幸福な悪夢~それはまるで呪縛のように

    作者:高遠しゅん


    「確かに、否定する言葉はもってないさ。でも、違うことはわかる」
     小夜子は言う。
    「幸せは、余所様から与えられるモンじゃないわ」
     綾沙は断言する。
    「自分しか幸せじゃない幸せは、違う」
     煌介は呟く。
    「私たちに邪魔される程度の『夢』が、いつまでも続けられるわけがないのよ」
     リンデンバウムは小さな笑みを交えて。
    「ゆめは『努』とも書くんだよ。夢に捕らわれたままじゃ、この子は本当の幸せを知ることができない」
     三ヅ星が顔を上げる。
    「迷惑な幸福に終止符を」
     桜火に迷いはない。
    「……ちょっと、邪魔するぜ」
     宗汰は決断する。
    「長い夜を終わらせて、すっきり目覚めさせてやろうじゃないか」
     誰歌が笑う。
     ソウルボード、夢の世界。


     目覚まし時計の音で飛び起きた。花柄のカーテンの隙間から光が入ってくる。
    「今日もいい天気!」
     マユは窓を開け、春の朝を堪能してから制服に着替えた。
     この数日でやっと慣れてきた、中学校の制服。
     リビングに降りる前に、大きな犬のぬいぐるみを抱きしめる。中学校入学のお祝いに買ってもらうには、少し子供っぽかったかも知れないけれど。
    「おはようママ、『お父さん』」
    「おはよう、マユ。朝ご飯できてるわよ」
    「うん! いただきます」
    「マユ、新しい学校には慣れたか?」
    「先生優しいし、友達もたくさんできたよ。勉強も頑張るね」
     ママのごはんはとても美味しい。だから朝からお腹いっぱい食べたいけれど。
    「いけない、部活の朝練!」
    「マユ。あのね、来週、タクが退院できるの。もう大丈夫ですって」
    「本当、ママ?」
    「タクが帰ってきたら、動物園に行こうか。雑誌で見ていただろう」
    「……いいの? 『パパ』」
     ……あ。
    「やっとパパと呼んでくれたね」


    「パパとお父さん?」
    「よくある話じゃないかしら。両親が再婚して、弟が生まれたとか」
    「父親にわだかまりがあるようだな」
    「幸せそう。でも、これが夢だって教えてあげなきゃいけないんだよね」
     マユという少女は、おそらく。
     母親の再婚相手の父親に心を開けず、弟に遠慮して暮らしている。
     だから何もかも我慢して、あんな空洞のような部屋に閉じこもっているのだろう。
    「シャドウを呼び出すには、マユが自分からここから出る気にさせなけりゃいけないんだな」
    「手っ取り早く、私たちの正体を明かして名乗って見せてはどうだ?」
    「それは手っ取り早いけど、納得してもらったほうがいいよ」
     方法は幾通りもあるだろう。
     どう選び、どう説明するかは灼滅者達の思いにかかっている。
    「現実は辛いかも知れないけれど、幸せになる方法だって、必ずあるよ」


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    板尾・宗汰(ナーガ幼体・d00195)
    秋庭・小夜子(大体こいつのせい・d01974)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    高柳・綾沙(疾る剣の娘・d04281)
    緋野・桜火(高校生魔法使い・d06142)
    月原・煌介(月の魔法使い・d07908)

    ■リプレイ


    「いってきます!」
     少女が玄関を出て、学校までの道を駆けてゆく。
     どこまでも晴れた空に、どこからか小鳥が飛び交い風は優しく頬を撫でていく。
     ああ、とても素敵な朝。私は幸せ、と少女――マユは思った。
    「おはよう、マユ」
     そこに、どこからか声が降ってきた。マユはきょろきょろと左右を見渡し、それから上を向いた。
    「え……!?」
     屋根ほどの高さに、四本の箒が浮いている。
    「そろそろ目を覚ます時間だ」
     そのうちの一本に跨がる秋庭・小夜子(大体こいつのせい・d01974)の膝には、器用に猫が乗っている。
     猫はにゃあんと一声鳴くと、高さも気にせずひらりと飛び降りた。そうして地面に降り立ったのは高柳・綾沙(疾る剣の娘・d04281)。
    「初めまして。アナタの夢にお邪魔に来たわ」
    「猫が……人間に変身?」
    「月の魔法使い、っすよ」
     呟くのは月原・煌介(月の魔法使い・d07908)。朱紐の羽飾りのついた箒の後ろには、板尾・宗汰(ナーガ幼体・d00195)が乗っていた。
    (「もし、この説得が上手くいって、シャドウを撃退できたとしたら」)
     勝者は灼滅者ではなく、マユのほうだと。そうなるように願いながら飛び降りる。地面に降りたのは、真っ白な小型犬。しっぽをふさふさ振りながら、マユを見上げる。
    「今度は人間が、犬に変身するの?」
     それでも犬の愛らしさに負けたのか、マユはその頭をおそるおそる撫でてみる。感触は、友人の家にいる犬と変わらない気がする。
    「なんだか、夢みたい……」
    「そう、ここは夢の中。現実世界を元にして、あなたのために創られた夢の世界なのよ」
     横座りで優雅に箒を操るのはリンデンバウム・ツィトイェーガー(飛ぶ星・d01602)。夕暮れの空のような深い蒼色した衣装は、御伽噺に出てくる魔法使いそっくりで。
     後ろに乗っている王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は、リンデンバウムにしがみついていいものかどうか、ぐるぐる悩みながら落ちないよう箒の柄を握りしめている。
    「あの……夢って、何のことですか?」
    「君も見ただろう。犬や猫に変身する人間、箒に乗って空を飛ぶ魔法使い。どれも現実には存在しないものだとは思わないか」
     緋野・桜火(高校生魔法使い・d06142)の箒の後ろに乗った七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)が飛び降りて言う。
    「私たちは本物の魔法使いだ。この世界とマユさんについて、話をしにきた」
     桜火の言葉に、マユは目を丸くしながらも頷く。抱いていた犬がするりと腕から抜け出して再び宗汰の姿となるのを目の当たりにして、この世界が夢という言葉だけはなんとか受け入れたようだ。
     だが、夢と理解しただけでは悪夢は終わらない。現実に戻りたいというマユの願いこそが、戦いを切り抜ける鍵となる。
     難しいのはここからだと、灼滅者たちは改めてマユと向き合った。


     マユは困惑していた。突然現れた魔法使いが、この世界は夢の中だと言う。それは目にしたもので納得したものの、それの何が問題なのかが理解できない。
     この世界はとても優しくて幸せだから。夢ならば覚めなければいいと思う。
    「夢って言われても……学校だって行ってるし、パ……父も母も、弟だって」
     小夜子はシャドウと戦う前にも思ったことを、改めて考えていた。
     夢といえど、この幸福はマユの努力が実を結んだ結果なのだ。どうして否定できよう。
    「……なあ、マユ。覚えてるか? 現実のこと。この夢が幸せなのは分かるんだ、でも」
    「ここが夢でも幸せだよ。夢見てたら、だめなの?」
    「駄目じゃない。だけど、夢は見るものじゃなく、叶えるものだろ?」
     マユは小夜子の言葉に、首を傾げる。
    「私の……叶えたい夢って、何だか知ってるの?」
     綾沙が身をかがめてマユと視線の高さを合わせた。怖がらせないように。
    「アタシさ、血が繋がってないお姉ちゃんみたいなヒトがいて」
     『血が繋がっていない』の言葉に、マユがびくりと反応する。
    「超自己中でワガママだったケド、すごいよく笑うの。アタシに楽しいコト沢山教えてくれた、一番大切なヒト」
     綾沙の口調は、どこか遠くにいる人を想うように響く。それは、語る彼女が既にこの世にいないからだ。
    「俺、孤児だ。君のこの夢は俺も夢……とても、温かい」
     ひそやかに、その後を煌介が続けた。瞳に暖かな光を乗せ。
    「俺の夢、素敵なお父さんになること。マユには、素敵なお父さん、もう、いる」
    「『お父さん』……私の、お父さん」
     すうっと、周囲の光景が鮮やかさを失うのがわかった。鮮やかな日常の光景が、彩度をを落とし下手な写真のように輪郭を滲ませる。
    「お兄さんたち、知ってるの。私の家や、お父さんのこと」
    「この世界は優しいよな。でもマユが努力しなければ、こんなに優しい世界にはならなかったんだぜ」
     宗汰が励ますように言う。
    「だから、夢から覚めてみないか。現実でもきっと、同じことができるはずだ」
    「やだ!」
     ざあっと音を立て、『夢の光景』が一度に色を失った。
     現れたのは砂でできたモノクロの世界。触れれば壊れてしまいそうな『幸せな世界』。 マユは現実を、こんな色で見ていたのだろうか。
    「だって。タクは病気なんだもん。ママも『お父さん』もタクの方を見ていてあげなきゃ」
     真夜中、タクが急に熱を出して、一人で留守番をしたことも。
     参観日にに来てもらえなかったことも。
     運動会のお弁当を、一人で食べたこともある。だけど。
    「私、強いから。元気だから、大丈夫なの。平気だもん」
    「やさしい子……でも、そんなに急いで大人にならなくてもいいのよ」
     リンデンバウムは霊犬のりゅーじんまるを促した。りゅーじんまるは、くぅんと鼻を鳴らすとマユの足元に体を寄せる。
     その温もりに、マユは目を潤ませる。
    「本当は、たまにはかわいい娘に甘えられたいって、誰より貴女のご両親が思ってる筈なんだから」
    「甘えたりしたら、困らせるもん。私が我慢すればいいだけなんだから」
    「マユ君は、すごくすごく頑張ったんだよね」
     誰にでもできることじゃないよと、三ヅ星は精一杯の笑顔で言った。
    「だって、優しくなくちゃできないことだもの」
     何年、自分を抑え続けてきたのだろう。家族のことを思って、我が侭も寂しさも全部小さな胸の中に閉じ込めて。泣くことさえ、忘れるほど。
    「我慢すれば負担を掛けないというのは、少し違うと思う」
     誰歌は考えながら、それでもきっぱりと。
    「年頃の子が我が侭の一つ、泣き言の一つも言わないなんて、逆に心配になってしまうものだ。親というものは」
    「本当? 私……間違ってたの?」
    「間違ってなどいないよ」
     桜火もまた、長身の膝を着いてマユと視線を合わせた。赤いサングラス越しに、優しい色をした瞳が見えるとマユは思う。
    「だが、夢にとらわれたままでは、あなたの家族も不幸になってしまうだろう」
    「……ねえ、私、どうなっちゃったの。現実の私は、何をしてるの」
    「ずっと、眠り続けている」
    「そんな!」
     砂でできた日常の光景が、さらさらと崩壊する。
     モノクロの砂漠、地平線まで乾いた砂の山が続く、枯れた世界が広がった。
     同時に膨れあがる闇の気配に、灼滅者たちは一瞬で身構えマユを背に庇う。
    『アア、とうとう教えてしまったのですネ。現実など夢の前では容易く崩れてしまうものですノニ』
     ダイヤのリボンを飾ったシルクハットを被る、背の高い男が現れて嗤った。
    「シャドウ!」


    『特別製も特別製、コルネリウス様の甘美なる夢を崩すナド、なぁんともったいナイ』
     右手から左手へ、左手から右手へ。トランプを蛇のように操りながら、シャドウは大げさに落胆してみせる。
    『デモまだ、迷いがあるようですネぇ。マユさんは、夢から覚めたくないと思ってラッシャル』
    「そんなに、楽しいのか? 甘い言葉で惑わせるのは」
     低い声で綾沙が問う。シャドウは大げさに肩をすくめ、
    「灼滅者のような半端モノとは違イ、コルネリウス様の慈愛の心あっての事デスヨ? 努力は報われ不幸は訪れナイ。カンペキな夢ではないですカ?」
    「マユは、お前たちに屈したりしない。やっぱり現実世界が一番なんだよ」
     宗汰は低く唸り、力を解放した。蛇を模した影業が足元から鎌首を持ち上げる。
    「マユ。君はこのまま、夢を見続けたいか。それとも、幾らでも変えられる現実で、家族と幸せになりたいか?」
    「私……」
     小夜子の言葉に揺れ、マユは心を決める。
    「私は、眠っていたくない。パパとママと、タクのところに帰る!」
    「よく言った!」
     シャドウの後ろ、空の一角がガラスのような音を立てて割れ、巨大な扉が現れる。まだ閉じたままの扉だが、開くかどうかはシャドウを倒せば分かることだ。
    『おやぁ? 苦しい現実を選ぶナンテ。おかしいですネェ』
     シャドウの背後から白いぬいぐるみの犬が2体現れる。マユの迷いから生じたシャドウの配下だ。
    「叶え。力は此処に在り」
     カードから力を解放した煌介は、星の光を散らす盾かざし前衛たちを覆った。
    「信じよう、人と、自分。皆で幸福に至る、現実を」
     マユに届けと、言葉を紡ぐ。
    「我慢なんて、しなくてイイと思うの」
     綾沙の飛ばした光輪が、一瞬にして犬を千々に引き裂いた。声もなく消えていくのは、マユが心を強くした証拠だ。シャドウはマユから力をほとんど得ていない。
    「心の強い君なら、きっとできる」
     三ヅ星が影の触手を解き放ち、シャドウを捕縛にかかる。器用に避けていたシャドウも、ついには捕らえられ動きを止めた。
     小夜子のマテリアルロッドが、二匹目の犬を内部から破壊する。白い綿毛となって消えた後には、紳士の姿をしたシャドウだけが残される。
    『ナント意外、意外ですネェ。コルネリウス様の夢を拒否するなど、ああ、もったいナイ』
     両手でばらまいたトランプが刃となって前衛達を襲う。全身を切り裂かれる様子にマユが悲鳴を上げかけるが、背後から支えていた桜火の腕に力づけられる。
    「願ってくれないか、あのバケモノを私たちが倒せるように。そうすれば、君は目覚めることができるんだ」
    「うん……みんな、がんばって!」
     桜火のバスターライフルが光を放った。続けざまのビームがシャドウの体を貫き、一部を塵と化させる。
     リンデンバウムがくるり回した杖を縦に振り抜くと、後から凄まじい音を立てて雷がシャドウに落ちる。シャドウは奇怪な叫び声を上げ、ダイヤのスートを胸に浮かばせるも回復が追いつかない。
    「『言ってもらえない悲しみ』を、家族が抱いてしまう前に。少しずつでも、本音で世界を変えていきましょ?」
     リンデンバウムの言葉に、マユが力強く頷いた。
    「さあ、そろそろ終わりにしようぜ?」
     バベルの鎖を瞳に集めた宗汰は、影業を飛ばし更に捕縛をきつくする。蛇に何重にも巻き付かれたシャドウは、苦しい息の下で呟いた。
    『マア、いいですヨ。コルネリウス様にご報告しなければイケマセン』
     ぬるりと姿を変え蛇から抜け出すと、端の方から黒い霧となっていく。
    「逃げるのか!」
     誰歌が叫び、身を低くして駆け出した。低い位置からの紅蓮斬は、半分以上霧と化したシャドウの体をすり抜ける。
    『ご報告、ご報告~。それでは皆さん、ゴキゲンヨウ』
     ひらひらとトランプを舞わせ、シャドウは最後の最後まで笑い声を響かせていた。
     現実との境界を示す巨大なドアが、ゆっくり開き始める。
    「素直になること、怖がらなくていいんだよ」
     武器をカードに封印し、三ヅ星がマユに手を差し出した。
    「だから、戻ろう」
     力強い声に励まされ、マユははっきりと頷き三ヅ星の手を取った。
     扉から光があふれ出した。


    「……あ」
     マユがベッドから身を起こすと、自分の部屋のあちこちに人がいることがわかった。夢で見た魔法使いたちと分かっても、心は少しだけ重い。
     家には父も母もいない。弟の病院に付き添っているから。だから……
    「君の寂しさ、辛さ。絶対、無駄じゃない」
     真摯な光の瞳で、煌介が囁くように言う。
    「今までのことは、全部幸せのためのエッセンスだ」
     誰歌は笑い、手を振る。
     不思議な来訪者達は、大きく開いた窓から次々と飛び出していく。マユは慌てて窓に駆け寄った。
    「うそ……!」
     箒に乗った魔法使い達が、四組。大きく手を振りながら、暁色した空に消えていく。
    「魔法使い……嘘、私……寝ぼけてる?」
     でも、ここは現実だ。さっきまでの造られた世界とは違うという実感があった。
    「夢じゃ、ないんだ」
     遠くから聞こえてきた車のエンジンの音が、玄関先で停まったのが分かった。父が帰ってきたのだ。
     こんな夜はいつも、母と弟を病院に残し、父だけが様子を見に一度帰ってくる。病院は、そんなに近くではないのに。今までは、何故面倒なのに帰ってくるのか分からなかった。
     でも、今なら分かる。
    「……パパ!」
     マユはパジャマのまま、魔法使いたちのことを伝えようと部屋から飛び出した。
     玄関で大好きなパパを迎えるために。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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