正義の証

    作者:一兎

    ●道迷う剣
     俺は一体、何をやっているのだろう。
     日々絶望が心を蝕んでいく。紫堂・恭也にはわかった。
     わかっていた。
    「なんと言っていたでしょうか? ……あぁ、思い出しました。私を『殺す』と言ってましたねぇ」
    「その通りだ。貴様の馬鹿げたゲームを終わらせると言った」
     相対する男は、答えを聞いてもなお話し続ける。
    「傷をつけられたのには驚きましたが、アナタはダークネスではないと言う」
     広いホールの真ん中で、恭也と男は切り結ぶ。
    「そして、最近流行の私達の邪魔をするという若者……でもなさそうだ」
     二つの刃がぶつかり、動きを止める。男は聞いた。
    「では、貴方は一体、『何者』なのでしょうか?」
    「俺は……っ!」
     何者なのか。
     最初は、小さな、水の一滴が水面に落ちる程度の疑問だったのだ。
    「ふむ、答えられないと」
     別に、いつも通り『灼滅者』だと返せば良い。それだけなのだが、恭也自身にもわからなくなっていた。
    (鍵島さんは、俺を灼滅者だと言った。それさえも嘘じゃないのか?)
     結果、隙は出来た。
    「ぁが、はっぁ!?」
    「良い事を教えてあげましょう。貴方は今、私を倒す絶好の機会にあります。こうして首を絞めている私と貴方の距離は、ほぼゼロ。つまり『闇堕ち』すれば、貴方は私に強い一撃を入れる事が出来る」
     男は表情を変えずに説明する。選ぶのは自由だと。
    「だれ、が闇堕、ち、など……」
    (鍵島さんは『悪』だったかもしれないのにか?)
     ただ、恭也の信じていたモノは、考えれば考えるほど崩れていく。
     そして恭也は……。

    ●灼滅者
    「事件の元凶のダークネスは、森羅・万丈(しんら・ばんじょう)とか言う、六六六人衆の野郎だ。こいつは、ホテルのホールに宿泊客を集めて、そんで殺す事を囮にお前ら灼滅者たちを呼ぼうって魂胆だったらしい」
     しかしそこに、学園とは関係のない灼滅者が現れる。
    「そう、紫堂・恭也の奴だ」
     不死王戦争直前の阿佐ヶ谷事件以降、その姿を見せていなかった恭也は、所属していた組織が壊滅したとあって、一人、ダークネス狩りを続けていた。
    「そんで、闇堕ちゲームの事を知ったんだ。今までの態度からすりゃあ、挑まねぇはずがねぇ」
     事実、恭也は戦いを挑んだ。たった一人、五〇〇の番号を持つ六六六人衆へと。
    「結果は、さっき話した予測の通りだ。……あいつは今、闇堕ちに対する感覚が薄れてやがる。多分、いや、放っときゃ間違いなく闇堕ちするだろうな」
     ただし、現場には急いでも、予測の直後に到着するのが精一杯だという。
    「つまり、到着した時点で、ダークネスの野郎は恭也の首を絞めてる最中だ。素早く動いて先制攻撃を当てれば恭也は解放できる」
     一度、解放すれば、ひとまず恭也は助かるだろう。
    「本当に一時的にだがな……」
     ダークネスの扱う武器は、リングスラッシャーである。
     狙おうと思えば、弱っている恭也も狙えるのだ。例え先手を取れたとしても、不利な状況は変わらない。
     もちろん、勝ち目がないわけではない。
    「……言うのもなんだが。恭也が盛大に負けてくれたおかげで、灼滅者もこの程度だって、舐めてやがるんだ」
     しかし、それはあくまで、一人の限界である。
     人数の揃う灼滅者たちならば、油断している内にうまく立ち回る事で、有利な状況に持ち込めるかもしれない。
     そこは灼滅者たちの動き方しだいと、重要な要素、恭也がどう動くかに関わるだろう。
    「そうだ。恭也の事も言っとかないとな……」
     そこで万里は思い出したように、アフロを揺する。
     紫堂・恭也がダークネス狩りを続けていた事は言ったが、それ以外、彼が何を思い、どうしようとしているのか。
    「不死王戦争の中に居たって言う、鍵島って眷属を覚えてるか?」
     コルベインの眷属、鍵島・洸一郎。眷属でありながらも一つの企業を隠れ蓑として、活動していた。
     最終的に彼は、灼滅者たちの手によって倒されたのだが。
    「その鍵島って奴は、恭也にとっての育ての親だったらしくてな……」
     そして恩人でもあり、最低限の信頼はある。……ものと、恭也は思っていた。
     だが、実際の所、恭也の信じていたモノの多くが違う事だらけだったのだ。
     『正義』を教えてくれた鍵島は、阿佐ヶ谷事件に強く関与していた。『お前は灼滅者なのだから』と言ってくれた鍵島は『悪』だった。
     ならば、『悪』だったのならば、『灼滅者』だと言ってくれた事も、教えてくれた事の何もかもが嘘だったのではないか。
    「ずっと悩んじまった挙句。アイツなりに言わせりゃあ、心が弱くなっちまった」
     学園の灼滅者たちに対しては、複雑な思いなのだという。
    「今、アイツにとっての俺達は、鍵島を殺した奴ら……つまり、親の仇って事になる」
     自分で鍵島を殺すのならば良い。しかし他人が殺したのならば、その仇はとらなければならない。
    「今回は、初めて恭也と遭遇した時と同じような状況なんだよ。闇堕ちしかけてるのは恭也の方だがな」
     今の恭也に、安っぽい同情や下手な慰めは効かない。むしろ逆効果だ。
     六六六人衆という強力なダークネスと戦う傍らで、闇堕ちしかけている恭也も止める。
     非情の難易度の高い戦いになる。
    「つっても恭也は怪我のせいでロクに動けねぇから、まずはダークネスをどうにかした方が良い」
     もちろん、ダークネスとの戦いに集中し過ぎれば、その間に恭也は闇堕ちしてしまう。
    「最悪、犠牲も覚悟しとけ。助けに行ったお前達まで闇堕ちしちまったら、元の子もねぇんだ」
     幸い、ホールに一般人はいない。恭也が戦っている間に逃げているのが、救いだろう。
    「俺達に何もしてやれねぇって事は、ないはずだ! 何でも良い、アイツに対して思う事がある奴らは、思いの丈をぶつけて来てくれ!」
     それで一人の少年の行く末が変わるかもしれないから。


    参加者
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    エステル・アスピヴァーラ(白亜ノ朱星・d00821)
    白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    弓塚・紫信(煌星使い・d10845)

    ■リプレイ

    ●戸惑う少年
    「さて、答えは決まりましたか?」
     男、森羅・万丈が更に力を込めようとした瞬間。
     扉が開いた。
     そこからホールへと、一斉に飛び込んだ8人の灼滅者たちは殲術道具を備え、構え、サイキックを行使していく。
    「先手必勝や、こいでも喰らえ!」
     千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)の放った一本の矢は、万丈の手首に突き刺さる。
    「そっちのお一人様の相手なんかより、団体様の相手をしてくれよっ!」
     痛みに恭也の拘束が緩み、その間に関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)の体当たりが、万丈を撥ね飛ばした。
    「が、はっ……げほっ。お、お前達は……っ!?」
    「邪魔です。退いてください!」
     さすがに三度目ともなれば、恭也にも自然と見当がつく。
     しかし言葉が続かないうちに、傷だらけの体は後ろへと、万丈から遠のく方へと投げられる。
     投げた本人である白咲・朝乃(キャストリンカー・d01839)の鋭い叱咤は、恭也の存在が重要でないと敵に意識させるため。
    「穿て、星よ!」
     魔法弾の射出される勢いで、スカートの裾がバタバタと揺れる。
     そのまま弓塚・紫信(煌星使い・d10845)は、攻撃の結果も見ずに動き出す。
    「あなたの貫いた正義をあなたが信じなくて、誰が信じるんですか」
     途中、床に突っ伏す事になった恭也の傍で、そう口にして。
     まずは敵の意識を逸らす事を目的として動いているため、あまり多くを語る暇はない。
     だが、何も語らなければ、恭也は闇堕ちしてしまうかもしれない。そう考えれると良い判断だったろう。
    「お前みたいな奴に闇堕ちするほど、オレ達は弱くないんだぜ! 喰らえ、一斧両断!」
     恭也が後方へと下げられている間に、鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)は万丈との距離を詰め、真っ向から龍砕斧を振り下ろしていた。
    「いやいや、良いタイミングで来ました。あの少年だけでは、つまらないと思っていたのですよ」
     対する万丈は、避けるつもりなどなかったのか、両腕を犠牲にするように前へと上げて、防御の姿勢をとり。
     刃は何の抵抗もなく、万丈の腕に食い込む。
    「服のセンスが最悪なのは、頭に虫でも沸いてるからか?」
     少なくとも斧だとわかる武器に対して、何も付いてない腕だけで防御しようとするのは間違いである。
     服のセンスについては個人の問題なのでどうとも言えないが。
     次の万丈の行動に関しては、灼滅者たちの嫌悪感を高めるのに十分だった。
    「あアぁあァ!!? これです。この痛みが、私に刹那的な命の灯火を実感させてくれる……!! イぃ、良ィィ!」
     だらだらと流れる赤い液体を見て、万丈の顔は恍惚の表情へと変わっていく。痛みがむしろ心地よいとばかりに。
    「あら、なかなかの下種ね。ソッチの素質があるなんて」
     ただ一人、サディスティックな一面を持つメルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)だけは、楽しむ要素が増えたと喜び。
    「だけれど。魔王たる私の一撃を避けた事だけは、後悔してもらうわ」
     赤黒い光沢を持つ槍を構えるメルフェスの顔に、黒い笑顔が浮かんだ。

    ●考えは浅く深く
     痛みに呻く万丈の意識は、今や灼滅者たちに釘付けとなっていた。闇堕ちさせる対象として考える一方で、痛みを提供してくれる存在としての認識が高まったためである。
     ただ、どんな下種だとしても六六六人衆である事に変わりなく、番号に相応の実力を持つ。
     灼滅者たちを悩ませたのは、そんな強敵である万丈の相手をしながらも、闇堕ち寸前である恭也(それも戦力のアテにならない)のケアに力を割く必要があった事だろう。
    「やはり、傷自体が深そうですね。これ以上は厳しいかもしれません」
     恭也の直接的な怪我の治療に当たっていた朝乃の呟きに、朝乃の頭の上にいるナノナノも、しゅんとなる。
     その態度や行動が、恭也を苛立たせた。
    「……何の真似だ。 俺が闇堕ちする前に……殺せば良かっただろう!」
     苛立ちは言葉になって出る。先ほどの紫信の言葉が聞こえなかったわけでもないだろうに。
    「そうやって、にげるつもりなの~?」
     叫びには間延びした声が割り込む。エステル・アスピヴァーラ(白亜ノ朱星・d00821)はそのまま続けた。
    「自分がわるいとか、なんでもかんでもそう思っている間は、こどもなの。わたしもまだちゅ~にだけど、君よりはわかっているつもりですよ~」
    「黙れっ、お前達にわかるものか!」
     今、どちらの方が精神的に未熟かとなれば、間違いなく恭也の方だろう。
     阿佐ヶ谷の時のように、歩み寄る手を振り払い続ける意固地な姿勢。その理由に今はもう一つ。
    「あの人の……鍵島さんの仇であるお前達に……!」
     育ての親の仇。鍵島という存在は、恭也の心を締める大きな要素の一つであり。その仇である灼滅者たちの言葉に素直に従うのは、彼のプライドが許さなかった。
     そこで恭也は、エステルを睨み返そうとして顔を上げる。
     その顔を、一発のビンタが待っていた。
    「それほど大事なら、それほど言うのならば何故、闇堕ちしようとしていたのですか!」
     頬ッ面を引っ叩かれ呆然とする恭也に、龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)はまくしたてる。
    「あなたがわたしの仲間たちに語った信念は、闇堕ちを否定するものでした。ですが今、あなたは闇堕ちしようとしていて、それも止めようとすれば殺せと言う……」
     命を捨てたがっている。それが正しいところだろう。恭也はただ、死ぬ理由を欲しがっていただけなのだから。
    「……自分も信じられないような、大事な人を信じられずに死にたがるような弱い心ならいっそ、戦いの場に出てこないでください!」
     言い切った光理はしばらく、恭也の顔を睨み続けていたが。こんな男でも今は守るために戦っているのだとエステルに突かれて、再び万丈と戦い続ける灼滅者たちの陣形へと加わった。
     呆然とする恭也の傍で、じっとやりとりを聞いていた朝乃は一言。
    「ここに居た人達を助けた貴方を助ける事は、私にとっての『正義』です。例え闇堕ちしようと、しなくとも。絶対に助けますから」
     そう言って後は黙ったまま、仲間の支援のために天星弓を構える。
     恭也は呆然と、しかし力強く。己の手のつく先に転がる、一振りの剣を見つめた。

    ●正義を心に
    「あぁ、素敵ですよ。本当に楽しい。この幸せを分け与えられるものなら分けてあげたいほど。そう、闇堕ちのように!」
     万丈の血に染まった腕が振るわれる度、光で出来た円輪が宙を舞う。
     横から大きな弧を描くようにして迫るリングスラッシャー。
    「そいつはどーも、やけど遠慮しとくわ。俺の戦いは俺のもんやし、幸せも俺が決めて掴む。おっさんからもろても、何も嬉しいないやん?」
     サイは動きを読み。垂直に大きく跳躍する事で攻撃を避ける。
     更にそこからESPの力を使って、もう一度跳ぶ。
    「僕が僕の導く星を信じるように。人は誰しも、信じるものがあります。その道は少なくとも、あなたの言うものさしで測れるようなものじゃない」
     サイが宙にいる内に、紫信はガトリングガンの引き金を引いた。
     吐き出される炎の弾丸の中へ落下したサイは、着地と同時に、手刀を叩き込んだ。
    「どうや、俺の手刀の切れ味は」
    「こいつもおまけしといてやるぜ、斬り裂け!」
     続いて、夜魅が龍砕斧を勢い良く振り下ろし、真空の刃を放つ。
    「熱ぃ、痛いぃ! 」
     爆炎に包まれる中へと風を送りこむような刃が入り込み、炎の勢いが増す。
     それでも万丈は楽しそうな悲鳴を挙げる。既にわかっている事とはいえ、その狂気は尋常ではない。
    「あんなイカレたおっさんになるのは、勘弁だぜ」
     夜魅の感想に、灼滅者たちが内心で頷く中、気配に気づいた峻が素早く動いた。
    「どうした。派手にやられたフリでもすれば、うまく通り抜けられるとでも思ったか?」
     気づけば爆炎の中から飛び出した万丈を、行き先に回りこんだ峻が止めていた。
     この方向だと、峻の背の先には恭也がいる。
    「貴方とは何度もこうしてぶつかりましたが。そういう事でしたか、あの少年もついでに守っていると。お人が良い」
     普通に考えて気づくまで、かなり遅い。それだけ灼滅者たちの行動が慎重であったからだろう。
    「アイツはお前みたいな変態野郎とは違うと思うぜ。人ってのは、誰だって倒れる時もあるけどな。そこから立ち上がれるかが重要なんだ」
    「その気迫、頼もしいですねぇ。それだけに砕きたくなる……」
     盾を展開した拳を峻が振りかぶるとほぼ同時に、万丈も動いた。
     瞬間、背中から弾かれるように吹き飛ぶ、峻の体。
    「関島さん!」
     急いで朝乃がぷいぷいを向かわせるが、ホールの床を転がっていく峻が、即座に戦闘に復帰できるかは怪しい。
    「あぁ……。残念でしたねぇ。貴方には運が足りなかったようです」
     万丈は、あの一瞬の間に峻の背後へ回りこみ、回し蹴りを入れていた。
    「さてはて、まずは一人と。次は貴方達でしょうか?」
     ゆっくりと振り向く万丈。
    「べつに~、恭也さんはどうでもいいのですよ。ただ~、だからと言って通すわけにはいかないの~」
    「生憎さま、次はあなたの番と決まっているわ」
     エステルとメルフェスの二人が、立ちはだかる。
     状況は決して不利ではない。万丈は恭也が利用できると気づくまでに時間をかけすぎた。
     その間に少年にかけられた言葉は一つや二つではない。十分に考える時間もあった、ひとまずの答えを出せる程には十分に。
     並んだ二人の少女の間から、細い分割された刃がの先端が飛び出す。
    「あら、まさか、あれだけ駄々をこねておいて、今更加勢する気?」
    「……話がしたいなら、後で幾らでもしてやる」
     長く伸びていく刃の先端は、余裕の態度をとっていた万丈の体に絡みつき。
     気まずそうに答えた恭也の姿に、メルフェスはただ微笑を浮かべる。
    「あァぁ!!? 痛ィ、痛い痛い痛良ぃィ!!!」
     似た武器でも鋼糸で絡め捕るのとは違う、ウロボロスブレイドのワイヤーには、幾つもの刃があるのだ、痛みを与えるという点では、鋼糸よりも上だろう。
     万丈の悲鳴という不協和音は、無理やり灼滅者たちの耳を刺激。
    「聞いてるこちらの耳が痛くなりますので、静かにしてくれませんか!」
     光理は片耳を押えながら、電光を放つリングスラッシャーを7つに分裂させると、刃に縛られたままの万丈へと飛ばし。
     半分ほど滞空するように配置される光輪で、万丈の動きは徐々に制限されていく。
     今、逃げようと思えば、体のどこか、少なくとも千切れかけた腕は失くさなければならない。
    「これで~、ふくろのネズミなのですよ?」
     エステルの台詞が、万丈の詰みを知らせた。
     考えられる敗因は幾つかある。特に大きい要因はやはり、油断だろう。
     そして、守るべき対象である恭也から注意を逸らせた事も大きい。人を守りながら戦うのと、そうでない時とではかなりの差が出るからだ。
    「これからいたぶってあげたいけど。ダークネス相手にそこまで余裕はないだろうし。ひと思いに殺してあげるわ」
     やがて、身動きのとれなくなった万丈は。メルフェスとエステル、二人が突き刺した二本の槍に貫かれ、あっけない最後を迎えた。

    ●行くべき道
    「今回の事には……感謝する」
     恭也はそっぽを向いたまま、礼と感謝を述べた。三度目の正直というわけではないが、恭也は阿佐ヶ谷の時でさえ感謝一つなく去っていったので。心境的にも変化はあったのだろう。
     一番の理由は、あれだけ否定していた闇堕ちに、自らがなろうとしていた事かもしれない。
     しかし、恭也の殊勝な態度も、そこまでだった。
    「だが……これ以上、俺に関わるな」
     そう簡単には埋められない溝が、まだ残っている。
     武蔵坂学園は鍵島を討った者達。恭也にとって、いわば『親の仇』だ。
     武蔵坂学園の誰に聞いても、鍵島を討ったことは正しかったというだろうし、恭也自身も、自分がその場にいたならば自ら鍵島を討ったに違いない。
     だが、それでも彼は、鍵島に恩ある身なのだ。
     灼滅者達は、そうした恭也の複雑な心境をエクスブレインから伝えられてはいたが、その溝を埋めるような言葉を、彼らは持ち合わせていなかった。
    「なら、次はどこいくつもりや」
     肩に峻を担いだ態勢で、サイがごく自然と尋ねた事に、恭也は顔を伏せた。
     それもまた問題なのだという、自覚がある証拠である。
    「あなたが貫いてきた『正義』を学園で、振るう事はできませんか?」
     紫信の提案に、恭也の心が揺れなかったかと言えば、嘘になる。
     行く宛がないのだから、救いの手を取るも一つの道だ。
    「……」
     だが、恭也はホールの出入り口へと背を向けた。
    「……生意気に気にしているようならば、言っておくけれど。阿佐ヶ谷事件とあのメモの事なら、気にしなくてもいいわよ。貴方のせいだとしても確証はないんだから」
     その背に、メルフェスが言葉をかけたのは、知らず学園に来て欲しいと思っている部分があったからかもしれない。
     彼女の言葉に慰めの意志を感じ取ったのか、恭也は途中で立ち止まり、片手に握る一振りの剣の切っ先をホールの床に突き刺した。
    「この剣はお前達武蔵坂学園に預ける。……好きに使うがいい」
     ある種の戒めのように突き立てられたウロボロスブレイドが、戦いの余波に崩れたホールの灯りを照り返す。
     かつて鍵島から与えられた殲術道具を、鍵島を討った者達に預ける。そこに、いかなる意志を篭めたのか。灼滅者達がその意味に行き当たるよりも早く、愛剣をその場に残し、紫堂・恭也は振り向く事もないまま、ホールを去って行った。
     灼滅者たちの間に、しばらくの沈黙が落ちる。
     ややあって、口を開いた朝乃は一言。
    「帰りましょう。育ての親が殺されたのですから、簡単には割り切れないでしょうし……。お腹も空きました」
     最後の言葉だけは、尻すぼみの声だった。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月8日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 117/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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