断ち切られてしまった未来

    作者:緋翊

     己の運命を呪ってはならない。
     姫島・桜は、ぼんやりとした意識の中で、そう考えた。
    (「……あー」)
     意識だけではない。
     視界も、定かではない。
     だが、その点は幸運ではあるかもしれなかった。
     彼女は特に血が苦手ではなかったが、
    (「多分……酷いことになってるよね、私の身体」)
     少なくとも、十六年間使い続けた己の肉体が致命的に壊れている状況は、見るに耐えない。
    「おい君、大丈夫か!?」
    「テメェどこ見て運転してやがった!」
    「お姉ちゃん、お姉ちゃぁん……!!」
    「救急車! 救急車はまだなのか――」
    「……」
     色々な声が聞こえた。
     多分、大部分は、自分を案ずる声だろう。
    (「どうしよ。すっごい痛い」)
     どうしようもないのだということは、分かっていた。
     信号を無視して突っ込んできたトラック。
     車線上の子供。
     咄嗟に庇って、代わりに【盛大に吹き飛ばされた】自分。
     つい数分前の出来事を思い出し、うん、多分これは私死ぬな、と納得してしまう。
    (「……ああ、嫌だな。ちょっと後悔してる。兄さん、なんて顔するかな……」)
     男手一つで自分を育ててくれたヒトのことを思い出す。
     今年、というか今月高校に入学したとき、確か彼は、泣いて喜んでくれた筈だ。
    (「死にたくないな。嫌だな。痛いな……」)
     己の運命を呪ってはならない。
     では、自分は潔く死ねばいいのか。聖人でもない、女子高生の自分が?

     ――血塗れの彼女が、そこまで考えたとき。

    「ア……」
     彼女の肉体が不自然なまでに隆起し、青い、暴力的な存在に変化した……。

    「暖かくなってきたね。僕は寒いのが苦手だから、まあ、ありがたい」
     灼滅者達を呼び出した久遠・レイは、静かに呟いて、視線を外に向けた。
    「……さて。最近、一般人が闇に堕ちてデモノイドになってしまう事件が多発していることは、もう知っていると思う。今回、君たちに話す事件も、そのうちの一つだ」
     彼は視線を灼滅者達に戻す。
     話す内容は淀みなく、クリアに、続いていく。
    「デモノイドになった人間はがむしゃらに暴れ回る。負傷者も、死者も出るだろう……」
     今回、デモノイドと化してしまった者の名前は、姫島・桜。
     高校一年生。
     両親はどちらも死去。
     現在は年の離れた兄と二人暮しだという。
     常識的に育ったようで、今回の事件は、いわば彼女の常識的な行動から始まっている――暴走したトラックから子供を庇い、代わりに自分が致命傷を負ったのだ。そしてその後、デモノイドと化し……このまま何もしなければ、事故に気付いて寄ってきた多くの人間を血祭りに上げる。常識も愛惜も無く、極めて破滅的に。
    「幸い、これから急げば、彼女がデモノイドになった瞬間には間に合うだろう」
     灼滅してくれ。
     レイは、ゆっくりと告げた。
    「因みに……デモノイドになって間もないタイミングであれば、多少は人間の心が残っている場合がある。この、桜嬢の心に強く訴えることが出来れば。彼女は再び、人間に戻れるかもしれない」
     彼女が一人でも人を殺せば、戻れる可能性は著しく低くなる。
     だからこれは、救える可能性が幾らかあるというだけの話なんだ――レイは眼を伏せた。
    「戦闘能力は、高い部類に入るだろう。特に攻撃力は脅威だ。単体への殴打はドレインに類似した効果を持ち、両腕を振り回せば周囲の者に毒付きの攻撃を与える。無策で当たれば、正直、こちらの敗北も有り得る程度に厄介だ」
     声を小さくしてレイが言う。
     強敵相手に戦ってくれと頼む自分に対して、何か思うところでもあったのか。
     灼滅者達は短く、力強く、了解だとレイに答えてやる。
     悪い話ばかりではない。
     敵を倒した時――もし桜に、強く人に戻りたいという心があれば。
     一人の人間が、デモノイドヒューマンとして再び生を得られるかもしれないのだ。
    「……君たちにしか頼めないことだ。すまないが、どうか、宜しく」
     視線を上げたレイの瞳には、強い信頼が宿っていた。
     灼滅者達は静かに頷き、教室を、出て行く――。


    参加者
    宗形・初心(星葬薙・d02135)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    香坂・天音(アムネジアバレッツ・d07831)
    八重野・薫平(レターフォーリンクス・d09960)
    伊崎・唯奈(蒼き魔性のアルテミス・d13361)
    日影・莉那(ハンター・d16285)
    篠宮・一花(妄想力は正義・d16826)

    ■リプレイ

    ●殺意ノ渦巻ク場所
     そうして。
     灼滅者達は、目的地を目指す。
    「「――」」
     早く。
     一秒でも早く。
     遠くに感じた学園の校門を抜けて。
     焦燥を覚えながら電車を乗り継いで。
    (「……もどかしいな。これが全速力、なんだろうが……!」)
     八重野・薫平(レターフォーリンクス・d09960)の心中での舌打ちは、当然ではあった。
     これから向かう先には、死と暴力が渦巻いている。
    (「いや。まだ、誰も死んじゃいない、か。問題は――」)
     そう。
     問題は、自分達の働きで、撒き散らされる不幸の量が変動することだ。
     日影・莉那(ハンター・d16285)は嘆息した。
     戦闘に躊躇いは無い。
     戦場に貴賎が在るとも、思わない。
    「もう少しで、着く筈だから……みんな、作戦は決めた通りで、宜しくね!」
    「うん、一花がんばるっ――じゃなかった、ギャラルホルンは鳴った! 進軍の時は今!」
     助けたい、と思う心のままに、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が叫ぶ。
     無策では危険な戦場だ。
     青瞳を閃かせ――台詞を修正して――篠宮・一花(妄想力は正義・d16826)が答える。
     他の面々も、無言で肯定した。
     道中を急ぎながらの作戦会議は大変だったが、成果は残せるはずだ。
    (「多発するデモノイドの発生事件。原因は未だ不明――トリガーは、概ね外的内的要因による衝撃的な肉体的、精神的ショック――謂わば、ストレスに対し心身が耐えられなくなった時に発生する反応に近い……とも言えるが」)
     思考を加速させるのはヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)。
     暴力の嵐。
     その背後にあるのは、一体何なのか。
     考察は尽きず。
     真実は現れない。
     けれど。
    「……彼女に、悪意を、施した存在は、はっきりしている……」
     小さな。
     本当に小さな伊崎・唯奈(蒼き魔性のアルテミス・d13361)の呟きに、皆が反応する。
     ソロモンの悪魔。
     暗躍したのは――あの人心を弄ぶ存在に違いない。
    「今ならまだ間に合う、彼女も含めて、誰にも犠牲なんて出させられないわ!」
    「同感ね。此処で終わりなんて、そんなの、あんまりだもの――」
     絶望はしない。
     宗形・初心(星葬薙・d02135)と香坂・天音(アムネジアバレッツ・d07831)が目線を交わした。走り始めてどれくらい経過したのか。既に自分達は、相当の距離を稼いでいる。
    「ウ、ウアアアアアアアアア!?」
     そして。
     灼滅者達は、まさしく悲劇の現場に、正確に、到着した。

    ●速動
    「ア、アアアアアアアアアア!!!」
     びりびりと鼓膜が打たれるのを、感じた。
     目の前に居るのは、青き巨体。
     紛れも無くデモノイドだ。
    (「間に合った――少なくとも、被害者は居ない!」)
     最も早く状況を承知したのは莉那だった。
     路地の血は、全てが姫島・桜のものらしい。
     そう、灼滅者達は間に合った。
     けれど――。
    「お、お姉ちゃん……!?」
     おそらくは、命を救われた少女だろう。
     桜の近くにいる彼女は、突然現れた巨体に戸惑いを投げかけ……。
     同時。

    「……ククッ」

     くぐもった笑声にも似た音と、青き豪腕が爆ぜる!
    「ひ、」
    「ッ!」
     それを救ったのは、いろはと、ヒルデガルドだ。
    (「このチームの指針は一般人の犠牲者を出さない事――ならば」)
     加速する思考。機動は海を往くオルカの如く。。
     常人離れした速度で少女達を連れ出すことに成功する。
    「グ、ア……!?」
    「まだ……自分の運命を呪うのは早いんじゃない?」
     いろはが、デモノイドを見て金色の瞳を細める。
     次の瞬間、動いたのは――天音と唯奈だ。
    「――じゃ、ハッピーエンドを始めましょう?」
     灼滅者の特殊な力は、戦闘分野に限られない。
     うっすらと笑う天音が行使したパニックテレパスが、一般人を惑わせ――。
    「皆さん、すぐにこの場を離れて! 警察です、だから此処は、任せてッ!」
    「「あ……」」
     凛、とした唯奈はプラチナチケットで公権力を纏い、叫びを上げる。
     効果は劇的だった。
    「に、逃げろぉぉっ!?」
     容易く、周囲の人が居なくなる。
     超常現象の連携としては言うことの無い実例だ。
    「さて……まだまだ、暴れたいんだろう? なら、俺達が相手になるよ」
    「貴女は、正しい心を持ったヒト。このまま未来を断ち切らせたりしない!」
    「――!」
     そして。
     デモノイドの暴走は、槍を構える薫平と初心が抑えた。
     姫島・桜だったものは、思わず一瞬だけ動きを止める。
     隙が、無い。
    「くっくっく……」
     助けて見せよう、と。
     心に決め、そして不敵に笑うのは一花である。
    「私の力を持ってすれば、この程度の事件を解決するなど造作もない。さぁ、見せてくれよう。私に封じられし真の力を!」
     叫びに見合うだけの力を、彼女は既に纏っている。
     その姿は金髪碧眼の魔王の如く。
     よしあの子すげー気合入ってるな、と誰かが頼もしそうに言った気がしないでもないが!
    「……始めようか?」
    「ガアアアアアアアア!!」
     まさしく。
     次の瞬間に、力と力は、激突を開始したのだ。

    ●暴風ニ挑ム
     実の処。
     この時点までの八人の行動は完璧に近いものであった。
     一般人の死は、未だ零。
     時間を掛ければ、戦場で守るべきものを抱えながら戦い始めることになった筈だ。
     ……これは。
     余りに短い時間で達成されたが故に見落とされそうな、誇るべき戦果。
     実際、その最悪な戦闘を行わざるを得ない可能性は、高かった。
     後は――。
    「ア、アアアアアアアアア!!!」
     この暴力を、どう捻じ伏せるか、である。
    「「ッ」」
     咆哮するデモノイドを前に、灼滅者達は陣形を形成。
     最も初めに、かつ近距離から、攻撃を見舞ったのは前衛達だ。
    「……今なら、間に合う。心の闇に意識を奪われないで!」
    「まだ、何も終わってはいないわ。終わらせないために、私達はここに来たのよ!」
     疾駆する第一の刃は、初心と天音。
     二重の螺旋槍。
     鋭い刺突を、デモノイドは回避出来ない。
     だが、防御には成功している。
    「遅い!」
     それでも。
     薫平の三発目の螺旋槍が更に回避を遅らせ、
    「女の子に言う台詞じゃない気もするけど……キミは格好良かったよ。だからもう少しだけ頑張って? 必ず、いろは達が助けるから!」
     一瞬で至近に至った、いろはの刀が鞘奔る。
     黒死の刃の速度は――視認さえ追い付かない。
    「アアッ!?」
     初心と共に破壊の力を担う一撃は、遂に直撃した。
    (「効いてはいる、が……恐ろしいな。致命傷には遠い!」)
     苦悶の声に、莉那が冷静な分析を行った。
     戦士としての彼女の思考は正しい。
     故に。
    「オ、アアアアアアアアア!!!」
     直後、巨体を思わせぬ俊敏な反撃が、彼女の予想通りに引き起こされた。
    (「痛っ……これで、この威力で、範囲攻撃……!?」)
     初心を咄嗟に庇った一花が驚愕と共に悲鳴を噛み殺す。
     痛い。
     ディフェンダーの加護を得て尚、体が引き裂かれる幻想を抱く程に!
    (「――損傷確認。回復を行使しない場合、程無く戦闘不能者が出る公算が大」)
     その破壊は、水準程度の灼滅者であれば息を呑んだだろう。
     だが、それでも冷静に思考する者がいた。
     ヒルデガルドだ。
    「っ、感謝するぞ!」
     即座に行使された闇の契約は、前衛の体力を大幅に回復させる。
    「敵は強い、けれど、最強では、ない……気を、つけて」
     更に唯奈が防護符で癒しを重ねた!
    「成程、予想通りに固い―――だが、予想以上でも、無いな」
    「ッ!?」
     追撃を遮るのは莉那のブレイジングバーストだ。
     精密な射撃は、敵の意志を逸らすに十分過ぎる。
    「死ぬことも、抑えられない力で誰かを傷つける事も本意じゃないだろう……?」
     そう。
     灼滅者達は絶望しない。
     圧倒的な力に傷つきながらも、薫平が。
    「思い出せ! 君の、大切な、家族の事を!」
    「諦めたらダメだよ、お姉ちゃん! 私だって同じだったの。信じられないかも知れないけど、まだ終わりじゃないよっ! 助かるんだよっ!」
     続いて、一花が。
     それぞれの持つ力で、ダイレクトに、戻って来いと叫びを上げる――。
    「ウ……」
     そして。
     デモノイドが。
    「ウ、アアアアアアアアアアアアアアア!?」
     いや、姫島・桜が。
     絶叫した。
     ソレは、もしかしたら、悲鳴であったのかもしれない。
    「負けないよ……そうだよね?」
    「ええ。彼女は、私達の仲間になれる筈だから!」
     暴力に相対して、いろはと初心が、なお強い意志で頷き合う。
     まだ、運命は決まっていない。
    「自分、を、強く、持って……あなた、は、そんなモノに、負けない、心、持ってる、から」
     呟く唯奈の青い瞳が、義憤と慈愛で混合される。
     胸に秘めるのは、悪辣なアモンへの怒り。そして桜を想う心。
    (「仲間に恵まれている戦場は、有り難いわね……?」)
     きっと、誰一人として――姫島・桜の救済を諦めてはいない筈なのだ。
     天音が微笑する。
     殴られてばかりはいられない。
    「(死亡者は未だ零。このチームの勝利条件を満たせる可能性は……低くないものと思料)」
     絶叫。
     爆音。
     炎。
     血。
     その全てを見ながら、ヒルデガルドは思う。
     現実には夢も幻も光も、無い。
     だがそれ故にこそ、灼滅者達は、眼の前の光景に目を背けずに戦うのだ。

    ●戻ラナイモノ
     勿論、容易な依頼など存在しないものではあるが――。
     それでもこの依頼は、比較的困難な部類に入るだろう。
     なにせ、考えるべき事が多い。
     救助。
     戦闘。
     救出。
     不確定要素が増えれば、それだけ見通しは不透明になる。
     実際、皆、よくやっていた――もう少し具体性に欠ける方針があったとしたら、一般人の死者か、戦闘不能者が出ていた点は此処で追記しておくべきだろう。つまりは、この時点で大成功へ繋がる公算はなくなっていた筈なのだから。
    「っ、ちょっと毒が、洒落にならない! この手番で自己回復するよ!」
    「(――妥当な判断を認める。ならば回復を別の前衛へ)」
     戦場は膠着、しているわけではなかった。
     現状、最大の回復能力を持つ後衛のヒルデガルドが、他者と呼応して無駄の無い回復を行使する――初心が癒される隣でいろはの叫びが起こった。
    「オアアッ!!」
    「くっ……」
     間隙を突くデモノイドの突き。
     初心の側面に回り込んで、比較的余裕のある天音が引き受ける。
     感謝と共に初心が反撃。
     右手のマテリアルロッドで魔術を紡ぐモーションが停止、左手の妖槍が加速する!
    「助かった……わ!」
    「ッ」
    「……まだ、終わら、ない!」
    「!」
     インパクトは二重。
     唯奈のデッドブラスターが、鮮やかな連携を見せ、ドレイン分の体力を殺ぎ落とす。
    「グ……ウ、ウ、ウ!」
     累積するダメージとバッドステータス。
     互角に見えたソレは、此処に来て灼滅者に軍配が上がっている。
     個ではなく集団で戦う灼滅者は、間違いなく強く――誰もが、気を抜かない。
     結論から言えば、漸く、灼滅者達は奇跡を手に入れつつあった。
    「さて……なぁ怪物。立派な行動を取ったお前が、生きる事を望むのであれば」
     故に、ここで最大火力を叩き込む。
     静かに――莉那が呟く。
     その言葉さえ、戦闘の要因として。
    「救われる権利も余地も──そしてその手段もあるが。どうするんだ?」
    「!?」
     レーヴァテインの炎が巻き起こる。
     敵の動きが止まった気がしたのは、何故だろう。
    「貴女の終わりは……こんなところじゃ、無い! 絶対に、終わらせない!」
    「そう。終わってないんだから、さ。断ち切られたものは、結び直せば良いんだよ」
     優位とはいえ限界も近い中。 破壊者、初心といろはの一撃が爆ぜる。
     閃光が、言葉が、デモノイドに直撃した。
    「……薫平お兄ちゃん」
    「……ああ、往こう」
     最早ここは、攻め切るべき局面だ。
     一花と薫平が、構えを切り替えた。
    「ッ」
    「……子供のこと助けたお姉ちゃんの優しさ、諦めたら全部壊れちゃう! お兄さんだってすっごい悲しむよ! お願いだから、その目を開けてっ!」
    「う……」
    「俺も以前、救われたことがあったよ。有難かった。忘れられない……だから。俺も今日、君を助けたいと思う。共に戦いたい、とも!」
    「うぅうぅぅううぅうう……!?」
     至近で、最早本来の言葉のみで、二人が叫んだ。
     閃光と炎がデモノイドを包み――聞こえる悲鳴は、どこか生々しい。
    「大丈夫、きっと、戻って、来られる……貴女の、ことを、教えて?」
     もう少し。
     もう少しだ。
     唯奈が全力でオーラキャノンを放ちつつ――信頼を込めて見る。
     同時に駆け出した、天音の存在を。
    「――レクイエムなんて弾いてあげない。貴女はこっちへ、戻ってくるのよ」
     武器に付随するキーボードから我知らず紡がれるのは、哀切と切望の曲。
     指を離し、加速する天音はただ願う。
     拳に力を込めて。
     届けと。
     自分達の力が。
     言葉が。
     優しい少女の、本質に届けと――。

    「こっちに来て、桜!」

     突き出す。
    「う……」
     その一撃で、敵が倒れる。
     ソレは、半ば分かっていたことだ。
     だから。

    「……あは。私……多分。幸せ者だ……ねぇ、そう、でしょう?」

     倒した青き巨体の中から、少女が現れたとき。
     その瞬間こそが、灼滅者たちの、勝利の瞬間だった。
     少なくとも、今日ここで、戻らないものはなかったのだ。

    ●日常ヘ
    「ありがとう、ございましたっ!」
     姫島・桜は、礼儀正しく礼をした。
     デモノイドヒューマンとなった自分。
     灼滅者たちが救ってくれた命を、彼女は大切にしたいという。
    (「……約束、守れたかな?」)
     いろはの口元には微笑が浮かぶ。
     抑えられないし、抑える意味も、あるまい。
    「いやー、結構ヒヤヒヤしたね。良かった」
    「そうね。これぞ灼滅者の面目躍如って感じだわ」
     薫平と天音が目線を交わす。
     疲労さえ心地よく感じられるのは幸せなのだろう。
    「ま、善人ってのはワリを食うように出来てるもんだ」
    「……良かった。良かったよぉ……!」
    「……本当に、有難う、ね?」
     一息と共に、莉那が苦笑しつつ言った。
     視線の先には一花。キャラ造りを放棄し、桜に抱きつく彼女は、本当に嬉しそうだ。
    「さて。姫島さん、貴女のこれからですが……」
     提案は初心から。
     彼女の視線に頷きを返し、唯奈が手を差し伸べる。
    「学園、に、一緒に、行こう? あなたの、これからが、まってる」
    「うん……私、頑張るから。沢山頑張るから、宜しく、お願いします!」
     すぐに手は取られた。
     そう遠くない未来、桜は再び――灼滅者たちと学園で再会することだろう。
    (「デモノイドの異常発生。何か、儀式とは違う要因がある筈だが……」)
     戦いは続く。
     ヒルデガルドが振り返り、一瞥した事故現場には、もう何も無い。
     勿論、諦観だけは抱かないが。
    「それじゃ……帰ろう!」
    「はい!」
     元気な声が、住宅地に響き渡る。
     それは――灼滅者たちが掴み取った、消えてしまう筈の希望だった。

    作者:緋翊 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 17/キャラが大事にされていた 0
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