幸福な悪夢～夢は誰がために

■リプレイ

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「ねぇ、君？」
　その声に手を止めて蓮杖明はバットを振るその手を止めた。
　振り返れば、そこには西羽・沙季（風舞う陽光・d00008）の笑顔があった。見ない顔だ、明少年の表情がそう告げているのに気付き、霧野・充（月夜の子猫・d11585）が口を開く。
「野球、楽しいですか？」
　自分よりも幼い少年からの問いかけに、明少年は目を軽く見開いた。明は一秒二秒何かをかみ締めるようにして、ゆっくりと口元を綻ばせうなずく。
「ああ、楽しいよ、すごく」
「実は俺はOBなんだけどさ、少し野球で遊ばないか？」
　そう提案するマリス・アンダー（シャドウわんこ・d03397）に、明は目を輝かせた。
「うん、やろう！　野球」

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　トントン、とバットで目の前のホームベースを叩き、バッターボックスに立った時渡・竜雅（ドラゴンブレス・d01753）が構えを取った。
「よし、きやがれ！」
「うん、いくよ？」
　バットを突きつけての竜雅の宣言に、明はうなずき振りかぶる。
　そして、上半身の捻り左足を高く上げた。ボールを握る右手をテイクバック、そこから真っ直ぐにスッテプ、しっかりと地面を踏みしめて固定すると全ての捻りを一点へと集中していき――流れるように一連の動作を終え、ボールを投げた。
　竜雅はそれを全力のスイングで迎え撃つが、バットはボールをかする事さえしない。三球挑み、三回とも空振りに終わった竜雅はいっそすがすがしい気分で言った。
「凄い球投げるんだな、お前。それだけ練習していれば当然か」
　その賞賛に明少年は帽子を取って一礼する。その表情は笑顔だ、自分の努力が確かに実っている、その事への自信に満ちていた。
（「つーか、バット振るのって難しいな、おい」）
　まず、狙った場所を正確に振るのが難しい。バットの細さで、ボールの大きさのものを狙い打つのだ。野球のバッティングフォームでは振ればどの位置にバットが来るか、それを見極めるのには経験が必要だ。
「明くんはすごいですねっ。僕の友達も、ここまでの練習はしてなかったですよ」
　そう口にする鈴虫・伊万里（黒豹・d12923）の言葉にお世辞はない。本来の野球とは体に正確なフォームを意識しなくてもこなせるようにするために地味な反復練習を必要とするのだ。
「野球お好きなのですね。頑張られて、たくさん努力されたのですね」
　その手を見せてもらい、充は素直に尊敬の眼差しで見る。豆が出来て、潰れて、それでも続けてその上に豆が出来る――少年の手は確かに野球選手の手だった。
「うん、頑張ればそれだけ評価してもらえるしね、今は」
（「……幸せそうネ」）
　その満足げな表情にブルー・クリムゾン（蒼紅の死神・d05544）は心の中で呟いた。説得は得意ではない、だからこそ見守る事こそブルーには最善の助力だ。
（「たとえ幸せな夢だとしても……夢は夢、いつか必ず覚めるもの……」）
「でも、その努力は本当にレギュラーになるためだけのものだったのか？」
　木嶋・央（永遠の刹那・d11342）の問いかけに明少年が軽く目を見張る。その表情を見て、不動・祐一（揺るぎ無き守護者・d00978）も言葉を重ねた。
「努力はレギュラーになりたいからしているのか？」
「それは――」
　明が言葉に詰まる。野球が好きなのに周囲の理解やルールに縛られてるんならそこは大人の出番だ、祐一には最後まで力を貸す決意があった。
　だが、次の言葉こそが明少年の本音だっただろう。
「楽しい場所がないんだよ、レギュラーじゃなくちゃ。野球が、出来ないんだ」
「明くんは、野球が好きなんですね」
　伊万里はその言葉の真意に気付く。うなずき、その真意を言葉にした。
「バッティングだけなら、バッティングセンターがあります。ピッチングだけなら、キャッチボールでも、壁投げでも。でも、野球が好きなんですよね？」
「うん、そうだよ」
「野球は、ひとりじゃできないんですよね」
　――そう、それがもっとも明少年を苦しめていた事だ。
　これが個人競技なら違う。相手が一人いればいい。しかし、団体競技は違うのだ。地道な練習を個々で繰り返しながら、仲間がいなくては競技としてなりたたない――好きな事が出来ないのだ。
（「母親の言葉で、それに気付いたのか」）
　祐一は思う。それは大人の無理解から来る言葉だったのだろう――だが、それが子供の未来を壊してしまう事もあるのだ。
　だからこそ、踏み込まなくてはいけない――竜雅がその口を開く。
「努力しても報われない事もあるんだよな――本当のお前もそうじゃなかったか？」
「……え？」
「レギュラーって自分の力だけでなれたものかな？」
　沙季は優しく、明へ届けと祈りながら続けた。
「ここにいるみんなはこうしてがんばってる事知ってるよ。野球が大好きだってこともマメがつぶれて痛いのに練習をやめないって本当に好きじゃないとできない事だよね」
　明少年が自分の手を見る。その豆だらけの手こそ、少年の努力の証だ。目に見える、胸を晴れる証拠なのだ。
「なのに、目標にしてた野球のレギュラーにズルをしてまでなって嬉しい？」
　なのに、明はその証を沙季の言葉に硬く硬く握り締めてしまった。まるで、だからこそそれが見れない――そういうように。
「人生の先輩として言わせてもらうとだな？　努力ってのは実らない事の方が多い、だけど努力したっていう事実こそが大事なんだと思うぞ？」
　マリスが笑みとともに言い、明少年の背中を叩く。その握り拳に思ったのだ、本当の少年の強さはそこにある、と。
「努力が無駄というわけじゃない。努力したからこそ、今のお前の実力があるんだ！」
「俺が、お前の努力を見てる。お前の、明の努力を認めてやる。きっと他の誰かも見てる、母さんだって認めてくれる。だからさ、諦めんなよ――現実より夢がいいなんていうなよ」
「母様にやめてしまいなさい、と言われても、レギュラーに今すぐなれなくても努力されるのでしょう？　蓮杖様がなさった努力は、絶対に力になります。認めてくださる人もたくさんいます」
　竜雅が、祐一が、充が、明少年へと強く語りかける。野球と同じだ、一人一人の言葉では届かなかったかもしれない。
「貴方は、好きだから野球をしてるの？それとも誰かに認めて欲しいから？　こんな閉ざされた世界で……貴方は本当に生きていけるのかしら。本当の家族も居なく……本当の友人達も居ない、一人ぼっちの世界で……」
　ブルーが真っ直ぐに明少年を見て言う――多くの仲間がいるからこそ、この言葉が届くのだ、そう確信しながら。
「現実はままならなくて辛いことばかりだ。だけどな、それで夢に逃げてもどうにもならないんだよ」
　央の言葉には実感がある。だからこそ、強く胸に響いた。
「皆に認めて欲しくて努力してるんじゃないのか？　努力なんてのは周りに認めさせなきゃなんの意味もないんだよ。お前が本当に野球が好きで、その力を認めて貰いたいというのなら、俺達と一緒に現実に帰ろう」
「ねえ。夢の中では、ホントは誰とも分かりあえません。誰も認めてくれません。だって、ここにはキミしかいません」
　伊万里がその手を伸ばす。努力を認めさせるのも、野球が好きだと理解させるのも――ここでは、一人では出来ないのだ。
　だから――。
「目、そろそろ覚ましましょう？」

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「おやおや、お見事です」
「……監督？」
　突然の声に明少年は振り返り、息を飲んだ。その前にマリスがジャランと鎖を鳴らしナイフを構え、央もマフラーをなびかせ前に踏み出す。
「よぉ、また会ったな」
　祐一はその足元に現れた霊犬 の迦楼羅の背を撫で、言い捨てた。それに監督と呼ばれた男はおどけたように肩をすくめる。
「お一人かい？」
「ええ、本当ならチームメイトも何人かいたんですがねぇ」
　男はマリスの指摘に苦笑しながら一歩前へ。その一瞬で風船に手足と道化の仮面が生えた、あの異形の姿へと変貌した。
「現実に帰っても何も変わらないですよ？　年功序列で決められたレギュラーは覆りませんし、回りは理解してくれませんし、野球だって出来――」
「オレは……ッ！」
　シャドウの言葉を遮り、明少年は自分の掌を真っ直ぐ見ながら言った。
「オレは……野球が好きなんだ、したいんだ」
「気付かなければ、幸せだったものを」
「この夢は現実と同じ…いえ、努力した分だけ報われるなら現実よりも幸せかもしれない。覚めないほうがいいのかもしれない……でもそんな結果が分かりきった世界、本当に楽しいのかしら……」
　ため息交じりに笑うシャドウへブルーは言い捨てる。
「少なくとも私は嫌ね。分からないから、もっと頑張ろうってなれるんじゃない。こんな決められた世界じゃ、何も変わらないし成長しない…。ただ腐っていくだけ……。貴方達は人を幸せにする存在じゃない……貴方達は……害悪な存在よ……」
「何が慈愛のコルネリウスだ」
　央も我慢の限界だ、とその声を張り上げた。
「自分の価値観を他人に押し付けて幸福な夢だァ？　ふざけんじゃねぇぞ塵屑共が。理不尽な世界を生きてるからこそ俺達人間は幸せを掴み取れるんだ」
　央は知っている。悪夢のような現実でも、どんなに理不尽な現実でも――そこに救いは確かにあるのだ、と。その身を持って、体験したのだ。
「何もかもが叶う幸福な夢？　これはただの悪夢だ。てめぇらはコルネリウスの言葉に誑かされてる人形と同じだ」
「ええ、否定しませんとも」
　人形と呼ばれシャドウは即答し、動いた。明少年を後ろへ導き、伊万里が言う。
「諦めないで積み重ねた鍛錬は自分を裏切りません。ぼくは、そうやっていままで生きてきました。これからもそうするつもりです」
　その自分の未来を疑わない、だからこそ笑みと共に伊万里は言った。
「ぼくらは、ちょっと裏技できてますけど」
　――戦いの幕が開いた。
　敵はシャドウ一体、決して油断をしていい相手ではない。
「それでも、現実の時には遠く及ばない」
　ガトリングガンの連射によりその風船のような闇を体を穿ちながらブルーが呟く。シャドウが繰り出す円盤状の光線が前衛を薙ぐ中、沙季が円の中心にお花の形が見える小光輪を生み出す。
（「何でもうまくいけばいいなーって思ったことはある」）
　沙季は思い出す。でも、うまくいく事もいかない事も経験して大人になるんだよ――そう教えてもらった時の事を。
「この夢の世界はあってはいけないんだよ」
　ヒュン！　と沙季はシールドリングを飛ばす。その回復を受けて、祐一が動いた。
「明の前で俺が諦めたら格好つかねぇだろ？」
　低く駆けた迦楼羅がシャドウの太い胴を刃で切り裂く。そして、祐一が跳んだ。
　明にはみんなの言葉を受けて、自分で帰る決意を決めた。そこに大人の導きは必要なかった――それでも、この夢から現実へ押し戻してくれる誰か必要なはずだ。
　だから、祐一は思う。自分がそうなろう、と。
「なんせ、今の俺はカミサマの代わりだぜ」
　揺るぎ無き守護者は全身を炎に包み、炎を超高温の剣と化して大上段に振り下ろした。まさに不動明王――迷いを断ち切る一撃だった。
「まったく……やりたい放題、言いたい放題ですね」
　炎に包まれ、シャドウは苦笑する。しかし、愚痴以上の言葉をシャドウは紡がない。
　その巨体を深緑色の鎖が音もなく絡みつき締め上げた。鎖の先、蛇の飾りから連想するように大蛇が獲物を捕らえたように――その鎖を追っていけば、マリスの足元へとたどり着く。
「影を扱う存在として……影に縛られるってどんな気分よ？」
「今度も簡単にいくとは思わないでくださいませ」
　そして、それに重ねるように充の手から自在に踊った鋼糸がその身を縛る――影縛りと封縛糸が、シャドウの動きを絡め取った。
「さあ、逃れられませんよ」
「まだまだですよ！」
　充が言い放ち、ガンナイフを閃かせ振り払うシャドウだがそれよりも早く伊万里がその懐へと潜り込んでいた。
「ようやく分かりました。この世界の違和感――寒いんですよ」
　ギシリ、と握り締めた拳が軋む。
「努力では足りないところを誰かと補い合って、支え合って。その相手が、夢の中じゃお人形ばかりじゃないですか！　――あなたに値踏みされるほど、明くんの未来は安くない！」
　その想いの全てを込めた伊万里の鋼鉄拳がシャドウの腹部へとめり込み、その巨体が地面を転がった。文字通りゴロンゴロンと転がるシャドウをライドキャリバーのレイキが一気に追い越しUターン、加速をつけて突撃した。
「悪夢だとしても、笑えなさすぎた……」
「こんな夢、もう終わりだよ」
　そして、ブルーが走らせた影の刃で大きくシャドウを引き裂き、沙季の魔法の矢が丸い体に突き刺さっていく――そこへ央が跳び込み雷の宿る拳でシャドウの体を宙へと突き上げた。拳を突き上げながら、央は静かに言い捨てる。
「努力を一番踏みにじったのは、てめぇらだ」
　そして、その真下へ竜雅が無敵斬艦刀を引きずるように駆け込んだ。
「テメェは俺達を半端者と言ったな。半端だからこそ強くなるために必死なんだ。同じように努力してる奴らを尊敬できるんだ」
　ギシリ、とその柄を握りしめ、竜雅は跳躍。渾身の力で無敵斬艦刀を振り下ろす！
「テメェが努力を語るのは100年早い！」
　ザンッ！　と戦艦さえ両断しそうな一撃がシャドウの巨体を切り裂いた。その斬撃に、シャドウの闇の体が完全に断ち切られる。
「今度こそ、一刀両断だ」
　音もなく、シャドウの闇が爆ぜる。それが、悪夢の終わりを告げる合図だった……。

●
「蓮杖様、帰りましょう。一緒に、現実へ」
　充の差し出したその手を明は見た。つらくても、努力が報われなくても、一生懸命生きていける現実に――その想いのこもった自分よりも年下の充の手を明少年は迷わず取る。
　その姿に、灼滅者達は笑顔をこぼす。祐一は、明へと朗らかに言った。
「帰ったら、野球やろうぜ？」
「うん！」
　明少年は帰るのだ、努力が必ず報われる優しい悪夢から、どこまでも厳しい現実へと。
　それでも明はもう諦める事はないろう。多くの言葉をもらったから、そして、自分の望みは一人では叶わないと知ったから。
　幸福な悪夢に囚われていた少年は、幸福な現実を目指して夢から覚めた……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年5月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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