安らかな少年の寝顔は、ただ眺めるだけならば平穏そのものだ。
しかし少年は今、幸福な悪夢に侵されている。
そう、『幸福な悪夢』に。
「努力が必ず報われるのは、嬉しいかもだけど……」
人懐こそうな瞳を揺らして、黒髪の少年が零す。
努力すれば報われる世界。それは確かに理想郷だろう。たとえ夢だとしても。だが、悔しさのない世界は異常だと彼は告げた。彼の言葉に静かに賛同の声が次々挙がる。
「現実みたいに、新しい出会いも、新しい挑戦も、何もできない場所だからね」
別の黒髪の少年が、そんなのはごめんだと言わんばかりに肩を竦めた。
すると、近くにいた和装の少女は、何も知らず熟睡する少年を眺めて、柔らかく微笑んだ。
「ええ、夢は夢でしかありませんから」
「本当、どうしてそんな夢を見せるのか……」
不思議でならないと、長い青髪を揺らして少女が首を傾ぐ。
消えたシャドウを追う準備が整ったところで、赤髪の少女が尋ねる。
「回復はばっちりできたよな?」
「ダイジョーブ! ヨユーでいける!」
極彩色を纏った少女がウインクと共に親指を突き出し、自信たっぷりに答えた。
仲間たちからの返事に、二人のシャドウハンターが顔を見合わせる。
乗り込むのは、少年が溺れている『幸福な悪夢』の世界――。
ソウルアクセスした先は、違いを見つけ出す方が困難を極めるほど、現実と変わらない世界だった。
「校庭……だね」
「授業中……それとも部活動の真っ只中?」
校舎の横に設置された校庭では、太陽の下、生徒たちがスポーツに励んでいる。体操着やジャージ姿ばかりだが、体格からして中学生だろう。
「放課後みたいだ。あれ見て」
一人の灼滅者が、校庭の隅と校舎前を指した。
校庭の隅には鉄棒や遊具の雲梯、鯛や跳び箱などがあり、そこで遊んでいる子どもたちは学生服だったり私服だったりと、疎らな格好をしている。
校庭の殆どを占めているのは、部活動に励む生徒だ。
走り幅跳びなどは隅の砂場を用いているが、校庭を大きく陣取っているのはサッカー部だ。男子サッカー部と女子サッカー部が、校庭を二分して練習している。
「あの子だ、ほら、ゴールキーパーやってる」
動き回る生徒たちの顔を遠目で確認していた灼滅者たちは、男子サッカー部のゴールキーパーを務めているのが、夢主の少年であると察した。
黄色いゼッケンを身に着けた、小柄な少年だ。
「日生ー! そっち行ったぞー!」
「おう! 止めてやる!」
チームメイトに呼ばれて、少年が元気に声を張りあげた。小さいながらも構えは堂々としていて、表情にも気合いと自信が溢れている。
素早くゴール前まで踏み込んできた相手チームの少年が、鋭いシュートを打った。
しかし、ゴールの上部へ突っ込んだボールを、キーパーは止められなかった――数センチの差で届かなかったのだ。
「ジャンプ力しょぼいぞー!」
「もっと飛べよ一馬ぁ」
「つ、次は届かせるって!」
チームメイトからの冗談めいた野次に、むきになりながら、日生・一馬と呼ばれた少年は立ち上がった。
見守る灼滅者たちの目の前で、再び同じ状況が発生する。
そして宣言に違わず、一馬は今度こそボールに手を届かせた。
「っしゃぁ!!」
見ていて気持ちの良いガッツポーズを決めた一馬に、チームメイトたちが駆け寄る。
「日生、この感じならもう『帖地先輩の次』なんて言われねーぞ!」
「正キーパーである帖地先輩が感心なさってたぐらいだ! 先輩に追いつく日も近いな!」
「よ、よせよ!」
同級生だろうか、一馬に声をかける面々はいずれも人並みの身長や体格をしている。より強く、一馬が小さく映ってしまうほどに。
「よーし、自主練挟んでまた試合形式でやるぞー!」
キャプテンらしき生徒の声かけにより、チームメイトが散り散りに動きだす。
一馬もその例に違わず、シュートを受ける練習や、跳躍力を高めるかのように飛び方を変えてみたりと、様々なことを始めた。
一部始終を眺めていた灼滅者たちは、顔を見合わせた。
「あの子が、ここは夢の世界だって認識すればいいんだよな」
「そうなるネ。でもきっとシャドウも黙ってないヨ!」
シャドウの邪魔は確実に入る。
問題は、そこに至るまでの流れだろう。
「手っ取り早いのは、サイキックを見せたりして夢だと訴えることだけど……」
自分たちの正体を包み隠さず伝え、サイキックを見せることで一馬に疑問を抱かせれば、その時点でシャドウが邪魔に入るだろう。しかし、それは最後の手段になるかもしれないと話す。
下手な真似をして、怪しまれたり、ましてや灼滅者そのものが疑われるようなことは避けたい。そうなるとシャドウの思うツボで、シャドウ自身に力を与える形になってしまうだろう。
確かにどんな手段を用いても、一馬に「これは夢なのだろうか」と疑問を抱かせれば良いのだが、心証の問題は残る。
「自分から目覚めようとしてくれるのが、一番だね」
すべては、灼滅者たち次第だ。
参加者 | |
---|---|
陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760) |
媛神・まほろ(イーストマリアージュ・d01074) |
蛙石・徹太(キベルネテス・d02052) |
穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399) |
近江谷・由衛(朧燈籠・d02564) |
堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561) |
秋桜・木鳥(銀梟・d03834) |
淳・周(赤き暴風・d05550) |
●
グラウンドには、どこにでもある部活動の光景が広がっている。自主練に取り組もうとする日生・一馬の姿も、その平凡な光景に溶け込んでいた。
「さっきの良かったね」
「おお!」
チームメイトの秋桜・木鳥(銀梟・d03834)とハイタッチを交わす一馬の元へ、OBとしてやってきた蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)が徐にやってくる。
「さっきはスーパーセーブだったな、もっかい見せてくれないか。シュートは俺がする」
「いいんですか!?」
目を輝かせる一馬に、徹太は迷わず頷いた。
「わあ、先輩が指導してくれるって凄いですねっ」
女子サッカー部員として一部始終を見守っていた穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)も背を後押しし、木鳥も一馬の腕を肘でつつく。
「一馬、先輩もああ仰ってるし、打ってもらったら?」
「そうだな! いい機会だしっ」
よろしくお願いします、と元気に頭を下げる様は、部活に励む少年らしさそのままだ。
「上行くぞ、取ってみろ」
ゴール上部、枠にはまるか否か瞬時には判断しづらい場所へ、徹太のシュートが飛ぶ。
もう少し、とエールを欠かさない紗月の横で、同じく女子サッカー部員の堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が、もっと飛べるよ、と声を張りあげた。
ボールを受け損ねながらも受け身をとる姿は、小柄ながら様になっていて、徹太は薄い笑みを浮かべた。
「本当にあともう少しだから、きっと次はいけるわよ。OBが言うんだから信じなさい」
「は、はい!」
次はいける。こっそり囁いた近江谷・由衛(朧燈籠・d02564)の一言だけで、一馬の闘志は燃え上がる。
媛神・まほろ(イーストマリアージュ・d01074)と紗月の応援も、空を通して伝わっていく。
「先程より良くなっていますよ、もう一息ですっ」
息を切らせて、誇らしげな一馬を眺めて、淳・周(赤き暴風・d05550)は顎に手を添える。
――努力が必ず報われる世界、ねえ。
それを幸せと呼ぶべきかどうかは、周にとっても肩を竦めてしまうところがあった。
「次、あたしが蹴るよ!」
育て甲斐のありそうな子は鍛えたいからね、と口角をあげて周がボールを蹴った。力任せな蹴りに捻られたボールが、またもやゴールの高いところへ打たれる。今度こそ、と宣言して飛んだ一馬は、確かにボールに触れた。周りから拍手や歓声が上がる。喜ばずにいられないものだろう。
部員として接していた陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)が、そんな一馬を「お疲れさん」と労う。
「俺もバスケやるからね。背の小さいのはハンデだよ」
何度も悔しい思いをしたからわかるのだと、瑛多は言う。頷きながら聞いていた一馬は、同じ悩みを抱える瑛多が瞳に宿した輝きに気付き、嬉しそうに笑った。そして瑛多の肩にがしっと腕を回し、少し照れ臭そうに話す。
「お互いがんばろう! 小さくたって負けないぞ、ってな!」
無邪気に話す一馬へ、瑛多も気合いに満ちた様子で応えた。
「もう一本、いくぞ!」
そこへ徹太の声が届く。慌てて一馬はゴールへ駆け戻る。
同じことの繰り返しだ。ただ一つ違うのは、シュートの狙い定める先が、徐々に高くなっているというだけで。
「凄いですっ。今のはどうやって飛んだんですか?」
甲高い声をあげたのは紗月と朱那だ。朱那は該当する高さを指で示しながら興奮気味に一馬を揺する。
「すごい、今あの辺り越えたよね!」
「おい……飛べすぎだろ」
驚きに満ちた徹太の呟きは、一馬の耳にも届いただろうか。
「凄いジャンプ……! 今のは、どうやって……」
「え、っと、どうやったんですかねえ本当、あはは……」
まほろに対して受け答えはしながらも、どこか心此処に在らずな一馬に、次々声をかけていく。
周も、一馬の動きが止まったことに目をやった。彼は彼なりに感じるところがあるのだろうと、周は目を細める。
――諦めなければ絶対に後悔する事もない世界。ある意味じゃ天国かもな。
けれど、そんな世界では成功の素晴らしさが薄くなってしまう。
だから灼滅者たちは、夢に巣食う影と戦いにきたのだ。
●
使い古されたサッカーボールが、大きく弧を描き、空を飛んだ。キーパーに弾かれたボールだ。
一馬は得意気に鼻を鳴らすが、どうもしっくりきていないのか、首を傾げたりもしていた。由衛はすかさず、そんな彼を褒めちぎる。
「秘められた身体能力が高いのね」
「そうですか? へへ……」
「次、いくぞ!」
「お願いします!」
徹太の掛け声に、一馬は再び守備位置へ駆け戻った。徹太の蹴りが入ると同時に跳ね上がり、ゴールの枠を飛び越えてしまいそうだったボールを、拳で弾き返す。そのときの跳躍力は、一馬にとっても想定外だったのだろう。着地時に彼はたたらを踏んだ。
すごい、と木鳥が声を弾ませた。
「そんな身体能力ならプロも夢じゃないね!」
褒め言葉にあふれた状況だというのに、一馬は浮かない顔だ。瞳も曇りかける。
控えめに手を叩いていた紗月は、そんな彼へ称賛を寄せる。
「夢でも見てるみたいでしたよ」
朱那もまた、疑問を重ねた。
「こんなジャンプ、夢じゃなきゃ無理だと思わない?」
突然、一馬の瞳に、突如として光が射す。
異変が起きたのは、そのときだ。
世界はあるがまま、作られたままに存在するのに、辺りの空気は先ほどまでと異なる。それもそのはずだ。灼滅者たちと一馬の前に、黒い巨体が姿を現したのだから。
たてがみのように並ぶスペードのマークはトランプのよう。しなやかそうで甲殻にも見える黒い身体。そして無数のスペードをぶらさげた四足だ。そう、灼滅者たちがソウルアクセスの前に戦ったシャドウの姿そのままだった。
しかし、現れたのはシャドウ一体のみで、由衛が辺りを見渡すものの、転がるボールにも動く気配はない。
――うまくいった……ということなの?
配下らしき姿が一切ないことに、由衛は安堵の息を吐く。
「な、んだ、あれ……」
呆然と一馬が呟く。
朱那は真っ先に、驚愕に固まってしまった一馬を後ろ手に庇った。
「行こう、まやかしはいつか消えるンだ」
下がらせた一馬が、えっ、と呻く。奇怪な存在との戦いの意思を露わにした灼滅者ひとりひとりを見遣り、困惑しているようだ。
彼の困惑をよそに、周はソーサルガーダーで守りを固め、瑛多もシールドを広げる。迷いなく戦闘態勢を整える灼滅者たちに、邪魔されたと感じているのだろうか。シャドウの仮面が静かに彼らを見つめる。言葉も発しなければ、唸りもせずに。
吸い込まれそうになる闇だ。けれど屈することなく、徹太は手の甲に生み出したシールドでシャドウを強打する。
「まずは、これで……!」
紗月が仕掛けたのは五星による結界符だ。五芒星型に放たれた符が、敵を追い詰める術をますます強固にする。
「さぁ、自分の手応え信じてぶっ放してくヨ!」
朱那が撃ちだした弾丸は、指輪から放たれる魔法弾だった。制約を関する弾丸に違わず、シャドウの動きに制約を施す。
そっと一馬の様子を窺ったまほろは、ほっと胸を撫で下ろす。
――良かった、気付いてくれて。
万事うまくいっている。あとは撃退するだけだ。
まほろは静かに敵を見据え、槍を突き出す。そこに乗るのは螺旋のごとき捻り。現実と違い夢の中では弱まるといわれるシャドウだが、しかし槍を突き立ててもよろめく素振りは無い。確実に効いているはずなのに。
ふと、まほろは一馬を見遣り、微笑んだ。
「努力が報われても、此処は現実ではありません。……帰りましょう、一緒に」
本当の努力が、帰った先に待っている。
告げられた言葉に、一馬が目を見開いた。思惟を巡らせでもしているのか、整理しようとしているのか、すぐに彼は顎へ手を添え唸る。
刹那、シャドウの顎らしき辺りから生えた針が木鳥の肌を突き破り、ずずと音を立てて体力を奪う。苦痛に顔をしかめた木鳥は針棒を掴み、押し返しつつ槍を構えた。
由衛と木鳥がそこで、真っ直ぐな斬撃を振り下ろす。二つの斬撃に見舞われて、シャドウが揺らぐ。しかし足元が覚束ないわけではない。一手加えたばかりの木鳥と由衛を振り向き、そのまま動かない。
眼前にある背筋が凍るほどの気味悪さを、由衛は肌身で感じ取った。
得物を構え直し、木鳥は視線こそシャドウからそらさず一馬を呼んだ。
「何もかも上手く行ってもそれを褒めてくれるのは誰? 認めてくれるのは誰?」
ひとつずつ、ひとつずつ灼滅者たちの想いは、連なっていく。
「ここには、誰もいないじゃないか」
夢主である少年の心にも、それらは響いていることだろう。そう、じっくりと。
●
シャドウの尻尾が、容赦なく前衛を薙ぎ払う。そして尾の動きに翻弄された砂埃が、空気を濁らせる。
咄嗟に周がシールドを木鳥の前へ生み、木鳥の守りを固めさせた。
――現実は、努力すれば必ず報われるなんてことはない。
周の噛みしめた苦みは、現実を想起してのことか。あるいは単に吸い込んだ砂の所為か。
「けど、絶対に挫折しないなんてそれこそつまんねえぞ」
吐き出した砂をよそに、周が一馬へ想いを手向けた。黙り込んだまま、一馬はその一言をしかと胸に抱える。
シャドウの胸もとを集結した力で殴りつけた瑛多は、同時に網状の霊力でシャドウを捕える。
「悔しさをばねにして頑張れるんだ! だから……っ」
瑛多の足が偽りの地へ着いた。巻き込まれた砂塵が、彼の足元から舞い上がる。どこまでも生々しい世界だと、瑛多は苦笑する。だから。
「こんな世界はだめだ!」
一馬へ訴えたい想いもまた、生々しく、そして鋭利に飛んだ。
徹太が、シャドウに植え付けた怒りを保つべく、シールドバッシュを再び加える。しかし一撃は巨体を掠めた。直後に視線を投げてみれば、シャドウの物言わぬ仮面が、徹太をまじまじと見つめているように思える。それこそ、ぞくりと悪寒が走るほどに、淡々と。
「一馬、全部がウソじゃない。俺達は本物だ」
たとえお節介でも余計でも、一馬を助けたい心に嘘は無い。だから徹太は、嘘と本物の違いを言葉にした。
「シャドウには……お帰り願いましょうか」
一刻も早く出て行ってもらえればと願いながら、紗月は清らかな風を招く。柔らかい風は仲間の傷に触れ、痛みを拭い去っていく。
朱那の体内から、ごうと音を立てて炎が噴出する。炎は得物へと宿り、赤々しい眩さでシャドウの黒を炙った。しかし炙った対象は赤に包まれて苦しみ悶えることもない。熱さなど微塵も感じていないかのように佇むだけだ。
確かにこの場は、一馬が手に入れたかった夢なのだろう。そう朱那は、当人へ声をかける。
「でもネ。ココに居続けたら……今までの努力も全部、無かった事になるンだよ」
ぴくりと、一馬の眉が動く。
殴打と共に魔力を流し込もうとしたまほろの拳が、シャドウに躱された。
しかし躱した身へ躊躇いなく飛び込んだのは、由衛の縛霊撃だ。狙い違わず、胸元とおぼしき箇所を抉った一撃にも、やはりシャドウは屈しない。徐々に体力は削れているのだが。
木鳥の握る槍が、螺旋を連想させる捻りで、暗闇の巨体を穿つ。矛先が貫いた巨躯も、さすがに衝撃は隠せなかったのかぐらりと揺れる。
直後、ぶわりと尾の先端が膨らんだ。否、膨らんだと思われたものは真っ黒な液体だった。尾から放出された大量の黒液が、紗月の肌へ焼けつくような痛みを与え、粘着性をもって纏わりつく。
周がすかさずシールドの守りと癒しを紗月へ齎し、その間に縛霊撃で瑛多が攻める。
「全てが上手くいくなんてつまらないとも思うんだ。そう思わない?」
誰に問うでもない瑛多の質問。宙を舞ったそれは、確実に一馬の耳へ届く。
振り抜くように腕を回した徹太が、シールドバッシュでシャドウをさらに追い込む。そこで彼の唇が、自然と一馬を呼んだ。
「皆も待ってる。……越えに行こう」
一馬はもっと飛べる。
徹太に言われて、少年は何事か考えるように眉をひそめた。
紗月が自らへ防護符を施す間、這い寄る朱那の影縛りが、同じ影を冠する相手を痛めつける。そして朱那は振り向かずに一馬へ訴える。
「そうだヨ、現実は夢みたいにはいかないケド、積み重ねたモノはゼッタイ、消えない!」
矢継ぎ早、まほろの片腕が巨大化して異形を模った。腕でシャドウを成す闇色を叩けば、度重なる猛攻に気圧されたか、その色がぶれる。
「今です、由衛!」
信頼を向けて叫んだまほろの先、由衛が縛霊撃を仕掛けた。由衛の瞳に宿る闘志が、黒い巨体を捉えて逸らさない。その黒い巨躯がぐらりと揺らいだ。
一連の流れを見守っていた一馬は、偽りの夢を創り上げたシャドウへと叫ぶ――帰れ、と。
灼滅者はその瞬間、世界が若干歪んだように感じた。堂々と立っていたはずのシャドウの姿も、気落ちでもしたかのように、背を丸めた仕草として映る。
木鳥はすかさず、オーラを拳に集束させた。そのとき。
「俺にこんな夢は必要ない!」
奮闘する灼滅者たちを見てきた一馬が、口を開いた。
「出てけよ怪物ッ!」
シャドウへ向ける一馬の叫びを耳にし、徹太は目を見開く。そしてその言葉を待っていたとばかりに、目を細めた。
その間にも木鳥の拳が、渾身の力でシャドウを殴っていた。
勢いに後ずさったシャドウが、灼滅者たち一人ひとりを確認するように頭部を動かしたのち、不要を宣言した夢主を見つめる。
仮面の下に顔があるのかは判らない。だが、その場にいた灼滅者は誰もが感じただろう――シャドウが、なにがしかの想いを抱いていると。それは諦観か、はたまた苛立ちか。
やがてシャドウは、気に入っていた玩具に飽きたかのように、彼らへ背を向けた。
そこで再び灼滅者たちは、視界が揺れるのを感じる。世界が歪み、今にも崩れそうだ。
一馬の名を咄嗟に叫び、周が手を差し出す。けれど一馬は吐息で笑うだけで、その手を取らなかった。大丈夫、と少年の表情は物語る。
気づいた時には、シャドウの姿も、少年の姿も、灼滅者たちの視界から消えていた。
●
薄らと皮膚を刺激する光に、灼滅者たちは重たげに瞼を押し上げる。
彼らを包むのは静寂。対峙したシャドウから受ける威圧感も、心を覗き込まれてしまいそうなほどに深いシャドウ自身の色も、そこには無い。
代わりに灼滅者たちの目に飛び込んできたのは、カーテンの合間から差し込む陽射しと、上体を起こした少年の姿だ。
おはよう、と誰かが口にした。倣って他の灼滅者たちも、目覚めの挨拶を互いへ、そして一馬へ向ける。
「……おはよう。うん、こっちの方が全然いいや」
清々しい笑みを浮かべた一馬に、灼滅者たちも表情を綻ばせ、立ち上がろうとする彼へ手を差し出す。一馬も迷わず腕を伸ばした。
更なる高みを目指していた少年は、届く高さにある彼らの手を、漸く握ることができたのだ。
作者:鏑木凛 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 7/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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