地獄合宿~学園が地獄に変わる72時間

    作者:泰月

    ●地獄合宿in東京のお知らせ
     場所は此処、武蔵坂学園。期間は三日間。
     やる気があれば、他に必要なものは何もありません。
     遠出をしたくなかったり、インドア派な人、知性派だと言う人にもお勧めです。
     学生らしく過ごせる事でしょう。
     詳細は当日、学園で!

    ●そして当日
     灼滅者の皆さん。日々、ダークネスによる事件を解決する為の戦い、お疲れ様です。
     ダークネスやその眷属、配下と戦うのは、灼滅者にしか出来ない大事な役目です。
     しかし、そんな戦いなどで、灼滅者は勉強時間が少なくなる傾向があるのです。
     皆さんが学生であるのも事実。勉強が疎かになったままになんて、しておけない。
     そこで、この地獄合宿で、皆さんに日頃の遅れを取り戻して貰おうと思います。
     もう皆さんお分かりの事でしょう。この三日間何をするのか。
     そう、勉強です。
     武蔵坂学園に泊まり込みで、勉強合宿。それが、東京の地獄合宿です。
     教師役になるのは、直前のテストの成績が上位になった皆さん。
     優等生の皆さんの参加が少なくても大丈夫。
     この学園に、先生が何人いると思ってるんですか!
     先生方は灼滅者の皆さんの味方。補習の準備万端でお待ちしてます。

     でも、学校に泊まり込んで勉強会って意外と楽しいのでは?
     そんな風に思った方、いませんか?
     やだなぁ。地獄合宿と名のついた合宿が、そんな甘っちょろいわけないじゃないですか。

     皆さんには『学年・教科毎』に別れて、決められた教室で勉強して貰います。
     なぜなら、地獄合宿の目的は『基礎学力の向上、及び苦手教科の克服』にあります。
     まず学年別になるのは、学年が違えば勉強内容も違うからです。高校生になったら、国語が現代文と古典に別れたりするよね?
     勿論、苦手教科一つじゃないよーって人もいるでしょうから、途中で勉強科目を変更するのは構いません。
     また対象教科は主要科目のみです。体育、家庭科等は対象外です。
     後はとにかく三日間、ひたすら勉強を続けて貰います。
     この合宿にノルマや範囲はありません。ゴールは72時間後! 時間経過のみ!
     三日間のスケジュールにあるのは『勉強』の2文字のみ。休憩や食事や入浴や睡眠なんて文字はありません。
     学園に泊まり込みとは言いましたが、睡眠時間が用意されているとは言ってませんよ?
     大丈夫。灼滅者の皆さんなら、三日間の徹夜くらい、きっと何とかなりますよ。
     小学生にだって遠慮はしません。武蔵坂学園は本気です。
     食事の心配も無用です。お弁当業者の手配は済んでいます。
     勉強しながら食事も出来るように、片手で食べ易いおにぎりやサンドイッチを中心に頼んであります。
     お茶、コーヒー等の各種飲み物の準備もあります。希望者には徹夜のお供、栄養ドリンクも用意されています。
     シャーペンの芯がなくなった? 消しゴム足りない? コンパスや定規が必要?
     大丈夫。そう言った勉強に必要な道具類も新品をたっぷり用意してあります。各種辞典や、参考書もあるよ。
     皆さんに勉強に専念して貰えるように、準備を整えました!
     72時間と言わず、一週間くらい持ちそうな勢いで準備を整えてあります。
     やる気があれば他に必要なものはないと、お知らせしたでしょう?
     安心して三日間、72時間勉強をし続けて下さい!
     もう一度言います。この地獄合宿に、ノルマはありません。72時間経過するまで、校門が開く事はありません。
     サボろうと思ってたり、逃げようと思ってる人、いませんか?
     魔人生徒会の目は、どこにあるか判りませんよ。
     マラソン大会でエスケープしようとした人達、後でどうなりましたっけ?
     なお、優等生の人は、きちんと睡眠とって大丈夫です。
     日頃から頑張ってる人の特権です。

     そんなこんなで、問答無用に地獄合宿が始まったのだった。


    ■リプレイ

    ●地獄合宿、開始
    「中島九十三式・銀都、推してまいるっ」
     2連続でクラス最下位、周囲から期待される3度目を回避すべく気合十分な銀都。
    「く、やはり無茶があるか」
     が、開始10分でこの有様だ。撃沈早いな。
    「こうなれば理解するまでとことん付き合って貰おうか、俺の読解力の無さに勝てるかな?」
    「そこは誇らないで下さい」
     開き直る銀都に、教師役で彼と同じクラブの結唯が少し呆れたように呟いた。
     開始10分は1つのハードルなのか。別の意味で諦めた者達がいる。
    「もういやじゃあああ! こんなところにいられるか!」
     いきなり叫んだ珠音が教室を飛び出す。
    「俺、手洗い行く! 行かせろ!」
     同時刻、中2でも朱雀が動いた。示し合わせたかの様に途中で合流し、真っ直ぐ校門を目指す2人。しかし、校舎の玄関は鍵が掛かっている!
    「俺様とうじょー! ココは俺様に任せて逃げろっ!」
     2人が逃げ場を失ったそこに、現れたのは凍弥。
     なぜ彼がここにいるのか。
    「俺様トイレ! トイレ行ってきますぜぃ!」
     とまあ、朱雀と全く同じ理由で席を立って逃げ出したのだ。なお凍弥を含めこの3人同じクラブの仲間である。まさに類は友を呼んだ。
     そしてこの騒ぎに乗じた者が1人。
    「ペナルティなんぞにオレが止められると思ってるのか!?」
     虎視眈々と脱走の機会を伺っていた黒である。こんなに早いチャンスは予想外だったが、この機に正面突破と猛然と教室を飛び出した。
    「って、空き教室ねえじゃねえか!」
     彼の計画では空き教室に潜む予定だったが、使用中の教室ばかり。
     結局、4人とも脱走に失敗。この一件により、脱走が不可能であると言う事実が明確になったのである。
    「ま、気合入れて勉強するか」
    「あら、なかなか神妙ですね、良いことです」
     花之介の言葉に頷くマーテルーニェ。
     マーテルーニェの成績なら、教師役も可能だったが、従者のミスは主のミス、と共に勉強することを選んだのだ。
     主にここまでされては応えないわけには行かない。
    「さて、何処がわからないのですか?」
    「あー……大体わかりません」
     しかし、出来ないものは出来ない。マーテルーニェの問いに、露骨に目を逸らす花之介だった。
    「え? マジ? 学年限定なの!?」
     クラブの仲間を呼び出そうとして釘を刺された智巳。
    「クラブの奴等と遊ぼ……否、協力し合おうと思ってたのによ……」
     そんな目論見を実行に移す前に潰され、仕方なく勉強を始める。
     翌朝には、彼は考えることをやめて機械的に答えを埋めるだけになったとか。
    「いっておくけど、ぼくはただ『灼滅者』っていう一点だけで、この学園で高校生やってる代物だよ。さぁ、地獄並みのアホさを自称するぼくに、勉強とやら教えてみるがいい!」
     何故かこう妙なテンションで合宿に挑む幸。
     自覚も勉強する意志もあると言うが、黒板をいくら見つめても念写で板書は出来ない。

    ●残り71時間
    「ああ……ハンマーが、ハンマーが振りたいですわ……」
     高校生の部屋では、桜花が早くもある種の禁断症状に襲われていた。頬までやつれ始めているのは気のせいか。
    「もう無理っすよ~……」
     別の部屋では、鈴が力尽きて机に突っ伏していた。
    「鈴はメイド服で三日間過ごしたいみたいだね」
     すぐ向かいに座った玖羽から掛かる脅し文句。
    「それだけはイヤー!」
     鈴の悲鳴が響き渡る中、教師役に決まった者達が次々に動き始める。
    「英語を任されることになりました、銃沢翼冷です! 死ぬ気で頑張ってくださいね!」
     スーツでビシッと決めた翼冷。その方針は基礎から順に進め、確認テストの結果次第でやり直しありと言うスパルタである。
    「学びたいと思う気持ちを育て、伸ばしていってあげる事が教育なのだとわたくしは思うのです」
     一方、セカイの方針は詰め込むような事はせず、適度な休憩は自己裁量で与えるものだ。
     少しでも勉強に興味を持って貰うのが狙いだ。
     誰かに教える事は自分にとっても復習。それもまた自分の勉強なると言う、伶の様な考え方の者もいる。
    「足りない物、欲しい物はない? 代わりに行くわ」
     教室を巡回し、不足している物がないか聞いて回る優奈。
     一人一人取りに行くと混雑する。まとめて取りにいった方が効率的という気遣いだ。
    「そこ、私語厳禁!」
     既に始めてる小夜は、スパルタだ。
     同学年の知り合いが来てくれなかったので、少し不機嫌になっている。
    「一緒に頑張らんと最後に頑張ったな、なんて言えないだろ?」
     ツバサのように休みを取らないつもりの教師役もいる。
     教師役の生徒達の方針や活動は、人によって様々であった。

    ●残り68時間
    「昔の連中も僕らと大して変わらんのよ。どうせ大したことは言ってない」
     不志彦に言わせれば、昔の人も娯楽の少ない暇人になる。そんな彼の勧める学習法。
    「暗唱できるまで音読だ! 意味なんて考えるな。耳で覚えるんだ!」
     彼曰く、これが最適らしい。
    「やるなら徹底的に、そして楽しくだ!」
     やるなら楽しく。立場は違えど、同じ気持ちで望んでいるのはラシェリーだ。
    「そう、せっかくの地獄合宿だ。楽しんでいこう!」
     先のテストで順位を下げてしまった。これは彼にとって耐え難い屈辱だ。
    「弱点を克服してこそ真の灼滅者だ。気合いをいれて勉強するぞ!」
     テキストやノート、各種論文を広げ、徹底的に苦手克服に乗り出した。
     中学組で英語を教える祢々は、あまり乗り気でない人たちに、言い方きつくなるけど、と前置きした上で苦言を呈する。
    「成績悪いと将来の選択肢限られるよ。中学で勉強躓いても高校で挽回するから平気、なんて考えは甘い。今できる努力をしない人が次に努力できると思うかい?」
    「はうっ」
     怠けずに勉強して欲しいが故の祢々の言葉だったが、それに反応したのは祢々に教わっていた真夜だ。
     直接自分に向けられた言葉でなくても、中々に心に刺さるものがあったのだ。
    「……真夜? さっきからどうしたの?」
     そんな真夜の様子に苦言を止めて、首を傾げる祢々だった。
    「やっぱり、勉強はある程度できないとね」
     理一の考え方も、祢々のそれに似ている部分があると言えるだろう。
     武蔵坂学園はエスカレーター制で進学出来るとは言え、学ぶことで将来の選択肢が広がる筈だ。
    「ま、本気出してなかっただけだしな。俺がやる気を出せばこんなの楽勝だって」
     そう言って赤点だった日本史を選んだ玖真だったが。
    「例えばこの鵯越にしても、七十騎だけを使って奇襲と火計に徹する事で、平家軍の混乱を――」
     そんな彼の前に現れたのは、一学年下のゆのかである。歴史はどこを取っても面白いんですから、と豪語するゆのかの日本史マニアっぷりは学年1つの垣根は軽く越えていた。
    「無理! 平家とか源氏とか、徳川とかも何人いるんだよ!」
     玖真は早くも心が折れ始めていた。
     現代文の教科書を前に、レイも心が折れかけていた。
    「ワタシ日本語ワッカリマセーン」
     既に頭から煙が出そうな気分だ。
     英語なら分かるかというと、そうでもない。だって生まれも育ちも日本だもの。
     ほぼ全教科クラス最低点を叩き出したレイにとって、この合宿はまさに地獄のようだ。
    「勉強してるのに、古典は苦手なのデス」
     差し入れ係をするつもりだった稲葉とシャルロッテだが、シャルロッテが古典53点を指摘されてしまった。
     古典は稲葉が得意な方なので、教師役になり2人で勉強だ。
    「なぁ、シャル。これからはうさぎって呼んでくれっと嬉しいな!」
    「ではでは、これからはうさぎさんと呼ばせていただきマスネ」
     勉強を通じて、親交を深めた2人であった。
     デデーン。
     麻樹の前に容赦なく積み重なってる古典の問題集。
    「読解問題。間違えたら問題集追加な」
     積み上げた夜兎に聞いたら、笑顔でさらりと告げられました。
     睡眠時間や休憩時間を3人で連絡を取り合い確保!
     そんな麻樹の計画を打ち砕いたのはまさかの友人だった。
    「狼牙さん、調子どうや?」
    「んー……」
     もう1人の友人、黙々と勉強している狼牙に尋ねるも、返ってくるのは生返事。
     マイペース振りを如何なく発揮し、食事も睡眠も忘れひたすらカリカリ書き取る狼牙。
    (「無事に終われ地獄合宿……」)
     もはや麻樹には無事に終わる事を祈ってペンを動かす事しかできなかった。
     なお、どうやっていじめてやろうかな、なんて夜兎が思っていたのは、秘密である。
     友人が厳しい教師になる光景は、他でも見られた。
    「ここは心を鬼にして、びしばししごかせていただきます」
    「うぅ……いおりんがすっかり先生モードだ」
     伊織の言葉に教わる蒲公英が震え上がる。
    「理科はね、動物が可愛かったり、植物が綺麗だったり、星を眺めたり……してたら十分だと思う」
     蒲公英の苦手分野は、理科だ。電流とか、力学とか、なにそれ。
    「牧瀬さんをあまり虐めたくはないのですが、ここは心を鬼にしてしごかせていただきます」
     しかし、そんな蒲公英に対して伊織は鬼となる。少しくらい厳しい方が、地獄合宿になる筈と。
    「うぅ……いおりんがすっかり先生モードだ。理科は覚えられないん……だもん」
    「まだ初日なんですよ? 頑張ってください」
     厳しくなるのは愛情の裏返し。所謂、愛の鞭であった。
    「蔓ちゃんの指導って鬼かと思ってたけど、しっかり私の事考えてくれてたんだね……」
     怜奈は悟った。まだ終わりの見えないこの地獄合宿に比べたら、スパルタと思っていた普段の蔓の指導は気遣いがあったのだと。
    「では、これからテストをします」
     そんな時、蔓が見せたのはいつの間にか独自に作っていたテスト。
    「100点になるまで、次に移行しませんからね」
     笑顔でさらりと告げてくる。やっぱり、スパルタかも知れない。
    「もう数字は見たくないよー……誰かたすけてーっ……!」
     怜奈の悲痛な叫びが響く。
    「じゃ、この練習問題解いてね」
     教科書に載っている公式や定理を一通り説明した後で、笑顔を浮かべて聡士が告げる。
     教えられる公式をノートに書き殴っていた篝莉は、突然言われて驚いた顔。しかし、すぐに教科書を見つめながら黙々と問題を解き始める。
    「聡士くん、この問題なんだけど……」
    「これはこの公式を……」
     判らない時はお願いしながら。
     習うより慣れろ。数学は聞いただけでは判らない。
     その頃、高3の日本史部屋。
    「に、29点舐めんなよ!」
     呼太郎の震え声が響く。
    「んなもん自慢すんな、ぴよ」
    「あれ? 英語は?」
     呼太郎の疑問も尤も。突っ込んだのは、別室にいる筈の紋次郎。まあ、英語10点で教師役は無理があった。
    「休憩。勉強ってぇのは根詰めてやるよか、楽しんだ方が後々まで覚えてるもんだ」
     休憩ついでに様子を見に来たら、呼太郎が突っ伏してぐだってたのだ。
    「楽しんで……あ。ゲームの攻略本みたいにすればいいのか! レベルを年号、覚える技をやったこととか」
    「いやでも、其れはどうなんだ……」
     再びツッコミを入れる紋次郎。
     英語の教室では、マッチョでインテリなゼアラムが、発音、アクセントの指導を行っている。
    「ネイティブな英語なら任せるさねー!」
     言うだけあって、その発音は見事だ。
     通は音声教材を持参していたが、間近で聞く方が明瞭である。
    「You can do it」
     彼が英語を克服できたかは判らないけれど、それが2人の合言葉。

    ●残り56時間
    「暗唱もいいが、ストーリーは漫画で覚えるのも手だぞ。時代背景が飲み込みやすい」
     不志彦の後に教師役で現れたヘカテーが進めたのは、漫画の源氏物語。確かにとっつき易い。
    「解説も面白いしな。オススメは……おっと、こんな時間か。私は一度仮眠を取らせて貰うよ」
     夜になり、ヘカテーの様に帰り出す教師役も少なくない。
    (「何この格差……」)
     そんな教師役達を見送りながらティルメアは、しかしその言葉を飲み込んだ。
     コーヒーをちびちびと飲み、数学の勉強を再開するのだった。
     開始から16時間程経過している。あちこちの教室で小さな寝息が聞こえるようになっていた。
    「すー……すー……」
     亜樹もその1人。国語を頑張っていたけれど、日付変更の直前に寝てしまった。
     眠らないおまじないは効かなかった様である。
    「何この無理ゲー。睡眠は取ろうよ、人として」
     伝斗を襲う眠気。頭がぼんやりして来たその時、彼に天啓が降りた。
     国語はノベルゲーや原作小説、数学は謎解きやパズル、理科も社会も英語も、何かのゲームに置き換えられる!
     これは勉強なんかじゃない。3日間耐久徹ゲーなら、ゲーオタにはむしろご褒美。
     伝斗が息を吹き返す一方で、茉咲が限界を迎えた。
    (「だ、駄目だ……寝よう」)
     解剖好きの担任が怖い、と単語帳作ったり頑張ってきたが、どうにも頭が回らない。
     茉咲は教科書を立てて壁にすると、座ったまま俯いて目を閉じた。
     少しは睡眠も必要なのだ。灼滅者だって人間だもの。
    (「三日間もあればテスト範囲飛び越えて豆知識まで覚えられそう」)
     そんな事を考えながら、黙々と勉強していた源一郎だったが、ここにきて眠気が限界に近づいた。
    「その内誰か起こしてくれるじゃろ」
     そう言って机に突っ伏す。その内、は数分で訪れた。源一郎の額を何かがてしてし。
     次は頬、腕と、とにかく何かがてしてししてくる。ぷにぷに心地良い肌触り。猫に変身した優夜の猫パンチである。
     まだ眠そうだが目を覚ました源一郎を置いて、他に寝てる人がいないか優夜は見回りを再開する。
    「やっぱり眠いぃ~。頭使うから余計眠いぃ~」
    「頑張って。ボクも寝ないで頑張るからね」
     シオンがシェリーの教師役となり、兄妹つきっきりで数学を勉強中。
    「ダメダメ、寝てられないんだから」
    「時間かかっても良いから、最後まで解いてね」
     頬叩いて寝ないように頑張る妹を置いて帰れないと、シオンも横で同じ問題を解いている。
     地獄合宿の最中にあって、微笑ましい光景だった。
    「……地獄か。望むところだぜ!」
     と意気込みは良かった竜雅だが、勉強は体感で3倍くらいに感じる彼である。
     集中力の限界は初日の夜にあっさりと訪れた。
     小学生組で理科を教えていた妹のみやびが紅茶とスコーンを持って陣中見舞いに来なければ、睡魔にも負けていただろう。
    「なあ、この漢字何て読むんだっけか?」
    「その字はこの間授業で出たばかりです」
     中3の兄の疑問が、小6の妹がさらりと答えらるものなのはどうなのだろうか。
     兄が心配なみやびは猫に変身して一晩中傍につくことにした。寝そうになったら、猫パンチで叩き起こすのである。
     だが、懐から伝わる猫のぬくもりは竜雅を更に眠くさせるのだった。
     聖の周囲に幾つも転がる栄養ドリンクの空き瓶。
    「この歳でコレのお世話にはなりたくなかったなぁ。でも効くんだよねぇ」
     目標は41点だった算数を90点台に上げる事。後輩と離れ、みっちりお勉強だ。
    「せんせっ。ここなんですけど」
     後輩の一人、苺大好きな苺農家の一人娘、新1年生の静香はいちごサンドをお供に頑張っていた。
     先輩とは離れてしまったけれど、熱心に理科を勉強する。
     一方、2年生たち。
    「みなさま、どれだけにがてをこくふくできるか、しょうぶなのですよ!」
     と、合宿が始まる前に元気よく言っていた鈴乃が真っ先に寝息を立てていた。
    「頑張らないと、怒られます」
     栞が鈴乃の頬を鉛筆でつんつん。
    「はっ、ねてないのですー」
     と言いつつ、また直ぐにふらふら船を漕ぐ鈴乃。栞も集中力は途切れていた。
    「こういう、もっ、問題なら……こわ、くない」
     栞の影では、翠が理科の問題集に取り組んでいるが、3人揃って寝てしまうのも遠くはなさそうだ。
    「こっそり、こっそりなら縁樹の授業はちょっとだけ寝ても良いのですよ」
     この教室で教えている縁樹がこう言う方針なので、彼女が居る間なら起こされないで済むかもしれない。
     眠気に負けだす者が増える一方、猛者もいる。
    「徳川政権発足の頃、東インド会社設立ですが、日本には出島から外国の技術はどの程度入ってきてましたか?」
     日本史教室で教師を質問攻めにしている由生もその1人である。
     勉強マニアにとってこの地獄合宿はパラダイス。先生、今夜は寝かせませんからね?
    「食事に飲み物に筆記用具、至れり尽くせりで逆に申し訳がありません」
     え、これは地獄合宿なんですか?
     なんてケロリとしている臣も地獄を地獄と思っていない猛者の1人だ。
     調べ物に没頭するとキリがなくなるのは良くある。彼にとって、有意義な三日間になりそうだった。
    「フハハハ!」
     そして眠気を感じさせない笑いを上げる猛者が此処に。
     1分に1単語覚えれば、このペースなら語学博士も夢ではないのでは、と思い当たった雷丸である。
    「夢がヒロガリングである!  楽しいな、諸君! フハハハハ!」
     この元気が最後まで続くことを祈ります。
     地獄を苦にしていない猛者と言えば、彩澄も該当するだろう。
     飲食無料、勉強の為の準備も整った環境。特に無料で飲み食い出来る点が気に入った。
    「無料って良いよね♪」
     おにぎり片手に弾んだ声で、彩澄は勉強を続ける。食事付きに食いつく人いると思わなかったとはとある教師の談である。
     また、辛いだけではない夜を送る者もいる。
    「脳細胞がダメになりそう……」
    「想像以上にきついな」
     くるみは地道に、ファルケは食物連鎖式記憶術なる方法で勉強していたが、疲れがたまってきた。
    「Would you need this?」
     海の流暢な発音を聞き取る余裕もあまりない。
    「皆さん、お疲れ様です……♪」
     そこに、瑞央がクッキーやサンドイッチを持って現れる。休憩かと思われたが、続く紗里亜とえりなの言葉それを否定した。
    「それじゃ、夜間講習をしましょうか」
    「紗里亜さん、NiceIdeaです♪」
    「げ? 夜間講習もあるんかいっ」
     思わず声を上げたファルケだが、お手製の差し入れまで準備されては頭の下がる思いである。
     これで成績上がらなかったら、どんな罰ゲームが待っているかも判らない。
    「くくく、いいだろう。見せてやるよ、俺の底力を」
    「みんなありがとう……がんばるもん♪」
    「それじゃ、発音の練習しましょうか? Repeat after me?」
     元気を取り戻したファルケとくるみに、仲間たちからの夜間講習が始まった。

    ●残り52時間
    「次のテストでは、絶対にクラス最下位から抜け出す!」
     と、気合充分に猛勉強を始めた龍だったが、最初から飛ばしすぎたのだろう。
     開始から20時間。空が明るくなり始めた頃、燃え尽きて英単語の書き取りのフリしてラブリンスターが平然と口にしそうな類の言葉を書き殴ってる状態になった。彼女の限界は遠くなさそうだ。
    「あ、無理だこれ」
     同じ頃に、千尋も己の限界を悟った。もうどうにもなんねえと。
     洋楽を聞くのは許可されたけど、もう教材だろうが洋楽だろうが、英語が念仏にしか聞こえない。
    「眠いし苛立ってきたあーーくっそ帰りてぇ!! 甘いもん食いてぇ帰りてぇ!!」
     叫んでも、地獄合宿の終わりはまだまだ先だ。
    「……ぱーどぅん」
     サズヤが唯一思い出せる単語がこれだ。あとはもう全てわからない。外国語は難しい。
    「……問題ない……眠いが、問題ない」
     若干ふらつきながら、英語の問題集を開いた。
     世界史の41点が響いて勉強せざるを得なくなった零蒔。
     サポートするはずだった友人達が気になり、教室を抜け出し様子を見に行ってみれば。
    「ふみんふきゅーとかわけわかんないし」
    「不眠不休で勉強とかしたくなーい」
    「無駄口叩いてる暇があるなら問題を解け。お前ら、受験するんだろう!」
     机に突っ伏しぶーたれる祐吏と琳太の頭を、玲士が教科書で叩く。そんな光景に出食わし、そして巻き込まれる。
    「壱、甘やかすな」
    「受験まで半年あるもん、遊びたいもん」
    「オレ、教科によってはれぇちゃんよりイイ点取ってるもん」
     叱る玲士に抵抗する祐吏と琳太。間に挟まれる零蒔。
    「頼むから俺を挟んで言い合いするな……!」
     ぱたり。限界でした。
    「壱!? お前が倒れてどうすんだ!」
    「れぇちゃんの無茶ぶりでゼロちゃんが犠牲に!」
    「おかーさんしっかりしてー!」
    「お母さんじゃない……」
     遠のく意識の中、そこだけは突っ込んだ零蒔だった。
     最初から集中力が持つ自信のなかった染だが、2時間毎に集中が途切れるようになってきた。
    「うへぇ……英語はやってもやっても終わりが見えない」
    「染ちゃん、どこが判らないです?」
     奥天竜が挫けそうになった所に現れたのは、柚姫だ。
    「あの2人はどうです?」
     奥天竜が聞くのは、同じクラブの下級生達。
     クラブで集まったが、学年も苦手教科もバラバラ。アッシュに歴史を教えようとしていた登が自身の成績を指摘され数学部屋に移動となるハプニングもあり、教師役で動ける柚姫が様子を見に行ったという訳だ。
    「竹尾くんもアッシュくんも、大人しく勉強してましたよ。アッシュくんは『日本の事もより学べて、一石二鳥かなっ』って、染ちゃんより集中してたかもしれません」
    「むむ……」
    「ゆっくり教えますので頑張りましょう?」
     唸る奥天竜に、一口チョコが差し出された。
     クラスメイトで集まれば捗る。残念ながら、そうとは限らない。
    「これが過去形、これが過去完了形」
    「そう、いいね。その調子さ」
     真面目に英語に励む龍夜を褒めるレニー。だが、その隣では。
    「ダイジョウブヨ。イロハ、ゼンゼンネテナイ、エイゴダイスキダヨ?」
     虚ろな目をしたいろは。
    「アイアムペン、ディスイズミリア、スチューデントハブマイマザー」
     同じく虚ろな目でめちゃくちゃな英語を呟くミリア。
    「そろそろ休憩しないか?」
     既に正気を失っている2人を見た龍夜の提案に、レニーも頷いたのは言うまでもない。
    「古典の文法とか、実用性ある? 過去はもういいじゃない、未来を見つめようよ!」
     古典漬けに飽きたか、爽やかに言うミカ。
    「話聞いてんのか、あ゛?」
     しかし、根気よく教えていた円の額に血管が浮かぶ。
    「……ごめんなさい。頑張るよ、うん……」
     項垂れるミカに差し出されたのは、円お手製の苺タルト。
    「苺タルトの幻影……え、本物!?」
     円のご褒美作戦で、ミカのやる気もいくらか回復したようだ。

    ●残り42時間
     刀弥の頭が眠気に負けてふらりと前に揺れる。額にぷすっと刺さるシャーペンの芯。
     彼自身が寝ない様にと仕込んだトラップだが、本当に自分で掛かるとは。
    「復讐の為でも無いのに何をやっているんだ俺は……」
     思わず此処にいる理由を自問自答。どこで間違えた。
    「何故、俺はここにいるのか」
     別の教室では、在処も自問していた。
    「俺は望んでここに来た。だが机にかじり付くのは、俺の生き様ではない」
     どうも昨日からの英語漬けで、自分が何をしているのか良くわからなくなってきたようだ。
    「休憩も、飯の時間も取る。疲れたら転寝もすりゃあいい」
     そのタイミングで英語を教えに現れた多岐の言葉は、とても優しいものに思えた。安堵した者もいただろう。
    「ただし俺がいる8時間、英語以外は一切使用禁止」
     はい?
    「これは休憩時間も適用。睡眠中はイヤホンな」
     なんですと?
    「英語で夢見るまでやるからな」
     多岐先生、超笑顔。全然ボーナスステージじゃなかった。
    (「眠い……が寝れない」)
     仁人が寝れないのは、人前で寝れない彼の性質による所も大きいけれど、英語の音声教材の影響もあると思う。
    (「これ、いつも依頼やあれこれで予算を食い潰してる生徒への仕返しなんじゃないだろうな……?」)
     純粋に灼滅者の皆さんの心配をしてるだけだと思うよ。
    「食事が唯一の潤いだ……」
     やる気が萎えては、食事で気分を変える。この繰り返しではあったが仁人は頑張っている方だった。
    「ダメだ、全然わからん……」
     蝶胡蘭が、机に突っ伏したその時、ポケットの中で携帯が震えた。勘志郎からのメールだ。
    『数学が意味不明すぎて超心折れた。チョコラヘルプミー……もうアタシ無理!』
     これを蝶胡蘭は彼なりの励ましだと思った。
    (「もー無理無理……癒されたい……」)
     実の所、勘志郎も本気で挫折して癒しを求めていたのだけれど。
    『はっはっは、中々面白い冗談だな。勘志郎ともあろう者がこの程度で音を上げるわけがないじゃないか』
     結局、この後しばらく2人のメールのやりとりは続いたのだった。
    「あ、危なく寝ちゃうところだった!」
     他の合宿よりマシと思い参加した夕夏だが、睡魔と疲労に負けつつある。
     そこで眠気をどうにかして頑張ろうと、コーヒーを頼んだのだが。
    「……なんでわたし飲めもしないコーヒーなんて頼んだんだろう」
     大分にキてる様子である。
    「では、今読んだ童話の感想を英語で書いてください」
     いきなり英会話はハードルが高いだろうと、ティノはまず英語の童話を読んで聞かせた。
     更に文法の説明をした後でこれなのだが、英語での感想文もまだハードルが高そうだ。
    「うぐぅー、英語、難しいのー」
     眠い目をこすりながら、翔は来るんじゃなかったと後悔していた。
     嫌いな英語漬け。気分を替えるにも、おにぎり等は一通り食べ尽くした。
    「こんなに大変なら、参加しない方が良かったの……」
     どんなに後悔しても終わるまで抜けられない。それが地獄合宿だ。
    「うー……逃げたい物凄く逃げたい、むしろ来たくなかった……!」
     同じ中2の英語部屋で、碧月もまた弱音が漏れ始めていた。
     でも、ここは学校。1人じゃない。後でこの辛さを分かち合ったり出来る筈。
    「皆も頑張ってる。辛いのは私だけじゃないんだから頑張る……!」
     折れかけた心に喝を入れ、再び英文法に取り掛かった。
    「皆さん、お疲れ様です! これを食べて、頑張ってください♪」
     そこに結唯が様々な差し入れを持ってくる。
    「差し入れです。お菓子持ってきましたよ」
     さらに夜羽からも差し入れが入った。
     教える側がたるんではいけないと、彼女は昨晩、家に帰ったついでにお菓子を用意してきたらしい。
     甘いものを食べて元気が出てくれるといいのですが、という夜羽の気遣いだ。
     ティノも、多少のティータイムくらいならあっても良いと受け入れる。
     まあ、この後で夜羽が丁寧に分かりやすくしかし徹底的に教え込むんですけどね。
    「祝人……もう俺……ゴールしてもいい……よね」
     祝人の元に掛かってきた着信。その向こうで、飛鳥が弱音を漏らしたかと思えば、いきなり声が途切れた。
    「飛鳥…? 飛鳥…! 返事をしてくれ!」
     必死で呼びかけるも、返事はない。
    「くっ……今助けに行くぞ!」
     化学の32点が響いて引き離されたが、元々、三日間、飛鳥につきっきりで教えるつもりだったのだ。
     こんな電話を受けて、我慢出来るはずもない。
     これで魔人生徒会にチェックされても構わない。祝人は教室を飛び出し飛鳥の元へと向かう。
    「教える側なら問題ないのじゃな? なら、妾も国語を……」
    「はいはい、美沙が国語マニアなのは分かっていますから、今は英語の時間ですよ」
     何とか勉強側から抜け出そうと美沙が足掻くも、慧瑠に一蹴される。このやりとりも何度目だろう。
    「い、嫌じゃ。英語だけはどうにもならぬ。あんなもの、他国の言葉ではないか」
    「最低限の英語くらいはちゃんと身に着けておくべきです」
     涙目で抗議するも、ぴしゃりと返される。
    「少しは嘉月様を見習って下さい」
    「僕ですか?」
     持参した天文学の英語論文の書き取りをしていた嘉月が顔を上げる。美沙が覗き込んでみたが、そこにあったのは難読な専門用語の羅列であった。
    「くぅ、何と言う地獄よ……」
     地獄合宿、まだ半分。
    「しーちゃん、起きてください」
    「……ふぇ?」
     眠さの限界に達して寝落ちていたシルエスタの頬を、沙々耶がふにふにとつついて起こす。
     眠い目を擦り起きるシルエスタ。と、沙々耶の目が赤いことに気づく。
    「あー。絶対さーちゃんも徹夜したでしょー」
     曖昧に笑って誤魔化す沙々耶だが、図星だ。友人が頑張っているのに一人だけ寝るのも、と算数を頑張っていた。
    「しょうがないなー、ならあたしが頑張らないわけにはいかないねっ」
     教えてくれる友人の影の頑張りに、シルエスタも元気を取り戻すのだった。

    ●残り36時間
     普段ヤマカン派のくろは、暗記が少なくヤマカンに向かない数学をどうにかするのだ。
    「そのクッションだけは持ってかないで後生だからっ!」
     うたた寝用クッションをどうにかしようとしないで、数学をどうにかするんだよな?
     しかし、クッションを没収された2日目の深夜、油断した彼は遂に睡魔に負けた。
     大人しく淡々と黙々と勉強をしていた雨衣が、くろが寝た事に気づいた
     そっと肩を揺するが、起きない。そこで彼女はくろの教科書を立てて壁にした上で、更にまぶたにマジックで目を描いた。若干ずれているが、彼女なりのフォローだ。
     無堂もその様子を見ていたが、雨衣のはふざけているのではないと判ったのだろう。何も言わず、自身の勉強を再開した。
     小6の国語の問題。『~たり』を使って例文を作れ。
     唯一苦手な国語を克服せんとする緒々子が書いた答えは、『イタリアのたたり』。
     ぺちんっ。
    「九十九さん、なんですかその答え」
     無表情に自作ハリセンを振るい突っ込む璃羽。
    「こう答えた方がいいよって、知り合いの先輩が」
     緒々子がパーフェクトなご当地ヒーローになる日はまだ先の様である。
     彼女達のクラスメイトは、別室で算数を勉強中だ。
    「く、くひが……」
     頼仁の呂律が回っていない。少し前、うっかりウトウトしたら、キツイ唐辛子ペーストを口に突っ込まれたのだ。
     間近でそれを見ていた丈介も、頭の中はあばばばとなりながらも、文字通り死ぬ気で勉強している。あれは死ねる。
    「ココの公式があれで……わ、わからない……!」
     唯一正気なのは燈だが、疲れからか能率は落ちている様だ。
    「一時間だけ寝ていいよ。見回りは、僕が誤魔化すからね!」
     見かねた識守が助け舟を出した。地獄で仏とはこの事か。
     その頃。高2の英語教室で、カシャンと何かが倒れる音がした。
    「あああっ!」
     続けて上がった一樹の驚く声。
     うっかり倒した紅茶が、辞書を直撃したのだ。
    「……まずい、辞書がお亡くなりになられたぞ……」
    「辞書だな、任せろ」
     そこに現れたのは、敦真。教えるよりも勉強をする皆のサポートに回る彼が音を聞きつけ、すぐに代わりの辞書を持ってきた。
     辞書の在庫もまだたっぷりあります。
    「シャーロック? 残りの分量は多くない?」
    「メル様なら大丈夫ですって」
     期待の言葉をかける捨六だが、実は彼が出したのは今期分の予習をし終える程の課題だ。
     それでも、己の苦手分野を自覚しているメルフェスは素直に従い必死に勉強する。魔王を自称するメルフェスだが、実は努力家であった。
     主が72時間頑張るなら、それに付き合うのが従者の勤め。勉強量には容赦ないものの、捨六がメルフェスより楽をする事はない。

    ●残り24時間
     3日目の朝、我慢の限界を迎えた理緒が、脱出を目指して動いた。
     同志が残っていなくとも、一人でやるのみ。
    「私自宅に忘れ物がありまして。え、逃走はダメ? ヤですねぇ、ワタシは教師役の一人であってそんな……っ」
     教師役のふりをして、堂々と正門を目指したのである。まあ、バレた。
    「私を沈められるのならやってみなさい!」
     大半の参加者の精神がじわじわ摩耗しているなか、挑戦的に言ってのける蒼慰。
     御神楽を演奏する一族の生まれである彼女にとっては、力尽きる暇すら与えられない御神楽の稽古に比べれば、三日間の徹夜はまだマシに思えるのだ。
    「新しいこと、勉強する、楽……しい、長い、時間……大丈夫」
     淡々と勉強を続けて来た切も、まだ正気を保っている。
    「クラブの、みんなが……心配」
     違う学年の仲間を気遣う余裕があるのだから。
     黒郎は誰とも口を聞かず、48時間、ストイックにカリカリ勉強を頑張り続けていた。
     クラス最下位だった事を気にしているのだが、これだけ頑張っているのなら、次はきっと脱出出来る事だろう。
    「じーごーくがーっしゅーくふーざけーんなー♪」
     一方、同じ中1の英語部屋では佳輔が恨みを込めた替え歌を歌っていた。
    「オレ、この合宿が終わったら水族館行くんだ……」
     ここまで無駄口を叩かずに勉強してきた佳輔も遠い目。余裕のなさに遂に壊れたようだ。
    「三日も眠らないと、こんなに辛いんだね。栄養ドリンク飲んでみようかな?」
     綾音はあまりの眠さに頭が回らなくなってきた。インソムニアを使いつつ、栄養ドリンクに手を伸ばす。
    「悠矢くんは大丈夫かな?」
     栄養ドリンクを飲みながら、別室で社会を勉強しているはずの悠矢の事を思う。
    「あ~も~、72時間じゃなくて48時間だったらまだ良かったのにな~」
     その悠矢も、心が折れかけていた。後1日が辛い。
    「この合宿が終わったら思いっきり寝るんだ、僕」
     最後まで寝ないで乗り切るため、悠矢もまた、インソムニアを使うのだった。
    「ここを乗り切ったら好きな喫茶店でザッハトルテを食べるんだ……」
     終わった後の楽しみで自分に鞭打ち、サンドイッチを野菜ジュースで流し込んで、百舌鳥は洋楽の和訳を再開する。
    「頭に入らないのなら体に叩き込めばいい!」
     景瞬は、72時間耐久漢字書き取り祭を開く予定だったのだが、彼には英語という苦手分野がある。
    「思ったよりも腕に来るなこれは……」
     結果、72時間耐久書き取り祭のしんどさを、英単語で自分自身が味わうことになっていた。
     夕陽に羽衣にウルスラ。同じクラブで数学を勉強しに集まった同学年の3人。
    「自然数って0から? 1から?」
    「自然数ってなんだっけ?」
    「xとy……傾きと切片……どっちがどっちデース?」
     文殊の知恵にはなっていないようだが、それでも48時間頑張って来た。
    「むにゃ……」
     しかしインソムニアのない羽衣が睡魔に襲われ始める。
    「雪片寝るなーっ」
    「寝たら死ぬでゴザル!」
     で、2人に叩き起される。
    「うぅ、紫姫ちゃんも今頃頑張ってるのかなぁ」
     涙目になりながら、学年の違う先輩に思いを馳せる。その本人はと言うと――。
    「ふふふ、まだ後24時間あるわね」
     周りが若干引いてるくらいに鬼気迫る様子で勉強してました。黒いオーラなんか見えない。
    「私がもっとちゃんとしてれば、みんなに勉強を教える事もできたのに……」
     そんな彼女も、ふと3人で勉強している筈の後輩達を思い出す。離れていても、想い合う4人であった。
     これまで頑張って来た錠を、猛烈な眠気が襲った。
     咄嗟にマジックを取り、自分でまぶたに目を書こうとするが手元が定まらない。
    「寝るならまぶたに目を書くの、手伝うよ?」
    「あぁ……ユウリ、お前いつにも増して天使だな」
     まぶたに目を書く天使、降臨。しかし錠は今にも眠りそうだ。
    「この合宿乗り切ったらよ、一緒にあったかいご飯たべようぜ……」
    「うん、そうしよう……だから寝ない! 寝ないの!」
     彼らがマジックで書いた目で誤魔化せたのかは定かではない。
     そして、同じ頃。
    「やはり心情問題は、答えと照らし合わせても判らないな……」
     カロリーバーを片手に唸る純也。
     眠気はインソムニアで耐えられるが、国語の心情問題と言う苦手克服が芳しくない。
    「法則性を見つけられれば良かったのだがな」
    「心情問題に、法則性はありませんよ」
     悩む純也に答えたのは、彩花。何処が判らないのか丁寧に聞いて、丁寧に教えていく。

    ●残り18時間
     【吉-2-8】で参加したクラスメイト6名。
     教師役のつもりだった彩歌が数学の37点を指摘され数学部屋に移動するハプニングがあったものの、残る樹が時にハリセンを振るい、時にチョコパイを差し入れて、一時はまあまあ和やかな空気もあったのだが。
     ここにきて、何とかなるだろうと思っていた自分がバカだったと悠一は悟った。死んだ魚を思わせる目つきになっている。
     全裸禁止とか幼女禁止とか色々な札を貼られた拓馬なんか、とっくに死んだ魚の目を通り越して形容しがたい表情だ。
     悠一が様子を見に行った彩歌も「お兄様が三人もいます」とか「アラスカに白熊を見に行きましょう」とか言動が怪しくなっていた。
    「巣作りが使えていれば……」
     絶奈が悔やむも、巣作りは範囲内に10人以上いる場合は使えない。合宿と言う狭い空間に大勢集まる環境下では発動しなかった。
    「結果は何れ出るだろうし、焦らない焦らない」
     仕上げにと樹が作った小テストも、こなせそうなのは目隠しで眠いのかイマイチ判らない麗羽だけだった。
    「いつ何時、どんなご当地怪人が現れたりご当地怪人選手権が開催されるか、わかったもんじゃないからな」
     ご当地怪人に的確なツッコミを出来てこそご当地ヒーロー。
     三珠の猛勉強は真っ白に燃え尽きるまで続く。
     彩夏が
    「下敷きガード!」
     眠気に襲われる中、不穏な気配を感じた美樹が下敷きを掲げて司の攻勢を阻む。
    「ええい、生意気な。ここは是が非でも顔に落書きをしてやります!」
     下敷きを掻い潜って美樹の額に落書きしようとする司。
     この割と不毛な争いは、英語の勉強そっちのけでしばし繰り広げられた。
     2人とも寝不足テンションに支配されていたのだろう。
     眠気をこらえる為に目を閉じてストレッチしていた彩夏が、そんな2人の様子を見てノートの端に何かを書き込んでいた事に、2人が気づなかった。
    「お願い染ちゃん、もう許して! 助けてコリー!」
     朝明の悲痛な声が響く。
    「染ちゃん、もう少し優しく……」
    「口出し無用よ、コリー? 誘ったのはアンタの方よね、ちよ?」
     コリーナが宥めようとするも、涅に容赦する気なんかこれっぽちもなさそうだ。
     まあ、家でゴロゴロしてようと思っていたのに半ば無理やり誘われたのだから、無理もないかもしれない。
    「あはっ。本当の地獄はこれからよ?」
    「本当の地獄!?」
     涅の言葉に、コリーナの背に冷や汗が伝う。
    「うわぁぁ……地獄になんて来るんじゃなかったぁー!」
     朝明の悲痛な声が再び響いた。
     その頃、藺生も一つ悟っていた。
    「つら……い……勉強って、自分が如何に無知か思い知ることなんだわ」
     合宿開始直後、壱里とどちらがより馬鹿かを言い合っていた余裕は最早ない。眼鏡が曇って前が見えないよ。
     一方の壱里も、英語の聞き取りのコツを只管掴もうとした結果、仏の境地にも似た心境に至っていた。
     持ち込んだゲーム機を没収されても、ざまぁってメールが来ても腹が立たない。
     多分、2人とも眠気に思考回路をやられているだけである。
     1人国語を勉強するアレクセイが、隠れてメールを送る。
    『ここが判らないのですが』
     送信相手は、しばらく前まで教えてくれていた月夜だ。
     眠気には耐えられても、静けさと疲れから来る寂しさは如何ともし難い。
    「にゅ? メール来たのですねっ?」
     自宅に戻っていた月夜にも、アレクセイからのメールは嬉しいものであった。
     結局、2人のメールのやり取りは1時間ほど続いたそうな。

    ●残り12時間
     遂に迎えた合宿最後の夜。
     ゴールは近いが、限界も近い。
    「普段だったらもっと頭に入っている気がするのですがね……」
     意地で寝てない優也だが、西暦や出来事が頭に入らなくなってきた。
    「ね、眠い……お風呂に入りたい……」
     心もかなりの眠気に襲われている。
     だが、残りの時間で、これまで暗記した単語や熟語、文法を、暗記から理解に深める計画だ。眠い目をこすり、鉛筆を動かす。
     友衛もかなり眠さを感じていた。疲労が溜まっているのも、集中力が下がっている自覚もある。
    「だが、ここを乗り越えて精神力を鍛える事こそが、この合宿のもう一つの意義なのでしょう」
     何としてもやり遂げてみせる。その意志で眠気にこらえ、友衛は机に向かう。
     とは言え、3人のように多少なりとも正気が残っていればマシな方だ。
    「魚肉……もっと魚肉を……脳にDHAを……ああ、見える……見えるぞ、私にも解法が見える……!」
     ソーセージを片手に、うわごとのように呟き数学に向かう奈落。
    「シマス、ベンキョウシマス……ワカラナイコトナイデス……」
     飽きや眠気で壊れてカタコトになっているみのり。
    「……殺人鬼の力で英語の息の根を止めるには……まず英語圏を滅ぼして……destroy of English-speaking world?」
     一応英語だけど、なんか物騒なこと言ってる和弥。
    「私はダークネスですか? いいえ、あなたはダークネスです」
     活力の消えた目で、何かがおかしい英訳をぶつぶつ呟く嘉哉。
    「あ、妖精さんが見える。すげー飛んでる、ホントにいるんだ。あ、テキストの文字が踊り出した? 何これすげー、アハハ」
     蓮司の目には、何か見えちゃってるらしい。
    「シャワーを浴びさせてくれ。シャワー室でリスニング聴き続けるから!」
     我慢の限界に達し、寝不足で血走った目で交渉する悠月。
    「魔人生徒会……後で訴えてやるわ、覚えてなさいよ!」
     明日等も我慢の限界か。半ば錯乱し、恨みをぶつぶつ言いながら眠気に耐える。
    「は、ははは……二次関数がなんだ、因数分解がなんだ! これ位で屈する私じゃない、やってやろうじゃないか」
     至って冷静なつもりだが目が据わっている鏡華。
    「あ、頭の中に人物名とか単語が氾濫しとる……アカン、本気で逝くかも……!」
     自分の記憶容量の限界を感じる颯太。
    「この充満してる臭いってNH3ですかね? つまりHClをぶちまければ中和されますよね?」
     桐人など、化学漬けになりすぎたか、ヤバめな事を口走り止められる始末。
    「ククク……俺をなめるなよ? 我が暗黒力は気合いの力でもある。この程度の地獄……! 我が暗黒力の前には恐るるに足らん!」
     暗黒力とか言っちゃう味昧だが、彼は正気だ。最初からずっとスタイリッシュだ。ヤマトがいないのが惜しい。
     とまあ、いい感じに精神崩壊してきた者が続出する中、教師役の中にはここからが本番と考えてる鬼がいたりする。
    「私は悪鬼、人を勉強的に苦しめずにはいられぬ定め……我が身すらをも苛み尽くし、人に教えを尽くそう」
     瞳から生気が失われてからが、哀歌の本番。もう嫌だという声に耳を貸さず、哀歌の数学授業はラストスパート。
    「ほらほら、48時間寝てないくらいでなんっすか! そんな事じゃ成績アップなんて夢のまた夢っすよ」
     実誉のシゴキもまだまだ終わりそうにない。
    「国になんか頼るな! 目指すべき道は『遊牧民』にある!」
     心を動かす授業になればと力説する華琳。72時間教えきってこそ実力を証明出来ると休む気はない。
     まだまだ地獄は続きそうだ。

    ●残り1時間
     黙々と計算式をノートに綴り続けた奏。
    「あと約1時間か……のど乾いたな」
     呟いて静かに立ち上がると、お茶を入れて再び席に戻る。再び、奏がノートに何かを綴る音が聞こえ始めた。

    ●地獄の果てに
     72時間経過を告げるチャイムの音が響いた。
     そこかしこで、お疲れ様、と互いを労う声が聞こえる。
     そんな中、一時は眠気からハイテンションになっていた祐二が、机に倒れこむように突っ伏して寝息を立て始めた。
    「……とて、も、長かった……の、です」
     蒼も、ストンっと眠りに落ちた。死ぬ気で勉強し続け、まだ習っていない所まで進めた疲労が出たか。
     2人の様に、終わった途端に寝出した者は多い。
    「お勉強やり切ったでいす!」
     サクラコの様に清々しい笑顔を浮かべている者もいる。彼女の場合、総計で24時間も寝ていた事を、スタニスラヴァがばっちりメモに残してチェックしていたのだけど。
    「やっと家事ができます」
     何度か掃除しようとして教員に止められたアシェリーが、心なしか嬉しそうに掃除用具入れを開けた。
    「お疲れ様です。さっさとお風呂入りたいんで、失礼します」
     そう告げるなりさっさと教室を出て行った翡桜。こちらは眠気よりさっぱりしたいようだ。
     煉もすぐに机に突っ伏したいが、一気に押し寄せた疲れにふと気づく。
     これまで白衣や薬品の臭いに対する僅かな恐怖で集中しきれなかった理科の授業に、ここまで疲れる程に集中出来た事に。
     何故こんなに。その答えはすぐに見つかった。
    「……皆と一緒だから怖くなかった。場を提供してくれた学校に、感謝を」
    「……」
     凪紗はこの合宿に疑いを抱いていた。方針が苦しませる為に勉強になっているのではないかと。
     同様に、鴎も睡眠の予定がない点を不満に思っていた。
     煉の様に感謝する者もいれば、2人の様な者もいる。
     この地獄合宿に何を思い、此処から何を得るのかは、それぞれの心の持ち用次第か。
     最後に、彼らの健闘を称えよう。
     72時間、お疲れ様でした!

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月11日
    難度:普通
    参加:214人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 7/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 44
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