風が運ぶ春の便り

    作者:月形士狼

     新学期も始まった、朝の登校風景。
     冷たかった風は優しさを帯び、学生鞄を肩越しに持つ男子学生に小さな花びらを届けた。
    「もうこっちじゃ桜も終わりだなあ」
     掌で受け止めた桜の花びらから視線を上げ、朝日南・周防(中学生エクソシスト・dn0026)が緑の色の方が目立つようになった桜の木を見上げて少し寂しげに呟く。
    「でもま、あっちじゃまだまだこれからが見頃なんだけどな」
     思い浮かべるのは田舎の桜。
     辺り一面に広がる、紅と白の滝のように咲き誇る枝垂れ桜と、その傍らにある苺農園から届く甘酸っぱい香り。
    「……想像していたら行きたくなっちまったな。今度の休日にでも行ってみるか」
     蒼穹の空を見上げ、楽しげに笑みを浮かべる。
    「みんなも誘ってな」
     この学園に来て出来た、仲間達の笑顔を思い浮かべながら。


    ■リプレイ

    ●春の贈り物
    「わー…スゴイね苺だらけ」
     リコがの喜ぶ姿を見て、夏樹は誘って良かったと思う。もっとも、
    (「たまにはのんびりと思って誘ってみましたけど……リコも同じこと考えていたとは」)
     思わず二人で笑ってしまった事を思い返していたら、
    「大きいのあったよー、食べる?」
     不意に苺を突きつけられ、その無邪気な姿に胸を高鳴らせて慌ててしまう。
     イイ笑顔であーんと強調して迫られ、からかわれている事に気付くが、
    (「でもまぁ……リコが喜んでくれるならそれでいいかな」)
     結局は許してしまい、つられるように笑顔を浮かべた。

    (「苺狩りは久しいので嬉しいです」)
     鈴なりになっている赤い果実に目を細め、帷は一緒に来た二人に声をかける。
    「あちらの方が多くなってますよ」
     そんなてきぱきと動く樂にふらふらとくっつく樂もまた、今日を楽しみにしていた。
    (「初体験! てことで、ちょっとわくわくするな」)
     しゃがみこんでじっくりと吟味し、ぱくり。そのまま持ってきたデジカメを一緒に来た者達に向ける。
    (「相変わらず朱里は食うことに真剣だな」)
     ある意味尊敬の視線の先で、朱里は胸一杯に甘い香りを吸い込むと、大振りな苺にかぶりついた。
    (「美味いのはやっぱそのまま生で食べるのが一番! ふわあぁ……幸せ~」)
     気が付けば一心不乱に食べている自分に我に返り、少し恥ずかしくなったり。
     その後、三人で一緒の写真を撮って貰い、笑いあった。
     こんな幸せがいつまでも続いて欲しいと、願いながら。

    「久しぶり」
    「雪乃か、久しぶり」
     何やら『いちごサッカリンハバネロ餅』というのを作って倒れたという明を運び終わった周防が、過去、自分を助けてくれた少女へと笑顔を浮かべて挨拶をかわす。
     その姿に満足した雪乃が、普段見せない微笑みを浮かべた。
    「元気そうでよかった。 ………じゃ、私は苺いくから」
    「ん。おかげさまでな。今日は楽しんでいってくれ」
     そうして足早に離れていく小さな背を、保護者の様に見守っていたりんごが追いかけた。
    「はい、あーん」
    「……酸っぱ……」
     りんごが摘んだ苺を口に入れた雪乃が肩を落とし、もう一つと勧められた苺を食べさせて貰うと、瞳を輝かせる。
    「……もっとほしい……」
    「はい、どうぞ」
     抱き抱えられるその姿は、まるで飼い猫のようで。
     見ている者達に、笑顔を浮かばせた。

    「見て、これなんか先っぽが2つあるよ。2つくっついてお得感があるね!」
     苺を手にして笑う山女に、智慧がのほほんとした表情で言葉を返す。
    「んー。私は山女とこうしていられるだけでとてもお得ですよ?」
     その言葉の影響か山女が足元に躓き、転びそうになる所を咄嗟に抱き上げて難を逃れ。
     その後採った苺を二人で食べさせ合うと、山女が余った苺でジャムを作り出した。
    (「やっぱり自分で採った苺の方が食べさせるのに愛情も一入ですよね」)
     それを見守る相手に、沢山の愛情を込めて。

    「凄い! これなら色々作れる!」
     思ったより本格的な調理場に、星夜が歓声を上げた。
    (「……って、はしゃぎまくって、女子みたい、かな」)
     それでも、好きなものは好きだからと開き直り。
     全力で自分の為のスイーツを作り出した。

    「うわあ! 綺麗だなあ!」
     風景を夢中で撮っていたエトが、苺を撮ろうとして一緒に来た皆に気付き、慌てて駆け寄った。
    「採ったのをその場ですぐ食えるってのは贅沢だよな。この辺の苺、大粒で美味いぞ。エト、写真撮っとけ」
     留守番組にあとで自慢してやろーぜと話す隣で、桃香が歓声を上げる。
    「わわ、美味しそうな苺がいっぱいですね!  苺はヘタのほうから食べたほうが甘く感じられるんでしたっけ?」
     驚くような価格の白い苺もあるそうですけど、やっぱり真っ赤な苺のほうがと言う桃香に葵が頷き、
    「本当に沢山あるね。確かツヤがあって、全体的に赤く色づいているのが美味しい苺のはず……」
     良く選んで食べてみると、確かに美味しいねと笑みを零す。
     苺狩りを楽しんだ後、遊の折角だし何か作ろうという呼びかけで、調理場へ。
    「よしそれじゃ、桃香とエトは洗ってヘタを取った苺を細かく切っ……」
    「う~あ~う~」
     呻いている声に振り向けば、苦戦しているエトの姿。
    「桃香さぁ~ん」
    「はい。正直お料理は苦手ですけれど……頑張ります……!」
     その発言に遊は慌てて刃物を持った手を止め、苺を潰すように指示し直した。
     しかし桃香の潰そうとした苺は明後日の方向に飛び、鍋にかければ勢いよく煮え立たせる。
    「苺を潰す時はそこまで力を入れなくても大丈夫だよ。鍋の火加減は……」
     悪戦苦闘といった感じの調理だったが、葵達のフォローもあり、なんとか苺寒天が完成。
     苺ジャムも出来上がり、皆で作ったお土産に顔を見合わせて笑い合う。
     喜んでくれるかなと、楽しい笑顔を浮かべながら。

    「まったく、長時間外に出るのは危険だと言ってるのに」
    「だって、苺好きなんだもん! 仕方がなかろう」
     双子の弟である无凱に、静謐は頬を膨らますと、そっと呟く。
    「ねぇ无凱、こうやって3人で出かけるのって久々じゃない?」
    「…そういえばそうですね」
     一瞬だけ曇った表情から目を逸らす様に採った苺を姉が横取りし、他愛もない姉弟喧嘩が始まった。
     そんな2人を仲裁するように梶和良が間に入り、无凱が驚きと安堵で動きを止める。
    (「変わらないんですね……」)
     苺を梶和良の口に近づける姿に、在りし日々。
     大切な日々を懐かしんで。

     苺狩りを楽しみにしていた涼花が、ふと気づいたように話しかけた。
    「そう言えばいっくん。甘いの苦手だけど果物は平気なの?」
    「果物は平気。 つっても甘ったるいのはちっと苦手だけど……って練乳ってマジか」
     軍が思わず顔を顰めていると、大振りな苺を差し出してきた。
    「いっくんあーん」
    「ん。んまい」
     特に抵抗もなく口に入れ、何か感動している涼花に、お返しとばかりに苺を。
    「すずも、食ってみ?」
    「もぐ」
     食べてから思う。ひょっとして今のは『あーん』ではないかと。
    「おいひいれふっ!!」
     今までで一番美味しい苺を味わいながら、この上ない幸せを感じていた。

     動きやすい恰好の上に、春色の可愛いチュニック。
     大切な腕輪とペンダントをつけた友梨が、芳醇な春の香りに笑顔を浮かべた。
    (「普段は二人で、 室内で過ごすことが多いから新鮮だね」)
     そんな恋人の隣で、良く熟れた苺を食べていた静流が振り返る。
    「あぁ、コレは美味しそうだ。ほら、友梨。あ~ん」
    「苺、大きいなあ……一口は無理かな」
     もぐもぐと食べる姿に親鳥みたいな気分を感じながら、この苺を使うなら何がいいかと語り合う。
    「苺のソースを杏仁豆腐にかけるとおいしいんだぞ。作ってみような」
     春の陽だまりの中、穏やかな時を感じながら。

    「よし、食べ尽くす」
      苺は大好物、苺のモチーフも大好きで、今日の服も苺のお姫さまな鋼の宣言に、鷹秋が笑って同意する。
    「かははっ! 良い心意気だ、んじゃ全部頂いちまおうぜ」
     目を輝かせる可愛らしい恋人に、甘くて美味しそうな苺を収穫しながら思う。
    (「鋼待望の苺狩り、機会があってよかったぜ」)
     そうしていると、ハート型の苺を口にした鋼が振り返った。
    「鷹秋、ん~!」
     苺を指差して何かを訴える姿に、鷹秋が少し照れくさそうに笑う。
    「困ったお姫さんだ」
     苺の茂みの影で、二人の顔が近づき、
    「甘くて、美味いぜ、鋼」
     そんな声が、静かに響いた。

    (「お出掛けってわくわくするよね。旬の苺、すごく楽しみだよ」)
     期待を胸に、予記がビニールハウスの中へと入る。
    「こーいう、瑞々しい土とか緑のにおいって春らしくっていいよなー。んで、何より苺の香りっ」
    「うん、日方先輩。ほんとこういうのって採りたてが1番だよね」
     続いて足を踏み入れた日方にルードヴィヒが頷き、瑞々く実った苺にうっとりとする。
    「予記、そっちの美味しそうだよー、ゲットゲット!」
    「ん、ルーイ先輩、何……?  わぁ、すごく大きくて真っ赤なの発見! 科戸くんもどうぞ」
     予記がその言葉に振り向き、大粒な苺を三つ取って二人へと渡す。
    「わ、マサ、サンキュ。……俺さ、苺狩り初めてだけど、採ってすぐのって陽の温かみも食べてるみたいで結構好きかも」
     そんな日方に、ルードヴィヒと予記が、今度は自分達の地元にもと誘い、また皆でと笑いあう。
     甘酸っぱい、春の香りの中で。

    ●紅白の華滝
     河川敷の桜の下で、3人の少女が仲良く並んで座っていた。
    「苺のタルト、タルトー……♪」
     笑顔で口ずさむ桜音に、包みを広げる紗那が窘める。
    「今開けるからもう少し落ち着いて」
     そんな双子の義妹達に挟まれたシェルことシェリーが、微笑ましげに見つつ、魔法瓶を取り出した。
    「紅茶を淹れてきたよ。これも一緒に飲もうか」
     口にしたタルトに、シェリーが思わず微笑む。
    (「桜音の飾りつけは、凄く可愛いし、紗那と焼いた生地はとても美味しい」)
    「3人で作ったタルト、美味しいね……♪ 紅茶もお菓子も、すっごく美味しい……♪」
     そう言う桜音の頭をぽふぽふと撫で、次にこっそりと羨ましがる紗那の頭を撫でた。
    「2人とも、頑張ったね」
    「えへへ……ありがと、です……♪」
    「へへ……シェル姉、ありがと♪」
     皆で桜を見上げて、目を閉じる。 
     苺タルトの香りと、紅茶の香りに包まれ、耳には桜のそよぐ音と大切な人達の声。
     また来年も一緒にと、約束を交わして。

     生まれ育った孤児院への挨拶の道すがら、香りに誘われたように南守が立ち寄ったた直売所に、梗花が続く。
     土産とは別に自分達のを買い、桜の下で広げた苺タルトを梗花が口に運ぼうとする姿に、昔を思い出して悪戯心が湧いた南守がひょいっと苺を取り上げた。
    「あ、どうして取るのさー!」
    「はは、冗談だって! 悪い悪い。 ほらゼリーやるから機嫌直せよ」
     そうして差し出したゼリーの上に花弁がひらりと降り、梗花が唇でそっと掬う。
    「これで十分だよ。ごちそうさま、南守おにいちゃん」
     その言葉に気恥ずかしく思いながら、2人で眺める桜を互いに嬉しく思う。
     これからも宜しく、親友と。言葉を交わす思い出と共に。

     直売所で買ったデザートを手に、寛慈が河川敷に並ぶ桜を見上げる。
    「ここのはまだ綺麗に咲いてるんだね」
     思わず呟くと、大洋が笑みを返して頷いた。
    「咲いてるところには咲いてるもんだな。桜、綺麗だ」
     誘った切っ掛けを話すと、苺タルトとお茶を手に桜を見上げながら口へと運ぶ。
    「思ったより甘酸っぱい風味でウマイ! ……寛慈くんも一口どう?」
    「……や、俺には苺大福があるし」
     ずいっと差し出された苺タルトに寛慈は遠慮するが、
    「あぁ……でも口の中が甘ったるいから、お茶欲しい」
     そうしてお茶を貰うと昼寝する太洋に、お土産を渡そうと心に決める。
     誘ってくれた、感謝を込めて。

    「いやはや、少々の息抜きも悪くは……、ないですよねぇ……」 
     そう言いながらも流希は手帳に今後の予定を書き込むが、やがてその手を止め。
    「新しき 季節に秘める 胸のうち。ですかねぇ……」
     期待と不安の入り混じった表情で、新しい季節の象徴である桜を眺め、呟いた。

    「苺♪ 苺♪ って、あ!」
     苺狩りを楽しみにして口ずさむりりが、河川敷に広がる桜並木の目を奪われた。
    「わーわー、すごく綺麗そう! ねね、六夜くん、ちょっと見ていこー」
     それを聞いた六夜は、可愛い我が儘に仕方ないと笑うと、
    「お姫様の仰せのままに」
     そう応えると、しっかり捕まるように言ってスピードを上げる。
     巻き起こす風が桜の花びらを舞い上げ、りりが歓声を上げた。
    「うわー、すごい、きれー! ばっちりな時に来れたねー!」
    「りりが一緒だからかな、今日はいつもよりずっと特別なものに見えるよ」
     大切な者の声に、六夜は思う。
     これからもと一緒に言う言葉に、黙って微笑みながら。

     満開の桜を眺めていた勇真が、見知った顔に声をかけた。
    「周防先輩、一緒していいかな? いつか一緒にメシって思ってたし」
    「よ、勇真。確かにあの時は俺だけ食ってたっけ」
     助けられた時の事を思い出して周防が笑い、お手製の苺大福と苺飴を交換する。
    「美味いなー、てか上手くね?」
    「俺の実家、和菓子屋だかんな」
     そんな事を話していると、キャリーを引いた鈴音が通りがかった。
    「こんにちは、周防君。今日は誘ってくれて、嬉しいです」
    「鈴音先輩、こっちこそ参加してくれてありがとな……って凄っ!?」
     重箱に入れた、春をテーマにした沢山の和菓子や洋菓子。桜の香りのお茶まである事に驚く。
    「人数分ありますから、良かったらどうぞ」
     それじゃとばかりに周防は辺りを見回すと、水筒に入れた紅茶を片手に、日向ぼっこと花見を楽しむ少女の姿を見つける。
     目を閉じて他の参加者の楽しむ様子を耳にしていた朔耶が、名前を呼ばれて振り向くと、やがてその輪に加わった。
     その近くを歩いていたレイリアーナは、たまには外へと花見に来たが、やはり独りな自分に悩んでいた。否、それは構わない。
    (「もし誰かと話す事になったとき、冷たいって思われたら、どうしよう……」) 
     折角だから誰かと話したい。でも人と話すのは苦手。
     そう考える彼女が、賑やかな集団に声をかけられるのは、ほんの少し先のお話。

     レジャーシートで場所を確保した真琴の元に全員が揃い、用意した物を広げ始めた。
    「いい天気になってよかったねー♪ 文太も大喜びだよー♪」
    「良いじゃないか風流で。 まぁ俺は、花より鯛焼きだけどな」
     屋台で買った鯛焼きを齧る咲哉が、向日葵の言葉にニヤリと笑い、全員分のお茶と共に広げる。
     それに続いて向日葵が取り出したのは、5重箱のお弁当。
    「みんなの好きなものいーーっぱい詰め込んできたよー♪」
     まさかと考えていたら、本当に鯛焼きが入っていた。ただし、中身がカスタード。
    (「ソメイヨシノのふわふわした感じもいいが、枝下桜の流れるような感じも良いよな」)
     そんな事を考えていた陵華が、この段には唐揚げにタコさんウィンナーと聞いて目を輝かせて振り向いて、歓声を上げる。
    「おー凄いな向日葵。どれも美味しそうだ!」
    「私は柏餅と桜餅ですね。ちゃんと人数分ありますよ」
     真琴がそれに続くように取り出し。そういやセカイは何をと言う咲哉の声に、セカイが観念して甘いものを詰め込んだお重を広げる。
     勿論引かれるかもという心配は杞憂で、皆で笑い合いながら花見を楽しんだ。
    「お茶を飲みつつのんびり花見はいいものだねー♪」
     一息ついてお茶をすする向日葵に皆が頷き、桜や皆を撮っていた陵華が通りすがりの人物に記念写真をと頼みこむ。
    「周防ちゃんありがとーね♪」
     写真を撮り終えた周防に感謝を告げた一行から少し離れ、セカイが桜の木に手と頭を当てて、感謝の言葉を呟いた。
     この和やかな春の一日に、心から感謝して。

    作者:月形士狼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月6日
    難度:簡単
    参加:45人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 4
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