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その日の朝は、いつもと違っていた。
学校に着いた小学生達が、教室に入ろうともせず、校庭を眺めている。
道行く人々も、金網越しに校庭を眺めていた。
なぜか。
それは、校庭がチューリップで埋め尽くされていたからだ。
黄色いチューリップ。
赤いチューリップ。
白いチューリップ。
その他色々な色のチューリップが、びっしりと並んでいる。
「きれいだねー」
ピカピカのランドセルを背負った女の子が言った。
「そんな、のんきな話じゃありませんッ! ほら、教室にお入りなさいッ!」
ジャージ姿の女教師が、校庭を眺める児童達に向かって言った。
その様子を、頭がチューリップの人が、屋上から見下ろしていた。
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「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
姫子がふわりと微笑んだ。
埼玉県の小学校に、山梨チューリップ怪人が現われます。怪人は夜なべして校庭をチューリップで埋め尽くしてしまいます。これでは体育の授業等が滞ってしまうので大変です。どうか怪人を灼滅して下さい。
怪人は深夜に小学校の校庭を訪れ、せっせとチューリップを植え始めるので、そこを叩いて下さい。
怪人はご当地ヒーローと咎人の大鎌相当のサイキックを使用します。さらに、戦闘員としてミニチューリップマンを八体呼び出します。ミニチューリップマンは全員ディフェンダーで、ダメージのみのサイキックで攻撃してきます。全然強くありませんが、怪人を守ろうとする気持ちは人一倍強いです。
この怪人は、一見無害そうですが、チューリップを大切にしない人を何のためらいもなく花壇に埋めようとします。
深刻な被害が出る前に、怪人を食い止めて下さい。
どうか、よろしくお願いします。
参加者 | |
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朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263) |
高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403) |
弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630) |
山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622) |
黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362) |
高原・まや(まいぺーすでまいりましょう・d11298) |
三条院・榛(円周外形・d14583) |
ラクエル・ルシェイメア(チビ魔王・d16206) |
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深夜の小学校は、暗く、静かだった。
明かりといえば、校庭の四隅に設置された街灯のみ。
灼滅者達は、プールの脇にある体育倉庫の屋根の上で、怪人の到来を待ち構えていた。倉庫は四角い打ちっ放しのコンクリートで、屋根の縁が出っ張っており、少しかがめば身を隠すことができた。
しばらくすると、頭がチューリップの人影が校庭に現われた。肩にクワを担いで、スキップしている。チューリップ怪人だ。
「ゆるキャラみたいですね……」
弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)が呟いた。暗い校庭に、白いチューリップの頭がボンヤリと浮かんでいる。
(「チューリップ怪人……悪者っぽい感じがしないのに、どうして堕ちちゃったのでしょうか……」)
怪人が両手を空に広げて背伸びの運動を始めた。
「いち、に、さん、し♪」
すると、怪人を半分くらいの大きさに縮小したような人が四人、何もないところからポポポポーンと現われた。
「ごー、ろく、しち、はち♪」
さらに四人がポポポポーンと現われる。全員、肩にクワを担いでいた。戦闘員だ。
「みなさーん、ここをチューリップ畑にしまちゅよー♪」
「ちゅっちゅー♪」
怪人の声に、戦闘員達がクワを上げて応えた。
「チュー、リップ♪ ばた、け♪ チュー、リップ♪ ばた、け♪」
横一列に並んだ戦闘員が、可愛らしい声を揃えながらザックザックと校庭にクワを入れている。
「キュー、コン♪ キュー、コン♪」
怪人は、球根球根と言いながら、頭から空高く球根を噴出した。勢いよく落下するそれらの球根は、耕したばかりの校庭にズボボボボボボボッと横一列に埋まっていった。凄く効率的である。
「これまた平和ですねえ」
高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)が言った。体育をよくサボる薙にしてみれば、校庭が花壇になってしまっても、ちょっと面白いな、程度にしか思わないのだが、今回は放っておけない。
「なんでこうご当地怪人は迷惑のような、ちょっとやり方変えれば受け入れられそうな微妙なことしかやらんのやろか……」
三条院・榛(円周外形・d14583)が、ため息交じりに水中眼鏡を装着した。戦闘中に雨が降っても大丈夫なようにである。さらに、レインコートも着ている。準備は万端だ。
「まったく……ご当地愛も他人に迷惑をかけない程度にしてほしいものだわ」
黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)も呆れたように言った。
その隣で、山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)は顔を赤らめていた。諸事情により、山桜桃は異性に近付くと頭の中がイケナイ妄想で一杯になってしまうのだから仕方ない。屋根の上は意外と狭く、高三男子の薙や榛と距離を取りたくても充分に離れなれないだ。
山桜桃はもう限界だった。屋根から飛び降り、怪人の元へ駆けだした。タイミング的にも、そろそろ叩いて良い頃である。他の皆も、山桜桃の後に続いた。
ズドドドド、と駆け込んでくる一団に気付き、怪人が振り向いた。
「む?! 何者でちゅ?」
「刮目せよ! そして慄(おのの)くがいい!」
小四~小五くらいの女の子が、叫んだ。
「我こそは魔王ラクエルなり!」
ラクエル・ルシェイメア(チビ魔王・d16206)がえっへんと胸を張った。こう見えて一応、中二である。いろいろとちっちゃいが、魔王はそんなちっちゃなことは気にしないのであった。
「へぇー、魔王とその一味でちゅか。こんな夜中に魔王ゴッコとは、ご苦労なことでちゅね……」
怪人は可哀想な人を見る目で灼滅者達を見た。ちなみに、怪人の顔は五画で描けるようなシンプルなものだった。まゆ、まゆ、め、め、くーち、とマジックで描いて終わりである。口はDの字型に笑っていて、鼻はない。
「無礼者! ごっこではないっ!」
ぷりぷりと怒るラクエルを押しのけ、高原・まや(まいぺーすでまいりましょう・d11298)が一歩前に出た。
「怪人さん、運動場一面のチューリップはとても綺麗だとは思いますが……どうしてここなのでしょうか?」
「どうして? なにが不思議なのか、サッパリ分からないでちゅ」
怪人は頭にハテナマークを浮かべた。
「もう少し……こう……公園ですとか……そういった場所に……」
「誰が公園を除外するなんて言ったでちゅか? ここは手始めに過ぎないでちゅ。我々は、世界中をチューリップで埋め尽くすのでちゅよー♪」
「ちゅっちゅーっ♪」
戦闘員達がクワを掲げて歓声を上げた。
「そのようなことをされては、皆様の迷惑になります。チューリップは綺麗だとは思いますが……阻止させて頂きます」
まやが真剣な眼差しで怪人を見つめた。
「魔王ゴッコの手下風情が、生意気言うんじゃないでちゅ! みなさん、やっちゃってくだちゃーい!」
「ちゅっちゅーっ♪」
怪人の号令と共に、戦闘員が束になってまやに飛びかかった。頭のてっぺんをまやに向け、小さな球根をぺぺぺぺっと飛ばす。
その球根を両腕で受け止めたのは、朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)だ。柔道着をはためかせつつ、まやの前に滑り込んで庇った。
「何か難しいことでも企んでいるのかと思ったら、ずいぶん単純なのね。でも、お花畑は、あなたの頭の中だけで充分なのよ!」
薫は、言うと同時に姿を消した。
「ちゃぁぁーっ!」
あちこちで戦闘員の悲鳴と共にチューリップの花びらが舞い上がった。薫は高速移動しながら戦闘員を次々となぎ払ったのだ。
「ちゅー太郎! ちゅー次郎! (中略) ちゅー八郎! むっきー! よくもーっ!」
怪人は、拳をぷるぷるさせながら、白かった花びらを真っ赤に染めた。
「君達全員、花壇に埋めてやるでちゅ!」
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榛が両手を前に出すと、プリズムのような十字架が戦闘員達の目の前に降臨した。
「ちゅーっ?」
首をかしげる戦闘員達を、無数の光線が貫いた。
「ちゅっちゅーっ!」
さらに舞い上がるチューリップの花びら。
戦闘員達は頭部が薄くなってしまった。
「かい、こん♪ かい、こん♪」
戦闘員達は、声を揃えてクワをぐるるーんと回すと、おもむろに榛に向けて投げつけた。
「参りましょう……! 武お兄様」
まやがスレイヤーカードを構えると、ピカッと光ってビハインド『御門武』が現われ、榛の前に割って入った。
さらに、薙の霊犬『シフォン』も榛に駆け寄り、武と一緒にクワを受け止めた。
「ちゅ?」
クワを投げた戦闘員の頭上に、山桜桃が飛びかかった。
シュッ! と鋭く突き出された槍が、戦闘員の体をぶち抜く。
「ちゅー五郎っ!」
「ちゅっちゅー……」
戦闘員はか細い悲鳴を上げると、ボカーンと爆発した。
すぐさま、隣の戦闘員の懐にあんずが飛び込んだ。
「Sweets Parade」
スレイヤーカードが光り、あんずの体が闘気で覆われる。あんずは拳に宿した炎を戦闘員に叩きつけた。
「あちゃちゃーっ!」
頭をぼわわっと燃やした戦闘員は、ぴょこぴょこ跳ねながら爆発した。
「転んだ♪ 転んだ♪ チューリップの怪人が♪」
薄井・ほのか(小学生シャドウハンター・dn0095)が、即興で作った歌を怪人に捧げた。
「どこの世界に転ぶチューリップがいまちゅか! ちゅー六、あの子を埋めるのでちゅ!」
「ちゅっちゅー♪」
両手にクワを具現化した戦闘員が、ほのかに襲いかかった。
「そうはさせませんよ」
ほのかの前に、リーファ・エア(自称自由人・d07755)が立った。その手に下げたごっついガトリングガンが、戦闘員めがけて、ズバババババン! と火を噴いた。
「ちゅ……」
弾丸を全弾浴びた戦闘員は粉々に消し飛んだ。
「ああーっ! さっきから、私の大切な子たちを! ゆるさんでちゅ!」
怪人がクワをブブブンと振ってピタッと構えた。
「秘技、雑草刈り刈りウェイブッ!」
怪人がクワをぐるるーんと回すと、地を這うような黒い波動が前衛陣に襲いかかり、強烈な斬撃でなぎ倒した。
「く……さすがダークネス」
薫が、頬に付いた砂を払いながら立ち上がった。その時、ぽつり、と大粒の雨粒が薫の鼻に当った。上空ではゴロゴロとカミナリが鳴っている。
校舎の避雷針に、ズガァァァァァン! とカミナリが落ちた。
「ちゅーっちゅっちゅっちゅ! ここからが本番でちゅ!」
あっという間に土砂降りになった。
「さささ……最近の天気予報は当たらなかったのに……なんで今日に限って当たっちゃうんですか?! しかも雷まで!?」
まやがびしょ濡れになった巫女服の胸元を整えながら言った。その間にも、カミナリがドッカンドッカン落ちている。
「くっ……」
榛は顔をしかめた。服が水を吸ってしまったため重たくなってしまったのだ。このままでは戦闘に支障を来す……。出来ればやりたくはなかったが、仕方あるまい……!
「クロスアウッ!」
榛は着ていた服をびりびりっと破くと、水着一丁になった。水着に水中眼鏡。これなら濡れても大丈夫だ!
「この雷鳴こそ天が我に送る喝采であるぞ! フハハハハハ!」
謎なくらいにテンションをアップさせたラクエルが、異形化した右腕をグルグル回しながら戦闘員に突っ込んだ。
「我が拳、ありがたく食らうがよいっ!」
「ちゃーっ!」
どかーんとラクエルのパンチを食らった戦闘員が、空高く舞い上がってぼかーんと爆発した。
「この天気、ひどくないですか……?」
誘薙が涙目になって言った。カミナリが怖いのだ。
「ひどいのは全世界チューリップ畑計画を邪魔する君達でちゅ!」
怪人が鎌を振りかぶった。
「チューリップ、かわいくてきれいなのが良いですよね!」
誘薙が怪人に微笑んだ。
「なんと! 君は偉い! その審美眼は敬服に値するでちゅ!」
感激する怪人をよそに、誘薙とその霊犬『五樹』は、戦闘員二人をバスタービームと斬魔刀でぼかぼかーんと撃破した。
「なっ!」
わなわなと震える怪人。その手に握ったクワの先端が、鎌のようににゅーっと伸びた。
「私の心をもてあそだ罪、許せないでちゅ! 食らえっ!」
鋭い踏み込みと共に、断罪の刃が一閃した。
「くっ」
そこに立っていたのは薫だった。
ズバッと横一文字に裂かれた胸から、血がドバーッと吹き出す。
片膝をつく薫。
その傷に、薙の防護符が二枚横に貼り付いた。さらに、シフォンの眼差しが血を止め、アンチヒールの呪いをかき消した。
「はああっ!」
薫はついた膝を伸ばすと、怪人のアゴ(にあたる部分)に帯電した掌底を突き上げた。
「ダメでちゅっ!」
そこに割って入る戦闘員。
べきょっ! とその体に薫の拳がめり込むと、戦闘員はぼかーんと爆発した。
「ああっ、ちゅー三郎!」
怪人は歯を食いしばって薫を睨んだ。
薫は好戦的な眼差しで怪人を睨み返す。
「可愛い配下は、花壇の肥やしになっちゃったわよ」
戦闘員は全滅した。
「今度は、君達が肥やしになる番でちゅーっ!」
怪人が、鎌と化したクワをブブブブンと振りながら灼滅者達に突っ込んだ。
●
灼滅者達は、土砂降りの雷雨の中で怪人と戦った。
吹っ飛ばされ、地に転げて泥まみれである。
怪人の攻撃は一発一発が重かったが、薫、シフォン、武のディフェンダー陣が他の皆をよく庇い、薙とまやが傷と副作用をすぐに防護符で癒した。そのおかげで、誘薙、五樹、山桜桃、あんず、ラクエル、榛が攻撃に集中することができ、戦況は灼滅者達がリードしていた。
「ちゅー、ちゅー……こんなはずでは!」
肩で息をしながら、怪人が言った。
「はぁ、はぁ、ふふ、そろそろ観念したら?」
濡れた髪を顔に張り付かせたまま、薫が笑った。
「たっぷり雨水は飲んだ? チューリップの神様にお祈りは? でっかい花壇の真ん中で土に還る心の準備はOK?」
泥水を吸って重くなった柔術着の帯を締め直し、拳にオーラを集結させる。
「それは私が言おうとしたセリフでちゅ!」
地を蹴って薫の懐に飛び込む怪人。それ合わせて、薫の裏拳が怪人の頬にカウンター気味に入った。
「なんの、それしきっ」
顔を泳がせながらも薫の襟をむんずとつかむと、怪人はジャイアントスイングのようにぐるぐる回った。
「ちゅっちゅー! オランダ風車式チューリプバブル大崩壊ダイナミック!」
薫はドガガッ! と地面に叩きつけられた。
「がはっ」
「薫ちゃん!」
血を吐いた薫に、まやがすかさず防護符を投げた。
「そこでおとなしくしてなさい? あたしがブリュレにしてあげるわ」
あんずの炎を纏った拳が、怪人の頭にずぼぼっとめり込んだ。
「あっちゅー!」
怪人の頭が、ぼわわっと燃えた。
「どんな素晴らしいものでも押し売りはいけません。チューリップが嫌われてしまいますよ?」
山桜桃の槍が怪人を背中から貫いた。
「ちゅっ……」
「今や!」
背中を貫かれて硬直した怪人に、榛が飛びかかった。花びらをつかむと、ぷっちんぷっちんむしり始めた。
「やめるでちゅー!」
怪人は両手で榛を突き飛ばした。残った花びらは顔が描いてある一枚だけである。
「このーっ」
倒れた榛に飛びかかろうとした怪人が、おもむろにコケた。ほのかの催眠が効いたのだ。
「花を大事にしない人は確かにいけないです、だからといって花壇に埋めることはないと思います……!」
誘薙のリングスラッシャーが、怪人の背中をジュバジュバッと切り裂いた。
「ちゃぁぁー! おバカな人間め……埋めた方がよほど世のためになりまちゅのにっ!」
「さようなら、怪人さん」
薙が手をかざすと、怪人の周囲の温度が一気に下がった。
「ちゃぁぁ」
怪人はカチカチに凍り付いた。
「これで仕舞いじゃ!」
ラクエルが怪人に指先を向けた。
「待つでちゅ!」
怪人はラクエルを止めると、パチン、と指を鳴らした。
すると、怪人達が耕した所から、八×六列の形でチューリップが芽吹き、背を伸ばし、つぼみをつけて、花を咲かせた。それはまるで、ビデオの早回しでも見ているかのような成長速度だった。
「ふふふ、綺麗でちゅね」
咲き誇ったチューリップを見て怪人が微笑んだ。
「確かに、綺麗じゃな」
ラクエルはそう呟くと、指先から魔法の矢を放った。
怪人は、ガラス細工のように粉々になって割れた。
怪人の灼滅と同時に、雨が止んだ。
「雨の中、お疲れさまでした」
リーファが、用意してきた沢山のタオルを皆に配った。
「このチューリップどうしましょうか……誰か貰ってくださる方がおられるといいのですけれど……」
「ボク、持って帰ります」
まやの言葉に、誘薙が応えた。
「チューリップのう……」
ラクエルはチューリップの前にしゃがみ込むと、まじまじと見つめた。
質素な花である。
魔王にふさわしいのは、やはりバラだろう。
だが――。
「一本くらい持って帰って育ててみるのも一興か」
ラクエルは、そっと白いチューリップに手を伸ばした。
それは確かに、綺麗な花だった。
作者:本山創助 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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