待チ人キタラズ

    作者:一縷野望


     待っていた。
     此の世界に俺を連れて来た人を、待っていた。
     その人は、仇。
     その人は、血のつながりがある人。
     その人は………………。
    『おかえり』
     それはお家に帰ると言ってもらえる、あたたかな言葉。
     お家には血のつながりがある人達が住んでいる。

     ――でももういない。
     俺と血がつながっているのは、みんなを奪った『 』だけ。
    『麗しのピジョンブラッド』……そう俺を呼ぶ『 』だけ。

     だから俺は『 』を待っていたし、随分捜しも、した。
     ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
     ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
     ……ずっと。
     でもいない。

    「むかえはこない」
     キィ……。
     鉄の鎖を握り締め背を丸め『レナード』は子供のようにあどけない声で確認するように囁いた。
     ふわりふわり。
     ブランコが揺れる度に背中を叩く真紅の髪は、血を流し続け死に向かう鳩の翼、こんな夜闇でも鮮やかで目を惹く。
     命を亡くす刹那の生き物は斯くも神秘的で美しい。今、寝食忘れ夜を彷徨い衰弱した彼女は命の火を手放しかけている。
    「だれもこない」
     帽子で隠れていた十字を覆うように押さえ零した自分の言葉は、抜けない棘のように心につきささる。
    「ひとりぼっち」
     夢現の境界線で震える存在は泡沫、庇護者を求める幼子のよう。
     彼女を囲う砦は今はないように見えて、手を伸ばせば心に触れられそうと錯覚させる。されど強固な心の檻は、ごく一部を除いては雑音とより分けてしまうのだけれど。
     

    「罪を犯していないのは幸いというべきかな。麗終さんを捕捉したよ」
     六六六人衆『無子』との戦いで闇堕ちした篠雨・麗終(夜荊・d00320)は、まさに『無子』と向き合った公園にいるのだと、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は告げた。
    「今は『レナード』と自分を認識してる」
     それは本当の名前。
     ……でも麗終だって大切な名前。
    「彼女は人を待ってるんだ」
    「誰を、ですか?」
     機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)の問いに「仇」と答えた。
    「血のつながった人、ですか。それで……来るの、ですか?」
     あっさりその答えに辿り着くのはダンピールたる所以か、標は頭を振り否と返す。
    「こないよ、だから待ちぼうけ」
     敵対行動もなく人待ちだけであれば、保護し連れ帰るのも容易いのではなかろうか? そんな風に緩む空気に標はますます首を横に揺らす。
    「キミ達がいきなり確保しようとしたら、あっさり殺されるよ」
     ――どうして腕を掴むのだろう?
     きょとりと鳩のように小首を傾げ、麗終は蝙蝠へ変えた影で一同を蝕むだろう。答えが聞けなくても厭わない。そもそもそんなモノの答えなんて求めてない。
    「俺達は『仇』を連れて、行けません。どうすればいい、ですか?」
    「麗終さんは、どうして『仇』を探してるんだと思う?」
     逆に問われ永久は瞳を眇めた。
    「……血のつながった人に、あいたいから?」
     それが闇へと引き摺り込んだ存在であれ、焦がれる気持ちは残るのか。
    「血のつながった人……家族は家で待っていて『おかえり』って言ってくれるよね? 優しく名前を呼んでくれるよ、ね?」
     家族と離れて暮らす少女は何処か遠い目でそう重ねた。
    「それが望み、ですか。家族のように近しい人からの……おかえり、が」
    「麗終さんがそう捕らえてる人からの、ね」
     ――おかえり。
     ――帰る場所はここだよ。
    「つまり……」
     永久は瞼をおろすと嘆息と共に続けた。
    「逢ったコトもない俺の言葉は『届かない』というコト、ですね」
    「うん、そう」
     何処までも狭き道だと標も肯定する。
     麗終にとっての『見知らぬ人間』は彼女の認識外となり、どんなに説得しようが心には届かない、届かないのだ。
    「だからね、もし……もし、キミ達がどうしようもないと悟ったら、灼滅して欲しいんだ」
     標は出来るだけ平静を装い面をあげる。
     相手をダークネスだと認識したら、灼滅者としては為さねばならぬことがある、と。
    「それは最期の手段。まだ、俺達は試みてもいないよ」
     唇を噛みしめる少女の心の錘をつまみ上げるように、永久は僅かに口元をあげてみせる。
     ――諦めは、全てを試した後でも遅くはない。


    参加者
    偲咲・沙花(天涯の一片・d00369)
    藤堂・優奈(緋奏・d02148)
    瑠璃垣・恢(は笑わない・d03192)
    紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    水走・ハンナ(東大阪エヴォルヴド・d09975)
    水原・琉夏(高校生魔法使い・d10514)
    エヴリス・キャスタロス(鏡に映るは何者か・d11487)

    ■リプレイ

     さて。
     キミ達のサガシモノは、鳩の血(ピジョンブラッド)と呼ばれる此の赫い宝石かい?


     ――此から現実に編まれていくのは、大切な人を残酷な舞台に招いた彼女、其の人生に疵をつける物語である。
     もちろん闇堕ちしダークネスに取って代わられた時点で『優しさの中でたゆたえる』なんて甘い選択肢はありはしない――。
     だが、
     その上で、
     彼女は『限った』のだ。


     夜の帳が黄土の地面を黒に染める子供達はお家でぬくもりに包まれる時間、迷子がひとりブランコの細い板に躰を預け泡沫の夢と現実を行ったり来たり。
    「やっと見つけた」
     まるで合唱のように詩が重なる。それは皆の願いがまずひとつ結実したからに他ならない。
    「ずっと探してた」
     ヘッドフォンを外し瑠璃垣・恢(は笑わない・d03192)は妹絢と並ぶ。似てない双子の浮かべる表情は非常によく似ていて、彼女への心配と庇護心に溢れている。
    「?」
     サガシモノとは違う顔。
     でも、欲しい。
    (「反応があった、声は届いてるみたいだねぇ」)
     会話の成立にエヴリス・キャスタロス(鏡に映るは何者か・d11487)はまず安堵する。
    「アタシの声は届かないんだろうけど、語らうのは終った後で充分だ」
     ひねたようで思いやりに溢れる台詞に、トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)は柔らかくも典雅な笑みを浮かべた。
     助けたいと腕を伸ばす心強い仲間達を見ると、麗終の人となりが見えようもの。その手助けができれば行幸。
    「だ、れ……?」
     興味を帯びて持ち上がった面、藍瞳に映ったのは、蒼。
    「帰ってきたらまたいくらでも蹴飛ばしていいからさ!」
     重い闇をあえて吹き飛ばすように屈託なく、水原・琉夏(高校生魔法使い・d10514)は両手を広げへにゃっと笑う。
    「門限はとっくに過ぎてるよ、麗終。ナツも寂しいって」
     帰る家を失う苦しさを知っている、だからその苦悩からいち早く連れ出したい。
    「みんな麗終の為に来てくれたんだ」
     弱り切った躰を抱きしめたい、ひとりぼっちで抗う時間は終ったんだよって。
     鼻を鳴らす愛犬を撫でる偲咲・沙花(天涯の一片・d00369)と、耳に掛かる髪をかきあげる藤堂・優奈(緋奏・d02148)は、ほぼ同時その名を呼んだ。
    「レオ? レオは、俺の愛称」
     久しぶりに呼ばれた名は、決して破れぬ薄皮を幾重にも被せた心に小さな穴をあける。
     より明確な反応があった事に紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)は頬を緩めた。
    「麗……」
    「だけど、今は、レナードがいい」
     血色の瞳で『俺』が知ってる人達を全て納め、彼女――レナードは甘えるようにそう請うた。
    「連れ戻しに来たわよ、麗終」
     暁は識る名を呼び、影を麗終へ届くよう伸ばす。
    「……絆は見えないから。今見えるようにした。皆の声を、聴いてよ」
     影。
     彼らり生みだす影の軌跡はまるで恢の元で編まれるように連なり、麗終の躰へ絡みつかんと試みる。
     望み。
     願い。
     痛みではない、どうか。
     だが影は根付かず落ちた。斯くもダークネスと灼滅者の能力差は夥しい。
    「糸?」
     半分堕ちた瞼があがり中空を見上げれば、誘われるよう生えるは漆黒の翼。闇を往く者の象徴、蝙蝠。
    「ヴァンパイア」
     その闇に苦しむダンピールがいると知り、駆り立てられるように水走・ハンナ(東大阪エヴォルヴド・d09975)はこの『仕事』に名乗りをあげた。
     ――だから彼女を救う。必ずね。
    「出でよ! 灼滅の精霊よ!」
     ハンナの音に誘われるように、トランドは威力を高める霧で場を満たす。エヴリスは当てる事がまず肝要と予言に身を委ねた。


    「ね、帰ろ?」
     驚くべき事に麗終が求めて止まないはずの台詞は、彼女の唇から零れた。背でひとつふたつ、よっつとお……と、分裂して増えていく蝙蝠の影の羽ばたきと共に。
     飛び立つ蝙蝠にあの日の蝶の残像が重なったかと思うと、恢の躰から鳩の血に負けぬ鮮やかで目に灼きつく命の水がぶちまけられた。
     圧倒的な力の差に苦悩が滲みより夜闇を昏く染める。
    「落ち着いて、ください」
     機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)は淡々と、躰に絡まなかって糸を手繰り寄せる。
    「確かに、焦っても仕方ねぇけど」
     薔薇を散らすように髪を乱し振り返るエヴリスは、説得の邪魔にならぬよう小声で唇を噛んだ。
     こんなにも皆に愛されてるくせに閉じこもってる麗終に、伝えたい言葉は胸に一杯あるに、届かないのが悔しくて。
    「ああ、成程」
     そんな中、トランドはこの場の『ルール』のようなものに気づく。
    「私達は認識外。逆に言えば狙われませんね」
     トランドの眼鏡の奥の細い瞳はなお眇められて、冷たい光を孕む。
     あのダークネスは元人格に縁があった者しか認識できない、それ以外からの行為には何一つ関与出来ない。
     つまりハンナは斃れる危険性の著しく低い癒し手である。
     もっと添えれば、認識外の人間で『ケリをつける事』は可能である。
    「そんな『仕事』にはしたくないけどね……」
     ハンナは眉を顰め、闇に堕ちた父を浮かべた。同じ轍は踏みたくない、絶対に。
    「壁役としての立ち回りは難しくなりそうです」
    「あたしは出来る事をするだけだ」
     トランドの言葉にエヴリスは毅然とした眼差しで前を向く。
    「はい。皆さんの言葉を届けられるよう、最大限の尽力を」


    「帰ろ……」
     未だ微睡む『彼女』の蝙蝠はまず執拗に恢に降り注いだ。
     ――今度こそは、倒れない。
     歯を食いしばり、彼は絆の証を束ね麗終へ送り続ける。
     されど絆は闇が嘲笑うように力無く堕ちることが殆どで。でも恢は双子の妹と共に帰り道を叫ぶ叫ぶ。
    「迎えにきたんだ――まだ独りでいるつもりでいるの? 麗終」
     ずっとずっと探したんだよ、と、笑えなくなった音楽中毒者は切に訴える。
    「麗終さんが居ないと、ね」
     傷付く兄を前に揺らぐ心を握りつぶし、絢は兄の代わりと必死に笑う。
    「みんなと笑っても、ずっと、一つ足りないままなの」
     兄から吹き上がる血は皮肉にも紅の翼のようでまるで同族への招きに見えると、ハンナは歯がみ。
    「一緒……」
     あどけなく笑い指さす先に蝙蝠を向わせる彼女は、ただ恢の動きを止める事に執心している。
     動かなくして連れ帰る。
     そしたら、ひとりじゃなくなる。
    「帰ろうよ」
     信じて背を預けた仲間の回復が追いつかない事実に、血を亡くしすぎた恢の唇が蒼く震えた。
     でも、
    「またミュージックを聴こう」
     ――諦めない。
     霞がかる意識。また斃れてしまうのは悔しい。けれど、蝙蝠を伝わせた彼女の腕がほんの一瞬硬直した。
    「きみの好きなミュージックを」
     ……確かに『麗終』を見つけた。

    (「少しでも、広げられれば……」)
     徐々に穿つ戒めをより強固にしようとトランドは糸を放つ。
     どれだけの人間が最後まで立っていられるのか、せめてこれから麗終の攻撃が広範囲に散れば回復で立て直せそうだが果たして。
     蝙蝠で恢を喰い千切り至福の笑みを浮かべるダークネスの肩を魔力の矢が掠めた。
    「レオ先輩、容赦ないよ、本当」
     その追撃で疵を穿ちすぎるのではないか? そんな琉夏の杞憂はそもそも攻撃命中が珍しい事実の前に瓦解した。
    「ツンデレも大概にしなよ」
     茶化すように普段蹴ってくる傍若無人振りを浮かべ、琉夏はやるせなさを噛んで止めた。
    「アンタの欲しいものは、そんな彼じゃないはずよ?」
     割りいったのは暁と雛罌粟。翼はその隙に恢の躰を護るように下げる。
     いつか顔を付き合わせて話したいと思っていた暁は、食入るように彼女を見据え「麗終」と呼んだ。
     口元は三日月。
     仲間が斃れてますます笑んだ。けれどそれは、歓びではなくて……。
    「いつまでそんな暗い場所に居るつもりなの?」
    「そうす、桜も咲いてないっしょ?」
     雛罌粟はカメラが映した過去の想い出をひとつひとつ広げ語る。
    「みんなで一緒にやった花火、楽しかったな」
     優奈も笑顔で連ねた。
    「はな、び?」
     花。
     ……見たもの空の花、見にいきたかったのは薄紅。
     瞼を下ろす彼女に、優奈は幼子を宥めるように話しを続けながら絆の影をあわせ放つ。
    「そうだよ、お花見」
     皆で行こうと雛罌粟と翼が疵を塞げど、暁の立て直しには追いつかない。
    「ね、麗終はひとりなんかじゃないよ」
     最悪の事態にならぬよう願い、翼ははやく帰ってきてと願うように視線をあわせる。
    「ほら、こんなに皆が心配してる」
     本当は触れてあげたいけれど。
    「皆?」
    「そう。こうやって、皆もアタシも、アンタの帰りを待ってるの」
     暁は叱るように、けれどあくまで笑顔で言葉を拾い束ねて彼女に示して見せた。
    「違う。帰るの、此連れて」
     駄々を捏ねるように蝙蝠を差し向ける彼女からの痛みにも、暁はますます口元を持ち上げるだけで。
    「ひとりぼっちなんて幻想、捨ててしまいなさい」
     本当はその影を喰らってしまいたかった。
     されど膝が砕けるのには逆らえない。だから最後に伸ばしたのはやはり、絆。
     暁が斃れる寸前に伸ばした影に、願いを込めてエブリスも影を絡みつけた。
     彼女が説得に耳を傾けられるようにその身を制限する。
    「ッ……」
     初めて明確な手ごたえを感じた、妨害者と厭われる? 上等だ。縁を求めるのは終った後でも構わない!
    「血の繋がりは無いけれど、僕は麗終が大切だよ」
    「さーちゃんの言う通りだよ」
     沙花の言葉にあわせ頷く優奈に蝙蝠が群がりはじめる。
    「ナツさんッ」
     悲鳴のような沙花の声、仲間がいなくなる焦燥感は彼女から明晰と冷静を奪う。
     斃れてしまった恢と暁。
     未だ闇に捕らわれている麗終。
    「ありがとう、さーちゃんさーちゃん大丈夫だよ」
     ハンナの癒しの歌が響く中で、ナツの健気な癒しにぬくもりを抱きしめる。そしてボロボロに蝕まれた肩の疵をはぎ取るように破れた袖を捨てた。
     そんな毅然とした優奈に後押しされるように、ずっと言葉を探していた悠埜は意を決して口を開いた。
    「血の繋がりだけが人同士の絆なんかじゃない……」
     なぞられるように紡がれた台詞に、沙花は長い髪を揺らし頷いた。
    「ましてや帰りを待つのだって、家族だけじゃないんだぞ」
    「君がいないと酷く寂しい」
     だからもうその蝙蝠を放たないで、お願いと沙花。
    「俺も……寂しい」
     レナードとの返事は会話と成立しているようでまだ噛み合わない。幾度も瞬いた蝙蝠は満身創痍の優奈へと襲いかかる。
     花火のコーラシャワーとか色々な『楽しい』が、優奈の脳裏に浮かぶ。
     ……沙花の声が、遠い。
    「なあ、早く帰ってきてよ、麗終」
     手を伸ばせば怯えたように瞬く血色の瞳。
    (「なんだもう、帰って……」)
     沙花に託し、優奈は向日葵のように艶やかに微笑むと崩れ落ちた。
    (これで三人か)
     ハンナは真紅を纏いガンナイフの切っ先をレナードの肩にめり込ませる。
    「その運命、浄化するわ!」
     怯えたように息を呑む沙花に、ハンナは首を揺らす。切り捨てるためじゃない、助けるための刃だと。
    「そんな姿じゃ守れるものも守れないよ……!」
     唇を震わせる沙花を庇い琉夏がいい加減わかれと吼えた。
    「そうなってまで守りたいものがあったんだろ」
    「……!」
     守りたい人が、いた。
     守りたい、人。
     血の中に転がるヘッドフォン、あの時も……今、も?
    「ほら、あるじゃん」
     腕を伸ばす琉夏に、瞳は鳩のようにきょとりと瞬いた。
     夢から覚めれば、孤独は終るのだろうか?
     ……夢から覚めれば、待っているのはもっと酷い現実。
    「レオさん」
     歩み出てきた空は澄んだ声で続けた。
    「貴女が今居る其の場所に、キレイは在りますか?」
     綺麗を知らない二人。
     だから一緒に探そうとした。
     一緒に、一緒に、一緒……。
    「私は、さきにみつけたよ」
     今此処にいて手を差し伸べてる人達。
    「か……ら」
     一緒!
     蝙蝠は連れ帰りたいもうひとりを攫おうと貪欲に蠢いた。
    「駄目だ!」
     ――そこを越えたら麗終は駄目になる。
     空を突き飛ばし沙花は無我夢中で庇った。
    (「おかえりはお預けか……」)
     でも、
    「絶対にレオ先輩に『おかえり』って言うんだ!」
     気持ちを代わりに語ってくれる琉夏に口元を緩め、沙花も血溜りに堕ちた。

    「だから絶対『ただいま』って言わせてやる!」

     声を枯らす中で仲間達が懸命に施してくれた力が効き、ようやく攻撃が通用するように、なった。
     倒す為の力では、ない。
     放つ魔力の矢達を見送る琉夏もまた、全身を蝙蝠に群がられて斃れる。
     でも斃れた5人はそれぞれ、麗終を見つけて、いた。


     赫。
     幾日も彷徨った中、通り過ぎた夕焼け空が地面に堕ちてきたような、赫。
    「?」
     夥しい虚脱感に襲われながらも俺は自分の手を見た。それは見慣れた指、何も異常はない。

     夕焼け空は堕ちてない。
     今は夜で、地面を染めるのは血。
     蝙蝠は大切な人をひとりひとり啄み喰った。

    「あ……ぅ」
     大事な人、連れて帰りたいって。
    「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
     俺が疵付けた、俺が壊した。
     張り巡らした壁は本当に親しい人以外を拒んだ。
     結果、大切な人だけを選別し蝙蝠は喰った。
     ダークネスが招きし現実は宝石のような心に疵を記す。決して消えない刻印をまるで鑿で穿つように鳩の心に刻む、いくつも、いくつも。


    「今です、畳みかけてください」
     麗終の帰還を見て取り、トランドはその腕を掴み引き寄せるとロッドに篭めた力を注ぎ込んだ。
    「麗終さんは助かります」
     麗終の動きを阻害する『願い』を更に高めるべく舞う永久の糸。
     だが錯乱する麗終は膨れあがる後悔と懺悔に塗れ、影を自らの喉元へと向けてしまう。
    「テメェ! みんなの気持ちを無にするなっての!」
     麗終に向う黒の影を阻止するように、エヴリスは指輪からの石へと果てる呪いを放った。
     どれだけ彼らが言葉を尽くし、どれだけ麗終の帰還を願ったか。それをむざむざと投げ捨てる幕引きなど絶対に赦されない。
    「あなたが死んだら『仕事』失敗なのよ」
     それはプライドが赦さないとハンナも弾丸を放つ。
     嘆き哀しみ叫ぶ麗終に、エヴリスは肉薄する勢いで近づくと、足下に招いた影を放った。
    「ここで死ぬとか逃げるとか、赦さねェからな」
     届かない事なんて知ってるわかってる、でも今までの凄絶さを目の当たりにしながらも口出しできなかったエヴリスは叫ばずにはいられなかった。
    「そうですよ」
     紳士の姿は消え、影で傾ぐ麗終を支えるように左側へ。
     おかえりなさい――心で穏やかに囁くトランドの隣、漆黒の獣は麗終の動きを、止めた。

     今宵の罪が購えるか否かは此処では語られない。それは鳩でもない宝石でもない、目覚めた彼女が決めること。
     だから「おかえり」も「ただいま」も、此処では交されない――。

    作者:一縷野望 重傷:偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369) 藤堂・優奈(蝶番・d02148) 瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192) 紫空・暁(謎綴・d03770) 水原・琉夏(虚ろな余光・d10514) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 11/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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