信じて受け取ったデータが腐ってたんですが

    作者:赤間洋

    ●えらいこっちゃ
    「あら、ご覧になって。新井先輩だわ」
    「まあ、今日も素敵でいらっしゃるわね……どうなさったのかしら、あんなに走って」
     やばいやばいまじやばいあばばばばばばばば。
     と、見る者が見ればそんな表情で新井・萌子は走っていた。必死の形相で図書室に向かって爆走するのを、同じ高校の後輩達がのほほんと見守っている。
     成績優秀にして品行方正な文芸部員。
     それが萌子のごく一般的な評価であったしそれは何ら間違っては居ないのだが、実は萌子には他人には言えない大きな秘密があった。
     そう、秘密である。細心の注意を払い絶対に外に出さないようにしてきた、あまりにも大きな秘密だ。だが秘密は暴かれるものだし、運命は概ね扉を滅多打ちにして去っていくようにできている。
     文芸部に提出する小説の締め切りと、彼女の抱える『秘密』に関する締め切りが重なってしまったのが全ての悲劇の引き金であった。
     図書室の引き戸を乱暴に開け放った。ぜいぜいと肩で息をして、血走った目で図書室をぐるりと見渡す。顔色は既に蒼惶としていた。
     己のしでかした大失態に気付いたのは学校のPC室からデータを送信した直後である。ここに来るまでに10分とかかっていない。奇跡は起こる。起こるのだ。起こってお願い。
     だが全ては遅すぎた。
    「……萌子、先輩」
     西日が揺れる図書室の床に、プリントアウトされた『それ』が散らばっていた。愕然とした可愛い後輩の表情に、全てが手遅れだったと悟る。遅れて膝をついた。
     もうだめだ――強い絶望が襲ってくる。今まで築き上げてきた品行方正で頼れる素敵な先輩像が全て水泡に帰すのだ。否、明日から学校に来られるかどうか。後ろ指を指され白い目で見られ侮蔑と嘲弄の雨嵐の中残る学園生活を過ごすしかなくなってしまうに違いない……!
     頭を抱え床を凝視し、ぶつぶつ呟く萌子に、後輩がおずおずと声を掛ける。床に散らばった、プリントアウトした萌子の『秘密』、
    「……あの、この小説、先輩のですよね……なんで男の人同士でエッチな……そもそもなんですか、この『おきよめエッ』」
    「いやああああああああああああああああああああああ!?」
     即ち年齢指定付きねっちょりべっちょりBL小説。
     悲鳴と共に爆誕したデモノイドが図書室のパソコンを叩き潰し、返す拳で不運な後輩を挽肉に変えたのは少し後の話。
     
     
    ●腐女子いう名のカルマ坂
     教室は死んだような空気であった。濁りきっている。窓の外はいかにも春先という陽気であるにもかかわらず、だ。
    「……いや、まあ、ね? 趣味にケチをつける気はございやせんが」
     参考資料とおぼしき薄い本をそっと机の上に置いて言う槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)は、だが決して目を合わせようとはしない。サニティ的なポイントがごっそり削り取られた表情してるのはきっと気のせいである。気のせいだよ。
     薄い本である。イケメン同士でキャッキャウフフする類の、いわゆるBL本。
     同好の士以外に薄い本を見られるダメージは、存外ダイレクトに返ってくるものなのである。実際他人事なのに沈痛な面持ちでうつむく一部女子が教室にちらほら居る。キミたちの人生に幸あれかし。
    「薄い……本……」
     桜木・和佳(誓いの刀・d13488)と言えば机の上のBL本をためつすがめつしている。それが何か全く分かっていない表情である。
    「そんなわけである高校に通う腐……文芸部の女の子が闇堕ちします。最近よく見る、デモノイドですね」
     突発的に闇堕ちするので皆さんも手ぇ焼いてるでしょうと苦笑する。
    「元が何であれ、デモノイドに闇堕ちしちまえば後はただひたすらな暴力だけでさあ。とは言え、デモノイドになったばかりならまだ人の心が残ってる場合もある。今回もその口ですね」
     当然、説得は聞く。はずである。
    「名前を新井・萌子って言うんですが、この萌子さん、どうも心の底で腐……その、BL? 好きなのに負い目を感じてたっぽいんでさあ。だから周りにも隠してたし、極力普段から品行方正でいようと思ってたみたいですねえ」
     確かにおおっぴらに出来る趣味ではなかろうが、闇堕ちするほど自分を追い詰めるものでもあるまい。説得の鍵はその辺かと、とくさ。
    「あと身長差とか年齢差とか階級差とかその辺のギャップ萌えだそうで」
     割とどうでも良い。
    「好きになっちまったもんは仕方ねえと思うんですけどねえ? ま、説得する前に人を殺しちまったら、聞く話も聞かなくなっちまいます。ので、皆さんにはデモノイドになった萌子さんが……そうですね。パソコン叩き壊す辺りで乱入してください」
     不幸な後輩を逃がす算段も着けてくれるとありがたいと付け足す。
    「図書室は西側の校舎の一階にありますんで、窓から逃がせば大丈夫でしょう。入るのだってそこからで構わねえくらいでさあ」
     苦労はしないと、そう言うことらしい。
    「デモノイドになった萌子さんですが、これはまあ至ってスタンダードに、デモノイドヒューマンと似たような攻撃を仕掛けてきますね。後はせいぜい自己回復のシャウトがあるくらいでさあ。一撃は強烈ですから、それは気をつけてくださいね」
     図書室の広さは、充分。
    「もちろん書架とかありやすが、ま、気にする程じゃございません。何も気にしないでいつも通りに戦ってください。うまいこと説得して、萌子さんを灼滅できれば」
     おそらく、彼女はデモノイドヒューマンとして生き残ることが出来るだろうと、とくさ。
    「自分が好きになったもんはそんなに悪いもんじゃないよと、気付かせてあげることが出来りゃ彼女も自ずと人間に戻りたいと思うでしょう。難しいかも知れませんが」
    「これ」
     と、和佳が声を出した。
    「そんなに、悪いことなの?」
    「それを伝えるのも、きっと皆さんですよ」
     笑い、改めて表紙を見て。
    「……まあ、そう言うワケでよろしくお願いします。ええ」
     信じてますよと続いた声は、どことなく上の空だったとか、なんとか。


    参加者
    時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)
    七歌・夏南美(リズムスター・d02299)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    桜木・和佳(誓いの刀・d13488)
    小野・花梨菜(青い竜骨座の乙女・d17241)

    ■リプレイ

    ●誰も悪くない戦いはっじまるよー
     部活の声が遠く響く。夕暮れ、校舎西に位置する図書室では、今しも修羅場が始まろうかという所であった。
    「ギャップ萌えってのは分かるし、俺も嫌いじゃないけど……」
     窓の外で身を隠して待機しながら、何も自分自身がギャップの塊になることはあるまいと至極真顔で風真・和弥(風牙・d03497)は呟いた。優等生で腐女子でデモノイドで後輩を惨殺とか属性過積載だろう、と。
     まあ言ってる本人はメイド服である。何なのなめてるのどうしてネタと知りつつその防具をチョイスしちゃったの何で赤いバンダナとヘッドドレスを一緒に着けちゃったのそしてどうして誰も突っ込まないの。
    「背徳を感じているものが白日の下に晒されるのは……確かに……闇落ちしたくなるレベル、ですね……」
     訥々と、小野・花梨菜(青い竜骨座の乙女・d17241)が言う。隠してたものを暴かれた挙げ句に純粋な疑問直球でぶつけられたら、確かに闇堕ちもやむなしかも知れない。
    「迷惑掛けたワケじゃない。好きなものは好きで良いと、思う」
     図書室内部から聞こえてくる、先輩後輩の悲壮なやりとりを聞きながら、桜木・和佳(誓いの刀・d13488)は言う。十人十色と言うではないか。
     和佳の声に頷いた敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)が息を吐く。険があると折に触れて言われる顔をしかめつつ、呟く。
    「しかしギャップ萌え、なあ。俺でいいのか?」
    「大丈夫! 萌え萌えだよ、ボクは!」
     真夏の太陽が如ききらっきらの笑顔で七歌・夏南美(リズムスター・d02299)が肯定する。きらっきらの笑顔でも腐女子である。得てしてそう言うもんだ。
    「受けの時点で凄いギャップ萌えだと思うんだ!」
     それは攻め顔だと暗に言っているのか。と言うか夏南美から発散される腐のオーラに対し、雷歌のビハインド、オヤジこと紫電が微妙に警戒する空気を放ち始めている。あなたは正しい。
    「そもそも受けって何なんだ」
     誰だ説明しないで役割だけ与えちゃったの。
    「大丈夫だ、俺もBL? がどんなものかはよく分からない」
     難しい顔をする雷歌に越坂・夏海(残炎・d12717)が言う。おおらかさを感じる顔に真面目な色を乗せつつ、
    「だから攻めっぽいことを調べてきた」
     どうして武蔵坂学園の人はみんな努力の方向音痴なの。そしてどうして中途半端に調べ上げちゃったの。
    「好きなものは、誇るべきだと、思います」
     少しおどおどしながらも、アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)。理解を見せつつ実はBL好きを装っているだけだそうだが。
    「えらい人も、ホモが嫌いな女の子はいませんって……」
     居るんじゃないかな。
     既にして惨劇の予感しかしないメンツであった。どれだけ引きで見ても惨劇の予感しかしないメンツであった。と言うかツッコミが居ねえ。
    「そろそろみたいですの」
     ふんわりと、時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)が言った。確かにクライマックスが近いのか、後輩のおずおずした声に歯軋りのようなうなり声のような音が混ざり始めている。あるいはみやびが、一服の清涼剤、
    「よいしょっ……と」
     説得用にと持参した本十数冊、全部耽美流麗系小説。清涼剤なんて居らんかったんや。
     何かもう図書室に入るまでもなくこの辺りの空気澱んでませんかね。鎖でバベるまでもなく他人が近寄ってこなさそうなんですが大丈夫なんですかね。ね。

    ●ねんえき的な何か
     そして悲鳴が上がった。
     同時、灼滅者達も窓ガラスを豪快に引き開けている。
     見たのはばらばらになって宙を舞うパソコンと突然のことに立ち尽くす後輩、そして蒼い巨人――デモノイドとなった萌子であった。何故か四つん這いでかさこそした動きを見せるデモノイド萌子に内心で疑問符を浮かべつつも、
    「こっちへ!!」
     デモノイド萌子と後輩ちゃんの間に壁になるように立ちはだかった花梨菜、それに続いて一足飛びに駆けて叫び、和佳が後輩ちゃんの手を引っ張った。デモノイド萌子との距離を離し、事態について行けず目を白黒させている後輩に、
    「痛かったら、ごめん、ね」
     かぷりと首筋に噛みついた。キマシタワー、もとい吸血捕食で、後輩ちゃんの目がとろんとなる。あれ? とぼんやりしたところで窓の外においやると、今度はアイスバーンがパニックテレパスを発動した。
    「逃げて」
    「え、あ、えっ……はい!?」
     畳みかけるように背中を押せば、ばたばたとせわしなく後輩ちゃんが逃げていく。これでもう後輩ちゃんの心配はないだろう。
    「腐ってるのは恥ずかしいことじゃないよ!!」
     さらにそこにサウンドシャッターを展開して音が洩れないようにすると、さっそく力説を開始したのは腐女子であった。違った、夏南美。
    「ボクもBL大好きだよ! でも隠したりなんかしてないよ、堂々としているよ! だってそれも含めてボクの魅力だから!!」
     至って真面目な説得であった。あるいは彼女の前向きさがその説得に力を持たせているのかも知れなかった。喉の奥で唸るデモノイド萌子に、みやびもすっと進み出る。
    「読み手を選ぶ創作はTPOや棲み分けが確かに大事です。でも、過度に隠すほどのものではないと思いますの。国内の大御所少女漫画家や、海外の方だって扱う題材ですもの」
     時と場所と場合、これさえわきまえれば決して恥ずかしい趣味ではない。びくびくしたり自分を卑下する必要はないのだとみやび。
    「あとさる文豪の娘さんも腐ったのに手を出してましたし」
     知りたくなかったよそんな真実。
    「俺たちが通ってる武蔵坂学園にはいくらでも『濃い』のは居るし、たぶん腐女子程度なら薄くて誰も気にしないと思うぞ?」
     肯定はできないが否定もできない、そんなスタンスに立ちつつ和弥。あくまで個人の趣味嗜好なのだ、それにより対応を変えるようなことはしたくないらしい。至ってニュートラルな立場の発言は、だが。
    「……なあ、このデモノイド俺と目を合わせようとしてなくないか」
     鏡見てこいメイド服。
    「も、萌子さんの趣味が例え腐ってても、世間的にはアレなことでも、それは萌子さんに生きる希望を与えてくれていたんだと思うんです……!」
     好きなものを純粋に愛して好きなものを好きなように表現できることは素晴らしいと花梨菜がさらに言葉を重ねる。
    「萌子さん、このままだと、二度と……好きなことを表現できなくなってしまいます!」
     デモノイド萌子が僅かに首を傾げるような素振りを見せた。それは困るとでも言うように。
     動きを止めたデモノイド萌子に、今こそギャップ萌えを押し出すチャンスかと夏海が身を乗り出した。どうして面倒見の良さをこんなところで発揮してしまったんだ。
    「えーっとさ、上手く言えないんだけど細かいことは気にするなって! な! ギャップ萌えってこんな感じだろ?」
     一度咳払いをしてスイッチを切り替える。切り替えようとして、まだ不思議そうな顔をしている雷歌と向き合う。
    「結局受けって何なんだ?」
    「あの、はい、これ」
     怪訝な顔の少年にアイスバーンが紙片を差し出した。床に散らばった、プリントアウトされた萌子のBL小説である。
    「……。えっ」
     完全に今知りました的反応入りました。
    「あ、ちょ、ま、マジっすかセンパイ!?」
    「マジに――決まってんだろ」
     エエ声を出して夏海が雷歌の手を掴んだ。温度の高い炎を思わせる青い目が、猛火をそのまま映したような雷歌の目とかち合う。
    「きゃー」
     アイスバーンの黄色い声が飛ぶ。黄色いよ。大丈夫、黄色いよ。
    「「「………………」」」
     他方、和佳や花梨菜は赤くなってちょっと視線を外したりしていた。何だかとってもいけないものを見ている気分になったらしい。
    「こういう世界も、あるんですね……」
     こと花梨菜は耳まで真っ赤になっている。刺激が強すぎたのかも知れない。
    「何だよその目は、二人っきりになりたいのか、敷島?」
     どことなくぎこちないながらも攻めっぽい台詞を吐く夏海。
    「いや、お、俺は……?」
     目を泳がせた雷歌が見たのは、先程手渡された紙片であった。使えそうな台詞を探すその傍らで、のそっとデモノイド萌子が動いたことに気付く。
    「え、何って痛えええええええええ!!?」
     突然の攻撃であった。ポタポタバルバルと強酸性の液体(何故か白)を頭からぶっかけられてフリーズする二人に、デモノイド萌子がくいと顎をしゃくった、様な気がした。びしっと夏南美がサムズアップする。
    「もっとやれって言ってるんじゃないかな!!」
     さっきの前向きな説得が台無しだよ!
    「あと攻めのそのぎこちなさがかえって初々しくてついでにリバーシブルという新たな境地へと妄想の翼を広げる余裕を見せてくれるかも知れないかな!!」
    「何故だお前の言葉を信じたらいけない気がする上に何か怖え!?」
    「お、俺、センパイなら……?」
     一方紙片から使えそうな言葉を探した受け、もとい雷歌、気付いて君から紫電のオヤジが素敵に距離を取り始めてることにお願い無理だよね知ってた。
    「酷いことになってきたなあ」
    「何傍観決めてんだよメイド服うううう!?」
    「三人で絡むのも、あり、かと」
     なんちゃって腐女子アイスバーンの恐ろしすぎる提案に、所詮他人事とどこか余裕ぶっこいてた和弥がぴしっと凍り付く。なんたる。新たなる生贄を求めてじりじり間を詰め出す即席BLコンビ。
    「あらあら」
     と何故か一人妙な耐性の高さを示すのはみやびだった。あれ、小学生?
    「三角関係もありだよ! さらに萌え萌えになれるよ!! 説得の新しい鍵だね!」
    「せ、説得ったって――」
    「チャントカラメヨ」
    「「「しゃべってんじゃん、これもうしゃべってんじゃん!!」」」
    「たまたまそう聞こえただけだよだからもっと強く説得しないと!」
     ガチ腐女子の目の色がちょっとおかしくなってませんかね。
    「こう言うのが、良いのね?」
     そして和佳、新世界へ踏み込む勇気を会得。捨てちまえそんな勇気。
     もはや予定調和にも等しい惨劇の中で、やっぱり一人余裕を持つのはみやびだ。即席BLコンビとメイド服が醜い争いを始める中、その余裕が気になった花梨菜はちらりと視線を向ける。笑みを深くしたみやびがぽんぽんと叩いたのは持ち込んだ十数冊の蔵書であった。
    「活字って規制が緩いので、そう言う描写に遭遇するのはしばしばあるんですよ?」
     どうしよう小学生が一番怖い。
    「いかがなさいます、萌子さん? 読むも書くも、人の心が行うことでございましょう?」
     みやびの声に、デモノイド萌子が再度動きを止める。こくりと和佳も頷いた。
    「えっとね、わたしも色々調べてみたんだけど、身長差は良いなって思った、よ」
     背の高い人の後ろから小さい人がひょこって顔出したら可愛いよねと、同意を求める。後ろで飛び交う何このメイド服なめてんの脱げオラァ!! みたいな会話は心に蓋をして聞こえないことにした。
    「そのままで暴れてたら、もう好きなもの読めないし、書けない、よ。私、萌子さんが書く本、読んでみたい、な」
     その二人の声が、最後の引き金だったのかも知れない。
     立ち尽くしていたデモノイド萌子が、急に苦しむ様子を見せた。身を捩り――皆が注視する中で、デモノイド萌子は、言った。はっきりと。
    「ホモォ……!」
     結局それかよ。
     まあ、なんか戻るという意思表示だってのは伝わった。

    ●お前もう絶対戻ってるよね?
     再度ホモォと鳴きながら四つん這いでかさこそ動き始めたデモノイド萌子。
    「腐女子パワーを解放します……」
     それに向き合い鏖殺領域を解き放ち、アイスバーン。いや確かに腐女子の本気は周囲のあれこれを皆殺しにする威力持ってることもあるけどさ。
    「……死にたい」
     へこむくらいなら何故やってしまったんだ。
    「何で巻き添えを食らう羽目に……!」
     心持ちしょんぼりするアイスバーンの横を、乱れたメイド服を整えながら和弥が走る。手にした日本刀が、黄昏の光を鈍く反射する。腐女子領域を駆け抜けた雲耀の太刀筋が、デモノイド萌子にざっくりと傷をつけた。
     デモノイド萌子も低い位置から巨大な刃に変えた腕を振り上げる。が、それをソーサルガーダーをのせたWOKシールドでがっちりと受け止め、花梨菜は逆の手を突き出した。ガドリングガンを飲み込んだ腕が、一撃必殺の砲撃を放つ。爆音。
     ふすふすと煙を上げてたたらを踏んだデモノイド萌子に、
    「気にしてもしてなくても生きていくことには変わりないんだ、だったら楽しく生きた方が、得じゃないか!」
     炎が尾を引く。夏海のレーヴァテインがデモノイド萌子に突き刺さった。炎が渦を巻く。
     ぼろりと、デモノイド萌子が崩れ落ちた。中から現れたのは女の子の細い腕だ。
     で、それが万力めいた力で夏海の腕を掴み上げた。
    「ひっ!?」
     短く悲鳴を上げる夏海。灼滅者たちが見たモノは、
    「――……モットカラメヨ」
     血走った目で寸劇の続きを要求する腐女子であった。要するに説得が的確すぎて吹っ切れてしまったのだと気付くには、少し遅すぎたのかもしれない。

    「……。どうやら灼滅者という新しい属性が追加、されたみたい、だな……」
     改めて灼滅者として覚醒した萌子を前に、和弥が聞き取りづらい声で呟く。
     引っ張られたりして乱れたメイド服が萌子の好む『ハード&スウィート』のハードの琴線に触れたようで、どこかうっとりした目で『強制女装からの輪……』と呟く萌子に腰が引けてるせいなのだがまーしゃーないよね。
    「ええと、よろしければ学園にきませんか?」
    「自由で、楽しいところですよ」
     精神的に憔悴しきってぐったりしている夏海を尻目に花梨菜とアイスバーンが声をかけると、萌子は少し考える素振りを見せた。
    「そうですね、いらっしゃいませんか、武蔵坂学園に。校風も自由ですし、多彩な部活動の中には、そうした創作の出来る場所も少なからずありますの」
     みやびが後押しする。と、夏南美もはしゃいだ声を上げた。
    「ボク、萌子さんの作品、凄くみたい! 見せてもらえたら嬉しいな!」
     真っ直ぐな感情に、面映ゆく萌子が笑う。それでも少し考えて、静かに頷いた。
    「美少年、たくさん居そうだし……」
     酷い理由を聞いた気がしたが、とりあえず流すことにする一同。
     かくて一人の少女を闇落ちから救い出し、充足感ととてつもなく大きな何かを失った気分とを併せ持ちつつ、帰路につく灼滅者たち。
    「……」
    「オヤジこっち見ろ! 見ろってばああああ!! 誤解! 演技! 誤解!!」
     まー、雷歌の紫電がその後しばらく目を合わさなくなったことと、
    「おき……よめ……」
     ちょうどねちょねちょし始めるシーンの部分を見事手に取った和佳が偏った知識を吸収してこの話はおしまいである。
     大丈夫、大団円だよ。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 24/キャラが大事にされていた 3
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