眠るねむり猫怪人

    作者:本山創助


     よく晴れた昼下がり。
    「君、君、ちょっといい事を教えてあげるニャン」
     猫の着ぐるみを着た人が、道行くOLに声をかけた。
    「え、なになに? かわいー」
    「ワガハイの手伝いをすれば、大金持ちになれるという話ニャン」
    「えー、ほんとう?」
    「本当だニャン。実は……」
     そこまで話して、猫は黙ってしまった。
    「実は、なに?」
     猫は首をコックリコックリしている。
    「ちょっと、なに急に寝てるのよ」
     OLは立ったまま眠った猫の肩を揺すった。
    「ぐー……」
    「ほら、猫ちゃん、起きて」
     その時、猫の爪がにゅっと伸びた。
    「うるさいニャァァーッ!」
     その鋭い爪に切り刻まれて、OLは声もなく息絶えた。


    「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
     姫子がふわりと微笑んだ。

     栃木県宇都宮市の二荒山神社に、ねむり猫怪人が現われます。怪人は神社の前を通る人に声をかけては、途中で眠ってしまいます。それだけならいいのですが、怪人を起こそうとする人を惨殺するのです。放っておくのは危険なので、どうか灼滅して下さい。
     怪人は午前十一時頃、二荒山神社の鳥居の上でぐっすりと眠っているので、そこを叩いてください。
     怪人はご当地ヒーローのサイキックと解体ナイフ相当のサイキックを使います。
     怪人は戦っている最中でも眠りますが、隙はありません。起こした人を集中して攻撃しようとするので、その習性を逆手に取れば戦いを有利に進められると思います。あと、色々と猫っぽいところがあるので、それも利用できるかもしれません。
     見た目は可愛い怪人ですが、中身は残酷なダークネスです。
     どうか、くれぐれも油断なさらぬよう、お願いしますね。


    参加者
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    東海・一都(第三段階・d01565)
    黒鉄・伝斗(電脳遊戯パラノイア・d02716)
    九重・綾人(アクィラ・d07510)
    上名木・敦真(高校生シャドウハンター・d10188)
    藤倉・陸(血煙の風・d12480)
    日紫喜・夏芽(揺らぐ風の音・d14120)
    恋石・二湖(雷と空っ風の魔法使いの夢と嘘・d16663)

    ■リプレイ


     灼滅者達はデパートの前でバスを降りた。
    「久しぶりだなあ……ふぁーあ」
     栃木出身の上名木・敦真(高校生シャドウハンター・d10188)が、あくびをしながら辺りを見回す。街は買い物客やサラリーマンが行き交っていた。振り返ると、バスが扉を閉めて発進した。さっと視界が開け、大通りの向こう側に鳥居が見えた。高さは約一〇メートル。歩道のすぐ脇にそびえ立っている。
    「ああ、あれか」
     藤倉・陸(血煙の風・d12480)の左目が、鳥居の屋根に何かを捉えた。瓦屋根の上で誰かが寝ている。注意して見ないと気付かないだろう。
     横断歩道を渡って鳥居の下まで来ると、灼滅者達は下準備に取りかかった。
    「この辺でいいか」
     広場に立った九重・綾人(アクィラ・d07510)が、風邪薬の袋みたいなものを取り出した。中には粉状のマタタビが入っている。それを一〇袋くらい石畳に撒いてみた。
    「これ、効くのかしら」
     綾人の横で、日紫喜・夏芽(揺らぐ風の音・d14120)が石畳に牛乳瓶を置いた。市販の猫をじゃらすオモチャを取り出し、一輪挿しのように瓶に挿す。そんなものを、五つほど、鳥居から石段に向かって点々と設置した。
     風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)は水入りのペットボトルを歩道脇に並べた。
     東海・一都(第三段階・d01565)と黒鉄・伝斗(電脳遊戯パラノイア・d02716)は、歩道から鳥居にかけて水を撒いた。近くのコンビニで買い占めた二リットルのやつを二〇本くらい撒きまくった。贅沢な話であるが、鳥居の前に水を撒くからバケツと水を貸して下さい、と頼んでも誰も貸してくれなかったのだから仕方ない。ダークネスを灼滅するという事情を知らなければ意味不明な迷惑行為にしか見えないだろう。そんな事に荷担したがる店舗や市民が居ないのは当然である。
     行き交う人々から怪訝な眼差しを向けられる灼滅者達。
    「灼滅者はつらいよ……」
     美味しい水をドバドバと撒きながら、伝斗はため息をつくのであった。
     水の調達に少々手間取ったが、下準備は一〇分ほどで終わった。
    「準備完了です」
     一都が空を見上げて言った。箒にまたがって飛んでいた恋石・二湖(雷と空っ風の魔法使いの夢と嘘・d16663)が、手招きして一都に応える。
     二湖はねむり猫怪人を見張っていた。三毛猫の着ぐるみが両手両足を広げ、うつ伏せに『大』の字になって眠っている。日を浴びた瓦が暖かそうだ。
     ひとくちに鳥居といっても、単純な物から豪華な物まで色々ある。宇都宮二荒山神社の鳥居は豪華なものだった。鳥居のてっぺんは瓦屋根になっているし、二本の柱は前後の小さな柱によって補強されている。
     灼滅者達はその小さな柱を足がかりに、ぴょんぴょん、とジャンプして瓦屋根に登った。瓦屋根は両側が斜めになっていて、頑張れば片側に一人ずつ並ぶ事も可能だが、両側をまたぐように立った方が安定する。灼滅者達は一列に隊列を組んだ。
     敦真は、足元の怪人を見下ろした。
     すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
     振り返って仲間達に合図すると、敦真は何も知らずに眠る怪人の頭めがけてWOKシールドを叩きつけた。


    「ウニャン」
    「うわわわわっ」
     敦真のシールドバッシュは、寝返りをうった怪人のヒゲをかすめて宙に泳いだ。思わぬ空振りにバランスを崩して両手をぐるぐる回す。その足を猫パンチで払われ、敦真は鳥居から落ちた。
    「ふぁー……あ」
     怪人が着ぐるみの目をこすりながら立ち上がった。着ぐるみの頭部は頭からすっぽり被る形式になっており、まぶたが上下する以外の表情は固定されている。アニメ調で、可愛らしい顔をしていた。
    「ワガハイの眠りを妨げるとは……お前ら一体何者ニャン?」
     怪人が薫を睨んだ。
    「うちらは、しゃくめ――」
    「ぐー」
    「また眠りよった!」
     薫は、慎重な足取りで怪人に近付いた。その間に、怪人は両膝を着き、上体を倒して胸を瓦につけ、突き出したお尻をズルズルと伸ばして最初の姿勢に戻った。つまり、うつ伏せ『大』の字である。
    「か、可愛ええ……」
     薫は思わずしゃがみ込み、眠っている怪人を、そっともふもふした。
    「ゴロゴロ♪」
     怪人は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
    「……くっ、さすがご当地怪人……肌触りまで完璧や」
    「あ、ずるい。私ももふもふします」
     そこに、一都も加わった。怪人は身をくねらせて仰向けになった。
    「ゴロニャン♪」
     ふわっふわの白いお腹を、一都はもふりまくった。そして、ある事に気付いた。
    「この中の人……女性ですね……」
     怪人は気持ちよさそうに身をくねらせている。
    「な、何をやってるの! さっさと起こして!」
     夏芽に怒られて、薫の表情がキリっと引き締まった。
    「可愛ええからって手加減せぇへんよ!」
     薫が日本刀を抜いて上段に構えた。
     その時、怪人のまぶたがクワッと開いた。
    「うるさいニャァァーッ!」
     怪人は跳ね起きながら、振り下ろされた日本刀を避けた。さらにバク転しながら、薫の脳天に強烈な蹴りを浴びせる。
    「がはっ」
     思わぬ角度からの衝撃に膝を突く薫。その頭越しに、綾人の影業が伸びた。
    「あんま動かない方が可愛いぜ!」
    「ニャニャン?」
     影の触手が、怪人の胴体をぐるぐる巻きにする。
    「それ、あと三つ!」
     伝斗が鋼糸を放った。それを見た怪人の爪がにゅっと伸びる。
    「ニャンニャン♪」
     怪人は鋼糸を猫パンチでシパパパパッと弾いた。弾いたというより、じゃれた、と言うべきかも知れない。だが、伝斗は鋼糸を巧みに操り、その猫パンチを手首から封じた。
    「猫っぽい動きを読むのは得意でね」
     猫好きの伝斗がニヤリと笑った。
     一生懸命手をブンブンする怪人。その周囲に風が巻き起こった。二湖のヴォルテックスだ。
    「ニギャァァァーッ!」
     刃のように鋭く回転する風の渦が、怪人の着ぐるみを切り刻む!
     ズバッズバッと斜めに切り裂かれた着ぐるみから、白い素肌と三毛猫模様のビキニが覗いた。
    「悪いな。恨みはないが……倒させて貰う」
     陸の鋼糸がものすごい速さで怪人を切り裂いた。着ぐるみはさらに破け、影の触手が怪人を強く締め付ける。
    「ンニィィィィ……」
    「猫はたまに飼い主に反抗するのが良いとは聞くけれど、人を害するとは……」
     夏芽は身悶える怪人に飛びかかると、その両肩の上で倒立した。
    「物事には限度があるのよね」
     夏芽は肩をつかんだまま一回転して、石畳めがけて怪人をぶん投げた! ちなみに、夏芽が瓦屋根に叩きつけなかったのは、そんな事をしたら瓦が割れて鳥居が壊れるかも知れないと思ったからである。とっさの判断であった。
    「ギニャーン!」
     怪人は水浸しの石畳に、べちょっ! と叩きつけられた。


    「あ、やったかな?」
     敦真が怪人に駆け寄った。
    「冷たいニャァァーッ!」
     怪人は飛び起きると、頭をガボッと脱いで石畳に叩きつけた。
     中から現われたのは、猫耳ふわふわロングヘアーのお姉さんだ!
     怪人は濡れた着ぐるみをつかむと、ビリビリッと引き裂いて脱ぎ捨てた。三毛猫ビキニに包まれた引き締まったボディーが露わになる。残った着ぐるみ部分は手足の先っぽだけだ。
     灼滅者達は大通りを背にして鳥居から降りた。怪人が大通りに行かないよう、ぐるりと取り囲む。
    「おにょれ、よくもワガハイの一張羅をびちょみにょに……み……ぐー……」
     怪人は喋りながら寝た。
    「ほんまええ加減にせぇよ! 何回眠る気や!」
     コックリコックリする怪人に、薫の日本刀が一閃した。
    「ニャッ!」
     はっと目覚めると、怪人は爪でその刃を受けた。
    「あんた、なにか儲け話を知ってるそうやね」
    「ニャフフ……気になるかニャ?」
     ガチィン、と薫の刀を弾く怪人。
    「少し気になる……あ、嘘よ?」
     夏芽は、ぽつりと呟いて、慌てて首を振った。
    「まさか、徳川埋蔵金? ねむり猫って、徳川家康を護ってるっていう説もあるらしいし……」
     伝斗がゴクリとつばを飲み込んだ。
    「ワガハイの手伝いをすれびゃ、おおまめにょみに、にゃむにゃむにゃむ……にゃむにゃむにゃむにゃむ……にゃむにゃむにゃん……」
     怪人は寝た。寝ながら一生懸命喋った。
    「また眠ってしまいましたね……敦真さん、お願いし――」
     一都が敦真を見た。怪人を起こすのは、ディフェンダーである薫と敦真の役割だ。
    「ぐー……」
     だが、敦真も立ったまま寝ていた。もともと寝太郎な敦真は、怪人の見事な眠りっぷりに釣られてしまったのだ!
    「敦真さん!」
    「はっ、すみません」
     一都に肩を揺すられ、敦真は目を覚ました。
    「ねむり猫というからには日光東照宮でしょう」
     敦真が怪人に向かって影業を伸ばした。怪人は攻撃の気配を感じて目を覚ました。が、避けられない。影の触手が怪人の両腕を縛り付けた。
    「同じ日光二社一寺の日光二荒山ならまだしも、なぜ宇都宮の二荒山神社に現われたんですか?」
    「それは、バスの上でお昼寝してたらにゃじぇかむにゃむにゃ……」
     あっという間に眠る怪人。
    「こら、起きんかい!」
     怪人は薫の声で目覚めた。同時に、陸の無敵斬艦刀が振り下ろされる。
    「ニギャァァァッ!」
     怪人は左肩から斜めに斬られながら、バックステップで距離を取った。
    「おのれ、ニンゲンのくせにっ!」
     怪人の鋭い眼差しが薫を射貫いた。直後、一瞬で間合いを詰めた怪人の爪が、薫をジグザグに切り刻んだ。薫の体中に四本線の赤い爪痕が浮かび上がる。かなりのダメージだ!
    「やっぱり可愛くねーな!」
     綾人がよろめく薫に防護符を飛ばした。
    「薫くん、がんばれー♪」
     薄井・ほのか(小学生シャドウハンター・dn0095)も応援歌を歌って薫を癒やす。
    「イギャッ!」
     怪人が悲鳴と共に肩を押さえた。二湖のマジックミサイルが怪人の肩を射貫いたのだ。
    「ワガハイ、痛いのは嫌いだニャ! もう帰る!」
     怪人はくるりと背を向けて、石段の方へ走った。
    「待つっすよ!」
     箒にまたがった二湖が、怪人を追ってぴゅーっと飛んだ。
    「うるさいニャァ……あっ」
     唐突に急ブレーキする怪人。
     なんと、牛乳瓶に刺さったオモチャの猫じゃらしがあるではないか!
     怪人はズシャァアーっと滑り込むと、猫じゃらしをてしてし叩き始めた。


    「かかったわね!」
    「しまったニャン……!」
     飛びかかってきた夏芽のマテリアルロッドを、怪人は転がりながら避けた。
    「ニャニャッ! この香りは……マタタビにゃん♪」
     マタタビを嗅いだ怪人が、石畳の上でグニャグニャになった。
    「隙あり!」
     綾人の導眠符が怪人のおでこにぺとっと貼り付き、怪人は目を回した。
     怪人は逃げるのを諦め、腹をくくって灼滅者達に対峙した。
     灼滅者達は怪人をじわじわと追い詰めた。敦真と薫が怪人の起こし役として完璧に怪人を引きつけ、綾人が二人を癒やす。伝斗と飛行からジャマーにポジションチェンジした二湖が怪人の動きと守りを弱体化させ、夏芽、一都、陸が怪人の体力を着実に削っていった。ほのかは戦況を見ながら、怪人に催眠を与えたり、ディフェンダー陣を癒やしたりしてバランスをとった。
    「ハニャァァ……まずいニャ」
     怪人は、肩で息をしながら灼滅者達を睨んだ。ピンチ過ぎて眠気は吹っ飛んでいる。
    「害は薄くともダークネス。倒さねばいずれ傷つく人が出る」
    「可哀想っすけど、放っておく訳にはいかないっすから」
     陸の鋼糸が怪人を絡め取り、二湖のマテリアルロッドがその横っ腹にめり込んだ。
    「ギニャ……」
    「で? 結局あの儲け話のオチはなんや?」
     怪人の懐に飛び込んだ薫が言った。
    「教えるからワガハイを見逃すニャ……!」
    「……世界征服とか言ったらぶっ飛ばすで」
    「ええーっ」
     怪人はあからさまにガッカリした。
    「ほな、おやすみ!」
     薫の日本刀が一閃する。
    「ウニャァァァーッ!」
     真っ二つになった怪人が、絶叫と共に爆発四散した。

    「おおおー……!」
     感嘆の声と共に、周囲からパラパラと拍手が湧き上がった。参拝客が何かのアトラクションかと思って遠巻きに見ていたのだ。大通りの通行人は、一都のESP『サウンドシャッター』のため、戦いの気配に気付かないまま通り過ぎていたようだ。
    「あ、どうも、どうも」
     敦真が参拝客に手を振りつつ、疲れ果てたように呟いた。
    「栃木県の怪人にもう少しまともなのは居ないんでしょうか……。餃子といい、イチゴといい、線香といい……」
     つい過去の怪人達を思い浮かべてしまい、敦真は不穏な空気を醸し出した。どうして怪人はヘンな奴ばかりなのだろう……。
    「あの怪人、元はやっぱり猫好きだったのかな。闇堕ちする前に会ってみたかったかも」
     伝斗は猫耳お姉さんを思い浮かべながら、少し残念そうに呟いた。
    「無事倒せた事だし、お参りでもしていきませんか」
     一都の提案に、皆が笑顔で応えた。
     灼滅者達は石段を登りながら、何を祈ろうか、それぞれ思い描いた。
     悲惨な事件を未然に防いだのだ。
     そんな灼滅者達の祈りなら、きっと『二荒さん』も聞いてくれるだろう。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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