幸福な悪夢～すごいわステキ！　でも、夢だったの？

■リプレイ

●言われてみれば？
「ばいばーい！　また明日！　……あー、おいしかった！」
　友人たちと別れた晴子が駐車場に通りかかったところで、灼滅者たちは声をかける。
「ちょっといいかな」
　嵯神・松庵（星の銀貨・d03055）に呼び止められて、晴子は振り向いた。
「はい？　あの、何か？」
　灼滅者たちが未成年の集団で、最初に声をかけてきた松庵以外全て女子なので、とりあえず今のところ不思議に思っているだけで警戒している表情ではない。
「おねーちゃん、凄く一杯食べていて凄かったの」
　ピアット・ベルティン（リトルバヨネット・d04427）が、晴子に一生懸命言葉をかける。
「まるでＴＶとかで見るフードファイターの人みたいなの。でも、訓練してる人ならともかく普通の人はそんなに一杯食べれないと思うの」
「あれを苦も無く食べるのは男の俺でも厳しい」
　ピアットの言葉に、松庵が重々しく頷いた。
　突然何を言うのか、という顔だった晴子が、何か気付いた様子で目を瞬いた。そんなにたくさん食べているつもりはなかったらしい。……きっと、友達も誰も「食べすぎ」とは言っても「異常だ」とは言わなかったのだ。都合の良い、夢だから。
「不思議に思いませんでしたか？」
「言われてみれば……私あんなに食べられたっけ……？」
　高峰・紫姫（心の迷い人・d09272）に問いかけられ、晴子はおなかを撫でながら頷く。
「パフェ１つだって、１人ではとても全部は食べきれないボリュームでしたよ」
　下総・水無（フェノメノン・d11060）が、晴子がぺろりと平らげていた大きなパフェについてコメントする。水無なら本当は全部食べられそうだったのだが、それは内緒だ。
「それに……お姉さん、あんなにたくさん食べてるのにスリムですねー？」
「そ、それは、ダイエットしてるから……」
　水無の追い討ちに、晴子は言葉を詰まらせた。
　こんな夢に囚われるくらいだから、現実の世界でダイエットに取り組んだこともあるのだろう。その記憶と照らし合わせて、おかしいと気がついたようだ。
「あんなに食べて、ちょっと運動しただけで痩せるなんて、確かに変？」
「実に羨ましいよ……それが本物ならだが」
　安曇野・乃亜（ノアールネージュ・d02186）を、晴子は目を丸くして振り向く。
「本物、なら？」
　常識ではありえないことが、何故実現したのか。教えるのなら今のタイミングだろう。
「ここはあなたが過ごすに都合よく作られた夢の世界です」
　土岐・佐那子（高校生神薙使い・d13371）が、はっきりと告げる。
「え……？」
「つまり、夢の中だから沢山食べられて、少しの運動で痩せられるんです」
　混乱している晴子に、皇樹・桜夜（家族を守る死神・d06155）は現在の状況をまとめてあげた。
「ええー！？　夢の中ぁ？」
　晴子は自分のほっぺたをつねった。実感が湧かないらしい。
「そう。ここは夢の中。しっかり自覚して」
　水月・鏡花（鏡写しの双月・d00750）が、駄目押しで猫変身して見せた。
「わひゃああ！？」
　制服姿の少女が銀毛に碧眼の気品溢れる猫になって、足を揃えてニャアと、可愛らしい声で鳴く。まだ信じられないのかしら？とでも言っているかのようだ。
　桜夜が、佐那子が、次々と猫になって見せた。
「わわっ！！　可愛い！　じゃなくて！　そっかー、夢だからか！」
　本当は夢の中でなくても猫変身はできるのだけれど、夢の中だから不思議なことが起こる、と晴子を怖がらせることなく納得させられたようだ。
「そろそろ夢から覚めてもいいんじゃないかしら」
「うーん。でもー」
　少女の姿に戻った鏡花に、しかし晴子は渋い顔をしている。　
「……も少しここにいたいかも」
　楽しい夢ならもう少し、と思うのは人情。
「ピアもその気持ちは分かるの！　でも！」
　緊迫感ゼロの晴子の袖を、ピアットがもどかしげに握る。
「本当に良いのですか？　 夢であるなら貴女が知らないものは存在できません」
「あ。そっか私の夢だもんね。……道理でママが新作料理作らないし、パパのおみやも知ってる店ばっかり……」
　紫姫に言われて、晴子は深刻な表情で考え込んだ。あともう一押し。
「それに、現実でも時は流れています。貴方に近しい人が、眠り続けて目を覚まさない姿を見てなんと思うでしょうか」
　紫姫の隣から、人間に戻った佐那子が言葉を足すと、晴子にはもう迷う余地がなくなったようだ。
「えっ！？　私もしかして何日も寝ちゃってたりするわけ！？　パパとママが心配しちゃうなあ。あ、それに友達と約束してた食べ歩き！」
　どうも呑気だが、それも晴子が灼滅者たちに、微塵も不信や恐怖を抱いていないが故。説得は完全に成功したと言えるだろう。
「私、起きる！　今すぐ！」
　晴子がはっきりと言った、その瞬間！
「……させぬ……」
　低い声が響き渡り、闇を凝らせたような身体にスペードのマークを纏ったシャドウが姿を現した。

●偽りの幸せを打ち砕け！
「何！？　やだやだ、夢なら早く目を覚ましたいー！！」
　悲鳴を上げる晴子の前で、シャドウのぶよぶよとした身体から、カマキリの脚と鎌がギチギチと軋みながら生えてくる。
「出たな。さあ、狩りの時間だ！」
「ああ。決着をつけよう」
　桜夜が、乃亜が、スレイヤーカードの封印を解いた。夜桜の咲いた振袖と黒揚羽を思わせる漆黒のドレスと、鮮やかにひらめいた２つの黒が、怯える晴子を背後にかばい、さりげなく戦場から遠ざける。
「あ、あなたたちって何者！？」
「私達は……ただの御人好しの集まりさ。一人の少女のために命がけで戦うような、ね」
　乃亜は目を丸くしている晴子に軽く微笑すると、足元より立ち昇った影業にレイピアを形取らせてその柄を握り、ひゅ、としならせてその切っ先をシャドウへと向けた。
「コルネリウス様より賜った絶対の幸せを、拒むことなど許さぬ！」
「勝手な言い草を。……参る！」
　晴子を恫喝するシャドウに、佐那子は低く、唸るように言い放ち、地を蹴った。人格が入れ替わったかのような荒々しさを全身に宿し、片腕を巨大異形化させてぶつける。
「醒めない夢なんてありはしない事、教えてあげる。貫け、氷楔っ――Keil Eises！」
　鏡花の魔導槍の青い宝玉が輝き、生み出された冷気のつららがシャドウのぶよぶよとした身体に突き立つ。まさに氷の楔だ。そこを起点に、バキバキと音を立ててシャドウの体に氷が広がってゆく。
「ぐぬ……」
「お１人とは、随分と寂しそうだ」
　松庵が、呻いたシャドウの懐に飛び込み、腰を矯め腰の柄を握った。居合いの構えだ。
「うるさい！　配下などおらずとも、貴様らの相手など私だけで充分だ！」
　現実世界で痛い目に遇ったのを思い出したか、シャドウが鎌で防御の姿勢をとる。が、構えはフェイント。ニッ、と松庵は笑うと、マジックミサイルを放つ。至近距離から、魔力の矢がシャドウの腹を突き貫いた。
「さあさあ、ギアを上げていきますよ！」
　間をおかず、水無が機械槍ウッドペッカーを繰り、螺穿槍を放つ。現実世界では持久戦を強いられたために持て余した戦意が、今爆発している。キツツキという名に相応しく、螺旋の力を込めて突き込まれた槍はシャドウの体を深く抉った。
「クカ……ッ！」
　スペードのマークを胸部に浮かび上がらせ、シャドウは灼滅者たちの攻撃を受けてところどころが大きく欠けた胴体にぶよぶよと闇を凝らせ、修復してゆく。
「前回の戦闘時と比べ随分と力が落ちているようだな」
「……その代わり、この世界でなら最後まで全力でやれる！」
　乃亜が影縛りで縛り上げれば、カマキリの鎌を振り上げてシャドウは影の触手を振りほどいた。破壊力アップの効果をつけた鎌の、次の一撃が怖い。けれど。
「誰も倒れたりなんか絶対にさせないの！」
　ヒーリングライトを自分にかけ、癒しの力を底上げしたピアットが、メディックの位置に控えている。
　それに。
「砕く！」
　佐那子が気合と共に放った閃光百裂拳は、先ほどの鬼神変でエンチャント破壊の力を帯びている。シャドウが増した破壊力も、やがて打ち砕かれてしまうだろう。
「く……！　コルネリウス様の慈愛によって作られたこの夢を、守らねば……！」
　トラウマを込め、シャドウは鎌をふるう。　
「夢の中でも望みさえ叶えば幸せになれるですって？　そんなもの絶対に間違っている！」
　紫姫はシャドウの攻撃をひきつけながら、縛霊撃でシャドウを捕縛する。純白の縛霊手、可能性の獣は、彼女の真っ直ぐな怒りに輝かいているかのよう。
「悪いのはどっかいっちゃえーなの」
　ピアットがソーサルガーダーの中に包み込めば、メディックの癒しの力は紫姫が食らったトラウマも、ダメージと共に消してゆく。
「忌々しい！」
　ピアットに向かって放たれたシャドウのデッドブラスターは、しかしひらりと弾道に飛び込んだ黒いドレスによって防がれる。乃亜だった。
「貫け！」
　ダメージに構うこともなく、そのまま、乃亜はシャドウの懐へと踏み込み、鋭い刺突を放つ。
　切っ先が、シャドウが咄嗟に前に出してきた鎌の関節部分を正確に貫いた。硝子の砕けるような音を立て、鎌の先が折れ飛ぶ。
「おのれ……！」
「お返しだ。現実世界での分も含めて！」
　桜夜の右手の日本刀【黄昏】が片鎌を弾き、左手の鎌【クロノスケィス】が断罪の２枚の刃となって、シャドウの腹へと振り下ろされた。
「ギィイイイ！」
　体液のように闇を散らしながら、シャドウの体がぶよぶよと悶える。
　穴を塞ごうと必死だが、最早塞ぎ切れないようだ。
「そろそろ、いいものをあげよう。しかも沢山だ」
　松庵の作り出した魔力の矢が、ギラギラと空中に輝く。
「そうなの、みんなでお返しなの！　覚悟するといいの」
　ピアットが雷を呼ぶべく、マテリアルロッドを振りかぶる。
「遠慮なさらないでくださいな。いざ、ブッポウソウの声を聞け！」
　水無が、コノハズクの鳴き声を銘に取る杖を振りかぶる。
「クァアアア！　おのれ！　おのれおのれおのれおのれ！　まだやれる、私はコルネリウス様のお役に！」
　じたばたと暴れながら鎌を再生するシャドウだが、その脚はみっちりと、松庵や紫姫からの捕縛に絡め取られていて。
「ァアアアアア！」
　雨霰と降り注ぐ攻撃を回避すること叶わず、シャドウは細切れとなって消えてゆく。
　蟷螂の鎌は、最後の最後まで、灼滅者たちに向けられていた。

●現実へと
「……ふう」
　佐那子が戦闘態勢を解き、息を整える。纏っていた荒々しさが、すっと消えた。
　シャドウがよほど気味悪かったらしく、晴子は落ち着くまでひとしきり、灼滅者たちに飛びついてお礼を言いまくった。
「あー、ちょっと目を覚ますの勿体無いなあ。あ、さっきの化物にはもう会いたくないけど！」
　人心地ついたところで、呑気な独り言。
「幸福は自分の手で掴み取ってこそですよ」
「うん。ありがと。そうなんだけどねー、現実のダイエットってやっぱしんどいからー」
　水無に、晴子はタハハと笑った。　
「心持ちとして、運動してお腹を空かせて食べよう、と考えるのはどうだろうか」
「うー、でも、運動してお腹空かせると、運動で使った以上に食べちゃうよー」
　松庵の提案には、頭を抱える。
「体重計との勝負は乙女の長年の悩みなの！」
「だよね！」
　そして、ピアットの言葉に大いに同意した。
「……一緒にダイエットについて考えましょうか」
「私も、協力してあげてもいいわよ。こう見えて私だってスタイルを維持するのに結構気を使っているのよ」
　晴子の肩を、桜夜と鏡花が叩く。
「ホント！？　ダイエット仲間って心強いよねー！　ねえ、スタイル維持って何やってるの？」
　晴子の食いつきは抜群だ。
「ダイエット方法なら、一番効果的なのはね……恋、さ」
　乃亜のアドバイスは、運命共同体と心に決めた相手のことを思い出してのことだろうか。
「ふむ。食い気より色気を選べたら、確かにな」
　松庵が納得顔で頷いている。
「恋か……いいかも！　うん、じゃあ私、起きるね！」
　何度も何度もありがとうを言いながら、夢の中の世界から晴子がいなくなる。目を覚ましたのだ。
　夢の世界が消える。灼滅者たちも帰還する。その間際。
「コルネリウス。貴女はこの夢も監視しているのでしょう？　私は貴女を絶対に許さない。人は他人と接して、愛する人が出来て、そして命を育む。それは夢の中では出来ないこと！」
　紫姫は、空に向かって叫ぶ。
「貴女の慈愛は独善的な自己満足に過ぎない！ 違うというなら反論してみなさい！」
　コルネリウスに、届いたかどうかはわからないけれど、紫姫の声は高らかに響き渡った――。

作者：階アトリ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年5月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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