芳香! モーニングセット子爵の甘美なる朝食!

    作者:リヒト

     名古屋と言えば喫茶店のモーニングセットである。
     という偏見を具現化したかのようなご当地怪人、『モーニングセット子爵』は、今日もせっせと喫茶店で働いている。実に地域貢献めざましい、まことあっぱれな怪人なのだ。
    『お客様、ご注文はお決まりでしょうか?』
    「そうねぇ、じゃあこのブレンド珈琲を一杯」
    『畏まりました。――そして喰らうがいい、モーニングセット神拳!』
    「きゃあああ!? こ、珈琲を頼んだだけなのに、パンに卵にベーコンに、おまけにケーキまでついてくるのおおお!?」
    『そして――お値段は据え置きでございます』
     また一人、マダムの心をトリコにした。
     彼の目的は世界征服。このお得感、必ずや世界に通じる……!
     
    「……えっと、そんな感じで。ご当地怪人事件です」
     槙奈は、「ダークネスはバベルの鎖による予知があるが、エクスブレインの予測通りに事を運べば大丈夫だ」といつもの前置きをした後。
    「敵は『モーニングセット子爵』。喫茶店のマスターに変装(?)しています。
     それで、ですね……。えっと、いきなり戦おうとすると、追い出されます」
     え? と疑問そうな灼滅者たちに、槙奈はもじもじする。
    「『お客様以外はお帰り願います』という方針らしくて……えっと、まずは普通に喫茶店のモーニングセットを頼んでください。大丈夫……毒とかは入っていません。……多分」
     なにやら不穏な一語が聞えたが本当に安全なので大丈夫である。
    「それで、ご飯を食べて、お会計のときに……『スペシャルメニューをお願いします』と言って下さい」
     すると駐車場に連れて行ってくれるので、そこで思う存分戦って頂きたい。
    「とにかく、まずは注文です……。注文しなかった場合、最悪、逃げちゃいます。なので皆さんは、珈琲とモーニングセットを楽しんで、そのあとで」
     感謝の気持ちを込めて怪人をグーで叩きのめすのだ。
     なにやら奇妙な枷ではあるが、折角の機会だ。戦闘は別として、コーヒーを楽しむのいいかもしれない。
    「……ちなみに、パフェやクリームソーダもあるみたいです」
     なにやら心なし羨ましそうな声である。


    参加者
    藤井・花火(迷子世界ランキング第四位・d00342)
    柄雪・かなめ(湫豺・d00623)
    早鞍・清純(全力少年・d01135)
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    一花・泉(花遊・d12884)
    オーベール・マルタン(ロークワト・d12979)
    真咲・りね(小学生神薙使い・d14861)
    紫宮・樹里(文豪の地を守る椿姫・d15377)

    ■リプレイ


     樫の扉を押し開けると、耳に心地よいジャズの旋律が流れてきた。
     洒落た内装のフロアでは、女性店員たちが忙しく行き来している。朝だというのに随分な賑わいだ。通勤途中の背広姿や大学生、旦那に隠れてお茶をしに来たマダムたち、その客層は様々だが、みな思い思いに朝の一時を楽しんでいる。
    (「なにより――この、パンの匂い」)
     なんとも言えず良い香りである。焼き立てのパンというものは、どうしてこうも食欲を湧き立たせるのか――鼻からすうと香りを吸い込み、オーベール・マルタン(ロークワト・d12979)は満足そうに頷くのだった。
     喫茶『黒猫』の一員として、噂の喫茶店を斥候に来たのであるが――そんな建前はうっちゃって、パンの香りに溺れてしまいそうだ。
    『お客様、何名様で?』
     店長らしきロマンスグレーが愛想よく話しかけてくる。
    「8人です。ああ、もちろん禁煙席で」
    『畏まりました。ではこちらへどうぞ、ご案内します』
     ほどなく。
     灼滅者一同は、4掛けのテーブル席を2つ占領した。大判のメニューを広げ、楽しげに目を走らせる。
    「私、今日のために、昨日の晩御飯をちょっぴりにしてお腹すかせてきました」
    「同じく! 戦闘準備は万端よ。せっかくのモーニングセットだもの、美味しく頂きたいじゃない?」
     ねー、と仲良く頷き合う真咲・りね(小学生神薙使い・d14861)と風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)。女の子達が楽しそうで何よりである。
     藤井・花火(迷子世界ランキング第四位・d00342)は元気よく声を上げた。
    「へーい、マスター! モーニングセットとパフェとクリームソーダをおねがいしまーす!」
    (「……朝から随分重いな」)
     とは思うものの一花・泉(花遊・d12884)、口に出すほど野暮ではない。
     なにせ女の子組最後の一角、小柄な小4女子の紫宮・樹里(文豪の地を守る椿姫・d15377)ですら、『甘いものは別腹です!』と顔に書いてあるのだから。なんともまぁ楽しげにメニューの写真に目移りしている。よほど食べたいものがたくさんあるのだろうか。
     まぁいい、と肩をすくめて泉、コーヒーを注文する。続いて皆を楽しげに眺めていた柄雪・かなめ(湫豺・d00623)も、
    「あ、それじゃあ俺はアイスコーヒーでお願いします。マルタン君は?」
    「ああ、コーヒーで」
    「了解。早鞍くんは?」
    「……だ、男子全員コーヒーだと……!」
    「……早鞍くん?」
     なにやらわなわなと震えている少年が一名。名を早鞍・清純(全力少年・d01135)という。
    「ここで引いては男が廃る……! もちろん俺もコーヒーだぜ!」
     少年は大人の階段を上る覚悟のようだ。
    「分かりました。じゃあそれを――」
    「あ、あの」
    『は、何でございましょう』
     優しく聞き返してくる店長に、着物姿の樹里がおずおずと尋ねる。
    「小倉トーストを頂きたいのですが……セットに含まれているのでしょうか?」
    「そう。私もそれが言いたかったんです。パンは小倉トーストですよね」
     すかさずこくこく同意するりね。抜け目ない。
     しかし『モーニングセット』のメニューとして写真にのっているのは通常の焼き立てパンだ。小倉トーストにするためには、別料金が必要なのだろうか……?
    『ククク――甘く見てもらっては困る』
    「!?」
     突如、豹変した店長の口調に、皆の視線が釘付けになる。
     顔を片手で隠した店長は、まるで悪の大幹部さながらに大仰なポーズをとって高笑いした。
    『クハハハハハッ! よかろう! 我がモーニングセット神拳が奥義『無料で小倉トッピング』の真髄、とくとその身で味わうがいい、……少年少女よ! フハァーーーッハッハッハッ!』
    「う、うわぁ」
     思わず声が漏れていた。そうなのだ、こやつこそは危ない変態――もといご当地怪人『モーニングセット子爵』なのだ! モーニングセットを流行らせて、なんやかんやで世界征服を狙う悪の怪人! 灼滅者の敵!
     ぴたりと笑いやんだ店長は、柔和な笑みで深々と頭を下げるのだった。
    『すぐにお持ちいたします。どうぞごゆっくり……』


     そう待たされることもなく、注文した品が運ばれてきた。
     内容は、まずは各々が注文した飲み物、それにパン、サラダ、ゆで卵、熱々のベーコンにコーンスープ……。
     さらに果物! アイス! 別皿でケーキが3種! そして追加注文したパフェである……ッ!
     無論、2人のパンは小倉トースト(無料)に代わっている。
     おおっ、と歓声が上がる。モーニングセット初体験の面々にとって、この大ボリュームは少なからぬ衝撃であったらしい。
     クラレットも同様だ。あまりの戦慄に、ごくりと唾を飲みこんだ。
    「お、恐るべしモーニングセット神拳。このお得感、女性にはほとんど無敵と言わざるを得ないわ! すごく美味しそう……!」
     生唾だったらしい。
    「ていうかむしろ下手なヒーローより善良なんじゃ」
     それ以上はいけない!
    「……どう考えても赤字だよな。これ」
    「すげー! 名古屋すげえええ!」
     もはや半笑いの泉と無邪気に目を輝かせる清純が対照的だ。
    「それじゃ、いただきまーす!」
    「いただきます」

    「さぁ、女の子達は遠慮なく食べてくれ。ここは奢るよ」
    「本当に奢りでいいの……?」
    「子供が遠慮するもんじゃない」
     と言って、俺もまだ高校生だが――と内心呟く泉であったが、「ありがとうございます」と喜ぶ女の子達を見られたのだ。この程度の出費安いものだ。
    「そして男の子諸君、俺たちは割り勘だ」
    「ふふ、だと思いました。小学生の分は俺も出しますよ」
     苦笑するかなめの横で、オーベールがこっそり財布を覗きこむ。
    「領収書、貰おう」
    「ですね」


    (「そしてコーヒー苦っ!」)
     心の中で叫ぶ清純である。なぜ注文した。
     と、そこに差し出される小さな手。
     その手にはシュガーとミルクの入った小瓶が添えられていた。 
     女神か。いや天使だ。いやさ藤井花火であった。はっと顔を上げる清純に、花火は「大丈夫全てお見通しだよ」と言わんばかりに、ない胸を張ってうんうん頷き、自ら率先して己のコーヒーに砂糖を入れた。どばっと。それでいてこそっと。
     隣でかなめが口元を押さえ、笑いを堪えているのには気づいていない。
    「……はあ、甘くておいしい」
     ふにゃっと相好を崩す。お子様コーヒーにご満悦な笑顔である。
     清純も早速ミルクを入れて、飲むなり「うまい!」と満足顔だ。美味しく飲むのが一番という一例である。
     同じくブラックに挑戦し、見事玉砕してのけたりねも、いまでは大人しく花火のくれた砂糖たっぷりのコーヒーをちびちびと舐めている。とかく、大人の味は苦かった。
    (「大人の道って大変です……」)
     いつか、あの苦さも美味しいと思える日が来るのだろうか。
     その頃には、自分もママのような素敵な女性に――。
     まぁ、それはともかくとして。目下の重大目標は、痺れてしまったこの舌をいかに直すかにある。即ちパフェの攻略である。
    「このパフェ美味しー!」
     とこちらにも頬を緩ませる女の子が一人。クラレットだ。
     随分なとろけ顔である。この店自慢の生クリームがよほど気に入ったのか、傍から見ていても嬉しくなってしまうような感激ぶり。スプーンを口に運ぶたびに、「はぁん」と顔からハートが出てくる(漫画的表現)。
    「りねちゃん樹里ちゃん、花火ちゃんもどうぞ。フルーツも一緒に食べると美味しいよ。……あ、でもこの巨峰は私のね」
    「いただきます」
     一口食べて、樹里が恍惚とした表情になる。りねも先程の渋い顔が嘘のような朗らかさだ。
     ただ――少しばかり量が多すぎる。いくら甘いものは別腹と言っても、体は小さな女の子。物理的なキャパシティというものがある。なので――、
    「さささっ」
     花火、口で言いつつお皿をかなめに近づける。
    「ん……」
     一瞬、かなめは目を瞬いたが、何事もなかったように花火の分まで食べ始めた。
     ――気づいていない! 隠密作戦は成功である!
    (「まぁ、気づかぬふりして食べてやるのが男かな」)
     バッチリ気づかれていたワケだが、元々それなりに大食い気質のかなめのこと、この程度増量は苦でもない。
     それに、ひそかに「ごめんね」のポーズをとっている相手を見れば、怒る気になどなろうはずもない。
    (「それに美味しいしな、ここの料理。うん、ベーコンカリカリだ」)

     樹里の食べるペースも落ちてきた。もともと小柄な彼女の事、さすがにこの大ボリュームをひとりで消費するのは厳しいようだ。
     だが残すのは勿体ない。かといってこれ以上は食べられない。どうしようかとおろおろ辺りを見回した時、清純と目があった。
     彼はにかっと笑って、
    「えっと、もしかして余ってる? 貰っていいかな?」
    「あ、はい! お願いします。ごめんなさい」
    「気にしない気にしない! 丁度おかわりしたいなって思ってたんだ。なんてったってホラ、食べ盛りの男子中学生だからな!」
     清純は気持ちのいい食べっぷりでガツガツと料理を平らげていく。心強い助っ人の登場に、樹里はキラキラと尊敬のまなざしである。
     ……実はもしもの時のために、清純、懐に胃薬を忍ばせてあるのは内緒である。
     ……ニコニコ顔の面々とは打って変わって、ただひとり、黙々とパンを食している青年がいる。
     誰あろう、オーベールである。
     ややもすれば、退屈そうにも見える。周りが喧しいほどに騒いでいるのに、そこだけ風が凪いでいるような、森閑とした空気。元来、朴訥とした男なのだ。無愛想がそれに拍車をかけている。
     ――が、何の事はない。
     実のところ、彼、先程から……、
    (「うまい。うまいぞ。このパン、うますぎる……!」)
     感動していた。ものすごく感激していた。
     歯をパンに押しあて、噛み締める。カリリとした表面と、ふんわりとした歯ごたえ。そしてスポンジから絞られる水のように、じゅわあっと口いっぱいに広がる濃厚なバターの味――!
     鮮烈だった。泣けてくるほどに旨い。気づけばぺろりと平らげてしまっていた。ない。もうない。パン欲しい。
     無意識に呟いていた。
    「パンのおかわりは、できたかな」
    「あ、手伝って下さるんですか? ありがとうございます」
    「私のもあげるー!」
     増えた。パン増えた。やった。うれしい。
    「……ありがとう」
     小倉トーストもまた、美味かった。
    「マルタン君、そんなにパンが好きなんですね」
     オーベールの真意を見抜いたかなめが、楽しげに笑う。
    「かなめか」
    「ええ。何かと縁もあるし、この機会に色々話してみませんか? そういえばその服――」
    「店員さーん! ごめん、おかわり。あとこの一番高いパフェ!」
    「……ほどほどにな」
     談笑する仲間達を肴に、泉はコーヒーカップを傾けるのだった。
     熱い液体が喉を過ぎる。


    「では食後の運動をしましょう」
    「いえ、これからが本番ですよ?」
    「……も、もちろんです。けっしてついでじゃないですよ?」
     何故かりねが目を逸らした。正直な子なのである。
     楽しい朝食も終わり、あとはスレイヤーとしての本分を果たすだけだ。一同はいそいそとレジに向かった。泉が伝票をマスターに渡す。
    「こういうときは、えっと、ごちそうになります、でいいのですよね」
    「そうそう。……会計をお願いします」
    『ありがとうございます。あ、こちら30%の割引券となっております。次回ご来店時にご利用ください』
    「あ、どうも」
     反射的に受け取ってしまったかなめだが、すぐに「いやいや」と首を振る。
    (「いやないから。次回ご来店とかないから。今倒すから!」)
    「スペシャルメニューをお願いします」
    『…………ほう?』
     ギラリ、と店長の目が光る。
    『来たまえ。ここはいささか狭い――』
     案内されたのは駐車場だ。そこでマスターはバサァとエプロンを脱ぎ棄てて、怪人としての本性を――『モーニングセット子爵』としての姿を露わにした!
    『戦う前に一つだけ聞いておきたい。我がモーニングセット――堪能したか?』
    「超まんぞく! すきです名古屋!」
     満面の笑みでサムズアップする清純、他灼滅者一同に、子爵も呵々と大笑した。
    『ならば良い! 我がモーニングセット神拳の秘奥義をもって、貴様らをパーフェクトにもてなしてくれよう……ッ!』
    「い、意味は分からんがとにかく凄い自信だ」
    「なんて気魄!」
    「風圧で押し戻されそうです……!」
    「そう、戦いはこれからだよ! 決戦だー!」


    『ケーキは5種類からお選びください!』
     子爵が腕を振ると同時、何かが空を飛んだ……あれは苺のタルトが乗った皿だ!
    「ケーキケーキケーーーーキ!」
    「樹里ちゃん落ち着いて!?」
    「はっ!? さ、錯乱してしまいました、すみません」
    「みんな危なぁ――――い!」
     猫のようにジャンプした花火である。飛来したケーキを空中でキャッチ! くるくると無駄に回転しながら着地する。ケーキは無事だ!
    『待てい!』
    「!?」
    『そのままでは手が汚れる。少女よ、これを使うがいい』
     怪人はそっとフォークを差し出した。
     花火は受け取り、おもむろにタルトを食べた。美味しい。
    「ひんはほほはははへへ!」
     もごもご。
     ごくん。
     ……ふぅ(恍惚)。
    「さぁ、このケーキは私に任せて、みんなは子爵をお願い!」
    「すごい役得ですね」
     これはれっきとした【足止め】エフェクト効果なので何の問題もない。
    「ケーキ美味しかったです。でも、ママのケーキのほうが美味しいもん」
     りねが清めの風で邪を払えば、オーベールが大量の弾幕を敵に浴びせた。むぅ、と子爵が銀のトレイで身を守った隙に、横合いから忍び寄ったかなめがフォースブレイクを発動する。
     一秒後に爆発する子爵を、すかさず樹里が抱え込み、
    「えっといざ食らうのです、忠弥坂ダイナミック!」
     爆散!
     派手に叩きつけられた子爵はよろよろと立ちあがるが、既にクラレットは必殺の構えをとっている。
    「確かにこのお得感は世界に通じるわ。あなたが怪人でさえなければ………。
     ――ところでこの怪人何か悪い事したっけ?」
     なんやかんやです!
    「と、とにかく! えっと、早鞍くん任せた!」
    「お、おう! 凄く凄いモーニングをご馳走になったけど、それはそれ、コレはコレ。古の理に則って成敗するぜ!」
     ご当地キックで吹き飛ばされた体に、閃光百裂拳が間断なく叩き込まれる!
     しかし、ただで終わる子爵ではない! 無数のフォークが銃弾のように放たれる。
    「甘い攻撃だねぇ……本当にケーキ甘いし」
     フォークを苦もなくいなしながら、泉はずんずん突進する。かと思うと、ふいにその姿が掻き消えて、
     ティアーズリッパー。死角からの一撃が子爵の体に直撃した。
    「散りな」
    『も、も』
     子爵はゆっくりと体勢を崩し、最後の瞬間、叫んだ。
    『モーニングセットに栄光あれぇええええ――!』
    「「「御馳走様でしたー!」」」
     爆散ッ!
    「あ、領収書」

    作者:リヒト 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 11
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