ない方のって何ーっ!」
    「いや、この間後門の前で見かけたんだよ」
    「だからって引き合いに出す必要ないよね?」
     いつものように遊ばれる鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)はさておき、事件を未然に防げるならそれに越したことはない。
    「で、話は変わるが、デモノイドになったばかりの状態ならば、その少女にも多少人間の心が残っていることがある」
    「え、女の子なの?」
    「ん? あぁ。同じ女の子とは言っても和馬よりその少女の方が年上だけどな」
     驚きの声を上げた和馬にそう言いながら少年の差し出したのは、一枚の写真。
    「えーと、オイラ男の子なんだけど?」
     半眼をエクスブレインに向ける和馬はいつもの様に抗議をしてみるが。
    「ともあれ、その人間の心に訴えかける事が出来れば、灼滅した後に、デモノイドヒューマンとして助け出す事も不可能ではないはずだ」
     ただ、救出出来るかどうかは、異形と化してしまった者がどれだけ強く人間に戻りたいと願うかにかかっている。
    「デモノイド化した後に元少女が取り返しがつかないことをしてしまえば、助けるのは難しくなるだろうな。人を殺してしまったとか」
     もっとも、だからといってデモノイドになる前の少女に接触することは不可能だ。
    「俺達の演算はそれに則って動いて貰ってこそ真価を発揮出来るモンだからな」
     予測から大幅に逸脱した行為は事態の悪化を招きかねない。
    「まぁ、そんなところだ。で、問題の少女は、森合・千鶴(もりあい・ちづる)って名前の女子高生だな」
     趣味は小説を読むことと書くことらしく、将来の夢は作家とのこと。
    「そう言う境遇の千鶴にとって隣の家のよく吠える犬はストレスの原因だったようだ」
     〆切に追われているのに原稿が仕上がらず、イライラしていたところに隣の犬がトドメをさしてしまったのだろう。
    「だからなのか、デモノイドはまず隣の家に向かおうとする」
     もっとも、千鶴がデモノイド化した直後に乗り込むことになる灼滅者ならこれを防ぐのは難しくない。出入り口であるドアと入って右手の窓さえ封鎖してしまえばデモノイドを部屋に閉じこめることが出来るのだから。
    「幸い、この日千鶴の家には千鶴しかいない。在宅中で鍵も開いてるから侵入は容易だ。人避けもたぶん必要ない」
     〆切間際で焦っている千鶴が誰かを家に招く筈もないし、隣家は犬のことで負い目がある。些少ドタバタしても怒鳴り込んでくることは無いだろう。
    「戦いになればデモノイドはデモノイドヒューマンのサイキックに似た攻撃をしてくると思うが、千鶴を救出するにしても戦ってKOする必要がある」
     そもそもデモノイド化したところに突入するのだからはなから戦いは避けられないのだが。
    「俺に説明出来るのはそれぐらいだな。後は千鶴が男の娘とか小学生の子とかそういうものに高い興味を持ってるなんて情報くらいしかないしな」
    「え゛っ? じゃあ、オイラの呼ばれた理由って――」
     顔を引きつらせた和馬にエクスブレインの少年は答えない、ただいい笑顔で親指をたてて。
    「気をつけてな」
     と送り出すだけだった。
     
     


    参加者
    枷々・戦(左頬を隠す少年・d02124)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    桐谷・要(観測者・d04199)
    盾神・織緒(悪鬼と獅子とダークヒーロー・d09222)
    逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)
    一花・泉(花遊・d12884)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)

    ■リプレイ

    ●お宅訪問
    (「……まあ、犬の鳴く声は迷惑だよな」)
     壁越しに聞こえる犬の鳴き声の中、一軒の民家へ無断でお邪魔した一花・泉(花遊・d12884)は少女の部屋を目指していた。屋内まで届く『騒音』は敷地の中では隣家に最寄りの部屋ではどれほどのものになるのか。
    (「焦ってる時なら尚更……何とか俺達の手で元に戻してやれるといいんだけど」)
     確かに作業中の騒音は耐えられたもんじゃねえよな、とある程度の理解を示しつつ、枷々・戦(左頬を隠す少年・d02124)は他の灼滅者達と廊下を歩きながらちらりと後方を顧みた。
    「犬に人の言葉で怒鳴りつけても意味ないでしょうに……せめて耳栓でも用意していれば同情してあげられたのだけど」
     桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)の呟きが心に留まったからではない。
    「鳥井さんをはじめとして、彼女の気に入りそうな方が幸い共にしてくれていますし切欠とさせて頂きましょう」
    「そうね、パソコンの確保が先決。後は鳥井先輩を前に押し出し、森合先輩の作品への情熱に訴えかけるくらいしかないかしら」
     デモノイドヒューマンである唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)の言を桐谷・要(観測者・d04199)が肯定した時点で作り出されていた空気を機敏に感じ取っていたのだ。
    「あと……その……鳥井、頑張れよ!」
    「え゛っ?」
    「千鶴を宥められる『男』は……和馬お前しかいない」
     戦の言葉に顔を引きつらせた鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)の肩を泉はポンと叩いて諭し。
    「そっか。うん、男の子だもんね」
     男として扱われたのがよほど嬉しかったのか、和馬はあっさり首を縦に振る。まさに空井・玉(野良猫・d03686)が言うところの「鳥井君に一肌脱いで貰うような流れ」であった。ごく自然な決定はそう言う星の元に生まれたと言うことで諦めて貰うしかないのだろう。
    「イケニエ、もといエサ……じゃなくて囮?」
     などと、逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)が本当のことを言ってしまえば、言いくるめられたことに気づいたかもしれないが。
    「うるさいって――」
    「急いだほうが良さそうだね」
     そもそも、それどころではなかった。生温い眼差しで見ている者こそあれ、とめようとした者が居なかったのも事実だったものの、目的地から聞こえてきた声は不自然に途切れたのだから。
    (「作家になりたい少女か……彼女の物語はここで終わるべきではない」)
     情報通りならこの後少女の身に起こったのは、デモノイドへの変貌。なんとしても助けねばと、はやる気持ちを抑えつつ盾神・織緒(悪鬼と獅子とダークヒーロー・d09222)は犬に――シベリアンハスキーへと変じたまま仲間達の後ろから少女が居るであろう部屋のドアを眺める。
    (「しかし、この立ち位置は正解だったな」)
     引き戸ではないドアを犬の手で開けるのは難しい。まぁ、開けてから変身するという手もあるし、一人ではないから実質問題はないのだけれど。
    「ぐ、ガッ、アァァァァ!」
    「文章を書かれる方なのですね。生業とするには才も必要な厳しい道でしょうけれど」
     飛び込んだ部屋の中、床に散らばった本のタイトルに一瞬だけ視線を止めた蓮爾は、言葉を続ける。
    「道を進もうとする人の姿は魅力的だと、僕は思います」
     中性的な顔立ちの蓮爾と比べるどころか今の姿は人ですらなくとも――。
    「ウォォン!」
    (「番犬タテガミフスキー――改め、盾神・織緒参る!」)
     身を起こした蒼い異形が侵入者に気づいたのは、数秒後のこと。犬の姿のまま、デモノイドの股下を通り抜けた織緒は、元少女に向き直ると大音量で吠え立て始めた。

    ●封鎖と確保
    「あれだな」
     部屋に突入するなり視線を巡らせた戦が目を留めたのは、机の上。
    「よし、暫く惹きつけておいてくれよな」
     犬に変じた仲間へ向けて動き出そうとする蒼き異形の横を通り抜け、起動したままのノートパソコンを脇に抱えるとデモノイドからなるべく離れるように戦が走り出したのと。
    「ガァァァッ」
     刃に変えた右腕をデモノイドが振り上げたのは、ほぼ同時。
    「盾神先ぱ」
    「オォォン」
    「うぐっ」
     ただ、シベリアンハスキーを肉塊にせんと落とされた刃は、身を盾にした泉の肩口へとめり込んでいた。
    「女の子を受けとめる。男冥利に尽きるな」
    「大丈夫ですか?」
     すかさず蓮爾が盾を分け与えて泉の傷を癒し。
    「こっちは塞いだわ」
     展開した夜霧に包まれた要は、蒼き異形と化した少女が織緒に気をとられた隙に窓際までの移動を終えていて――だが、灼滅者達の策はこれで終わりではない。
    「ここにあなたの好みっぽい子がいるわよー」
    「え゛っ?」
     攻撃を惹きつける囮になる為犬に変じている織緒の他に、説得の補助として用意した男の娘が約一名。
    「ヴォ?」
    「えーと……」
     莉子の声に首を巡らせたデモノイドは、口元をひくつかせたまま言葉を探す和馬に目を留めると。
    「デモォ……」
     両手を床につき四つん這いになって這い寄り出していた。まぁ、理性が無いのに些少なりとも人間の心は残っている相手へ好物を提示すればどうなるか。
    「ちょっ」
    「デモォ……」
     結果は猛突進、ご覧の有様である。
    「凄い反応。和馬くんにはそのまま気を引いてもらうわ。がんばって!」
    「や、がんばっ」
    「デモォ、デモォ……」
     狙われた少年の抗議をかき消すかのように、デモノイドはもの凄い勢いで突き進む。
    (「鳥井君は気の毒な犠牲者ね……」)
     妖の槍を握り突きを繰り出すタイミングを見計らいながら、理彩は同情するも制止することはない。
    「戦うにしてもなるべく部屋は荒らさないようにするべきだよね」
     小学生と言うことで一歩間違えば、暴走する蒼い異形に追いかけられていたかもしれない玉は、クオリアと短くライドキャリバーの名を呼んだ。
    「……タイヤ跡で酷い事になる気がするけど、そこは、うん」
     人事とただ見ていた訳ではなく、フォローするタイミングを見計らっていたのだ。突撃時にカーペットへクオリアがタイヤ跡を残したとしても仕方ない。
    「デモベッ」
     クオリアのぶちかましが、獲物を壁際に追い込んでいたデモノイドをベッドの方へとはじき飛ばし。
    「ウゥ……」
    「よっ」
     ベッドでもがく元少女へと繰り出されたのは、オーラを集中させた拳の嵐。
    「ガ、グ、ゴ、ゴ、ゲッ」
    「作品を仕上げなくて構わないのか」
     殴られつつも玉の向けた言葉にデモノイドはビクッと震え。
    「君の夢はこんな所で潰えてしまう様なものではないハズだ。締切まで一週間ないのだろう?」
     犬から人の姿へ戻った織緒があとを継ぐ。
    「ありがとう、これを置いたらすぐ戻る」
     この時、戦はノートパソコンを抱え部屋から飛び出していて。森合先輩ことデモノイドになってしまった少女の汗と涙が詰まったノートパソコンは窮地を脱した。
    「人間、社会や現実とどこかで折り合いをつけて生きていかなきゃいけないものよ。隣家の騒音とか、安定しない収入とかね」
     あとは、持ち主を救えば全てが終わる。
    「グ、ガガ……」
     大事なのは何を妥協して何を守るかだと主張して理彩は妖の槍を振るい。
    「作品というのは著者の強い思いから生まれる物。それ故、人の心を動かしたり、人の理解を深めることが出来るわ」
     窓際に立ったまま、要は問う。
    「森合先輩も強い思いを作品に注いでたと思いますが、その情熱は犬如きに躓くようなものなのですか」
     と。
    「グゥ……アガガ」
     理性無き破壊者ならば、ただの言葉に動じるはずもない。
    「……この上嫌な思いをさせることも無いでしょうから。頼みましたよ、ゐづみ」
     次の瞬間、怯んだデモノイドへビハインドの霊撃が突き刺さった。

    ●思い出して
    「見えるか、この鳥井の姿が!」
     もし、戦の言葉に答えられたなら少女は即座に言ったことだろう、見えていると。
    「デモォ……」
    「わ、うわわわ……ちょ、ちょっ」
     いや、むしろかぶりつく勢いで追いかけ回していた。一応向けられる攻撃には応戦しつつだが。
    「どうする? これからは男の娘とか小学生でアレやコレや……? が出来なくなるんだぞ!」
     アレやコレやが何なのか俺にはよくわかんねえけどと戦は続けるが、デモノイドとなってしまった千鶴という少女にとって重要なのはそこにない。
    「そうだよ、人間やめたら男の娘であんな事やこんな事が出来なくなるぞ」
     追従する玉の声にビクンと震えて、一瞬動きが止まったことからも。
    「と言うか、それで止まるのね」
     一瞬とはいえ制止するほどに、灼滅者達の言葉は少女の心を揺さぶったらしい。理彩としては、呆れるばかりだが畳みかける好機でもあった。
    「今貴女は五月蝿い犬の為に、貴女の夢を棒に振ろうとしているわ」
     もちろんこれは作家的な夢で。
    「や、ちょっ、舐め……」
    「ウォォォン」
     哀れな犠牲者にしようとしているアレやコレではない。
    「お願い、思い出して。貴女が何者だったか、何を目指しているのか」
    「何やってるんだろあれ、まさか匂いを嗅いでるとか?」
     ただ、一つ言えることがあるとすれば。真摯に語りかけている時に、変態的行動を見せられたら。
    「逃さない」
    「ギャァァァッ」
     漆黒の弾丸を問答無用で撃ち込まれても文句は言えず。
    「貴方の作品を読みたいと思っている人、望んでいる人がいるのではないですか」
     刃を振るって飛ばした弾丸で撃ち抜かれ悲鳴を上げたデモノイドへ語りかけながら、要は自分の魂の奥底に眠るダークネスの力を味方に注ぎ込むことで傷を癒す。
    「彼の者を縛り付ける枷となりて――飛べ!」
     織緒の影が飛翔する鷹の如き早さで元少女の足に達し、動きを阻害し。
    「ガァァッ」
    「っ、がら空きよ」
     暴れ出す蒼き異形の腕を妖の槍で受けるようにしてデモノイドの死角に自ら飛ばされた莉子は、そのまま斬撃を放つ。
    「気持ちはよくわかるわ。わたしの住んでた家もお隣がひどい騒音出してたし」
     でも一線を越えちゃいけないことわかってるのよね、と続けて別の一線を越えそうになっていることについては敢えてスルーする。
    「ギャウッ」
    「悪いな」
     想定外の方向からの襲撃に怯んでいたもと少女を今度は泉が斬りつける。
    「小説書きたいんだろ。そしてみんなに読んでもらいたいんだろ。なら諦めず自分の力を信じて書いてみな。犬の鳴き声なんか……耳栓でもしてさ」
    「化物になっている場合か? 夢を叶えたければ、寄生体にも締切にも打ち勝って見せろ!」
     泉の言葉に織緒が続き。
    「攻撃等しようものなら彼らに嫌われてしまいますが、森合さんはそれで宜しいのでしょうか」
     蓮爾は問う。
    「ウグゥ……」
     その疑問は、異形の動きを鈍らせるのに充分で。
    「元に戻れれば、彼らのような可愛い子と仲良くすることも容易ですのに」
    「ガ?」
     柔らかな笑顔で追いうつ言葉が、デモノイドへ大きな隙を作り出した。
    「鳥井さんらもそう仰っていますよ」
     同意を求められた本日の犠牲者が首を縦に振ったかは割愛するが。
    「そろそろきついのあてるわよー」
     このチャンスを生かすべく、宣言と共に莉子は距離を詰め。
    「目を閉じていなさい。すぐ終わるわ」
    「駆け抜けろ百獣の光輪!」
     呼びかけながら納刀した理彩も、織緒の飛ばした光輪に援護される形で床を蹴って蒼き異形に肉薄する。
    「「はぁぁぁっ!」」
     一人の少女を救う為、灼滅者達の攻撃は殺到して。
    「わた……し」
     ボロボロと崩れる蒼の中から転がり出た少女は、崩れ落ちて意識を失った。

    ●犠牲
    「えーっと、ほら……元気出せ! な? お前頑張ってたよ! 今日誰よりも頑張ってたの俺知ってるから!」
     たぶん、本日一番の犠牲者は、抜け殻のようになって戦に宥められていた。
    「男として……お前はやりきったよ。胸を張りな」
    「ウン、アリガトウ……」
     泉に肩を叩かれ、機械的に頷いた和馬の目は焦点があっておらず。莉子が「戻ってきたら和馬くんを好きにしていいわよ」とか許可を出すまでもなく、戦闘中にデモノイドのまま千鶴が色々やった結果がこれである。
    「大丈夫?」
     玉も和馬が嫌だったら考慮するつもりだったのだが、男の娘ということで千鶴のお気に召したのは、今回の犠牲者のみ。
    「いやぁ、気を遣って頂いて……ピンピンしてますよ。先程はお世話になりましたぁ」
     気のせいか、微妙に肌が艶々している先程までデモノイドだった少女にお前じゃねーよ的な視線が幾本か突き刺さったのは、是非もない。尚、事情は説明済みでもある。
    「……ふむ」
     これなら少女の方のフォローは必要ないのかも知れない。
    「今回が駄目でも次があるさ。夢を叶える奴は諦めない奴の筈だから」
     とか。
    「俺に出来ることがあれば手伝うから……諦めるな」
     とか、泉としては色々とかける言葉も考えていたのだが、空振りに終わったらしい。
    「まだ問題に気づいていない可能性もあると思うけど、うん」
     玉が見回したのは、少し前まで戦闘の行われていた室内。そして、このゴタゴタで間違いなく削られてしまったであろう執筆時間。
    「良く頑張ったな――次は締切との戦いだが」
    「あ、し、締め切り……しめ、ふぉあぁぁぁっ!」
     完成したら是非読ませてほしい、と織緒が声をかけたところでようやく一件落着といかないことに気づいた少女は奇声を発す。
    「ど、どど……どーしよ! こんなことしてる場合じゃ、私のノーパソ何処?!」
    「あぁ、やっぱり」
     今更パニックに陥った千鶴に玉は案の定と言ったような表情をして、無駄に終わるかと思われた泉の台詞は活用の機会を得ることとなる、ちなみに。
    「ここには偶然にも鳥井先輩がいらっしゃいます。もう一度筆を取っては如何でしょう」
    「そ・れ・だ!」
    「オイラ……えっ?」
     要の発言が切欠でターゲッティングされたことにより、使い物にならなくなっていた和馬が復活したのは怪我の功名だろうか。
    「なるべくしてなったというか……鳥井君は気の毒なことになったわね」
    「一方的に愛でるだけでなく、気持ちを通じ合わせることも素晴らしいですよ」
     理彩は、同情めいた視線を向け。蓮爾はフォローというかアドバイスしてみるが、誰かのピンチが終わることはない。
    「それもそうですねぇ。と言う訳で私を愛してみて下さい?」
    「や、おかしいよね、その理屈。っていうか誰か助けてーっ!」
     それもまた創る上での糧となるでしょうから、と言う意味で蓮爾は言ったのだが、斜め上にとられたようで。にじり寄りつつある千鶴によって、犠牲になった少年のピンチはこのあと暫く続いた。
    「一緒に来ないか」
     と、追いかけ回し疲れた少女が床に突っ伏し、泉から手を差し伸べられるまで。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 11
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