決意の花が、散る前に

    作者:江戸川壱号

     満開を過ぎた桜が最後の花を散らす夜。
     幾つもの出店が並ぶ桜祭りの会場を、左サイドで結ったポニーテールを揺らしながら跳ねるように進む少女が一人。
     出店の焼きそばを持つ手には、他にも水風船や金魚の袋が下げられている。
     少女にとっては見るのも食べるのも全てが初めてのことだらけで、新鮮で楽しかった。
    「ユイシマさん、はしゃぎ過ぎっすよー」
     チンピラを一撃でのしたのを見てからこっち、付きまとっている三人の不良少年達の鬱陶しい声も今は気にならない。
     そんなことよりもと、少女は目を輝かせて焼きそばを一口食べた。
     初めて口にする安っぽくて濃いソース味は特に美味いわけではなかったが、ようやく手にした『自由』と相まって、特別の感慨をもたらした。
     うっとりと次の一口を食べようとしたが、不意に伸びてきた無骨な手が少女の手から焼きそばを叩き落とす。
    「……」
     体格が良く柄の悪い男達が何か言って、少女の肩を強く押した。
     どうやら不良少年達が更に厄介なゴロツキとぶつかってもめ事になり、少女に助けを求めたらしいと、周囲を見回して状況を理解する。
    「わたしのヤキソバ……」
     落とされた焼きそばを見つめる少女の目に浮かぶのは涙。
     男達は恐れをなしたとみたのか、調子づいて何かを喚いているが、どうでもいい。
    「まだ一口しか食べてなかったのに……!」
     突如、少女の体から風が吹き荒れる。
     すると、見る間に周囲の人間がバタバタと眠り倒れこんでいくではないか。
     不良少年達が目を丸くしているのにも構わず、少女は倒れようとするゴロツキを掴みあげ地面に力任せに叩き落とした。
    「ヤキソバの気持ちを味わえ!」
     ゴキュリ。
     ヤキソバの上に落とされた男は首から不吉な音を立てて動かなくなり、その上にハラリと桜の花びらが落ちた。


    「先日、六六六人衆の血染屋・白雪との戦いで闇堕ちした結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)さんの足取りが掴めました」
     そう告げた五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の顔色は優れない。
     未来予測に捉えることが出来たということは、静菜が何らかの事件を起こすということ。
    「羅刹となった結島さんは、とある桜祭りに現れて、出店を楽しんでいるようです」
     そこでもめ事になり、結果として静菜はゴロツキ三人と周囲の一般人を数名、殺害する。
    「結島さんに外見上の変化は何もないので、すぐに分かると思います。ですが、中身は……全くの別人です」
     喋り方や仕草は少し幼いが、その性質は無邪気な暴君のようだという。
     事件を止めるには、ゴロツキが絡む前に配下の不良少年に接触すればいい。
     羅刹の力を借りてちょっと調子に乗っているだけの彼らは、灼滅者に囲まれればすぐに静菜に助けを求める。
     そして羅刹も、灼滅者に気付けば逃げようとはしない。
     何故なら、灼滅者を退け、確実に静菜を消し去ろうとするからだ。
    「結島さんの記憶や知識もある程度持っているのか、この羅刹は狡猾です。別の場所に誘導しようとしても、皆さんが一般人を守ると見越して、その場に留まって戦おうとします」
     最後まで人々を守り戦った静菜からは、考えられない行動だった。
     現場は夜の桜祭りが行われる、住宅街の公園。
     規模はさほどでないとはいえ、客や出店の店員、主催関係者などを含めると百人程度はいることを考えると、厄介な方針である。
     ただ、提灯や照明で照らされているため光源の心配は無用だと姫子は告げた。
    「厄介な点は他にもあります」
     ひとつ。強化された配下の不良少年三人も戦いに加わってくる。
     ふたつ。羅刹は静菜の知識を使い、彼らに対し的確な指示を出してくる。
    「灼滅者の戦いを、彼女は良く知っている……ということです。気を付けてください」
     羅刹はジャマーとして神薙使いと妖の槍のサイキックを使い、配下三人はクラッシャーとして神薙使いのサイキックを使ってくるらしい。
     強敵だが、皆の言葉や想いが僅かに残る静菜に届けば、幾らかでも羅刹の力を削ぐことができるかもしれない。
     とはいえ、救出するにしろ灼滅するにしろ羅刹は完全にKOしなければならないのだ。
     下手な手加減や迷いは、灼滅者達を追い詰めるどころか静菜が助かる可能性を狭めることにもなるだろう。
    「今ならばまだ、結島さんを助けられる可能性は有ります。この機会を逃せば恐らく次はないでしょう。出来るならば救出を、不可能ならば……灼滅を、お願いします」
     姫子は深々と頭を下げ、苦しく厳しい戦いに赴く灼滅者達を送り出した。


    参加者
    杉下・彰(祈星・d00361)
    池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    宗像・陽心(鉄なる護り手・d11736)
    桜木・和佳(誓いの刀・d13488)

    ■リプレイ


     結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)を取り戻す為、桜祭りが行われる公園に集ったのは、灼滅者九人と協力者十六人。
     打合せを終えた彼らは互いに頷き合い、各々の役目を果たす為に散った。
     焼きそばの屋台付近で見つけた羅刹から少し後ろに、彼女を追って人をかき分け進む不良少年三人の姿がある。
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)がそっと羅刹の姿を追い、残るは不良少年に接触する者と一般人の避難誘導を行う者とに分かれた。
     不良少年達にまず接触したのは池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)だ。
     羅刹に気付かれず一般人を避難させる時間を少しでも稼ぐ為、最初は警戒を抱かせずに不良少年達に接する作戦である。
    「もしかしてあんた達、最近ここらで有名な?」
     気さくに同類をアピールしつつ自尊心を擽っていけば、彼らは満更でもない様子で得意気に自分達の武勇伝を語ってみせた。
     その間に神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)と宗像・陽心(鉄なる護り手・d11736)がゴロツキ達が彼らに近づかないよう巧みにブロックし、一般人対策を担う者達も忙しく動き始める。
     杉下・彰(祈星・d00361)と桜木・和佳(誓いの刀・d13488)がプラチナチケットで祭主催者の子供として主催からの伝言を口実に人々を少しずつ遠ざけるのに合わせ、協力者の水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)や神凪・朔夜(月読・d02935)達が、公園の出入り口付近からじわじわと人々を避難させていった。
    「わたしにできることで、結島さんを助けます」
    「やるべきことはやった」
    「必ず静菜さんを助け出して、無事に戻ってきて……」
     入口付近から人を遠ざける為にいつでも殺界形成を使用できるようにしながら、黎明寺・空凛(木花咲耶・d12208)は友人が向かった方を見つめ願う。
     そうして少しずつ客が減ってきた頃合いを見計らって、灼滅者達は羅刹との接触に向けて動き出した。
     気さくに話かけていた一馬の表情が一転した途端に不良達の腰が引けたのは、何も目つきの鋭さに驚いただけではない。
     いつの間にか一・威司(鉛時雨・d08891)と森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)に囲まれていたことと、周囲から一斉に展開された殺気に気圧されたからである。
     羅刹から人々を遠ざけるように少しずつ位置をずらして放たれた七人分の殺気は、ほぼ公園全域を飲み込んだ。
     無意識に殺気から遠ざかろうとする人々を更に追い立てるのは無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)が放ったパニックテレパス。
    「こっから離れろ!」
     それだけでは右往左往するだけの人々を、永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)の割り込みヴォイスが混乱に満ちた声を押しのけて響き、指向性を与える。
     そして有馬・由乃(歌詠・d09414)と燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)が、ラブフェロモンを振りまいて人々に親近感を与えながら誘導していった。
     彼らの連携した避難誘導によって一気に人が逃げていく中、本能的に危機を感じた不良少年達が羅刹に助けを求める。
    「ユイシマさーん!」
     だが羅刹は、祭り客の突然の混乱に気付いたのか、呼ばれるまでもなく既にこちらへ歩いてきていた。
     少女は食べかけの焼きそばを持ったまま、集う灼滅者達を楽しげに見回して笑う。
    「やっぱり来たね、灼滅者! すごく待ってたよ!」
     見目形も声も静菜そのもの。羅刹の象徴である黒曜石の角も、結われた髪に隠れ今は見ることは出来ない。
     だが、声は同じでもその響きが、表情が違う。
     姿形が同じ分だけ差異は際立ち、静菜を知る者に違和感と不快感を与えた。
     静菜の姿はそこにあるのに、静菜が『居ない』。
     覚悟はしていたが、実際に目にすれば予想以上に堪えた。
    「随分と楽しそうだな」
     眉を顰めて声をかけながら、威司は羅刹の視界から逃げる人々を隠すように立ち位置を調整する。
     分断と隔離を目的として巣作りを使用する予定だったが、この状況下では人口十人以下の半径三十メートルというスペースを確保することは難しく、諦めるしかなかったからだ。
    「わたしは自分で見るのも食べるのも初めてだからね。すごく楽しいよ!」
    「ああ、それで焼きそばを食べてたんですね。食べ終わるまで待ちましょうか?」
     楽しげに肯定してみせた羅刹に、お守りを握りしめて動揺を抑えこんだ心太が時間を稼ごうと提案する。
     だが羅刹は声をたてて笑うと、焼きそばの容器を投げ捨てて風を巻き起こした。
     近くで、誰かが眠りに誘われ倒れる音がする。
    「焼きそばは次の祭りで食べるからいいよ。だって、きみたちをたった一回追い返せば、静菜はもう出て来られない。もうすぐ消えるって事だもんね。こんなに嬉しい知らせはないよ!」
     不良少年達に前へ出るよう命じ、自らもまるで灼滅者のように槍を持ち構えてみせる羅刹。
     灼滅者側も身構えそれぞれに殲術道具を構えるが、そこへひらりと小さな桜の花弁が舞い落ちた。
     羅刹は頭上にある花の殆ど残らぬ黒い枝を見上げ、心底楽しみにしていることが分かる笑顔を浮かべて槍を回す。
    「この桜みたいにはやく――静菜も死んじゃえばいいのに!」
    「……ッ!」
     静菜を救いに来た人々にとって、それは開戦の合図となった。


    「さぁ悪い鬼を懲らしめる時間だぜ」
     まずは露払いと、豪快に槍を回転させて一馬が不良三人を薙ぎ払う。
    「返してもらいましょうか。……静菜さんを」
     同じく槍を手に一馬を追うのは、胸にスペードのマークを浮かべた燐だ。
     かつて静菜と手合わせした時に準え、闇の力を引き出していく。
    「ザコに用はねぇんだよっ。さっさと退場願おうか!」
     律が不良少年の一人を盾で殴り飛ばせば、喚く彼を彰の魔法の矢が貫き、よろけたところを和佳の影が掴み絡め取った。
     その隙に不良少年を越えて羅刹に迫るのは、心太と陽心。
     羅刹は不良少年を叱りつつ、巧みな槍捌きで二人の攻撃をいなしていくが、全てを避けきれるものではない。
    「静菜、迎えに来たぞ」
     陽心の盾が頬を叩き、心太の盾が胴を抉った。
     しかし、痛みに顔を顰める羅刹の口元には愉快そうな笑み。
    「きみたち、いーのかな? こんなとこまで来ちゃって。危ないよ?」
     槍を振るい、二人を跳ね飛ばした羅刹が狙うは逃げ行く一般人。
     同時に不良達にも指示を出して全く別方向の一般人を狙わせ、楽しげに灼滅者の顔を窺う羅刹だが、見回した先に動揺を示す顔はひとつもない。
     不審を覚えた直後、理由が示される。
     羅刹達が放った攻撃は、全て協力者として集まった灼滅者達に受け止められていたのだ。
     かつて静菜と戦場を共にしたことのある祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)と祁答院・蓮司(追悼にして追答の・d12812)の義兄弟二人に、燐の大切な人ならばと集った神凪・陽和(天照・d02848)に壱越・双調(倭建命・d14063)。
     そして橘・希子(織色・d11802)もまた、小さな体で精一杯人々を守った。
     小さな手は静菜の姿をした別人を前に震えているが、希子は引かない。
    「静菜さんが、誰も傷つけず済むように。キコが守るよ」
     それはここに集った多くの灼滅者の想い。
     人を守り、闇に落ちた静菜を取り戻す為に。戻ってきた静菜が、心を痛めない為に。
     静菜ならば守ったであろうものを、守り抜く。
     その上で、静菜を取り戻すという決意だ。
    「……寝てる人も居たはずだよね。どうしたのかな?」
     苛立ちを隠さず問い詰めれば、一馬がニヤリと笑って顎で差し示す。
     そこには、羅刹の風で眠らされた人々を起こし、起きなければ大胆にも別の灼滅者に向けて放り投げて避難させている理央の姿があった。これには羅刹のみならず灼滅者側も驚きを隠せなかったが。
    「灼滅者の戦い方が割れていても、やりようはある」
     悔しそうに唇を噛む羅刹に、威司が夜霧を展開して傷を負った者達を癒しながら告げる。
     そう。巣作りが使えずとも、彼らの努力や考えが無駄ではなかったように。
     巣作りの展開位置が被らないよう位置取りをしていた彼らの動きは、全ての視界を塞ぐことは出来なくとも、羅刹の射線をある程度制限していた。
     そして初期避難にある程度成功した状態で、これだけ多くの灼滅者の協力があるならば、人々を守り切れる目も出てくる。
     ならば後は、全力で静菜を取り戻すだけ。
    「此れを以て、にぎやかな葬式は中止だ」
    「どれだけ頑張っても、静菜はもう消えるんだよ!」
     威司が突きつけた解体ナイフの先で、羅刹が不機嫌に叫んだ。


     予知通り、羅刹の戦い方は狡猾だった。
     あえて周囲の物や人を巻き込もうとする容赦ない暴れ方に加え、状態異常を振りまきながらの不良達への指示は、回復役を優先目標とした一点集中の各個撃破。それも灼滅者達のセオリーに則り、弱い相手から狙うという戦法である。
     威司と比べて明らかに物慣れない梛七薙・凪子(凪世の厄払い・dn0119)は集中攻撃をくらい追い込まれるが、自身と威司、そしてイノリの回復によりどうにか凌いだ。
     開戦直後の戦闘不能と紙一重ではあったが、これを凌いだことで灼滅者側が優位に立つ。
     攻撃を受けたのが一人ならば回復の手数は少なくて済み、回復が手薄になるという攻撃的布陣のデメリットが発生しなかったからだ。
     代わりにメリットを遺憾なく発揮し、灼滅者達は不良達を三分と掛からずに倒すことに成功したのである。
    「ばかみたい。静菜はもういないんだよ!」
     手下を失い一人になった羅刹は、苛立たしげに槍を振るう。
     それは、一歩引いて回復に専念しようと移動しかけていた彰を鋭く穿った。
     思ったよりも深い傷に彰は一瞬顔を歪めるが、すぐに柔らかな笑顔を羅刹へと……否、静菜へと向ける。
    「……っだい、丈夫、ですよ」 
     彰は静菜と面識はない。だが友人の話から彼女が闇堕ちした理由を知った時、涙が出た。
     静菜の決意を、誰にも穢させたくない。
     だから彰は微笑み、祈る。
     大丈夫だから、こんなのなんてことないから、帰ってきてと。
     舌打ちして引き抜かれる槍を、横から飛び込んで払うのは律だ。
    「ったく、何やってんですか、結島先輩。アンタにはチンピラはべらせてるのも、人殺しも似合いませんよ」
     存在を取り戻すだけでは足りない。戻って来る場所を、彼女の決意を、心を。
     つまりは、彼女そのもの、全てを守り、取り戻さなければ満足できない。
    「先輩は、ドジッコやってるのが似合ってるんです。だから……」
     炎を纏った刃で羅刹を切り裂いた律の逆側から、螺旋を描き槍を繰り出すのは燐。
    「静菜さん……静菜! 帰ってきて。本当の気持ちを伝えないまま、これっきりなんてイヤ!!」
     弟妹や家を背負って立つ気丈な燐が、初めて心底から認め心許せると思った相手。
     静菜になら本音で、普通の女の子のように話せる気がした。
     それをまだ、伝えていない。他にも一緒にやりたいことや話したいことが沢山ある。
     心太も同じ想いだ。やりたいことなら、皆でやればいい。
     だがそこには、いつもの静菜と皆がいなければ駄目なのだ。
    「僕達だけでは、駄目なんです。あなたまで届かない! ですから、静菜先輩からも手を伸ばしてください!」
     お守りを盾として殴りかかる心太の手首に巻かれているのは、静菜のものとよく似たゼラニウムの髪飾り。それは、彼女を取り戻すという決意の証。
    「静菜先輩の強さは、こんな暴力じゃありません。信念の強さ、決意の強さこそ先輩の強さでした!」
     静菜の魂を奮い起こそうと、黒瀬・夏樹(錆色逃避の影紡ぎ・d00334)も必至に声をあげる。
    「静菜先輩は強くて優しい、から、羅刹に負けたり、しないです」
     そう、彼女は綺麗でかっこよくて、強くて、優しい人だった。
     傷ついた仲間を回復しながら、和佳は言い切る。
     願うよりも強く、確信に近い思いで、信じていた。
    「いつか抱いたっていう『決意』を思い出せよ」
    「早く戻ってこないと、この前の部長と同じ目に遭うわよ?」
     京介と荻田・愛流(通りすがりの猫好き・d09861)の叱咤が。
    「結島先輩、たくさんの人があんたを心配して、帰りを待っている」
    「貴様が連れてきた仔猫だって、『親』である貴様を待っているんだ。さっさと還って来い、静菜!」
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)と、静菜が拾ってきた猫を預かっている八重垣・倭(蒼炎の守護者・d11721)の帰還を求める声が、散りゆく夜桜と共に舞う。
     公園の各地で人々の避難や護衛を行う仲間達の心もひとつだ。
    「おかえり、と。言わせて欲しい」
     鋭い踏み込みで、その魂に届けとばかりに拳を突き立てる陽心。
    「うるさいよっ。わたしはもう、自由なんだから!」
     駄々をこねるように振り回された槍に陽心が吹き飛ばされるが、羅刹はもう愉快そうに笑わない。
     いつの間にか髪飾りが落ち、解けかけた髪から覗くのは黒曜石の角。
     体力か静菜を抑えることか、どちらかの限界は来ているのだと知れた。
    「別に、お前を消したいわけじゃないぜ。けど、静菜に消えてもらっちゃ困るんだ」
     一馬が槍を頭上に掲げ回転させれば、散りゆく桜が風に押されて舞い上がる。
    「その髪飾りなんかなくなって、俺や仲間達が、お前の『決意』の証だぜ!」
     桜吹雪を纏うようにして駆けた一馬の槍が、羅刹の槍をくぐり抜けてその胸を貫いた。
    「やっぱり、焼きそば、食べておけばよかった……な」
     悲鳴の後、倒れ行く羅刹が零したのは、そんな心残りだった。


    「……皆さんには、随分と迷惑をかけてしまったみたいですね」
     目を覚ました静菜の第一声に、周りに集まっていた灼滅者達は歓声を上げる。
     姿形は同じでも、そこに居るのは紛うことなく皆の知る結島・静菜だった。
     迷惑をかけたという言に、皆は笑顔で首を横に振る。
     同じく闇堕ちし助けられた経緯を持つ者も幾人かおり、静菜の申し訳なく思う気持ちは良く分かった。
     同時に助けてくれた皆が迷惑を感じてなどいないことも、逆の立場になって実感する。
     その人がその人として、当たり前のようにそこに居てくれる。
     たったそれだけのことが、何にも代え難い勲章であり喜びなのだと。
    「おかえりなさい」
    「お帰りなさいっす、先輩」
     口々に告げる仲間達にようやく微笑を浮かべた静菜は、彼らの思いに報いる為にもと、胸の奥で新たなる決意を抱く。
    (「次は……強くなって絶対に勝ちます。血染屋・白雪!」)
     だが、ひとまずは。
    「帰りましょう、梁山泊へ」
    「はい!」
     皆の居る、あの場所へ。
     差し出された心太の手をとって立ち上がる静菜を、少し離れた位置から見守るのは威司。
    「さて、めでたしめでたし」
     願った光景があることを胸に刻み、仲間の帰還を祝う彼らの邪魔をせぬよう、そっと立ち去った。

    作者:江戸川壱号 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 6
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