一人の少年がその花園を駆けていく。
少しでも植物がわかる者は目を疑っただろう。その美しい花園には季節感がない。野に咲くのならば、季節が合わずともに見れないはずの色取り取りの花々がそこに咲き乱れていた。
だが、だからこそその花園は幻想的で美しい。少年は花園を走り抜け、その中心で彼女は少年を出迎えた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
そう優しく囁けば、花飾りが揺れ咽るような花の香りが少年へと届く。少年は綻ぶように笑みをこぼし、彼女へと駆け寄った。
「聞いてよ、母さんがまたさ……」
少年の口から漏れるのは家族の愚痴だ。勉強を強いる母に、家庭には興味を持たない父、自分では遥かに及ばない優秀な兄――少年にとっては、日常とは息の詰まる退屈と苦痛に満ちたものだった。
だが、少年は周囲の期待に答え続けていたのだ。愚痴もこぼさず、脇目もふらず、自分を押し潰しそうなプレッシャーとも真正面から戦ってきた。
「――そう、みんなひどいね」
だからこそ、彼女のその言葉が嬉しかった。甘いミルクブラウンの巻き髪を揺らし笑いかけ、その鮮やかな牡丹色の瞳に自分の姿が映るのがとてもとても好きだった。
少年は彼女の前では弱さを見せられた。日常の鬱憤をこぼし、その度に彼女の優しい言葉に幾度となく救われた。
「真二くんは悪くないよ? 悪いのは自分の想いがどれだけ誰かの重荷になるか、気付きもしない人達だよ」
「そう、なの……かな?」
「だって、辛いんでしょう?」
彼女の言葉に、少年はうなずく。気付いてしまった、自分がどれだけ追い詰められていたのかを。彼女はそんな自分を「悪くない」と言ってくれた……日常では誰も少年に言ってくれなかった言葉を。
「僕は――もう、向こうに帰りたくないよ」
だから、言ってしまう。心の底から、自分に優しくしてくれる相手の傍にいたい――いて欲しい、と。
その言葉に、彼女は甘く囁いた。
「なら、ずっとこっちにいていいんだよ?」
「……いいの? 本当に?」
「もちろんだよ。だって、ここは真二くんの『夢』なんだから」
彼女が立ち上がり、少年へとその手を差し出す。そして、微笑みながら言った。
「ここを案内してあげるよ。いっぱい、真二くんに見せてあげたいものがあるんだよ」
「……うん!」
少年は彼女の手を取り、満面の笑顔で立ち上がる。それは少年が心から望んだ事であり、日常から開放された瞬間だった。
だから、気付かない。少年と共に花園を歩き出した彼女の花飾りが揺れる度に散っていき、振り返らない少年の背後から『夢』が砕けていくのを。
「現実が嫌ならずっと悪夢の中に、此処にいてキミを護るよ」
それこそが彼女の願い、その歪んだ先に行き着いた願望。現実で護れないのならば、せめて夢の中でだけは――。
そして、彼女――結月・仁奈(ゆづき・にいな)は静かに闇に蝕まれていく……。
「悪夢はどこまで行っても悪夢なんすね……」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう静かに眉根を寄せて呟いた。
「今回、ダークネス――シャドウの行動が確認されたんすけどね? そのシャドウは結月・仁奈(ゆづき・にいな)さん……闇堕ちした武蔵坂学園の生徒さんっす」
仁奈は今、一人の少年のソウルボードに寄生している。真二少年は厳格な父母と優秀な兄のいる家庭で必死にその期待に答えてきた――だが、そこに息苦しさがないはずがないのだ。
「親や兄弟姉妹ってのは、その人の人生に重くのしかかるもんっすから。この真二君の気持ちは自分はよくわかるっすよ……どれだけ、努力したかも」
そこを仁奈は突いた。周りに理解されない自分の弱さを受け入れてもらえる、真二少年が仁奈との優しい夢に溺れていくのも仕方がない事だった。
だが、その結果は見るも無残なものとなるだろう。依存し、自分だけの揺り籠だと思っていた夢はまごうことなき悪夢なのだ――最初は心地よくともやがて歪んでいき、真二少年を蝕んでいく事だろう。
ここで、翠織はため息をこぼす。
「結月さんのこの行動の根底にあるのも、自分の弱さでは大切な人たちを護れない……そう思い込んでしまった節があるっす」
だからこそ、夢の中で――想いの始めの一歩が一歩だからこそ、切ない歪みだ。
それでも独りで背負わなくていい、自分が必要となされいるのだと綺麗事ではなくその口で語る本人の本来の言葉ならば仁奈にもきっと届くだろう。
「特に、結月さんがその心に強く『感情』を抱いている相手ならばその言葉はよく強く届くはずっす。いいっすか? これは最後のチャンスっす」
翠織の表情は厳しい。これで仁奈を救い出す事が出来なければ、完全なダークネスへと成り果ててしまうだろう。
「そのためにも真二少年の夢の中へと入って、結月さんと戦い倒す必要があるっす」
仁奈はシャドウとバスターライフルのサイキックを使用して来る。その実力は手加減をする余裕などない――覚悟を決めて挑んで欲しい。
「真二少年に関しては、今は考えなくてもいいっす。彼に必要なのは、現実と自身で向き合う勇気と覚悟っすから」
その悪夢さえ終わってしまえば、真二少年は自身で現実と向き合うだろう。あるいは、その優しい夢こそが少年を前に進めてくれるかもしれない。
「一番いい結果は救出してもらう事っす。でも、無理と判断したのなら灼滅するしかないっす」
相手はダークネスだ、再度繰り返すがこちらに手心を加える余裕は一切ない。その覚悟を持って挑んで欲しい、そう翠織は念を押した。
それに今まで沈黙していた隠仁神・桃香(中学生神薙使い・dn0019)は小さくうなずいた。
「それでも、挑みましょう。結月さんは学園の、かけがいのない仲間なんです」
そのお手伝いが出来るのならば、そう桃香は仲間達へそう決意の表情で告げた。翠織はうなずき、灼滅者達を改めて見回す。
「繰り返すっすけど、これが最後のチャンスっす。……頑張って」
自分にはそれしか言えないっす、と翠織が締めくくる。その言葉を受け取り、灼滅者達はその悪夢へと挑む決意を固めた……。
参加者 | |
---|---|
東雲・軍(まっさらな空・d01182) |
美泉・文乃(幻想の一頁・d01260) |
風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935) |
御神本・琴音(天国への階段・d02192) |
長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536) |
紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607) |
時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617) |
七峠・ホナミ(撥る少女・d12041) |
●
――そこは、あまりにも美しい花園だった。色とりどりの花が季節を忘れて咲き乱れる――夢の中にしか存在しないその花園に、優しい一陣の風が吹き抜け花を揺らす。
「あら? お客さん?」
その中心で微笑む花園の主の笑顔に紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)は胸に締め付けられるような痛みを覚えた。
「仁奈ちゃん! 仁奈ちゃんだよね!」
「誰……?」
紗の言葉に花園の主――仁奈が小さく小首を傾げる。その声色も、表情も、揺れるウェーブのかかった柔らかな髪も、全てが誰もが知っている仁奈だった。
(「……ううん、違う。にーなちゃんじゃない」)
風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935)が思う。いや、確信する。とても親しい友達だからわかる、そんな些細な違和感が目の前の仁奈にはあった。
だが、仁奈はすぐに視線を移す。その先にいたのは、花園に力なく横たわる信二の前に立つ七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)だ。
「真二くんを眠らせちゃったのは、あなたかな?」
「この子を傷つけるのは本意でないでしょう?」
仁奈の視線を真っ直ぐに受け止めて、ホナミは言う。そのホナミが一瞬だけ向けた視線を受けて隠仁神・桃香(中学生神薙使い・dn0019)が小さくうなずいた。信二少年を抱きかかえ、後方へと下がったのだ。
「信二くんを守るのは、わたしだよ――!」
それを見て、仁奈が言い放つ。その掲げた右手から溢れた色とりどりの花びらが黒く染まり、彼女に吸い寄せられたように集まると漆黒の弾丸を生み出した。
「はい、その通りだと思います。確かに守ったのは、あなたです」
コクリ、と肯定した桃香へ仁奈のデッドブラスターが射出された。だが、その軌道上に一つの影が割り込む――東雲・軍(まっさらな空・d01182)だ。
怯まず揺るがず、軍は群小蝶を振るい構える。
「悪しき魔法は解けるのが物語のお約束だろ」
「無茶するんだから」
仲間を庇った軍の姿に御神本・琴音(天国への階段・d02192)はそうこぼす。だが、その表情が笑顔なのはそこに確かな仲間への信頼があるからだ。
(「仁奈ちゃんと自分と…それからみんなを信じて」)
ここまで来たのなら、自分が出来る事を精一杯するまでだ。そう静かに決意する琴音を見て、長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)が鋭く周囲を確認する。
桃香は信二を手を貸してくれた仲間と共に後方へと下がらせてくれた。その仲間に託せば信二に対する心配はもうない。
「さて、これからが本番だね」
美泉・文乃(幻想の一頁・d01260)の言葉に、仲間達は各々の武器を手に身構える。その己の守るべき領域を侵した敵へ、仁奈はゆっくりと一歩前へと踏み出した。
「わたしは、護らなくちゃいけないの。邪魔はさせないよ?」
仁奈がその身に宿していた闇の気配が濃くなっていく。それを感じながら時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)は愛用の銀弓にそっと触れて呟いた。
「力を貸して、下さいね」
あの花咲く笑顔を夢の外でもう一度見るために――戦わなくてはいけないのだ。
打ち倒すためではない、救うための戦いが護りの花園の中で幕を開けた。
●
花飾りの花びらを揺らし、仁奈は生み出した円盤状の光線を投げ放った。そのリップルバスターの一撃は激しく重い――それでも軍は真っ直ぐに駆け抜けた。
仁奈の眼前で軍がその拳を握る。バチン、と放電光を鳴らしたその拳を仁奈へと振り上げた。
「――ひとりの力じゃ出来る事は限られてる。だからニーナ、皆で助けに来た」
その拳に残る感触の方が痛かった、と軍は声を押し殺しそう告げる。その言葉に仁奈は小首を傾げた。まるで何かを懐かしくような、そんな雰囲気で問いかける。
「助けにって、何のこと?」
「そうだ、皆と一緒にニーナを助けに来たんだ」
軍の言葉に、仁奈はその右手を振るう。漆黒の花びらのような影を宿したその一閃に、軍は大きく後方へと跳び退いた。
「邪魔をしないで。わたしは護らないと、大切なものを――護れな、い、から」
「大切なモノを守れないって何?」
そこへ涼花が回り込み抗雷撃を叩き込む。だが、浅い。仁奈が反応し、素早く身を引いたからだ。
「まだ何も失ってないよね? 大事な人達の声、聞こえるよね?」
「そんな声、聞こえないよ」
涼花の呼びかけに涼花の表情がわずかに動く。それを見て、文乃は解体ナイフを構え、夜霧を花園に展開していった。
(「皆の語りかけが仁奈ちゃんに届くように足止めするのが僕の役割だ」)
文乃は、いや、この場に立つ者は誰もが自分のすべき事を理解している。だからこそ、琴音は涼花へと癒しの矢を放ち、桃香は清めの優しい風を吹かせた。
「仁奈ちゃんを傷付けるのは辛いと思うけど……お願いね」
自分と同じように心に痛みを抱くだろう、そう思い紗はナノナノ のヴァニラへそう語りかける。ヴァニラははばたきを一つ、信頼を込めて傷ついたものをふわふわハートによって回復させた。
紗は大きく息を吸い、防護符で仲間を回復させながら強く強く思いを言葉に乗せる。
「護れないなんて……悲しい事言わないで? 弱い私を、ヴァニラを戦いでも日常でも、助けてくれたのは仁奈ちゃん。いつも一緒にお喋りして、笑って……幸せな時間をくれたのは仁奈ちゃんだよう」
「……わたしは、現実では、護れなかった」
ギュ、と仁奈がその小さな拳を握り、悲痛の声を漏らす。その声を聞いて、軍がその口を開いた。
「ニーナ……俺達は決して強くない。守りたいものを守れない悔しさも……解る」
「ち、がう……わ、たしは……」
「だから皆で強くなろう、お前はひとりじゃない」
その軍の言葉に、仁奈の鮮やかな牡丹色の瞳が揺れる。軍はその手を差し出し――微笑んで言った。
「皆とだから出来る事、きっとこれからいっぱいある。そん中には勿論ニーナも居ないと……だろ?」
「そうだ……どうして、君が全てを護らなくてはいけないんだい」
軍の言葉に重ねたのは千鳥だ。
「独りの力など高が知れているだろう、誰だって及ばないなら、共に立てばいいんだ……それと。君は、「大切な人たち」の中に自分も含めるべきだ。君が皆を護りたいに、俺たちも君を護りたいんだよ?」
共に同じ時を刻むために、そう千鳥は静かに優しく言葉を紡ぐ。仁奈の表情が静かに静かに凍り付いていく――それは戦いの中にありながら、自身がどこに立っているのかを忘れてしまった、そんな表情だ。
その表情がより大きく崩れたのは、その声を聞いた時だった。
「にーな、俺等がこんな長い時間、離れてるの初めてじゃねぇ?」
その声に仁奈が胸を押さえる。その声は甘く甘く仁奈の胸を締め付けた。これまで心に届いた懐かしさよりももっともっと大きな想いが、その声に胸の奥から引きずり出されていく――。
「お前は守れなかったから、って云ってたけど、其れは違ェ……俺が今、苦しいのは、お前が隣に居ないから。お前の笑顔が見れないから」
奈兎の言葉は祈りだ。戦闘には届かない、しかし声は確かに届くそこから奈兎はただ、真摯にその想いを重ねた。
「俺をいつも救ってくれるのはお前だけ――自分を責めるなら、俺を責めていい。お前を現実に縛りつけたいのは俺なんだから」
「――――」
仁奈は気づかない。自分がふらついた事など。それほど深く、何ものよりも強く彼女の心に奈兎の言葉は届く。
「……好きなんだ、仁奈」
吐息を押し出すように、奈兎が告げた。それに、仁奈が大きく息を飲む。
「誤魔化すのはもうやめた。だから俺にもう一度チャンスを頂戴、お前を抱きしめる為に」
ズルリ、と仁奈の足元から影が這い出す。その胸にハートのスートを浮かべ、影によって生み出した異形の巨腕を振るい、花園を蹴散らした。
しかし、その動きには明らかに精彩はない。琴音はそれを見てホナミと華凜へその視線を向け、ホナミは静かにうなずいた。
「嫌と言われても諦めるわけにいかないわ。だってこれは自身を犠牲にしても諦めなかったニーナの決意の証だもの。私達、一緒に強くなるのよ! 戻ってらっしゃいニーナ!」
ニーナには私達が、そして私達にはニーナが――ニーナが護ってきたものは確かにあるから、そんなあなたを否定させやしない。
凛と真っ直ぐにホナミは決意を込めて制約の弾丸を撃ち放った。その弾丸は闇の腕を撃ち抜き仁奈を捉える。攻撃に迷いはない――それは救うために必要ならば!
「華凜ティー!」
「はい!」
華凜は琴音の呼びかけに答え、マテリアルロッドを手に仁奈へと跳び込む。そのパッショネイトダンスの情熱と共にロッドを振るい、仁奈へと呼びかけた。
「ねぇ先輩、こんなにも沢山の人が、待って、ます。それはね、夢の外で先輩が紡いだ優しさの、輪」
語りかけと同時にロッドが加速する。その踊りに組み込まれた連打は異形の腕を守りをくぐりぬけ、仁奈へと届いた。
「先輩は、一人じゃない、です。一人で全て護れなくて、も、皆が、います。一緒なら、きっと――だから……」
息が届くほど近く、仁奈へ華凜は願うように告げた。
「皆のいる此方に、返ってきて、下さい」
ドウッ! と仁奈の体が後方へと薙ぎ払われる。だが、その巨腕が指を花園へとつきたて、跡を刻みながら静止――影から姿を見せたバスターライフルの銃口から放たれた一閃に麗羽はWOKシールドを叩きつけ、その軌道を反らした。
「幸せものだな」
言葉少なく、麗羽が呟く。麗羽は自分の役割はわかっている――彼女を救うためにここまで来た仲間達を守り、その言葉を届かせるためだ。
見てわかる。仁奈には確かにその言葉が届いたのだ、と。戦ってでも救う覚悟を見せた。独りで背負わなくていい。自分を必要だと。綺麗事ではない、心の底からの言葉が、仁奈の人の心に触れたのだ。
ならば、やる事は残るは一つだ。勝って倒して、この悪夢から救い出す――麗羽は真正面から仁奈へとシールドバッシュで殴打した。
●
――剣戟が鳴り響き、花園が散っていく。
ゴォ! と影を宿した闇の巨腕が薙ぎ払われる。それを掻い潜った文乃が解体ナイフの切っ先をつきつけ、毒の竜巻を巻き起こした。
闇の腕でそれを受け止めるが、竜巻は確実に仁奈の身を切り裂いていく。そして、涼花がガトリングガンを構えその銃弾を連射させた。
(「皆、すごいね」)
その戦いぶりを見て、琴音が心の中で呟く。動きに精細さを欠いた仁奈を仲間達は真っ向から迎え撃ち、追い込んでいっていた。
倒さなければ救い出せない。それが闇堕ちだ。この場にいる誰もが仁奈を救うために仁奈を傷つけ、傷つけられていた。
(「仁奈ちゃんとは写真部で一緒で……夏は一緒にみんなで花火をして、クリスマスは仮装パーティして、初詣にも行ったし……。バレンタインにはデパ地下ショッピングしたり、テストの度にみんなで点数公開して罰ゲームしたり、合宿に行ったり、笑ったり、泣いたり――」)
思い出がある。だが、それをただ過去にだけしたくなかった。これからも一緒がいいよ、そう琴音が微笑んだ。
「仁奈ちゃん一緒に帰ろ?」
琴音の言葉に応えたのはバスタービームの魔法光線だった。だが、それを麗羽はその身を盾に受け止めた。
「回復は私が!」
「うん、お願い!」
桃香が麗羽へと防護符を飛ばすのを見て、琴音はその弓を構え彗星のごとく尾を引く一矢を放った。
その矢は仁奈の肩を刺し貫く。大きく体勢を崩した仁奈へと麗羽が更にシールドバッシュの一撃を裏拳で叩き込んだ。
「頼む」
「うん!」
そこへ涼花が踏み込む。その両の拳にオーラを集中させ、連打する。仁奈は闇の巨腕でそれを受け止めようと試みたが、その腕を吹き飛ばし涼花の閃光百裂拳が炸裂した。
そして、華凜がマテリアルロッドを振り抜く。そのフォースブレイクの一撃に仁奈の体が花園を転がった。
だが、その闇の巨腕がすかさず仁奈を立ち上がらせる。そこへ文乃が契約の指輪のはまった手をかざし、石化の呪いを紡いだ。
ビキビキビキ、と仁奈の手足が先から石化していく。苦しげに巨腕を薙ぎ払った仁奈に、紗は漆黒の弾丸を撃ち放ちヴァニラが羽ばたき竜巻を巻き起こした。
「戻ってきて!」
動きが止まった仁奈へホナミが異形の腕を繰り出す。ホナミの鬼神変と仁奈の闇の巨腕が激突、お互いにバランスを崩した。
その間隙を軍は見逃さない。群小蝶が炎を宿す――それは花園から火の蝶が飛び立つように仁奈を捉えた。
仁奈の体がゆっくりと崩れ落ちる――その体が駆け寄った奈兎に抱きとめられる。
その温もりが、何よりも仁奈が帰ってきた事を強く教えてくれた……。
●
「お帰りなさい」
そっと華凜が呟いた。そして、ボロボロと紗は涙をこぼし仁奈をぎゅっと抱きしめる。
「ね、いつもの温もり……伝わった?」
その答えはない。それでも、確かに帰ってくる温もりに紗は抱きしめるその両腕に力を込めた。
「お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
感動の再会に水をさすのは野暮か、と少し離れた場所で麗羽は桃香とそう言葉を交わす。信二少年の事は、問題ない。彼にとっては優しかったこの夢が覚めたその先に本当の救いとなるのだから。
だからこそ、皆の手伝いが出来た――麗羽も桃香もその事が嬉しかった。
「帰ったら皆でバイキング行こう」
皆で美味しいものが食べたい、そう笑う涼花に文乃も提案する。
「さて、無事に皆で帰れるのだから……折角の記念に写真を一枚くらいとっておこうか」
今日という日が笑顔であった事を胸に刻み、記憶するそのために――。
「今日は皆、いい夢を見られるといいね」
美しい悪夢から覚めた彼等は、明日のために夢を見るのだ……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 18/キャラが大事にされていた 3
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