幸福な悪夢~夢境のハッピーソング

    作者:池田コント

     どこにでもいるような少年だった。
     小学校の二年生。肌は白くて内向的な印象を受ける。
     ヒカル。
     それがこの何日も眠り続けている少年の名前。
     泉・火華流(元気なハンマー少女・d03827)は、ヒカルの眠るベッドの隣に立っている。
     ソウルアクセスをするためだ。
     別に、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)もシャドウハンターであるので、試みるのは他の人でも良かった。
     だが、これは真のシャドウの力を目の当たりにして、萎縮してしまった火華流自身の為でもある。
    「暴れてくれたお返しを、たっぷりしてやらないとな」
    「夢の中なら、弱体化しているはずだし」
     四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)達にうながされ、
    「……うん。私やるよ」
     火華流は勇気を奮い立たせ、少年の夢に接触を開始する。
     
    「やーいやーい、泣き虫ヒカル。弱虫ヒカル」
    「や、やめてよ……なんで僕をいじめるんだよ」
    「ほら、泣くぞ、泣くぞ!」
    「う……ううっ……うわーん!」
    「ほーら泣いたー! 泣き虫だぁー!」
    「……ヒカル君、泣いてばっかり。かっこわるいね」
    「ヒカルはお兄ちゃんになったんだから、もう少ししっかりしてくれなくちゃ……」
    「ああ、うるさい! めそめそするな。それでも俺の息子か!」
     泣き続けた少年は一人。
     涙で心も冷えきって。
     友と呼べるはクマのぬいぐるみのライナスだけ。
    「君の歌には力があるんだよ……さぁ、僕と一緒に練習しよう?」
     そうして歌の練習をがんばったヒカル君は、性格も明るくなりスポーツも上達、いじめっことも和解し、誰からも好かれるような男の子となりました。
     もう泣き虫じゃないね、めでたしめでたし。
    「いやいやいや、ラストおかしいじゃろ?」
     という八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)の意見はもっともだが、それが壱乃森・ニタカ(桃兎・d02842)達の集めてきた夢の中の情報だった。
    「いじめられていたのは現実のことなのかな、夢の中でのことのなのかな。わからないけど、今は練習した歌の力で幸せに暮らしているみたいだね」
     辛いこともあったけれど、歌の練習をがんばったおかげで勝ち取った、歌って、笑って、楽しい生活。
     それこそがヒカルが望んだ世界。シャドウが用意した正解。
     そこに理屈など要らない。道理など不要。
     醒めないならば、夢は現実に等しい。
    「……ヒカル君は、目を覚ますことを望んでいるのでしょうか。彼は、周囲になじめなかった……そんな気がします」
     雲母・凪(魂の后・d04320)は、どうにもヒカルに自分に近しいものを感じていた。
     似ていて、けれど決定的に違うけれど。
    「で、でも夢は夢っすよ、ね……?」
     ンソ・ロロ(引きこもり型戦士・d11748)の意見はおそらくシャドウには通じない。
     コルネリウスに接触した者達の報告からも読みとれるが、精神世界で暮らすシャドウにとって夢は現実の一部と思っている節がある。
     シャドウハンターの中には、ソウルボードと現実の区別がつかないでいた者もいるという話は聞くが。
     ヒカルをこの世界から連れ出すには、この世界が夢であると認識させればいい。
    「最悪、面倒になったらサイキック使って暴れまわりゃ夢だって気づくだろ」
     惡人の案が一番手っ取り早いかも知れない。
     ただ、その場合、ヒカルは灼滅者達を敵と思ってシャドウに味方するだろう。
     シャドウ、ラップタップナップは必ずヒカルが目を覚ますのを邪魔してくる。
     灼滅者達を強引に排除しようとするはずだ。そのとき、ヒカルがシャドウに力を貸せばそれだけ戦いは不利になる。
     逆にヒカルへの説得が上手くいけば、後は弱体化したシャドウ一体を倒すだけだ。
     加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)は言った。
    「ここまで来たんだ。シャドウをボコボコにしてでも、必ず助け出してやろうな」


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    壱乃森・ニタカ(桃兎・d02842)
    泉・火華流(元気なハンマー少女・d03827)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    ンソ・ロロ(引きこもり型戦士・d11748)

    ■リプレイ


     泉・火華流(元気なハンマー少女・d03827)は録音してあった兄の歌を聞く。
     魂に火が灯る気分。
     さあ、行こう。ヒカルを助けに。
     昇る太陽が闇夜を終わらせるように。

     現実そっくりの夢の中で、ヒカルは家で食事中だった。
    「あれがヒカルくんかぁ~、夢だからかな? 楽しそう……」
     雲母・凪(魂の后・d04320)達はヒカルが家を出るのを待ち、邪魔が入ることもなく接触することができた。

    「ニタカお歌が好き。ヒカルくんは好き?」
     年齢の近い気安さからか壱乃森・ニタカ(桃兎・d02842)はすぐに打ち解けることができた。
    「ヒカルくんは歌が歌えるんだよね?」
    「聴かせてほしいっす」
    「うん、いいよ」
     ンソ・ロロ(引きこもり型戦士・d11748)達が聴いたのは、小学二年生らしい、夢と希望にあふれた、甘っちょろい歌だった。
     一緒に歌えばみんな友達とか、そういうの。
    「上手っすねー!」
    「ありがとう」
     ぼわん。
     歌に合わせて尾を揺らしていた犬が姿を変えて、篠介となった。
    「わぁ、すごい、魔法みたいだー」
    「ぬいぐみがしゃべるわ、ヘンテコな人間はいるわ、まるで夢のようだな~?」
     ドラム缶に入ってお面をかぶったンソに軽く視線を向けて、非は白々しく言った。
    「うん、夢みたいに楽しい」
     だが、飽きれるくらいヒカルの頭の中はお花畑のようだった。
    「歌は楽しいよな。自由に気持ちを言えて心も明るくなれる」
     八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)は兄のように語りかける。
    「でも歌が力を持ってるんじゃねぇ。変わる力を持ってるのはお前自身だ。理想を現実にできるのは自分しかおらん。本当の世界でお前の歌、聴かせてくれんか」
    「……なにを、言ってるの? もう、大丈夫なんだよ? 僕は変わったんだよ……?」
     ヒカルは篠介から視線を逸らした先、遠巻きに待機している影道・惡人(シャドウアクト・d00898)と目が合い、
    「ぁ? 何見てんだコラ」
     びくっ!
     威嚇されたと思ったヒカルは慌てて視線を逸らす。
     歌に絡めて暮らしぶりを尋ねると、父親と久しぶりに一緒にご飯を食べたとか、友達とサッカーをしたとか他愛のないエピソードばかりで、矛盾点を突こうにもンソは上手く指摘できなかった。
    「夢の中のお話みたいっすね」
    「ニタカもぬいぐるみ持ってるよ。くろまる」
     ニタカは黒うさぎのぬいぐるみを取り出して挨拶させる。
     ヒカルもライナスに挨拶させた。
    「この前ね。くろまるとおしゃべりしてたくさん遊んだ。夢だったけど~。やっぱりぬいぐるみが現実でおしゃべりするわけないよねぇ……」
    「え、しゃべるよ……あ! これはナイショなんだっけ」
     そこへ火華流が。
    「ヒカル君はお兄ちゃんになったんだよね?」
    「うん。そうだけど……」
    「だったら、暗い闇の中で妹や弟が泣いていたら、その涙を拭いてあげられるような強いお兄ちゃんになってほしいな……」
    「君も、そんなこというの……?」
    「え?」
    「僕はお兄ちゃんになりたくて、なったわけじゃないのに!」
     ヒカルを落ち着けるように、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)は接触テレパスで話しかけた。
    『とてもいい歌だったぞ。努力が報われるっていうのは凄く嬉しいよな』
    「うん、ありがとう……それ腹話術? すごいね!」
    (「正直私と結構似てるんだよなあ」)
     蝶胡蘭も昔はとても内気で、いじめにもあっていたので共感できた。
    「おねえちゃんはそのときどうしたの?」
    『空手を始めて、少しずつ強くなって、誰かと関わる楽しさを知って、そうして今の私があるんだ。結局、空手はダメになってしまったがな……』
     蝶胡蘭は右手に目を向けた。ある出来事があって以来彼女は右手で人を傷つけることを戒めている。
    『努力が必ず実るわけでもないし、実った努力も突然腐ってしまうことだってある。でも、努力した私を見てくれた人達がいた。だから私の努力はなくならないんだと思う』
    「うん……僕もそう思う。努力したことはほんとうだよね」
    『ヒカルくん、でもここは夢の中なんだ。夢の中じゃダメなんだ』
    「え……?」
    『夢の中じゃ、誰もヒカルくんの努力を見てくれない。たとえそれが成功したって、そんなのはないのと同じだ』
     強く訴えかけた。
     ヒカルは蝶胡蘭の瞳を見つめ、そして……。
    「……なんなの?」
     かすれたような声。
    「みんな見ててくれたよ? 僕はがんばってみんなと仲良くなったよ? ねぇ、そうなんだよ?」
     いや、あるいは、認めることができないのかも知れない。
     それは彼の努力を否定することだから。それが夢の中であっても。
     凪はしゃがんでヒカルくんと目線の高さを合わせて、
    「私もね、ヒカルくんくらいの頃は一人ぼっちだったの。とっても寂しかったし辛かった」
    「さびしかった?」
     こくりとうなずき、そっと抱きしめる。
    「人に何か言われたっていいじゃない。みんながみんな、いいことばっかりあるわけじゃないの」
    「でも……みんな、僕がいると怒って楽しくなさそうで」
    「そんなことないよ。君のこと心配してくれてる」
    「心配、されたくないんだ。がっかりされるのはもういやなんだ。ぼくも苦しいのに、なんでわかってくれないの!? みんな、みんな……」
     感情的になったヒカルに四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)も接触テレパス。言葉を届ける。
    『泣いてたのは悔しかったからだろ? 夢に逃げても、お前を嘲笑った奴らはこれからもお前を泣き虫と罵るぞ?』
    「違う。泣き虫じゃない。逃げてなんかない」
    『見返したいだろ? 認めてもらいたいだろ? できる! お前の歌は凄い! 現実でも通じる! だから自信を持て』

    「まだやんのか?」
     惡人は周囲を警戒していて、説得は見ているだけであったが、長々と話を続けても無駄だと悟った。
     ある程度ヒカルの信頼は得ることができたように思う。
     けれどヒカルはぬいぐるみがしゃべることを疑問に思っていないようだった。
    「そのぬいぐるみ……一体いつから持ってたんじゃ?」
    「ライナスはね。もっと小さいころからの仲良しなんだ」
     空想上の友達。
     実際には存在しない友人と会話したり、遊んだ記憶を作り上げたりする行為。
     普通は成長するにつれて消えていく。ヒカルは長引いているのかも知れないが、じきに消える。それ自体に問題はない。
     それよりも、ライナスを拠り所にするヒカルに対してここが夢だという訴える決定打が……。
    「ここは夢なんかじゃない。ぼくは努力したんだ。みんなで歌って幸せなんだ」

    「……もーいいだろ?」
     せっかく得ることのできたヒカルの信頼は失ってしまうかも知れないが、ここでずっと夢に付き合ってやるわけにもいかない。
     信頼を損ねないように夢だと気づかせることが理想だったが、それを行うには、灼滅者達は少々優しすぎたのかも知れない。
     また、仲良くなることと夢だと認識させることが結びつかなかったというのも。

     凪はヒカルがケガをしないように後ろから彼を抱きしめた。
    「現実はやなこともあるけど、それ以上に良いこともいっぱいあるんだよ」
     ニタカは勇気づけようと隣に立って彼の手を握った。もう片方の手は蝶胡蘭が握った。
     そして、ヒカルの目の前で、惡人は夢の世界を壊し始めた。
     静かな住宅街。ザウエルの機銃がガラスというガラスを破り、壁を穿つ。惡人の魔法弾がヒカルの家に向けて放たれ、屋根を砕き、壁を壊し、やがて倒壊させる。
    「やめて! やめてよぉ!」
     こんな光景を見せるのは心が痛むが、彼の目を覆うわけにはいかない。
    (「大丈夫。君はきっと立ち向かうことができるから……」)


     篠介はぬいぐるみを睨みつける。
    「本当の姿見せろよ、ラップタップナップ。与えられた幸せの中じゃ唄えない歌があるってワシらが手前等に教えてやる」
    「……」
     ぬいぐるみは答えなかった。
     けれど、くまのぬいぐるみに過ぎないはずのライナスは、観念したように小太りの少年へと姿を変えた。
    「それが、本当の姿か」
     非はシャドウに対して指で『×』を作る。
    「お勤めご苦労。今度は喜ばせるものはないぞ」
    「それは残念ぽよ」
     シャドウはジャガイモのお菓子を口に放り込みながら言った。
    「君達の歌も気に入っていたのに。あ、良かったら君達もここに住まないぽよ? コルネリウス様ならきっとわかってくれるぽよ」
    「それは御免だな。痛みのない人生は生きていると言わない。生かされてるだけの家畜と一緒だ」
     非はバイオレンスギターを構える。
    「家畜になる気はないんだよ」
     周囲には、いつのまにか夢の登場人物達が出現していた。
     ヒカルを避難させ、シャドウ達と向かい合う。惡人はようやく始まるのかと笑みを浮かべ、
    「さぁ、おっぱじめ……」
     ぶうぅう!
     惡人の言葉を遮るような大きなおならが鳴った。
    「……」
    「ごめんぽよ。緊張感に耐えられなかったぽよ」
    「ふざけたヤローだな。まぁ、それもどーでもいい」
     惡人の思考が戦闘モードにシフトする。ひょうきんものだとか、好意的なのかも知れないとか、そんなことは一切関係しない。
     どんな相手でも、敵は潰す。
    「おぅ、ヤローども、やっちまえ!」
     先陣を切る惡人の前で、シャドウは慌ててお菓子の残りを食べきると、あのぶよぶよとした姿に変化していく。
    「どこにも行けなくなった子供を、夢の中で幸せにしてあげるのは悪いことぽよ? ここでなら彼は幸せに歌っていられるぽよ」
     彼に救済の手を伸ばしたのはシャドウだけだったとしたら、なんて世界は残酷だ。
     安息の場所は夢の中だけ。
     現実へ連れ戻しても、彼を待っているのは解決していない問題ばかり。彼はまた悩み苦しむことになる。
     でも、だとしても。
     人は現実で生きるべきなのだと思う。
     その答えをまだはっきりと言葉にはできないけれど……。

     いじめっこは猛り狂うゴリラのような変貌を遂げてンソに襲いかかる。
     彼に対するヒカルのイメージなのだろうか。凶暴性が表に出ている。
     重みの乗った一撃が当たる寸前、ンソはドラム缶の中から飛び出し、ゴリラの頭頂部に踵落とし。続いて、掴んでいたドラム缶を頭上を経由してゴリラめがけて振り下ろし、素早く棒をつけてドラム缶をハンマーにすると背後から迫ってきていたヘビ顔の母親を振り向きざまに吹き飛ばした。
    「ニタカの歌にマルしてもらったのは嬉しかったけど戦いだから手加減しないよ~!」
     ニタカは鬼と化した父親の足を槍で払うと斬影刃をお見舞いする。
    「ヒカルくんを返してもらうよ!」
     手傷を負わされながらも父鬼は強烈な怒りの衝撃波を放った。
     その攻撃に篠介は自身のオーラで対抗する。背後にヒカルをかばって。
    「こんな紛い物の世界に一人ぼっちにゃさせねぇ……!」
     篠介の脳裏に過去の記憶がよぎる。
     そこには、家族を亡くした自分がいた。
    「寂しいよな、辛いよな……でもな、自分が変わらなきゃ周りは変わらねぇ……少しずつで良いんだ。頑張ろうぜ、ヒカル!」
     鬼の波動を押し返し、高速で放たれた拳が鬼の巨体を砕いた。

     夢の登場人物達の強さはそれほどでなく、ヒカルは凪達に結構好意を抱いているのかも知れなかった。
     凪と蝶胡蘭の連携攻撃が母蛇を倒し、惡人がゴリラの尻を焦がしてンソのロケットスマッシュが頭部を粉砕した。
     残るはシャドウのみ。
     けれど、強い。
     現実世界に出現したときほどのパワーはない。けれど散漫だった攻撃が、明確な目的をもって仕掛けられてきている……。
    「既にアンタ達の計画は破れたよ……さっさと立ち去る? それとも、痛い目を見て追い払われたい?」
     ロケットハンマーを突きつける火華流に黒い触手が包囲するように襲い来る。
     火華流は触手をかいくぐり、本体へと迫る。
    「私、アンタ達は怖いけど……魂を壊されないように、魂を熱く燃やし続けるよっ!」
     ハンマーがロケット噴射を開始し、加速しながら振り下ろされるその瞬間。
     ガクンッ!?
     両足を触手が貫き、体勢の崩れた火華流はトップスピードで顔面から電信柱に突っ込む。
    「……が、ばぁ……」
    「は、早く逃げ……」
     言い終わらぬ内に、触手が少女の全身を貫き、真っ赤な花を咲かせた。
    「るっす……」
     ンソの言葉は宛先をなくし、さまよう。
     ひぅ!
    「しまった!」
     一つの触手に捕まったことがきっかけとなり、蝶胡蘭の全身は瞬く間に触手に巻き付かれた。右腕と顔を残したほとんどを黒に覆われ、しかし、その手を振るうことはない。
    「く……あ、あぁぁぁぁぁぅぁぁ!?」
     ばぁぎゅらぐずぃ!
     耳を塞ぎたくなるような音をたてて、蝶胡蘭の骨という骨が折れた。触手から解放された蝶胡蘭にもう立ち上がる力は残っておらず、いっぱいに開ききった瞳から涙が流れた。
     さすがシャドウと言わざるを得ない。
     隙を見せれば、すかさず敗北の気配がすべり込む。灼滅者との力の差は歴然。
    「だけどな……」
     非は篠介の援護を受けながら前へと進み「今だよ!」ニタカが拓いた道を駆け昇る。
     るぐぐうぁ!
     向かいくる触手。
     主を守るべくライドキャリバーが砕け、その残滓を突っ切ってシャドウに拳を叩きこむ。
    「悔しさをバネに生きればな、弱い奴だって強くなれるんだよ!」
     渾身の力を出し切って非は少し笑った。
    「……ま、全部私のことだがな」

    「待て!」
     シャドウは突如起き上がり、逃亡を図る。
    「逃がすかよ!」
     惡人は追撃の魔法弾を放つが、その弾丸はシャドウの背中を撃ち抜くも、動きを止めるに至らない。
     疾駆する凪。彼女を迎撃しようとする触手の雨を足を止めることなく避けてシャドウへ迫る。
     当てることを諦めたシャドウは、触手を格子状にして接近を阻んだ。凪はそれに気づいて、どうするか逡巡するが……。
    「任せるっす!」
     ンソの斬影刃が触手のネットを切り裂き、そうしてできた穴を凪は跳んで潜り抜けシャドウの体に飛び移ると同時にナイフを突き立てた。
     黒い体が衝撃に弾け、深く深く刃の侵入を許す。声なき悲鳴は刺した手の感触から伝わり、凪の表情が歓喜に歪んだ。
     だが、次の瞬間、黒い体が内側から爆発を起こし、凪は身を守りながらも吹き飛ばされた。
    「……なんてこったー。君達強すぎぽよー」
     人型に戻り、駆けつける灼滅者達へ目を向けながら言った。
     凪はアスファルトの破片を払いながら立ち上がる。
    「その割に、余裕のある態度に思えるけれど」
    「のー……疲れて大変で、割に合わないぽよ。僕はしばらく休みをもらうぽよ」
    「そのままずっと休みっぱなしになるといいっす」
    「それもいいぽよね。でも……でもやっぱり、コルネリウス様がやろうとしていることが間違ってるようには、僕には思えないぽよ」
     シャドウは更なる追撃を振り切り、ほうぼうの体で逃げて行った。


     やがて目を覚ますだろう少年に別れを告げて、灼滅者達はそこを去る。
     夢の中では一度できたのだ。
     その勇気が発揮されることを強く願って。

    作者:池田コント 重傷:泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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