大事な存在を奪うこと

    『おめでとうであります。
     記念に貴女の大事な存在を奪うことをお約束しましょう』

     そう、自分は告げようとしていた。

     白衣を着た人間が幾人も、目の前を行き来する。だが、物陰に隠れた上に、バベルの鎖に守られた『彼』を捉えられる者はいない。
     やがて『彼』は1つの部屋にたどり着く。
     そこにいるのは、ベッドに横たわった1人の女性。
     ただ機械にパイプで繋がれて、生を長らえているだけの無価値な存在。サイキックエナジーを注げば甦らせられる? 世迷い事を。
     『彼』は躊躇なく、女性の胸に刃を振り下ろした。
     1つの仕事を済ませてひと息。
     だが、『彼』の目的である『大事な存在』はまだ残っている。
     まずはこの建物から離脱しよう。なに、どうせバベルの鎖を破れる者はここにはいないが、注意するに越したことはない。
     
    「緊急事態です。品川区内の病院にて、殺人事件が発生しました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の本来の性格からすれば、楽しくない事件を、しかも何度も何度も灼滅者に告げなければならないのは、あるいは不本意なのかもしれない。
     それでも姫子は今日も、エクスブレインとしての任務を、確実にこなしていく。
    「被害者の名は碧樹・翼さん。意識不明の状態のまま長期入院中だった患者さんのようです」
     提示された名前に、一部の灼滅者が敏感に反応する。
     六六六人衆の1人である『氷剣士』碧樹・凛那の姉にして、彼女がダークネスと化した原因。そして。
    「そして、サイキックアブソーバーからの情報によれば……茂扶川・達郎(新米兵士・d10997)とおぼしき野戦服姿の男が、殺人犯であるようなのです」
     凛那のゲームによって闇に沈んだ殺人鬼――否、今は六六六人衆。茂扶川・達郎。
     その達郎が、翼を殺害したとは……。
     偶然にしてはできすぎている。
    「達郎は事件後、目黒区、世田谷区方面に移動を開始しているようです」
     世田谷の地には碧樹家の実家がある。翼や凛那の両親や、友人なども多くいるだろう。
     あるいは達郎は、翼の殺害だけでは飽き足りていないのかもしれない。
    「件の病院には医者も看護婦も他の患者もたくさんいました。普通の六六六人衆なら、翼さんを殺すついでにそういった人達もまとめて殺そうとするでしょう。
     ですが、達郎は他の人々を一切手にかけなかった。無辜の人を巻き込むのをよしとしない心を、ダークネスとなった後もなお保っているのかもしれません。
     それを考えると、達郎を闇堕ちから救出する余地はまだあると思われます」
     姫子はそこまで言うと、うつむいた。
    「しかし、今の達郎が恐るべき六六六人衆の1人であることに変わりはありません。
     彼を救出できる機会は、おそらくこれが最初で最後。うまくいかなかった時は……灼滅を、お願いすることになるでしょう。
     すべては、あなた方の手腕にかかっています。どうかよろしくお願いします」


    参加者
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    東谷・円(乙女座の漢・d02468)
    骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    小田切・真(少尉・d11348)
    水城・恭太朗(狂乱スプリング・d13442)
    永舘・紅鳥(死を恐れぬ復讐者・d14388)
    世々良木・全(ルナティックアーミー・d15812)

    ■リプレイ

    ●戻さるべき絆
     茂扶川・達郎、闇に堕つ――。
     その一報を聞いて、もっとも機敏に動いた2つのグループがあった。
     1つのグループはB.K.S.F。
    「B.K.S.Fで初めての闇堕ち者。茂夫川さんは一般人を巻き込み、殺すような人ではないが、闇堕ちと言うのはなんと惨いのだろうか……」
     部長の小田切・真(少尉・d11348)の顔色は少し青ざめている。
    「茂扶川くんは僕たちが救い出す……B.K.S.Fの一員として全力を尽くしてね」
    「我々の大事な仲間、取り戻させて頂くであります」
     そんな部長を力づけるように、骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)と世々良木・全(ルナティックアーミー・d15812)が力強く宣言する。
     もう1つのグループは猟奇倶楽部。
    「達郎先輩……この命を懸けてでも、絶対に連れ戻す!」
    「失敗したらクラブの皆にあらゆる方法で惨殺されそうだから。今日だけは超本気ださないとな」
     永舘・紅鳥(死を恐れぬ復讐者・d14388)の勢いに釣られるように、水城・恭太朗(狂乱スプリング・d13442)も珍しくマジ顔。
    「我等が怨敵……違う、敵は茂扶川さんではなく、彼を支配する六六六人衆。
     茂扶川さんは六六六人衆ではない……抑えろ……殺すのではなく、助けるために来た……」
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)は六六六人衆に対する強い殺意と、相手が達郎という事実に、少しジレンマを見せているようだった。
     残りの2人は、どちらのグループにも属さない有志。
    「たった1回依頼で一緒になっただけだけど……私を死から救ってくれた。今度は私が助けるからね」
     ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)はそっと、自分の肩に手を当てた。
     あの時、『氷剣士』に斬られた。倒れたミケをかばおうとしたが故に、達郎は闇に沈んだ。
     戦えるまでに傷はなんとか治したけど、痕が完全に消えるまでにはもう少しかかるだろう。でも、それまで待ってはいられない。命の恩を達郎に返す機会は、今しかないのだから。
    「闇に堕ちても無関係な人間に手ェかけねぇって事ァ、よっぽど意思が強ぇ奴なんだろーな。
     でも、こっちだって負けてねェぞ。必ず茂扶川をコッチ側に戻す」
     東谷・円(乙女座の漢・d02468)はパーティの最後方の位置で、達郎を取り戻そうと燃える仲間達の熱意を、静かに感じていた。

    ●仕込み
     達郎より先んじて世田谷の地に着いた灼滅者達は、二手に分かれた。
     猟奇倶楽部組+円の4人は住宅街を遠巻きにして、外堀を埋める役割。周囲の住民が来ると戦いにくくなる。そこで織久と恭太朗の殺界形成が人の流れを、また紅鳥のサウンドシャッターが物音を封じる。
    「これであとは奴が来ンのを待つ、だな。あっち側はウマいこといったかね……」
     円がちらっと、遠方に目を走らせる。
     一方、B.K.S.F組+ミケの4人は彼の視線の先、碧樹家の周囲で主婦らしき住民と話していた。
    「怖い人がうろついてるんだって……私も家まで送ってもらうんだ……」
    「外出しないでください、とのことです。どうかお気をつけを」
    「あらーそうなの。わかったわ、あたしもすぐ戻る」
     真と摩那斗のプラチナチケットの効果で、地域の住民として不自然に思われないでいられる。ぺこりと頭を下げてから、ミケは隣に目をやった。
     『碧樹』の表札が掲げられた家。その扉は堅く閉ざされている。
     長女の死の一報は、この家に届いているのだろうか。次女については……バベルの鎖のため、その存在の事実すら、記憶されていないかもしれない。
    「……」
     可哀相、という彼女らしくもない感傷を、ミケは誰に向けていだいたのだろうか。

     影が疾走する。
     ミリタリーな雰囲気も、表情を隠す目深のヘルメットも、いつもの達郎とほとんど変わらない。ただ達郎が緑の野戦服を愛用しているのとは異なり、灰色の野戦服を着用している。
     それが達郎の姿をした六六六人衆、『達郎』の姿であった。
    「……ぬ?」
    「この世々良木全! 義と縁あってお助けに参ったであります!」
     目的である碧樹家が見える、その前で『達郎』は足を止めた。全達4人が姿を現し、立ち塞がったためだ。
    「偽物は引っ込んでろ。俺らが用があるのは達郎先輩だけだ」
     背後からは紅鳥達が、計画通り『達郎』の逃げ道を断っていた。
    「ふむ、待ち伏せという訳かな」
     内と外、両側から挟み撃ちにされたのを知っても、『達郎』に動揺の色はない。プロの兵士として、予想外の事態への対応は不可欠なのか。
     真が問いかける。
    「何故、このようなことを?」
    「この契約を果たせば茂扶川君の身体は俺の物。そういう契約なのでな」
    「契約、ですと……灼滅者とダークネスが?」
     意外な返答を、織久はオウム返しに口にした。
    「そうだ、契約だ。君には殺したいほど憎い相手はいないか? もしいるなら殺してくるぞ、俺と契約を締結すればな」
    「……」
     摩那斗の脳裏に、1人の六六六人衆の姿がよぎる。
     家族を虐殺した、殺しても飽き足らない相手。
    「……あいにくだけど、そんなに憎い相手はいないね。
     それより、茂扶川くん聞こえる? 僕たちの声が……」
     きっぱりと断言してから、摩那斗はバスターライフルを構えた。
    「君を助けにこれなかったB.K.S.Fの仲間の分まで、この一撃に想いを込めるよ。僕たちには茂扶川くんが必要なんだ」
    「帰ってきて貰わないと、泣いてる子がいるんでね。僕ら『猟奇』だから涙はいらないの」
     恭太朗が日本刀『トンカラ刀』を抜き放つ。同時に摩那斗の放ったビームが閃光となり、そして開戦の合図となった。

    ●武器と言葉と
    「できるつもりか、勇敢かつ無謀な灼滅者達よ!」
     『達郎』から放たれた殺気がミケの、周りの仲間の身を蝕む。黒い霧は『達郎』自身の周辺にも集まり、立ち上る漆黒の炎としてその力を増す。
     殺人鬼としての戦術のセオリーの1つは、六六六人衆となっても活用されているということか。
    「達郎……私、生きてたよ」
     先日の記憶が身体に残っていない、と言えば嘘になる。
     それでもミケはチェーンソー剣に影を纏わせ、まるで鈍器を扱うかのように『達郎』へと叩きつけた。
    「お花見してた人逃がしてさ、足止めして……私あんな重傷で、攻撃されそうになって、それを庇って闇落ちしたんじゃない。
     達郎、私達の声を聞いて。此処の人たちを殺して、それでどうなるっていうの。
     死にかけた私を助けてくれた優しいキミに、戻ってよ」
     普段のミケを知る人間がこの場にいれば、あるいは驚いたかもしれない。
     これだけ感情を露わにしている彼女は見たことがない、と。
    「他の奴に手ェつけなかったオマエみてーな奴が! 対象本人だけじゃ飽き足らねぇっからって、他の無関係な奴まで手ェ出すなんざ……!」
     彼女の傷を円が回復させ、そして叫ぶ。
    「元の『優しい』茂扶川に戻って、人助けする正義の味方やれよ!!」
    「……何を勘違いしている、灼滅者よ」
     『達郎』の銃が火を噴いた。
    「ぐっ……」
    「ぐわっ!?」
    「茂扶川君はもともと正義の味方などではないぞ。ただの戦争屋だ」
     1対8の数的劣勢を覆す銃の火力と、包囲を許さない機動力。
     各個撃破される危険が見える。
    「それは違います! 茂夫川さんが正義の味方であることに意味があるのではない。
     ただ茂夫川さんが自分なりに考え、戦い、そして結果として人々を救ってきたことにこそ、正義の意味があるのです」
     その前に、B.K.S.F組が立ち塞がった。
    「貴方は覚えていないかもしれませんが、B.K.S.Fを設立して初めての隊員でした。その際、こう言っていましたね。『自分で宜しければ、共に肩を並べて戦っていきたい』と」
     真のガンナイフ『MPX-AⅡ』が『達郎』の足元をえぐる。
    「私はとてもうれしく思い、頑張っていこうと思いました。しかし、私はまだ貴方と共に戦っていない。
     だから茂扶川……戻って来い」
    「よく考えたら直接茂扶川くんと手合わせしたことはなかったね……。
     言葉で伝えるのは苦手だから、闘いで示すよ。僕たちの気持ちを……」
     摩那斗はバスターライフルを捨て、小回りの効く影を操る。これもB.K.S.F故の、戦いのえにしか。
    「合縁奇縁。言葉遣いの共通点、これもまた面白き縁でありました。
     しかしながら同志として、この貴き縁がこれにて終わるなど是認出来ませぬ。
     気を確かにお持ちくだされ茂扶川様! 貴方はこれだけの縁を残し去られるおつもりか! この一期一会の縁を断たぬべく! 我が愛刀にて、貴方に巣食う闇を断ち払うであります!」
     全は仲間の回復に専念しつつ、鈍く光る日本刀を振るう機を静かにうかがっていた。
     次は猟奇倶楽部組のターン。
    「茂扶川を最初に見た時はゴツイし律儀だし、堅そうであわねーなーて思ったんだけど、どんどんイジられキャラになってるし、面白いから仲良くしたいなって思ってたんだよね。
     チョコもらって嬉しそうにしてたし、夢見る乙女のお話好きでギャップ萌えで……正直おいしいポジションだし? 羨ま……じゃなくて」
     やはり足元を狙って『トンカラ刀』を振るいつつ、コホンと恭太朗は咳払いした。
    「皆がハッピーな方が良いって、言ってたろ? なら……そっちに茂扶川がいる物語は、やり直しだね。帰ってこないなら、そのヘルメットとイジられポジション貰っちゃうよ!」
    「みんなで言ってたじゃないですか! もっと学生らしい服装でもしようって!
     俺はその約束、覚えてますよ」
     人家の塀や壁が多く動きにくい戦場を逆手に取り、日本刀『霊刀草薙剣』を手に三角跳びなどのトリッキーな動きで攪乱する紅鳥。
     しかし、彼が戦いの武器として用意していた物は、それだけではなかった。
    「猟奇倶楽部の皆も待ってます! いつもみたいに達郎先輩と話せるのを。
     新人だってたくさんきました。挨拶しなくて良いんですか!? ただいまって。これからもよろしくって!!」
     紅鳥はそっと1枚の写真を取り出し、『達郎』に示した。
    「――!?」
     『達郎』の表情がひきつる。
     それはメイド服姿の写真だった。
     顔も体格もごつい達郎の、ヘッドドレスとガーターベルトとふりふりメイド服姿の、写真だった。
     『達郎』と達郎の肉体は同じ。なので『達郎』がもし同じメイド服を着用すれば、当然……。
    「もっふー帰ってこないと、この写真でっかく引き伸ばして、遺影として部室に飾ることになるけどいいの?」
     恭太朗もその写真を指さした。
    「う、うぬぬ……!」
    「っとノイジー、永舘くんを助けて」
     『達郎』の手からの光弾が、紅鳥へと伸びる。
     が、摩那斗のライドキャリバー『ノイジーキッド』が余裕をもってその攻撃をさばいた。
     あんまり直視したくない写真が『達郎』の心を乱したが故か。
    「いや……それだけではありません、ね」
     『達郎』の中の達郎が、見ているものがある。灼滅者達の説得と、写真から、何かを受けている――灼滅者とダークネスの狭間にもっとも近い位置にいる織久が、敏感にそれを感じ取った。
     故に織久は、好機を生かすべく、半ば狂気とも見える形相で一気に接近した。
    「ぬっ……?」
    「あなたを手ぐすね引いて待っている人達の所へ、引きずってでも連れ帰る」
     魂を込めた無数の拳を『達郎』の右から。
    「戻ってこい! 茂扶川・達郎!!」
     同時に紅鳥は『草薙剣』を鞘に収めると、燃ゆる炎を拳に乗せて左から。
    「ぐうっ……!」
     友人の拳は古来より、道を誤った者を更正させるという。
     それが双つ、叩きつけられた。
    「……」
     『達郎』はもはや、何も口にしなかった。
     彼は不本意であったのだろうか。それとも仕事を業とする者として、達郎を想う灼滅者達の仕事にも何かを感じ、自ら身を引いたのかもしれない。

    ●待つ人のために
    「任務……完了!」
     すちゃっ、と音を立てて、全の刀が鞘に収められた。
    「ん……」
     『達郎』ではない達郎の、かすれつつも確かな声。
    「おかえり……」
    「おかえりなさい。茂扶川くん……僕たちが君の帰る場所だよ……なんてね」
     口々に仲間の祝福を受け、達郎はぽりぽりと頬を掻く。
    「申し訳ない……いささか感情が暴走していたようであります」
     身勝手な理由で人々をあやめる『氷剣士』への怒り、報いを与えたいという心。どうやらそれが達郎が『達郎』につけ込まれる原因となったらしかった。
     達郎はふうっと1つ息をつくと、それから紅鳥の手のメイド服写真を奪い取り、ビリビリに引き裂いた。
    「あ、ちょっと……」
     単なるネタに留まるならまだしも、こんなのを遺影にされるなど御免こうむるということか。
     まあデータがある以上、いくらでも写真のプリントはできるけどね――とは、空気を読んだ恭太朗は口にしなかった。
    「戻りましょう。貴方の帰りを待つ人、縁は我々だけではありませぬ」
     ようやく肩の荷を降ろした全が、薄く微笑した。

    作者:まほりはじめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 26/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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