幸福な悪夢~オネイロイの揺り籠

    作者:志稲愛海

    ●ソウルアクセス
     いつの間にか雲に覆われていた月が、再び雲間から顔を出して。
     風に揺れるカーテンの隙間から差し込む月光が、ベッドでいまだ眠る亜子を仄かに照らしている。
    「なんとか撤退させられましたね~」
    「現実世界のシャドウは、聞きしに勝る強敵だったでござるな」
     氷神・睦月(不滅の氷槍・d02169)は、ダイヤのシャドウが亜子の夢の中へ撤退したことを再度確認して。
     部屋の隅の方で、また下がってきたマフラーを何気にずり上げつつも。清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)も現実世界でのシャドウの強さを改めて思い返す。
     大松・歩夏(影使い・d01405)は、何か夢の中の亜子を説得する際に使えそうなものがないだろうかと。
     亜子の部屋を見回し、本棚や机周りをチェックしてみて。
    「でも、これからが本番よ」
     そう言いつつ、ふと1冊の本を見つけて手に取ってみる。
     それは――亜子の、日記帳であった。
     少し、中を覗き見るのが申し訳なく思えたけれども。
     何かの参考になるかもしれないと、歩夏はパラパラと軽くページをめくった後、その日記帳を小脇に抱える。
    「ソウルボードは敵の領域、気を引き締めていかないとね」
     八千代・富貴(牡丹坂の雛鳥・d09696)は、先程の戦闘でダメージを負った宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)へと回復を施し、大丈夫? と声をかけながらも。
    (「闇にはもう戻らない。仲間と自分を信じてる」)
     手を差し伸べてくれた義兄から教わった、易易とは折れぬ鉄の意志を胸に、信頼する仲間達をぐるりと見回して。
    「うんっ、もう大丈夫だよー。次こそは、負けないんだからーっ!」
     兎織は、ぐっとウサ耳パーカーを被りなおした後、魔女っ娘ステッキの如き愛武器のマテリアルロッドを強く握り締めた。
     これから向かうのは、シャドウの作り出した、幸せの悪夢の中。
     何が待ち受けているかは分からないが……でも。
    「亜子ちゃんを、必ず救ってみせる……!」
     辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)は全力で亜子を連れ戻すべく、心に強い決意を固めて。
     坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)も大きく頷き、眠っている亜子に瞳を細めた。
    「Aliceなら追うのは白兎。Aliceならぬ灼滅者は、シャドウを追ってWonderlandへ、か」
     ――そして。
    「では改めて、敵の領域への侵入を始めようか。囚われた眠り姫の、夢の中にね」
     二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)はウォーターリリィを装着した黒きジェミニ・バタフライを携え、展開する。
     亜子の夢の中へとダイブするための、ソウルアクセスを。
     
    ●仮像者の揺り籠
     ゆうらり、ゆらり――まるで、優しく赤子をあやす揺り籠の様に。
     幸せな悪夢は亜子に、心地良い揺れを与え始める。

    「すごいじゃない、亜子! よく頑張ったわね!」
     さすが私の子だわ! と。
     渡されたテストの成績表を手に大喜びするのは、亜子の母親。
    「小学校の時はみんなから、亜子ちゃんは頭がいいねって、そう言われてたけど……でも難関なあの私立中学に入ってからはなかなか成績が伸びなくて、どうなることかと思ったのよ? でも、すごく頑張ったね!」
     下から数えた方が早かった成績表を見る度に、ヒステリックに怒鳴り散らされた時期もあって。それが原因で父親が家を出て行ってしまったという、辛い過去。
     でも亜子は、大好きだった父親がいなくなっても、母親にテストの度にひどいことを言われたりしても。
     勉強を頑張って成績が上がれば、ママもきっと笑ってくれるだろうと、そう信じて。
     腐ることもなく、一生懸命がむしゃらに勉強したのだ。
     そして何と、それが報われてか。
     目を瞠るほどに、ぐんぐんと面白いように成績も上がっていって。
    「あの名門校で、クラス3位、学年12位だなんて……やっぱり亜子は、やれば出来る子ね!!」
     今回のテストでは、母親が喜んでくれるくらいの、立派な成績を修められたのだ。
     そして、あとはパパが帰ってきてくれたら嬉しい――そう、亜子が呟いたと同時に。
    「あのね、亜子。パパがね……明日、おうちに帰ってくるんですって」
    「えっ! 本当に!?」
    「ええ。ママね、イライラしすぎたなって、とても反省して……パパに、戻ってきてってお願いしたの。亜子も最近すごく頑張ってるんだよって言ったら、また一緒に住もうって」
     本当に、本当に――頑張ってよかった。努力したら報われるって、本当なんだ、と。
     亜子は嬉しくて嬉しくて、泣きながら笑って、母親と抱き合う。
     そして約束するのだった。明日、父親が大好きなカレーライスを一緒に作ろうね、と。
     だが嬉しい出来事は、それだけではなかったのである。
    「あ、亜子ちゃん……!」
    「風間くん? どうしたの?」
     次の日、学校で亜子に声を掛けてきたのは。
     学年で一番優秀で、容姿も抜群な、風間という男子生徒。
    「最近の亜子ちゃん、勉強すごく頑張ってるよね。この間のテストも、クラスで3位だったし。それで俺、ずっとそんな頑張る君のことを見てて……亜子ちゃんのこと、好きになったんだ。だから俺と、付き合って欲しい」
     ずっとずっと密かに憧れていたそんな彼に、告白されたのだった。
    (「辛い時期もあったけれど……よかった、頑張って本当によかった……!」)
     そんな亜子は今――すごくすごく、幸せな日常を送っている。
     覚めることのない、幸せな悪夢の中で。
     
    ●悪夢の中で
     そんな亜子の幸せそうな様子を眺める、8人の灼滅者達。
    「むむー……亜子ちゃん、すごく幸せそうなのだー………」
    「でもこれは現実じゃない。どう足掻いても、夢でしかないわ」
     複雑な表情をする兎織に、歩夏はそう首を振って。
     持って来た日記帳をそっと開く。
     そこには、成績不振や両親の離婚で悩む、彼女の思いが綴られていた。
     その辛い気持ちは分かるが……これは所詮、夢。
     いくら幸せでも、悪夢なのだ。
    「このWonderlandが夢であると彼女に認識させることが出来れば、悪夢から覚まさせることが出来るんじゃないだろうか?」
    「当然シャドウの邪魔が入るでしょうから~、シャドウを撃退する必要はありますが~。まずはどう説得するかでしょうかね~」
     未来に頷き、そう首を傾ける睦月。
    「それか説得はそこそこに、てっとり早く正体を明かし、現われたシャドウを早急に迎え撃つという手もあるでござるが……」
    「最悪、ボク達のサイキックを見せれば、夢であると説明する事はできるだろうな」
     静音や雪紗も、どうすれば亜子が、これが夢であることに気付くかを思案してみて。
    「でも、亜子さんが私たち灼滅者のことを敵だと認識してしまえば、それは恐らく、シャドウに力を与える事になってしまうわ」
     笑顔を零す亜子を遠目から眺めながらも、そう付け加える富貴。
     そして飛鳥は、皆を見回して。
    「シャドウを倒せば問題は解決するかもしれないけど……できれば、亜子ちゃんが自分から目覚めようとしてくれるように頑張ってみようよ!」
     そう、提案してみるのだった。

     悪夢に囚われたこの少女を、どうやって現実世界へと導くか。
     また、再び襲ってくるだろうシャドウを撃退する必要もでてくるだろう。
     どのように亜子と接触し、どんな方法でこれが夢だと自覚させるか。
     8人はアクセスした悪夢の中で、彼女の様子を引き続きそっと見守りつつも。
     慎重に、作戦会議を始めるのだった。


    参加者
    大松・歩夏(影使い・d01405)
    宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    氷神・睦月(不滅の氷槍・d02169)
    辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    八千代・富貴(牡丹坂の雛鳥・d09696)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)

    ■リプレイ

     ……ゆらり、ゆらり。
     心地良く揺れるこの世界は、まるで揺り籠。
     少女をあやす様に優しく揺れる――性質の悪い、幸せな悪夢。

    ●揺り籠の中
    「携帯は……使えなくはない、か」
     大松・歩夏(影使い・d01405)は、増えたり減ったり不安定な携帯の電波表示を見ながらも。
     亜子と接触する前に、皆と連絡先を交換しておく。
     悪夢の中で過ごす亜子は、とても幸せそうだが。
     灼滅者達が選んだのは、これが夢だと彼女に気付かせること。
     そして彼女自身の意思で目覚めて欲しいと、そう思うから。
     少女達は二手に分かれ、行動を開始する。
    「あ! 亜子ちゃんだよねっ」
    「すみません、クラスの男子が風間さんがついに亜子さんを落としたと大騒ぎしていたので~、名前や特徴を覚えてしまったのですよ~」
    「初めまして、八千代・富貴というわ。隣の教室だったのね、ふふ、宜しくね」
     突然、宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)に声をかけられた亜子は、一瞬きょとんとしたが。続いた氷神・睦月(不滅の氷槍・d02169)の言葉に照れながらも、こちらこそよろしくねと八千代・富貴(牡丹坂の雛鳥・d09696)へと返して。
    「みんなは、隣のクラスなんだね」
     プラチナチケットを纏う目の前の睦月に、疑うことなくそう訊ねた。
     その言葉に、こくこくと3人は頷きながらも。
    「そうなんです~。もし良ければ、一緒に帰りませんか~? 話を聞いて、亜子さんとは仲良くなりたいと思ってたのですよ~。ついでに引越ししてきたばかりなので、この辺りを少し案内していただけるとものすごく助かります~」
    「うん、じゃあ今日一緒に帰ろ。あ、ちょうど美味しくてお洒落な喫茶店を見つけたの」
    「わー、放課後が楽しみなんだよー!」
    「ふふ、沢山お話できたら嬉しいわ」
     放課後、一緒に帰る約束を取り付けたのだった。 

     そして――放課後。
     和やかに談笑しながら、亜子と学校の周辺を巡って。
     睦月と兎織と富貴の3人が彼女と入ったのは、アンティーク調な雰囲気の喫茶店。
     それから4人で、このパフェが美味しそうだとか、こっちのケーキも捨てがたいとか。
     通された席でメニューを見ながら盛り上がっていた、その時。
    「睦月と兎織と富貴、か?」
    「これは奇遇でござるな」
     喫茶店に入って来たのは、坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)と清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)。
    「偶然ね。そうだ、折角だから一緒にお茶しない?」
    「あ、わたしたち、この子達の先輩なんだよ」
    「同行しても構わないか?」
     歩夏や辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)、二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)の姿もそこにはあった。
     そんな、先輩だと名乗る少女達がこの場に現われたのは、勿論偶然ではない。
     亜子と約束をした接触班から連絡を受け、店にやって来たのだ。
     彼女と、話をする為に。

    ●ダイヤの仮像者
     暫くは、学校の事や恋の話などの雑談を交わしていた灼滅者達であったが。
    「そういえば、亜子さんは成績も良いそうね。頑張ってはいるつもりだけれど、私は少し伸び悩んでいるわ。亜子さんはきっと、私よりもずっと努力をしているのでしょうね。何かに直向きになれる人は、本当に尊敬するわ」
     将来、何か目標でもあるのかしら? と。そう切り出したのは、富貴。
     それに歩夏も続く。
    「私は家出中なんだ。成績もあまり良くなくて……成績のいい亜子ちゃんが羨ましい」
    「将来の夢かぁ、そういえば考えてなかったな。でも私ね、少し前までの成績は下から数えた方が早かったの」
     それから亜子は、これまでの自分の境遇を語って。
     そんな彼女の過去に、歩夏は思わず考えてしまう。
    (「亜子ちゃん、ずいぶん辛い現実を背負ってたのね。正直これなら夢の中にいたほうが良いのかも……なんて」)
     夢の中の彼女は、とても幸せそうだから。
     でも……それでも。
    (「そんなわけないよな、どんだけ幸せだろうが夢は夢よ!」)
     改めてそう、悪夢に囚われた少女を見遣って。
    「今まで辛くても一生懸命頑張ってきたんだね」
    「なるほど、辛かったでござるな……耐え忍ぶことは本当に大変でござるよ」
     飛鳥と共に頷いた静音は、こう、彼女に訊ねるのだった。
    「でも、これが夢だとしたらどうでござろうか」
    「えっ?」
    「今までのその辛さも、いや、それだけじゃないよね。これまであったはずの楽しいことだって全部、今の亜子ちゃんをつくってる大事な要素なんだよ。だから、夢に逃げないで」
    「何を言ってるの? これが夢?」
     飛鳥は困惑を隠せない亜子へと、さらに続ける。
    「そうだよ、苦しみに向き合わなくちゃいけない自分をどうか否定しないで。大丈夫、亜子ちゃんならきっとこの幸せを現実にできるよ。亜子ちゃんが目覚めるのを待ってる人がきっといるから……!」
     彼女の目覚めを待っている人。
    「ここは幸せかもしれないけど、このままこの世界に居続けるとお母さんを1人きりにしちゃうし、悲しませることになっちゃうんだよー……」
    「今、亜子殿の母君は『お一人』にござるよ。目覚めぬ亜子殿を前にとても苦しんでおられるでござる。母君のお辛い顔。それは亜子殿が望むものでござるか?」
     兎織や静音の言うように、亜子の母親は今一人なのだ。
    「家族を大事にしてきた亜子ちゃんだから、お母さんを悲しませるのはヤメにしてほしいんだよ……? 今まで努力してきた、お勉強とかも全部無駄になっちゃうのだ……」
     それに今までの頑張りをなかったことにはしてほしくないんだよー? と。
     兎織は亜子を真っ直ぐ見つめて。
    「これはきっと未来のあなたに起こること。例え何があっても必ず実現出来るはず。だから絶対諦めちゃだめよ」
     歩夏が渡したのは――亜子の日記帳。
    「どうしてここに? あれ……毎日書いてるはずなのに」
     亜子は日記帳をめくり、そう声を上げる。
     当然ながら、日記帳には眠りに誘われる前までの日記しか書かれていない。
     彼女が悪夢に囚われてからのページは、白紙のままだ。
     それから次に言葉を紡ぐのは、未来。
    「両親の離婚の時、お前はどうした? 大好きな父親を引き止めたか?声高に『離婚しないで!』って叫んだか? それとも……母親の機嫌を直そうと成績を上げようとしただけ、か?」
    「えっ?」
    「他の事だってそうだ。自分で望んで自分で考えて自分から行動した事はあるのか? 欲しくても望みが有ってもただ待っているだけじゃないのか?」
     亜子の幸せな悪夢を目にした未来が思った、率直な気持ち。
    (「其処に亜子の主体はあるのか? ……これ共依存ていわないか?」)
     だから敢えて、苦言を呈する。
     そして遠巻きに皆の話を聞いていた雪紗も。
    「……それで、亜子はどうなんだい?」
    「どうって、何が?」
    「『いったいどこへ向かっている』んだ、って事さ。幸福かい? ただ与えられるものに。満足かい? 見える範囲の幸せに。今は良いとして、この先は? これから先、亜子は何が幸せとする?」
     皆が切り出しにくい現実を少し冷情に、けれど的確に。
    「はっきり言おうか。不幸が『無い』という事は、幸せが『無い』と同義だ。フラットな線の上。これ以下も無ければこれ以上も無いって事さ。さぁ、改めて問おう。今、見ているものは『吉夢』か『悪夢』か。どちらか答えろ、亜子!」
     亜子へと、真正面から突きつけたのだった。
    「そ、それは……」
     日記帳をぎゅっと抱きながらも、そんな未来や雪紗の問いに言葉詰まらせる亜子。
     だが――その時だった。
    「失礼、お嬢ちゃんたち。私も仲間に入れてくれないかな?」
     突然カタリと椅子に座ってきたのは。
    「……誰?」
     長いピンクの癖毛の髪にシルクハット。ちょっぴり派手な装いの、紳士風の男であった。
     いや一見、見知らぬ男のようであるが。
    「あっ! ああーー!!」
     ふいに声を上げ、男の手に握られているものを指さすのは、兎織。
     それは見覚えのある、翼と赤の宝石がついたアンティーク調のマテリアルロッドであったのだ。
    「まさかあなた、さっきの紳士さん!?」
    「……シャドウ!?」
     一気に緊張感が増す灼滅者達。だが、そんな様子にも構わずに。
     現われた紳士――シャドウは優雅に紅茶を注ぎつつ、ふと雪紗に視線を向ける。
    「この世界にはね、ちゃんと不幸もあるよ? でもそんな小さな不幸を乗り越えるべく努力をすれば、報われて幸せになれる」
     そう、それこそが……コルネリウスの幸せな悪夢の、性質の悪さ。
     そしてそれに、屈して欲しくないから。
    「現実には辛いこともあるけど、楽しいことだっていっぱいあるはずなんだよー? 可能性を塞いで、夢の中に閉じこもっちゃうのは勿体無いのだっ!」
    「私とは逆だけれど。大切な母親に認めて貰う為に努力を重ねる彼女の日々を無駄になんてさせないわ。仮初の幸せではなく、本当の幸せを掴めるように背中を押してあげたいの」
     すかさず反論し声を上げる灼滅者達。
    「God helps those who help themselves……天は自ら動くる者を助く。もし現状を変えたいなら自分から行動を起こせ。勉強を頑張る根性があるんだ。後必要なのは少しの勇気、さ」
     亜子の心に、届くように。
     そんな少女達に、ふうっと嘆息する紳士。
    「お嬢ちゃんたちには、コルネリウス様の慈愛の深さが分からないのかな?」
    「慈愛と言うけれど私達と価値観が違うのでしょうね。幸せな夢を押し付けるなんて野暮だと思うわ」
     そうはっきりとシャドウに言った富貴に続き、今度は亜子に睦月は訊ねる。
    「あなたは今幸せですか?」
     その問いに、亜子はふと皆を見回して。
    「今……私、すごく幸せ……のはず、だよね?」
    「そうですか~」
     そう答えるも、戸惑う彼女の様子から容易に分かるのは、明らかな心の揺らぎ。
     それから、これは夢であると示す為に。
    「亜子殿、貴方が心より望むことを今一度考えてみてほしい」
    「……!」
     マフラーを上げた静音はその掌に、クリエイトファイアの炎を灯す。
     そして――刹那。
    「!?」
     ぐにゃりと、夢の世界が歪んだ。

    ●Phantasos
    「お嬢ちゃんたちに分かって貰えなかったのは、残念だね」
     くるりと回されたロッドから撃ち出される、漆黒の弾丸。
     夢の中でもやはり、その威力は高いとはいえ。
    「むむー……。オサレ対決第二ラウンドなのだー!」
    「今度こそ亜子さんの中から立ち退いてもらうわ。夢のような悪夢はこれまでよ」
     決して怯むことなく同時に放たれたのは、じーっとシャドウのオサレロッドを見つめつつもパーカーのウサ耳を揺らし、魔女っ娘ステッキを振り翳した兎織の魔力の殴打と。緋色のオーラ宿す、富貴の赤き鮮血の一撃。
    「亜子ちゃんは現実の世界で自分の幸せを自分で掴むんだ。夢なんかで終わらせないよ! ……着装!」
     ABS-02動作正常……行ける! と、燃え盛る炎の衝撃を返す飛鳥。
     そして睦月は煌く小光輪を成しつつも思う。
    (「幸せなんて、きっと自分自身にしか決められないのでしょうね~」)
     だからこそ。
    「私は、私の信じる幸福のために戦いますよ~」
     夢の中では誰かを幸せにする事なんてできないし、誰かとつながる事も、憶えていて貰う事さえもできない。
     そしてそれはきっと、いない事と同じになってしまうから――と。
     強烈なダークネスの攻撃に耐える前衛の仲間の傷を癒して。
    「配下は引き受けるよ。片付くまでシャドウの相手をお願い!」
    「シャドウは任せて!」
     飛鳥の声に頷いた歩夏の盾の衝撃がダイヤのシャドウへと見舞われる。
     そしてやはり亜子の心を完全には向ける事はできず、配下が多少は現われはしたが。
     彼女の心の揺れが大きいのか、その戦闘力はかなり低い。
     そんな配下を次々と駆逐していきながらも。
    (「『夢(オネイロイ)』は「眠り」と「死」の兄弟、か。醒めるか、醒めぬか。彼女はどちらを選ぶかな?」)
     雪紗はふと思い出す。「彼女の前に疑問無」から「二神雪紗」へと、変わったあの日のことを。
     悪夢を終わらせた、閉ざした心に向けられた銃弾の如き鋭い言葉を。
     だから――今度は。
    (「ボクが言葉の射手となろう。厳しい現実を見、「思考」し「選択」する。それが生きるという事なのだから」)
     双子星の如き黒と白のジェミニ・バタフライを両の手で構え、その希望と闇の引き金をひいた。
     そして配下を全て蹴散らした後、静音はシャドウへと炎宿す衝撃を見舞いつつ、亜子へと語る。
     ジャパニーズ魂・忍者を目指す者である事や、昔いじめを受けた事、過去に実験のモルモットにされた事などを。
     でもそんな辛い経験を経てきたから、はっきりと言えるのだ。
    「亜子殿。どんなに辛く苦しく、明るい未来が見えずとも、逃げずに真っ直ぐ向き合えば、必ず道は拓けるでござるよ……!」
    「本当の幸せを掴む為に。さあ、私達の手を取って」
     大切な家族が居なくなったから、その大切さが富貴には分かる。そしていまだ、再会を諦めてはいない。
     亜子はそんな灼滅者達に守られながらも。
     ぽつりと、こう呟いたのだった。
    「これは、夢……夢なのね」
     ――次の瞬間。
    「そうよ、現実の世界で頑張らなきゃ意味ないわ!」
    「……学業を頑張る少女と影ながら支援する紳士……とんだdaddy longleggs、足長おじさんだな」
    「この一撃、結構痛いと思うよ?」
    「紳士さんは、早く夢から出て行くんだよーっ!」
     シャドウへと一気に集中して叩き付けられる、灼滅者達の衝撃。
    「!」
     ダイヤの紳士はそんな猛攻に瞳を見開き、咄嗟にひらりと身を翻しつつも。
    「これは参ったな。でもとても良い実験になったよ、お嬢さんたち。ではまた近いうちにお会いしましょう」
     シルクハットに手を添えお辞儀すると、亜子の夢から、姿を消したのだった。

    「そういえば、あの紳士さんに何も訊けなかったんだよー……」
    「また近いうちに会えるとか、実験とか言ってたよね」
     去ったダイヤのシャドウについて、気になる事は多々あるものの。
    「とにかく、撃退できてよかったね!」
    「亜子ももう目覚める頃か」
     何とか亜子に夢である事を自覚させ、シャドウを退けることができて。
     現実世界へと戻ってきた、灼滅者達。
     勿論――亜子も一緒に。
    「う……ん……?」
    「目覚めたでござるか?」
     静音はそっと目を開け、身体を起こした亜子に声をかけて。
    「Hava a nice day and life、sleaping beautty!」
    「おはよう、亜子さん」
    「亜子ちゃん、おはよう!」
     皆で、少女の目覚めを喜ぶのだった。

     幸せな悪夢は確かに、とても心地良い世界だけれども。
     歩夏がちゃんと元に戻しておいた亜子の日記帳にこれから綴られていくのは。
     山あり谷ありだけど、だからこそ刺激で――もっと幸せな未来に、きっと違いないから。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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